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留学体験記

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ロストック大学

ロストック大学留学体験記
渥美翔大
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2018年10月~2019年7月

   ロストックでの生活も10ヶ月に及ぶ留学生活も、人並みの感想ではありますが、一言では表しきれないほど多くのことを経験し、学ぶことができたと思います。特に、住民登録やビザ申請・受け取り、銀行口座開設などは非常に苦労しました。これらは、ロストック留学前から先輩方の説明を聞き、事前に情報を仕入れていましたが、実際にそれらの問題に直面すると、事前の情報とは若干変わっているところや受付、担当者によって対応が異なるといったこともあり、かなり苦戦しました。恐らく、窓口で何かしらの申し込みをした際に、スムーズにことが進んだことはかなり少なかったと思います。
   授業は大学の講義のようなものではなく、文法や会話を中心とした実践的なもので、Pennyというスーパーと同じ建物の上にある“Study in Germany”という場所でした。主にロストック大学に入学したい非ドイツ語話者、または大学に入学しなくともドイツ国外から移住していてドイツ語の学習に意欲のある人向けの授業なのでレベルも高く、進行スピードもかなり早いです。教材はレベル別(A2~C1)の教科書を中心に、ゲーテ・インスティテュート対策のプリントや、童話等でした。教科書はレベル別に購入する必要がありますが、細かくテーマ分けされていてわかりやすいだけでなく、日常生活でよく使う単語や言い回しが場面ごとに載っているので覚えやすかったです。テストはゲーテ・インスティテュートの模擬試験(A2~B2)で、筆記と口頭試験があり、合否は本試験と同様、会話、読解、作文、聞き取りの各分野60%以上で合格という扱いでした。
   祝日による連休や教室の近所で第二次世界大戦時の不発弾が見つかった影響で休みになった日はありましたが、長期休暇はほとんど無く月曜日から金曜日まで、平日は毎日授業がありました。A2~B2クラスは午前、午後のコースに分かれていて、筆者は午後のコースの授業を受けていました。クラスは、麗澤生の日本人だけではなく、他大学の日本人、台湾、中国からの留学生、シリア、エジプト、アフガニスタン、ペルー、ボリビア、ウクライナ、フィリピン、インド、アメリカ等の様々な国籍の人で成り立っていました。B2の模擬試験後には打ち上げとして、フィリピン人の生徒主催のホームパーティーに招待されました。ドイツ式のホームパーティーで、参加者各自が食べ物や飲み物を持参し、庭で盛大に行われました。C1.1のクラスは、希望者が少なかったため、午前中のコースだけになりました。そして、その影響もあり、授業はC1.1レベルまでとなり、C1の模擬試験もなくなりました。Study in Germanyの授業とは異なりますが、Hochschule Sportの授業としてサッカーの授業も受けることができました。この授業は、大学生だけでなく社会人も参加していて、申し込みはWebで行い、参加料はロストックの学生であれば割引があり、時期によって変わりましたが10~15€でした。
   寮生活では3人で1つのキッチン付きの共有ユニットとトイレ付きシャワールームをシェア、寝室は各個人に割り当てられていて、家賃は日本円でおよそ2万五千円程度でした。冷蔵庫も共同であまり大きくないので使用スペースについては同居人と相談しました。また、掃除当番なども相談し交代制で担当することになりました。同居人の1人はドイツ人で、もう1人はシリアからの留学生でした。10ヶ月間を通して、シリアからの留学生とは、一緒に料理したり、お互いの国について話し合ったりしました。また、退寮時には壁のペンキ塗りを手伝ってくれました。ドイツ人の同居人は寮にいること自体が少なく、残念ながら話す機会がほとんど無かったため、あまり交流できませんでした。自分のいた学生寮は他の学生寮よりStudy in Germanyまで距離があり、基本的にS-Bahnをつかった電車通学でした。冬の2ヶ月間は線路工事があったため、Straßen Bahnで通学していました。ロストック大学の学生証を所持していれば、ロストック市内でバス、S-Bahn、Straßen Bahn等の公共交通機関は乗り放題でした。しかし、新学期になり、新しい学生証が手元に届くまでに少し時間がかかり、学生証を所持していない期間の交通費は自己負担でした。
   住民登録や学生ビザなどの各種申請や銀行口座の開設については上記の通り非常に苦労しました。住民登録自体はStudy in Germanyの先生方の手助けもあり、授業の時間を利用して済ますことができました。次に解決したのは、銀行口座の開設でした。学生ビザの取得には銀行の閉鎖口座の開設、720€(2018年10月)×滞在月数10ヶ月分の資金証明書が必要不可欠だったため、住民登録と並行して進めていました。ただ、閉鎖口座の開設のために住民票が必要だったため、住民票発行後に開設を行いしました。資金の方は、日本の郵便局から家族に送金して貰いました。海外送金にはおよそ10日ほど掛かりましたが、無事に閉鎖口座の開設、資金証明書の発行を済ますことができました。その後、閉鎖口座は家賃の自動引き落としや、学費の振り込みができないことが判明したため、普通口座を開設しました。それまでは、学生寮を管理しているSt. Georg Straßeにある事務所の窓口で直接家賃を支払っていましたが、自動引き落としに切り替えることができました。
   上記の体験は筆者の将来の考え方に対して大きな影響をもたらしてくれました。なぜなら、筆者が留学する以前は将来的にドイツで生活できるようになりたいという漠然とした目標しか持っていませんでした。それは、筆者自身が一度も海外に行ったことがなく、ドイツという国の文化は知識の中だけのものだったからです。しかし、留学を終えた今は以前よりもはっきりとした将来の目標を持つことができました。留学前は、大学卒業後にドイツで就職活動をして就職できればいいと思っていましたが、現在は麗澤大学卒業後、日本で就職し、働きながらゲーテ・インスティテュートのC1レベルを3~5年以内に合格し、ドイツの大学に入学したいと考えています。その後は、ドイツの大学生活を通して現地で就職するか、帰国して就職するかを決めたいと思います。そして、今回の留学には自分の力だけでなく様々な人によって支えられたものであり、この留学に関わってくれたすべての人に感謝したいと思います。

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淡江大学

台湾留学を振り返って
東野愛
英語コミュニケーション専攻3年
2018年9月~2019年6月

   私は二〇一八年の九月から二〇一九年の六月までのおよそ十か月間、クロス留学の制度を利用して台湾の淡江大学へ交換留学させていただきました。自分にとって大切な経験となったこの約一年間を振り返って、授業や寮生活について、また感じたことや学んだことをここで皆さんにお伝えしたいと思います。
去年の九月一日に台北の桃園空港に到着し、当時の私はこれから始まる留学生活への期待でいっぱいでした。淡江大学がある淡水についてからおよそ二週間ほどは授業がなかったので、生活に必要なものを買ったり、友達と士林夜市に行ったり、またいろいろな国から来た留学生たちと海や淡水の観光へ行ったりと、とにかく楽しかったのを覚えています。
   そしていよいよ学校が始まり、台湾人の寮生に教えてもらったり友達と考えたりして、履修する授業を決めました。淡江大学の授業は一コマ五十分となっていて、二コマセット百分で日本でいう一コマに相当します。前期では全英語で開かれている授業を六つ、華語班という中国語を勉強する授業を二つとっていました。華語班はリスニング・スピーキングのクラスとリーディング・ライティングの二種類あり、どちらも夜六時から八時に週二回ありました。また始業前に行われるクラス分けのテストによって初級、中級、上級の三つのクラスに分けられます。もし振り分けられたクラスのレベルが合わなかった場合でも、別のクラスに移動することができます。その他の授業を一つとって、合計八つの授業を履修しました。華語班は中級を履修していましたが、最初の方は先生の中国語の聞き取りも難しく、また教科書の内容も日本で使っていたものに比べて難易度が高く、授業についていくのがやっとでした。留学前の中国語の成績が良く、またハイパークラスも履修していたため、自分の中国語力にはなんとなく自信があったのですが、このときに私の中国語は自分が思うよりも不十分なのだと感じました。それからは、授業前と後に予習・復習をし、そのおかげもあってだんだんと先生の言っていることや教科書の内容を理解できるようになりました。
   後期では全英語の授業を二つ、華語班を継続して二つ、その他の中国語で開かれている授業を二つとっていました。華語班の授業の教科書も変わって内容も少し難しいものになりましたが、この時点で中国語力がある程度上がっていたので授業についていくのが大変だとはあまり感じませんでした。先生たちの教え方も、私たちが楽しく学べるように工夫されていて、時々ゲーム形式で単語の練習をしたりしました。また、わからないところがあれば担当の先生も親身になって教えてくれるので、もしわからないところが出たらためらわずに先生に聞くことをお勧めします。
   寮では前期は五階の四人部屋で、後期は四階の三人部屋で生活していました。私のルームメイトは韓国人と台湾人、日本人でしたが、他の部屋にはマレーシア人やインドネシア人、スペイン人といった様々な国からの留学生もいました。寮では基本的には英語を使って会話をしていました。そのため中国語と同時に英語も身に着けることができると思います。寮では同じ寮に住む台湾人たちによってウェルカムパーティーやクリスマスパーティー、フェアウェルパーティーなどが企画され、特にウェルカムパーティーではゲームをしながら寮内の人たちと打ち解けるきっかけになり、いろいろな国の学生と仲良くなることができました。
   生活面においては、特に困ることはありませんでした。学校の周辺にはたくさんの飲食店があり、おいしいお弁当が日本よりも安く買えます。また薬局やスーパーも近くにあるため、あまり不便を感じたことはありません。ちなみに深夜までやっている揚げ物屋や串焼き屋などのお店があったので、よく友達と買いに行って勉強しながら夜食として食べていました。大学がある淡水駅は台湾の中でも人気の観光地として知られ、特に老街とよばれるお土産屋さんや屋台が立ち並ぶ通りがあり、学校終わりにも気軽に買い物や観光することができます。淡水から士林夜市や西門などに行くにはMRTという台湾版の電車にのっていくことができ、また電車賃もかなり安く、士林夜市であれば乗り換えなしで往復でおよそ八〇元、日本円で二五〇円以下でいくことができます。週末は友達と夜市に買い物に行ったりご飯を食べに行ったりとよく外出していました。
   台湾に留学して一番感じたことは、人間関係を構築するにあたって、コミュニケーションをとろうとする姿勢が大切だということです。留学してすぐのころ、他の留学生と話していて自分の英語力や中国語力のなさに気づき、友達を作りたいけどうまく話せないからと自分から積極的に話しかけるのが嫌になってしまいました。特に英語が流ちょうに話せないから日本人の子とばかり仲良くして、嫌な環境から逃げて楽な環境に身を置いていた時期があります。そうすることで自分自身によって外国語を話すチャンスを逃してしまっていることに当初は気づきませんでした。しかし、外国人と会話している時に、みんな私の英語が下手だからと言って話をせかしたり責めるようなことは決してせず、むしろきちんと私の話を聞いてくれていることに気づきました。そこで私は、仲良くなるのに言語力よりも相手とちゃんとコミュニケーションをとろうとする姿勢のほうがもっと重要であると実感し、それからは下手でもいいからとにかく相手と会話をするように心がけました。そうしたらいつの間にか友達が増え、さらに外国語を話すことが多くなったため自然と語学力も伸びていました。いくら単語や文法を知識として知っていたとしても、それを使わなければ意味がないことを学びました。みなさんも留学に行ったら必ず言語の壁にぶつかると思います。でもそこで下手だから話さないと逃げるのではなく、下手でもいいから相手に伝わるように努力してみてほしいです。そうすれば友達ができて、それと同時に語学力を伸ばすことができると思います。留学は一生のうちにそう何回もできることではないと思うので、だからこそ皆さんにはせっかくの機会を生かしてほしいです。
   今回の留学は、私にとって貴重な経験となりました。もし少しでも留学したいと思っているのであれば、ぜひ短期でもしてみることをお勧めします。皆さんにとっても素晴らしい経験になることを願っています。

