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2009/05/13

韓国の又石大学校創立30周年式典に参加し、本学との交流協定を締結 Ⅱ 番外編

5月9日、又石大学校の李道烈先生が近くに母岳山(モアクサン)道立公園と金山寺があるので、是非案内したいと誘ってくださり、ご好意に甘えることにし た。この日本語学科有志による観光ツアーには、学科長の宋賢順先生、日本人講師の本田仁美先生が同行してくださった。申し遅れたが、本学からは国際交流セ ンター長、経済学部の堀内一史教授、通訳を務めた国際交流センターの韓 基煥さんが今回の訪問に同行した。

金山寺(クムサンサ)は弥 勒信仰の総本山で、百済の法王元年(599年)の創建、統一新羅の恵恭王2年(766年)に改築、弥勒殿は国宝第62号に指定されている。百済といえば、 663年8月、朝鮮半島の白村江(現在の錦江近郊)で行われた白村江の戦いが思い起こされた。日本(倭国)と百済の連合軍が、唐と新羅の連合軍と戦った国 際戦争である。660年、唐・新羅連合軍の攻撃によって攻め滅ぼされた百済の遺臣たちは、鬼室福信らを中心として百済復興の兵をあげ、倭国に30年間も滞 在していた百済のラスト・エンペラーの王子、余豊璋を擁立しようと、倭国に救援を要請した。これを受けて倭国は百済へ援軍を派遣した。この話をすると、李 先生は当時の日本から2万7千の兵が百済に送られてきたことをご存じであった。そこで私は、白村江の戦いに敗れた後、祖国を失った百済からの亡命者が多数 日本に渡ったが、日本は、彼らに土地を与え、税金を免除し、百済時代の地位に見合う地位を与えて手厚く受け入れたという話をし、日韓には深い人的・文化的 交流があったことを強調した。

さらに日本の靖国神社には、朝鮮人の戦死者の御霊が2万一千余柱眠っておられる。理由がどうであれ、そ の意味づけがどうであれ、ともに相手国のために尊い命が捧げられたという歴史的事実に変わりはない。かつて百済の地で命を落した日本人と、日本のために命 を落とした韓国人戦没者に慰霊の祈りをささげたい。また513年に五経博士の段楊爾を日本に送った武寧王、552年に仏教を日本に伝えた聖明王の御霊にも 感謝をささげたいと申し上げたところ、李先生は深く頷き同意され、歓迎夕食会のときに羅総長にもこの話を伝えておられた。扶余には仏教伝来謝恩碑があるら しいが、今回はそこまで足を延ばす時間がないので、近くの金山寺にお参りをすることになった次第である。

さて、話は変わって、同日の 午後、全州から車に揺られ約3時間でソウルに到着した。その夜は、韓国で活躍している本学の韓国人卒業生とミニ同窓会を開催した。場所は北岳山(プガッサ ン)の麓に位置する三清閣(サムチョンガク)という韓国レストランで、長らく国賓の接待や政治会談の場所として使われてきた文化施設でもある。参加者は丁 鋼徹 氏、閔 泰日 氏、河 東勲 氏、安 暎一 氏、朴 勝培 氏、金 權泳 氏。それぞれに韓国社会で大活躍しているようで、頼もしい限りであった。韓国の麗澤OB会のますますの発展と再会を誓ってソウルを後にした。

母岳山金山寺

母岳山金山寺

先生方と弥勒殿の前で

先生方と弥勒殿の前で

又石大学校の先生方有志による金山寺観光ツアー

又石大学校の先生方有志による金山寺観光ツアー

同窓会

同窓会

同窓会2

同窓会2