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留学体験記

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ビサヤ大学

ビサヤ大学夏期語学研修に参加して
木村 ひかる
英語リベラルアーツ専攻1年
2017年8月~9月

  私は今回のビサヤ大学語学研修へ参加し、多くの事を学べました。それは、文に表すと書ききれないのではないのだろうかと思うぐらいたくさんの思い出や経験を得ることや、英語で物事を伝える難しさ、そこから楽しさなど様々な事を学ぶことができました。このレポートには、学習面・生活面・休日の日の出来事を書いていきます。
  初めに、学習面についてです。まず、授業開始日の前日にクラス分けをするためにテストを受けました。そのテストは、TOIEC・writing・speakingの3つでした。おそらくwriting・speakingはビサヤ大学オリジナルのものと思われます。speakingテストは、一人ずつ先生に呼ばれ、マンツーマンのような形で受けました。内容は、実用英語検定の2次試験のようなものでした。普段の授業では、一日にグループレッスンとマンツーマン授業が4コマずつありました。グループレッスンでは主に、“会話”が中心なのだなと感じました。ほとんどの授業で毎回、「昨夜はなにした?」「週末は何するの?」と聞かれました。そこで英語で会話をするという力と自信がついたと思います。同じクラスメイトも、日本人もいれば、台湾人、ベトナム人、韓国人など国際色豊かでした。なので、教室に入れば、授業中は日本語を使用せず、日本人同士で話し合うときも言語は英語。もちろん、他の国の方とペアになって話し合う時もたくさんありました。お互い英語はまだ達者ではないので、伝えたいことが伝わるかなど不安な面もありましたが、お互いのアイディアを出し合い、共通言語である“英語”を使用して話し合いをしていることがとても楽しく感じました。マンツーマンでは、個室の少し狭い教室があるのですが、そこで1対1で教えていただくスタイルでした。一生懸命教えていただき、分からないと伝えれば、言い換えや例文を出してくれて、私が理解できるまでとことん説明してくれました。マンツーマンはグループレッスンよりも距離が近いので、その分先生ともとても仲良くなり、お母さんのような存在になりました。授業の内容自体は、最初に行ったテストによってテキストが変わるのですが、私の場合は本当に基礎中の基礎でしたので、新しく覚えたのではなく、復習をしていたような感じでした。毎回宿題も出ました。
  次に、生活面です。飲み水などは寮にウォーターサーバーがあるのでのどが乾いたら、ウォーターサーバーの水を飲むか、寮から歩いて行ける距離にスーパーマーケットがあるので、そこでジュースや生活に必要なものなどは買い足していました。最初は寮の食事が合わない、設備が日本と違ってきれいではないことにショックを受けました。特に食事の面では、タイ米に慣れていなかったので、お米に慣れるのには時間がかかりました。トイレも、部屋のトイレは便座もきれいで、トイレットペーパーも流せますが、学校のトイレの便座は汚くて座れない、紙は流せないという、想像していたフィリピンのトイレでした。そして、セブ島について初日の日に、カフェに行こうと寮の外に出ました。ですが、セブ島(フィリピン)の交通量は日本と違い多く、歩道、信号はなく、その上意味もなく鳴らすクラクションにとても驚き、カルチャーショックと恐怖を感じすぐに寮に戻りました。このことがトラウマになり、外に出たら怖い、だが寮の居心地が悪い、と、数日間は苦痛で仕方なかったです。ですが、ある日食堂で夕飯を食べていたら、同じ寮の方がシューティングゲームに誘ってくれ、参加することに。ここでほかの大学の方や、台湾人の方と仲良くなりました。このシューティングゲームに参加したことにより、外に出る怖さなどがなくなりました。
  そして、このことがきっかけで、土日は様々なアクティブやお出かけを同じ寮の方とするようになりした。最初の週は、セブ島南端にあるオスロブという海でジンベイザメと泳ぎました。その後、カワサンフォールという滝へ行き、飛び込をしました。高さ約20Mの所から飛込をするのはとても怖かったですが、日本ではできないとてもいい経験ができたと思います。次の週は、アイランドホッピングへ行き、3つの島を巡りました。そのなかでも、パンダノン島という島は、天国に近い島と言われており、水がとても透明でセブ島付近の中でも一番きれいな海なのではないかと思うくらいとてもきれいでした。基本土日は寮の方と遠くへ旅行や、アクティブをしに、平日は授業後に、カフェやスーパーへ行ったりなどしていました。セブ島について2週目となってくると、友達も増え、寮の中にあるラウンジなどにみんな集まっておしゃべりしたり、トランプをしたりしました。授業がかぶっている、一緒に旅行に行った、友達の友達、など様々なきっかけで友達がどんどん増えていきました。気づいたら、同じ大学の友達ではなくセブ島でできた友達と一緒に出掛けたりするようになっていました。
  今回のこの研修に参加したことにより、日本各地の友達ができ、台湾人の友達ができ、たくさんの方々に出会って、仲良くなって、いろいろな場所に出掛け、本当に濃すぎる一か月になりました。寮を出たら日本人はいません。通じるのは英語のみ。最初はタクシーで寮に帰ることもできませんでした。ですが、1か月後にはタクシーの運転手の方とお話をしながら帰ることもできるようになりました。伝えることの難しさ、そこから学ぶ伝え方と楽しさ。フィリピンは治安が悪く、携帯電話などもすぐ掏られます。ストリートチルドレンも町にたくさんいます。お金を頂戴と話しかけてきます。トイレも汚く、衛生面も悪いです。日本と比べると悪いところはたくさんあります。ですが、それ以上に、学校の先生を含む、多くのフィリピン人は優しく、心が温かいです。街を歩けば気軽に話しかけてきたり、困っていたらすぐに助けてくれます。渡航する前は、私はフィリピンに少し偏見を持っていましたが、それを塗り替えるような素晴らしい国なのだなということを発見できました。今回のこの経験を活かし、今後の大学生活に生かしていこうと思っております。本当に素敵な経験ができました。この研修に参加してよかったと心から感じております。

