2012年度 日中韓における近代化の道徳経済一体論

東アジアの日本、中国、韓国において経済活動の規律付け(規範化)がどのように行われてきたのか、あるいは行われているのかについて道徳道経一体論を軸に検討する。日本の場合、道警一体論は、渋沢栄一に始まる。1910年代からは、「個」(私益)と「全体」(公益)との分離が始まり、新たな均衡・規範化が求められた。例えば、「道徳の荒廃」が社会問題化した。なかでも労使関係の激化が新しい問題とされ、様々な提言が提示された。その一つが、山路愛山の「新道徳」(『現代金権史』)であり、広池千九郎の社会活動であった。他方で、「帝国」日本の道が強国と争う「修羅の道」であると認識された。個人と国家等の直線的な一体観が壊れ、日本社会の軌道修正をはらんで、両者を繋ぐ何らかの「正当性」が求められたのである。「正当性」に何を置くかによって進む方向も変わる。道経一体論は大正・昭和期に入ると茫漠化する。戦前から戦後への繋がりに至っては、ほとんど系譜不明という現状こそが、問題の深刻さを物語っている。本研究では、近現代における日本の道経一体論の系譜を考察し、それを更に李氏朝鮮、改革開放後の中国との比較のなかで相対的に検討する。

◎佐藤 政則  経済学部・教授
 中野 千秋  経済学部・教授
 櫻井 良樹  外国語学部・教授
 大野 正英  経済学部・准教授
 藤井 大拙  モラロジー研究所・経営者活動推進課・課長
 陳 玉雄   住友信託基礎研究所・海外市場調査部・主任研究員
[協]木谷 宏  経済学部・教授
 金 聖哲   言語教育研究科・比較文明文化専攻博士課程