2015年度 東アジアにおける国際関係システムの変容に関する研究

 本研究は、列強各国が北京・天津に駐留させていた華北駐屯軍全体の機能と実態を明らかにしようとするものである。列強各国というのは日本をはじめとして、イギリス・フランス・アメリカ・イタリア・ドイツ・ロシア・オーストリアをここでは指し、本格的に駐留をしていなかったベルギー・オランダは想定していない。この列強各国による駐屯軍は、戦前期にたびたび行われた列強諸国による中国への派兵の中でも特異な存在であった(植田捷雄『支那に於ける租界の研究』)。

 駐屯軍は北京最終議定書の規定によって設置されたものであり、中国情勢の変化に応じて、その兵力の増減など(特に増加)について、列国公使団会議・軍司令官会議などで相談が持たれた。そのような意味で、駐屯軍は中国をめぐる国際協調体制の一要素をなすものであった。

 問題とするのは、各国駐屯軍の相互関係である。列強駐屯軍は、ある時期までは、常に駐屯軍兵力の異動について通知を行い、重要な問題に関して天津軍司令官会議や北京公使団会議で分担守備区域が廃止されたあたりと考えられるが、具体的な資料はない。その経緯を、この時期から各国が独自の行動を強めていくことを絡めて明らかにしたい。

 この問題は中国をめぐる国際協調的システムの中で北京議定書の規定が果たしていた役割の変化を検討することでもある。

 

◎櫻井 良樹 外国語学部・教授