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2014/01/15

オックスフォード大学でのJCCV学会参加とエディンバラでの恩師との再会

(1)オックスフォード大での学会

去る1月9日から11日にかけて、バーミンガム大学の人格・価値ジュビリーセンター(The Jubilee Centre for Character and Values)主催の第2回国際学会が、オックスフォード大学のオリエル・カレッジで開催されたので、同センターとパートナーシップを締結し、当日の同センターのオープニング・ヴィデオでも紹介された道徳科学教育センター(Center for Moral Science and Education)からセンター長でもある私と、同センター員である経済学部の堀内一史先生が参加した。テーマは「美徳は測定できるか?」(‘Can Virtue Be Measured?’)で、まさに現在、本学がマーヴィン・バーコヴィッツ先生を中心にミズーリ大学セントルイス校と共同プロジェクトで取り組んでいるテーマでもあり、貴重な研究成果に接することができた。

 以下は同学会の発表した堀内教授のレポートである。

≪ジュビリ―センター第2回国際学会に参加して≫

堀内一史(麗澤大学道徳科学教育センター研究員)

 今回は“Measuring Virtues in the Context of Voluntary Activities by Students of a University in Japan: A Pilot Test”というテーマで1月10日に発表した。道徳科学教育センターで水野修次郎教授を中心に開発されたImpact Scaleの7つの徳目(慈悲、責任、尊敬、希望ある生活、内省性、つながり、感謝)を若干精緻化した調査票を用いて調査を行い、その調査の分析結果を報告した。(対象は、水野教授が担当されている外国語学部の「社会活動演習」(サービス・ラーニング)履修者のうちの31名)今回の報告はこれらの徳目がボランティア活動を行った後の学生の道徳的変容に及ぼす影響についての予備調査として、ポストテストの調査項目の信頼度と今後の研究の展望についてである。報告の後、調査の信頼度を上げるための手法について示唆に富む助言を受けたことは大きな収穫となった。

 バーミンガム大学ジュビリーセンターでも、英国内の小学校での道徳教育と弁護士、医師などの専門職に就く社会人の道徳性の定量研究の報告がなされたが、いずれも予備的調査であって、長期的調査の必要性と定量化を進める上での諸問題が議論された。学会では、道徳教育に関心を持つ英・米の教育学、心理学、哲学の専門家が一堂に会したが、徳目の定量研究はまだ緒に就いたばかりという印象を受けた。

 今回の学会では、ボストン大学教育学部品性教育・社会的責任センター長のエレンウッド先生も発表されたが、先生からボストン大学、バーミンガム大学および麗澤大学の三者間でのサービス・ラーニングに関する共同研究が提案され、ジュビリーセンターのトム・ハリソン先生と打ち合わせを行い、今後の実施要領について調整をしていく方向で合意した。今後この共同研究が、緒に就いたばかりの道徳性の定量研究に一石を投じることを期待したい。

 

(2)エディンバラでの再会

 12日、イギリス留学時代の恩師の世界的に著名な文学者A・ファウラー先生がランチに招待してくださるというので、エディンバラまで足を伸ばすことにした。私がエディンバラ大学で先生の個人指導を受け、ミルトン研究に没頭したのは、ちょうどフォークランド戦争が勃発した1982年の秋のことで、今から32年も前のことになる。

再会の場所はホテル・デュ・ヴァンという風格のある小奇麗なレストランで、エディンバラ大学からは目と鼻の先のブリスト・プレイスという通りにあった。先生と個室のテーブルにつくや否や、堰を切ったように会話が弾み、留学時代の思い出から、専門の文学論だけでなく、政治、経済、芸術など、話題は縦横無尽、広範囲に及び、会話は途切れることなく、飛ぶように時間が過ぎて行った。1930年生まれの先生は、お体の調子がすぐれない時もあるようだが、無駄のない明晰で論理的なご発言と博覧強記ぶりは、ご指導を受けた時と少しも変わらない。帰りは先生自らが私をホテルまで送って下さり、文通を続けることを約束して、別れを惜しんだ。

 その日の夕方、恩師のイアン・キャンベル先生から夕食に招待していただき、先生のご自宅を訪問した。トマス・カーライルとヴィクトリア朝文学がご専門の先生も現在はリタイアされている。先生は麗澤を訪問されたこともあり、その後もメールで連絡を取りあっていた。先生も70歳を越えておられるけれども、非常にはきはきと、立て板に水を流すような話しぶりは健在だった。

30年前と比べると、当たり前のことであるが、エディンバラの町も随分と様変わりをしたように思う。学生の頃、古書探しを楽しんだジェイムズ・シンという本屋はなくなり、同じ場所にオックスフォードに本店のあるブラックウェルズが店を構えていたが、残念ながら、古書のセクションはなかった。プリンセス・ストリートには市電用のレールが敷かれ、大学自体も建物が新しくなっていた。かつて学んだデイヴィッド・ヒュームタワーは、現在使用されていないと聞く。春秋に富んでいた昔の面影を求め、自分にとって思い出深い場所を散策してみたが、すでに記憶の中でおぼろげにしか再現できないことの多さに改めて気づき、感傷的になってしまった。しかし、ファウラー先生、キャンベル先生という心から尊敬する恩師との再会は、ほんとうに感謝の気持ちで満たされ、かつての自分に巡り合えた「時熟的な」至福の時間だった。