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留学体験記

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ライプツィヒ大学

ライプツィヒ短期語学研修
加藤亜美
ドイツ語・ヨーロッパ文化専攻3年
2024年8月

   私は2024年の8月5日から約4週間、ドイツのライプツィヒで語学研修に参加しました。8月2日に成田空港を出発して、香港を経由しながらフランクフルト空港に3日の朝に到着しました。私と同じライプツィヒの語学研修に参加する生徒がもう一人いたので、二人で協力しながらなんとかフランクフルトまでたどり着くことが出来ました。フランクフルトで一泊したあと、ライプツィヒに列車で移動して、また一泊しました。ドイツの道は石畳が多く、コンクリートのようになめらかではないため、重いスーツケースを転がしながら移動するのは大変でした。
   5日に短期語学研修が始まると同時にホームステイ生活が始まりました。私はホストマザーと二人で生活をしました。ホストマザーはとても優しくて、いつも私を気にかけてくれました。二人で沢山話しましたが、話してくれていることはなんとなく分かっても、分からない単語が多く、自分の勉強不足を痛感しました。私が分からない、と言うと簡単な単語に置き換えて丁寧に教えてくれました。毎日、語学学校に行く前に一緒に朝ごはんを食べて、学校から帰ってきたら二人で一緒にテレビ番組を見たり、今日あったことについて話したりしました。初めての海外で、緊張と不安でいっぱいな私を、ホストマザーは支えてくれました。
   語学学校での日々も、とても有意義なものでした。研修前に受けた実力テストの結果から、一クラス10人程に分かれて、講義を受けました。今回の短期語学研修は参加している日本人がかなり多く、日本で講義を受けているのかと錯覚するほどでした。講義の進め方は麗澤大学と似ていて、少人数のグループを作り協力しながら、課題を進めていく、というものでした。毎日朝9時から12時半まで講義を受け、午後は自由に過ごすことが出来ました。
   毎日の講義とは別に週2回、ライプツィヒの食や自然、文化などを研究して発表するプロジェクトに参加しました。クラス関係なく、自分の好きなプロジェクトを選べるので新しい交友関係を広げることが出来ました。最終日にプロジェクトに分かれて皆の前で発表するのですが、ライプツィヒの人にインタビューしたり、ライプツィヒの有名なお菓子を作ったりと様々でした。他にもベルリンやドレスデンへの遠足や、ライプツィヒにある博物館を訪れる等、毎週イベントがあったので、濃厚でとても忙しい4週間でした。
   週末は自由な時間を過ごす事が出来ますが、泊まりでチェコやウィーンに行っている子もいました。私も、ドイツの列車が乗り放題のチケットを購入して、マイセンやドレスデンに行きました。私は日本にいた時は出不精で、どこかに出かけることはほぼなかったのですが、自分でもびっくりしてしまうくらい、ライプツィヒにいた4週間は毎日出掛けていました。バッハやメンデルスゾーンが暮らしたライプツィヒは音楽の街と言われるとおり
教会や、ホールで毎日のようにコンサートが開催されていました。ライプツィヒには大きい教会が沢山あり、パイプオルガンのコンサートや合唱団によるコンサートが定期的に行われていました。私は学校が終わったあと、教会に行ってコンサートを聴くのが日課になっていました。殆どのコンサートを無料で聞くことができ、お金がかかるところでも3ユーロ程で聞くことが出来ました。街を歩いていても、道の途中で楽器を演奏している人を見かけることが多く、広場では音楽フェスも開催されていたので、ライプツィヒの人は本当に音楽が好きなのだと感じました。
   折角ドイツに来ることが出来たので、ドイツならではの料理を食べてみようと思い、色んなお店に入りました。レストランに行くとお値段は少し高めですが、その分、量がかなり多く、私はいつも友達と分け合いながら食べていました。とても美味しかったですが、ドイツの主食はパンなので、白米を食べる機会はあまりなく、日本食がすごく恋しくなりました。久しぶりにお寿司を食べた時は感動しました。ライプツィヒには日本食の店が多く、特に寿司屋とラーメン屋が、道を歩けばすぐ見つかります。日本にはないオリジナルメニューが多かったので、面白い経験になりました。
   私が行ったのは8月という夏真っ只中ですが、日本の夏とは違い、とても過ごしやすかったです。湿度がなくからりとしているので不快感は特にありませんでした。昼は暑くても、夜は気温が下がり、寒くなるので私は厚手の服を着て寝ていました。朝、語学学校に登校するとき、半袖だと肌寒く、街を歩いている人も長袖を着ていることが多かったです。9月を超えても半袖が現役な日本と違い、驚きました。日本に帰ってくるときもダウンを着用して飛行機に乗ったのですが、日本についた瞬間、暑くてすぐ脱いだのは記憶に新しいです。
   ライプツィヒの人はとても優しくて、道が分からないときやスーツケースが重くて上まで持ち上げられないとき、すぐに声をかけて助けてくれました。自分から、助けてくれませんか、と話しかけたときも嫌な顔一つせずに助けてくれました。私が外国人だから、という訳ではなく、街でも知らない人同士が助け合っている姿をよく見かけました。協力するのが当たり前の人たちなのだと思います。私がドイツで沢山助けてもらった分、困っている人がいたら力になりたい、と思いました。
   4週間というのは本当に短くて、語学研修はあっという間に終わってしまいました。毎日本当に楽しくて一日一日に沢山思い出が詰まっています。相手が話していることを理解したい、と強く感じ、もっとドイツ語を勉強したい、というモチベーションのアップにも繋がりました。なにより、日本と全く違う文化に触れるという貴重な経験を得ることが出来ました。日本とドイツでは電車の乗り方からレストランの注文方法まで全てが違っていて、地図上でしか知らなかった世界が広がったように感じました。異国の地で生活した、という経験は今後何かに挑戦するとき、私の背中を押してくれる自信につながると思います。この4週間の日々を思い出しながら、これからも頑張っていきたいと思います。

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ラングポーツ語学学校

LANGPORTS留学を終えて
壽原美沙希
英語コミュニケーション専攻4年
2024年8月

   私は今回夏休み期間の4週間を利用して、オーストラリアのゴールドコーストに滞在し、ラングポーツ語学学校に通いました。初めて海外に行き留学を経験したため、何事も新鮮で良い経験を得ることができました。こちらでは、私が経験したオーストラリアでの生活や、学びを共有させていただきたいと思います。
   オーストラリアについてから、日本と季節が反対であるため、日本の秋~冬のような涼しい気候で、とても過ごしやすかったです。空港についてすぐ、ハプニングが起こりました。各ホームステイ先まで送迎してくれる、送迎ドライバーが見つからず、拙い英語で仲間と協力しながら空港内を端から端まで、現地の人に尋ねながら探しました。その際、現地の空港スタッフの方々の協力もあり、ドライバーを見つけることができ、オーストラリアの方々は温厚な人が多いことを感じて、その後の生活に少し安心感を得られました。
   ホームステイ先に着くと、すぐにホストマザーが迎えてくれ、部屋の紹介や家のルールを教えてくれました。家のルールは他の学生と比較して少なく、洗濯・掃除・料理は基本的に行ってくれて、水回りの濡れたものだけ部屋に持ち込まないようにと言われていて、不自由なく快適に過ごすことができました。ホストマザーが作ってくれた料理は、主に魚料理や麵料理が多かったのですが、どの料理も出来立てで出してくれて、味も美味しく満足でした。最初はホストマザーと会話をすることに、発音や文法の違いから、コミュニケーションを取ることに苦戦していました。しかし、自分から質問をしたり会話を始めたりするなど、失敗を恐れずに会話をし続けたことでジョークが通じたり笑いが起きるほどまで会話を行うことができたので楽しかったです。
   もう一点、私はホストマザーから注意を受けて学びを得たことがあります。それは、YES・NOの意思をはっきりさせることです。日々ホストマザーと会話をしている中で、家での不満事がないかなど、心配をしてくれることが多かったです。ですが、私の意思がはっきりせず曖昧に返事をすることが困っていたようで、意思をはっきりしてほしいと言われました。その後、はっきりとNOと言われても、あなたの意見だから受け止められるし、言ってくれてありがとうという気持ちがあるから大丈夫だよとフォローしてくれました。私の性格上、物事をはっきりということができない性格なのですが、注意を受けてハッとし、日本に戻ってからも自分の意思はYES・NOだけでなく、はっきりと発言しようと意識を変えてくれた大きなきっかけとなりました。
   私は幸い、ラングポーツ留学に同じく参加した麗澤の学生と同居することになったので、語学学校の登下校や、放課後のショッピングなど一緒に過ごしました。また、ホームステイ先から歩いて5分ほどで海に行くことができ、友達と夕日を見たりサイクリングをしたり、日々リフレッシュすることができました。語学学校では日本人のみならず、ブラジル人・フランス人・チリ人など多国籍で、授業でアクティビティーが行われると、協力しながら英語で課題を達成できたことがとても嬉しかったです。語学学校で扱われていた内容は、今まで習ったことのある文法でしたが、改めて英語話者の先生から教わった文法はとても理解しやすく、もっといろんな単元を学んでみたかったなと感じました。やはり語学学校でも最初は英語で会話をすることが困難で、他国籍の学生と会話をスムーズに行うことができませんでしたが、拙い英語でも最後までしっかり目を見て話を聞いてくれて、完璧ではなくても会話をすることの楽しさを学ぶことができました。
   個々に合ったレベル分けされているクラスでは、自分のレベルに合ったクラスに参加でき、特に苦手としていたライティングのクラスでは、授業中に提出したワークが、次の日には先生から文章を修正して返却してくれて、自分が間違っているところを見直すことができ、個人的に一番満足した内容でした。
   放課後は主にショッピングやゲームセンター、海に行ったりご飯を食べに行いったりするなど、学校周りに様々な商業施設があったため毎日色々な場所で遊んでいました。物価は少し高かったのですが、オーストラリア限定の商品や食べ物を食べるなど毎日充実した日々を過ごすことができました。特に面白かったのは、ゲームセンター内にあった脱出ゲームです。日本でも脱出ゲームはありますが、オーストラリアではもちろんヒントが英語で出され、日本語に訳しながら友達と協力してゲームに参加でき、ゲームを使って英語を学べたのでとてもオススメです。
   休日には、動物園や水族館、テーマパークやシドニーに旅行に行きました。オーストラリアでしか経験できない、コアラを抱っこして写真を撮ったり、カンガルーに餌をあげたりなど貴重な体験もできました。また、シドニー旅行はとても良い思い出になりました。昔イギリスの植民地であったオーストラリアには、今もなおイギリスを感じさせる建物や文化などが存在しているため、ゴールドコーストでは感じられなかった上品さを感じました。特にオペラハウスやシドニー大学など、中々見ることができない建物や風景を見ることができてとても感動しました。
   このように、4週間一日も無駄にすることなく充実した日々を過ごしました。英語で会話することの楽しさ・挑戦することの大切さなど、今回の留学を経験したからこそ改めて感じることができ、残り少ない学生生活ですが、英語学習をより向上させようと感じられたと思います。これからは完璧にきれいな文法を使った会話を目標にするのではなく、拙い英語でも話してみようという挑戦心を持ち続けて会話をしたいです。今回の経験から、来年の入社に向けて英語能力を高めたいというだけでなく、自分自身の今までの性格や意識を変えたいというきっかけを作れた経験になり、参加できてよかったです。

