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留学体験記

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リーズ大学

リーズで過ごした1ヶ月の留学生活
甲斐晴美
英語・英米文化専攻3年
2018年8月~9月

  私は8月9日〜9月15日までイギリスのリーズで5週間サマープログラムに参加しました。私は今年の4月から3年の編入生として麗澤大学に入学しました。麗澤大学に入学して留学する強い思いがありました。就活も始まる中で、長期留学は不安があったので今回短期留学となりました。
  出発当日、私と同様サマープログラムに参加した4人の麗澤生とイギリスへ向かったのでとても安心してフライトできました。私たちは成田空港をたち、香港で乗り継ぎをしてイギリスのマンチェスターに到着しました。夕方のマンチェスターは薄手の長袖のシャツでは肌寒いと感じました。私は主に半袖を持っていきましたが、朝夕は寒くて、一枚持っていったジャケットは毎日来ていましたが、すぐに現地で厚手のジャケットを購入しました。
  空港に到着すると、リーズ大学のソーシャルアシスタントが待ち構えてくれており、ミニバスに乗り込みホストファミリーと待ち合わせのリーズ大学へと向かいました。ホストファミリーとはうまく生活していけるのだろうかという不安があったのですが、ホストファザーであるアンディが待っていてくれ、優しい笑顔で私を迎えてくれました。車で家まで帰りながら「libraryっていう店なんだけど、パブなんだよおかしいよね。」と、ユーモアを交えてお店を紹介してくたりバス停を教えてくれたり、とてもお茶目なホストファザーで、帰りの道中で不安は消えました。
  ホームステイ先に私ともう一人、同じ学校に通う女の子から教えてもらい、私は家から学校までは自転車で通いました。校内に「BIKE PUB」という自転車屋さんがあり、そこでは自転車のレンタルをしており、3ヶ月単位で自転車を貸してくれます。値段は33ポンドで、頭金として100ポンド払いますが自転車を返す時と同時に返されます。バスで通うよりも大分お得なことを聞き自転車で通うことに決めました。バス通学よりも自転車の方が早くて安くて、快適でした。朝夕の30分間のサイクリングは運動にも、気分転換にもなりまし、リーズの町並みや空気、生活の気配などを直接感じることができ、私にとって毎日の活力となりました。自転車通学はちょっとしたおすすめです。
  ホストファミリーはとても親切で私が週末に予定が空いている時、車でヨーク、ヨークシャー、ウィンダミアに連れて行ってくれました。またファミリーはテレビドラマを見ることが好きで、私におすすめのドラマを紹介してくれ、夕食後に一緒に鑑賞しました。その時間では、難しいセリフは分かりやすく説明してくれました。その後もディナーの時の会話にも繋がりますし、ぐっと仲が縮まることを実感しました。また、ホストファミリーの家では犬を飼っていたので時間が合うときは一緒にお散歩についていきました。私は少しでも会話をできる機会を作れるように心がけていました。
  5週間の間でヨーク、ヨークシャー、ウィンダミア、ロンドン、マンチェスターなど国内、バンクホリデーを利用してフランスのパリへ友人と4泊の旅行をすることもできました。パリやロンドンでの宿泊先は友達のすすめでAirbnbを利用しました。そのHP上で自分たちでインターネットで予約し、人の家を借りるということで、ホテルより断然安く泊まることができますが、大家との連絡のやり取りや、鍵を探して家に入るまでがとても苦労しましたが、全て自分でやったので自信になりました。Airbnbは他の宿と比較しながら探していくと、駅からすぐ近くにあるとか、都市や観光地へのアクセスがいいかなど、いい物件が見つかると思います。私もパリで凱旋門から徒歩で15分以内の宿をとりました。シャワーやトイレ、洗濯機、キッチンもあったので、市場で軽食を買ってきて食事をし、節約しながらパリ観光を楽しめました。
  学校の授業は午前の部10時〜13時、午後の部14時〜16時という時間割で、二週間で一つのテーマを勉強し最終日のテストと課題に向けて取り組みます。私のいる期間は「フェスティバル」「インベンション」がテーマでした。フェスティバルがテーマの時に感じたことは、母国・日本での祭りの伝統や由来、文化、習慣を知っていることと、説明する力が大事だと感じました。クラス内には日本人以外にサウジアラビアの生徒がいました。彼らは日本の文化や、行事にとても関心を持っていました。
  サマープログラムの期間、リーズ大学の学生は長期の休みのため校内にはあまり姿が見られませんでした。その代わりリーズ大学の学生を筆頭に多くのアクティビティが設けられていました。放課後にバトミントン、フィルムクラブを開いていたり、ミニフェスティバルがあったりと、楽しい活動が多くありました。こういったアクティビティは地元の人と交流できる貴重な機会なので、積極的に参加をすることをお勧めします。
  ありがたいことに、5週間の留学中大きなトラブルはなかったのですが、帰国前日、大きな変更がありました。飛行機の経由地が台風の影響で発着できなくなっていたのです。一緒に帰る予定の4人の友人はマンチェスター発が丸1日遅れることになり、ホストファミリーの家を出た後、空港内にあるホテルを予約して、一泊滞在となりました。私は朝の出発予定だったのですが、夜のフライトに変更になったので、急いで電車のチケットを取り直し、帰りは急きょ一人旅となりました。帰国の数日前に「遅延する可能性がある」というメールが航空会社から届いていましたが、本当に変更になると思わなかったので驚きました。ネットニュースで関西空港が台風の被害が出ていることは知っていましたが、自然災害の動きが旅行日程に影響がでると思いませんでした。なので、こまめにメールをチェックすることは大事だと感じました。
  この留学経験を大切にし、これからの勉強や人生の選択に生かしていきたいと思います。編入して数ヶ月だったのにもかかわらず、不安だった私を全面サポートしてくれ、こんな素晴らしい留学を提案してくれた先生、親には感謝しています。ありがとうございました。

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シドニー・カレッジ・オブ・イングリッシュ

オーストラリア留学体験記
野澤慶太
英語・英米文化専攻3年
2018年8月

  私は大学3年の夏休みの3週間、オーストラリアのシドニーにあるシドニーカレッジオブイングリッシュ(SCE)へ短期留学しました。また、この研修が私の初めての留学だったので出発までは少し不安でした。約9時間のフライトを経てシドニーに着き、まずはホームステイ先に行きました。私のホームステイ先はホストマザー1人でした。留学にいくまではホストファミリーに週末にどこか遠くに連れて行ってもらおうかななどと考えていましたが、彼女も仕事で忙しくそのようなことはできませんでした。ですがオーストラリアは物価が高いことからお昼ご飯代を浮かせるためにと毎日サンドウィッチをもたせてくれたり、少しでもシドニーの生活を楽しんでほしいと住んでる人しかわからないような情報をくれたり、本当によくしてくれました。お互いが忙しかったため私のプライベートにはあまり干渉的ではなかったので、夜遅くに帰っても大丈夫であったり、そういう意味では自由に過ごすことができました。
  生活していく中で一番苦労したことはやはり英語でした。大学でもネイティブの先生が受け持つ授業を受けているしそこまで苦労することはないのかなと思っていましたが、オージーである先生を含め様々なナショナリティを持つクラスメートの話す英語を聞き取ることは非常に難しくなかなかうまくコミュニケーションが取れませんでした。それでも誰もが私が理解できるまで繰り返し言ってくれ、他の言い回しを使って伝えようとしてくれました。そんなみんなの優しさに応えるためにも、もっと英語を上達させたいとモチベーションをあげることもできました。
  私の通っていたシドニーカレッジオブイングリッシュは、1週間単位で入学できるので生徒の入れ替わりが激しく友達も作りやすく学校生活になじみやすい環境でした。授業は基本的にモーニングクラスとイブニングクラスに加え自習学習時間も設けられています。他にも毎週末学校が提携している旅行会社のアクティビティーに安く参加することもできます。ここに通う生徒の勉強意欲はすごく一緒にいてものすごく感化されました。クラスメイトに日本人はいましたが、私と会話する時も日本語ではなく英語で話しかけてくれたので本当にいい環境、素晴らしい生徒がいる学校だと感じました。また、私は留学中にスピーキング力を上げるという目標を掲げて参加していました。今までは会話に混ざってもなかなか話が続かず自信が持てずにいました。しかし積極的に話しかけたことでいろんな国の友達ができました。
  休日や放課後は常にどこかに出かけました。極力友達と遊びたかったのですが、クラスメートの大半は私と違い長期のステイをする人が多くアルバイトをしていたためなかなか遊ぶ機会を作れませんでした。しかし、友達との約束がない一人の時も買い物や観光をして少しでもネイティブスピーカーと会話をする機会を増やす努力をしました。残念なことに、年間快晴日340日と言われるオーストラリアですが私の滞在していた期間は毎週末雨が降ってしまい行きたかった観光地全てに行くことはできなかったのでまた機会があったらシドニーへ行きたいなと思います。
  帰国して振り返ってみると、たった3週間という短い期間でしたがいろんな経験を積むことができました。到着してから数日は美しい建造物や綺麗な街並みに圧倒されまるで天国に居るような気分だったことを覚えています。というのも私は過去に二度海外旅行に行ったことがあるのですが、それは発展途上国であるフィリピンとカンボジアでした。比較するつもりではないですがあまりの格差に驚きを隠せませんでした。毎日が刺激にあふれていて時間があっという間に過ぎ去っていくように感じました。
  短期留学なんて旅行のようなもの、そんな短期間で英語力が上がるわけがないと思う人が少なからずいると思います。自分もそのうちの一人でした。たしかにTOEICの点数があがるのかと聞かれてもYesとは言いきれません。ですが、英語だけが飛び交っている環境に放り込まれることによって必然的に相手が何を伝えたいのかを理解しようとします。英語を母国語とする人たちはどんなイントネーションで話しているのかどんな表現の仕方をするのかなどの点に目を向けてみると、間接的ではあるが英語力をあげるきっかけのひとつにすることくらいは出来ると思います。麗澤大学でネイティブの先生と会話すれば同じことかもしれませんが、もし会話して分からないことがあると友達に聞いたり頼ったりすることができます。この“逃げ道”があるかないかが留学にいくことで受けとれるメリットだと思います。実際に留学に行かなければ得られないことはたくさんあります。また、学べることは語学以外にもあります。たった3週間という短い期間でしたが、とても貴重な経験になりました。この留学で成長できたことを無駄にはせず、これからの学生生活に生かしていこうと思います。

