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2015/05/11

渡部昇一先生と『荘子』を語る

久しぶりに、吉祥寺の第一ホテルで渡部昇一先生と対談をした。テーマはシナの古典の『荘子』である。これまでも先生と小生の対談本として『読書こそが人生をひらく―「少」にして学び、「壮」にして学ぶ―』(2010年)と『人間力を伸ばす珠玉の言葉―箴は鍼なり―』(2011年)がすでに出版されている。この対談はその第三弾となり、今年の11月にモラロジー研究所出版部から上梓される予定である。私はすでに還暦を過ぎているが、渡部先生はその私よりもさらに22歳も年上でいらっしゃる。対談は、まるで学生が指導教授の胸を借りるような充実したひと時だった。

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先生が西洋のパスカルの『パンセ』を引き合いに出して『荘子』の「断片性」と比較されれば、私もホイジンガーの「ホモ・ルーデンス」を持ち出して逍遥遊編の「遊び」と比較する。英語学者と英文学者の語る、今までにない『荘子』論が展開されていった。対談後、先生は「今回の対談も実に楽しかったね」とおっしゃっていたが、私もまったく同感だった。ことほどさように、お昼すぎから休憩なしに『荘子』の哲学について語り合っていたら、いつの間にか夕食の時間になっていた。来年も古典シリーズで『易経』について対談することになった。これでまた学ぶ楽しみが一つ増えたわけである。

0003 その間に、同じく渡部先生が監修され、小生が翻訳する予定のヒラリー・ベロック著『ユダヤ人』(H. Belloc, The Jews, 1922 祥伝社)を仕上げなければならない。このような仕事は、学長としての業務から解放される休日に集中して取り組むわけであるが、学ぶことも多く、楽しくてやりがいがある。何よりも、よい気分転換になる。このような名著を紹介してくださった渡部先生に改めて感謝したい。