欠端教授が最終講義
2010.1.22

花束を受ける欠端教授

今年3月で定年を迎えられる欠端實教授(大学院言語教育研究科、外国語学部外国語学科)の最終講義が1月21日、2号棟の教室で行われ、中山理学長、石 塚茂清大学院言語教育研究科長、奥野保明外国語学部長ら教員をはじめ大勢の大学院生、学部生たちが熱心に聴講しました。講義後、欠端教授の長年の労苦に感 謝の意を表して教え子から花束の贈呈があり、欠端教授は満面に優しい笑みを湛えて「本当にありがとう」と嬉しそうに応じられました。
最初に奥 野学部長から欠端教授が担当された科目や略歴が紹介されました。研究分野は「モンスーン地帯における稲作文化の比較研究」。これをベースに学部では東洋文 化史、道徳科学などを担当、大学院では比較民俗研究、地域言語文化特殊研究などを受け持ち、言語教育研究科長としても活躍されました。
この日 の講義テーマは「日本文化の起源を求めて」。欠端教授は当初、学問の研究対象として敦煌、万里の長城などアジアの北方文化に関心を持っていましたが、やが て稲作を中心とする中国雲南省やタイ、ラオスなどの南方文化に変わって行った理由について手短に説明。終生の研究テーマになった「モンスーン地帯における 稲作文化の比較研究」を通じて「21世紀の私たちは、日本文化の原点に立ち返り、森、稲作、漁撈、女性が強い文化など共通面が多いモンスーンアジアにもっ と目を向ける必要性がある」と述べられました。
その具体例として雲南省新平県を発祥の地とする「祭母物語」の伝播ルートを取り上げました。新 平県は、後漢書にも登場する竹取物語発祥の地にも近く、少数民族(ハニ族)の「祭母物語」はハノイに流れ注ぐ紅河や、広東省の珠江を下り、さらには筏や船 で黒潮に乗って沖縄、長崎にまで伝わってきたことが調査から推測されるということです。「しかし、この物語が長崎から、日本各地にどの様に伝わったのか詳 細は分かっていない。ただ伊勢神宮と深いかかわりがありそうだ」と語り、最後に「まだまだ研究を続けていかなければならない」と強い口調で講義を終えられ ました。

奥野外国語学部長

欠端教授

講義風景

教え子たちと