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ポートランド州立大学

素敵な出会いと最高の思い出
佐藤柚香
日本語・国際コミュニケーション専攻3年
2018年8月~9月

  私は8月16日から9月8日までの約1ヶ月間、アメリカのポートランド州立大学に留学をしました。私は今年の3月にもスペインのアリカンテ大学に留学をしているため、留学の楽しさを知っている上での2回目の留学を、いかに充実したものにできるか自分への期待と楽しみでいっぱいでした。
  ポートランドへは成田空港から直行便があり、現地まで約8時間のフライトでした。ポートランドへ向かう飛行機の中には多くの日本人がいました。その時は気づきませんでしたが、そのほとんどが日本各地から集まった同じプログラムに参加する仲間たちでした。そのため、ポートランドに着いて大学のスタッフと合流し、大学ごとに点呼を取った際、その参加人数の多さに驚きました。初日から3日間は大学寮で暮らしました。そこでは大学内でのオリエンテーションやグループごとに分かれて大学のスタッフと一緒にダウンタウンを散策しました。初日はオリエンテーションをした後、新しくできた友達とダウンタウンに遊びに行きました。2日目には午前中の英語の授業をクラス分けするためのテストがありました。そのテストを受ける待ち時間に皆とトランプやUNOをして、また多くの友達ができました。3日目は川に行ってウォーターボートに乗りました。全身がびしょ濡れになりましたが、川を下る疾走感や水が容赦なくかかってくる感じがとても楽しかったです。
  寮では友達の部屋に遊びに行ったり、皆でロビーに集まってたくさん会話をしました。友達にすぐ会える環境が本当に楽しかったです。その次の日からはホームステイが始まりました。私のホームステイ先はホストマザーと、その娘さんと息子さん、私を含めた留学生5人の8人暮らしでした。その他に犬1匹と猫2匹がいて、犬は立つと私くらいの身長があるほど大きかったです。3匹とも私に懐いてくれて、家に帰るとよく遊びました。ホストファミリーの家はとても大きく、3階建てで地下室もありました。私の部屋もとても広く、綺麗で快適でした。洗面所、トイレ、シャワーは他の留学生たちとの共用でした。洗濯機は自由に使ってよかったので好きな時に洗濯ができました。朝と昼は家にある食材を使って自分で用意し、夜はホストマザーの手料理を食べました。ホストマザーはベジタリアンですが、お肉料理なども喜んで作ってくださり、お菓子作りが好きな方だったため、マザー手作りのケーキもたくさん食べました。どれもとても美味しかったです。
  ホームステイ先の近くに大学があり、バスで30分ほどの距離でした。また、家が近く同じバスに乗る友達と毎日時間を合わせて、朝と帰り一緒に乗って大学に通いました。そのため、通学時間もとても楽しかったです。大学の周辺の街はたくさんのお店で賑わっていました。スターバックスが街中にあり、毎朝大学に行く前にスターバックスでドリンクと朝食を買うのが日課でした。ダウンタウンに行くと大きなショッピングモールや図書館、ポートランドに本店があるNIKEのお店などがありました。ポートランド内ではストリートカーやMAXという路面電車やバスを利用しました。バスは降りる際にバス内に付いている黄色い紐を引っ張って合図します。どちらも大学の近くや街中に停留所があるため、移動にはとても便利でした。授業は午前の英語のクラスと午後の選択授業がありました。午前のクラスは4クラスに分かれ、午後はボランティア、ホスピタリティー、ポップカルチャーの3つから選択して授業を受けました。私はポップカルチャーを選択し、それが1番人気の授業でした。内容はその名の通り、主にポートランドの文化を学びました。コーヒーやドーナツ、タトゥーや古着屋など興味深い内容が多かったです。また、2日に一回フィールドワークがあり、街を散策しながら日常生活における文化も合わせて学ぶことができました。午前の授業は日常で使える英会話を中心に、ゲームをしたり、街の方々にインタビューをしたりしました。またフィールドワークとしてスーパーマーケットや美術館に行きました。もちろん授業は全て英語ですが、ちゃんと付いていく事ができ、最後まで楽しく勉強に励むことができました。
  大学のアクティビティとしては、シアトル、マルトノマの滝、ビスタ、アウトレットモールなどに行きました。シアトル旅行では、まずスターバックスの1号店に行きました。そこには1号店限定デザインのタンブラーがあり、記念に買っていく人が多かったです。また、店内もアンティークな雰囲気でとても良かったです。街には商店街のようにお店がたくさん並び、花や食べ物、アートなど様々な商品が売られていました。その後、シアトルマリナーズの試合を見に行き、そこではホームランを4回も見ることができました。野球観戦をするのは人生で初めてだったこともあり、とても楽しかったです。マルトノマの滝は本当に綺麗で、滝に近い1番上の橋まで登り、そこでたくさんの写真を取りました。また、ビスタから見える景色も本当に絶景で感動しました。アウトレットモールではNIKEのスウェットを買いました。アウトレット価格として商品の値段が他のお店よりも安くなっていたため、他の皆は私よりもたくさん買い物をしていました。
  放課後や週末には友達と観光をしに出かけました。世界最小の公園であるミル・エンズ公園を初め、サタデーマーケットの会場になっている川沿いの公園、ポートランド発祥のブゥードゥードーナツ、動物園、日本庭園などに行きました。また、ポートランドのスローガンとして有名な「KEEP PORTLAND WEIRD」と書かれた壁画の前で写真を撮ったりもしました。動物園や日本庭園はワシントンパークという大きな敷地内に併設されていました。動物園は日本とは違い、とても広くて自然豊かな場所でした。また、動物によってアフリカなど様々なゾーンに分かれており、日本では見たことがなかったクマやヒョウなどの動物がたくさんいました。日本庭園では、アメリカにいるはずなのに、まるで日本にいると錯覚するくらい再現度が高く、驚きました。他にも畳みや盆栽などもあり、日本とアメリカの親交を実感することができました。
  毎週末にはホストファミリーと一緒にお出かけをしました。1周目はソービーアイランドに行き、フルーツ狩りをしました。そこには様々な畑があり、フルーツや野菜が取り放題でした。また、花畑や牧場、ビーチもありました。その中で特にブルーベリーを多く摘み、その摘んだブルーベリーを使ってホストマザーがチーズケーキやマフィンを作ってくれました。2周目の三連休では、1日目にはホストファミリーとキャノンビーチという海に行ってきました。水が冷たくて海の中には入れませんでしたが、ビーチを裸足で散歩しました。その後、海辺の街を散策し、その途中で海辺の公園に立ち寄り、持参したコーヒーとお菓子でピクニックをしました。綺麗な海を眺めながら飲むコーヒーは格別でした。2日目にはホストマザーとドライブをしてマウントフッドという山に行きました。その山は冬になるとウィンタースポーツをするお客さんで賑わうそうです。その近くに併設され、実際に泊まることができるというロッジの中には博物館やお土産屋さんなどもあり、とても素敵な場所でした。3日目は友達とロイドセンターというショッピングモールに行きました。そこでは買い物をしたり、ショッピングモール内にあるスケートリンクでアイススケートをしました。室内ということもあり、氷の上という寒さを感じずに滑ることができました。その後はフレーバーとトッピングが自由に選べる美味しいアイス屋さんやポートランド唯一の長距離列車の駅として有名なユニオン駅などの観光地巡りをしました。ポートランドには本当に数多くの観光地があるため、留学の合間にとても楽しい時間を過ごすことができました。
  この留学は、大学のスタッフやクラスの先生、一緒にプログラムを経験した仲間など本当に良い方々に恵まれました。ホストファミリーも、まるで本当の家族のように私を受け入れてくれました。また、ホームステイ先に留学生が多かったため、様々な国の文化や言語も合わせて学ぶことができました。スペインに引き続き、背中を押してくれただけでなく日本からずっと支えてくれた家族や友人、先生方のおかげで、また素晴らしい経験をすることができました。本当にありがとうございました。

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リーズ大学

No.1 memory of my life
小泉ふたば
グローバル人材育成専攻2年
2018年8月~9月

  【Why】
  2018年㋇上旬から㋈中旬まで約5週間、私はイギリスで最高の夏を過ごすことができた。まずなぜ私がイギリスに短期留学を決心したのかというと、私は高校2年生の時に2週間アメリカへ行ったので他の国に行こうと思い、英語の本家だと私は思っているイギリスに英語を学びに行くことを決意しました。
  【Let’s go!! :)】
  さて、留学当日になり成田空港へ。手続きも完了し、出国。予定表ではまず香港へ行き、マンチェスター(イギリス)へ行くのかと思っていましたが、香港の前に台湾でトランジェットをして深夜に香港に到着しました。そしてその後無事にマンチェスターに到着しました。イギリスは8月でしたが思ったより涼しく持ってくる服間違えたなと思いました。そしてすごく過ごしやすかったです。
  到着するとリーズ大学の学生の方が名前プレートを片手に待っていてくれました。そしてミニバスでマンチェスターからリーズまで送迎していただき、ホームステイの学生はパーキンソンステップ(学校の一番大きい建物の前)で、私は寮までの送迎でした。寮につくとスタッフの方がカギや寮のルールなど教えてくれて、荷物を部屋まで運んでくれました。
  【Accommodation】
  寮ですが、私は学校から歩いて20分くらいのデボンシャーホールという寮に入りました。そこはビリヤードやジムがあっていいところでした。平日は毎日ゴミを変えてくれて、シャワールームも毎週水曜日?に掃除をしに来てくれていました。部屋は個人の部屋が5,6部屋あり共同のキッチンとシャワールームがある感じです。最初の2、3週間は寮でしたが私は一人だったので貸し切り状態でした!ですが寮費がこっちに来てからの支払いでレセプションや学校の事務所的なところに問い合わせたのですがすぐには払うことができず、結局来て二週間目くらいにようやく払うことができました。そして速攻に長袖のパーカーを買いました。
  【Class】
  学校の方はクラス分けをされていて(多分事前に受けたオンラインのテスト)1クラス20人くらいが4クラスでした。そして午前と午後でクラスメートは変わりました。クラスにはやはり日本人が8割くらいとアラビックの方がいる感じでした。授業内容はグループで毎回行い、教室はENGLISH ONLYと書いてありました。私はせっかく海外に来たのに日本語を話すのはもったいない(英語を話さなきゃ)と思い、極力日本人同士でも英語で話したりしていました。午前の授業はセクションが2つに分かれていて最初のセクションはSustainable Development Goalsについてで2つ目がFestivalについてでペアでプレゼンテーション大会をしました。私のグループはその大会で一番になれたのでとても驚きでした。そして嬉しかったです。その後はあと1週間あった時期でラスト1週間はクラスもまた変わり、Music videoを作るプログラムに移りました。私のグループはAdelle のHelloという歌をリメイクして全くのオリジナルで作りました。
  【Holiday and after class】
  休日の予定は私は日本にいるときにバンクホリデー(国の祝日)の予定は立てていましたがそれ以外の土日はノープランでした。ですがリーズ大学のリーズユニオンという組織が毎週小旅行の企画を立てていて希望者はお金を払って参加できるものがあり、私は最初の週の日曜にYorkに行くツアーに参加し、とても充実した一日を過ごすことができました。なんだかんだ観光もふんだんに楽しめました。York, London, Stonehenge, Brighton, Windermere, Oxford, Liverpool and Manchesterと、イギリスに来る前はこんないろいろなところに行くことができるとは思っていませんでした!また授業が終わった後にリーズ駅周辺のショッピングセンターに買い物をしたり、リーズユニオンのイベントに参加したり、BBQしたり、ミートアップに行ったりいろんな人に出逢えて話ができてとても楽しく毎日が充実していました。
  【Go home… ;(】
  そしてついに最初は長いと少し感じた5週間があっとゆうまに近づいてきて私は本当に日本に帰りたくないここで出会ったいろんな国の人と別れたくない∼と心の底から思いました。そんな思いが通じたのか、帰国前日にお別れパーティーを寮でやろうとなっている最中、突如電話がかかってきました。飛行機がキャンセルになり1日延泊することができました!アクシデントでしたが焦りよりも楽しさが大きかったです。結果マンチェスター空港内にあるとってもいいホテルに泊まることができ、マンチェスターの観光もでき、飛行機が変わったことによりキャセイパシフィック航空からカタール航空に変わり、機内食がすっごく美味しかった!映画の種類も豊富!さらに、ドーハ空港、フィリピンのマニラにも行くことができて最高でした。フィリピンのマニラでは飛行機が飛ぶ10分前に乗り込んでギリギリでした。そして無事日本に帰国し荷物もロストバゲージすることもなく、安心しました。
  【Conclusion】
  今回リーズ大学5週間短期語学留学を経ていろいろな国の人、Masterの学生、Undergraduateの学生、地元の人、働いてる人、同じプログラムの日本人など経歴も違ういろんな人とコミュニケーションをとることができたことで自分自身とても刺激を受け、いろいろなことを知ることができとても嬉しかったです。本当に充実した毎日でした。今もリーズに戻りたいと思っていますが英語をもっと勉強してからまた行きたいと思います。本当にありがとうございました。