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CESバンクーバー

カナダ留学
佐藤秋桜
グローバルビジネス専攻3年
2024年8月

   今回私は、夏休みを利用してカナダのバンクーバーに一か月間留学をした。私自身短期留学は二度目だった。去年の同じ時期の夏休みにフィリピンに行ってきた。まだまだ貧困地域と言われるフィリピンでは、「どんな暮らしをしているのか」「私達日本人とはどんな価値観の違いがあるのか」、「どのような環境なのか」を実際に私自身で感じ体験したかった。いろんな辛いことや楽しいこと実際に行ってみないと感じることができないような体験がたくさんありとても貴重な体験で様々な発見があった。貧困地域を知ることができた私には「では先進国はどんな暮らし、価値観、環境なのかな」そんな疑問が生まれた。そこで先進国であり、英語圏のカナダに行くことにした。
   カナダは、16時間の時差があったり、はじめてのホームステイなどたくさんの初めての体験が待っていて出発前からドキドキしていた。ホームステイ先に着く時が一番ワクワクした。どんなお家でどんなファミリーが待っているのか。期待と緊張でいっぱいだった。ホストファミリーは笑顔で私を迎えてくださり、広くて快適な部屋を私に用意してくださっていた。おかげで私は、快適に一か月間過ごすことができた。ご飯も私の好きな食べ物嫌いな食べ物を聞いてくださり、好きな食べ物をたくさん出してくれた。私は朝ごはんをあまり食べないのだが、ホストマザーは学校に持っていき食べられるように、毎日私の大好きなフルーツを持たせてくれたので、学校の休み時間にたべていた。またホストマザー手作りのチョコバナナブレッドも入れてくれていた。とにかく優しくて私を娘のようにあつかってくれた。さらに週末ホストファミリーとお出かけすることもあった。海、映画館、ミュージカル、ハイキングに行った。一か月間といった短い期間ではあったが、やっぱり一緒に暮らすと絆が生まれるのは早かったと感じた。
   学校では、たくさんの留学生と出会った。日本人の留学生もいれば、韓国、台湾、スイス、ドイツなどたくさんの外国人と触れ合うことができる。また、学校では授業だけでなく、放課後にアクティビティがある。自由参加だが、たくさんの生徒が参加する為、授業が違う関わりのない沢山の友達を作ることができる。沢山体を動かしたり、観光地、レストラン、キャットカフェなどアクティビティは本当に様々な活動をする。学校の先生方はとてもやさしく、距離感も近いので仲良くなり、たくさん質問ができる環境だった。体調面で困ったり、交通機関、落とし物無くし物をしてしまい、自分たちでは解決できなくなってしまった時は、日本人の先生もいるので助けてくださっていた。私は基本放課後、友達と毎日お買い物をして帰っていた。また、カナダの名物プーティンを食べに行ったり、ティムホートンや日本食のスーパーに行ってみたりどこかしら毎日行っていた。学校の近くには、stussyのお店だったり古着屋さんなど、行けば行くほどたくさんの出会いがあり、毎日充実していた。
   週末は、学校がないため観光地に行きハイキングをしたり、海に行ったりした。リンキャリオンという観光地は私のお気に入りの場所になった。沢山山道を歩き、橋を渡っていくと本当にきれいで透き通った水の川に出合えた。川の水はとても冷たく足を少し入れるだけでも冷たすぎてじんじんしてくるほどだった。川をたどり奥へ行ってみると沢山の人が川に入り泳いでいたり、飛び込みをしていたり、ものすごく冷たいにも関わらずみんな入っていたり、本を読んでいる人がいたり、岩で日光浴をしている人もいた。犬を連れてきている人もいて、とても自由を感じた。
   また、近くにスタジアムがありラグビーの試合も見に行った。たまたま日本VSカナダだったので日本人サポーターもいてとてもラッキーだった。ラグビーの試合を見るのは初めてだったのでルールも曖昧だったが、そんな素人でも雰囲気で楽しめる会場だった。私は日本でサッカーの試合を見に行ったことがあるが、やっぱり日本人はシャイな部分があり盛り上がりに規則があり、応援歌で盛り上がったり、団体で盛り上がるイメージがあるが、カナダでは応援歌というより各自が盛り上がり各自で盛り上がりながら周りのノリに合わせている印象があった。私にはこうした小さな違いも興味深く毎日楽しんでいた。
   また、気候の違いもとても感じた。夏の八月にも関わらず朝は、10度だった。昼間の一番熱い日でも27度だったりと、カナダでは涼しい日が日本では猛暑の日だった。また、湿気はほとんどない。むしろ乾燥していた。雨の日に湿気を少し感じるくらいで本当に過ごしやすい気候だった。雨もすぐ止むことが多く傘を持ち歩いている人が少なかった。海外の人はあまり傘をささないは、本当なんだと思った。ホストマザーには傘ではなく、レインコートを進められた。それを聞いて傘よりレインコートなどを利用することが多いことに気づいた。
   今回の留学から価値観の違いや環境の違いを沢山感じた。初めてのチップ制度や初めてのホームステイなどもあり最初は戸惑うこともあったりしたが、その環境に慣れて馴染んで暮らすことは、大変だったり辛いこともあるが、それを乗り越えると楽しく、やりがいを感じることができる。カナダ人は、とてもやさしい人が多く、治安もよかった。私が、バスに乗っているときに足の悪いおじいさんが乗ってきたのだが、乗る際に転んでしまった。その際にバスに乗っていた、ほとんどの男性方が飛び出しておじいさんを助けてあげる姿があった。私は、その動き出しに躊躇も無く、素早かったのでとても感動した。そういった面では、日本人は少し動き出しが遅かったり、ドライな人が多いイメージがある。また、日常からでもレディーファーストを感じた。バスに乗るとき、ドアを開けてお店に入るとき男性の方々が私達女性を優先してくれていたのを覚えている。こうした様々な価値観、環境の違いが私には興味深かった。これから先もいろんな国に行っていろんな価値観、環境の違いを体験したいと思った。
   カナダ最高でした――――!!

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ラングポーツ語学学校

オーストラリア体験記
丹優太朗
グローバルビジネス専攻2年
2024年8月

   オーストラリアのゴールドコースト州に行きました。まずホームステイ先について二人の優しい夫婦で最初はとても早い英語で聞き取るのが難しかったです。しかしゆっくりと話して対応してくれました。毎朝と毎晩ご飯を用意してくれて、日本とオーストラリアでは食文化の違いもあって食べられないのが多いかもと思って不安でしたが、ホストマザーがあらかじめ食べられないものを聞いてくれていたので、最初に伝えておくことが大事だと思いました。家では最初の一週間は他のところから来た日本人の人たち二人がいてくれたのでわからないことだったり伝わりにくいことなどを手伝ってくれたりしていました。そのおかげでホストファミリーとは思ったより早く馴染むことができたかなと思いました。初めのうちに家での過ごし方のルールなどを教えてくれたので生活面は困ることなく過ごすことができました。車で送り迎えをしてくれたり、観光地を紹介してくれたり、おすすめの食べ物を教えてくれたりもしてくれて、そういったことを主に食事の時に話したりしていました。帰国の時にはたくさんのお菓子や手作りのタオルなども作ってくれていてとても嬉しくなって、帰るのが少し嫌になるほどでした。多くのホストファミリーがいる中でとても優しい家庭に恵まれたなと思いました。
   次にラングポーツについてラングポーツでは日本人が他の国籍の人たちに比べると少し多い印象がありましたが、ブラジル人やスウェーデン人、カナダ人、中国人といった人たちも多くいました。朝の8時30分から1時までの3限制の授業で、文法、リスニング、リーディング、ライティングなどといったそれぞれの項目で日によって先生が違ったりクラスが変わったりするので飽きることなく英語を学ぶことができました。先生が話しているのをずっと聞いているわけではなくて、主に近くの人と話し合う時間やグループワークの時間などもあったので、集中力が途切れてしまうかもと思っていましたがその心配はなく、毎時間内容も異なるので飽きることなく授業を受けることができました。グループワークでは他国籍の生徒の人と組むことが多かったので国によっての考え方の違いや英語の言い回しなども学び、英語だけでなく異文化理解を深めることもできました。
   学校には日によって異なるアクティビティがあって、例えばラングポーツの2階には2台の卓球台があって、休憩時間には他の大学の人と卓球をしたりして仲良くなったりもしていました。卓球の大会があって、そこでコミュニケーションをとって仲良くなる人も増えました。他にも学校の最寄り駅からバスに乗って少し移動したスポーツ施設のようなところに行って、20人ほどの人数でフットサルをするなどのイベントもありました。サッカーにはブラジル人の人たちが多くて、なかなかそのような体験もなかったので貴重な体験でした。また、学校の近くにはカフェやショッピングモールなどもあって充実していました。
   最初に授業の後、近くを案内してくださって少し歩くととても綺麗な海がありました。日本の海ももちろん綺麗ですが、砂浜がサラサラしていてびっくりしました。日光浴をしている人や、学校の最寄りがサーファーズパラダイスという駅の名前なので、多くのサーファーがいました。しかし海にずっといると日本とは違って日差しが強すぎたので目が充血してしまいました。気をつけたほうがいいと感じました。海の方でも大きなイベントが何個かやっていました。日本のお祭りとは少し違っていてジェット機が打ち上げられたりして軍のお祝いなどが行われていました。そのジェット機の音が大きすぎてお店の中に入っても聞こえるほどでした。しかし現地の人たちは慣れているのか平然としていました。
   土曜日曜は基本的にテーマパークに行ったりしていました。最初に行ったのはムービーワールドというテーマパークでした。そこにあったジェットコースターは私たちが乗る前にシステムトラブルで一度止まったあと乗るのが怖かったのが印象に残っています。そのコースターはオーストラリアで一番怖いと聞いていたのでさらに怖さがましました。他にも多くの乗り物があって、基本的に日本の乗り物の1段階ハラハラするような乗り物があるという感じでした。カランビン動物園という場所にも行きました。そこでは目の前でカンガルーを何匹も見ることができました。しかし動物園での一番の思い出はコアラを抱っこしながら写真を撮れたことです。人生で初めての経験だったのでとても可愛くて記憶に残っています。思っていたより軽くて人に抱きかかえられても落ち着いていてふわふわしていて可愛かったです。シーワールドという水族館と遊園地がくっついているようなところにも行きました。そこでは本格的なイルカのショーを見ることができ、亀やサメなどを近くで見ることができました。そういった中でも特に思い出に残っているのは車のドリフトなどを行うパフォーマンスです。それは日本では見ないような熱狂的なもので海外ならではと感じました。
   休日の中でも特に思い出に残っているのは、土日を使ってシドニーに旅行に行ったことです。初めてオペラハウスを見たことやハリーポッターの撮影場所だったシドニー大学に行ったことは忘れない思い出になると思います。夜景もとてもおしゃれでシドニーで一番の丘にも登ってきれいな景色を見ることもできました。
オーストラリアに1ヶ月間行って、初めは不安なことも多くありました。英語を学べたのはもちろんのことですが、それだけではなくて異文化との触れ合いやホームステイで学んだその国ならではの習慣や、働き方などもきちんと覚えておこうと思いました。また、他国の人たちとの交流関係もできたので、もし他の国に行く時にはプラスになっていくことが多くあるんじゃないかなと感じています。この体験は私にとって忘れられない思い出になりました。この経験を大切にしていこうと思います。

