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今、世界で何が起きているのか<br>新聞記者である私が伝えたいこと。

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今、世界で何が起きているのか
新聞記者である私が伝えたいこと。
古森 義久
特別教授
東京都出身。中学1年より柔道をはじめ、大学卒業後、ワシントン大学へ留学し、勉学のかたわら柔道の指導にあたる。その後、新聞記者としてキャリアをスタートさせ、ベトナム、北京、ワシントン、ロンドンと駐在しながら世界を回る。ベトナム戦争終結時のサイゴン陥落報道により、ボーン国際記者賞受賞。その他、講談社出版文化賞ノンフィクション賞、日本新聞協会賞、日本記者クラブ賞など、受賞多数。50年以上経った現在も現役で記事を書き続ける。2015年4月より麗澤大学に特別教授として赴任。

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公開日: 2015年12月08日

やりたくないけど、やらなくてはいけないことがある。

中学、高校と柔道漬けの毎日でした。一流選手にはなれなかったけれど、情熱を持って取り組んでいましたし、青春のほぼ全てを注いでいたと思います。練習は辛く、苦しいものでしたが、その苦しい練習があったからこそ、よい結果も得ました。中学1年生からほとんど毎日練習を続け、高校のときは、団体戦で全国3位という結果を残すことができました。人間はやりたいことだけをしていては、成長が止まってしまいます。この点、12歳ぐらいで柔道を通じて「人間にはやりたくないけれど、やらなければいけないことがある」ことを学びましたね。この教訓は、その後の私の人生の中で生き続けてきました。そして大学を卒業後、22歳で毎日新聞へ記者として就職したのですが、アメリカでジャーナリズムを学びたいと強く思い、毎日新聞入社後3ヶ月ほどでワシントン州シアトルのワシントン大学に留学しました。柔道の稽古やコーチをしながら大学に通える道が柔道部の先輩の紹介でできたのです。ワシントン大学には1年2ヶ月ほど留学しましたが、あれだけ勉強した1年はこれまでありませんでした。当時の私は英語ができず、大学での柔道指導では主に実技担当。日系アメリカ人の先生が技について説明し、「じゃあ、古森、投げてみろ」という感じでした。もちろんジャーナリズム学科の授業も休まないようにしました。アメリカに居た1年間で6時間以上、眠った夜はありません。(笑)でも楽しく、充実した毎日でした。このアメリカ留学がその後の長い国際報道でどれほど役立ったかは言うまでもありません。

歴史的瞬間を最後まで見届ける
新聞記者としての、自分の使命。

新聞記者活動で、最も印象に残っている体験のひとつに、ベトナム戦争があります。1972年、当時の南ベトナム、サイゴンへ特派員として赴任しました。3年間報道を続けたころ、北ベトナム軍が大攻勢を始め、南ベトナムという国家を粉砕し、戦争を終結させました。その最後のサイゴン陥落直前には、新聞社からは「国外に脱出せよ」との命令が出ました。確かに北の大部隊が戦車隊を先頭にサイゴンに迫り、危険は大きかった。しかしそれまでずっと戦争の報道を続けて、ひとつの国が戦争を通し崩れていく、最後の歴史的瞬間を見届けなければいけないと私は考えました。そして、最後まで現地に残りました。新聞記者は自分一人で判断し、自分一人で記事を書くことも迫られます。その点で新聞記者としての責任や意義、能力を問われます。北京にも1998年から2001年まで駐在し、中国の政治、経済、社会から日中関係や米中関係について報道しました。外国で起こることを、日本に向けて発信していく過程では、日本という国を客観的に考えることができます。例えば日本では核兵器は絶対悪だという考え方が一般的ですが、他の国々ではそうとは限らない。その価値観の違いに目をつぶらず、事実を伝えていくのが、新聞記者としての私の使命だと考えています。

社会と学生をつなぐ、橋渡し役になりたい。

私が柔道を通して学んだ、「やりたくないけれど、やらなければいけないことがある」という人生の現実は、道徳にも通じる考え方です。先日、麗澤大学の正門前を歩いていると、道に落ちているゴミを拾っている学生たちを目にしました。道徳教育を掲げるこの大学では、そういった、人間として小さいけれども大切な部分も語り合っていければと考えています。また、50年以上新聞記者を続けている私ですが、麗澤大学では、日本の外で何が起き、それをどう理解すればよいのか、日本にとって何を意味するのか、なども教えていきたいと思います。大学生にとって、世界で起こっていることは、普段の生活においてあまり実感を覚えないことかもしれません。しかし、卒業してどこかの企業や組織に就職して生きていく以上、その組織が世界となんらかのつながりを持つことは確実です。その組織が世界の他の地域で起きることで影響を受ける。さらには日本社会全体が外国から影響を受ける。逆にその日本の企業などの組織が世界に打って出て、何かの価値を提供する。他国の社会や人間に影響を及ぼす。そんなことも起きます。だから世界を知ることは不可欠です。世界各地で30数年も過ごしてきた一人の新聞記者として、学生たちを知識や感覚の部分で世界と結びつける橋渡し役になることが、私の役割だと思っています。そうすれば、学生が日本社会を知るという動きも自然に進むでしょう。

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