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バウハウス大学

バウハウス・サマースクール
佐藤 麻衣子
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2018年8月

  私は8月から1ヶ月間バウハウスサマースクールに参加しました。ベトナムを経由してフランクフルト空港に着き、フランクフルト空港からICEで約3時間かけてワイマール駅に向かいました。ワイマール駅に着くとチューターの方が出迎えてくれて、親切に寮の場所と学校の場所、スーパーの場所を教えてくれました。車で寮まで送ってもらい無事寮に着くことが出来ました。到着後3日間位は気温が高く暑かったのですが、その後は気温も低く涼しく快適に過ごすことができました。ドイツは日本のように湿度が高くないので、カラッとしていて過ごしやすかったです。
 到着した翌日に、グループでワイマール周辺を散策しながらクイズに答えるというイベントがありました。バウハウス・サマースクールにはドイツ語コースの他に、建築、アート、環境などのコースもあるため、全員がドイツ語を学びに来ている訳ではないです。その為、コミュニケーション手段は英語でした。どの国も共通言語は英語であることを感じ、英語を身に付けることはコミュニケーションをとるためにとても重要であると改めて感じました。ワイマール散策が終わった後、ウェルカムパーティーまで時間があった為、グループのみんなでカフェに行きました。スウェーデン、ドイツ、インドなどの食文化や有名な歌手についてみんなでお話をしました。
  授業では、ワイマールやチューリンゲンについて、ドイツのごみの分別、再帰代名詞と再帰動詞、不定代名詞と指示代名詞、前置詞の3・4格変化を学びました。大学で少し学んでいた分野だったため、授業中に困ることはありませんでしたが、初めて知る動詞や単語も多く、とてもためになる授業内容でした。どの国も共通言語が英語だったため、わからない単語を質問すると英語で意味を教えてくれます。英語が苦手な私にとっては少し大変でした。また一から英語を学び直そうと思いました。
  午後は学校の近くにある、ゲーテハウス、シラー博物館、アンナアマリア図書館、バウハウス博物館の見学をしました。各自オーディオで説明を聞きながら見学をします。言語はほとんどが英語かドイツ語であるため、全てを理解することは難しかったのですが、事前に先生が情報をプリントで配布してくれたので良かったです。私のクラスの先生は一人一人をちゃんと見てくれるとてもいい先生でした。質問した内容の答えをわかりやすく親切に教えてくれて、書いた文章の間違えの添削を行ってくれるので自分の苦手とするところを知ることができました。
 毎週水曜日の夜は、自国の料理を作って持っていくInternational Food Eveningというイベントがありました。建築コースやデザインシンキングの日本人の方と一緒にカレーを作って持って行きました。みんな美味しいと言って食べてくれたので本当に良かったです。さまざまな国の料理を食べる事ができ、韓国人の方とも仲良くなれて、とても貴重な体験をすることができました。
  土曜日は授業がないため、一駅先のイェーナやエアフルトに観光に行きました。留学に行っていた友達に教えてもらったエアフルトにある人気のアイス屋さんは、行列ができていてとてもおいしいアイス屋さんでした。チューリンゲン内の電車やバスは学校のIDカードを見せることにより、無料で乗ることができたのでいろいろな場所を観光することができました。日曜日は、ほとんどのスーパーが閉まっているので、寮の近くのイルム川で友達とお酒を飲んでのんびり過ごしました。
  ワイマールには、いろいろなイベントがあることを知りました。3日間限定のゲニウスロキというプロジェクションマッピングを見ることができました。プロジェクションマッピングは9カ所でやっていて、それぞれ場所によってテーマが違い、流れる映像や物語があるので見ていてとても楽しかったです。ワイマールに住んでいる人だけでなく、遠方からもプロジェクションマッピングを見るために、多くの方が訪れるそうです。
 8月中旬くらいからワイマールでアートフェルティバルがありました。毎日さまざまな公演があり、無料でコンサートを見たり、劇を体験することができます。私は二度コンサートを見に行きました。会場はあまり広くないため大勢の人が見ているという感じではなかったのですが、会場いっぱいに毎日観客がいるような感じでした。私はチューリンゲン内でアートフェスティバルのポスターを沢山見かけました。とても人気のあるイベントなんだなぁと思いました。
  8月28日はワイマールで有名なゲーテのお誕生日でした。ワイマールのイルム川周辺ではイベントを行っていました。ゲーテのお誕生日は盛大にお祝いをするそうですが、シラーのお誕生日の時は何もないそうです。それほどゲーテは偉大な方であったとワイマールに来て実感することができました。
  シアタープラッツの近くにあるアイスカフェというアイス屋さんには、ゲーテ&シラー味のアイスがありました。ゲーテ&シラー味はとてもおいしくて食べていて飽きない味でした。ほぼ毎日のようにアイスを食べていたため、アイス代が大変な事になりました。最後の日に、アイスを山盛りに盛ってくれるお兄さんにゲーテ&アイスの作り方を教えてもらったところ、バニラとストロベリーアイスとヘーゼルナッツのアイスを混ぜで、イチゴジャムとチョコレートを加えてさらに混ぜれば作れることがわかりました。
  授業のクラスはみんな優しくて、面白くて楽しくドイツ語を学ぶことができました。最後の日はみんなでイルム川に行き、ピクニックをしました。私は残り物の材料でカレーチャーハンを作りました。その時私は、ウインナーを入れてしまいました。ベジタリアンの子や宗教の関係で食べられない方がいたのが本当に申し訳無かったです。もっと、他国の宗教について学び、禁止の食べ物を知ろうと思いました。
  バウハウスサマースクールは授業数があまりなく、沢山授業を受けたいという人には向いていないかもしれませんが、ドイツについて知りたいと思う方や、英語とドイツ語の両方を身に付けたいと考える方にはとてもいいプログラムだと思います。ワイマールはドイツ文化に沢山触れることができるとても良い場所だと思いました。私はまた機会があれば是非ワイマールを訪れたいと心から思います。

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ザールラント大学

ザールラント大学事前研修
仲塚純平
ドイツ語・ドイツ文化専攻2年
2018年9月

  9月3日から9月27日までドイツのザールラント大学で勉強して来た。私は9月2日に日本からドイツへ渡航した。3日にドイツのフランクフルトからザールブリュッケンまでバスで移動した。大学からのメールでは電車での移動が案内されていたが、電車よりバスの方が安く、時間も同じくらい。大きな荷物を持って電車を使うのは大変だと思うため、バスをオススメする。ザールブリュッケンに到着後、大学に向かうことになるが、電車の停車駅だと大学までバスを使う必要がある。しかし、バスの停車駅だと徒歩で大学まで行くことが可能。私たちは徒歩で大学まで移動したが、バス停から大学までが坂道だったため大変だった。電車、バスに関わらず、ザールブリュッケンのバスの乗り方を事前に調べておき、乗ることが出来るのなら、バス移動をオススメする。駅から20分 バス停から8分。
  大学に到着し、指定された場所に行くと大学の人々が迎えてくれる。そこで食堂のカードや寮の鍵をもらう。その後、これからの日程を簡単に確認し寮まで車で移動する。これで3日は終わり。4日目は授業がなく、大学内の建物を紹介してもらう。その後、この事前学習に参加する人達と一緒に朝ごはんを食べ、クラス分けテストをする。このテストはパソコンで行う。穴埋めの問題や語尾変化の問題、リスニングなどいろいろあった。ドイツ語の力も当然求められるが、パソコンの入力速度も求められる。5日目から授業が始まる。人数が多いため4日のテストでクラスが分けられる。僕は一番下のクラスだ。1クラス、7〜10人くらい。授業内容としては、文法、読む、話す、聞く、音声学、プロジェクトという分類で授業内容が変わる。クラスによって担当している先生が変わる。しかし、同じ先生が二つの授業を担当することもある。1コマが90分の授業で日本と同じ。一週間に3コマの日が3日。2コマの日が2日ある。この流れで5日から26日まで続く。授業の間の休憩が2回あり、1つ目が30分間。2つ目の休憩が1時間15分だ。
  27日はプロジェクトという授業の発表とパーティーがある。プロジェクトという授業では、自分の興味のあることに関してブログを書くという授業。最終的には、そのブログを27日大勢の前で発表する。パーティーでは、友達とグループになってそれぞれ自国の料理を作り、持ち寄るということをした。このパーティーは最後の最後にやるのでとても楽しい思い出を作ることができる。このパーティーでこの事前研修が終わり。28日は昼の12時までに使っていた寮を出ないといけない。また、この出る日に合わせて掃除をする必要がある。寮の部屋が綺麗で何も壊すことがなかったら、寮の保険金50ユーロがこの日に戻ってくる。この日にザールブリュッケンからそれぞれの留学先に行くための交通手段を考えておく必要もある。これがザールランド大学の事前研修の大体の流れ。

  ≪アドバイス≫
  寮の部屋の中には、キッチン、シャワー室、トイレ、洗面所、机、タンス、ベット、冷蔵庫がある。しかし、調理器具やシャンプーなど何もない。ここで調理器具、洗面用具や掃除用具を買うと、長期留学する場所まで持って行くのが大変。しかし、買って捨てても良いと考えるのなら良いが、買うのにはどうしてもお金がかかるためあまりオススメはしない。物が整った生活ができなくて少し辛かったのが本音。しかし、自分が生活するために本当に必要なものがわかった。今までの生活では不要なものがあり過ぎたということがわかった。しかし、大学で10ユーロ払うと、食器や調理器具を借りることが出来る。また、洗って返却すれば10ユーロも戻ってくるため、これを利用するといい。
  寮の中に洗濯機はある。しかし、これを使うために1.50ユーロ払い、洗濯コインを買わないといけない。この洗濯コインは、寮の中にいる学生が管理している。そのため、管理している人の部屋に行く必要がある。どの部屋にいるというのは、各フロアの壁に書いてあるのでそれをみれば問題はない。
  また、wi-fiも洗濯コインと同様。寮でwi-fiを使うためにはルーターを寮の学生から買う必要がある。大学からのメールでは日本からHDMIのケーブルを持ってきてそれを利用してwi-fiを利用すると書いてあったが、僕は携帯で使いたかったのでこの方法は試さなかった。しかし、僕はwi-fiが使えなかった。僕たち3人とも同じ人からルーターを買った。そして、僕を除く2人は使えたが、僕のルーターは使えなかった。ルーター1台20ユーロしたので、少しいたい出費。そもそもこのルーター自体新品ではなく中古だった。そのため、物によっては使えない事もある。これは運だと思う。寮のエントランスにはwi-fiがある。もしルーターが使えなかったらエントランスに行くか、友達のルーターを借りるのが良い。
  食べ物に関しては、近くにスーパーがあるので問題ない。
  大学の授業は面白い授業だった。先生も面白い授業をしてくれる。
  週末には、ワインの試飲会、ハイデルベルクやフランスのシュトラスブルクに行くことが出来るのでおすすめ。
これは20ユーロを事前に払う必要があるが、払って損はないと思う。また、平日も他の留学生と仲良くなれるイベントがある。このイベントで他の国や大学から来た人と交流が持て、とても刺激的な話を聞ける。しかし、基本的に会話は全て英語とドイツ語が必要になってくる。