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ビサヤ大学

1ヶ月の語学研修を終えて
菅谷 優太
英語・英米文化専攻2年
2017年8月~9月

  私は、この夏休みにフィリピンのセブ島にあるビサヤ大学のESLプログラムに参加してきました。セブ島までは成田空港から約5時間のフライトを経て行きました。到着してから真っ先に感じたのは、「暑い!」まさにこの一言でした。イメージしていた通りフィリピンの平均気温は30度前後であり、年間を通してとても蒸し暑いようです。また日差しがとても強く痛く感じられました。スーパーや薬局にはSPFが80~120等とても濃度の高い日焼け止めが売られていて驚きました。空港からは約30分かけてバスで寮に向かいました。
  初日、寮に到着した後はフリータイムでした。翌日には早速テストとオリエンテーションが行われ、留学生活が幕を開けました。授業はマンツーマンレッスンとグループレッスンがあり、7時40分~18時00分まで行われました。正直最初は不安と緊張で頭がいっぱいでしたが慣れてくると緊張がほぐれ授業に溶け込みやすくなりました。マンツーマンレッスンは「リスニングとスピーキング」、「リーディングとライティング」の2つのクラスがありました。先生と一対一で行われる授業の中で思ったことは「英語を英語で説明することの大変さ」でした。例えば、単語の意味や文章を読んだり聞いたりしていく上で、それらを日本語で理解していたとしても英語で説明する力がないと相手に自分が理解していることをきちんと示すことができないからです。たとえ内容がとても簡単だったとしても、いざ英語を英語で説明するように求められたときにすぐに答えることができないときが何度もあったのでとても悔しさを感じました。
  そこで、ある日私は担当の先生にフィリピン人の方々はどうして英語が堪能なのか理由を尋ねてみました。ちなみに、フィリピンでは英語だけでなくタガログ語やその他それぞれの地域によって違う言葉が話されています。すると先生は「フィリピンでは小学校の内から授業はすべて英語を用いて行われている」とおっしゃっており、早い段階から他言語を学ぶことによって脳内のバイリンガル化を図るそうです。つまりフィリピンの方々には、いわゆる「英語脳」というものが備わっていることがわかりました。「英語→母国語→英語」ではなく「英語→英語」という理解の仕方をすることによって素早く理解をすることが可能になる、私は一つ目標が見つかりました。自分の英語脳を鍛えよう。そう思いました。先生方はほぼ全く日本語を理解することができないので、授業はもちろん日常の会話などすべて英語で行うことは正直大変だと感じることもありましたが、今となってみるととても良い経験をすることができたと思います。
  休日には、ショッピングモールや旅行に行きました。ショッピングモールに関しては平日の放課後にも何度か足を運んで、食事やショッピングを楽しみました。フィリピンの物価は日本の約4分の1といわれており、いろいろなものをリーズナブルな価格で買うことができました。私はカフェに行くのが好きなので、滞在中に20回近くも足を運んでしまいました。ある日には映画も見に行きました。映画の料金も非常に安くて250~300ペソ、日本円で約500~600円だったのでとても驚きました。劇場内は日本よりも広く開放的でした。
また、連休を活用して2泊3日の旅行にも行きました。行き先は「カランガマン島」と呼ばれているセブ島の北端にある離島です。私のマンツーマンレッスンの担当の先生によると、フィリピンは約7,102もの島から成っている国だそうです。その島へは寮からは約4時間かけて行きました。ここで見た海は一生忘れるごとができないくらい美しさに満ち溢れていました。また船に乗っている間に野生のイルカをみることもできました。その他にも、「シュノーケリング」や「バナナボート」など様々なアクティビティーを楽しみました。旅行2日目の夕方にはサンセットを見に行きました。太陽が海に反射し、それが沈んでいく瞬間がとても美しく神秘的でした。
  留学中残念なことに、体調を崩してしまったことがありました。高熱が続き直るまでに4日程かかりました。あいにく1度目の連休が重なっていたため、授業に支障をきたすことが無かったので良かったですが、そこは異国の地、体調を崩す人も度々いました。幸いなことに、日本から持参していた常備薬や同じルームメイトの方が協力して下さったおかげで無事回復することができました。とても感謝しています。
 滞在中に驚いたことは、基本的にはトイレにトイレットペーパーがない事や道路に信号がないため、車がたくさん走っている道路を何ということなく渡っている人々を見て驚いていた自分がいつの間にか同じことをしていることに正直驚きを隠せませんでした。飲み物を手にもって歩いていると道端の子供に手を差し伸べられ追いかけられたこともありました。または何も持っていなくても同じ経験をしたという人もいました。そこで私は貧困問題について改めて考えさせられました。現地の人の話によると、フィリピンは貧富の差がとても激しいとのことでした。
  最終週の半ば、そろそろ一ヶ月の留学が終わりを迎えようとしていたころ、私は20回目の誕生日を迎えました。当日は多くの方が祝福の言葉をくださいました。また、今回この留学に参加していた方が誕生日会をしてくださり、とても嬉しかったです。一生忘れられない日になりました。感謝の気持ちでいっぱいです。
冒頭にも述べたように、今回は寮生活でした。私は普段の大学生活も寮生として過ごしていますが、今回の寮は共同部屋でもあり、普段とはまた違った経験がたくさんありました。普段は感じないことをたくさん感じる場面もありました。正直寮生活に関しては特に問題はないだろうと思っていたのですが、時には「いつも通りに過ごすこと」ができないときもあり、正直つらいと感じる時もありました。しかし、この一ヶ月の共同生活が私を少し成長させてくれたような気がします。なぜならこの寮生活を通して得た経験を日本で活かすことができるなと思えたシーンにいくつか巡り合えたからです。
  留学生活全体を通して感じたことはやはり一ヶ月だけでは物足りないと思いました。正直まだ留学を通してやりたいと思うことがたくさんありますし、それを行うための時間も欲しいと感じました。今回の留学を通して経験できたことを今後日本での学習や生活に活かしていくのと共に、次の機会に繋げられるように頑張りたいです。

