学校教育研究科道徳教育専攻 教員リレーエッセイ連載(第4回)
2017.8.3

教育者の自己改善と使命を見出す機会

経済学部 准教授 山下 美樹

 

 「あなたはなぜ教鞭を執るのか」“Why do you teach?” という、アメリカ人の恩師の真っ直ぐな問いに衝撃を受けた記憶は今でも鮮明に残っています。イェイツ(1865-1939)は「教育は手桶を満たすことではない 火を灯すことなのだ」と詩っています。まさに「教師や学問との出会いは自意識の目覚めと自己理解の助けとなる」(パーマー P.J. Palmer 1998, “The Courage to Teach” 邦題『大学教師の自己改善:教える勇気』吉永契一郎訳, 2000)でしょう。

 パーマーは、相対的評価や現代社会のさまざまな圧力のなかで「客観的な知識」を詰め込むことで精一杯の学校教育の現場では、ややもすれば教員と学習者の関係は「切り離される」結果となってしまうと論じています。共同で学ぶアクティブラーニングが初等・中等・高等教育の現場で急速に導入されていますが、そのような状況下で教員と学習者が「真に繋がる」教育環境を創造するためには、教員の自己改善のための省察が不可欠であるとパーマーは述べています。「授業は教師自身を写し出す」という彼の核心を突いた指摘は教育者の自己理解と自己改善の重要性を説いています。自己改善は面倒なことというよりも、むしろ自分自身の思い込みの囚われから解放され、励みとなるものです。道徳教育の観点から、教員自身が自己内対話・省察をすることで、困難を昇華することに繋がるでしょう。

 学校教育研究科道徳教育専攻の修士課程では学習者と抽象的で客観的な事例だけではなく、具体的で主観的な事例を扱い、異なる視点から答えのない問いについて「共に探究」していく術を体得することができます。教員と学習者がお互いの立場と礼儀をわきまえながら、対等な立場で双方向に自己を引き出すことで、お互いに「自己認識の目覚めと自己理解」が深まるでしょう。道徳教育は課外活動も含めた教育全般で役立つと言えます。修士課程で道徳教育を探究していくことで、教育に携わる方々全ての自己改善と使命、「あなたはなぜ教鞭を執るのか」の答えを見出す機会となることが期待できます。