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2010/07/30

竹畠明聡君の病魔との闘いを応援する

―麗澤会九州ブロック記念大会で参加者全員が祈りを捧げる―

去る7月11日、九州のホテルオークラ福岡で、廣池学園創立75周年を記念する麗澤会九州ブロック記念大会が開催された。福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、 宮崎、鹿児島の各県から、麗澤の門をくぐった者たちが一堂に集い、親睦を深めて母校愛を育み、麗澤スピリットを喚起して社会への貢献を誓う大会である。

記念大会の2日前の7月9日、麗澤大学を病気のために退学した学生のお母堂様が、ご子息の資料とDVDを持参して大会事務局を訪問してくださった。「記念 大会への案内状をいただいたけども、息子はガンを患い病床に伏しているため、参加できない。しかし、息子は麗澤に入学できたことをほんとうに喜んでいるの で、その想いを伝えたい」とのこと。

ご子息とは竹畠明聡君だ。本学の卒業生に、車いすテニス世界チャンピオンの国枝慎吾君がいる。国枝君は脊髄のガンが原因で下半身不随となったけれども、 「可能性は無限大だ!」という不退転の決意で、その病魔に見事打ち勝ち、世界チャンピオンの栄冠を手にしたスポーツ選手だ。竹畠君も左足に骨肉腫を患う、 同じ車いすテニスのプレーヤーだった。彼は、自分の運命に果敢にチャレンジする国枝君の雄姿に勇気づけられ、「打倒!国枝」を目指し、2008年に麗澤大 学に入学した。しかし、その後ガンが再発し、治療に専念するため、やむを得ず本学を去ったのだった。2009年には、医師から「5年生存率20%」という 過酷な宣告を受けた。そのとき、「過去の治療による癒着があり手術できない。 他の治療法も気休めにしかならない」という医師の言葉が、彼の心に突き刺 さったという。

在学中、キャンパスでは竹畠君と幾度か言葉を交わしたけれども、私は知らなかった。大学病院の一室でガンと壮絶に闘っているはずなのに、またほんの一年たらずの短いキャンパスライフだったはずなのに、彼がこのように母校を慕ってくれていたことを。

大会当日、急きょ、廣池幹堂麗澤会名誉会長のご発案で、記念大会のプログラムの一部を変更し、竹畠君のDVDを上映することになった。さらに、参 加者に呼び掛け、会場に飾りつけてあった麗澤の幟旗に竹畠君への応援メッセージの寄せ書きをお願いし、病室に届けることが決まった。

DVDは2009年6月27日のスピーチの収録で、12分ほどの短いものだったが、彼の熱い思いは参加者全員の心に届いた。これまで4度のガンの再発があ り、そのたびに家族や友人や先生方や病院のサポートがあって何とか乗り越えてきた。しかし、半年前に大きなガンの再発があったときには、さすがに諦めた。 しかし、夢に向かって一歩を踏み出している麗澤の友人の姿を見て、大きな勇気をもらった。そして、彼はこう決意を固めた。「僕は絶対にあきらめない!あき らめたら支えてくれた友人に失礼になる。その方々への感謝の気持ちを表すために、絶対にあきらめない!」

私は彼のスピーチを聞きながら、1912年にノーベル生理学・医学賞を受賞し、外科医・生物学者でありながら、祈りの力を信じたアレクシス・カレルの『人 間―この未知なるもの-』を思い出していた。記念大会では記念講演を仰せつかっていたので、その機会を利用し、「竹畠君の病苦が少しでも和らぎますよう に、彼の病状が少しでも快方に向かいますように!」と参加者240名全員で、心からの祈りを捧げることにした。静寂に包まれた会場で、麗澤の仲間を想う真 心が一つになった瞬間だった。

私は「至誠、天に通ず」を信じる。竹畠君、また麗澤のキャンパスで君の元気な笑顔を見ることを楽しみにしている。君が病魔との戦いに勝利することを信じ、祈りながら。

竹畠君スピーチ

竹畠君スピーチ

至誠、天に通ず!

至誠、天に通ず!

幟旗にも願いをこめて

幟旗にも願いをこめて

絶対にあきらめないで!

絶対にあきらめないで!

240名が応援します

240名が応援します