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イェーナ・フリードリヒ・シラー大学

留学体験記
塚田凌央
ドイツ語ドイツ文化専攻3年
2017年10月~2018年8月

  私は2017年10月から2018年8月までの約10か月間ドイツのイェーナ大学に留学していました。初めての長期留学ですが、1年生のときにもドイツに短期留学に行ったのでドイツに留学するのは今回で2回目です。
  留学中は学生寮に住むことになります。私は日本にいた時も麗澤大学の学生寮で生活していたので共同生活には慣れているけれど、ルームメイトと上手くコミュニケーションを取ることができるか不安に思っていました。ですがいざ入寮してみると、私のルームメイトは2人とも麗澤大学の学生でした。この日から男子3人での共同生活がスタートしました。日本人だけで住むメリットは簡単に意思の疎通をはかることができるので生活をしていて困ったことはあまりありませんでしたが、キッチンと洗面所の電気がつかなくなってしまったので、修理してほしいという紙を寮の担当者に提出したのですがなかなか直しに来てくれず、スマホのライトなどをつけ、お風呂に入ったり料理をしたりするという生活が3、4か月続きました。他にはトイレが壊れてしまい、すぐにブレーカーが落ちてしまうということもありました。いろいろハプニングがありましたが、今ではどれもいい思い出です。私の住んでいたKarl-Marx-Alleeという寮からは大学まで遠く、トラム(路面電車みたいなもの)に乗って通学していました。寮からトラム乗り場までは近いのですが大学の最寄り駅までトラムで約15分、そこから10分ぐらい歩くと大学のキャンパスに着きます。日本では1限が9時から始まるけれど、ドイツは8時から始まるため遅くとも7時30分には寮を出ないといけなく、冬は7時頃でもまだ薄暗くとても寒いため学校に行くのがとても苦痛でした。学生証を持っていれば州内のトラム、電車やバスなどに無料で乗ることができます。イェーナはチューリンゲン州にあるので、チューリンゲン州内は無料でトラムなどに乗れます。他にも学生証を見せれば映画やサッカーのチケットが安くなったりもします。寮から大学までは遠かったですが、近くにスーパーマーケットが2つあり、Kauflandというスーパーマーケットはとても大きく品揃えがいいので、そこに行けば必要なものはなんでも買うことができます。
   私は冬学期に4人、夏学期は2人とタンデムをしました。タンデムでどういうことをするかというと、授業でわからなかったことや授業では学ぶことができない若者言葉などをお互いに教えあったりします。4人の内1人は麗澤大学に1年間留学していたこともあり、日本語がとても上手なので何かわからないことは彼に聞いていました。彼と麗澤の友人と旅行をしたり、休日は一緒にご飯を作ったりしました。彼のおかげで充実した留学生活を送ることができました。どうやってタンデムパートナーを作るかというと授業後にタンデムをやりたい人が集まり、くじを引き同じ番号だった人と授業の空きコマはいつかなどを話し合い、いつタンデムをするのか決めます。他には日本語の授業に参加してそこでタンデムパートナーを見つけるか、スタムティッシュでも見つけることができます。スタムティッシュとはドイツ語を学びたい日本人と日本語を学びたい人でご飯を食べたりお酒を飲んだりしながら話をする食事会のようなものです。毎週木曜日の20時からスタムティッシュをやっているので行くことをお勧めします。スタムティッシュに行くとイェーナで働いている社会人の方やイェーナに留学している他大学の人とも知り合うことができます。スタムティシュで知り合った方と週末に一緒にご飯を作ったり旅行に行ったり、スポーツをしたりしました。週末にご飯をみんなで食べていたため、日本食が恋しいとかホームシックになったりは全くせず、週末に集まってご飯を食べることが楽しみで平日の学校を頑張れた部分もあります。
  春休みに私は香川真司選手が所属しているボルシア・ドルトムントの試合を観に行きました。ドルトムントの試合を現地で観戦するのが私の夢であり、ドイツ語を学び始めたきっかけです。毎試合8万人ちかくの人でスタジアムは埋め尽くされ、どこを見てもドルトムントの黄色いユニフォームを着た人ばかりです。香川選手はケガで出場しませんでしたが、対戦チームがフランクフルトだったので長谷部誠選手を見ることができました。試合は終了間際に勝ち越し3-2で勝ったのでとても盛り上がりました。旅行して困ったことはドイツの電車はよく遅れることです。時には乗るはずの電車が突然運休になったり出発時間になっていないのに出発し、電車に乗れなかったこともあります。乗り換えがないときは多少遅れても問題がないのですが、乗り換えがあるのに電車が遅れたときはとても不安になったりもしました。だからドイツで電車やトラムに乗るときには、日本にいるとき以上に時間に余裕をもって行動することを心がけていました。
  私の夢はドイツのサッカーチームで働くことです。留学前はドイツで働きたいという漠然としたものでしたが、留学を経て自分の夢を明確にすることができました。留学中にサッカーチームで働いている方にお会いし、努力をすればサッカーチームで働くことは可能だとわかりました。ドイツで働くためには今のドイツ語のレベルでは無理なので必死に勉強し、語学力以外にも改善すべきところがたくさんあるので改善できるよう努め、何年後になるかはわかりませんが、その方とスタジアムでお会いできるよう日々精進し、自分の夢をかなえたいです。留学をすることによって、語学力の向上以外にも自分を変えるきっかけを得ることができます。留学に行ったからといって語学力が向上するわけではありません。留学に行かなくとも語学力を向上させることはできると思います。ですが留学に行けばドイツ語を絶対に話すしかない環境なので必然的に日本にいる時よりもドイツ語を話す機会は増えます。留学に行かなければ学べないこともあります。留学に行くことにより日本の素晴らしさも良くないところも見えてきます。だから私は留学に行ってよかったと思いますし、
  このような素晴らしい体験をさせてくれた両親や先生方、イェーナで関わった方に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。今後も精進していきたいです。

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ハレ=ヴィッテンベルク・マルチン・ルター大学

ハレ大学 留学体験記
倉持貴美子
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2017年9月~2018年7月

  1年間ドイツのハレという小さい都市にあるハレ大学に留学をしました。ハレ大学では毎週4コマのドイツ語の授業を受け、その他にも歴史や言語学のドイツ語で行われる講義にも参加させてもらいました。留学前にはドイツ語の授業を多く受けたいと考えていた私には週に4コマしかドイツ語の授業を受けることが出来ないことに少し不満も感じていたのですが、大学に通っているうちにハレ大学では私たちのような留学生でもドイツ語の授業だけでなく様々な自分の興味のある授業や行事に参加できる可能性が大きいことに気づきました。まず、私たちは自分の興味がある大抵の授業に教授との相談次第で受けることが出来ました。その教授とドイツ語の相談しに行く前は毎回緊張しました。講義のような授業ではなかなか聞き取りにくいと感じる事や、全く専門用語が分からないことも多かったのですが、私にとっては良いリスニングの練習になったのではないかと思います。  
  偶々その授業だけかもしれませんが、私の受けていたハレ大学のある講義では普通に犬や小さな赤ちゃんを連れてきている学生が居て驚きました。留学をしていると、ドイツ人には普通でも日本人の私にはびっくりするような光景に良く出会うので面白いです。講義のほかにも語学では、ドイツ語だけでなく英語などの授業も受けることが出来ました。また、ハレ大学には日本学の専攻があり、日本の歴史や文化などをドイツ語で学んでいる授業や日本語の授業があります。私はハレで出会った日本人の他の大学から留学に来ていた学生に紹介してもらい、ハレ大学で開講されていた日本語の授業に参加させてもらいました。その授業を通じて日本の文化やニュースについてドイツ人の学生と学び、話し合ったりしました。日本人であっても分からないことが沢山あって、自分の日本に関しての知識不足を感じることも多くありました。それと同時に、海外に留学して海外の学生と一緒に、日本の外から自分の母国である日本を少し客観的な視点から考えてみるという良い経験に繋がりました。その授業を通じてドイツで日本語を教えている教授や日本に興味のある学生と知り合うこともできました。
  私はあまり参加できなかったのですが、その他にも大学にはスポーツクラブやイベント、寮でのパーティもあります。私はあまりドイツ語に自信がなくて挑戦することが出来なかったことに少し後悔しています。自信がついてきたと感じた時にはもう帰国が迫っていました。それなら、自信はなくてもとりあえず挑戦してみれば良かったです。講義をなるべく多めに受けたりして冬の学期は大学生活を過ごしていたのですが、それでもドイツ語の授業をもっと受けたかった私は春休みを利用してハレ大学の語学学校に通うことに決めました。春休みに旅行もしたかったのですが、ドイツ語の成績が思うように伸びず、焦りを感じていたので、あまり迷わずにその決断をしました。毎日午前中に集中的にドイツ語の授業を受けられるその語学学校は非常に充実していました。その結果、この語学学校のおかげで留学後期は最初よりも自信をつけていくことが出来て、より楽しむことが出来たと思います。大学の週に4コマの授業でも話す練習を中心にしてくれたり、1年間を通じて一緒にドイツ語を学ぶクラスメートと仲良くなったりして楽しいのですが、彼らはハレ大学で英語で学んでいる学生が多いのでまだあまりドイツ語のレベルが高くないクラスだと会話が英語になることが多々あり、その上ドイツ語を学ぶことへのモチベーションも皆そんなに高くありません。それは少し残念でした。しかし、それでも話す練習を中心に先生が授業を進めてくれたこともあり、文法ばかり学んでいて話すことに苦手意識があった私にとってはそれを克服することができて楽しかったです。
  留学生活の1年間の間に旅行も沢山しました。ドイツ国内からヨーロッパの国々まで様々な場所を長期の休暇や週末を利用して訪れ、観光地や美術館、博物館を見て回りました。また、今年はロシアワールドカップの年だったので、入念に計画を立て、ロシアに行くことにも挑戦しました。ヨーロッパでは色んな国に早く安く行けるのでこの留学の機会を利用して、本当に様々な場所に直接訪れ多くのことを学び、感じる事が出来たのは良い経験です。日本にずっと居たら見られないかもしれない多くの景色はとても新鮮で、直接感じたその地の異文化は間接的に見聞きするよりも分かりやすく、その経験は自分の異文化理解を深め自身の考え方や意見の柔軟性を強めることにも繋がったと思います。
  この1年間は毎日面白い発見や学びがあり、今後の私の将来や考え方に大きく影響を与えました。この留学自体、大学での生活や旅行の経験を通じて自分が感じたことやドイツでの人との繋がりを今後も大切にしていきたいです。また、最初に苦労してビザや銀行の手続きを進めて外国に住むという経験は絶対に忘れません。大変でしたが、それが自分で出来たことは大きな達成感や自信に繋がりました。この留学生活での全ての経験を経て得た自分の強みは今後に活かしていきたいです。