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CESバンクーバー

バンクーバー体験記
今井花音
グローバルビジネス専攻3年
2024年8月

   このバンクーバー留学は、私の人生初の留学経験でした。期間は1ヶ月と短期間でしたが、人生で1番濃い日々だったと思います。その中でも良い経験だったことを3つ挙げたいと思います。
   1つ目は、ホストファミリーについてです。私はWest Vancouverのホストファミリーの家に住みました。ホストマザー、ファザー、息子、犬、そしてルームメイト2人という構成でした。ルームメイト2人のうち1人は同じ学校だった為、定期券の購入や、学校までの行き方など全て教えてくれました。学校までは1時間程バスに乗る為、誰よりも朝が早かったですが、ルームメイトのおかげで毎日余裕をもって登校できました。また、学校帰りにルームメイトと一緒にショッピングや観光をし、さらに仲良くなれました。家に帰ると、いつもホストマザーやファザーが本当に美味しいご飯を用意してくれていました。量がとても多くて最初は頑張って食べていましたが、1ヶ月経つ頃には余裕で食べ終われるようになっていて驚きました!食事の時間は人それぞれのスタイルでしたが、ファミリーも食事中に話しかけてくれたり、一緒に食べてくれたりと嬉しかったです。
   また、私がエアポッツをバスに忘れた時や、バスを間違えてしまい帰れなくなった際にもホストファミリーが夜遅くても迎えにきてくれたり、一緒に探しに行ってくれたりサポートしてくれました。そして、ホストブラザーは私よりも4歳年上でしたが年齢が近かった為、簡単に仲良くなることができました。一緒にご飯を作り、外食やパーティーやパブなどにも連れて行ってくれました。ダンスやカラオケ、ダーツなども現地の人達と楽しむことができて良かったです。一緒に作ったラーメンは、最初はきちんと作ることができるか、教えることができるのか、少し緊張していましたが、なんとか作り終えることができて嬉しい気持ちでいっぱいでした。食べてみると本当に美味しくて、喜んでくれていて良い経験になりました。そして、最後の週はホストブラザーと部屋で映画鑑賞を沢山しました。日本のアニメがとても人気で、おすすめのアニメを教え合ったり、一緒に観て感想を話したりして、知らない英語を沢山教えてもらいました。この時間はかけがえのない時間だったと感じています。ホストブラザーとは今でも毎日メールでのやり取りをしています。一生の友達ができたと思います。
   また犬がいてくれたおかげで私の毎日はより一層楽しかったです。言葉が通じなくても心で通じてくれることが何よりも癒しになり、とても良い友達になれました。本当に素敵なファミリーでよかったです。ホストファミリーへのお土産については、お菓子やインスタントのお味噌汁や石鹸、扇子、お酒など様々持っていきましたが、1番喜ばれたのは日本酒とおちょこでした。ファミリーに会うたびに日本酒についての話になりました。また、紫陽花の香りの石鹸やグミも喜んでもらえました。今後のホームステイをする後輩の手助けになれれば良いと思います。
   次に学校についてです。朝の9時から始まり15時に終わる時間割でした。家から学校まで距離があった為、朝が苦手な私にとって難題でしたが、無事に1ヶ月間通い、規則正しい生活ができるようになりました。ルームメイトと洗面所を一緒に使う為、時間を考えて行動しなければいけませんでした。そのため、今まで自分の時間しか考えずに生活してきましたが、タイムスケジュールの管理が今までよりもできるようになったと思います。また、色々な国籍の先生がいて、ハプニングが起きても日本語で聞くことができたから大変心強かったです。
   そして、どの先生もフレンドリー且つ一人ひとりの意見を尊重してくれる為、今までの私は授業に対して消極的でしたが積極的に発言をすることができ、また間違いを怖がることなく自分の意思を伝えることができたと思います。授業の内容も工夫されていて、勉強が楽しかったです!またグループディスカッションも多く、様々な国の友達もでき、色々な言語や文化、価値観を知れたことも良かったです。放課後のアクティビティも、私だけでは行かない場所にも足を運ぶことができました。友情も深まり、有意義な時間でした。
最後に、全体的にバンクーバーは安全で過ごしやすく、私にとって貴重な経験となりました。最初は不安と緊張がありましたが、現地についてからはその緊張もすぐに解けました。バンクーバーはとても美しい街で、自然豊かな公園や海岸線が心を癒してくれました。また、多様な文化が共存しているため、日本とは違った新しい視点を得ることができました。バンクーバーの人達は本当に優しく、道がわからず人に尋ねると、英語が完璧ではないのにも関わらず、真剣に話を聞こうとしてくれて親切に教えてくれました。日本人も多くて、私自身日本人の方にも助けられました。また、エアポッツを落とした時も3日間も経っていましたが、同時に落とした櫛も一緒にしっかりと戻ってきました。
   初めての海外留学でしたが、快適な毎日でした。夏でしたが思っていたよりも涼しくて、もはや寒いくらいでした。長袖を持っていかなかった為、現地で沢山調達しました。それも、自然と都会が良く融合しているからだと感じましたが、次回バンクーバーを訪れる際には、長袖は必需品だと思いました。また、私は1つのお財布に全額入れておくのが怖かった為、2つのお財布に分けました。2つのお財布にしたことで、使いすぎ防止や、紛失、盗難に遭うなど万が一のハプニングが起きた際に損害が最小限になり、良いと思いました。
留学中はたくさんの仲間と出会い、異なる国の人々と交流する機会がたくさんありました。共に学ぶことで自分自身も成長し、新しい友人たちとのつながりを築くことができました。また、英語を話す機会が増えたことで自分のコミュニケーション能力も向上しました。留学中はホームステイを経験し、地元の家族と一緒に生活することで、日常生活や文化に触れることができました。彼らとの交流を通じて、異なる価値観や習慣に触れることで、自分自身の考え方や価値観も広がりました。
   バンクーバー留学を通して、新しい人間関係や経験を得るだけでなく、自己成長や異文化理解の大切さも学ぶことができました。これからもこれらの貴重な経験を生かし、さらに自己成長を図っていきたいと感じています。

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CESバンクーバー

バンクーバーでの1ヶ月間
村田梓嘉
英語コミュニケーション専攻2年
2024年8月

   私は1ヶ月間、カナダのバンクーバーで留学を経験しました。短い期間ではありましたが、たくさんのことを学び、日本では体験できない貴重な経験をすることができました。この留学報告書では、留学に向けた準備、現地での生活、そして留学を通じて得たことについて振り返ります。
   まず、私が留学準備で一番大変だったことはビザの取得でした。私は日本国籍ではないため、カナダに渡航するためにはビザの申請が必要でした。自分でオンラインで手続きをすることもできましたが、英語の書類や手続きに不安があったため、ATIに紹介された代行会社に依頼しました。ビザ手続きには1ヶ月から3ヶ月ほどかかると言われました。正直なところ、こんなに時間がかかるとは思っていませんでした。手続きの流れとしては、まず申請に必要な書類を代行会社の方に確認してもらい、カナダビザ申請センターに提出します。その後、カナダビザ申請センターで指紋採取を行い、カナダの移民局から審査結果を待ちます。ビザ申請が許可されると、ビザ発給許可通知レターが発行されます。パスポート原本をカナダビザ申請センターに送付し、ビザシールが貼られたパスポートが戻ってきて、ようやくビザ取得となります。私が書類準備を始めたのは5月中旬でした。書類の中には両親の在職証明書や英文の銀行残高証明書、語学学校のVisa letterなど、準備に時間がかかる書類ばかりでした。そのため、準備期間中は「間に合わなかったらどうしよう」と不安な気持ちでいっぱいでした。留学費用をまだ支払っていなかったので、途中で「もう諦めようかな」と思う瞬間もありました。しかし幸運なことに、1ヶ月半ほどでビザを取得することができたので、本当にほっとしました。
   私のホームステイ先はNorth Vancouverにあり、山と森に囲まれた自然豊かな場所でした。学校へはバスで通うことができ、通学にはおよそ1時間かかりましたが、バスから見える外の景色がとても綺麗だったので、移動時間は苦痛ではありませんでした。しかし、美しい街並みと同時に、多くのホームレスの人々を見かけました。また、街中には多くのゴミ箱が設置されており、便利だと思うかもしれませんが、実際に近くを通るとかなり強い匂いがして、ゴミ箱を避けて通ることが多かったです。カナダの豊かな自然と都会のギャップを感じる場面でもありました。
   カナダのバスには、日本のバスと違う点がいくつかあります。まず、降車を知らせる方法です。日本では降車ボタンを押して運転手に知らせますが、カナダでは手すりに付いている降車ボタンを押すか、窓際に設置された「黄色い紐」を引っ張って知らせます。また、カナダのバスでは降車の際、ドアの近くに立っていないとバスが止まってくれませんでした。日本では降車ボタンを押すだけで停車してくれますが、カナダではドア付近に立っていることが必要です。そのため、目的地に近づいてきたら早めにドア付近に移動した方がいいです。さらに、カナダのバスの前方には折りたたみ式の座席があります。これらの座席は車椅子やベビーカーの利用者が乗車する際に折りたたむことができ、黄色いフックを引っ張って簡単に収納できるようになっています。このような座席の工夫は、誰でも公共交通機関を利用しやすくするための工夫だと感じました。最後にバスに乗っていて驚いたことは、乗客が土足でバスの座席を踏んでいたことです。日本ではほとんど見ない光景なので、マナーの違いを強く感じました。
   次に私が滞在していたホームステイについてです。私のホームステイ先では、自分の部屋にトイレとお風呂が付いているという非常に便利な環境が整っていました。洗濯についてもホストファミリーは、「いつでもやっていいよ」と言ってくれたので、非常に助かりました。私はK-popが好きなのですが、1歳違いのホストシスターもK-popが好きで、しかも同じグループを推していました。そのため、共通の話題がたくさんあり、毎日の会話がとても楽しかったです。ホストシスターがアルバイトのない日は、夕食を終えた後に1~2時間ほどおしゃべりするのが日常になっていました。学校で分からなかった問題があった時には、いつも熱心に優しく教えてくれました。日本に帰ってきた今でも毎日連絡を取っています。
   ホストマザーとホストファザーは毎晩夕食後に映画を観る習慣があり、興味のある映画があれば、たまに一緒に観ることもありました。私が一緒に見る日には英語字幕をつけてくれて、とても親切でした。休日には一緒に買い物に行ったり、色んな場所に連れて行ってもらいました。その中で最も印象に残っているのは、Grouse Mountainで映画を観たことです。それはGrouse Mountain の山頂で開催される夏のイベントの1つであり、8月の毎週木曜日の夜に山頂で映画が上映されます。今年のイベントの最終日はハリーポッターでした。私がハリーポッターが好きなことを覚えていてくれて、山の上で映画を観に連れて行ってくれました。山の上で映画を観るのは初めての経験でしたが、映画よりもその場所から見える星空に圧倒され、ずっと空を眺めていました。夜空には、これまでに見たことがないほど輝く星々が広がっていて、人生で初めて肉眼であんなに綺麗な星空を見ました。Vancouverに行く機会があったら夜にGrouse Mountainに行くことを強くお勧めします。
   今回の留学を通して、学校でさまざまな国の人と交流する機会がありました。韓国、台湾、スイス、コロンビア、チリなど、出身国の異なるクラスメイトと接する中で、彼らの持つ豊かな個性と、しっかりと自分の考えを自信を持って発表する姿勢はとても印象的でした。私は内気な性格で自分の意見を主張するのが苦手でした。話している内容を理解することはできても、英語で自分の考えを表現することが大変で、単語量が十分でないと感じる場面が多くありました。1ヶ月の留学でスピーキング力が飛躍的に向上したわけではありませんが、リスニング力が大きく成長したと感じました。さまざまなアクセントやスピードの英語を毎日聞くことで、徐々に耳が慣れ、以前よりもスムーズに会話を理解できるようになりました。
   また、バンクーバーでワーキングホリデーをしてみたいと考えるようになりました。カナダの豊かな自然や多様な文化に触れ、その魅力に惹かれました。特に、バンクーバーの気候は私にとってとても過ごしやすく、日本の蒸し暑い気候とは違い、湿気が少なく涼しかったです。留学が終わり、日本に帰国した際、蒸し暑さに耐えられなかったほどです。今回の短期間の留学で、現地での生活や文化にさらに深く触れたいという思いが強くなりました。そのため、ワーキングホリデーを通じて、カナダで働きながら現地の生活をしっかり体験してみたいと考えています。