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リーズ大学

5週間のイギリス留学を終えて
鈴木 翔斗
英語・英米文化専攻2年
2017年8月~9月

  私は、2017年8月7日から9月8日の5週間、イギリスにあるリーズ大学のGeneral English Programm に参加しました。私自身、海外経験というものがこれまで1度もなく、ワクワクしていた反面いくつか不安もありました。出発前も提出書類やクラス分けのオンラインテスト+大学の期末テストなどが重なり、正直とても大変でした。ですが、今振り返ると出発から帰国まで本当にあっという間であったと思います。では、これから私の留学体験談について述べていきたいと思います。
  まずはフライトについてです。私はエティハド航空を利用してイギリスまで向かいました。他にもKLMオランダ航空での移動手段もありましたが、今回はお金の都合も考慮しエティハド航空を選びました。何度か飛行機に乗って沖縄や大阪などに行ったことはありますが、今回のようなロングフライトは当然経験したことはありません。今までは、国内であったため2時間から3時間ほどで到着しましたが、今回は全く異なります。特に行きの便は、合計約17から18時間掛かりとても長く感じました。機内で音楽を聴いたり、機内食を食べたり映画を見ていても時間は非常に長く、ずっと座っていたためお尻や腰が少し痛く感じました。入国審査は、思っていたほどトラブルもなくスムーズに通過でき自分の荷物もちゃんと届いていたのでそこはよかったです。逆に大変だったのは、帰りのフライトの方でした。チェックインは普通にできたのですが、そのあとの荷物検査で2,3回引っかかってしまいかなり焦りました。しかもその検査は、非常に多くの人で混雑しており終わったのが出発5分前だったため、本当に帰れるか不安でした。検査終了後、猛ダッシュで搭乗口に向かい到着すると、飛行機の出発時間が少しだけ遅れていたので、何とか乗ることができました。次回海外を訪れる際には、当然余裕をもって空港に到着し、なるべく早く手続きをすることが大切ですが、自分の荷物の中身もきちんと確認して検査に引っ掛かりそうなものはむやみに持ち込まないよう心掛けようと思いました。
  次に宿舎についてです。寮とホームステイ2つの選択肢がありました。私は、麗澤大学に入学してからずっと寮生活をしています。なので、今回はホームステイを希望しました。ホームステイ先に無事到着し、いよいよ本格的に英語を使う生活が始まりました。まずは簡単に自己紹介をして自分の部屋まで案内してもらった後、シャワーの使い方、洗濯物、ご飯の時間などを教えてくれました。荷物整理を終え、シャワーを浴びちょっとの間ベッドでクールダウンをしていたのですが、時差ボケでなんと初日は疲れてそのまま爆睡してしまいました(笑)。夜が明けて2日目の朝、2階の自分の部屋から階段を降り朝食を食べに向かうと、テーブルにはもう1人日本人の留学生がいました。そう、今回のホームステイは私1人ではなくもう1人相方がいたのです。彼は、りゅうたという名前の大学3年生で1カ月共に生活をしました。先に言っておくと、彼とはホームステイ先以外にも授業前のスピーキングテストや午前午後のクラスなどすべてにおいて同じだったので何か縁を感じました。会話を楽しみながら朝食を終えると、ファザーが朝に帰ってきて私たちに大学までの道のりを案内してくださいました。まずは徒歩で10分ほど歩いた後、バス停からバスに乗りリーズステーション近くまで乗り、さらに乗り換えでリーズ大学まで向かいました。総時間50分くらいだったと思います。バスでは、1日バスに乗ることができるフリーパスというのがあり、約4.20£(ポンド)で購入できます。行くときはバスを利用していきましたが、ファザーのトムさんに「電車でも行けるから帰りは電車で帰ってみるかい?」と言われたので、帰りは電車で帰宅しました。大学から歩いて駅まで向かって電車に乗った後、ホームステイ先までは歩いたのでこちらも計50分ほどかかったと思います。帰宅後、私とりゅうたは通学手段を電車に決め、いよいよ次の日から待ちに待ったリーズ大学での学校生活が始まりました。慣れない英語で行きと帰りのチケットを購入し何とか大学までもたどり着けました。数日後、私は人生で初めて電車の定期を買い、滞在中は電車通学をしました。私自身、電車で通学すること自体が初めての経験だったので、新鮮な感じでした。
