1. ホーム>
  2. 未分類>
  3. イスラエルのガリリー・インスティチュート訪問(その1)

2012/01/30

イスラエルのガリリー・インスティチュート訪問(その1)

麗澤大学中東夏季研修報告書2011

麗澤大学中東夏季研修報告書2011

 去る1月17日(火)から21日(土)にかけてイスラエルのガリリー・インスティチュート(Galilee International Management Institute 以下GIMI)を訪問した。本学とつながりができたのは、昨年の夏、本学学生7人が、成瀬猛教授の引率のもと、GIMI主催のサマープログラムに参加し、語学の面でも国際理解の面でも、大きな成果を上げたことがきっかけである(詳しくは『麗澤大学中東夏季研修報告書2011』という立派な小冊子ができているのでご覧いただきたい)。

 成瀬教授は、JICAケニア事務所次長やJICAパレスチナ事務所所長を歴任するなど、海外での駐在年数が約18年に及び、まさに世界を股にかけて国際貢献の経験を積んでこられた行動派の教授である。国内外問わず幅広く活躍できる人材の育成を目指す本学の外国語学科・国際交流・国際協力専攻の看板教授のお1人だ。その成瀬教授のご縁で平成22年12月12日(日)~13(月)GIMI学長のShevel博士が本学を表敬訪問されたが、その際、本学の建学の理念や自然に恵まれた教育環境に感銘を受けられたようで、今回は本学がGIMI訪問の招待をお受けすることになった次第である。

 イスラエルと聞くと、まず一般の日本人のイメージとして浮かぶのは「危険な国」、そしてイスラエル入出国の際の厳しいセキュリティーチェックであろう。それは、外務省のホームページのセキュリティに関する情報や旅行のガイドブックなどを見てもある程度は想像できよう。しかし、今回のGIMI訪問とイスラエル各地の視察に関する限り、そのようなネガティヴなイメージは、いい意味で完全に覆されたと言ってよい。

 今回はイスラエル実質滞在日数4日という限られたスケジュールなので、往復の航空便も飛行時間の一番短い大韓航空を利用した。1月17日(火)に成田空港を出発したKE 957機は、韓国の仁川空港でイスラエル直行便へとトランスファーし、12時間の飛行を経て夜の8時40分、テルアビブ郊外のベングリオン空港第3ターミナルに到着した。さて問題の入国審査であるが、今回はGIMIから正式な招待状をいただいていたこともあって、問題の入国審査は、帰りの航空券を見せ、簡単な質問を2、3受けただけで、あっけなく終了し、入国できた。出国は入国よりもさらに手ごわいと聞いていたが、これも予想を大きくはずれ、女性の検査官は、2、3の形式的な質問をした後、私の手荷物の中身も調べず、”Thank you, sir.”と最後は笑顔で出国審査が終わった。

 イスラエル訪問中に滞在したホテルはキブツ・ミズラ内のNof Tavor Hotelである。ベングリオン空港からキブツ・ミズラまでは約160Km、車で1時間半ほどかかり、街灯のない道路を車で飛ばしてホテルに着いたときは深夜になっていた。ホテルといっても、いわゆる観光地のリゾートホテルでも、都会のシティーホテルの類でもなく、隣にレストランが一軒あるだけで、周囲にこれといった施設は見当たらない。あるのはホテルの前を通る一本の幹線道路と田園が広がる牧歌的な環境。ちなみに、キブツ・ミズラの「キブツ」とはイスラエル独自の農村共同体を意味し、開拓地に集団で入った人々が、共同で農業などを行い、生計を立てているコミュニティーだ。イスラエルにはこのようなキブツが約280もあるという。

 イスラエルの習慣では、「シャバット」というユダヤ教の安息日(金曜の夕方から土曜の夕方まで)がある。この日はすべて休業となるのだが、私たちのホテルとて例外ではなく、出発当日の土曜日はホテルで朝食がとれないとのこと。そこでホテルから歩いて5分ほどのところにあるキブツ・ミズラの食堂を利用することになった。味は別として、どこか廣池学園の中央食堂に似ている雰囲気がある。GIMIのオフィスは、このキブツ・ミズラから車で10分ほど西へ向かったナハラルという場所にあるが、このナハラルもモシャブ(Moshav)というユダヤ人入植村の一つである。

 訪問中は、GIMIがいろいろな交流の場を準備してくれていて、その行き届いた配慮には、この場を借りて改めて心から御礼を申し上げたい。その主な内容をご紹介しよう。



①1月18日(水)