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リーズ大学

リーズ短期留学レポート
三宅毅
英語・リベラルアーツ専攻3年
2019年8月~9月

   リーズ短期留学の時間は素晴らしい出会いと語学以外にも沢山の事を学べる機会があり,一瞬一瞬が最高で一生忘れられない夏になりました、その夏を着いてから帰るまでを時系順に印象に残ったことについて話していきたいと思います。
   まずリーズに着いて思った事は「とにかく寒い」です。イギリスの夏は寒いという事は予め知っていたのですがそれでも多少は暑いだろうと思い半袖半ズボンで行きましたが、凍えるほど寒くて驚きました。早速リーズ市内を少し散策し2、30分歩くと大きいショッピング街があり衣服や日用品がなんでも揃うところがありました。
   初めての週末は自分が応援しているアーセナルのイングランドプレミアリーグ開幕戦がニューカッスルであったので一人で電車に乗り、見に行きました。5万人が試合に訪れており、9年間ずっとテレビ越しに見ていた憧れの選手達が目の前でプレーしていて感動しました。試合後は出待ちもして選手達と写真を撮ることができました。また帰りの電車では特に文化の違いを感じました、一人で電車に乗っていたら3、40代のおじさん達が乗ってきて電車内でもおじさん達が応援しているニューカッスルについて熱く語っていて、私にも話を振ってきてニューカッスルのサポーターではないのですがチームの状況を知っていたので語り合いました。その最中も彼らはチームのチャント(応援歌)を電車内なのに大声で歌っていて、今までイギリスにいる実感があまりありませんでしたがサッカー文化の根深さを強く感じることができました。
   そしていよいよリーズ大学での授業が始まりましたが初めての授業に参加し、正直あまりの日本人の多さに驚きました。夏季で現地の学生がいないことはわかっていましたが自分のクラスは9割ほど日本人だったので外に出て沢山いろいろな人種の現地の人と関わらなくてはいけないなと感じ、その時に一つの目標ができました。授業自体はランゲージセンターという事もあり麗澤大学の必修の授業にとても似ていました。初めての授業で関西の学生の方々と意気投合して常に行動を共にするようになりました。食事をする際はその人たちといろいろなお店に行きましたが、来る前から懸念していたイギリスの食文化は予想通りのものでほとんどがジャンクフードで米の代わりがポテトでした。この国にはほんとに食文化が存在しないのだと感じました。ですがパブは日本の居酒屋と全く異なりお酒を楽しみやすい場でとてもよかったです。リーズ大学内にはスーパーや大学の衣服が売っている店やカフェ、バーなどたくさんのお店が入っていて、友人たちと放課後の余暇を楽しむことができて施設はとても整っていました。友人たちと最初の1、2週間はひたすらリーズ市内を回ったのですがどの景色を切り取っても美しい景色ばかりでずっとディズニーシーの中にいるようでした。あまりの美しさに時々ここはどこだろうと思う時もありました。
   二週目くらいの週末には初めてロンドンに足を踏み入れました。初めてのロンドンは特に観光をする目的ではなくアーセナルのノースロンドンにあるエミレーツスタジアムでのホーム開幕戦があるためロンドンに向かいました、ロンドンにあるキングスクロス駅は壮大な広さを誇りまるで美術館のような内装で駅の存在自体がアートのようでした、またハリーポッターファンはご存じだともいますが3/4番線の写真スポットがありおすすめです。
   アーセナルのホームスタジアムは、6万人以上を収容する世界でもっとも有名なスタジアムの一つで週末日々徹夜してテレビ画面でしか見ることのできなかった場所の雰囲気は圧巻でした。試合も勝利して最高の日になりました。帰りにキングスクロス駅でアーセナルの上着を着て歩いていたら急に男の人にハグをされ、なぜだろうと思ったら胸のアーセナルのバッジをたたかれアーセナルと言われました。一つのチームを応援することによって異国の全くかかわりのない人と繋がれるサッカーというスポーツは改めて素晴らしいと感じました、とても心温まる瞬間の一つでした。
   イギリスについてから案の定、曇りや雨の日々が続いていましたが、長い連休がありその連休だけとても快晴で湿気が全くない夏の暑さだったのでとても快適でした。イギリスは天気が悪い日が多いですがほんとに湿気がないので晴れた日は最高で、皆で公園でピクニックを楽しんでいましたが、リードなしで散歩をしていた大型犬にチキンを平らげられ、それがとても愉快でした。その長い連休中にリヴァプールでのサッカーの試合があったのでリヴァプールに行きました。リヴァプールはイギリスに訪れたのなら絶対に行ってほしい都市の一つだと断言できます。まずリヴァプールは都市自体が世界遺産で人、街並みがとても美しかったです。試合には1-3でアーセナルが敗れてしまい死んだような目でリヴァプールの本拠地アンフィールドを歩いていたら、自分とは10歳ぐらい違うであろうリヴァプールのユニフォームを着た少年が「ナイスゲームだったよ、顔を上げてよ」とハグをしながら慰めてくれて感動しました。リヴァプールはYou’ll never walk alone. YNWAがチームの信念みたいのもので、試合前にサポーターが皆で歌っているのですが、YNWAを体現しているなと心から感銘を受けました。帰りのバス停でもリヴァプールのサポータがアーセナルのユニフォームを着ている自分に検討を称える握手を求めてきてくれて試合についてお互いに検討をたたえあいリヴァプールの美しい夜景とともにとても心を打たれました。最初から最後までリヴァプールの美しさに感動させられ忘れられない一日になりました。
   連休の最終日にはリーズウェストインディアンカーニバルを見に行きアフリカの方々の美しい衣装と素晴らしいダンスに触れられたくさんのアフリカの文化を感じられとてもいい連休になりました。リーズにはリーズユナイテッドいうチームもあり二部リーグに所属しているチームなのですが二部にも関わらず3,4万人が訪れとても良い雰囲気だったので是非訪れて欲しいです。平日にイングランドのアンダー世代の試合があったのでハルというところまで試合を身に行きデビュー当時から応援しているネルソンという選手に自分が持参したユニフォームをくださいというボードを掲げたら、その日着ていたユニフォームを貰うことができてこの日も忘れられない一日になりました。
大学の授業の最後のプログラムにはミュージックプロジェクトというものがあり周りには国立大学の生徒もいてどうなるか不安でしたが、三つの賞のうち二つの賞を独占できその中でも大賞をとれたのでとても自信になりました。自分の弱みがある中でほかの素晴らしい学生たちにも負けていない強みを知れてとてもうれしかったです。
   最後にこの短期留学は一か月という短い間でしたが、自分の意識次第で学校内に外国の方が少なくとも、外にでて自分からコミュニケーションを取りに行ったりすることで語学だけではなくそれ以上のたくさんのものを学べる機会がありました。そして普段絶対にかかわることのないロシア系、アラブ系やアフリカ系の方など沢山の方からいろいろなことが吸収でき将来が不透明でいた自分も明確な目標を持つことができました。リーズはロンドンではないけれどとても美しい街でたくさんの温かい人々に囲まれて生活できるのでリーズの短期留学に参加して心からよかったです。書ききれない経験が沢山ありますが自分の人生の大きな一部になりました。

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イェーナ・フリードリヒ・シラー大学

イェーナ留学体験記
古谷亮太朗
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2018年10月~2019年7月

   私は2018年10月1日〜2019年7月31日までの約10ヶ月間、ドイツ中部のチューリンゲン(Thüringen)州にある町イェーナのフリードリヒ・シラー大学に留学をしていました。このチューリンゲン州は、ドイツの中心部に位置している事と緑が豊かな事から緑の心臓と呼ばれており、自然に囲まれた中で日々生活をしていました。日本では東京のマンションに囲まれた環境で過ごしていた私にとって自然に囲まれた生活はとても新鮮で、時間がゆったりと流れているように感じました。また、ドイツのお店の営業時間や電車の本数、休日の過ごし方など様々な点で日本とは異なる時間の流れを感じたので、いくつか述べたいと思います。
   まず最初に直面したのが電車の遅延です。私達はドイツに到着してから、まずフランクフルト市内にあるホテルに一泊し翌日イェーナに向け出発する予定でした。なので電車の出発時間より2時間前に集合し全員でスーツケースを引きながら駅に向かいました。到着してみると掲示板に私達が乗る電車の番号がなく駅員に尋ねても分からないか適当な答えしか返ってきませんでした。仕方なく掲示板に番号が表示されるのを待っていると、急に私達が乗る電車が現れました。その際にも掲示板に番号は書かれておらず駅員も何時にどこのホームに来るか分かっていない様子でした。もしかしたらその時アナウンスが流れていたのかもしれませんが、当時の私にそれを聞き取るほどの能力と余裕はありませんでした。無事電車に乗り込むも約2時間遅れで、集合時間には当然間に会いませんでした。当時はその遅延時間と駅員の対応に驚きが隠せませんでしたが、留学を終えた今当然としか思えない程よくある事です。このような遅延は電車に限った事では無く、工事現場や役所などにもよくある事です。3ヶ月前に始まった工事が未だに続いていたり、到着した当初部屋が汚すぎたので業者を呼んだのに来たのは2週間後だったりと流れている時間がとても遅いです。時間に厳しいイメージがあるドイツですが、私からしたらうざいくらいに仕事が遅い&雑です。これは文化の違いでしょうが、改善した方が良いと個人的には思いました。
   次にスーパーや雑貨店などの営業時間についてです。これは有名な話だと思いますがドイツでは殆どのお店が平日は20時に閉まり、日曜日はお休みです。なので日曜日に必要なものがあれば毎週土曜日は食料や飲み物を買い溜めしなければいけません。はっきり言って面倒くさいです。24時間営業しているコンビニや夜遅くまでやっている居酒屋がとても恋しくなりました。しかしその反面、労働時間については見習うべきものがあると思いました。州によって異なりますが、ドイツでは法律によって一人当たり1日8時間以上の労働が禁止されているため残業がなくなるような仕組みがあります。それにも関わらずドイツは世界第4位の経済大国であり続けています。この事から、世界的に見ても労働時間が長い日本人にとって見習うべき点である事は間違いないと思いました。
   次に私が感じたのは休日の時間の使い方についてです。先程述べたようにドイツでは日曜日にやっているスーパーやデパートはほぼありません。カフェやレストラン以外は閉まっています。なので当然多くの人々は自由に時間を使うことが出来るのです。私達学生の場合は日曜日に課題やレポートを終わらせる、又は友人と料理を作ったり外で遊んだりと、日本では味わえないゆったりした日々を毎週過ごす事が出来ました。しかしこれは学生に限ったことではなく労働者にも十分な休息が与えられます。ドイツの大半の企業では毎年30日〜40日間の有給休暇が与えられると同時に、祝日や土日を合わせると毎年約150日の休みがあるという事になります。その休日には山登りやサイクリング、サッカーやヨガなどアクティブな事が人気のようで、日曜日の公園は多くの人で賑わっていました。もちろん昼間からビールを浴びるほど飲んでいる人も多くいました。この事から読み取れるのは、日本人は働くために休むが、ドイツ人は休むために働くという考え方なのではないかと私は思います。根本的な考え方が日本人とドイツ人では違うなと思いました。
   上記ではドイツでの時間の流れについて記しましたが、次はドイツの食について述べていきたいと思います。
ドイツの食事と言ったら何を思い浮かべる?この質問をしたら大抵の人はウインナーやハム、じゃがいもやパンと答える人が多いと思いますが、私の結論から言うとその通りです。勿論それだけではありませんが、代表的な物は国内で本当によく食べられていると思います。日本人は毎日寿司を食べるなどの偏見を目にした事がありますが、そんな的外れな噂ではないという事です。レストランに行っても出てくるのは主にパンで、まともなお米は無くタイ米等である場合が多いです。主に食べられるのは肉類とじゃがいも料理、そしてフルーツと言ったところでしょうか。料理の味付けは基本的に塩っぽく日本人によっては好き嫌いが分かれるかと思いますが、慣れてしまえば美味しく頂けます。私の経験的に、一年を通して肉料理を食べる割合が高かったように思います。これはウィンナーやシュニッツェルなど、個人的に美味しいと感じたのが肉料理が多かったからだと思います。ドイツのウィンナーやハムの種類は豊富で、スーパーに行くといつも長時間どれを食べるか悩んでしまいます。
   そんな肉類ばかり食べていた私ですが、半年過ぎた頃からある食べ物にハマりました。それはケバブです。私はこれまでケバブを食べた事がなかったので、初めはその大きな見た目から食べづらそうな印象を受け、大人しくポメスをつまんでいました。しかしいざ食べてみると、いつの間にか週2で食べる程私の主食となりました。理由としては一食で取れる栄養バランスの良さと3ユーロ前後という手軽さ、そして何と言っても美味しかった事です。暖かく焼かれた分厚いパンの中にたっぷり入った肉に、パンからはみ出るほどの野菜、その上にかけられるソースがまた美味しいのです。今もこの体験記を書きながらケバブが恋しくなっています。それ程ドイツにとってケバブは欠かせない存在である事が伝わればいいなと思います。
   こういった食1つでも日本では味わえない物に出会えることは大きな経験であり、今後の考え方を変えるチャンスでもあるので、新しい事にチャレンジするという事はとても大切な事だなと思いました。チャレンジしてみて失敗した事の方が正直多いです。しかしその失敗を後悔した事はありません。何事も試してみるという精神をドイツで身につけられた事が貴重な財産だなと感じています。
   まだまだ日本では体験できない数多くの事をドイツで経験しましたが、それらを忘れる事なく自分の今後の人生に上手く活かしていきたいと思います。

