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モラロジー創立者

モラロジー創立者・生涯教育の先駆者 廣池千九郎

廣池千九郎は、労働問題の解決に尽力する一方で、モラル・サイエンス(道徳科学)の研究にも積極的に取り組み、大正15年 (1926年)に『道徳科学の論文』の原稿をようやく完成させ、昭和3年(1928年)に初版を発行しました。その後、昭和4年(1929年)に『孝道の 科学的研究』を発行し、昭和5年(1930年)には『新科学モラロジー及び最高道徳の特質』のレコード吹き込みを行いました。翌昭和6年(1931年)に はモラロジーに基づく教育活動を推進するために必要なテキスト類をほぼ完成させ、同年9月大阪毎日新聞社主催で講演会を開催し、大成功をおさめます。これ によりモラロジーに基づく社会教育活動が本格的にスタートします。その後、講演会、講習会を大阪、名古屋、東京等で次々に開催し、モラロジー教育の足固め をしていきます。

モラロジー教育の中心となる場として、昭和9年(1934年)に千葉県東葛飾郡小金町(現在の柏市光ヶ丘)に土地を購入 し、翌昭和10年(1935年)に道徳科学専攻塾を設立します。その専攻塾は、中等教育修了者対象の本科(5年制)と、年齢、資格に関係なく社会人を対象 とする別科(3ヵ月)から構成されています。この設立によりモラロジーに基づく学校教育と社会教育を密接に関係させて行う実質的な生涯教育がスタートしま す。廣池は、開塾後も救済活動に尽力し、内外の指導層、学者をたびたび招き、進講をしています。それらの成果が、昭和12年(1937年)『ジャパン・タ イムス』に全1ぺ一ジにわたり掲載され、日本独自の教育思想として広く世界に紹介されました。しかし、翌昭和13年(1938年)6月4日、世界の平和と 人類の安心・幸福を願いつつ、療養先の群馬県水上の大穴温泉で72歳の生涯を終わります。廣池の死後、その願いに反し、日本は太平洋戦争という泥沼に突入 し、昭和20年(1945年)の敗戦を迎えます。しかし、廣池千九郎のその端緒を開き、方向を示したモラロジーによる生涯教育活動は、学校教育が麗澤大 学、麗澤高等学校などを有する学校法人廣池学園へ、社会教育は財団法人モラロジー研究所へと受け継がれ、共に今日の生涯教育活動の展開に至っています。