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2008/12/12

麗澤大学開学50周年記念中国(上海)同窓会と上海異業種交流会に参加してⅢ-番外編-

公務の海外出張は、当然のことながら、スケジュールが決まってお り、分刻みの時間の縛りがある。しかし、そのような時でも、心の余裕だけは持ちたいと思っている。芭蕉は『笈の小文』で「寛歩駕に代え、晩食肉よりも甘 し、とまるべき道にかぎりなく、立つべき朝に時なし」と綴っている。さすが芭蕉だけあって、旅を楽しむ術を心得ている。もちろん、公私混同はいけないが、 公務の出張でも、芭蕉のような旅心は忘れないようにと常々思う。

私事で恐縮だが、今年の4月に『「在支二十五年」米国人記者が見た戦前のシナと日本(上・下)』(祥伝 社)を上梓した。中国国民党シンパで反日アメリカ人ジャーナリスト、パウエル(J.B.Powell)が1945年に出版した My Twenty-Five Years in China の邦訳書である。そこには戦前の上海の様子も描かれていて、興味がそそられる。かつて上海には「日本租界」があり、多くの日本人が暮らしていた。日清戦争 後、治外法権を獲得した日本人居留民たちが上海に渡り租界を形成したからである。この区域は「虹口地区」と呼ばれた。第一次世界大戦が勃発すると、紡織業 を中心とした日本資本の投入、大小さまざまな商社・銀行支店の開設により、上海が日中貿易の拠点となるにつれ、上海の日本人居留民社会も飛躍的に発展し た。その結果、上海の外国人居留民の中で日本人の数が最大となった。虹口地区には、日本総領事館、居留民団、日本人クラブ、学校、商店、住宅、病院、公 園、娯楽施設、宗教施設などがあり、日本人居留民は日本語を使用するなど、日本での生活と基本的に変わるところはなかった。1941年の太平洋戦争以降で は、日本人居留民の数は10万人を超えた。

昨年、上海を訪れた時は、提携校の上海財経大学の計らいで市内観光の機会を得、『在支二十五年』にも登 場する日本憲兵隊本部の建物を見ることができた。それは1930年に建てられた7階建てのビルで、第二次上海事変後に日本憲兵隊が買収して本部とした。 1948年、中国銀行がこのビルを購入して職員宿舎とし、今は「大橋大楼」と呼ばれている(写真参照)。出発前、翻訳の際に集めた当時の戦前の絵ハガキを 眺めながら(その内の一枚には1929年7月12日の消印あり)、今回も、もし時間的余裕があれば、「オールド上海」がどう変わっているか、この目で確か めたいと思っていた。しかし、滞在予定の2日とも公式行事が控えていて、まとまった視察の時間はとれそうもないので、具体的な計画は立てないことにした。 芭蕉のように、何の計画を立てぬまま、空き時間を利用して、ホテルの周辺で「寛歩での視察」を考えていたのだ。しかし、偶然の出会いのお蔭で、思わぬ視察 の機会に恵まれた。

大橋大楼(現在)

大橋大楼(現在)

憲兵隊本部(絵はがき)

憲兵隊本部(絵はがき)

外灘(絵はがき)

外灘(絵はがき)

(1)上海文廟
1885年にこの地に再建された上海県城の孔子廟で、 1928年に公園として開放、1931年に市民衆教育館となる。廟へ至る狭い道路の両側には小売店や露店が軒を並べ、往来する人々でごったがえしていたの とは対照的に、廟内は人影もなく静寂そのものだった。廟内の壁には、『論語』の「学而第一」の有名な一節、「朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからず や…」が刻まれ、今回の同窓会と異業種交流会の成功が予示されているようであった。

孔子廟

孔子廟

壁に刻印された『論語』の一節

壁に刻印された『論語』の一節

孔子廟前に軒を並べる小売店や露店

孔子廟前に軒を並べる小売店や露店

(2)上海交通大学
同大学は、日中戦争時に東亜同文書院のキャンパスとなっ たことで有名(1937~1945年)。東亜同文書院とは、日本の東亜同文会が中国で活動する人材の養成を目的として設立され、上海では1971年に虹橋 路に校舎が新設されたが、抗日戦の戦火で破壊された(1917~1937年)。その後、同大学を校舎とし、1939年に大学として認可されたが、敗戦後に 廃校となった。現在、キャンパス内には、1896年に郵伝部大臣の盛宣懐が創設した南洋公学の石碑はあるが、日本の痕跡は見当たらず、校舎内には、この大 学の電気系を卒業した江沢民の写真が掲げられていた。

上海交通大学の校門

上海交通大学の校門

東亜同文書院

東亜同文書院

(3)豫園
上海随一の伝統的中国式庭園がある。しかし、現在の庭園は、明代のものでも、乾隆年間に再建された西園でもなく、清末以来荒廃していた庭園を新中国成立後に改修したもの。周辺の盛り場である豫園商場の商店建築群も、近年、コンクリート造りに改築されたもの。
屋根の先が反り返った江南風建築の湖心亭茶室を描いた戦前の絵ハガキと見比べると、その違いが分かるだろう。

豫園商城

豫園商城

湖心亭と九曲橋

湖心亭と九曲橋

豫園

豫園

湖心亭(絵はがき)

湖心亭(絵はがき)

湖心亭(絵はがき)

湖心亭(絵はがき)

上海での異業種交流会終了後、麗澤大学中国語学科卒業生の山本佳則さんが上海市内の案内をかって出てく れた。上海に来て5年という、中国語が実に堪能で中国茶に詳しい奥様がいきつけの茶館を案内して下さり、楽しいひと時を過ごすことができた。この場を借り て改めてお礼を申し上げたい。

茶館にて山本佳則さんご家族(右)・松田徹教授(左)と

茶館にて山本佳則さんご家族(右)・松田徹教授(左)と