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イェーナ・フリードリヒ・シラー大学

イェーナ大学留学体験記
富岡真優
英語・リベラルアーツ専攻3年
2018年10月~2019年7月

   私は2年の後期から3年の前期までドイツのイェーナ・フリードリヒ・シラー大学に約10か月間交換留学していました。今こうして留学を思い出し留学体験記を書いていると、10か月間もドイツにいたことが信じられません。それくらい私はこの留学生活がとても短く感じました。私はこのような長期留学は初めての経験だったこともあり不安を抱えたまま出発の日になりました。しかし同日に出発の人は何人かいたので不安も少し薄れました。ドイツに着いて初日はフランクフルトのホテルに泊まり、次の日私たちはそこから電車でイェーナに移動したのですが、なんと電車が4時間も遅延していました。私はドイツで過ごしていて不便に感じることはそこまでなかったのですが、交通機関の遅延は本当に多く不便に感じました。私は留学中5回以上の大幅な遅延に遭遇してしまいました。ドイツからどこかに出かける際はかなりの余裕を持って行動することをお勧めします。
   ドイツで人に会い自己紹介の後に必ず聞かれたのがどうしてドイツに来たのか、何を学びに来たのかでした。イェーナ大学にはたくさんの国からの留学生が在籍し、それぞれ専門分野を学びに来ていてドイツ語はそれを学ぶための通過点であることが多いです。私はその質問に対して毎回ありきたりな答えしかできず、具体的な目標をみんな持っている他国からの学生と語学留学で来ている自分を比べて、始まったばかりなのに自分の留学は意味があるのかと考えてしまいました。しかし今はドイツに留学して本当に良かったと思っています。日本であのまま過ごしていたら何も変わっていなかっただろうし自分の考えを持つことも出来ていなかったと思うからです。逆に私はドイツで過ごしたからこそやっと自分の方向性が見つけられました。ドイツでは政治、歴史、経済、環境などに関心を持つ学生が日本より多いという印象を受けました。だからドイツで生活しているとそれらに触れる機会は多いです。留学に行く前のわたしは本当に無知で、留学中も恥ずかしいと思った場面が何度もありました。しかし、今回の留学プログラムの授業にはそのような内容も多く含まれていたので次第に関心が高まりました。今もまだまだ知らないことは沢山ありますが、留学中私が最も変わったと言えるのはそれらに関心を持ちこれまでの自分とは違う考えを持つようになったことです。
   それからはタンデムパートナーとも積極的に幅広い話題について話すようになりました。タンデムパートナーとは授業が始まってすぐ週一回のペースで会うようになりましたが、冬期は何を言っているのかも聞き取れず、自分の言いたいことが全然伝わらなくて全てをドイツ語でやり取りするのは無理でした。しかし授業が進むとともに、タンデムパートナーとの会話に変化が出てきました。長期休暇中も会う時間を作ってくれ郵便物などのトラブルも親身に助けてくれたタンデムパートナーにはとても感謝しています。夏期に入るころには何を言っているのか理解できるようになり自分からも話題を振ることができるようになったりと、自分の変化が感じられてうれしかったです。タンデムパートナーとの話も少しずつ内容が大分深くなり、その中でも私が素敵だなと印象に残ったのは家族との時間を大切にしているということです。ドイツでは働き方が日本とは大きく異なり例えばスーパーマーケットなどのほとんどのお店は夕方8時に閉店し、日曜と祝日は飲食店以外営業していません。仕事時間がきちんと決められている分家族と過ごす時間が多くなります。また実家から出ている学生が2週間に一回の頻度と言っても過言ではないほど週末に実家に帰る学生を多く見かけました。長期休暇中には学生寮にはドイツ人の学生はほとんどいません。帰りすぎとも思ってしまいましたが学生の頃から家族の時間を大切にすることが彼らの働き方にもつながっていて素敵だなと感じ、日本との文化の違いを知りました
   私がドイツ留学に行くことを決めたのは2年生になってからのことで、周りと比べれば遅い決断であったと思います。元々留学については考えていましたが、ドイツ留学はあまり視野にはいれていませんでした。私がなぜドイツを選んだのか、考え始めるようになったきっかけは金銭面だったと思います。そんなことでと思うかも知れませんが、これから留学を考えている人にとって金銭面は重要な点になってくると思うので留学先を決める際には一度調べてみるのも良いと思います。私は元々英語圏地域への留学を考えていたため第二言語として学んでいたドイツ語も伸ばせる良い機会とはいえとても悩みました。しかし、このプログラムはドイツ語の授業が麗澤では週に2回だったのがほぼ毎日に、全体の6割以上にまで増えるのでドイツ語を学ぶ十分な環境になります。加えて英独プログラムの私たちはドイツ語専攻と一緒に授業を受けるため、かなり大変でしたがそのおかげでモチベーションも上がり特にリスニングは授業の中で上がったと感じます。
   イェーナは過ごしやすい町です。決して大きな町ではありませんが、田舎だと聞いていたほど小さくもなく留学するのに適している町ではないかと私は感じました。街並みも綺麗で素敵なカフェが沢山あります。土日はイェーナで過ごすのも良いですし、隣町には電車で30分無料で行けます。長期休暇中はドイツ国内や国外を旅行しました。冬にはいくつものクリスマスマーケットを訪れドイツでクリスマスを過ごせたことは忘れられない思い出になりました。10か月間の留学は決して楽しいことだけではありませんでしたが、これまでにない貴重な経験をし色んな面から成長できた10か月であったことは確かです。そんな経験をする機会を与えてくれた家族、携わってくれた先生方に心から感謝しています。残された大学生活は短いですが無駄にしないように留学中のことを忘れず過ごしたいと思います。ありがとうございました。

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ポートランド州立大学

色んなことを吸収できたポートランド留学
秋元大樹
グローバル人材育成専攻3年
2019年3月〜9月

   私は留学で英語力の向上だけでなく、色んな人の考え方、文化、価値観、生き方など色々なことを吸収したいと思い留学に行きました。この留学を終えたと同時に私の学びたいことがたくさん詰まっていたポートランドを選んで良かった、行って良かったと感じています。ポートランドは高校生の時に雑誌の特集で見て一目惚れしてからずっと行きたかった街でした。緑がたくさんあって、アウトドアが近くて、みんなが環境のことを考えていて、街のサイズが小さいので自転車があれば街の端から端まで移動出来るサイズ感で、古き良きアメリカの文化が残った、自分達の好奇心に蓋をせずに活き活きとやりたいことをやっていて、髭が信じられないくらいモジャモジャな人、この時代にカセットテープでしか音楽を聴かないオールドファッションな人、全身にタトゥーが入っている人など、DIY精神があるフレンドリーで魅力的な人達が集まっており、私が好きな物が詰まった街でした。
   そんな街で生活していく中で良い意味のカルチャーショックを何回も体験しました。例えば、コーヒーショップでどんなに混雑していてもスタッフが色んなお客さんと友達のように話していたり、それに対して待っているお客さんは文句1つも言わないし、横断歩道で車の通過を待っていたら必ず止まってくれたり、日本だと考えられない事をたくさん体験しました。みんなが心に余裕を持っているし、YESとNOがハッキリしているし私はこの文化、人の考え方、生き方がとても好きです。ですが、人に全く合わせようとしなかったりとかダウンサイドを話せばそれはそれであるのですが、人と人がお互いに助け合って生きているコミュニティーの大切さだったり、ポートランドでたくさんの良いものを吸収できました。
   日本を離れて長期間海外で生活して日本や日本の文化を客観的に見ることや日本の良さを再確認することが出来ました。ある日、日本のことが好きで日本のことを良く知っているアメリカ人の友達が「日本人が言う“空気を読む“ってなんか自分勝手だよね、言いたいこと言わないし、お互いに自分達のことを良く見せたくて空気を乱さないだけでしょ、言いたいことは口に出して言い合わないと良くならないしダメだよ」と言われてすごくハッとさせられたことを覚えています。日本では良いこととされていることも違う文化から見たらそう映っているのかと気付きました。
   一方で日本は海外からすごく評価されていることに気が付くことが出来ました。語学学校で出会った様々な国の人たちや現地の人達に、「日本の文化が好き!」とか「日本にいつか絶対に行ってみたい!」など世界の人達が日本に対してすごく興味を持っていることにすごく驚き、感動しました。実際にアメリカで長期間生活してみて日本の素晴らしさ、日本の商品のクオリティーの高さや、全ての物のクオリティーの高さに気付かされる瞬間がたくさんありました。僕が想像していたより日本は世界で評価されていることを感じました。世界の人達に日本の良さ、魅力を伝えていくことはとても大事なことだと感じました。
   そして、私が通ったポートランド州立大学IELPもとても良い学校でした。形としては語学学校なのですが、ポートランド州立大学に付属していてIELPの生徒もポートランド州立大学の生徒の一員として認めてくれていて、大学の施設も全て使うことができるし、大学の寮に住むことも出来て現地の学生とルームメイトになることも出来ます。語学学校としての設備も充実しています。先生方も生徒たちの英語力を向上させてあげたいという気持ちも伝わってきて、授業後にラーニングセンターでマンツーマンで宿題を見てくれたり、会話の練習をさせてくれる所もあります。そして、現地の学生と交流できるイベントもたくさんあります。私は出来る限りイベントに参加出来るようにしました。コーヒーアワーといって毎週水曜日の午後5時からの1時間でIELPの留学生と現地の学生が交流できるイベントがあります。そういったイベントの中で一番印象に残っているのはPSUアウトドアプログラムです。これは現地の学生たちと一緒にキャンプに行くことが出来たり、ハイキングに安価で行けて、道具なども全て借りることができて手軽に行くことが出来る大学のプログラムです。私はアウトドアアクティビティーがとても好きで、アメリカでキャンプやハイキングに行ける機会はなかなかないと思うので何回も参加しました。オレゴンの壮大な自然を感じながら海沿いで焚き火が出来たり、今まで見たことないようなまんめん満天の星空を見ることが出来たり一生忘れられない思い出になりました。
   このようにポートランドは街に出る理由がたくさんあり、たくさん面白いことが転がっていて自然にアクティブになれたので英語を話す機会がたくさんありました。自分の英語力も留学前に比べて非常に向上したと思います。英語力だけでなく色々なことを得ること、感じることが出来ました。私は最初、資金面の問題などがあり、ポートランド州立大学とは違う安価で行ける田舎の大学に行こうとしていましたが自分が本当に行きたいところに行くことが出来て本当に良かったと思っています。この街で学んだことや、留学で学んだことはこれからの人生に向けてかけがえのない経験と財産になりました。ポートランドはまたこれから旅行でも何回も訪れたいと思えるほど大好きな街になりました。そしてまだ麗澤大学からはポートランド州立大学に行った生徒は少なく、あまり知られていませんがポートランド州立大学はとても良い選択肢だと思います。自分が得た良い経験をこれから留学に行く生徒の方々に伝えていければと思います。