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ザールラント大学

ザールラント事前研修レポート
青栁咲耶
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2017年9月

  私は2017年9月から、ドイツのザールラント大学で1ヶ月間の事前研修をしました。理由は、10月からイェーナ大学で留学が始まる前にドイツの生活に慣れるためです。ドイツに着いた時は初めての海外だったのでとても不安でした。初めの頃は自分たちが行きたい場所を伝えることでさえ上手くできなかったので、大学に着くまでも苦労しました。
  大学ではまず初めにクラス分けのテストがありました。そのようなテストを受けたのは初めてで、自分のドイツ語の出来なさに驚きました。また、1つ上の他大学の日本人がいろいろな国の人とドイツ語で流ちょうに話していたので実力の差を感じました。授業は1クラス10人程度の少人数授業で、同じレベルの人達と受けていたので自分に合った授業で受けることができました。文法だけでなく発音やドイツ文化などの授業もあり、いろいろなことを学びました。授業外ではほぼ毎日なにかしらのイベントがあり、土日は電車やバスで近場へ観光をしに行くプログラムがありました。参加するかどうかはすべて自由でしたがなるべく参加するようにしました。ビリヤードやドイツのカードゲームをしたり、ハイキングをしたりフランスに行って観光したりなど自分たちではできないたくさんの経験をすることができました。日本人同士で固まりがちでしたが、そのようなイベントでしか、他クラスの他の国の人達と話す機会がなかったのでなるべくコミュニケーションを取るように努力しました。
  生活面では、学生寮に入り、森にある寮だったので虫が多くて大変でした。また、シャワーの調子が悪くて別の寮に住んでいる友達を訪ねるなどして思い通りにならないことが多かったです。食事もザールラントにいる1ヶ月間はどうしても慣れることができませんでした。学食も残してしまうことが多かったです。個人で使える調理器具も限られていたので自分で調理をすることも難しく、日本から持ってきた食べ物を持ち寄って友達と分け合って食べるなどして工夫していました。生活面では日本と環境が全く違かったのでいろいろなことに苦労しました。
  ザールラント大学での生活は内容の濃い1ヶ月間でした。授業では日本で学んだ内容なども思い出して復習になりました。毎日やっていくうちに自信も付き、先生と少し会話できるようになり耳も慣れていきました。後にイェーナ大学で学んでいてわかったことですが、ドイツにも方言がありザールで実際に生活していて方言の違いを感じることができて良かったです。研修最終日のパーティーではいろいろな国の人が自国の料理を作ってきてみんなで楽しみました。食べたことがない料理がたくさんあり面白かったです。ザールラントが初めての海外で、そして一人生活だったのですべてが初めてでした。貴重な経験もたくさんし、苦労したこともたくさんありましたが、生活に慣れるためにもドイツ語に慣れるためにも事前研修に参加して良かったと思います。

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バウハウス大学

一か月の短期留学を通して
武田麻里
ドイツ語・ドイツ文化専攻1年
2018年8月

  私は8月3日から一か月の間、ドイツのチューリンゲン州にあるバウハウス大学のサマースクールに参加しました。今回、私がサマースクールに参加したいと思った理由は二つあります。一つ目は、高校生の時に参加した10日間の語学研修でホストファミリーに自分から話しかけることができずに後悔したからです。二つ目は、大学生であるうちに自分のやりたいことを後で後悔しないように思いっきりやりたいと考えていたからです。一か月も海外で暮らせるのか不安な気持ちと、これから出会える人や見慣れない土地への期待をもったまま羽田空港から経由先のハノイ行きの飛行機に乗りました。
  フランクフルト空港に到着し、空港から電車でフランクフルト駅に向かいました。フランクフルト駅からエアフルト駅まで自分たちの券で行けるのか不安になったので、拙いドイツ語でしたが聞くことができました。エアフルト駅から最寄り駅のワイマー駅に到着すると、サマースクールのスタッフの方たちが待っていてくれて家の住所と鍵を渡してくれました。サマースクールでは寮かシェアハウスか選ぶことができ、私はシェアハウスを希望したのでシェアハウスに住むことになりました。家に到着し、預かった鍵で玄関のドアを開けようとしても中々開かず、10分程試行錯誤しても開かなかったので意を決して呼び鈴を鳴らしてみたところ、住人の方が降りてきてくれ中からドアを開けてくれました。ドアの開け方を英語で説明してくれたのですが、早くてしっかり聞き取れなかったものの聞き返すことができず、ドアの開け方に慣れるまで数日かかりました。ワイマールの家は一軒家よりもアパートの方が多く、階ごとに一世帯住んでいるような印象を受けました。
  一緒にルームシェアする女の子とも会い、スーパーに行き日用品などを揃えお互いのことについて話しました。バウハウス大学は建築でも有名なため彼女はサマースクールの建築コースを選択していました。初めは仲良くなれるか心配でしたが、一緒に暮らしていくうちに少しずつ話すようになり夜ご飯を食べに行ったり、自分たちで作ったりして多くの思い出を作ることができました。彼女は、私と同い年であるにもかかわらず4か国語も話すことができ、自分もドイツ語と英語をもっと勉強しなければいけないと思わされました。
  ワイマールに来て3日後に授業が始まりました。授業は前日に行われたドイツ語のテストで分けられたクラスで行われました。一人ずつクラスに分けられていく時が本当に授業についていけるのか心配になり一番緊張しました。授業のイメージがまったくできていないままだったので、いきなり隣の席の人と自己紹介をしなくてはならなくなった時にとても焦りました。語学力だけでなく会話力も私には不足しているのだと実感したときに麗澤の授業中でも会話力をもっと伸ばすように言われたことを思い出し、その言葉の意味を改めて実感しました。聞き取ることに集中してしまい自分の意見が言えず、単語でしか返せず、会話が成り立たないこともあり悔しかったです。どうしたらよいのか考えを整理するために家へ帰ったら日記を書き、その日あったことや、会話や生活の中で困った時にどうしたらよかったのかを冷静に振り返ることにしました。日記をつけることで自分のダメなところを少しずつですが把握できるようになり、改善するために行動に移すことができました。私は一対一で会話するときに緊張してしまい、きちんと理解していない時でも肯定してしまう癖があったのですが、相手の言ったことを早くなくていいからゆっくり考えて落ち着いて考えて言葉を返すようにしました。聞き返しても、分かりやすく説明してくれたので聞き返してよかったと思いました。
  授業は月曜日から金曜日の9時から12時半までで木曜日だけ午後3時までありました。基本は座学でしたが、木曜日の午後の授業時間でワイマールにあるゲーテやシラーの家に行ったり、丸一日かけてアイゼナハやハインリッヒに行ったりもしました。放課後は宿題をしたり、サマースクールでワイマールに来ている学生はチューリンゲン州の公共機関ならば使うことができるIDパスポートをもらったのでそれを使ってイェーナやエアフルトに行ったりしました。また、月曜日はInternational Game Nightや水曜日はInternational Food Night、木曜日はSportsなどと多くのイベントが開催されています。自国のおかしや料理をもっていくというInternational Food Nightにサマースクールに参加していたドイツ語コース以外の日本の方と日本から持ってきたカレーのルーを使ってカレーを作って持って行ったりもしました。ただベジタリアンや宗教上の問題でお肉が食べられない方もいるかもしれないということでお肉は別でもっていきました。日本ではそういう配慮をすることがあまりないので新鮮に感じました。
同じクラスの人たちはほとんど私よりも年上でみんな私にとってはお兄さん、お姉さんのように感じられました。授業はみんな発言するので誰かが言ったことにみんなで考えてまた意見を出し合ったり、その最中でジョークを言ったりとアットーホムな雰囲気のなかで楽しく学ぶことができました。また、お家を貸してくれた家主のLeifさんもとても親切な方で、一緒にテレビを見ないかと誘ってくれたり、友達の誕生日会をするために部屋を快く貸してくれたりもした。また、はじめてドイツ語で話しかけた時に「サマースクールの効果だね。」と言ってくれ、自分のドイツ語が通じたことがとてもうれしかったのを鮮明に覚えています。本当に親切で優しい方々に囲まれ、恵まれていたと思います。実はドイツへ行く前は期待よりも不安の方が大きかったのですが、実際にドイツで暮らしていくうちに不安よりも期待と一日一日を大事にしたいという思いの方が強くなっていきました。この気持ちをこれから先も持ち続けたいです。サマースクールの存在を教えてくれたシュッテレ先生と短期留学に参加させてくれた家族に感謝しています。貴重な体験をさせて頂きありがとうございました。