  ホームステイでの生活は、本当に楽しいものでした。私は最初、イギリスの食についてあまりいいイメージを持っていませんでした。ですが、ホストファミリーは毎日おいしい食べ物を作ってくださり、毎日1日の出来事を話したりしながら食事を楽しむことができました。朝食、ディナー共に最高のもてなしだったので、日本に帰国後少しイギリス料理が恋しくなったと思います。夕食後は一緒に映画やイギリスのTvプログラムをみて、素敵な時間を過ごしました。留学中、マザーのメアリーさん、自分、そしてりゅうたの誕生日があったので3回もの誕生日パーティーを行いました。その時初めてシャンパーンをいただき、最高の祝福をしてもらいました。また、私は料理が好きだったので、相方と共に協力して日本食の肉じゃがとだし巻き卵を作りました。ホストの方は、とても気に入って下さり「レシピ書いといてね。」と言われたので、美味しいと言ってもらえてとても嬉しかったです。これが1番の思い出なんじゃないかと私は思います。最後の別れの日に「またイギリスに戻ってきたくなったら、連絡してね。いつでも歓迎するよ。」と言っていたので、またいつか必ずイギリスを訪れ会いに行きたいと思いました。
  3つ目はリーズ大学の授業についてです。午前中の授業では、ディスカッションやディベート形式の授業が中心でした。クラスは、出発前にオンラインテストを受けそれを中心にクラス分けされます。全部で5つのクラスがあり、私は下から2番目のブルークラスでした。最初はレベルの高い英語に悪戦苦闘しましたが、先生は分からないことがあったら何でも質問してねと言ってくれたのでわからないことは何でも聞きました。もし、何も聞かずただ授業を受けていただけだったら、正直授業についていくのは相当大変だったと思います。授業についてですが、2つのレッスンがありました。まず、最初の2、3週間は、change the worldというトピックで世界を変えた偉人や発明などについて議論したりしました。おかげで、英語で議論する力や積極性が以前よりも身についたと思います。また、この授業では最後2,3人のグループで15分間ディスカッションするのと、世界を変える発明やイベントを考える2つの課題がありました。2つとも麗澤では、やったことがなかったのでとてもいい経験になりました。
  残りの週では、テーマがfestivalでした。こちらの授業では、自分の知っている又は経験したことある祭りについて2つのブログを使って学びました。1つ目は、私たちがインターネットなどで目にするようなブログを作ることです。こちらは、見る側に興味、関心を与えるようなブログを作り上げるよう仕上げました。2つ目の方は、ビデオを使ったVlogというやつです。これは、自分の経験した祭りを動画で撮影しながら聞く側にシェアするタイプです。特に、2つ目のタイプの方は担任の先生によくできているねと褒められたのでとても嬉しかったです。2つのレッスンともあまり私の大学では経験したことのない授業だったので、貴重な体験をすることができました。午後は、英語を学ぶことに関するテーマを決めそれについてポスタープレゼンをする授業でした。普通のプレゼンとは異なり、相手が自分たちのポスターを見て質問してきたらそれに答えるというタイプだったのでこれもなかなかできない経験でした。ここでは、相手の印象に残るような、そしてきちんと相手の質問に答えられるようチームで準備してきました。おかげで、納得のいくプレゼンテーションを行うことができました。
  休日は、電車やバスを利用してヨークやロンドンなど様々な場所を訪れました。どの場所も素晴らしく過ごしやすい所でした。特に一番印象に残っているのは、ロンドンです。ロンドンは非常に広く1日では周れないので、4連休を利用して3日間行きました。天気が非常によく、Тシャツ1枚でも過ごせる気温でした。なかでも、ビックベンはとても印象的です。本当に楽しい1カ月の留学だったと思います。
最後に、今回の留学を通して思ったことは、世界にはまだ自分が知らないことがたくさんあるということです。留学には、確かにお金がかかります。ですが、世界に飛び出してみると、知らなかったことを得られることが誰にでもあると思います。自分を変えてみたい。留学をしてみたい。そして新しいことに挑戦してみたいと考えているみなさん、リーズ大学で新しい自分を発見してみてはいかがでしょうか?