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ラングポーツ語学学校

自分を見つめなおす5週間
泉谷憲佳
ドイツ語・ドイツ文化専攻1年
2019年8月~9月

   今回私はオーストラリアのクイーンズランド州にあるゴールドコーストという地域にホームステイし、現地で英語学校に通った。私にとって留学というものは二回目だったが、前回のヨーロッパとはまた違った体験がたくさんできた。
   日本とオーストラリアの気候は真逆で、私が現地に着いたときはまだ冬だった。しかし、冬といっても日中の気温は比較的過ごしやすく、朝晩の冷え込みが少々苦痛なだけであった。九月に入ると春になるのだが、海に少し入れるくらいまで暖かくなることもあった。なので、暖かい日のランチタイムは屋外で楽しんだ。
   学校生活は、想像よりもずっと素晴らしいものだった。まず、先生全員優しく熱心で、生徒と親密な関係をとってくれた。生徒に発言の機会を与え、質問などもとてもしやすい環境だった。個人的には、“Good girl”と褒められるのが新鮮で、一番嬉しかった。また、自分のレベルにあった授業を受けられ、ReadingやListening、Writingなど、分野ごとにレベルが与えられていることが非常にいいと思った。サポートも手厚く、毎週担当教員と面談し、それぞれの授業が自分のレベルにあっているかを話し合って、場合によっては上のクラスに行くこともできる。さらに、野外活動が充実しており、アミューズメントパークの入場料や遊覧船などのチケットが割引価格で楽しめた。これは、ただ楽しみに行くだけではなく、学校内でできた友達との交流を深めることのできる活動だ。これにより、休日を楽しみつつ、思い出を作ることができた。
   ホストマザーは非常に優しく、思いやりのある人だった。マザーしかおらず、一対一でゆっくりと話すことができたため、お互いの文化・生活・経済の違いや、はたまた私の将来についてのアドバイスなど、様々なことについて話した。また、夜が遅いときは車を出してくれたり、休日は動物園に連れて行ってくれたりと、周りの子が話していたホームステイ先の家族のことを聞くと、他のホストファミリーよりかなり親しく接してくれていたのだと思った。
   休日は遊園地や動物園、ショッピングや観光地に行ったりした。ゴールドコーストにはアミューズメントパークがいくつかあり、私はその中の一つのMovie Worldに行った。それまで絶叫系のジェットコースターは苦手だったのだが、ここのライダーはほとんどが激しいものだったため、逆に怖いもののほうが楽しめるようになった。絶対にもう一度来たい遊園地だ。動物園では、オーストラリアの生き物がたくさんおり、コアラを抱くこともできた。バードショーは非常に見もので、観客の頭上すれすれで飛ぶ鳥たちの迫力は素晴らしかった。Whale Watchingに参加したときは、船のすぐ近くでクジラを見ることができた。しかし、船が大きく揺れるため、途中から船酔いに悩まされたのは苦い思い出だ。そして、現地で仲良くなった友達がスケートボードをしていたため、私も始めてみたいと思い、思い切ってPennyというボード買った。放課後はみんなで海の近くまで行って、ボードをすることが多かった。全くの初心者であったが、毎日やっていたことで、通常の道なら簡単に滑れるようになった。今でもよく滑っているが、日本よりオーストラリアの道のほうが広くて平らで滑りやすかったと惜しんでいる。
   今回の留学で最も成功したことは、自分の言いたいことが言えるようになってきたことだ。英語を学び始めたときは、質問したくても受け答えしたくても、どのように言ったらいいかが分からず、そのせいで会話が弾まなくなってしまっていた。しかし、勉強するうちに、言いたいことをそのまま英語にするのではなく、自分が言える範囲の英語に言い換えれば伝えられるのだということに気付き、話せる内容が多くなった。また、会話の中で出てきた知らない単語は、そのままの流れですぐ聞くようにし、辞書を使うよりも人に聞いて覚えるようにした。これにより、会話の時間はより長くなり、結果的に英語の上達へと繋がった。マザーは特に私の勉強に援助してくれたため、言い間違えた時はすぐに教えてくれたし、私が知らない単語はわかるまで一生懸命説明してくれた。語学を学ぶときは、周りの存在に感謝しなければならないと思った。
   逆に、失敗してしまったことは、アクティビティにあまり参加しなかったことだと思う。先ほども述べたように、Langportsは様々なアクティビティを提供していた。短い期間だったため、参加できるのは限られていたとは思うが、それでも、やりたかったスカイダイビングやカラーランなど、普段はできないようなアクティビティには、参加したほうがよかったと思う。また、こういったイベントに参加すると、学校外の友達もできやすいため、次に留学するときは、もっと時間を有効に使い、よりたくさんの思い出を作れるようにしたい。
   今回の留学も、自分を成長させる非常にいい経験となった。なにより、仲間、ホストファミリー、先生らにとても恵まれたため、英語の向上はもちろんのこと、人との接し方や考え方の面でも学ぶことが多かった。一人でできるようになったことと、まだまだ未熟なことがそれぞれ感じることができた留学だった。成功したことも失敗したことも今後の役に立つと思うので、決して忘れずに次に生かしたいと思う。

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ラングポーツ語学学校

Langports体験記
戸井明日実
英語コミュニケーション専攻2年
2019年8月~9月

   今回私は、オーストラリアに8月10日から9月11日まで滞在し、約1か月間ラングポーツ語学学校に短期留学をしました。私自身まず海外に行くことが初めてで、長時間の飛行機、気温の変化、文化・習慣の違いなど、もちろん楽しみはありましたがそれよりも不安の方が大きかったです。しかし、大学生になったら絶対に留学をして自分の英語がどこまで通用するのか知りたいと思っていたので、今回このような体験ができることがとても嬉しかったです。
   長時間のフライトの後、まず空港からホストファミリーの家まで向かい、ホストファミリーと対面しました。2人とも笑顔で迎えいれてくれ、たわいもない話をして初日を過ごしました。家族のみんなと話していた時、ホストマザーが私の英語が上手だと褒めてくれたので、ちゃんと私の英語は伝わっているんだなと実感し、安心しました。2日目は、車で学校までの行き方や周辺のことについて教えてもらいました。全て丁寧に分かりやすく、言葉だけではなく紙に書いてまで教えてくれたのですぐに理解することができました。またその日はそれだけではなく、ビーチまで連れていってくれました。家から歩いて2分のところにあったビーチはとても綺麗で、海も透明で透き通っていて日本とは全然違う雰囲気でとてもいい場所だなと思いました。オーストラリアでは今は冬なはずなのに日中は暖かいし、日差しは強いし、正直この時期日本にいるよりも快適だなと感じました。これから本格的に始まる留学生活がとても楽しみになってきた瞬間でした。
   そして学校初日、言われた通りにバス、トラムに乗り学校に向かいました。最初はどのくらいかかるのか、どんな感じなのかが分からなくて全てのことに戸惑いながらも、何事もなく学校につけたのでとても安心しました。その日はレベル分けのテストを受け、午後のクラスだけ受けるといった感じでした。やはり、留学に来たからには高いレベルのクラスをとってスピーキング力、リスニング力、リーディング力など今よりも向上させて日本に帰り、これからの自分自身の可能性を広げたいと思っていたので、このテストは特に頑張りました。
   そして初めての授業、やはり語学学校なので、いろいろな国の方がいたので英語が聞き取れるか、自分が積極的に話していけるのかとても不安でした。しかし、私のクラスの先生がとても面白く、優しい人だったのですぐに慣れることができました。また国籍だけでなく、年齢もばらばらだったため、私より年上の方がほとんどでしたが年下もいたので驚きました。私はリスニングには自信があったので相手の会話は大体聞きとれるなと思っていました。しかし、いざ授業が始まりペアワークになると相手の話は聞きとることができたが、自分の言いたいことを英語で伝えることがすぐにできずとても苦戦しました。日本ではいつも英語が分からないと日本語で言ってしまっていたので、それがここにきて仇となったなと痛感しました。元々積極的な性格でない私は、最初の方は完全に受け身でした。それでも、周りの人たちの助けがあり徐々に打ち解けていくことができました。
   2週間も過ぎると、ホストファミリーとの生活・学校での生活などほとんどのことに慣れ、自分からも話しかけたり、いろいろなところに出かけたりするようになりました。しかし、まだできることがある、もっとチャレンジして自分の能力をあげたいと強く思ったので、リスニングとリーディングのクラスをあげることを決意し、上のクラスに参加しました。1つクラスをあげるだけで全然違っており驚きました。問題の量が増え、内容も難しかったのに加え、周りの学生の解くスピードがとても速く、追いつくことができませんでした。まだまだだったんだなと再認識することができ、TOEICの点数を上げるためにももっと努力しなければならないなと実感し、とても刺激になりました。私は、レベルを上げたからには、ついていけないな、大変だなと思っても絶対にレベルを下げないと決めていたのでこの決断は自分自身の意識を高めるきっかけにもなりました。
   慣れてきた時のある授業で、各国の男女間の交際や、結婚の違いの話になりました。1人の学生が話を切り出して、ほとんど授業ではなく会話になってしまったのですが、自分の国の文化を英語で話すことで周りに知ってもらえるとともに自らの英語力を上げることもできたと思います。授業を行い、文法や単語を勉強するのは大事なことですが、このようないろいろな国の人と話をし、意見を交換をするのも他国の文化を知るきっかけなのでとても有意義な時間だったなと思いました。自分から日本の価値観について英語で話す機会は日本では滅多にありません。外国の人と話さない限り、自分の国の文化について語ることもないし、ましてや英語を話すこともありません。この語学学校は私に英語を話す機会をたくさん与えてくれただけでなく、他国の人と触れ合うきっかけも作ってくれたので自然と自分が英語を発することができました。
   また学校外でもご飯を食べに行ったり、ビーチに行ったり、少し遠くに出かけたりと自分にとって毎日全てのことが初めてで、毎日違う経験をしとても新鮮でした。こっちでは何かをしてもらった時”Thank you”と必ず言うので素晴らしいなと感じました。日本では料理が来ても、モノを買って受け取っても“ありがとう”と言う人は少ないし、あまり聞かないなと思います。オーストラリアで滞在した約1か月間、“Thank you”は私自身もたくさん言ったし、言われました。”ありがとう“と意味は一緒だが、少し違うなと感じました。日本の文化は素晴らしいと思うし、日本人は礼儀正しいと思います。しかし、海外に行ってみると今まで気づかなかったことに気づかされ、日本では当たり前だと思っていたものが貴重だったり、文化の違いで習慣が全然違かったりと、たくさんのことを知ることができました。
   最初は不安でしかなかった留学で、1ヶ月長いなと思っていましたが、時間が過ぎるととても楽しく1ヶ月ってこんなに短かったんだと自分の気持ちも変化し、毎日とても充実していたんだなと感じます。それは、自分が努力をしただけではなく、周りの人たち、ホストファミリーや学校の仲間、現地の人たちに助けられたからだと強く思います。自分1人じゃ何もできなくて不安と緊張で押しつぶされていたかもしません。留学をしてオーストラリアに来れたおかげで、来なければ出会わなかった人にたくさん出会えたこと、人だけでなく、環境、景色全てが私の思い出です。大変なこともたくさんあり、悩んだこともありましたが、その分楽しかったことも多いので、良い経験になりました。  
   この経験を活かし、これからの学校生活でも積極的に活動したり、TOEICの点数を上げるためにもっと勉強して、このことを糧にしていろいろなことに取り組んでいきたいと思います。