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ロストック大学

「 色 」
赤羽虹咲
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2017年9月~2018年8月

  約一年の留学が終え、無事に帰国できたことをほっと安心している。月並みの言葉だが、あっという間に終わってしまった留学だった、と言える事を嬉しく思う。私は初め英語しか話す事が出来ず、田舎であるロストックではドイツ語が主に話されており、沢山の苦労をした。ドイツ語が話せない私は英語をメインに使うグループと時間を共にしていた。彼らの出身は東欧や中東、インドネシアといったところだ。彼らは電気系統を専門として勉強していた。専門の授業は英語を使い、英語を母国語として使用しない彼らは専門と同時に英語をも勉強することを必須としていた。彼らの一日の7割は授業、残りの三割はドイツで生活をするために働いている。もし怪我をした場合、働くことも勉強も出来なくなり、結果的に寮を、ドイツを追い出されることになる。その為、必然的にグループを作るか、もしくは既存のグループに入ることを余儀なくされる。
  私は後者であり、グループに入った当時はグループに入ったことすら、そんな事情があったことすら知らず、ただ友達として一緒にいる感覚だった。もし誰かが怪我や何等かの理由で働く事、または大学に行くことが出来なかった場合、誰かが肩代わり、もしくはグループの資金を切り崩して助け合うのだ。グループというよりは組織に近いものだと個人的に思うが、彼らはそう呼ばれるのを嫌い、また一貫としてただ友達だから、と言う。そうまでしてドイツにいる理由は様々だが、ほとんどの理由は自国で働いても貧しいままなので、それを脱するためにといったものだ。
  田舎の小さな町であるロストックは偏見と差別が大きな町に比べて少なくない。私は日本人だが、傍からみたら中国人と思われる程度で差別といってもそんなに酷いものではなかった。しかし、彼らは違った。ある時、彼らと一緒に買い物をしに行った時、彼らの一人が骨折をしていたのでトラムを使った。明らかに席が空いていたにも関わらず、わざと席を一人占めし、ここはドイツだから君たちの席はないと言われたことがある。他にもわざと足蹴にしたり、買い物中に背中を押して商品を割らせたりなど、差別というよりはイジメに近いものであった。私は友達がそんな目にあっている事が我慢出来ず、事あるごとにその場にいる警備員や警察の人を呼び出し問題解決に乗り出した。しかし、警察や警備員のほとんどが英語を使うことが出来ず、また意思疎通が出来たとしてもあまり乗り気でなかった。この時既に半年が経過していた。私はより一層ドイツ語を学ぶことを決意し、勉強をした。先生にお願いをして、同じ授業を二回受けさせてもらったり、自習に付き合ってもらったりなどだ。寝食を忘れ、勉強したかいもあり、授業に遅れを取っていた私は何とかといった所に追いついた。ドイツ語が使えるようになると、今までの交友関係に拍車がかかったように広がっていった。いつの間にか英語をメインのグループからドイツ語メインのグループに変わっていった。この時私は二つのグループにいることになったのだが、誰かと共に時間を過ごせば、誰かとは疎遠になっていく。同じ場所にいるのに、時間がずれていく。ほんの少しのずれがあり、時が進むにつれ角度を大きく変えて変わっていく。新しい人たちと深く関わっていくその傍らでそれまでの人たちとズレていった。使えるようになったドイツ語で少しでも差別と偏見がなくなれば良いと尽力を注いだがどれも上手くは行かなかった。差別と偏見だらけと思っていたドイツ人にも様々な理由があり(ない人も当然いる)、あながち間違いではないと気付いた時にどうすればよいのか分からなかった。差別や偏見を容認するわけではないが、どこまで行っても消えないものがあることは事実であった。それでもと、せめて自分の身の回りの人だけはそうであってほしくないと思い行動したが、全員が全員上手くはいかなかった。どうしたら良かったのか未だに分からない。
  ・日本人として
  ドイツにいる間私は日本人としての意見を求められることが多かった。個人的な意見ではなく、日本人として、だ。中でもドイツと日本を比べてどう感じるかを聞かれる事が多数であった。ドイツが日本と比べ優れていると思う所は数多くあり、日本がまだ達していないと思う所も多々ある。具体的に上げるのであれば、サマータイムだ。現在日本にサマータイムを導入しようといった動きがある。しかし、これらを導入するには様々な解決しなければならない問題が山積みである。2000年問題の再来といわれ、平成が終わることによる書類の変更の数々、またはそれらを処理するためのプログラムの開発、手順といったものだ。これらが全てではないが、これらを解決するには時間と人手が足りないことは容易にわかるだろう。欧米諸国と同じ手段を取る事全てではないと個人的に考える。では逆に日本がドイツに、世界に比べて優れているところはどこだろうか。日本に住んでいるものとして、海外にPRしている『 おもてなし 』の本質や犠牲心は言わずもがな。そういったものではなく、理屈を抜きにした大切なものはなんだろうか。日本ならではのもの、日本でしか出来ないもの、それは数少ないものだが、そこに命や魂といったスピリチュアルなものが入っているのも事実だろう。
  ・得たもの
  帰国後、留学はどうだった?楽しかった?と随分いろんな人に聞かれた。正直、楽しくはなかった。わけも分からない理屈と偏見で人を傷つけるくせに、自分が傷つくのは嫌だ。誰かに何かを押し付けられる事は嫌だけど、周りに自分の考えを押し付けるのは大丈夫、それはつまり自分の主張をすることだから、と。言葉が通じても意思が伝わらないことが日本人を含め多々あった。
  私は、人は色に似ていると思う。人はそれぞれ好きな色を持ち、似た色を持つ者同士が惹かれ合い、個々として集まっていくと考える。では相容れない色を持つもの同士は?それは認めるしかない。どう考えても好きではない色がある、だから否定する、のではなくそういった事もある、と認めるといったことだ。そう考えることで他人を認められるし、自分も認めることが出来る。確かに当初の目的であった語学向上を達成できたことが功績かもしれないが、私はこういった事を絵空事ではなく実際に体験できたこと、それを考える必要があったことが一番留学をして得たものだと感じる。

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イェーナ・フリードリヒ・シラー大学

留学体験記
川又遥
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2017年9月~2018年7月

  9月に行われたザールラント大学の夏季講座も含めて、約11か月間ドイツに滞在していました。海外旅行も短期留学もしたことがなかったので、私にとって人生で初めての海外滞在がこのドイツ留学でした。ザールラントに着いてすぐのころは生活を成り立たせることですらとても大変でした。身の回りにはわからない単語ばかり存在していたので、買い物に行くときも電子辞書を持ち歩きました。日本で今まで受けていた授業では、そこまで生活用品に関する単語を習いませんでした。だから、洗濯用洗剤と柔軟剤など、見た目で区別しにくいものはその場で電子辞書を使って調べてから買いました。また、洗濯機も日本にはない機能があったり、水質の違いが影響して選べる温度の上限が高かったりして、戸惑いました。電子辞書とインターネットを併用しながら調べました。個人的なお話ですが、シャワーに不備が出て、冷水しか出なかったりもしました。その厳しい生活の中でも、野菜の量り売りや、大量に並べられたハリボーのグミや、醤油ならスーパーでも手に入ることなど、今までインターネットで得た情報や、人から聞いた噂でしかなかったものを検証することができて嬉しかったのを覚えています。
  10月からその翌年の7月までイェーナ大学にお世話になりました。私にとって一番学習の手助けになったのは、タンデムパートナーの存在でした。タンデムパートナーには、授業の時間内では先生の手が回らなかった作文を添削してもらうことが何回もありました。どんなに完璧に仕上げたと思っていても間違っていることがあるので、ネイティブに確認して頂けることがとてもありがたかったです。そこで、正しい表現を教えて頂く以外にも、より一般的な表現を教えて頂けたりもしました。教科書に掲載されている、語学学習者向けのかしこまったドイツ語と、一般的に使われているドイツ語の違いを感じました。緊急で終わらせなければならない課題がないときは、フリートークを楽しみました。その中でも、授業で出てきた単語を積極的に使ってみたりしました。辞書の例文だけではわからないニュアンスなどがあるので、ネイティブ相手に通じると「この使い方であっていたのだな」と確信を持つことができました。授業に関する事柄以外にも、命令形や接続法2式など、特定の文法事項について改めて説明して頂いたりしました。2人で実際に話しながら使ってみたりもしました。私のタンデムパートナーは、今まで複数回タンデムを組んだことがあり、教えることに慣れているようでした。したがって私はいつも安心して質問することができました。そもそもタンデムは「お互いに教え合う」という制度です。ネイティブであるがゆえに、日本語に関する知識が浅い私は、どうしたら彼に対等の価値を提供することができるのか、ということに頭を悩まされました。私が出した結論は正しさにこだわることでした。彼に何かを質問された時は、極力電子辞書やオンラインの辞書を使いながら答えました。この行為は「なんとなく」で日本語を遣っていた自分の為にもなりました。
  春休みの間、私はいくつかの国へ旅行に行きました。主な移動手段は鉄道で、少し遠い国には飛行機を使って行きました。一番印象に残ったことは、オーストアの首都、ウィーンの国立歌劇場でオペラを鑑賞したことです。初めは「観に行けたらいいな」程度にしか考えていなかったのですが、演目を調べていくうちに、これは絶対に観に行くべきだと考え始めました。その時、即席ではありますがマナーも調べました。ヨーロッパ周遊の最中で、かしこまった服装もできず、とても不安でしたが、なんとか事なきことを得ました。鑑賞した演目は『ラ・ボエーム』でした。人が発しているとは思えないほどの美しい歌声や、細部までこだわりを持って作られた舞台セットに圧倒されました。また、格式が高く、自分にとって遠い存在であると考えていたオペラをウィーンで鑑賞できたこと、そのこと自体に感動しました。そこでしかできない貴重な経験ができること、これも海外留学の醍醐味なのではないかと思いました。
  春学期に入ってからは本格的に体調を崩すことが多く、あまり活発な活動はできませんでした。タンデムに付き添って頂いて病院に行くこともありました。その苦しい生活の中でも尽力することができたのは、5月に行われたヤーパンタークのボランティアでした。このボランティアの内容は「千葉県ブースのメンバーとして来てくださった方々に折り紙を教える」というものでした。千葉県の方から折り紙の指定が入るまでの間、自分で予測しながらタンデムパートナーと練習しました。基本的な単語以外にも、どのような手順を踏んだら折り慣れていない人にとって折りやすいのか、ということをタンデムパートナーから学びました。当日は、あらかじめ折り紙の折り方が印刷されているシートを用意し、わからないところがあったら教えるというシステムでした。実際には、小さなお子様に教えることが多かったので、シートを頼りにしながら最初から最後まで付きっ切りで教えることもありました。私は春休み期間中にプラクティクムを行わなかったので、大学外部で責任を持ってドイツ語を使うことが初めてでした。慣れない活動にとても緊張しましたが、練習の成果を発揮し、わかりやすくお教えすることができたのではないかと思います。
  ドイツに来た当初のこと、タンデムとの学習、長期休み中の旅行のこと、ボランティアに参加したことをほぼ時系列に沿って述べていきました。今回記述したこと以外にも、現地でお仕事をなさっている日本の方との関わりなど、特筆すべき出来事はまだまだたくさんあります。これらの経験すべてが、ドイツに行くことでしか成しえなかったことであります。そう考えると、留学に行かせてくれた両親や大学の先生方、支えてくれた友人たちには頭が上がりません。身の回りの人々に感謝の意を評するとともに、留学で得たことを今後の生活に活かしていきたいと思います。