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リーズ大学

充実したイギリスでの5週間
瀧ヶ崎 萌
英語・英米文化専攻2年
2017年8月~9月

  イギリスに行くことが中学生のときからの夢で、ブリティッシュアクセントにも興味があったのでリーズ大学のサマープログラムに参加することを決めました。今回が初めての留学で、イギリスに着いたときはとても不安でしたが、振り返ってみるとあっという間に過ぎてしまいました。携帯がつかなくなるなど様々なハプニングがありましたが、イギリスでの5週間は本当に夢のようでした。
  まず空港を出た瞬間に思ったことは寒いでした。リーズの夏は全然暑くなくて、私はコートを着てちょうど良い気温でした。学校初日には帰り道でバス停を間違えて道に迷いましたが、庭の手入れをしていた近所の人に道を聞いて家にたどり着くことができました。リーズの人たちは、質問したら丁寧に教えてくれたので、優しいなと思いました。
  ランゲージセンターの先生たちはとてもフレンドリーで、授業もリラックスした雰囲気で受けられました。授業では、完了形などの文法から、ディスカッションスキルや発音まで丁寧に教えてくれました。ゲームを交えて英語を退屈することなく学ぶことができました。パズル形式やオークションのように正しい英文を買うゲームなど面白かったです。タームごとに提出するタスクがあり、自分の発明を紹介したり、ブログを書いたりしました。タスクの中にビデオブログを撮るというのがあり、youtuberになった気分で面白かったですが、カメラに話しかけるのは恥ずかしかったです。最後の授業で、先生がリーズの歴史について教えてくれて知識が増えました。歴史上最初の映画はリーズで作られたことやリーズはウールで栄えた町だということなど教えてくれました。
  車を走らせると緑が一面に広がっていて、羊だけでなく、牛や馬なども見ることができます。リーズはモールがたくさんあって都市という面もありますが、広大な敷地の公園もたくさんあって自然を存分に楽しむことが出来ました。ホームステイ先の近くに、3つくらい大きな公園があって、そこへホストファミリーと犬の散歩に行きました。その公園の一つの中に、Kirkstall abbeyという修道院だった建物があります。屋根がなく、崩れている様を見て歴史を感じました。公園では犬を連れて歩いている人が多く、穏やかで時間がゆっくり流れているように感じました。公園にはアイスの移動販売車があり、チョコレートでコーティングしたアイスや、カラフルなキャンディーをまぶしたアイスなど種類がたくさんあってどれにするか迷ってしまいました。
  宿題はそれほどなかったので、午前中で終わる日には、大学から歩いて行ける距離にあるモールや映画に行きました。そして、イギリスで一人映画デビューを果たしました。映画を見に行ってびっくりしたことは、エンドロールになった瞬間に電気がついたことです。イギリス人はほとんどエンドロールを見ないのです。日本でもエンドロールまで見るのは少数派かもしれませんが。私が見た映画では、エンドロールで私以外みんな出ていってしまって、貸切状態でした。エンドロールの後にNG集があって得した気分になりました。得といえば、映画はもちろん、色々な施設で学生割引がきいて、とても学生に優しかったです。