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クイーンズランド大学

オーストラリア留学体験記
山森南緒
英語・リベラルアーツ専攻3年
2019年2月~8月

   私はオーストラリアのブリスベンに2月9日から8月17日までの6ヶ月間留学をしました。ICTEという、クイーンズランド大学のキャンパス内にある語学学校で英語を勉強していました。この学校では、世界各国から私と同じように英語を学びに来た生徒たち15人ほどで編成された少人数クラスで授業を受けます。少人数クラスという事で先生と生徒の距離もとても近いです。生徒は、私より1、2歳若い10代のクラスメイトから20代、30代、40代近い人もおり、大学とは全く違った環境でした。この環境は日本にいたら体験することはできなかったと思います。ここで私は様々なことを学びました。
   まず、日本とは全く違う文化や性格を持った人たちと接する大変さです。留学する前は、私は「外国の人たちの文化や振る舞いはただ広い心を持って受け入れれば良いだけだ」と考えていましたが、ここにきてその考えの甘さに気づきました。海外では、日本ほど遠慮をすることや空気を読む、などという文化はありません。日本人の友人たちとは違う接し方が必要でした。さらに、しばしばお金や物事の価値観でぶつかることもありました。実際の問題として、ある外国人の友人の金銭感覚が私と違っていて、意見がぶつかることが何度かありました。これは私に着実にストレスとして積もっていきました。しかし、そのまま喧嘩や口論をするのではなく、お互いが譲歩したり折衷案を出したりすることで解決することが出来ました。このような体験を実際にしてみて、「異文化を理解する」ということは、口で言うよりもずっと難しいことなのだと感じました。
   しかし、同時に得たものもとても多かったと思います。まず、「外国人の友人がいる」ということです。これは私にとって大きなことでした。外国人の友人がいれば、シティなどに一緒に遊びに行くうちに英語力を少しずつ伸ばしていくことが出来るからです。私は一緒に旅行に行き、数日間英語のみを話さなければならない環境に身を置くというとても良い経験も出来ました。ちなみに、この旅行で、私の人生で初めて「綺麗な海を見る、泳ぐ」という体験もできました。また、一緒に行った、オーストラリアで出来た友人の1人は韓国出身ですが、カナダで1年間過ごした経験があり綺麗な発音の方法などを教えてもらうこともできました。さらに、相手の国の文化を直接知ることもできました。その国の人の生活や考えを本人から学べるということは、とても貴重なことです。外国の人と長い間会話すること、過ごすことは留学する上で非常に大切なことだということを学びました。
   また、オーストラリアで生活していて新たに気が付いたことは、時間の使い方です。このクイーンズランド大学の留学プログラムでは授業が毎日朝からお昼まであり、午後は自由時間でした。午後全てが自由となるとかなりの時間が余り、初めのうちは何をしたらいいのかわからずにいました。しかし、友人などに教えて貰い、やがてたくさんのアクティビティがあることを知りました。ICTEにはスピーキング、ライティングなどの勉強向けアクティビティの他、コーラスや料理など楽しみながらできるアクティビティ、またテニスやバドミントンなどの気分をリフレッシュできるアクティビティがあり、私もいくつか参加しました。特に、コーラスアクティビティは音楽が好きな私にとって、歌いながら発音の練習や有名な洋楽を知れる良い機会でした。また、シティの図書館で開かれている交流イベント(外国人向けで、知らない人同士でグループになり会話をすることで英語を練習したり友人を作るためのアクティビティ)に参加したり、大学に広く快適な図書館があるためそこで勉強をしたり、ジムに行ったり、映画を見たりなどたくさんの事をして過ごしました。初めの頃は授業が終わったら家に帰ってしまっていたのですが、この午後の時間で様々な活動をするようになり、時間を有意義に使うか無意味に過ごすかというのは大きな差があることを知りました。午後の長い時間だけでなく、スキマ時間を使うことの重要性もこの留学を通して知ることが出来ました。私のホームステイ先の家から学校まで、バスで約25分ほど時間がかかります。私はこの少しの時間を使って単語帳を読み返して、なるべく多くの単語を覚えるようにし、私の弱点の語彙の少なさを克服しようとしました。結果として、すぐには成果は出ませんでしたが初めの頃よりも自分のボキャブラリーに伸びを感じました。
   オーストラリアは、生活面で留学に適した国だということも暮らしているうちに分かってきました。私の暮らしていたブリスベンは特にですが、オーストラリアは世界の中でも特に安全な国のひとつです。また、日本にいた頃と決定的に違ったことは、自然です。どこまでも続いていくビーチや海、見たことの無い多様な動植物など様々ですが、私は毎日のように空を見ていました。オーストラリアの空は、日本の何倍も色が鮮やかで雲も絵になるような形をしていて、とにかく空が広く感じました。これは、少なくとも私が日本で暮らしていた場所より空気が何倍も綺麗な証拠なのだと思います。気候についても晴れの日が多く、夏は信じられないほど暑いですが日本のような湿気はなく、冬は日中なら半袖でも過ごせる温かさでとても快適です。
   食べ物の種類も豊富で、ここに関してはオーストラリアという国を象徴しているのではないかと思います。オーストラリア独自の食べ物や洋食はもちろん、イタリアン、中華、和食など幅広い国々のレストラン、食材が見られました。オーストラリアにきて初めて食べた異国の料理も少なくありません。食の範囲が幅広いのは、長期間暮らしていく上で大事な事だと思うので、オーストラリアはその面でも良い場所だったと思います。
この国の短所をあげるなら、それは物価の高さ、交通機関の不便さ、ほとんどのお店が17時で閉まってしまうことかな、と思います。これらの点については留学を通して日本の素晴らしさを改めて感じることになりましたが、全く違う環境でも暮らしやすい、と「外国人」の私が感じたところに世界中から人々が集まってくる理由があるのかなと思いました。
   オーストラリアは素晴らしい国ですが、私にとってはどうしても完全に慣れることは出来ない外国です。この留学もやはり楽しいことだけではなかったので、もう一度ここに長期留学できるか、と聞かれると悩んでしまいますが、この留学は私にとって他の何にも変えられない経験であり、かけがえのないものです。なぜなら、もし私が留学をしなかったら……と考えてみると、その場合の私とここにいる私は決定的に、英語力はもちろん価値観、ものの見方が違うだろうと推測できるからです。この留学を支えてくれた全ての人達に感謝をし、経験を糧にして過ごしていきたいと思います。

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淡江大学

台湾体験記レポート
飯山悠
中国語専攻 3年
2019年2月~6月

   2019年2月から6月までの約半年間、台湾にある淡江大学へ留学をしていた中国語専攻3年の飯山悠です。僕が留学へ行く前、このサイトを見て留学に対する不安や心配をやわらげ、留学中のイメージ作りをしていました。皆さんもこれを見て参考になることがあれば幸いです。
   僕は中国語の成績がクラスの中で1番といってもいいほど悪く、成績会議が終わるまで留学に行けるか行けないかわかりませんでした。なんとか、先生や友達のサポートのおかげで行けることが決定したのですが、その決定した日から出発までたったの1週間しかなくギリギリで準備を終わらせ、そのまま台湾へ飛び立ちました。なので、周りの人達よりは気持ちの準備が全然できていかなかったと思います。
   そして2月16日から僕の台湾生活が始まりました。麗澤寮に着き部屋の鍵をもらい、部屋に入ると韓国人のルームメイトがいました。英語で軽く挨拶をして、日本のお土産を渡すと彼は韓国海苔を僕にくれました。彼の名前はヒョインといい、後に僕の大親友になります。ヒョインはその日の夜に僕をご飯に誘ってくれましたが、僕は緊張からか折角の誘いを断ってしまい、麗澤大学から一緒に来た日本人の友達や麗澤大学へ留学に来ていた台湾人の友達とご飯を食べました。それが1週間くらい続きました。1週間後ピンポンという台湾人のルームメイトが実家から寮に帰ってきました。僕以外のルームメイト(ヒョインとピンポン)は英語がペラペラで会話に入って行けなかったのが悔しかったです…。そして僕は台湾に来て早々にインフルエンザになりました(笑)。その時、ルームメイトの2人は嫌な顔せず同じ部屋で寝てくれました。それだけでなく「欲しい物ない?」や「お昼ご飯買ってきたよ」と言ってセブンイレブンのお粥を買ってきてくれた時には感動しました。おかげさまでインフルエンザも治りました。ヒョインは軍隊上がりだったこともあり毎晩筋トレをしていました。その筋トレに僕は強制的に参加させられ毎日腕立て100回とグラウンドまで行きランニングを30分ほどしていました。そんな事もありすっかり打ち解けた僕らのルームメイトは周りから寮内で1番仲の良い部屋と評判でした! 正直、部屋は自由に選べないので運だと思います。
   そして授業の履修期間になり色々な授業を体験して自分で時間割を決めます。淡江大学はその授業の担当の教員のサインをもらい初めて履修可能な授業と認められます。さっそく授業が始まりました。最初は先生が何を言っているのか聞き取れなくてとても焦りました。しかしすぐに耳が慣れて聞き取れるようになり内容を理解できるまでになります。中国語の授業は夜の6時から始まるので上手く授業を組めば夜まで寝てられます(笑)。台湾に来て1ヶ月くらいで台湾の生活にも慣れ、寮のみんなとも仲良くなれます。英語が出来なくてもノリで仲良くなれます。そして気がついたら1人で外出して1人でご飯を食べている自分に驚きました。ほぼ毎日食べていた弁当屋さんの老闆の人とも仲良くなり、僕のことを覚えてくれいた時はとても嬉しかったのを覚えています。
   2ヶ月が経ちちょっとした長期休みがあったので、台湾人、韓国人の友達を含め台中へ二泊三日の旅行に行きました。電動自転車を借りて台中を観光しながら一周したのは最高に楽しかったです。この旅行で仲間の絆が深まったのと僕の中国語が伸びたことは間違いありません。旅行が終わり次の日に僕のお母さんとおばあちゃんが台湾へ観光しにきました。僕は案内人として九份や忠烈祠へ行きました。移動する時のタクシーやホテルの受付、レストランの注文など僕がしっかり対応できていることに親が褒めてくれて嬉しかったです。ちょうどその頃が季節の変わり目だったので親に夏服を持ってきてもらい、冬服を持って帰ってもらいました。もし親が台湾に来る際は、こうすれば服を買うお金も節約できるし帰りの荷物もかさばらないのでオススメです。
   学期内に一度「麗澤トリップ」といって麗澤寮のみんなと行く旅行があります。一泊二日の短いものですが、普段関わらない人達とも関われますし、大人しそうな人だと思っていた人の普段見られない意外な一面が見ることができたりして楽しいです。僕はこの旅行中に普段話さないポーランド人の友達と車の話で仲良くなり、今でもたまに連絡を取っています。そして、テストも終わり台湾生活が終わろうとしている時、毎日遊んでいたのは韓国人のルームメイトのヒョインでした。彼とはたくさん話をしました。日本と韓国の違いについて、将来の話、恋愛の話など。会話は英語からだんだんと中国語になっていきました。お互いの中国語が伸びた証拠でしょう。そして彼から色々なことを学びました。彼はとても物知りで考え方も大人で尊敬できる存在、僕の人生の中でとても大きな存在でした。ついに寮を出て行かないといけない日が来てしまいました。何が1番悲しかったかというと自分の部屋が片付いていってしまうことです。ヒョインがパッキングを始めた時、思わず涙しました。その時、彼は「何泣いているのだ?男はこういう時泣かないのだぞ!」と言ってくれました。しかし彼は寮を出る時、僕のことを外に呼び出し誰よりも大泣きしました。もちろん僕ももらい泣きです。この時の記憶は今でも鮮明に覚えています。
   僕は台湾に行くまで人間関係で泣いた事がありませんでした。その時気がついたのが、僕自身が他人に興味を持つようになったということです。色々な人と出会い触れ合うことによって僕の中にあった今まで感じたことのなかった感覚に気がつく事ができたのだと思います。そして彼を空港まで送り、僕もみんなに見送られ日本へ帰ってきました。しかし彼とは一生の友達になれたのでここでお別れではありません。来年の2月に韓国に会いに行く予定です。また今年の11月にも台湾へ行く予定なので、台湾人の友達とも会う予定です。この留学は僕の人生の中でとても大きなものとして残っています。楽しかったこと、悲しかったこと全てが僕自身の一部となっていることでしょう。留学へ行けば、語学が伸びるのはもちろんのこと。他にもたくさんの事を得ることができます。しかし、ここで終わりではありません。日本に帰ってきてからも中国語の勉強を継続しなければすぐに忘れてしまいます。これからも台湾にいた時と同じくらい勉強を頑張ろうと思います。

