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グローバル時代を生きる先輩たち

公開日: 2016年11月22日

麗澤での4年間がなければ、今の自分はなかった。

YKKタイ 社長  川口 真司

1989年 中国語学科(現在の中国語専攻)卒業

YKKタイは、服やバッグなどに使われているファスナーやベビー服やジーンズ用のボタンを中心に生産販売をしております。またYKKAPタイでは国内住宅向け窓サッシやドア等を輸入販売などを中心に販売しています。オフィスはバンコク市内にあり、工場はその南、サムットプラーラーカーンという町に位置し、約450名が働いています。また、YKKタイでは社会貢献の一環として、地方の学校に図書室を作ったりもしています。私が今のように海外で働ける機会を得られたのは、麗澤大学で過ごした4年間があったから。

当時の日本は中国に進出しようとする企業が増えていることもあり、麗澤大学の中国学科が注目を集めていました。そこで高校の先生からの薦めもあり、麗澤大学に入学しました。というのも、英語は既に中学・高校で6年間勉強しているので、得意な人とは大きな差がありますが、中国語ならみんなと同じスタートラインに立てると思ったからです。今思えば、その決断が私の人生を大きく変えることになりました。

大学1年目の前期は入学の開放感もあって、何となく過ごしてしまったのですが、その後、中国語学科で1週間ほど、中国に訪問する機会がありました。見るもの、触れるもの、文化、人、すべてが新鮮でした。初めての海外旅行だったこともあるのですが、とにかく私に強烈な印象を残したんです。その1つが、ほんの片言ではあったものの、勉強していた中国語が通じたことです。それは大きな喜びとなって、帰国後は本格的に勉強をはじめ、だんだんと海外で仕事をしたいと思うようになりました。

当時はインターンシップという言葉はありませんでしたが、大学3年生の終わりにはYKK香港に3週間、体験入社のような機会をもらい、卒業後はそのままYKKに入社。1年後、香港に赴任して、その後、中国、シンガポールを経て、タイに赴任しました。時々、学生の方から海外で働くにはどうすればよいのかを聞かれるのですが、卒業後すぐに海外で働くことを考えるのではなく、まずは日本で経験を積んで、その後、海外で力を発揮するのがいいのではないでしょうか。焦る必要はありません。そしてもう1つ言えるのは、学生時代にインターンシップなどで希望する会社の雰囲気を体験するのはとてもいい経験になります。大学ではぜひその機会を見つけて、チャレンジしてください。

海外が身近な今、いろんな場所に行って、いろんなものを見て欲しい

公益財団法人国際労働財団 タイ事務所

所長 関口 輝比古 1997年 経営学科卒業

国際労働財団は、発展途上国の経済や労働組合を発展・改善させることを目的に活動している団体です。こんな風に説明するとなんだか難しそうに聞こえるかもしれませんが、簡単に言ってしまえば、発展途上国で働く人の生活を向上するためのお手伝いをすることです。

 

私たちには大きく3つの仕事があります。1つ目は海外の労働者のリーダーにあたる人を招いて、日本の労働環境を知ってもらうこと。2つ目は現地の人の仕事や働き方、経済を支援する業務。そして3つ目が児童の労働を減らすための取り組みです。

タイは「インフォーマルセクター労働者」と呼ばれる国民が60%を占めると言われています。インフォーマルセクター労働者とは、例えばスラムで暮らしたり、屋台で働いている人、バイクタクシー運転手、農家などです。日本では考えられませんが、彼らのほとんどは税金を納めておらず、法的にも十分、保護されていない労働者です。そういった人をサポートするために、国際労働財団のタイ事務所は設立されました。

私は子どもの頃、アメリカで暮らしていたことがあり、その経験もあって高校生の頃から海外で何かをしたいと漠然と考えていたんです。ですから麗澤大学在学中には、スタディツアーやボランティア活動に参加するなどして過ごしました。医療や農業、教育など何かを専門に学んだわけではかったので、役に立たないことはわかっていたのですが、それでも卒業後は国際協力に関わりたくて、麻薬中毒者を親に持つ子供たちの自立を支援するタイのメーコックファームに行き、ボランティアを続けました。同級生が会社に就職するのと同じように、私はボランティアに就職活動をしたわけですね(笑)。

 

そうして一般財団法人麗澤海外開発協会※などからも支援をいただきながら、無収入ながら7年間活動することができ、その後、民間企業などを経て、今の仕事に就きました。

今の時代、国際協力に興味を持ってくださる若い方が大勢います。一方で、ボランティアをしたいという気持ちだけでは続かない現実もあります。長く続けていると、人はどうしても評価や見返りを求めてしまうようになるからです。だからこそ、国際協力という枠組みの中でお金をもらう仕事はとても大事です。私の学生時代に比べると、今は海外がとても身近になっていますから、いろんな場所に行って、いろんなものを見て欲しいですね。何一つ無駄になることはありません。もし今、やりたいことが見つかっていないのであれば尚更です。将来、国際協力をしたいと考えている人も、まずは社会経験を積んで、それでも自分がやりたいと思ったら、その道へ進めばいいのではないでしょうか。

※開発途上国において文化・経済の発展に協力するため、国際協力活動を通じて、世界の平和、人類の安心と幸福の増進に寄与することを目的として、ネパール・タイ・ラオス・カンボジアにおいて援助活動を行っている。

 

今、この時代だからこそ、選択肢は無限に広がっている

東京産業 タイ 社長 大澤 潤二郎

1996年 経済学科卒業

 

私が海外に興味を持つようになったのは、麗澤大学在学中にイギリスに留学したのがきっかけです。当時は湾岸戦争直後で、イギリスでも毎日のように戦況が報道されていました。そんな中、日本の政治家が「日本人には血を流させない」と言って日本の選挙で圧勝したのとは対照的に、多国籍軍として湾岸戦争に参戦していたイギリスでは「なぜ日本人はお金を出すだけで、血を流さないんだ」という空気が流れていました。私はそのときに感じたギャップをきっかけに、もっと海外を知りたいと思うようになり、帰国後、海外の仕事に関われそうな東京産業に就職しました。

ところが、入社以来、長い間、海外赴任はありませんでした。そして40代になり、このまま海外で働くことはないかもしれないと思っていた頃に、突然、ミャンマー担当となり、2013年から2014年まで年の半分以上はミャンマー、2015年からはタイに駐在して、仕事をしています。

海外で仕事をすることになり、たくさんの驚きや戸惑いがありましたが、とくに考えさせられるのが、自分のアイデンティティについてです。日本について質問されたときに、いかに自分が日本のことを知らないかに気付かされるからです。海外にいればいるほど、日本の本が読みたくなり、歴史を知りたくなる。不思議なものですね。

もし皆さんが生きている時代が、江戸時代であれば、その村でしか仕事をすることはできないかもしれません。でも今、日本はもちろん、世界のどこでも仕事ができます。今、この時代だからこそ、選択肢は無限に広がっています。是非、たくさんのチャレンジをしてください。

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