  リーズに着いてすぐの土日に予定がないと言うと、ホストファミリーがタウンとKnaresboroughに連れて行ってくれました。タウンには、色々なお店やモールがあってショッピング好きの私にぴったりな場所でした。私の大好きなイギリスのバンド「The Vamps」のアルバムが欲しかったので、CDショップに行きました。お目当てのアルバムは、DVD付きでなんと£5ととても安く手に入れることができました。日本で買うと、2~3000円するのでうれしかったです。Knaresborough では、橋と川の絶景にうっとりしました。そこの公園でピクニックをして、少し寒かったですが、空気がきれいでとても気持ち良かったです。                                           
  週末には、リバプール、スカボロー、ヨーク、マンチェスター、ロンドンに行きました。イギリスのどこを訪れても街並みがきれいで、絵本の中に入ったような気持ちになりました。建物は古く歴史があり、とても美しかったです。マンチェスターでは、オールドトラフォードにサッカーを見に行きました。やはりテロの懸念もあり、セキュリティーは厳しかったです。試合は、前にマンチェスターユナイテッドとバルセロナの選手だったレジェンドたちが出る、チャリティーマッチでした。マンチェスターユナイテッドの試合の雰囲気を体験することができて、楽しかったです。試合の前には、「The Vamps」のライブも見れて最高の一日でした。そして、海辺のスカボローでは、念願のフィッシュ&チップスを食べました。魚は油まみれでしたが、おいしかったです。
  ホストファミリーは本当に優しくて、恵まれたなと思いました。ホストマザーはペルー人、ホストファザーはイギリス育ちのベネズエラ人だったので、ペルーとベネズエラの伝統料理も作ってくれました。ホストファミリーのご飯はどれも美味しく、主食にはお米をよく出してくれてたので、日本食が恋しくなることはあまりありませんでした。夕食後にホストファザーが紅茶を作ってくれることもあり、とてもリラックスできました。マザーが料理したときはファザーが皿洗いをし、ファザーが料理したときはマザーが皿洗いをするなど、夫婦で家事分担をしていて、良いバランスだと思いました。また、マザーが花粉症で風邪のような症状がでると、ファザーがホットレモンを作ってあげていて、さすが紳士の国だと感じました。
  イギリスでは、頼み事やお店での注文のあとにPleaseをいれたり、例えば紅茶が欲しいかと聞くときにはWould you like a cup of tea?で、Yes, please/No, thank you と答えたり、イギリスは日本に似て、礼儀正しい国だと思いました。人に頼ることが多かった私ですが、イギリスで分からないことがあったら質問したり、一人で行動したりして、何事にも挑戦してみようという気持ちが強くなりました。また、授業の中でディスカッションしたり、ホストファミリーと話したりして、英語で会話することに自信がついた気がします。行く前は治安の悪さを心配しましたが、盗まれることもなく、安全に過ごすことができたのでよかったです。イギリスでの5週間は、私にとってかけがえのないものになりました。さらにイギリスが好きになったので、また訪れたいなと思いました。