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プリンスエドワード島大学

第二の故郷
金子龍真
英語コミュニケーション専攻3年
2019年4月~8月

  私はカナダのプリンスエドワード島という場所に4月末から8月末まで留学をしていました。この報告書を通して留学生活でどのような体験をし、どのようなことを学ぶことができたのかを共有したいと思います。
  まず初めに私の留学生活は思わぬ事件から始まりました。留学初日に目的地のシャーロットタウン空港につきホストファミリーと対面し、しばらく会話をしながら自分のスーツケースが流れてくるのを待っていました。ですが、ほかに一緒に来た生徒はみんな自分のスーツケースを取り、ホストファミリーとそれぞれの家に向かって行ったにもかかわらず、自分のスーツケースは最後の最後まで出てくることはありませんでした。その後、ロストバゲージに遭ったことがわかり、ホストファミリーに協力してもらい空港で手続きを終え、家に帰ったのは夜中の2時頃でした。それだけでは終わらず、翌日に届くといわれた自分のスーツケースが届かず、結果的に5日間ほど待ちやっと取り返すことができました。今考えてみると笑い話ですが、その頃は留学のスタートがこのような形になり不安でいっぱいでした。ですが、この事件がホストファミリーと良い関係を築くことができた第一歩になったと思っています。ホストファミリーは私がロストバゲージに遭い困っている間に、足りないものを買いに買い物に連れて行ってくれ、気を少しでも紛らわせるためにいろいろな場所へドライブや、レストランにも連れて行ってくれました。それから、空港への連絡も頻繁にしてくれてそのたびに私にどのような状況なのかを伝えてくれて、とても安心することができました。このようなことを通して最初から良いコミュニケーションが取れたと感じています。
  現地に到着してから約一週間たった頃から学校が始まりました。内容は、現地の語学プログラムに参加し、そのプログラムを卒業することができれば現地の大学へ入学できるというものでした。レベルが1から7まであり、1から5は英語の基本的な勉強、6と7はアカデミック系の内容を勉強することになっています。クラス分けは授業が始まる前に専用のテストを受けその結果に基づいて行われました。私は1セメスター目にレベル6、2セメスター目にレベル7に所属していました。先ほども述べた通りこれらのレベルではアカデミック系の内容を学習しました。1セメスター目では、お昼の十二時半から夕方の七時半までの3クラス(ライティング、リーディング、スピーキング)がありました。授業内容は自分にとって少し難しいくらいで知らない単語やフレーズにも出会うことが多々ありとてもやりがいがありました。また、プレゼンテーションやリサーチなどを授業内で行うことがありそれらのスキルも伸ばすことができました。さらには、七時半という遅い時間に終わるにも限らず毎日のように宿題が多く出るので、平日は課題漬けという毎日でした。そして、レベル6のテストを無事合格しレベル7になると、朝の九時半から午後の二時半までの2クラス分(ライティング、リーディング+スピーキング)の授業がありました。このレベルに所属していた時はサマータイムだったので、週数が短く毎日詰め込まれた内容とたくさんの宿題がありました。ですが、1セメスター目と違い放課後に十分時間があったのでしっかり課題をこなし、それ以外の自由時間も有意義に過ごすことができました。
  授業に加え毎週金曜日には現地の学生アシスタントと行うアクティビティがありました。最初の頃の期間はセミナー形式のアクティビティがメインでした。セミナーの内容は、毎回テッドトークの動画をユーチューブで見てその内容についてディスカッションするという内容でした。このアクティビティでは、自分の意見をしっかりと英語で述べる力と自分の意見を持つ力を伸ばすことができました。また、自分の意見を考えるためにはまずその動画を理解しなければならないので、リスニング能力も同時に伸ばすことができました。しばらくすると、カナダの他の州であるケベックから英語を学びに生徒たちがやってきました。彼らとも、木を植えるボランティアや、ビーチに一緒に行くなど色々なアクティビティを共にしました。彼らは出身がカナダではあるものの、第一言語はフランス語で育ってきているので同じ英語学習者として仲良く過ごすことができました。
  その他にもたくさんの課外活動に参加しました。一番思い出に残っている行事は、ダイバーシティフェスティバルというお祭りにボランティアスタッフとして参加したことです。この行事では、現地にいる日本人同士でコミュニティを作り、日本の伝統や文化を紹介し広めるという内容でした。友人の中には放課後にソーラン節を練習して本番舞台の上で躍ったりもしていましたが、私は授業の都合上練習に参加することができなかったのでブースの手伝いのみをすることになりました。ブースでは日本の伝統的な遊びであるヨーヨーやけん玉などを紹介し、着物のちょっとした試着などを行いました。日本のものを英語で説明することは想像以上に難しく、自分でもよくわかっていない遊びに関する質問をされたときにはうまく説明できず苦戦した場面も多々ありました。この行事を通して日本文化とはどんなものなのだろうと考えなおすきっかけになったと同時にたくさんの方々に日本文化を知っていただけて嬉しく思いました。
  日がたつにつれてホストファミリーともどんどん仲が深まっていきたくさんのアクティビティを一緒にしました。それから仲良くできるルームメイトもできたので楽しい時間を過ごすことができました。特に、七月の頭にきた韓国人のルームメイトと仲が良く、ホストファミリーと一緒にインターナショナルデイという国際交流のイベントを家で開いたり、ビーチに行って遊んだりしました。このようなアクティビティを通して自分自身の英語力だけではなく、人間関係の楽しさやコミュニケーションの重要さを学ぶことができました。
  この留学全体を通し、語学力だけではなく他国の文化などに触れ自分の価値観や視野を広げることができました。またそれと同時に自分が日本で生まれ育ったということを再認識することができた良い機会になりました。これらの経験をこれからの大学生活や就職活動に大きく活かせるよう努力を続けていきたいと思います。

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プリンスエドワード島大学

カナダ留学体験記
久野愛純
英語コミュニケーション専攻3年
2019年4月~8月

  私は、カナダの東海岸に浮かぶプリンスエドワード島のシャーロットタウンにあるプリンスエドワード島大学(以後UPEI)に、約4ヶ月間留学に行ってきました。現地レポートでもお伝えした通り、穏やかな気候で、自然ものどかで過ごしやすかったです。現地の人々もとても親切で、日本人の様に忙ない感じがなくゆったりとした空気が感じられました。そこでのプログラムを終えて学んだ点と反省点、そして日本との違いで気づいた事をこの場を借りて報告させて頂きます。
  まず初めに、このUPEIのプログラムを受けた初めての生徒でしたので、前例がなく具体的にどの様な事をするのか見当もつきませんでした。実際に学校に行き、レベル別で授業を行うと理想とは遥かにかけ離れていたと言っても過言ではありませんでした。海外の学校は、私が行った時はオフシーズンでしたので、校内には同じプログラムを受ける中国人が圧倒的に多かったです。初めの頃は、とてもやる気に満ち溢れていて、どんな事をしようかワクワク考える事が多かったのですが、次第に私がいたクラスに不安を持ち始めました。発音が少しでも変だと先生が感じたら、その生徒が習得できるまで永遠に発音練習を授業内に行うからです。正直、私にとっては時間の無駄でした。こんなペースで何か学べるのか、何か身につくのか、そんな風に思う様になり、それからは指名されない限り自ら発言する事も無くなりました。今その事を振り返ると、少し考え方が幼稚な気がします。ここでの反省点は、なぜ自ら行動できなかったのか、です。やろうと思えば、いくらでも自ら文法や長文問題をインターネットで調べる事ができたはずですし、教科書も授業で扱っていないページを解く事ができたはずです。今までの私は、与えられた事にしか対応せず、その先の自習学習ができていませんでした。その事で満足な結果が得られないことが多く、ツメが甘いという様な結果に繋がると思いました。少しの苦労では得られるものも少ないという事を学びました。また生活の面でも同様に、誰かに話しかけるにしても、学校帰りにどこか遊びに行くにしても、私から行動を起こすことが多かったです。私はどちらかと言うと積極的な行動をとるタイプの性格ではなく人見知りという事もあったため、最初のうちは人に話しかける事は私にとって大きな壁でした。また、私は日常会話においてスラスラ文法通りに話すことができておらず、その点を少しでも改善できたらなと留学前から考えていました。積極的にコミュニケーションをとる事と日常会話において流暢に話す事が、自らクラスメートやホストファミリーに話しかける事によって改善されました。誰か待っているだけでは誰も来ません。自ら積極的に行動をしなければならない事を学びました。日本人は比較的内気な性格の人が多いと、改めて感じた瞬間でもありました。
  続いて、日常生活において日本との違いをお話しします。まず、家と家の距離が長く、歩くと想像以上に遠いと感じる事がありました。私は東京都に住んでいるため、その様な事は滅多に起こりませんでした。またカナダの家は、二階建てであっても一階はベースメントにある事が多く、ダウンタウンに行かない限り高い建物が少なく開放感がありました。偏見かもしれませんが、外装も可愛らしい家が多く、学校の帰り道などに街並みを見てうっとりする事もありました。交通機関に関しては、日本の方が優っていました。私が居たシャーロットタウンでは、電車や地下鉄はなく公共の交通機関はバスのみでした。またその唯一のバスも行き先によっては1時間に1本しかない場合もありました。最終のバスも6時代でしたし、日曜日は運行していませんでした。5分、10分遅れる事も日常的で、バスを利用して学校に通う私にとっては慣れるまで不便でした。日本の交通機関はしっかり整備されていますし、遅延も朝晩の通勤・帰宅ラッシュ以外はほとんどなく、素晴らしいなと感じました。本数も遥かに多く、改めて交通機関の重要さに気づきました。しかし、自転車をバスの前方部分に積む事ができる点は、日本では見た事がなかったので、便利だと思いました。交通手段として、車を利用する人も多かったのですが、そこでも日本との違いがありました。最初でも述べた様に、忙しない感じがなく常にマイペースな人が多いため、道を横断する歩行者が居るとすぐに止まって道を譲ってくれる人がほとんどでした。日本ではそうはいかず、なかなか渡れない事はよくあると思います。歩行者優先でも、みんな何かに追われているかの様に急いでいる人が多いので、この事から文化の違いを実感しました。人の性格的な面においては、意見がはっきりしていました。日本人は謙虚なところがあり、断りたいという感情があったとしても、どこか申し訳ないという気持ちが勝ってしまい、曖昧な返答をする傾向があります。私も含め、そういう人は少なくないはずです。カナダに限らず、海外では“Yes”か“No”しか答えがないと思います。ここで、私が経験した事をお話しします。私は、野菜が大好きで、その事をホストマザーも知っていました。しかし、にんじんは苦手なのですが、食べれなくもないため、好きか嫌いかで聞かれた時好きだと答えてしまいました。それから、お昼ご飯に小さいタッパーの片面にぎっしりにんじんが詰め込まれる事が増えてしまいました。最終的に、得意ではない事を伝えなくてはならなくなり苦労しました。少しでも無理な事は無理だと伝えなければ、自分も苦労しますが相手にも迷惑がかかってしまいます。その事があってから、選択する際は慎重に言葉を選ぶ様になりましたし、自らの発言には注意する必要があると思いました。
  この留学では、学習面だけでなく性格の面で学べた事が沢山ありました。今後の日常生活、特に就職活動においても役に立つ事柄もありました。少しでも自分自身を変えられたら、この経験は無駄にはならないと思うので、携わってくださった全ての人に感謝を忘れず、これからに活かしたいです。

