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学生生活
2010.12.03|最終更新日:2020.08.04|

英語学科4年の大野拓哉さんが世界1周旅行。
300日間、25カ国回る

「何でも経験しよう!」-英語学科4年の大野拓哉さんは昨年1年間、大学を休学して世界1周旅行に挑戦。300日間、25カ国を回ってきた。インドのガンジス川に入って病気になったり、言葉が通じず両替ができなくて何日も食事ができなかったり、メキシコでカメラを盗まれたり、孤独で泣きたい夜もあった。大野さんは「言葉では言い尽くせない様々な経験を積むことができました。これからの人生に大きな力になると信じています。1人の時間を持つことの大切さを実感しました」と一語一語噛みしめるように話していた。

世界一周は高校時代からの夢。高橋歩著の『毎日が冒険』がきっかけ。実行に移そうと思い立ったのは、麗大3年生の2008年10月。旅行計画では個人旅行のバックバーカーで120万円かかる。100万円を目標にパスタ屋、警備員などのアルバイト、睡眠時間3時間というハードな日もあった。貯めた100万円に、祖父が20万円、親戚の援助金、友人もカンパしてくれた。
休学届を提出し、パスポートなど準備万端整ったのは決断してから7カ月後。2009年5月3日、勇躍して成田国際空港から中国に向かった。東南アジア、インド、中東、ヨーロッパ、北米、中米の順で回り、南米・ペル―が終着。2010年2月28日帰国した。

<アジア>

中国本土に入ると英語が全く通じず、ジェスチャーや漢字の筆談で。パクチーが入っていて一番好きになったベトナム料理の『フォー』、そのベトナムではラオスの国境で10倍の出国税を取られたり、騙されたことも。ラオスでは、移動のため断崖絶壁の山道をおんぼろバスで走り、本当に死ぬかと思った。カンボジアでは蛇の串焼きを食べたが、呑み込めなかった。人の死体が浮いていたインドのガンジス川。沐浴して体調を崩し3日間も入院。ブッタが悟りを開いた聖地ブッタガヤでは10日間の瞑想修行も経験した。

<中東>

イエメンでは断食の時期。食事は日が沈んでからだった。イスラエルの聖地エルサレムではライフル銃を持った警備員が監視。イスラム教の岩のドーム、キリスト教の聖墳墓教会、ユダヤ教の聖地嘆きの壁では多くの人たちが祈っていた。人々の暮らしと宗教が密接に関わっている。日本人、自分にとり宗教とは何なのだろうか考えさせられた。

<ヨーロッパ>

アルバニアで「ベストフレンド!」と言ってくれた心の友人に出会う。出会いは旅で最も面白いことの一つだ。スペインではガウディ建築やダリ美術館、ピカソのゲルニカを鑑賞。観劇で上演した役者の中に東洋人の女性が1人、世界で活躍している日本人と知って誇らしく思った。

<アフリカ>

モロッコ。幾多の世界遺産、絶景を見たけれど、一番はサハラ砂漠で過ごした一夜。砂漠は静かだ。何の音もしない。暗闇をさえぎる明かりもない。空には満天の星。一生忘れることのできない絶景だった。


<アメリカ>

1カ月かけニューヨークからロサンゼルスまでバスで横断。物価が高く、所持金も心細くなり、ジャンクフードでしのぐ。上手く英語が話せないためバカにされたことも。国と国との関係、過去の歴史、人種の違いなどの理由からだが、コンプレックスを感じてしまう。大切なのは自分自身に誇りを持つことだ。

<中米・南米>

メキシコでは、人の親切を実感。電車の乗り換えが分からず尋ねたら、自分たちはそこに向かう予定もないのに駅まで連れて行ってくれた。世界1周できるという素晴らしい贈り物に感謝し、日本に生まれたこと、親に大学へ行かしてもらい、休学も許してくれたこと、健康で世界を回れる体力があること、生きて帰ってこられたこと、今生きていること。感謝、感謝。


なお大野さんが世界1周したルートは次の通り。
[アジア]中国(香港、マカオ、中国本土)、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、インド、ネパール[中東]イエメン、シリア、ヨルダン、イスラエル[ヨーロッパ]トルコ、ブルガリア、マケドニア、アルバニア、クロアチア、イタリア、スペイン[アフリカ]モロッコ[北米]アメリカ[中米]メキシコ、キューバ [南米]チリ、ボリビア、ペルーの計25カ国。

感動したサハラ砂漠の夜

感動したサハラ砂漠の夜

イエメンの青年と

イエメンの青年と

香港の夜

香港の夜

インドの病院で

インドの病院で

瞑想したインドの寺院

瞑想したインドの寺院

ネパールの人たち

ネパールの人たち

ヨルダンの死海で

ヨルダンの死海で

パレスチナの壁

パレスチナの壁

嘆きの壁での祈り

嘆きの壁での祈り

カッパドキアのキノコ岩

カッパドキアのキノコ岩

心の友

心の友