*GIMIの所長Shevel氏と本部で会談・情報交換
*ナハラルのレストランで Shevel所長とランチ・ミーティング
*キブツ・ミズラでShevel所長、スロベニアからの来訪者と夕食(マグルーバやファラフェルといったベドウィン料理を堪能)
*夕食後、イスラエル・フォーク・ダンスを鑑賞

ナハラルのレストラン

ミズラにて、スロベニアからの来訪者と会食

ベドウィン料理「ファラフェル」(中央)

参加国一覧(キブツ・ミズラの食堂にて)


















②1月19日(木)

*研究所の関係者と日本人スタッフ(Director-Cooperation with Japan)緒方由香利さんの案内でエルサレム視察。緒方さんは、その他のすべての視察にも同行し貴重な情報を提供してくださった。エルサレムは、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3つの宗教の聖地である。信徒の数を合計すると約40億人である。今風に言えば、世界人口の約60%の人々のスピリチュアルなパワー・スポットというわけである。たとえばキリストが十字架を背負いながら ゴルゴダの丘まで歩いた道、ヴィア・ドロローサを歩いてみたが、そのステーション(留)の看板ひとつとっても、ヘブライ語、アラビア語、英語で書かれていて、その聖地の歴史の変遷と特徴を垣間見ることができる。

*ハーヴァード大学学部長夫妻を始め、GIMI1月コース(Management of Higher Education Institutions、Public Administration and Civil Service Managementなどのコース)を受講しているアフリカ諸国からの受講生らとともにナハラルでのフェアウェル・ディナー

オリーブの丘から見たエルサレム市の光景

エルサレム旧市街の香料店

エルサレム「嘆きの壁」

エルサレム「嘆きの壁」

エルサレム、ヴィア・ドロローサ第5留

 第5留「クレネ人のシモンがイエスの十字架を背負う」とラテン語で書かれている

ナハラルでのフェアウェルディナー
































③1月20日(金)

*キブツ・ミズラ視察
*ナハラルのGIMI本部でハーヴァード大学学部長、GIMI議長、スロヴェニア大使

Jicaパレスチナ事務所関係者、GIMI幹部、他ゲストなどがご参加したディナー。その席上、Levy議長が旧約聖書のモーセの「出エジプト」の物語を披露しながら、パンを手でちぎって参加者に配るなど、イスラエルならではの儀式も体験できた。「このパンは、神を始め、麦を育てた自然、農地を耕し収穫した農夫、そしてパンを焼いてくれた人々などのおかげなのであるから、感謝していただこう」という議長の言葉も印象的だった。日本では「新嘗祭」にあたるのだろうが、「勤労感謝の日」では実感が湧いてこない。

ナハラルでのフェアウェルパーティー

パンを分かつGIMIのLevy議長








 

④1月21日(土)

*ジェリコと死海訪問。ジェリコはパレスチナ自治区になるため、イスラエル人は入国しない。国境近くでアラブ人スタッフの運転する車で、JICAパレスチナ事務所所長の田中泉氏が出迎えてくださり、イエスが悪魔の誘惑を受けた山に建てられたギリシア正教の修道院デール・クルントゥルを始めとするジェリコの名所やJICAの支援現場を案内してくださった。JICAは、ここでジェリコ・ヨルダン渓谷で収穫された農作物を加工し、アレンビー橋経由で輸出を図る「ジェリコ農産物加工団地(JAIP)支援」を行っている。ハード面では太陽光パネル(無償6億円)、上水、下水(無償26.5億円)、土地造成などを行っているのだが、その建設現場を視察した。

 驚いたのは、その建設現場で本学卒業生の鈴木博之さん(海外事業部係長)が働いていたことだ。在学中は副学長の小野 宏哉先生のゼミ生だったという。物腰はソフトだが、板についた作業着姿とヘルメットの下にのぞく日焼けした顔には、たくましさと自信が輝いていた。彼の上司であるTSUCHIYA海外事業部の舩原貞重次長ともお会いしたが、「私は日本の技術だけを教えにきているのではない」というお言葉が心に響いた。日本の先進技術だけでなく、日本人の正直、勤勉、努力というような美徳を伝えようとされているそのお姿に深く感動したわけである。このような方々が海外での日本人の評価を高めているのであろう。

ジェリコの修道院の内部

JICAのジェリコ農産物加工団地の支援現場にて、田中 泉氏(中央)とともに

 

鈴木 博之氏(中央)とともに
















 


 Shevel所長との会談の内容など、今回の訪問の詳しい報告は、同行してくれた本学国際交流センター長の堀内 一史教授の報告書から抜粋したものをご覧いただきたい。

「イスラエルのガリリー・インスティチュート(GIMI)訪問報告 その2」
http://www.reitaku-u.ac.jp/president/essay/20120130-3747.html