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学生生活
2010.12.08|最終更新日:2020.07.27|

ドイツ・スタディツアーに参加して

ドイツ統一20周年に当たる今年の夏に、ドイツ・スタディツアーに参加しました。今回のツアーは、母校の自由の森学園と東京家政大学との共同企画で、テーマは「人間と環境」でした。私にとって今回で2度目の参加となりましたが、その内容は、ドイツの学校(幼稚園・公立私立の小学校・高校・大学)の見学、ドイツの生物・環境教育センターの視察などでした。とても短い期間でしたが、いくつかの体験の中からシュタイナー学校とトリーア大学との交流で見て触れて感じたことに絞って紹介したいと思います。
初めにハノーヴァーのシュタイナー学校について。日本でも「シュタイナー教育」という言葉はよく耳にすると思います。私が見学したのは、シュタイナー学校で一番古いと言われるルドルファーシューレです。
低学年の児童が学ぶ教室でこの学校の説明を受け、授業を体験しました。そして、授業のあとで校舎を見て回り、再びいくつかの授業に出ました。低学年の教室には机と椅子がなく、ベンチが置いてあるだけです。休み時間には子どもたちがこのベンチを自由に使うことができ、積み重ねて遊んだりしているそうです。けれども、授業ではだいたい円になるように並べます。そこでは、お手玉のようなものを使って授業が行なわれました。生徒は円になって並べられたベンチに座り、「落とさないように」と言われながら順番に頭の上に玉を置いていくのです。こうすることにより、背筋が伸び、姿勢が正しくなり、集中力が高まります。次に、先生の動作を真似て玉を手の上で回し、足の下をくぐらせます。これで観察する力がつきます。最後に、玉を隣の人に順番にリズムよく手渡していきます。リズムが悪いと、どこかでストップしてしまうのです。
このような動作を通して、全体を見る力を養うことができます。表面的にはただの遊びのようなこの動作は、実際に行ってみると思いのほか大変でした。行っている動作自体は簡単であっても、集中して動作を観察し、全体を見渡すというのはたやすいことではありません。みんなでゲーム感覚で特定の動作を行いながら、それを通して洞察力を養っていくのがすごいと思いました。なぜなら、ここに挙げたようなことは常に至る所で必要になるからです。この行為は、子どもに昔の遊びを教えていくことに似ています。昔からの遊びは、祖母から子へ、そして孫へと伝えられていきます。見て真似て覚え、さらには自分なりにアレンジして遊びます。昔から伝えてこられたことには、その行為自体以外にも少なからぬ意味があるということに気づかされました。
次は、トリーア大学との交流です。印象に残ったのは、トリーア大学の下羽友幸先生によるミニ授業でした。まず、ドイツの大学制度全般とトリーア大学日本学科の説明があり、それから「言語教育」についての話がありました。第一ステージが、先生と学生が言葉の基礎をつくる「言語学習」。次のステージでは留学生が加わり、三者で学びを深めていく「協働学習」。さらに、学びという枠に留まらず、この三者だからこそ見えてきたことを外へと働きかける「協働活動」と続きます。例えば、「標識」です。日本のものはかわいらしい絵が描かれ、日本語で説明書きがされています。しかし、ドイツのものはリアルな絵のみで表わされています。日本ではほとんどの人が同じような環境で育ってきたことから、言葉がわかって当たり前ということで、言葉や文字が頼りにされます。しかし、ドイツには日本と比較して異なる言語環境で育ってきた人が少なくありません。従って、言葉だけでは伝わらないことが多くあります。要するに、絵を一目見て、何が言いたいのかわかるようにしなければいけないのです。
ところで、日本人とドイツ人との今回の交流があったからこそ、下羽先生のお話が自分なりに合点がいきました。そして、外国人と関わることは外国のことを理解すると同時に、日本のことをさらに深く理解することにつながるということをこのミニ授業を通して感じさせられました。「異文化理解には、見て聞いて感じたことをどうして?と掘り下げていくことが重要です」、と下羽先生が言われた言葉は強く印象に残りました。これからは体験しただけで済ませるではなく、「どうして」と問うことで物事を掘り下げていきたいものです。
次の日には、トリーア大学の学生が計画してくれた3つのコースに分かれての小旅行に行きました。私が参加したグループは「裸足の道・ツアー」というものでした。このグループは、Bad Sobernheimという所に行って昼すぎまで過ごし、残りの時間は公園でレールスライダーに乗ったりして遊びました。
その日の夜、3グループ全員が集まっての会食がありました。その時、下羽先生の隣の席になりました。「今、ドイツ語を勉強しているんです」と先生に話しかけると、「自由の森で?」と尋ねられました。そこで麗澤大学の名を出したところ、先生は大変に驚かれました。本学ではトリーア大学への留学の可能性が今年度からなくなってしまったのは知っていました。しかし、下羽先生が麗澤からの学生の受け入れのために骨を折って下さっていたことをこの時初めて知り、私のほうでもあまりの偶然にただただ驚いてしまいました。
話が逸れましたが、ここでBad Sobernheimでの体験に触れてみたいと思います。何がなされるかと言えば、泥水の中を歩いたり、砂利の上を歩いたり、川を横断したり、綱渡りをしてみたり等々、さまざまな場所を素足で歩くのです。施設は広大で、そこでは身体感覚を養うのみならず、知識も同時に得られるようになっています。通り道にはパネルが設置されています。パネルにはこの土地の石や岩の種類、それに地層などの説明が絵とともに書かれています。知識として学んだあとは、石や岩が実際に転がっている場所を歩きます。地層の場所では、一番古い地層から現在まで順を追って敷き詰められている地面を踏みしめながら進みます。そうすることで、実際に頭と体で昔と今の地面の違いを知ることができるような仕組みになっています。
今回、このパネルの説明をしてくれたのはトリーア大学の学生でした。そして、彼女たちはドイツ語から日本語に訳してくれました。説明を聞きながら、私が日本語のわからない人にドイツ語で説明をしなければならない立場なら、しっかりやれるだろうかと思いました。相手にしっかり伝わって欲しいからこそ、努力する必要があるのです。彼女たちは私には想像を越える努力をしたに違いないと思ったことでした。
ドイツでの2回のスタディツアーを通して痛感したことがあります。それはドイツには「楽しみながら学ぶ」ための環境が整っているということでした。Bad Sobernheimでは楽しみながら身体感覚が鍛えられ、それに地層についての知識も得ることができます。また、昨年体験したベルリンの「子どもミュージアム」では、遊びを通して人権について学べるようになっていました。
そもそも「子どもには難しすぎる」ということで片付けるのではなく、子どもだからこそわかりやすくしっかりと学べる環境が必要なのではないでしょうか。なぜなら、子どものほうが私たちよりもすんなりとそのような世界に入って行き、そのことが実際に自ら問題を掘り下げていくきっかけになるからです。できることならもっと幼い頃にドイツでこのような機会に接していればと悔やまれますが、それでもこのような貴重な体験ができただけでも大変に嬉しく思います。(片山 奈美= ドイツ語・ドイツ文化専攻1年 )