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ハレ=ヴィッテンベルク・マルチン・ルター大学

ハレ留学体験記
村串菜々子
ドイツ語・ヨーロッパ文化専攻3年
2023年10月~2024年7月

   私は2023年の10月から2024年の7月まで、ドイツのハレ大学という大学に留学をしました。ハレ大学はザクセン=アンハルト州にあり、ハレという街はそこまで大きい都市ではありませんが、ショッピングできる場所もあり、少し大通りから外れれば川が流れていて生活しやすいとても良い街だと思います。近くにはライプツィヒという大きな街もあるので、何か足りなければライプツィヒに買い物にいくことも出来ます。ハレでは街全体でお祭りが定期的に開催されていて、お祭りのときは夜遅くまで明るく音楽も大音量で流れていて普段の街とは想像もつかないようなお祭り騒ぎでとても面白いです。
   大学の授業は、ドイツ語と音声学の授業を頑張りました。その他にもドイツ語の方言の授業なども受けましたが、こっちの授業は留学生向けの授業ではないため聞き取るので精一杯でした。ドイツ語と音声学の授業は人数も少なく、留学生向けの授業だったので楽しく授業を受けられることが出来ました。ドイツ語の授業は留学生以外にも働きながら授業を受けに来る人もいて、すごく驚きました。授業はじめのほうは緊張していて、何を聞かれているのかや、どういう風に答えたら良いのかが分からなかったのですが先生や周りの人が優しく教えてくれたので授業になじみやすかったです。ドイツ語も分からない単語だらけでしたが例文を出してくれたり、他の似た単語を出してくれたりしたので理解出来ました。それでも分からない単語は家に帰って辞書やネットを頼って意味を調べたりしました。授業を重ねるうちに先生の言っていることも理解できるようになりました。特に音声学の授業はとても大変でした。冬セメスターのときは授業はじめに毎回先生から質問が出されました。私はそれがとても苦手でした。答えが浮かばなくて、みんなが答え終わってしまい私の番は最後になってしまうことが多くて、毎回焦っていました。この時間はセメスター中に改善できなくて、落ち込みました。春セメスターでも、音声学の授業を受けましたが先生が替わっていました。しかし、春セメスターでもアイスブレイクの時間が少しあり、そこでは少し緊張しましたが冬セメスターのときよりもスムーズに自分の回答に自信を持ちながら質問に答えられました。音声学の授業自体も春セメスターのほうが余裕が生まれていたと思います。授業の理解も冬セメスターのときより理解出来ていると感じます。また、自分の苦手な発音も分かりました。
   ハレにはJapan Stammtisch Halleという日本に興味があるドイツ人と交流できる集まりが定期的に行われています。カフェでお話したり、一緒にクッキーを焼いたりバーベキューをしたりしました。初めてスタムティッシュに参加して自己紹介したときは、名前の意味を教えてや漢字はどう書くのなど予想外の質問をされて戸惑いました。また自分の名前の意味をドイツ語で説明したことも無かったので、どう説明すればいいのかとても混乱しました。混乱しながらも、楽しく過ごしました。クリスマスの時期にはクッキーを作って一緒に食べました。ドイツの伝統的なお菓子のバニレキプフェルも作りましたが、なかなかお手本のような三日月型に出来なくて、ドイツ人に作るコツを聞いたら「ドイツ人だから」と返されてしまいました。一緒のタイミングでグリューワインも作ったのですが、グリューワインが簡単に作れるとは思っていなかったので驚きました。
   一番苦労したのは滞在許可証です。最初の1ヶ月は手続き関係がなかなか進まず、すごくモヤモヤしていました。私にはバディがいなかったので、分からないことがあっても聞ける人がいませんでした。しかし、スタムティッシュではドイツ人の他に日本人留学生もいたので滞在許可証などの手続きがなかなか進んでいなかったことの情報を聞くことが出来ました。滞在許可証を受け取るのには本当に苦労しました。住民登録はハレ大学を通して予約をして何事も無く手続きを済ませられましたが、滞在許可証の方は全く予約が出来ずにいました。1週間くらいは毎日メールを送ったりして、やっと返信が帰ってきました。そこからは順調に手続きを進めることが出来ました。滞在許可証が一番最後まで残った手続きのものだったので、滞在許可証を受け取れたときは安心しました。
   私は春セメスターからUniスポーツを始めました。Uniスポーツとは大学のサークルのような団体で、私はその中のバレーボールコースに参加しました。私が参加したコースはバレーボールの初心者向けのコースで毎週金曜日に開催していました。このコースにはバレーボールを教えてくださるコーチの方もいて、その方の指示で練習をしていました。私はてっきりサークル感覚でいたのでコーチの方がいることに少し驚き、学校の部活に近い感じでした。だからといって、そこまで厳しい練習ではなく、行けないときは行かなくても良かったので楽しく練習しました。バレーのコースはほとんど学生だったので、ドイツ語のクラスより友達を作りやすかったです。コースの最後の方では試合形式での練習も少しだけでき、得点が決まればみんなで喜んだりミスしたら悔しがったりして、みんな感情をしっかり表に出していて、一体感がありました。
   この留学で私は、自分自身を見直すとともに自己理解が深まったと思います。留学中は慣れない環境やトラブルでいっぱいでした。その度にどうにか対処しようと慌ててしまい、ミスをして落ち込みました。そのときに自分がどういうときにテンションがあがるのか、どういうときに落ち込むのかを考えるようになりました。自分がそのときに気づいていなかったようなことも分かり、あまり深く考えていなかったこともあったので、気づけて良かったなと感じています。こういったことに気づけたのも家族や先生、友人達がいてくれたおかげです。ドイツで過ごした10ヶ月はとても貴重な経験です。この経験をさせてもらえたことに感謝しかありません。

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CESバンクーバー

CESバンクーバー留学体験記
飯島雅斗
グローバルビジネス専攻1年
2024年8月

   今回バンクーバーでの留学体験は、私にとって非常に刺激的で、成長を感じる時間となりました。この経験を通じて、言語の壁を越えたコミュニケーション力、異文化理解、自己発見の機会を得ることができました。
   バンクーバーはその美しい自然と多文化的な社会で有名ですが、実際にそこに住んでみることで、教科書やガイドブックでは得られない貴重な学びがありました。まず、バンクーバーに到着した際、最初に感じたのは、その都市の自然と都会の調和でした。ダウンタウンにそびえる高層ビル群と、それを囲む雄大な山々や太平洋が織りなす風景は、言葉では表現しきれないほど美しく、毎日が新しい冒険のようでした。スタンレーパークやキャピラノ吊り橋、グランビルアイランドなど、観光名所だけでなく、街中の至る所に自然が溶け込んでおり、そこら辺の公園にいるだけでも気分が良く、都会の喧騒の中でも心を落ち着ける場所がたくさんありました。私自身、毎日よくハイキングやピクニックに出かけ、バンクーバーの自然を存分に楽しむことができました。
   次に、留学中に最も挑戦的だったのは、英語でのコミュニケーションです。バンクーバーは多文化都市であり、さまざまな国から来た人々が生活しています。またCESでの私のクラスの人達も、韓国、中国、台湾、ブラジル、スイス、スペイン、イタリア、チェコなど、世界中から集まってきた学生たちでした。それぞれが異なる文化や価値観を持っているため、最初はお互いの意見を理解し合うのが難しいと感じました。しかし、毎日の授業や共同プロジェクトを通じて、次第に自分の意見をしっかりと表現できるようになり、他者の意見を尊重しながらコミュニケーションを図ることができるようになりました。色んな国の言語を教えてもらったり、放課後一緒にどこか食べに行くほど仲良くなり、今では多少のミスがあっても、相手に伝えることができる自信がつきました。
   授業内容も非常に興味深いものでした。バンクーバーでは、英語の授業だけでなく、ビジネスやアート、環境学など、多岐にわたる分野のコースが提供されていました。私は特に、カナダのビジネス文化やリーダーシップに関する授業に興味を持ちました。これらの授業では、実際のビジネスシーンで使われる英語表現や、リーダーとしてのスキルを学ぶことができ、将来のキャリアに役立つ知識を得ることができました。また、授業ではディスカッションやプレゼンテーションの機会が多く、自分の考えを論理的に伝えるスキルも向上しました。
   バンクーバーでの生活は、学業だけでなく、日常生活においても多くの学びがありました。ホストファミリーとの生活は、カナダの家庭文化を直に感じる貴重な経験でした。ホストファミリーはとても親切で、私が慣れない生活に戸惑うことなく過ごせるよう、サポートしてくれました。彼らとの夕食の時間は、カナダの文化や歴史について話を聞く良い機会でしたし、彼らも日本について多くの質問をしてくれました。互いの文化を共有することで、深い絆が生まれ、家族のような関係を築くことができました。そして、沢山会話していく中で色んなオススメスポットも教えて貰えたり、段々と英語力が上がっていくのが実感出来ました。
   また、バンクーバーでの留学を通じて、多様性の大切さを学びました。バンクーバーは本当に多文化都市であり、街中ではさまざまな言語が飛び交い、異なる宗教や文化的背景を持つ人々が共存しています。この環境に身を置くことで、私は異なる価値観を尊重することの大切さを実感しました。例えば、クラスメートとのディスカッションでは、意見が合わないこともありましたが、それぞれの背景や経験を理解しようと努めることで、お互いに学び合うことができました。異文化理解は、単なる知識ではなく、実際の経験を通じて深まるものだと感じました。
   また、バンクーバーの街ではLGBTQ+について理解が深くバンクーバーはLGBTQ+コミュニティに対して非常に寛容で、多様性を尊重する都市です。特に「デイビー・ビレッジ」と呼ばれるエリアはLGBTQ+の人々が集まる地域で、カフェやバー、ショップが多くあり、プライドパレードも毎年盛大に開催されます。市全体がLGBTQ+フレンドリーであり、差別や偏見が少ないため、多くの人々が自分らしく生活しています。また、LGBTQ+に関するサポート団体やリソースも充実しており、安全でオープンな環境が整っています。
   留学期間中、私は自分自身についても多くのことを学びました。最初は不安や緊張が大きく、言葉の壁や異文化に対する戸惑いがありましたが、少しずつ自分のペースで生活を楽しむことができるようになりました。異国の地で自立して生活する経験は、自分に自信を持つきっかけとなり、これからの人生においても大きな財産になると感じています。また、困難な状況に直面した時に、自分で解決策を見つける力も養われました。例えば、最初の数週間は慣れない英語での手続きや生活に戸惑いましたが、その都度、自分で調べたり、周りの人に助けを求めたりすることで、次第にスムーズに生活を送れるようになりました。バンクーバーでの留学は、私にとって人生の転機となるような経験でした。本当に毎日が楽しくどこの写真を撮っても絵になるような素晴らしい街で写真を撮らない日はなかったくらい街の風景か最高な街で、新しい文化や人々と出会い、言語の壁を越えてコミュニケーションを取ることで、自分の視野が大きく広がりました。また、自分自身の成長を実感することができ、今後の目標や夢に向かって前進する勇気を得ることができました。バンクーバーでの経験を通じて得たスキルや知識は、これからの人生においても必ず役立つものだと思います。バンクーバーは本当に自分を大きく成長させてくれて最高の思い出を作ってくれました。
   最後に、留学を検討している方へ一言アドバイスをするならば、勇気を持って一歩踏み出すことです。最初は不安や緊張があるかもしれませんが、その先には多くの学びと成長が待っています。新しい環境に身を置くことで、今まで見えていなかったものが見えるようになり、人生の可能性が広がるでしょう。バンクーバーは、留学先として最適な場所であり、その多様な文化や美しい自然が、あなたの留学生活を豊かにしてくれること間違いありません。是非行ってみてください。

