国際経済学部の成相教授、「JICA理事長表彰」受賞
2007.10.4

緒方理事長から感謝状を受け取る成相教授

緒方理事長(右)と談笑する成相教授(左)

喜びの成相教授

JICAの感謝状

国際経済学部の成相修教授は10月3日、東京・渋谷の独立行政法人国際協力機構(緒方貞子理事長、略称JICA)で行われた「第4回JICA理事長表彰」を受賞しました。JICAは、開発途上国などへ技術協力など行っているODA(政府開発援助)の一端を担う実施機関。長年、その事業に多大な支援・協力をされたとして個人20名、8団体が選ばれ、成相教授もその一人に選ばれました。 
成相教授は、ブルネイ・経済開発計画の専門家として、また技術研修員研修指導者として16年間、機構の業務に貢献。特に1994年度から14年間続けてきた集団研修「経済政策セミナー」を通して、これまで40カ国以上197名の経済政策に関わる人材の育成に貢献されました。講師には、成相教授の幅広い人的交流を生かし内外の著名な人たちが招かれました。米国からは国際経済研究所グラハム主席研究員、マレーシアからはマレーシア経済研究所アリフ所長など、邦人では柿澤弘治元外務大臣、溝口善兵衛島根県知事・元大蔵省財務官、田中信明在トルコ日本大使・前国連事務次長らが名を連ねています。 
成相教授から、受賞の喜びとともに「国際協力の仕事に携わって」と題するメッセージを寄せていただきました。

「国際協力の仕事に携わって」    
1 経済企画庁に入庁以来、経済白書作成、経済見通し。経済政策立案へのかかわりなど、OECD事務局勤務を含め、日本と先進国経済を仕事の対象としてきた。1984年3月にJICA専門家としてブルネイに赴任して以来、ASEAN諸国を訪れ、かかわりを持つことが増えた。当時のASEANは、現在とは「別の国」であった。バンコクの飛行場の暗さ、陰湿さは、今日のバンコクからは想像がつかないほどの「遅れ」があった。当時のシンガポールが、唯一の「息抜き」の場であった。日本食の購入のために、3ヶ月に一度、空の大きなアイスボックスをもってシンガポールに通ったことも思い出である。ブルネイで中国人商人に対する「いじめ」のために、豪州米が入荷しなくなった際には、日帰りで米の購入のためだけに、シンガポールに出かけたこともあった。

2 1980年代末の東西冷戦の終焉、市場経済化が経済開発分野における技術協力の業務を激変させた。市場経済化の政策提言として、IMFや世銀が重視したショックアプローチ、つまり、急速な価格自由化、貿易自由化、民営化などが多くの国で採用された。しかしその結果は、4-5年にわたるマイナスの経済成長であった。そこで、アジアの経験、とくに日本の発展モデルがIMFの対極として世界の関心を集めた。JICAの研修プログラムも旧ソ連圏の多くの国、アジアの旧社会主義国の国を対象とする技術協力が激増した。私自身もこうした研修のプログラムコーディネーターや講師として、深いかかわりを持った。 
当時の研修は、日本の経験を伝えることに重点が置かれた。経済企画庁のエコノミストとして、日本の経済発展の功罪を伝えてきた。

3 しかし、90年代の日本経済の停滞と経済運営の失敗は、技術協力の面でも変化を求めた。単に日本の経験を伝えるだけでは、経済開発分野における技術協力の「競争力」は低下していった。IMFや世銀は、理論的な訓練を含め、高度な内容をもった研修プログラムを設計して、途上国や市場経済移行国の人材育成に貢献していった。他方、日本のこの分野での国際協力は、古い考え方にもとづいて、従来どおり日本のことを中心に伝えていた。 
これに対して、危機感をもって、私自身は役所の人間が日本の制度や政策を伝えるという従来型の研修内容を一変させた。講師として、米国、アジアなどの一流の研究者や、政策担当者を招聘し、国際的な視点からの講義や議論を喚起した。さらに、研修参加者に論文作成を義務付け、きめ細かいチューターリングを経て、参加者が自国政府の政策とは異なる政策提言をさせてきた。 
アジア、中央アジア、中東、バルカン諸国など、多くの国に出かける機会を持った。IMFの政策提言との違い、特に生産など供給面での制度改革における政府の役割、信頼される政府のありようなどを議論した。JICA短期専門家としてタジキスタンで2週間余り政府の高官との議論を行った。単に日本の経験ではなく、参加者と共通の問題意識をもって、ともに問題解決の処方箋を描くという経験を積んだ。

4 経済のグローバル化が先進国を含め、途上国の問題を共有する時代になっている。とくに、資金が大量に世界を駆け巡る時代にあって、途上国の持続的な経済発展に貢献する経済政策を提言できる国際協力が求められている。日本が一方的に「教える」という姿勢でいては、真の技術協力にはならない。相互の参加型のものにする必要がある。

5 ODA予算が減少していく中で、日本はかつての世界第1位のODA供与国の地位から、急速に低下している。そのなかで、いまこそ効率的な国際協力が求められる時代である。世界が求めるニーズを把握し、日本がイニシアティブをとって、ニーズの高い分野における国際協力に「特化」する時期に来ている。経済政策については、資金を有効に活用する経済発展戦略、そのための国内の条件、政府のあり方、ガバナンス、地域協力と自由貿易、・・・など日本がリードしうる分野はある。問題は、こうした国際協力を担う人材の不足である。われわれの仕事は、こうした分野で熱意を持って、根気をもって、そして何よりも「心」をもって、こうした仕事に取り組める人材を育成することである。

以上