1. ホーム>
  2. 未分類>
  3. 学 者>

学 者

学者 廣池千九郎

廣池千九郎は、大分県中津市で教鞭をとるかたわら、明治24年(1891年)学術的な地方史の先駆をなす『中津歴史』を発行した。

『中津歴史』発行を契機として、廣池は歴史研究の志を立て、本格的な研究をめざして郷里を離れ京都に移ります。日本の歴史 研究家の第一歩を踏み出した廣池は京都に移り住んでわずか1ヵ月で学術雑誌『史学普及雑誌』第1号を発行、その後第27号までを発行するかたわら、皇室研 究の学問的出発点となる『皇室野史』を発行します。また平安遷都1100年祭の一環事業である『平安通志』を京都市の依頼により編集しています。

廣池千九郎は、明治28年(1895年)国家的な大事業である『古事類苑』の編集員として東京へ招かれます。編集作業は 13年間に及び、後年副編集長として佐藤誠実編集長を助け、完成に向け尽力します。廣池は『古事類苑』編集のかたわら、自らの研究テーマである法制史研究 にも精力的に取り組みます。同時に中国法制史の研究に不可欠な漢文法の研究にも着手し、『支那(中国)文典』を出します。これらの研究が認められ、早稲田 大学から講師として招かれ、「東洋法制史」、「支那(中国)文典」の講座を担当します。以後成果の発表と共に、「倭漢比較律疏」の研究や『東洋法制史序 論』、『日本文法てにをはの研究』等多くの著書を世に出します。また日本史研究のための重要な資料である『国史大系』などの校訂も手がけました。