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CESバンクーバー

バンクーバー短期留学体験記
秋葉未知瑠
グローバルビジネス専攻3年
2024年8月

   私は、CESプログラムで1ヶ月カナダのバンクーバーに留学しました。この留学では、英語力の向上だけでなく様々な面で自分に自信をつけることができました。たったの1ヶ月という短い期間でしたが、人生で一番楽しく、濃い経験になったと思います。
   初めての海外で、留学前はたくさんの不安がありました。私は英語が得意ではなかったので特にホームステイについては、こんな自分がネイティブの人と生活できるのか、とても緊張していました。初めてホストファミリーに会った時、すごく優しく迎えてくれて安心したのとともに、会話が早く、何一つ聞き取ることができなくて「この1ヶ月自分は乗り越えられるのか」とさらに不安になりました。初日の夜は、ピザパーティーをしてくれました。そこで日本や自分についての話などたくさん会話をしましたが、拙い英語で、言葉が出てこなくても理解しようとしてくれて、すごく救われました。初日で、この1ヶ月で成長できるかどうかは自分次第だと、強く思いました。夕食は様々な美味しい料理を作ってくれて、毎日楽しみに帰宅していました。そして夕食の時間は唯一、家族全員が揃う時間だったので積極的に会話するようにしていました。留学前よりは、確実に英語を話すことも聞き取ることもできるようになったと感じています。何より、英語で話すことの恐怖心がなくなり、得意ではなかった英語も段々楽しいと思えるようになりました。小さい子供2人と犬と猫もいて、たくさん遊び、毎日癒され、とても充実した毎日を過ごしました。「もっと英語を話すことができれば、もっとホストファミリーと仲良くなれたのに」という悔しい思いが、日本に帰ってきても自分のモチベーションになっています。ホームステイか寮かを選べるとしたら、留学前の自分は即答で寮を選んでいたと思います。ですが、素敵な家族に出会えたことと、ホームステイでしか経験できない海外の生活を体験できたことは、日本が当たり前だった自分にとって、たくさんの学びと発見ばかりで面白かったです。
   学校は、台湾やスイス、チリ、ドイツなど他にも多くの国の方や、幅広い年代が集まる新鮮な環境でした。毎日9時から授業が始まり、午前は文法を中心に学習し、グループワークでは文法を活かした会話や、時々英語を使ったゲームなどをしました。午後の2クラスでは、それぞれリスニングとスピーキングの授業が60分ありました。自分のレベルに合わせてクラス分けがされたので、英語力に自信がなくても緊張せずに参加できました。先生も親切なので、分からないことはすぐに教えてくれて、授業を進める中で理解できたか何度も確認してくれたので置いていかれることがなく、参加しやすかったです。先生は明るい人が多く、休み時間には先生と生徒関係なくみんなでダンスをしたり卓球をしたりと、賑やかな空間で、海外のフランクな雰囲気を味わうこともできました。学校でできた友達と、スタンレーパークでサイクリングをしたり、リンキャニオンパークに行ったり、BCプレイスでラグビーを観戦したりなどたくさんの思い出を作ることができました。
   毎週金曜日には卒業式があり、仲良くなった友達が帰国していくことが毎回寂しく感じていました。学校で出会った人は、それぞれ自分のために頑張っている人ばかりで、すごく刺激されました。私が卒業した時には「日本に行くときは連絡するね」と言ってくれる友達もいて、これからも出会いを大切にしようと、より一層感じました。様々なバックグラウンドを持った人が集まる環境で、英語力向上だけでなく文化交流ができ、人の温かさをたくさん感じた学校生活でした。
   最後に、バンクーバーの生活環境について紹介します。バンクーバーは、自然と都会が融合した都市で、交通網も発展していて過ごしやすかったです。バスは、日本よりも運転は荒く、時刻通りに来ないことも度々ありました。日本ではバス降りるときはボタンを押しますが、バンクーバーのバスでは横にある黄色い紐を引っ張ります。最初はなんだろうと思っていた紐が、降車を伝える手段と知って驚きました。そしてバンクーバーでは、ホームレスの人を多く見かけます。ヘイスティングストリートという道は特に危険です。ホームレスの人に話しかけられても無視することが一番だと思います。それに伴って、この留学で一番嫌だったことは、異臭がすごかったことです。ホームレスの人が大麻をやっている匂いなのか、煙草の匂いなのかわかりませんが、時々する異臭がとても辛かったです。日本よりバンクーバーの方がはるかにゴミ箱の数は多いのに、街にはゴミがたくさん広がっていたりホームレスがその辺で寝ていたりする光景は何度も目にしました。日本の衛生環境は、海外に比べるととても綺麗だと感心しました。
   バンクーバーのいいところは、人柄が本当に優しい人が多かったことです。例えば会計の時に、小銭が分からなくても嫌な顔せず教えてくれたり、レストランに行ったときは必ず「楽しんでね!」と言ってくれる文化にとても心が暖かくなりました。一番印象に残っているのは、イングリッシュベイという海辺で友達とビーチバレーをしていた時に、周りにいた現地の人たちがたくさん集まってきて、最終的にスペインや韓国の人など約10人でビーチバレーを楽しみました。言葉が通じなくても一緒に楽しむことができたこの経験は、日本ではできないと思います。日本人の友達とレストランに行き、食べ終わった食器をまとめていると店員さんから「日本人?」と聞かれたときは、日本人として少し誇りに思えました。当たり前にやったことが、言葉にして伝えられとき初めて気づくことも多くあり、海外の伝えるというような文化はとてもいいなと感じました。
   日本でしか生活したことがなかった私が、海外で生活したことによって、海外と日本の良い部分も悪い部分もたくさんの発見がありました。多くの人と関わることができたこの1ヶ月は、間違いなく英語力だけでなく、今後の自分の大きなモチベーションにもなりました。これからも自分が成長できるようにこの経験を忘れず、努力していきたいです。

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イェーナ・フリードリヒ・シラー大学

イェーナ大学留学体験記
高橋陽凪詩
ドイツ語・ヨーロッパ文化専攻3年
2023年10月~2024年7月

   私は2023年10月から2024年8月までドイツ、イェーナ大学に留学をしました。約11か月の間、私が経験したことをこの体験記に書いていこうと思います。
   10月上旬イェーナに到着してから数週間は、銀行口座開設、健康保険の契約、住民登録、学生登録などの対面で行う登録、手続きが多く、バタバタしていたような気がします。そしてATSプログラムの授業を受けるためには、授業のレベル別クラス分けテストがありました。筆記と口頭試験です。結果は一番下のクラス、M1でした。そして10月中旬から授業が始まりましたが、私にとっては、どの授業も難しく感じました。授業中は電子辞書やスマホが手放せなかったです。授業中に使う教材は基本的にプリントがほとんどでした。私は語学センターの授業も取っていたのですが、教科書を買う必要があり、本屋で買うことが出来ます。
   家のことについて少し書こうと思います。私はすこし町から離れた学生寮に住んでいました。2人部屋で、個人部屋がそれぞれにあり、共有スペースはキッチン、トイレ・バスルームが別々でありました。寮からほぼ徒歩5分圏内にトラムの駅があり、それから食料品、日用品、生活雑貨が入手できるお店があります。町の中心に出るまでは、トラムで20分ぐらいかかり、町に出てそこから徒歩で大学の校舎や、買い物などに行っていました。ドイツでは日曜日は大体のお店は閉まっており、土曜の夕方に食料品を買いに行くと野菜・お肉売り場はほとんど品切れていることが多かったです。
   この生活に慣れてきたころには、寒さが深まり、12月にはマイナス気温の日々が多かったように感じます。ちょうどクリスマスマーケットが開催している時期は、とても寒かったです。しかし夜はとても夜空が綺麗で、はっきりと星を眺めることができます。流れ星も見れていたりもしました。しかし寒空のもとクリスマスマーケットや天体観測を楽しんでいた私は体調を崩し高熱が出てしまい、一緒の建物に住んでいる友達や近所に住んでいる友達に助けてもらいました。一度風邪を引くと、私の場合は鼻水が止まらなくて完全に治るまでは1か月ぐらいかかりました。鼻水の薬を薬局に買いに行った時、スプレータイプしかなかったので、スプレータイプが苦手な方は鼻水に効く飲み薬を持って行った方がいいです。それから普段、風邪をひかない人でも、多めに総合風邪薬等を持っていくことをお勧めします。
   風邪が治りきった頃には、冬休みに入り年末年始を迎え友達とベルリンの年越しカウントダウンに行きました。年越しはまだなのに、駅の外ではすでに花火が打ちあがっており、もう年越しをしたかのような雰囲気でした。カウントダウンの花火を見終わって早朝にイェーナに戻ってきたとき、道路や歩道は花火の燃えカスがいたるところに散らかっていて、ここでもたくさんの花火が上がっていたのだなと思いました。
   冬休みが終わり、1月下旬には学期末テストが待っていました。テストは筆記試験がほとんどで、授業で取り扱った内容ばかりでした。発音の授業だけはオンラインテストでテスト時間内、録音課題を提出する感じでした。
   学期末テストが終わり、2月上旬には春休みが始まりました。ちなみに春休みは2か月弱あるのですが、私は滞在許可証を受け取るまでに時間がかかり、国外に出かけたりすることが出来ませんでした。10月の下旬には申請を出したのですが、滞在許可証を受け取れたのは、2月の下旬でした。その間に仮滞在許可証を申請すればもらうことが出来るようです。しかし友達曰く、仮滞在許可証に13ユーロの費用がかかり、滞在許可証の費用も含め113ユーロかかったと言っていました。(滞在許可証の費用は100ユーロです。)それから帰国する時に出国審査で滞在許可証の提示が求められました。
   3月にはベルリンフィルハーモニーを鑑賞しに行きました。2時間ほどの公演でしたがとても満足しました。それからドレスデンにも足を運びました。その月はストライキが多くて大変でした。旅行先のトラムがすべて止まっていたりしていて、行きたかった所にはいくことができなかったりもしました。しかし歩いて町を見てみると、とても歴史を感じるような建物も見ることが出来たりもしました。イェーナもトラムやバスがストライキしていることもしばしばありました。冬学期の間はたびたびストライキをしていることが多かった感じがしました。
   4月上旬には新学期が始まり、クラスが自動的に上がりM2になりました(M1の1個上のクラス)。授業が格段と難しくなり、ついていくのがとても辛かったです。意味が分からない単語だらけのプリントをみるだけでその授業に参加しているのが辛かったです。幸いにも、優しいクラスメイトが、ひっそり英語で教えてくれて、分かりやすいドイツ語にも言い換えてくれて助けてもらってばかりでした。そんな中、息抜きがてらに週に一回の集まりであるJapan Stammtischに毎週のように通っていた時もありました。その時間が夏学期のなかでは一番楽しい時だったと思います。Japan Stammtischのイベントで、州内にある日本庭園に行って花見をしながら談笑して、とても楽しかったです。
   6月は旅行をほぼ毎週のようにしていました。私はJapan Tagというイベントのボランティア活動に参加しました。そのために前乗りして、イェーナからケルンまで直通のICEで約7時間かけていきました。せっかくなのでケルン、ボン、ドルトムントに観光をしてきました。次の日イベントでは私は折り紙の折り方などを子供から大人まで教えました。子供らに「折り紙する?」と声かけたとき「する!」と返事をくれた時は嬉しかったです。子供には手裏剣が大人気でした。この日は今まで以上にドイツ語を喋った日なのではないかと思うくらい頭を使ったような気がしましたが、とてもいい経験になったと思います。6月末には学期末テストがやってきました。学期末テストは冬学期同様に同じような形でテストが行われました。
テストが終わり7月に夏休みが始まりました。夏休みに、幼稚園でインターンシップをしようと準備をしていたのですが、麻疹のワクチン接種証明書などが必要で、書類の準備できなくて、断念しました。インターンシップ先の幼稚園などによって証明書が必要なのか変わってくるのですが、幼稚園でのインターンシップをするか考えている方は麻疹のワクチン接種証明書を準備しておくといいかもしれません。
   夏休みに入ってからフランクフルトとミュンヘンに観光にいきました。友達を見送りにフランクフルト空港に行き、そのあと鉄の橋と呼ばれるEiserner Stag、それから教会と広場にも行きました。そして別の日に、友達とミュンヘンに観光に行き、たくさんの宮殿や教会を巡りました。中でもSchloss NymphenburgとAsamkircheはとても装飾が綺麗でした。
   いよいよ帰国する日が近づいて、空港に向かう電車に乗るとき荷物が重くて一人で持ち上げられなくて、周りの人たちが助けてくれました。そして空港まで手伝いに来てくれた友達にも感謝の気持ちでいっぱいです。
   この11か月は長く感じましたが、家族、友達、先生方、一緒に授業を受けた子達に助けられながらもこの留学を終えることが出来ました。日本では体験できないようなことをたくさん経験することができたように思えます。この経験をこれからの人生に生かしていけるように勉強などに励みたいと思います。ありがとうございました。この体験記が、これから留学に行く方、留学に行くか考えていえる方への参考になればと思います。   

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ランガラ・カレッジ

ランガラ留学体験記<この6ヶ月間は私の宝物>
片岡くらら
英語・リベラルアーツ専攻4年
2024年2月~8月

   私は二月から八月までの約6ヶ月間、バンクーバーにあるランガラ・カレッジのLEAPプログラムで英語を学ぶために留学をしました。この半年の生活を通して留学前と留学後のカナダの印象が変わった点、期待していた通りの点、様々あります。しかし一番に伝えたいことは、自分が想像していた以上に、ホストファミリーとここで出会った仲間と共に、多くの素敵な思い出と幸せな時間を過ごせたということです。私はそんな私の約半年のバンクーバーでの生活をほんの少しではありますが綴ろうと思います。

 まず初めに、私が通っていたランガラ・カレッジについてです。LEAPプログラムは8つのレベルに分けられてすすみます。授業の始まる数週間前にオンラインでクラス分けテストを受けてそれぞれのレベルに分けられる仕組みです。麗澤のように少人数クラスで、人数は約11人から15人程度です。授業の時間は20分間の休憩を合わせて4時間と短く、8:30から12:30の午前授業、12:30から16:30までの午後授業があります。セッションによって時間は違いますが、午前クラスだと午後に遊びに行ったり、宿題を終わらせたり時間が十分に確保できるので、充実感があって好きでした。休憩時間中はクラスによってもちろん雰囲気は違いますが、幸運なことに私のクラスは非常に雰囲気がよく、20分間が短く感じるほど会話を楽しんで過ごしていました。
   LEAPの授業内容はRWWの内容と似ていて基本的にReading、 Writing、 listeningのacademic skillを学びます。特に、Writingは麗澤で学んだこととほぼ同じだったので、麗澤で学んだことを活かすことができました。Speakingスキルは毎日のグループディスカッションの他に、1セッション最低一度は組み込まれる個人かグループでプレゼンテーション(ポスターやパワーポイント作成)をすることで身につけることができます。プレゼン準備は放課後か週末に仲間と時間をつくってすることが多いです。宿題は毎日しっかり出ます。ほぼ宿題はペーパーなので、私的にはありがたいです。
   クラスメイトは様々な国から移住・留学してきた10代から40代のママやパパの人たちまで、LEAPには沢山います。みんなの国、文化、言語の話もしますし、嬉しかったことは日本の話になるとみんな凄く楽しそうに話してくれたことです(笑)。セッションの最終日に毎回ファイナルテストがあり、次のセッションに向けてその後約1週間のバケーションがあります。