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バウハウス大学

バウハウスサマースクール体験記
古矢磨由実
ドイツ語・ドイツ文化専攻1年
2018年8月

  私は8月3日から9月3日までドイツのワイマールでのバウハウスサマースクールという短期留学プログラムに参加しました。私は今回のドイツが初めての海外だったので、すごく不安でいっぱいでした。しかし、この1か月は貴重で楽しい経験ばかりであっという間に過ぎていきました。
  ワイマールに着いて1か月間住む家に着くとルームメイトがみんなでプールに入っていました。水着の状態で荷物を運んでくれたり部屋を紹介してくれたりして、私はびっくりして緊張していたのも飛んでいきました。そのあと私は薬局に行きたくて場所をおしえてもらったのですが、この日は日曜日だったのでお店はやっていないことを知りました。「どこか痛いの?」と聞かれて「頭が痛い」というと、薬を持ってきてくれました。次の日に薬を返しに行くと「治った?」「大丈夫?」と心配してくれました。朝だったので朝食の準備をしていてコーヒー豆を挽いていて私が興味を示すと挽かせてくれました。朝食を作ってくれて一緒に食べてカタコトの英語とちょっとのドイツ語でなんとかコミュニケーションを取りました。私がドイツ人に持っていたイメージが冷たい感じだったので、イメージがすごく変わりました。ルームメイトは優しいし親切で、不安のあった私はとても安心しました。その日の夜にサマースクールのイベントでウェルカムパーティがあって自分の国の伝統的な服装をすると聞かされていたので、浴衣を着ていきました。パーティに行くと伝統的な服装をしているひとはあまりいなくて、目立っていました。その中で、興味を示してくれたり、Kawaiiと日本語で言ってくれたり、写真を撮ったりしました。中国の方と話していく中で、日本の俳優さんの話になって同じ俳優さんが好きで意気投合して、言葉は通じなくても好きなものが一緒なだけで楽しいと感じました。
  ドイツではサマースクールに通っていたので月曜から金曜まで授業でした。この授業ではたくさんの苦しさと楽しさを味わいました。私は最初A2というクラスにいました。周りはみんなドイツ語を理解して話している人たちで、先生の説明もドイツ語だけだったので私は全く理解できなくて隣のイギリスやベネズエラのクラスメートに聞いたりしていました。ドイツ語も英語も何もわからない私に優しくゆっくりわかるまで教えてくれて本当にうれしく感じました。その一方でこの1か月の間、慣れるまでの間ずっと聞き続けることになると思うと申し訳なく思うし、課題を出されて一人ではできないと感じ、担任の先生に「クラスを下げてほしい」と頼みました。最初は「とりあえずこのクラスにいて様子をみよう」といわれましたが、1日2日の努力で変わるはずもなく「どうしても変えてほしい」といって変えてもらいました。A1というクラスに変えてもらってからは先生がドイツ語で説明して、私たちが理解できずに聞いたら英語で説明してくれ、1人でも理解できるようになりました。この授業ではやったことのない文法を中心にやっていました。頭をフル回転させて理解しようと努力したり先生に何度も聞いたりクラスメートと協力してポスターを作ってプレゼンしたり毎日たくさんの課題が出たり苦しい時間がほとんどでしたが、アウトプット中心の授業だったので、答え合わせで自分が理解できてない部分がわかるのに加えてクラスメートが教えてくれたり会話したり楽しさもありました。最後の証明書を先生からもらうときに「毎日課題をしっかりやっていて頑張ったね、ありがとう」といってもらえてきちんと課題をやっていたことを見てくれていて毎日課題を頑張ってたくさん発表してよかったと思いました。最初は前のクラスで頑張ればよかったのかなと悩んでいたけれど、最後は自分のレベルにあったクラスで授業を受けることができて、勇気を出してクラスを変えてほしいといってよかったと思いました。
  私がサマースクールやドイツで生活していて感じたことは何よりも先に英語を学ばなければいけないことです。このサマースクールは世界各国からさまざまな言語を持つひとが学びに来ていました。そのため話すのも携帯でやり取りするのも英語で実際ドイツ語よりも英語を使う機会のほうが多かったです。だからこそ英語ができないとコミュニケーションが取れないし自分の気持ちが間違えて伝わってしまうことも多くありました。言葉が通じなくてもそれなりには楽しむことができます。実際に言葉が通じなくてもジェスチャーや写真を使って伝えることも楽しむこともできました。ただ、英語を話すことができたらもっと楽しく自信を持って話すことができたのにと思いました。世界各国のひととコミュニケーションを取るのに英語が必要なことを改めて感じました。また、地元のドイツ人も私が会った人や話しかけた人すべてのひとが英語を話すことができました。ドイツ語ができないとわかると英語で話してくれました。英語を話すことができるひとが多いと感じる一方で悔しさもありました。せっかくドイツ語を学びに来たから話してみたい新鮮なドイツ語を聞きたいという思いがあったからです。
  今回の留学で自分の能力の低さを痛感するとともに目標ができました。それはドイツ語や英語でたくさんのひとと話すことです。今回は尋ねることはできるのに言葉がわからなかったから会話にならなかったので次回は会話ができるようにドイツ語や英語を必死に勉強したいと思います。また、留学中道に迷うことが多かったのですが、どこにいても親切なひとがいて目的の場所まで着くことができました。たくさんのひとに助けてもらって初めての外国で不安だった気持ちはなくなりました。言葉がわからない時もあったけれど地図を書いてくれたり案内してくれたりしました。言葉が通じないことは大きな壁だけど、恐れずに聞くことで乗り越えることができました。もし日本に来ている外国人や麗澤大学の留学生が困っていたら自分から助けに行きたいと思います。
  この1か月間はあっという間に過ぎてしまいました。日本に帰ってからすぐにまたドイツに行きたいと思いました。留学を通してドイツで学んだこと、これからの課題をたくさん見つけることができました。さらに世界中のひとと出会っていい刺激を受けました。私は来年の長期留学に参加したいと考えているので、この1か月を忘れずに日々勉強を続けていこうと思います。

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ハレ=ヴィッテンベルク・マルチン・ルター大学

ハレ留学体験記
宮口理帆
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2017年9月~2018年8月

  私は2017年9月1日から2018年8月14日の約1年ドイツのハレ大学に留学をしていました。この留学での経験の半分以上が私にとって初めての出来事で常に正解がなかった為、自分自身の授業や生活に関するモチベーションを保つことが非常に難しく感じました。しかし終わってみるとどんなことでも楽しかった、挑戦してよかったと思えるものばかりで私なりの有意義な1年が過ごせたと考えています。
  最初の1ヶ月はライプツィヒの短期語学研修に参加しました。はじめにクラス分けのテストが行われ4つのクラスに分けられ、私は他の三人の麗澤生と同じ下から2番目のクラスに入りました。テストは文法に重点が置かれていて、文法がとても苦手な私に対し文法が得意な三人とテスト後に話をした時、自分の学力に焦りを感じたのを覚えています。また、同じクラスになった他国の参加者のレベルも同じクラスにいていいのかと不安になるほどレベルが高く、毎日の授業で得る新しい知識が他の人の2倍はあったのではないかと思います。留学前の私は『とりあえず理帆に聞いたら、理帆はできるからなんでも分かりそう』と周りから思われることが少なからずあり、そのプレッシャーから特定の人にしか頼ることができませんでした。そのことがきっかけで今まで自分のわからなかったことは家で調べれば良いと後回しにしていました。しかし、今回は毎日膨大な量を吸収するため、その方法では間に合わないと気が付き、今までの考えを変え、どんなことでも分からなかったら先生だけでなく友達でも誰にでも聞いて解決するようにしました。この意識の変化をきっかけに、授業がより楽しく感じられ、このまま頑張っていれば語学研修の最後のテストでB1のテストが受けられると考えていました。  
  しかし、現実はそう甘くありませんでした。テスト直前に受けたゲーテ式のプレテストの成績を見て、先生からA2のテストを受けるべきだと言われ、A2のテストを受けることになりました。たしかにゲーテのようなテスト形式を今まで受けたことがない為、その形式に似たプレテストでは思うような結果が出せていませんでした。それがきっかけとなり自信を少し失くしつつも、まずはやるべきことをやって周りを気にせず焦らずにレベルアップすることに意識を変えA2のテストに合格し無事に最初の1ヶ月を終えることができました。
  この1ヶ月の中で、初めての一人暮らしや他の人との語学力の差を感じることができたことが今となってはハレ大学での一年間の留学の良い土台になったのではないかと考えています。この語学研修では、コミュニケーションをとる中で実際に習ったことを使う授業やPhonetikと呼ばれる発音の授業がありました。私は発音を一つの授業として学んだことがなかったことと、授業の内容がとても面白かった為、この授業がいちばん好きな時間割でした。Phonetikの授業では、まずウォームアップとして正しい発音を体でリズムをとりながら口に出してみたり、身近な単語を正しい発音、抑揚をつけるとどこにアクセントがついてどの部分が短いまたは長くなるのかということを勉強しました。これを学んだことで自分が今まで異なった発音をしていたことに気がつくことができ、綺麗な話し方ができるように少しずつ意識するようになりました。
  10月上旬、ハレ大学での留学が始まりました。どしゃぶりの雨の中ハレに到着し、留学前から連絡を取っていたバディと初めて対面しました。ここで最初に苦労したのは、バディとの会話でした。バディは、私がドイツ語を学んでいることを知っていた為ドイツ人同士で会話をする時と同じスピードで話しかけてきていました。今は、バディとそのスピードで話していても理解することができるようになりましたが、緊張もあり当時は全くできず、単語も必要最低限しかわからなかった為に寮やその他の契約に関することについての会話の理解ができませんでした。そして、私の寮にはドイツ人二人とロシア人一人が住んでいて、彼女たちとの会話も難しく、一学期目はなかなか上手くコミュニケーションをとることができませんでした。大学の授業は、主にドイツ語の授業と歴史関連の講義を受け、その中でも歴史をもとに日本とドイツを比較するゼミでは毎週30ページ以上ある古語のドイツ語が使われた本を3冊程度読まなければならず、読むこと自体がとても大変でした。毎日、どんなに辞書を引いても次から次へとわからない単語が出てきて1冊を読みきるのが精一杯でした。そのため、一学期の最後に書いたゼミのレポートを終えた時の達成感は今でも忘れられません。
  冬になると世界的に有名なクリスマスマーケットが町ごとに開催され、私もこのチャンスを逃すまいとドイツ国内やフランスなど合計15ヶ所のクリスマスマーケットを訪れ、各地域によって少しずつ異なるクリスマス前の過ごしかたを体感しました。私は、ただクリスマスマーケットを楽しむだけでなくそこに訪れている人との交流も楽しみの一つだと感じたまたま隣にいた人に声をかけてみたり、すれ違いざまに気になった人に声をかけ人とつながるという楽しさを存分に感じることができました。
  そして、2月に3週間、クラーゲンフルトの語学学校に一人で参加しました。ドイツでの生活に慣れてきて中だるみしていた私にとってこの3週間の授業はとても充実していました。まず、周りに知っている人が一人もいないということが、個人的には自分の持っているコミュニケーション能力を存分に発揮することができました。
2学期目に入り、私はいくつかの目標を新しく設定しました。一つ目に、前期に思ったよりも距離を縮めることのできなかった同居人と仲良くなること、二つ目にドイツ語のB2コースに挑戦ししっかり成績をとることでした。まず、同居人と仲良くなる為に共用スペースであるキッチンで会ったときは必ず3つは質問をしてその後に会話を続けるように心がけるようにしました。その結果、休みの日や平日の夕方に卓球をして楽しんだり、寮の敷地内のリンゴの木やサクランボの木に登って食べたりと自然に囲まれているからこそできる遊びや、映画を一緒に見るほど仲良くなることができ、二学期の寮生活がとても充実したものになりました。そして2月のクラーゲンフルトの語学学校でB1.2のクラスを受け、テストにも合格したおかげで二学期はB2のドイツ語コースを受けることができました。B2のコースは初回から私以外の全員がドイツ語に関する知識がしっかりと入っていたため話に追いつくのがとても大変だったため予習まで回らなかったものの復習をしっかりとやり、わからないことは同居人に聞いてたくさんのことを教えてもらったことで最後までクラスについていくことができ無事成績もとることができました。それ以外にも私は、この留学で様々なところに旅行をしたことでいろんな国の人に出会い、文化に触れることができました。そこで感じたことをもとに様々な視点から物事を考えることができるようになり、ハレでの生活ではそれを生かして他の留学生と仲良くなることができました。
  私にとってこの一年間の留学は初めての経験ばかりで、日本に帰りたいと思うことも何度かありました。しかし、最後まで諦めずに自分がどうすればいいのかを考え続け行動したことで楽しく充実した一年を過ごすことができたと思います。この貴重な経験をさせてくれた両親に対する感謝の気持ちを忘れずに今後、この経験を生かしていきたい、生かせると考えています。