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プリンスエドワード島大学

四ヶ月の留学を終えて
佐藤由菜
英語コミュニケーション専攻3年
2019年4月~8月

   私は4月から8月までの約4ヶ月間、カナダに位置するプリンスエドワード島という小さな島で留学をしていました。私はこの留学をするまで1度も日本から出たことがなく、人生で初めての渡航でした。また、プリンスエドワード島大学は新しく提携されたばかりであったため、麗澤大学からの留学は私たちが初めてでした。そのため、プリンスエドワード島はどんな場所なのか、大学での授業はどういったものなのか、現地の人はどんな人たちか、何もかも全く見当がつかず最初は不安だらけでした。しかし、留学を終えた今自分を見直してみると、私は留学へ行く前より確実に成長できたと感じます。この体験記では、プリンスエドワード島の魅力や、私生活で文化の違いに触れて感じたこと、授業について書いていこうと思います。
   はじめに、プリンスエドワード島についてです。プリンスエドワード島は、自然に囲まれまさに絵はがきのような街並みをしており、風景だけでなく現地の人々も皆温かいため非常に美しい島です。ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、この島は『赤毛のアン』の作者であるモンゴメリの生まれ故郷で、物語の舞台でもあります。キャベンディッシュという所には、物語で出てくる風景を忠実に再現されたグリーンゲーブルズがあります。私は、大学のツアーで2回訪れたのですが、アンの家に入ったり森の中を探索したりしていると、思わず自分が物語の中に飛び込んだような気持になりました。きっと赤毛のアン好きにはたまらない場所だと思います。夏のシーズンには、日本からはもちろんのこと、世界中から多くの観光客が訪れるそうです。キャベンディッシュから離れたシャーロットタウンという街は、ヨーロッパ風の建造物が多く並んでおり非常に可愛らしい街並みをしています。大学はそのシャーロットタウンに位置しており、私たち麗澤生のほとんどが大学の近くでホームステイをして暮らしていました。大学付近には、ショッピングモールや映画館があり、また大学からバスで15分ほど離れたところにはダウンタウンがあるため、授業終わりや休日などはよくそちらへ出かけていました。プリンスエドワード島は比較的北海道と似た気候をしており、冬が長く5・6月頃までは肌寒い日が続きます。夏は7・8月頃と期間は短いですが、湿度が低く快適に過ごすことができます。現地の人々の多くはこの貴重な夏の時間を、ビーチへ出かけたりコテージで過ごしたりするなどして楽しんでいるそうです。夏のプリンスエドワード島は、島中が現地の人々や観光客であふれ活気づいているため、街を歩くだけでも気分が高まります。
   次に、私生活についてです。私は、家から大学まで徒歩約5分のホームステイ先で暮らしていました。私がお世話になったホストファミリーは、10歳の娘さんが一人の3人家族で犬を一匹飼っていました。ホストファザー、マザーともに素敵な方々で毎日私のことを気遣ってくれました。私の予定がない休日は、ホストファミリーが私を連れていろいろな場所へ連れて行ってくれ、天気が悪い日やファミリーが外出する予定のない日は、家で映画を見たり娘さんと遊んだり、お菓子を作るなどして過ごしました。普段はホストファザーがご飯を作ってくれるのですが、平日週2・3回程度、ホストファザーがみんなをファザーのお母さんのお家へ連れて行ってくれ、ファザーの家族や親戚たちと一緒にお夕飯を食べる機会がありました。また、ファザーの家族のうち誰かの誕生日には、家族・親戚みんながお母さんの家へ駆け付け誕生日パーティーが始まります。私は日本であまり頻繁に親戚と会って一緒に食卓を囲む機会がなかったので、そういった場に参加するのはとても新鮮でした。それに加えて、なんだか羨ましい気持ちにもなりました。私も小さい頃はよく、毎日のようにおばあちゃんの家へ遊びに行き、いとこと遊んだりご飯を食べたりしていました。お正月や何か特別なことがあるたびに親戚みんながおばあちゃんの家へ集まり、一緒にご飯を食べながら談笑を楽しんでいました。しかし、大きくなるにつれなかなかそういった機会を作ることができず、いとこやほかの親戚たちとも疎遠になっていきました。そんな生活をしてきた自分からすると、家族との深いかかわりを大切にしている文化がとても素敵だと感じ、家族や親戚が恋しくなりました。
   最後に、授業についてです。この大学で英語を学ぶプログラムでは、テストに基づきレベルごとにクラスがいくつか分かれ、クラスによってもやることがかなり違ってきます。私が受けていたクラスは、アジア系の学生がほとんどで、主に中国人の学生が大半を占めていました。クラスによって学ぶ内容はかなり変わりますが、私のクラスでは主にReading、Writing、Speaking、Listeningのすべて一つ一つ、丁寧に基礎から応用までを学んでいました。クラス内でグループを組み、ディスカッションをする機会が多かったのですが、他の国の人との英語の発音には違いがあるため、なかなか相手の発音が聞き取りにくく、最初は苦労することも多かったです。しかし、少しずつ聞き取れるようになり、クラスメイトとも打ち解けることができました。学期の後半は、課題やプレゼンが多かったため少し大変でしたが、最後までやり抜くことができました。このクラスでは、正直簡単に思える授業もあり物足りなさを感じることもありました。そのため、授業の影響で英語力が格段に伸びたとは言えませんが、Writingやプレゼンを通して、英語を使う上で大切な基礎力はついたのではないかと思います。また、日本ではおそらく知ることができなかった他国の文化を、身をもって感じることができました。
   この4ヶ月という短くも長い留学を通し、私はこの体験記では書ききれないほど、人生における大切な経験をたくさん積むことができ、さらに自分を一回り大きく成長させることができました。初めての海外でうまくいかないこともあり、時にはつらい思いをすることもありましたが、この経験もすべて未来の私にとって必要不可欠なものです。この留学で学んだことを決して離さず、これから先も生かしていこうと思います。

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ラングポーツ語学学校

留学体験記
片岡春希
英語コミュニケーション専攻2年
2019年8月~9月

   私は、この夏休みを使いオーストラリアに合計40日間滞在しました。そこでは、語学学校に入学し、友達を作り、勉強だけでなく多くの経験と知識を得ることが出来たと思います。
   一週間目、私は金曜日の夜に日本を出国し、土曜日の朝にオーストラリアへ到着しました。着いてすぐに思ったことは、空と道路が日本に比べてすごく広く見えたことです。日本にいる時、私は出身が茨城なので家の近くに山があり夜景などすぐに見れる環境にいました。ですが、オーストラリアの空を見て、こんなにも透き通った空を見たのは初めてだと思いました。それはきっとオーストラリアの環境に日本との違いがあるからだと私は思います。オーストラリアは、温暖な環境で雨が一切降りません。私がこの40日間で雨が降っているのを見たのは、たった2回だけです。このような理由から、日本と比べて、雲を一切見ないオーストラリアの空は日本より大きく見えたのだろうと思います。道路に関しては、やはり海外なのだなと思わされ、日本より広い道路が多くありました。
   空港からLANGPORTSの迎えのバスが来て、ホストファミリーの家へ向かいました。ホストファミリーの方々は暖かく私を迎え入れてくれ、私はとても安心しました。家族は、全部で五人で、お母さんとお父さん、そして7歳の長女と6歳の長男、3歳のかわいい次男がいました。長女と次男は、二人ともラグビーのクラブチームに所属していて、1日目私は家族についていき、二人の試合を一緒に観戦しました。二人ともとても強く、ゲームには勝ち、そして二人ともチームの要のように私には見えました。中でも長女のマヤは、チームの中で唯一の女の子であり、すごくたくましかったです。試合が終わり、家に帰ると、家の中は綺麗に飾りつけがされていました。それがなぜかと聞くと、今日は3歳のジャガーの誕生日だということでした。私は、私がオーストラリアについたその日が次男の誕生日ということにとても驚き、訳も分からず一緒に誕生日パーティーをしました。とても充実した1日目でしたが、とても疲れて私は9時前後に眠りにつきました。次の日、私は一緒にオーストラリアへ来た友達と合流し、学校までの道を行ってみることにしました。学校の近くは、とても賑わっていて日本人も多くいる観光地でした。外国の方たちも優しく、私たちが日本人だと分かっているからか伝わるようにゆっくり英語を喋ってくれて、私はとても感謝しています。
   二週間目、いよいよ学校が始まりました。初日はテストが多く、他国から来ている外国人もいたのでとても緊張感があったと思います。ですが、いろいろなレベルの英語と触れ合えることができ、聴きとれない部分もありつつ非常に楽しく感じました。外国の友達もでき、一緒にご飯へ行ったり遊んだりしました。中でも一人、親友とも言える人ができ、彼の名前は『Diego』と言います。ディエゴはテニスが大好きで、錦織の話をよく私にしていました。また、彼はサッカーやサーフィンなどもしていて私とよく気が合いました。授業でもクラスが一緒でよく二人で話しながら授業をしていました。
   三週間目、ここでの暮らしが慣れてきて学校の近くの観光地は大体、道なども覚えました。そんな中、学校では語学学校なので、毎週のように卒業生と入学生がいます。今週の入学生は、日本人が多く、大阪から来ている子や愛知から来ている子、同じ麗澤から来ている子など多く日本人がいました。中でも大阪と神奈川から来ている子とは、とても仲良くなり、一緒にスケートボードに乗ったり、土日には『movie world』というアミューズメントパークにも行きました。そこでは、いろいろなキャラクターとアトラクションがあり、とても楽しかったのを覚えています。ショーも見て、皆で子供のようにスーパーマンやハーレークイーンなどに手を振っていました。
   四週間目、そろそろ金銭面的に厳しくなり、お金を使わない遊びをしようとみんなでなりました。そこで毎日のようにしていたのは、スケートボードと私たちが行っていたゴールド・コーストという場所は海の近くだったので、ビーチバレーなどをするところが多く存在し、外国人と簡単に国際交流をする場所がありました。なので、毎日のようにスポーツを通して、楽しく国際交流をし、お金のかからない遊びをしていました。また私は、ディエゴ達と一緒に金曜日のサーフレッスンに参加して、遊びました。日曜日は、ホエールウォチングに日本人のみんなと参加し、船に乗りながら大きな鯨をこの目で見ることができました。また、私たちが見たときは、運が良かったらしく、一度に三匹のクジラが現れたりして、とても貴重な経験ができました。
   五週間目、いよいよ最後の留学の週となりました。思い返すとあっという間で、語学学校なだけに私たちのたった五週間でもこの学校ではレジェンド化するのではないかというくらいみんなと仲良くなり、たくさん友達ができました。毎日、授業の間の休憩時間で卓球をしていたのもこれで終わりかと思うと少し悲しく感じます。卒業式の後では、みんなとたくさん写真を撮り、お別れの言葉を交わして、一緒にバーベキューもしました。とても充実した、学校生活だったと思います。
   日曜日になり、日本に帰国する時がやってきました。ですが、ここで問題が起き、飛行機が欠航になってしまいました。その理由は、日本で起きていた台風で、成田行きが無くなっていました。その日帰国しようとしていた私達麗澤生の三人は、Jetstarが用意してくれたホテルに二泊することになり、2日後の早朝にケアンズに飛んでそこから成田空港へ帰国することとなりました。ですが2日後、ケアンズに到着したのはいいものの、そこからの成田行きがまた台風の影響で欠航となってしまいました。私達は、Jetstar側と話し関西空港行きでも良いから早く帰る方法はないのかと言いました。ですが、関西空港行きも次の日にならないと運行していなく、またホテルに一泊しました。次の日になり、やっと日本に帰ることができ、私達はひとまず安心しました。でもついたのも関西空港なので、そこから新幹線に乗り東京駅まで行き、常磐線を使って自宅まで帰ってきました。
   この留学を経て私は、勉学だけでなく、国際交流なども多くすることができたのでとても楽しく思い、いろいろな問題もあったことで、ひと回りもふた回りも、大きく成長できたのではないかと思います。とても貴重な留学でした。