   次にホストファミリーに関してです。私のホストファミリーはフィリピーノ(60代後半)の素敵なご夫婦でした。本当に幸運だなと思うほど素敵な人柄で、留学後も頻繁に連絡を取り合っているほど本当の娘のように大切にしてくれています。今まで日本人留学生をたくさん持っていたこともあって、日本に非常に興味のある二人は日本語も少しずつ勉強していたので、私が日本語を教える場面もありました。パパとママが多趣味であるおかげで様々なアクティビティーを一緒に楽しみました。夜はNetflixで韓国ドラマか洋画を一緒に鑑賞、毎週金曜日は外食(パパが”no burger no life”なので大抵ファストフードディナー☆)をすることが私たちの習慣でした。週末は一緒にドライブをしたり、スポーツをしたり、ピクニックをしたり、ママとデートをしたり、他にもたくさんのところに連れて行ってくれました。バケーション中には旅行にも連れて行ってくれて、沢山の楽しい・幸せな時間を一緒に過ごしました。旅行だけでなく、本当に沢山のことを経験させてくれた二人に感謝をする日々でした。そして、恐らく留学を考えている人全員が心配であるホストファミリーの食事については、ママから料理を教わったほど大好きで本当に美味しいです(笑)。二人がフィリピーノということもあり、白米が主食(たまに麺類)、おかずは親近感のある感じだったので、日本食が恋しく思うことに変わりありませんが、ただ美味しかったです。また、二人は娘が2人と孫が4人と大家族で、誰かの誕生日はお祝い事には家族全員でディナーをするという素敵な行事が頻繁にありました。子ども達は頻繁に二人の家に遊びに来るので少なくとも週に一度は4人の天使達と会っていました。みんな会うたびに名前を呼んで飛びついてきてくれて、ただただ可愛くて仕方がないです・・・。子ども達だけではなく、全員が暖かい人たちで、とにかく素敵な家族です。
   次に休日の過ごし方についてです。休日・放課後は宿題・プレゼン準備を終わらせることが一つ。そして基本的にホストファミリー、クラスメイト、現地でできた友達と一緒に時間を過ごしていました。ピクニックをしたり、フェリーに乗って離島に遊びに行ったり、海に行ってチルしたり、自然を楽しんたり、ダウンタウンやメインストリートでお買い物を楽しんだり、ここにはたくさんの選択肢がありました。1回目のバケーションでシアトルに行く予定だったのですが、ESTA(アメリカ入国許可)を事前に取っていなかったため、残念ながら入国ができませんでした。次のバケーション中はしっかりESTAを取得したのでホストファミリーがNew Jerseyに4泊5日で連れて行ってくれました。パパとママの友達がそこに住んでいるので、その家に滞在してその人たちと一緒にNew JerseyとNew Yorkを観光しました。シニア6人と私での観光だったので、パパ達に「くらら、シニア修学旅行の引率みたい」って言われました(笑)。 みんな本当に愉快で凄く楽しかったです。他にもバンクーバーには素敵なカフェが沢山あります。いろんな国の食べ物が充実しているのも良い点です。ホリデーにはフェスティバルもあったりします。ボランティアをする機会もあります。私は夏に行われた花火大会のボランティアをしました。英語でいろんな人と話す楽しさを改めて感じました。

   最後にバンクーバー、リッチモンドの環境についてです。交通機関は日本より便利だと感じます。例えば、深夜まで電車、いくつかのバスが運営していたり、どこでもバスを見つけることができたり、車がなくても移動手段があるので基本どこでもいけました。カナダと聞くと安全の国で、自然があって、という風に想像する方が多いかもしれません。実際、自然は本当にそうで、野生のリスやウサギは頻繁に、鹿やタヌキ、クマやコヨーテまで見ることがありました。素敵なビーチや公園が沢山ありますし、ハイキングスポットもあって、特に夏は本当に最高でした。しかしダウンタウンに行けば、特に夜は東京よりも治安が悪いです。マリファナの臭い、ホームレスの人々、薬物使用者は普通にいます。夜に家まで一人で歩くことに不安を感じることもありました。でも私はダウンタウンも楽しめて、ビーチやハイキングなど毎日自然にも触れることができたことが嬉しかったです。山・水・都会、全てあるこのバンクーバーの環境が私は好きでした。金銭面は日本より少し高いと言うほどだと思います。ラーメンなどの日本食は本当に高いです。春は雨がほとんどでしたが桜が咲いていて綺麗でした。夏の公園には花がさらに増えて綺麗です。夜9時から10時でやっと空が暗くなり、天気はほぼ毎日晴天で最高でした。

   この6ヶ月間で英語力をつけるだけでなく、一人の人として成長できたと思います。それは、日本では経験できないような素晴らしい体験と景色、人々との出会いがあったからだと思います。人生としてみると6ヶ月は本当に少しの期間ですが、その期間で得たもの、交わした言葉、見た景色は一生分の宝物になります。私はバンクーバーにもう一つ大切な家族ができました。本当に幸せな留学生活でした。全ての人に感謝をしています。

   現在留学に行くか迷っている人へ、日本でみる世界と日本の外でみる世界は100違います。どの国に行ってもきっとそれは変わりません。素敵なことも悲しい現実も含めて、そこで感じたもの、自分の目で見ることに計り知れない価値があると思います。その国で、綺麗だと感じた瞬間を逃さずに、その時の幸せを噛み締めて、チャンスを逃さず、留学を楽しんでいただきたいです。

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CESバンクーバー

バンクーバーの魅力とは?
持山キアヌ
グローバルビジネス専攻1年
2024年8月

   僕の人生の中でバンクーバーに行くのは今回が初めてでした。最初は少し不安がありましたが、生活していくうちにそんなことも忘れて、充実した生活を送っていました。バンクーバーの空港に飛行機で向かう時に、バンクーバーは多文化社会と聞いていたのですが、それにも関わらずカナダ人の人達がほとんどで、やっぱりそんな多文化社会じゃなくて、日本とあまり変わらないのかと思っていました。しかし、いざバンクーバーに着いてホームステイの場所に行くと、本当に色んな国々の人達が住んでいて、色んな言語が聞こえてきたり、面白く、変わった人達を見る事ができてとても嬉しく、新しい発見だと自分は思いました。なぜならば日本では外国人と交流したいのであれば、外国人が行くような場所に行かないとなかなか家の周りにはあまりいないからです。ですがカナダでは隣の人達や街中を歩いてるだけで色んな人達と交流できます。カナダに留学するに当たって感じたことは、やっぱり英語を喋れるか喋れないかで楽しさは圧倒的に変わってくるなと思いました。自分は比較的に英語が喋れるので友達作りには全く困りませんでした。そして英語を少しできるだけでもトラブルに巻き込まれた時一人で解決することできるなと感じました。
   例えば、僕はカナダでコンパスカードという交通機関に使われるカードを1ヶ月分買って、乗り放題なはずだったんですけど、ある日の朝学校に向かう時にネガティブバランスと書かれていてバスに乗る時にタッチすることができず、困っていました。しかし、バスの運転者に聞いてみたら多分他のゾーンや駅で乗る時にちゃんとタッチできていないと乗り放題でも追加料金が取られると言われ、納得しました。そして支払い方も教えて貰い、一人でコンパスカードを取り扱う機械に支払いに行き、自分で解決することが出来ました。これは英語が少しでも喋れたからすぐ解決したのかなって感じました。
   ホームステイでは僕はホームステイした事がなくとてもワクワクしていました。なぜならば僕は経験出来ないことを経験することが好きで、ホストファミリーの人と話すのが楽しみでした。ホームステイではホストファミリーの人が朝と夜にご飯作ってくれ、ランチは自分で食べるというプランでした。なのでランチは時々節約して自分で作ったサンドウィッチなどを学校に持って行ったり果物をスーパーでは買って安く済ませたりしていました。カナダは何よりフードにとてもお金がかかるので、ランチだけでも普通に2000円を超えることがほとんどです。日本じゃありえない値段だと思いますが。ホストファミリーの朝と夜のご飯があるだけでもとても節約になったので良かったです。何よりも今回の経験で親が毎日作ってくれるご飯のありがたさに改めて気付かされました。そしてもちろんホームステイは部屋を借りるだけなので自分のことは自分でやらなきゃいけないし、問題解決、買い物などすべて自分でやらなきゃいけなかったのでとてもいい経験になったと今でも感じます。
  学校は思ったよりも大きく、生徒の数も思ったよりも圧倒的に多く、色んな国の人が英語を学びに来てるんだなって改めて感じさせられました。そして何より色んな国の人がいることによって交流が沢山でき、その国の文化や日本との違いなどを沢山話し合いながら仲を深めるとこがとても楽しかったです。前より外国人の友達が沢山でき、たくさん英語を使う場面が増えました。クラスなどが沢山あり、先生たちが自分に一番あった授業、カリキュラムを組んでくれ、自分のレベルにあった授業を受けることができ、そして毎週テストがあり、それで自分のレベルがあがったかどうかわかり、1個上のレベルのクラスに上がったり、自分がそのクラスのレベルにステイすることも可能です。学校の宿題はクラスのレベルよって違い、ある時もあればない時もありました。毎日ある訳ではなかったです。
   そしてCESの何よりも楽しみなことは放課後にあるアクティビティーです。なぜならば毎日やるアクティビティーが変わり、毎日行く場所が変わるので行ったことがないところもいけるし、友達と喋りながら仲を深められるところが一番の魅力です。アクティビティーは基本無料ですが、お金がかかるアクティビティーもあるので行きたくないのであれば行かなくても大丈夫です。アクティビティーは基本任意って感じだったので自分的にはとてもいいなって思いました。
   次にカナダの治安について感じたことは、カナダは確かに日本に比べると夜は治安が悪いがバンクーバー自体はそこまで治安が悪くなく、比較的に安全なので日本人が行っても問題なく、あまり心配せずにまわれると思います。実際自分がバンクーバーやビクトリアにいた時沢山の日本人の学生や実際にそこに住んでる人も沢山おり、日本人が思うほどバンクーバーは治安が悪くないので自分的にはとても嬉しかったです。ですが、チャイナタウンのところやガスタウンのイースト側に少し進むと、治安というよりホームレスが沢山道路にいるのでそこだけは日本人だけじゃなく、外国人の人々も避けるようにした方がいいと思いました。実際現地の人たちもそこだけは行かないようにしていることを聞きましたので、もし日本人でバンクーバーに訪れた際にそこの場所を知っておくと、後々事件などに巻き込まれにくくなるなと個人的に感じました。
   最後にカナダで留学を終え思ったことは自分の価値観や考え方が色々変わり、視野がとても広くなるなって思いました。何故ならばカナダは多文化主義の国であり、色んな人と会話をし、沢山の友達を作って一緒に過ごすことでその関わってきた人間から沢山の学びを得ることができ、留学しないよりも絶対に留学をした方が自分の将来のなにかに役立ち、その経験がいつかは自分の利益になるなと感じました。そして留学をしていると人としていないとの間ではこのグローバル化の中で大きな差が着くと感じました。改めて留学を終え、日本にいても沢山の外国人の人々と関わって行きたないと思いました。  

