

2008/5/22
イェーナ大学創立450周年記念式典に参加して
ドイツ訪問 その1 歴史と伝統の栄華を満喫して
去る5月14日から15日にかけてドイツのイェーナ大学で開催された創立450周年記念式典に参加した。イェーナ大学は麗澤大学の提携校で、1986年から麗澤大学生が留学をしている。
イェーナ大学は1558年の創立以来、ドイツでもっとも知名度の高い大学の一つで、文豪ゲーテもこの大学教育に貢献し、その提唱によってフリードリヒ・シラーも同大学に招かれている。今回は、イェーナ大学のクラウス・ディッケ学長が、長年にわたって相互交流を深めてきた両大学の友好関係に敬意を表し、同大学の創立450周年記念式典へ招待してくださったわけである。
初日の5月14日には、イェーナ大学のディッケ学長主催の晩餐会を兼ねたレセプションが、同市のシュレーター市長も参加して、ドルンブルク城で開催された。晩餐会といっても形式張ったものではなく、ドイツ名物のソーセージをメインとした野外バーベキューと館内でのビュッフェ形式の二本立ての夕食会で、参加者各自が思い思いに好きな場所で好きな料理を選ぶという、いかにも西洋的なパーティーだった。
料理よりも興味を抱いたのは、ドルンブルク城の建物とその庭園だった。城は3つの建物から構成されているものの、一般的に想像するようなヨーロッパの古城よりもずっと小さく、城というよりは領主の館といった感じだ。現地のドイツ人スタッフの案内があったのは、3つの城のうちのロココ様式の館で、1736年から1747年にかけて、領主のエルンスト・アウグスト公の命により、ゲオルグ・ハインリヒ・クローネという建築家が建てたものだ。
城は小高い山の絶壁の上に建てられているため、館内の出窓からはイェーナの街並み、ザーレ川が緩やかに蛇行する田園風景、かつて王侯貴族たちが狩りを楽しんだに違いない森の木立が一望のもとに見渡すことができた。ドルンブルクのドルンとはバラの「棘」を意味するそうだが、名が体を表すとはまさにこの城のことで、館の周囲にはロココ式のバラ園と整形式庭園が配置されていた。あいにくバラの花咲く季節ではなかったけれども、シャンパングラスを片手に、見はるかす広大な大地から山頂に吹き上がる微風を感じながら、園内を悠揚せまらず散策していると、長旅の疲れも吹っ飛んでしまった。
2日目の15日には、午前中に大学の学長レベルの祝賀レセプションと昼食会が催されたあと、大学のメイン・ビルディングの中庭でアカデミック・ガウンを着用しての記念撮影、そしていよいよメイン・イベントで記念式典のハイライト、大学学長・代表者によるプロセッション(行進)となる。この行列に参加するのは、イェーナ大学のクラウス・ディッケ学長を先頭に、同大学関係者、同時期に開催される年次大会に参加するコインブラ・グループ(ヨーロッパの歴史と伝統のある総合大学の連盟で、バルセロナ大学、グラナダ大学、ボローニャ大学、ブタペスト大学、グローニンゲン大学、パドヴァ大学、オックスフォード大学、エディンバラ大学、ダブリン・トリニティー大学など、名だたる38大学)、そしてインターナショナルな大学の順に並ぶ。東洋からの参加者としては、中国の大連からの一行と日本からは麗澤大学だけであった。
市の中心街を1時間ほど歩いて、式典会場の市民会館「フォルクスハウス(民衆の家)」へ向かった。まるで町をあげてのお祭り騒ぎで、沿道を埋め尽くす人々の拍手と喝采を浴びながら、私たちは粛々と行進した。おそらく、これからの私の人生でも、一度にこれほどたくさんのカメラで写真を撮られる経験はないだろう。市民会館では、ここを会場として、挨拶、記念講演、音楽演奏などの式典が2時間にわたって盛大に挙行された。
最後に、この式典に参加するにあたって、現在、ドイツで中世ドイツ語の研究をされている麗澤大学助教の草本晶先生が、留学中であるにもかかわらず、遠方より駆けつけてくれたので心強かった。また麗澤大学でドイツ語を5年ほど教えたことがあるクラウディア・ラング先生も常に同行して下さったので、色々な行事が目白押しであったけれども、何一つ不自由を感じることはなかった。また参加者にイェーナ大学側からアテンドがつくのは麗澤大学だけという。両氏とともに、イェーナ大学の特別のご配慮に心から感謝の意を表したい。