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ビサヤ大学

セブ島留学体験記
清水小夏
英語・リベラルアーツ専攻 1年
2018年8月

  前から憧れていた留学で少しワクワクしていたが、それより大きかった初めての海外での不安。留学先はフィリピンのセブ島。そこを選んだ理由は値段の安さと日本人スタッフがいる安心感だった。
  私が1番不安だったのがホームシックになることだ。私は他の人よりもホームシックになりやすいので、すぐに帰りたくなるかとても不安だった。しかし、意外とホームシックにならなかった。何故なら現地の人や寮のスタッフ、学校の先生達がとても暖かく親切なのでむしろ帰国するときにセブ島から離れるのが悲しくなったくらいだった。カフェやレストランの店員さんも気軽に話しかけてくれた。あっちでは注文をするときに名前を伝える文化があるので毎回名乗っているうちに名前を覚えてもらったりもした。フィリピンは日本と馴染みがあるので日本人のことをよく知ってくれている感じがした。スタッフは本当に親切で、なんでも相談しやすかった。また、英語が全然出来ない私でも日本人スタッフが学校にいたので語彙面で焦ることは無かった。学校の先生はフィリピンのオススメの場所とかを教えてくれたりして、週末に実際に行ったりした。行く前の不安が大きかった分、気楽に楽しむことができたと思う。だから不安になることが悪いことではないと感じた。
  肝心の英語面はとてもいい勉強になった。日本では学んだことのない方法で英語を勉強したので刺激ばかりの日々だった。そこで私は勉強面での留学の利点を3つ見つけた。
1. 現地の人との会話
  日本語がいっさい通じない留学先では英語を話すことでしか伝える方法がないので、話さなきゃというプレッシャーから自然と話せることが多くなっていった。1番喋る機会が多かったのがよく行ったカフェだった。そこのカフェには勉強しに行っていた。2回目の来店あたりから店員さんが話しかけてくれるようになり、名前まで覚えてくれた。そこから来店するたびに少し話すようになり、自分のことを話したり、店員さんのことを聞いたりと私の英語力のなさをカバーしてくれるように話してくれた。学校じゃないところでも英語が学べたことが大きかった。
  その他のお店でも気さくに話しかけてくれる店員さんが多く自然とコミュニケーションをとることができた。海外にいくことを不安に思う点の1つが英語が通じるかどうかということだったが、皆とても優しく接してくれて、英語もわかりやすいように話してくれたのでその不安はなかった。他の国がどうかはまだ知らないが、セブ島はとても人が暖かかったので注文するときや買い物するときも全く怖くなかった。
2. 学校の勉強法
  結論から言うと、今まで何を勉強してきたんだろうと思ってしまうくらいにいい勉強ができた。その1つが単語の勉強の仕方である。今までは英語の単語を日本語の意味に置き換えて覚えるという方法だったが、あっちでは英語の単語を簡単な英語に置き換えて覚えた。それがとても頭に入りやすく、すぐに会話に活かせた。その勉強方のおかげで会話面でもわざわざ日本語に訳してからではなく、そのまま意味を理解することができるようになった。まだ難しい文はそれが出来ないが、簡単な文ならそうするようにしている。
  1対1の授業では何気ない会話でも英語で行うため、授業の中でも会話を学ぶことができたと思う。まだまだ単語を覚えられてないので辞書を使いながらの会話だったが、先生はスペルを書いてくれたり、気長に調べるのを待ってくれていたので焦らずに済んだ。わからないところでも集団授業と違って聞きやすかったし、とても自分に合っていたと思う。
3. 向こうで出来た友達
  私はバスケをすることが好きで向こうでも寮にボールがあったので外でボールをついたりしていた。私が寮の前でバスケをしていたら、違う大学の台湾の留学生が話しかけてきた。最初は少し警戒したが、だんだん話してるうちに打ち解け、近くのバスケットコートでバスケをすることになった。バスケをするときのコミュニケーションはもちろん英語でとても楽しかったし、勉強にもなった。その人とはバスケ以外にも食事に行ったりした。
 同じ大学で違う国の子ともたくさんコミュニケーションをとった。国際交流がとても楽しかった。帰った今でもまだSNSで繋がっていて、この間向こうで出来た中国の友達が日本の台風大丈夫?と聞いてきてくれた。心配されてとても嬉しかった。
セブ島での勉強はとてもいいもので学ぶことが多かった。海外が初めての私にとっても優しかった。しかし、環境面で少し問題があった。空気は常に臭く、道路も当たり前に汚かった。衛生面で見てしまったら良くない(笑)。私が1番嫌だったのが道路の汚さだった。ゴミはそこら中に捨てられていて腐ってるものが沢山あって匂いもきつかった。それに野良犬や野良猫がたくさんいた。それらは日本では見たことのないほど痩せているものばかりでとても可哀想だった。しかし、餌をあげることもできないし触ることもできなかったので悲しさを感じると同時に日本の平和さを感じた。
  国によってこんなにも違いがあることを知って社会勉強にもなった。そして先進国に住んでいる私達がなにか変えていかなきゃいけないものがあるんじゃないかと考えるようになった。それにあの国はどうなんだろうと思うことが多いので他の国にも行って世界をしっかり見なきゃと思ったので他の国にも留学しに行きたいと思った。
  今回の留学は英語力が少し上がっただけでなく、社会勉強になったので、これからの活動に活かしていきたいと思う。

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ビサヤ大学

フィリピン留学体験記
佐久間佑尽
英語・リベラルアーツ専攻1年
2018年8月~9月

  私はこの夏休みの間の3週間フィリピンのセブ島に短期の語学留学へ行ってきました。私にとってはこれが初めての留学であり初めての海外でもありました。そのためフィリピンでの留学での体験や観光の体験がすべて初めての感覚で、当然のことに驚いたり当然だと思っていたことがそうでなかったりすることが多くありました。フィリピンでは授業のほかに休みの日に観光に行くなど有意義な時間の使い方をすることができました。
  現地の学校では毎日8時間の授業があり先生が話す言語も英語で日本語が理解できないので日本で英語を勉強するのとは比べ物にならないくらい濃い時間を過ごすことができ自分の現時点での英語力の限界を理解、向上させるのにいい機会となりました。授業はマンツーマンが4時間、グループレッスンが4時間に分かれており様々な先生の授業を受けることができました。マンツーマンでは先生と二人きりの部屋で教科書を使った授業を受けました。教科書を使うとはいっても自分の時間の使い方次第で内容が変わりました。自分が頑張って会話を続ければ会話中心の授業になり、会話を打ち切ってしまえばその時間は教科書を進める時間となりました。最初はそのことに気づかず教科書を進めるべきだと思っていたのですが、途中でそのことに気づきその後は2時間中1時間まったく教科書を進めず先生と会話をしていたという時間もありました。要するに自分のやり方次第でそのあとが変わる授業でしたがこの授業での会話を通して自分のボキャブラリーの低さや会話の中での文章の組み立て力の低さなどがわかりました。
  グループレッスンでは映画鑑賞、リスニング問題、プレゼンテーションなどを中心とした英語の学習を行いました。これらの授業ではビジネスで使える少し硬めの英語表現やそれとは逆に映画や日常生活で使われるイディオムなど様々な英語の形を学習することができました。またグループでの授業とはいっても最大でも6人程度なので一人一人に発言の機会があり一回の授業で必ず英語を使うことができる環境でした。最初授業が始まって最初は緊張からか先生の言っていることが少ししかわからず何度も同じことを聞いたり、リスニングの問題も一度聞いただけではわからず間違えてばかりなどこれからの3週間をやっていけるか不安で嫌になりそうなこともありましたが、そのうち慣れて先生の言っていることがわかるようになるなど自分でもわかる成長もありました。これらの8時間の授業を通して最もよかったと思う点は相手が全く日本語を話せないという点でした。これは海外に出れば当然で向こうに到着する前からわかっていたことですが予想以上にいい効果がありました。当然何かを伝えるときは英語を使いそのために頭をフル回転で英文を作らなければいけません、それにプラスで英単語を学習する時、意味をまた別の英単語で言い換えて教えてくれるというのがよかった点です。これは今後自分が日本で英語を勉強する時にも取り入れたいと感じました。
フィリピンでは3週間学校の寮で過ごしました。3人部屋でバスルーム付き、食事は食堂で決まった時間と聞くと日本とほとんど変わらないように聞こえますがもちろん日本と同じというわけにはいかず窓は隙間のあるルーバー窓に網が貼ってありヤモリが入って来る、蟻が大量侵入するなどは日常の光景でした。部屋のメンバーは全員、虫にある程度耐性があったので全然気にならなかったのですが、虫が絶対に無理という人には厳しい環境かもしれません。ほかにもシャワーの水圧が弱いなど少しの問題はありましたがフィリピンという環境を考えればいい設備だったのかもしれません。食事も自分が留学前に覚悟していたよりおいしく3週間をその寮で過ごすことができました。
  フィリピン、セブと聞くとリゾート地のイメージがありとてもきれいな場所というイメージがあるかもしれませんがそれはセブから離れた島の海沿いの一部に限った話です。留学する学校があるような場所は現地の生活が身近に感じられる場所です。道路はバイクタクシーやジプニーであふれており露店もありアジアと聞いて想像できる道路の雰囲気でした。フィリピンでは生活にニワトリが根付いているようで寮の周りでは24時間鶏の鳴き声がしていました。私はそれまでニワトリは朝にしか鳴かないと思っていたので新たな発見でした。また寮の裏にある学校からは連日ダンスの練習の音楽、近くの民家からはクラブミュージックが鳴り響いていました。そこで過ごしているときはうるさい騒音だとしか感じませんでしたが今考ええるとにぎやかな寮でした。
  休みの日は皆当然のように観光に行きました。私たちもセブ市内の教会や遺跡に足を延ばしました。英語を使える面で良かったことはレストランでの注文やショッピングセンターで商品のある場所をたずねるときです。ほんの数十秒の注文ですがそれでも今まで海外に行ったことのない自分には初めての経験です。レストランの注文よりもショッピングセンターで店の場所や商品の場所を聞くほうがいい経験になりました。注文は商品名を言うだけでも済みますが、ショッピングセンターでは文章でないと伝わらなかったので簡単な英語でしたが実践で使ういい機会になり、伝わった時は嬉しかったです。
  今回のフィリピンでの留学を通して今までにはない貴重な経験を得ることができました。今までの日本での英語の学習では気づけなかった自分の英語の弱点に気づけ、海外と日本の文化、生活水準のギャップを知ることができました。海外に行ったことのなかった自分が大学生活1年目でこの留学に行けたことの意味は自分の中でかなり大きいと感じています。正直3週間が終わるときは全然足りないという感想だったので次は月単位での留学をしたいと考えています。またこの留学に行き勉強できたことでTOEICのためにこれから自分がどのように勉強すればいいか自分である程度決めることができました。この経験を無駄にしないようにしたいです。

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