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CESバンクーバー

カナダ短期留学について
蒲生玲奈
グローバルビジネス専攻1年
2024年8月

   今回のカナダ留学を通して、私は多くの文化の中でともに共生していく能力を得ました。また、たくさんのアクティビティーやクラスメイトとの活動を通して、自分とは違う文化で生活してきた人達と仲良くなることができなした。四週間という時間は最初友達を作るには短すぎると感じ、この環境にどう対応していくかが大きな課題だと感じていました。しかし、ともに授業を受け、生活をしていく人たちはとても温かく、英語もうまく話せず、自分が伝えたいことも十分に伝えられない私の話を、一生懸命理解しようとして、いつも私を会話の輪に入れてくれました。毎週代わる代わるいろいろな人たちが卒業し、入学してくるので、私は、今までみんなが私にしてくれたように積極的に話しかけたり、たくさんの時間を一緒に過ごすようにしました。
   学校のアクティビティーでは、今まであまり興味のなかったことでも参加してみようと、いろいろなとこに行きました。そのおかげで気づかなかったことや知らなかったことを知ることができてとてもいい経験になりました。私の中で一番思い出に残っているのはクラスメイトのみんなと企画して出かけた一泊二日の旅行です。宿代が日本の倍以上したり、ご飯の後のチップ文化に翻弄されたり…そのたびに私の友達は私を助けてくれたり、手伝ったりしてくれて、とてもうれしかったです。私もお返しができるように私のできることは最大限頑張ろうと心から思うことができました。
   クラスのみんなから受ける刺激はとてもたくさんあり、自分がいかに日本に住むことに慣れていたか気づかされました。食文化も私にとっては大きな違いでした。例えば、日本では、朝もお昼も温かいご飯が出たり、お弁当をたべることのほうが多かったですが、カナダでは朝と昼は軽く済ませ、早めの夕食を家族みんなで食べるという形態をとっている家が多いです。この習慣になってから、家族との時間を過ごせるのが、夜ご飯の時間なので私はそこだけは何としてでも時間を確保しようと思うことができ、一堂に集まることが少ないからこそ、家族のことをより大切にできると感じたので、とてもいいシステムだなと思いました。
   ホストファミリーともたくさんの場所に出かけました。子供たちとも一緒にサイクリングに行ったり、アイスクリームを一緒に食べたり…家にいるときはボードゲームやカードゲームをして、日本にないものや、知らないものを子供たちとつたない英語をお互い使いながら、コミュニケーションをとることができました。両親の方がたとは、一緒に買い物に行ったり、出かけたりと、とてもいい時間を過ごすことができました。
   ここからは、日本とカナダとの違いについて述べていこうと思います。まず、私が最初に感じたのは、公共交通機関の違いです。日本では一般的に、複数の交通機関のカードに都度チャージして利用します。しかし、カナダの公共交通機関では、コンパスカードというカードに一定額チャージしたり、その都度払ったりしながら利用します。使い方は日本とほとんど変わらないのですが、日本と大きく異なる点が何点かあり、その中で私が一番驚いたのは、ゾーンでの区切りです。バンクーバー周辺は大きく三区画にわかれており、そのゾーン内での料金は統一されています。私はこの制度がとても便利だなと感じました。なぜなら、ゾーン内が広く、一つ買っておくだけでいろいろなところに行くことができ、出かけるたびに交通費のことを考えずに済んでとてもストレスフリーだなと感じたからです。さらに、一区画分買っておけば、シーバスも電車もバスもその区間内では90分以内であれば乗り放題で大変便利です。日本もこのようなシステムを普及させることができれば、海外からの観光客がチャージに手間取って急いでいる人たちの邪魔になってしまうことを防いだり、日本に住んでいる人でも定期で購入してある区画なら自由に行き来できるようになり、生活の選択肢が広まってより一層日常を充実させられるのではないかと感じました。
   しかし、この交通システムの中で不満に感じたこともありました。一つは電車に特急や準急といった概念がないため、毎回各駅停車で乗らなければならず、時間がより一層かかってしまう点です。二つ目はバスの頻度少ないことです。バスに関しては基本ずっと混んでいてひどい時だと、並んでいたら乗れずにさらに10分待つことになります。これが帰りの電車ならまだ寛容になれるものなのですが、これが朝起きているから問題なのです。日本と時間感覚はあまり変わらず、特別遅刻に寛容なわけでもないので、個人的にこの問題は死活問題でした。私の場合、時間通りのバスに乗れると、授業の始まる30分前には到着することができます。しかし、一本逃して次の便になると到着時刻は、授業の始まる5分前の到着になります。学校の友達と英語で会話をすることに積極的に取り組んでいた私にとって、この25分を失うことは大きな痛手でした。毎日バスを利用している人はたくさんいるので、5分ペースにしても売り上げに支障は出ないのではないのかとも感じました。
   次に述べたいのは日本人なら嫌いな人はいないであろうお風呂と衛生観念の話です。
日本はお風呂の文化が他国に比べて大きく花開いた国です。私はカナダに来て生活をして初めてそのことを痛感しました。まず、カナダでは湯舟がシャワーの真下にあります。形は湯舟ですが、おそらくそばにあるトイレに浸水させないためのものなのでしょう。そして湯舟につかれなくなったことで湯舟のありがたみと自分のお風呂へのこだわりの強さを改めて感じることができます。まず湯舟につかれなかったことにより私が感じた体の変化は、体をしっかり温めることが難しいので今まで経験してこなかった深刻な湯冷めに襲われます。カナダの朝晩は冷え込むのでそれがより一層深刻になります。体調を崩すと何かと面倒なのに体調を何度も崩しそうになりました。そこで私は、寝るときはもしも耐え難い寒さに襲われた時用に持ってきていたパーカーを部屋で着る部屋着にし、すぐに髪の毛を乾かし、蒸しタオルで首と足を温めるという真冬並みの防寒対策をしました。朝晩は本当に夏なのかと軽く疑えるくらいに極寒だったことを覚えています。蒸しタオルに関してはカナダに来て初めて作りました。あれはとても優秀です。時間がたつと気化熱で温かいとは真逆の冷えタオルが誕生するので、ケチらずにたくさん一度に蒸しておくことが大切です。
   さらにヴィクトリアアイランドに1泊2日の旅行に行ったときに友達が1泊約2万円のホテルをとってくれた時はさすがに大きなお風呂とユニットバスじゃないことに期待に胸を大きく膨らませながらルンルンでチェックインしましたが、部屋に入った時の部屋の狭さと家の方が大きいお風呂に絶望したこともいい思い出です。その日の夜は湯舟につかると心に決めていたので浅いバスタブに精一杯お湯をためてつかりました。座られることを前提に作られていないバスタブの底は滑り止め加工でざらざらしていました。それでも湯舟の効果は絶大で、その日は蒸しタオルを蒸さなくても快適でした。ちなみにその日の夜、隣か下の階が爆音で音楽を流していてクラブ状態で強烈な低音を自分たちの部屋で感じながらもしっかり寝られたので効果は抜群だったのでしょう。
   そして衛生観念の話です。カナダに来て本当に痛感しました。いたるところにゴミ箱が設置されているのですが、この世のものとは思えない異臭をどれも放っています。香ばしいような発酵しているような酸っぱいような匂いです。この上なく不快です。覚悟しておいた方がいいぞとこれからカナダに行く人に伝えたいなと思いました。しかもバンクーバーでもよくホームレスを見かけました。彼らはより一層わけのわからない香りを漂わせていました。お風呂にせめてはいれるようにしてあげてほしいなと強く思いました。基本的には体調不良になりそうなほどのいい香りか、ごみのにおいの二択しかないのだなと改めてかんじました。日本の衛生観念は確かに感心させられるものがあるなと思いました。日本に帰ったら銭湯に行くことが帰国前の目標でした。
   まだ報告したいことはたくさんあるのですが、これ以上はただのエッセイになってしまうので日本とカナダの違いを示して終わろうと思います。この報告書が少しでもこれから留学する予定の方々の役に立つことを願っています。

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南イリノイ大学

南イリノイ大学体験記
長谷川凜
英語コミュニケーション専攻4年
2024年3月~8月

   私は2024年3月から8月までの5ヶ月間、南イリノイ大学のCESLというプログラムで英語を学びました。この期間は本当にあっという間で、さまざまな経験を通じて自分が大きく成長できたと感じています。
   まず、CESLでの授業について紹介します。私はCESLで3ターム分の授業を受けました。1ターム目は、Grammarの授業が1コマ、Listenig&Speakingの授業が1コマ、そしてIntegrated Skills Coreの授業が2コマありました。午前9時から午後2時までで、1コマ50分の授業です。2ターム目には、Community Engagementというプログラムに参加しました。このプログラムでは、農園での野菜の収穫や草取り、施設でのイベント、子供たちに各国の文化を紹介するイベント、レストランでの接客など、さまざまなボランティア活動に参加しました。1ターム目と3ターム目は、英語のレベルに応じてクラスが分かれていましたが、Community Engagementでは、英語のレベルに関係なくクラス分けが行われます。授業ではディスカッションの機会が多く、ついていくのが大変でした。3ターム目も1ターム目と同様に、Grammarの授業が1コマ、Listenig&Speakingの授業が1コマ、Integrated Skills Coreの授業が2コマありました。
    また、CESLでは、教室外で英語を実践できるさまざまなプログラムが提供されています。特に印象に残っているのは、Conversation Partnerという制度です。この制度では、英語を学んでいる留学生と、英語を母語とする現地の学生がペアになり、定期的に交流することができます。パートナー同士は週に1回程度会い、会話を楽しんだり、さまざまな活動を行ったりしました。私の場合、Conversation Partnerと一緒にショッピングをしたり、カフェに行ったり、ドライブに行ったりと楽しい時間を過ごすことができました。また、毎週開催されるCoffee Hourというイベントにも参加していました。このイベントでは、留学生や現地の学生、先生たちが集まり、お茶やコーヒーを飲みながら自由に会話を楽しみながらネイティブが使う自然な表現を学ぶことができるいい機会だったと思います。
    次に生活面についてお話しします。私は留学中、学校から歩いて10分ほどの場所にあるAmbassador Hallという寮で生活していました。寮は一人部屋で、トイレとシャワーは隣の部屋の人と共同で使用していました。キッチンは全員で共同利用です。初めての寮生活ということもあり、最初は戸惑うことも多かったですが、友達が同じ寮に住んでいたこともあり、とても心強かったです。寮生活では、他の国の方と接する機会が多かったため、楽しい時間が多くありました。生活用品は主にWalmartで購入していました。Walmartに行けば必要なものをほとんど揃えることができます。Walmartの近くには洋服屋さんや飲食店、ホームセンター、映画館もあり、よく利用していました。また、Walmartの近くにあるAldiというスーパーもおすすめです。Aldiは主に食品を扱っており、Walmartよりも小さいですが、安く食材を購入することができます。買い物に行く際は1時間に1本出ているバスを利用します。バスは日本と比べると揺れが激しく、最初はバス酔いすることもありました。学校の施設も非常に充実しており、スターバックスやサブウェイなどの飲食店のほか、ゲームセンターやボーリング場もあります。さらに、ジムも無料で利用することができました。
   次に、留学中に楽しかったことについてお話しします。さまざまな国の文化を体験できたことが特に印象に残っています。コロンビア人の友達ができたり、コロンビア人の先生がいたこともあり、留学中は特にコロンビアの文化に触れる機会が多くありました。コロンビアの文化や食べ物、伝統的な踊りなど、さまざまなことを学ぶことができました。また一緒に生活していく中でコロンビア人はダンスが好きな人が多い印象を受けました。その影響で留学中はコロンビアのダンスを踊る機会が多かったです。今では音楽が流れるとステップを踏めるほどになりました。日本では人前でダンスをする機会がほとんどなかったため、最初は恥ずかしかったですが、今では思いっきり楽しめるようになりました。コロンビアのダンスが大好きです。
   最後に、留学中に大変だったことについてお話しします。特に大変だったのは旅行中での出来事です。CESLでは1ターム目と2ターム目の間に2週間ほどの休みがあり、私はその期間に友達と旅行に出かけました。まず、旅行の計画を立てることが非常に大変でした。慣れない土地ということもあり、旅行のプランを立てたり、飛行機や電車、ホテルを予約するのは一苦労でした。次に印象に残っているのは、電車を利用した際の出来事です。初日に電車を乗り間違えて、全く違う駅に到着してしまいました。調べても解決策がわからず、駅員さんや周りの人に尋ねましたが、システムが日本と異なっていることや英語を聞き取るのが難しかったこともあり、とても苦労しました。それでも何とか電車を乗り継いで、無事にホテルに辿り着くことができました。大変なこともありましたが、この旅行は本当に本当に楽しくて、忘れられない思い出になりました。
    この5ヶ月間は毎日がとても充実していて、まるで夢のようでした。留学を通じて多くの人々と出会い、さまざまな貴重な経験を積むことで、自分自身が大きく成長できたと実感しています。初めての海外生活では大変なこともたくさんありましたが、それを乗り越えることで多くのことを学び、以前よりも自信がつきました。家族、友達、先生方の支えがあったからこそ無事に留学生活を終えることができたと感じています。感謝の気持ちでいっぱいです。この留学での経験を生かし、さらに成長していけるよう努力していきます。