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ラングポーツ語学学校

オーストラリア体験記
塩谷勝太
英語コミュニケーション専攻2年
2019年8月~9月

   私は自身の英語のスキルを向上させる為、オーストラリアのクイーンズランド州にあるゴールドコーストに訪れました。私自身は海外への渡航の経験があり、仲の良い友人も一緒だった為、出国前はさほど緊張することもなく過ごすことができました。7時間の長いフライトを終え、無事にゴールドコースト空港に到着しました。その後、送迎のバスで各自のホストファミリーの家に向かいました。私のホストファミリーはシングルマザーだったのですが、第一印象は優しそうな人だと感じました。私の慣れない英語をちゃんと聞いてくれるとても優しく、フレンドリーな人でした。初めに見たゴールドコーストのビーチはゴミ1つ無く、とても綺麗で驚きました。また、月曜日から始まる学校までの道のりを案内してくれたり、スーパーに連れて行ってくれたりしました。最初の土日が終わり、学校の準備もできました。
   私の通った学校はラングポーツ語学学校という世界から英語を学びたい人達が集まる学校で、通いたい期間も自分で決めることができます。初日は少し緊張したけどクラスメイトがフレンドリーだったので、すぐに慣れることができました。授業は1日に3コマで毎週金曜日は卒業式があるので2コマです。クラスはレベル別になっていて、入学式にテストが行われテストの結果で振り分けられます。クラスのレベルについては毎週月曜日にホームティーチャーとの面談があるので、その際に変更できます。また3コマ目の授業は選択授業であり、Vocabulary、Grammar、Conversationがあり、必要に応じてクラスを選ぶことができます。学校に通っている生徒は日本人、ブラジル人、スイス人等が大半を占め、その他にも様々な国籍や年代の人がいて、私が驚いたのは殆どの生徒が私より年上だということです。日本人は平均的に20代前半が多いのですが他の国は25〜30歳が多い様です。私は3コマ目にConversationのクラスを取っていたので彼らと話す機会は沢山ありました。会話をする中で感じた日本人との違いは自信です。彼らの英語は決して正しくはないのですが自信があり、よく喋ります。やはり日本人は彼らと比べるとシャイに見られがちです。また、日本人は話しを続ける力が乏しいなと感じました。例えば、日本人は質問に対してYes、Noで終わってしまうことが多い印象でした。なので、私はできるだけ長く話せる様に心掛けました。学校では英語以外の言語が一切禁止されていて、その点はとても厳しい印象でした。日本語を話していると注意を受けてしまうので注意しましょう。   
   学校では様々なアクティビティがあります。例えば、ホエールウォッチングやサーフレッスン、アミューズメントパークの割引チケット等があります。私は友達とムービーワールドというアミューズメントパークに行きました。ムービーワールドはDCコミックスのキャラクター等をモチーフにした乗り物があるテーマパークです。どの乗り物も迫力があり、楽しむことができました。学校終わりにはスケートボードに乗ったり、異国の人々とビーチバレーをしたりしました。
   ホストファミリーとの契約で朝食、夕食を作ってもらって生活していました。オーストラリアでの食事は日本とは少し異なるなと感じました。まず、朝食はコーンフレークやトーストが一般的です。昼食は自身で負担することになっていたのでスーパーマーケットでパン、ハム、チーズを買い、サンドイッチを作って学校に持って行って食べていました。夕食はミートパイ、キッシュ、パスタ等が出ました。タイ米に慣れなかったり、味付けが薄かったりすることもありましたが美味しいと感じました。夕食の量は少ないと感じました。私のホストファミリーは満足に食事を取れましたが、ホストファミリーによってはあまり食事が美味しくなかったり、量が極端に少なかったりすることもある様です。ホストファミリーとのトラブルに関しては学校に相談室があるので活用することをお勧めします。学校のあるサーファーズパラダイスは観光地であり様々な食事を楽しむことができます。オーストラリアでの有名な食べ物はフィッシュ&チップスやミートパイ等があります。オーストラリアでの食べ物の物価は日本より少し高く感じました。例えば、ハンバーガー1つで大体10ドル以上はかかります。私の場合はお腹が減ってしまい、学校の終わりに軽食を取ることが多かったのですが、毎日その様に外食をすると結構な費用がかかってしまうので注意が必要です。
   オーストラリアでの治安は日本ほど良くはないので注意することに越したことはないです。私は危険なことは体験しなかったのですが、私のクラスメイトの日本人は部屋に泥棒が入り現金、カード、パスポートを盗まれるということもあったので、貴重品の管理は注意した方が良いでしょう。またクラブ等ではドラッグを使用している人もいました。オーストラリアでのドラッグの法律は厳しいので注意しましょう。
5週間のプログラムを経て、学校を卒業し最終日。お世話になったホストマザーに挨拶をして空港に着きました。しかし、運が悪く日本には台風が接近していて成田行きの飛行機がキャンセルになってしまいました。幸いなことに帰国日が同じ麗澤生がいたので協力してJetstarの方に英語で話をし、アサヒトラベルの方にも連絡を取って相談に乗ってもらい、ゴールドコーストで延泊2日し、ゴールドコースト空港からケアンズ空港に飛びました。しかし、そこでもフライトがキャンセルになり、結局2泊し、6時間かけて関西国際空港に到着しそこから新幹線に乗って3時間でようやく東京に帰ることができました。
   オーストラリアでの生活はとても充実していました。綺麗な海と穏やかな人々の良い環境の中で毎日様々な発見があり、英語は勿論、英語以外にも沢山のことを学ぶことができました。ゴールドコーストには様々な人が生活していて私が考えていた生き方に大きな影響を与えました。私にとって40日間のオーストラリアの生活はとても中身のあるものになりました。もし、オーストラリアでの留学を考えているのであれば、強くお勧めします。

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イェーナ・フリードリヒ・シラー大学

一年間の留学生活を経て
飯酒盃陽鞠
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2018年10月~2019年7月

   約一年間に亘る留学生活もとうとう終わりを迎えました。終わりに近づけば近づくほど、「あれをすれば良かった」と後悔の念に駆られます。ヨーロッパなど、行こうと思い立ってすぐに行けるわけではありませんし、何より一年間という長い期間海外に身を置くことは、中々出来ることではありません。悔いを残さないためにも準備を怠らず、常に新しい情報に耳を傾け、思い立ったら即行動することが鍵となります。
   一年間ドイツで過ごし、改めてドイツと日本の違いを感じました。最も顕著に感じたのは人との距離感です。一般論ではありますが、欧米諸国などに比べるとドイツの方々が初対面の人相手に過度なスキンシップを取ることはまずありません。そういった意味では、私達日本人と極めて近い感覚を覚えます。しかし日本人と異なる点は、「不要な」気遣いはしないという事。個人差こそあれ、日本人は今後の友好関係を念頭に置き、会ったばかりの人にも友好的に接する傾向があります。日本人にとって第一印象はかなり重要であり、時に過度な心遣いを見せることもあります。一方ドイツに住む方々にとって最も重要なものは親密度であり、親しくない間柄で必要以上に気を遣う必要はありません。相手のことを知り、相手と仲良くなることこそがスタート地点なので、初対面では心を開いてくれないこともしばしば。中には冷たいと感じてしまう人も居るかもしれません。しかし一度仲良くなってしまえば、非常に良い友好関係が築けます。ドイツの方々は日本人に比べて思っていることをはっきりと口に出す傾向があるので、最初は厳しい印象を持ってしまうかもしれませんが、その分友人になると心から信頼できます。余談ですが、ドイツにはプレゼント文化こそあれ、土産の文化は無いそうです。日本では新天地に行く際、あるいは新しく友好関係を築く際に挨拶もかねて土産を持参しますが、先ほど述べた理由により、ドイツには土産文化そのものが存在しません。ドイツ人の友人によると、親しい人の記念日は極めて重要で、ギフトショップは毎日かなりの賑わいを見せます。誕生日用の装飾やギフトカードから結婚祝い、出産祝い、クリスマス、年末年始など、売られているものは日本と大差ありません。またドイツには「幸運を呼び込む縁起物」があります。「幸運の豚」は強さや富の象徴、「天道虫」は豊作、「ベニテングダケ」は自然と美の象徴など、日本に負けず劣らず複数存在し、ギフトショップの定番商品でもあります。中には「煙突の掃除屋」という変わり種もあり、一説によると冬の寒いドイツにとって煙突の掃除は欠かせない為という、なんともドイツらしい理由によるものだそうです。こういったドイツの文化に触れることも、ドイツ留学の醍醐味だと思います。
   ここまで大まかな国民性について触れてきましたが、ここからは少し細かい注意事項や失敗談について書いていこうと思います。私がドイツへ来て最も驚いたのは、気候です。ドイツへ来る以前、先にドイツ留学を終えた先輩方に冬の寒さが極めて厳しいこと、度々豪雨に見舞われることを聞いていました。しかし実際にドイツへ来てみると冬の寒さも思っていたほど厳しくなく、気象予報こそ頻繁に雷雨を示しますが、実際に降ることは殆どなく、降っても通り雨や夕立程度のごくわずかな時間でした。勿論地域差はあるでしょうし、私はドイツ国内全土の気候を把握している訳ではありませんが、少なくとも私が留学したイェーナ・フリードリヒ・シラー大学周辺で起こった豪雨は片手で数える程度です。何より脅威となったのは夏の暑さでした。気温が高かったのはたった二、三週間程度でしたが、ドイツには冷房設備が非常に少ない為、夏場はかなり辛い思いをしました。最も気温が高い日は39℃を超え、酷いときには眩暈や頭痛がするほどでした。ある時ふと思い至りドイツ人のタンデムパートナーに聞いてみたところ、今年ほど気温が上がることは珍しいそうです。地球温暖化による異常気象が日本でも度々報道されますが、今年はそれがドイツでも起こっていたようです。日本でもドイツの異常気象が報道されていたそうなので、見聞きした方も居るかもしれません。そのためドイツには暑さをしのぐ手段が殆どないに等しく、室内、室外に関わらず暑いという状況でした。少し大きなホテルや国営鉄道にはエアコンが設置されていることもありますが、通常バスや電車、建物にエアコンはおろか扇風機も無い場合が殆どです。また首元を冷やす冷却タオルや冷却シート等も無いため、自分で工夫するほかありません。今回の暑さは企業側にとっても予想外の出来事だったようで、暑さが少し落ち着いた頃にやっと陳列棚に小型の扇風機が並びました。それもごく短い期間で、常に完売、または品薄の状態が続きました。もしもドイツ留学を考えている人が居て、荷物に余裕があるのであれば、暖かいコートよりも扇子や小型扇風機を持参した方が良いかもしれません。今年の暑さをもとに来年以降改善される可能性はありますが、用意して損は無いと思います。またコートやマフラーなどの防寒着はドイツでも買うことが出来ますし、何よりスーツケースの容量を圧迫するためあまりおすすめ出来ません。また暑さとは違いますが、紫外線にも注意が必要です。ドイツの夏は日照時間が長い為、少し外を歩いただけで日焼け、ということは決して珍しくありません。イェーナ・フリードリヒ・シラー大学はいくつかの校舎に分かれており、授業を受ける以上徒歩で移動することは必須です。紫外線に弱い方は日焼け止めクリームやアフターケア用品、サングラスがあった方が良いと思います。ドイツの方々の中には日焼けをファッションや夏の醍醐味と捉える方も多く、見ているこちらが痛々しいほど真っ赤に日焼けしている方もよく見かけます。またタンクトップやキャミソールにハーフパンツといったかなりの軽装をしている方々が殆どです。日本人女性には少し抵抗がある服装ですが、ドイツではむしろ馴染むかもしれません。何にせよ、もしもドイツに行く機会があれば、冬の寒さだけでなく、夏の暑さや紫外線についても対策すると過ごしやすいと思います。
   最後に旅行に関してお話しします。ヨーロッパへ行く以上、観光が楽しみだという方も多いでしょう。イェーナ・フリードリヒ・シラー大学周辺にもゲーテやシラーゆかりの建物が点在します。しかし、ドイツで旅行する際に注意点があります。それは交通費です。文化的な遺産の多いドイツで一度は行ってみたい観光名所を挙げればかなりの数になるでしょう。つい小旅行のつもりで特急列車などを使うとあっという間に数万円かかります。最も低価格で旅行出来るのはフリックスバスという交通機関ですが、安い分かなりの時間を要します。またフリックスバスは本数も少なく、一日に一本ということも多々あります。ドイツではインターネットやアプリ等で乗車券の予約が出来、予約が早ければ早いほど安く買うことが出来るため、旅行に行く際は出来る限り早めに旅行の計画を立てることをお勧めします。また遠出する際には、思い切って一泊、二泊するのも一つの手だと思います。日帰りで行って満足せずに帰り再度同じ地へ行くくらいなら、初めから宿泊を前提にした方が安く、余裕を持って観光できます。
   ドイツで一年間過ごしましたが、私はまだ満足しきれていません。言語の習得にはそれなりの時間を要しますし、未だ私の知らないドイツの文化も数多くあるでしょう。また同じドイツ国内でも、地域によってかなり差が生まれると思います。もしもドイツ留学を考えている方が居るなら、私は半年ではなく、一年留学を強くお勧めします。一人の経験者として、折角の留学できる機会を最大限に生かし、多くのことを習得・吸収して欲しいと願います。

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