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ハレ=ヴィッテンベルク・マルチン・ルター大学

ハレ留学体験記
石川達也
ドイツ語・ヨーロッパ文化専攻3年
2023年10月~2024年8月

   2023年10月から2024年8月まで、私はドイツのハレ大学に留学していました。この留学の主な目的は、ドイツ語力を向上させ、異文化の中で多くの友人を作ることでした。留学を終えた今、その両方を達成できたと自信を持って言えます。日常会話なら問題ないレベルまでドイツ語力が向上し、世界中から集まった友人たちと親しくなることができました。留学を選んで本当によかったと心から思っています。
   しかし、留学前にはたくさんの不安がありました。「本当に自分は外国で一年近く暮らせるのだろうか?」という疑問や、身体障がいを持っている自分が差別や辛い思いをするのではないかという恐れが常に頭をよぎりました。普通の人よりも多くの不安を抱えていたかもしれません。特に、異なる文化や環境に適応できるかどうか心配でした。
   留学の初日、寮に到着したときのことは今でも鮮明に覚えています。正直なところ、寮の状態は予想を遥かに超える汚さでした。その瞬間、一度心が折れそうになり、強いカルチャーショックを受けました。しかし、この経験が私を強くしてくれたとも思います。新しい環境に馴染むことは決して簡単ではありませんでしたが、多くの友人や現地の人々に助けられて、様々な問題を乗り越えることができました。特にルームメートたちは本当に親切でありがたかったです。 
   ハレ大学での授業はすべてドイツ語で行われレベルの高い内容ばかりでした。理解するのに苦労し、ついていくのが難しいと感じることも多々ありました。しかし、「この状況をどう乗り越えるか?」という問いを常に自分に投げかけ、なんとか乗り切ることができました。特に、ドイツ語が母国語ではない私にとって、専門的な用語や抽象的な概念を理解することは大きな挑戦でした。しかし、毎日少しずつ努力を重ねることで、自信につながりました。授業の内容はドイツの歴史や特に文学作品についての授業が多かったです。詳しい授業内容については留学生現地レポートに記載したのでハレ大学に留学したい人はぜひ読んでください!
   ハレ大学にはErasmusという留学生同士のイベントやJapan Stammtisch という日本人と日本に興味のある外国人の人々が交流するイベントが月に一.二回あります。クリスマスマーケットに行ったりバーベキューに行ったりと本当に楽しかったです。
   また、留学中にはたくさんの出会いがありました。特に印象的だった出会いがルームメートのドイツ人、カール君との出会いです。彼には何度も彼の実家にホームステイさせてもらいとても仲良くなることができました。カール君の兄弟が通う地元の小学校にも一緒に訪れる機会がありました。その小学校では、たまたま日本の兵庫県の小学校との交流があることを知り、日本語でお手紙を書くお手伝いをしました。子供たちは興味津々で、私の話に耳を傾け、日本とドイツの違いや共通点について楽しく会話することができました。この経験は、単なる観光や学業以上に深い文化交流の一環として、私の心に深く刻まれました。
   また周囲の友人やハレの市民の温かさには何度も助けられました。特に、トラムに乗る際や重い荷物を持っているときなど、見知らぬ人々がさりげなく助けてくれる瞬間が何度もあり、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ハレの町は、私にとってもう一つの故郷のように感じています。日本の故郷と同じくらい、いやそれ以上に愛着が湧いています。街並みはディズニーランドのように綺麗で、歴史的な建物や風景、そしてそこで出会った人々は本当に素晴らしいものでした。また、ハレの自然環境や季節の変化も、私の留学生活を彩り、日々を豊かにしてくれましたハレが大好きです!
   私の留学体験は、学業や言語の向上だけにとどまらず、自分自身を見つめ直し、成長させる重要な機会となりました。特に、初めての一人暮らしや異文化での生活は、自立心を育み、新たな挑戦に対する勇気を与えてくれました。日常生活の中で、小さな困難に直面するたびに、それを乗り越えることで自信がつき、自己肯定感が高まりました。
   また、留学中に得た友情は私にとってかけがえのない宝物です。異なる文化背景を持つ友人たちとの交流を通じて、他者を理解し尊重することの大切さを学びました。この経験はただの思い出以上に、私の人生観に大きな影響を与えました。今後も、友情を大切にし、日々の生活をがんばりたいです。
   留学中には数多く場所に旅行をしたりイベントに参加したりもしました。私は第二次世界大戦の歴史に興味があったので、ポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所やワルシャワのユダヤ博物館など数多くの戦争博物館を実際訪れて改めて平和の大切さを実感しました。
   また6月には毎年デュッセルドルフで開催されるJapantagにボランティアとして折り紙体験のお手伝いなどに参加しました.様々な方々が日本の文化や日本のことに興味を持ってくれていてとても感動したことを覚えています。留学中ドイツだけでなくヨーロッパ諸国の文化にも触れることができました。このような経験から将来的には異なる文化の架け橋となるような仕事に携わりたいという新たな夢も生まれました。
   留学中様々な予期しないことや授業など大変なことがたくさんありましたが、1番大切なのはパニックにならず落ち着いて今出来ることを一生懸命にやることだと思います。これから留学するみなさんには楽しいことももちろんいっぱいありますが、何か予期しないトラブルがあっても落ち着いて前向きな気持ちで頑張ってほしいと思います。
   最後に、この留学を支えてくれたすべての人に感謝の気持ちを伝えたいです。友人、家族 麗澤大学の皆様、そしてハレ大学の教授やスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。何度も感謝の気持ちを言っても足りないくらいお世話になりまし。た皆さんのおかげで、この素晴らしい経験を通じて成長し、新しい未来へのステップを踏み出すことができました。この経験を糧に、今後も積極的に新しい挑戦に取り組み、自分自身をさらに成長させていきたいと思います!

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マールブルク大学

マールブルク大学留学体験記
瀬尾拓豊
ドイツ語・ヨーロッパ文化専攻3年
2023年10月~2024年8月

   私は昨年9月のドレスデン事前研修を経て、10月から今年の8月までマールブルク大学の学生として過ごしていました。マールブルクはフランクフルトから電車で1時間程度の距離です。マールブルク大学はグリム兄弟が通っていた大学として有名です。留学生オリエンテーションの前日にマールブルクに到着し、市内のホテルに1日滞在し、翌日オリエンテーション時に書類を提出し、寮の鍵を受け取り、契約書にサインして、いよいよ入寮。「どんな寮なのかな」、「ルームメイトはどんな人なのかな」と期待に胸を膨らませて向かい、いざルームメイトと対面。私のルームメイトはモロッコ人で私を温かく迎え入れてくれて一安心しました。彼はイスラム教徒で礼拝を一日五回行い、豚肉とアルコール飲料を禁止していて、冷蔵・冷凍庫が共用というのもあり私もその二つは避けるようにしました。
   日用品を準備しながら、10月中旬に授業がスタートしました。前期は語学講座を2コマと学部授業を3コマ履修しました。語学講座は文法を中心とした授業、学部授業は3つあり「ドイツ語でプレゼンテーションをする」、「ドイツ語の発音記号を学ぶ」、「マールブルク大学の一般の学生が留学生にドイツ語を教える」といった内容です。10月末に住民票を貰いました。(市役所はインターネット予約です)
11月,12月は徐々にマールブルクの生活や大学の授業に慣れていき、日本語を学ぶドイツ人を中心とした外国人と交流するイベントに参加し、実際にドイツ人とその家族と出かけたり、クリスマスパーティーをしたりと貴重な体験をすることができました。また、様々なクリスマスマーケットに訪れ、特にフランクフルトのクリスマスマーケットが一番感動しました。その時、屋台で食べたソーセージは今でも忘れられないくらい美味しかったです。また、この二ヶ月で銀行の開設や保険の契約を済ませました。年越しの際はWuppertalにいる友人とJenaから来た友人と一緒にご飯を作り、年を越しました。12月31日から1月1日になった瞬間花火が舞い上がり、爆音が町中に鳴り響きとても面白かったです。
   1月,2月,3月はドイツ国内を旅行し有名観光地は全て制覇することができました。町によって風景や特産品が違うので、毎回が新発見でとても楽しかったです。また、1月から7月までの期間はあまり日本のガイドには載っていないヘッセン州内(マールブルク大学の学生証は学期中ヘッセン州内の公共交通機関は乗り放題です)の町を観光しました。小さな町にも観光地はあり、有名な観光地よりも人が少ないので快適に観光できました。この時期が最も寒い時期で毎日氷点下なので体調管理が大変でした。またこの期間にようやく滞在許可証を受け取れました。
授業は2月の初旬に終わり、半年で帰国する留学生と別れを告げなければいけませんでした。マールブルク大学の留学生の5割は韓国人で彼らのほとんどが日本語を少し話せるのでとても驚きました。また、他のヨーロッパの国々の方、中東、アジア、アフリカなどの様々な人に出会い、外国人が思ったよりも日本に興味を持ってくれたので、それがきっかけですぐに打ち解けることが多かったです。そのような彼らと別れなければいけないのはつらいですが、新たな出会いに期待して前向きな気持ちでこの冬学期を終えました。
   4月,5月,6月は滞在許可証を得たので海外に旅行をしました。二回行き、一回目はオランダ(アムステルダム)、ベルギー(アントワープ、ブリュッセル)、ルクセンブルクのルートで、二回目がフランス(パリ)、スイス(ジュネーブ)、スペイン(バルセロナ、マドリード)のルートでした。宿泊施設のほとんどをホステルだったので、毎回の都市でたくさんの出会いがありとても楽しかったです。個人的にオランダが一番良かったです。オランダのキューヘンホフ公園という植物園(期間限定)と風車村がとても印象に残っています。また、この時期からマールブルク大学のダンスサークルに参加しドイツ人のダンスを肌で感じ、バトルのイベントやドイツ人のレジェンドダンサーのワークショップにも参加し、貴重な体験をさせていただきました。
   7月は基本的には帰国の準備でした。住民票、銀行口座、保険、ラジオ料金の解約をこの月に済ませました。夏学期の授業は語学講座の2コマでした。ここでも出会いがあり、様々な人と話をして、多くの価値観と考え方を得ることができました。冬・夏学期を通して外国人は日本に対して黄金郷のようなイメージが強く、多くの人が私に対して「日本人である君がなぜヨーロッパに来るの?」と質問しました。質問する人はアフリカの若い人や中東の3,40代の人が中心でした。このことに対して興味深いなと思うと同時に色々考えさせられることがありました。7月31日に退去しました。
   8月は3日間オーストリアのウィーンに滞在し、その後は帰国までの残りの数日をフランクフルトで過ごしました。フランクフルト滞在時はマールブルクに半日間過ごし最後、マールブルクに別れの挨拶をしました。その際、ルームメイトにも再度別れを告げました。というのも私にとって彼は最高の友人だからです。無宗教の私とムスリムの彼では最初は価値観が合わなく困難な日々が続きましたが、徐々にお互いの意見を尊重し合い毎日必ず1時間は話すようにまでなりました。また、留学中お互いに助け合って生活したのでよりきずなが深まり帰国する前々日に別れを告げた際の最後、彼が窓を開けて「Takuto, Auf Wiedersehen」と言って手を振ってくれたときのあの光景は今でも忘れていません。また帰国前日の最後の夕食時に、検定試験で知り合ったインド人とご飯を食べて、最後まで楽しむことができました。
   今回の留学を通して、留学前の日本での当たり前の価値観が海外では通じず、しかしその新たな価値観を受け入れることで新しい道を開くことができることを学びました。また、海外にいるからこそ自分の性格を知ることができ、成長することができました。今回、留学を支えくれた現地の方、麗澤大学の方、家族への感謝を忘れずに残りの大学生活を過ごしていきます。

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