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リーズ大学

You’ll Never Walk Alone
山口 哲平
英語・英米文化専攻3年
2017年8月~9月

  英語は大きすぎる。同じ名前でも中身はまるで違う、それはちょうどアメリカ英語・文化とイギリスの違いに似ていました。僕が昨年アメリカ・ハワイに長期留学していた頃、その英語や文化の違いを学んでみたかったこと、新しい視点に興味を持ったことがリーズ大学留学のきっかけでした。このわずか5週間という時間で学べることに限界を設定するのではなく、今までの経験をどうイギリスで活かせるかがポイントであり、さっそく僕はリーズに到着した次の日からヨークシャー通りやリヴァプールにまで足を運びました。リーズはウェスト・ヨークシャーという都市州のひとつであり、ロンドン、リヴァプール、マンチェスターといった有名な都市には電車で1~3時間程度で行くことができます。僕自身は単身もしくは友人とロンドンには2回、リヴァプールに3回、マンチェスターに2回、そのほかの都市にも数回訪れたのでイギリスをすっかり堪能できました。単身で行くことは本当に英語力を上げるきっかけになります。旅の話の前に、リーズ大学サマープログラムの授業について話します。
  General Englishコースは午前に各Unitの課題に向けた学習、午後はポスタープレゼンテーションの企画・発表をします。初日授業はスピーキングのテスト後にクラス分けをされますが、今夏はとても日本人の学生が多く、日本人で固まってしまうクラスの悪さを嫌というほど知っていた僕も最初は複雑な気持ちでした。しかしスピーキングのテスト後には「どうすればそんなに英語を話せるの?」「教えてもらえる?」と話しかけてくれたこともあり、授業中に日本語ではなく基本である英会話でディスカッションをする意気込みがきちんとありました。熱意ある学生たちと過ごせたクラスは充実していましたが、僕自身の問題や悩みが当初からありました。それはアメリカとイギリスの極端な授業スタイルの違いです。スペルや発音や口語は慣れているアメリカ英語を使用していたのですが、何かと「アメリカ英語だね」や「そのディスカッションスタイルはアメリカ的」と“悪いことではないけど納得しない”という雰囲気がはじめは先生たちから漂って、いざディスカッションのテストでもその違いを指摘され、僕自身もライティングやスピーキングの新しいスタイルに適応することが一苦労でした。正直どうしてそんな気遣いをしなくてはならない、という意地もあり全く自分の英語のやり方を変えるつもりはありませんでした。そんな調子で2週間ほど経って、Unitの節目である課題のフィードバックに書かれている先生からの評価は僕が予想していたものと違い、「自信がある、常に周りを助けている」、そして「新しいやり方に対して努力している(To take risks)」というコメントでした。考えてみると、何かと分からないやり方に関してはすぐに質問して、その新しい要素を取り入れようとして上手くいかない時もありました。リーズ大学の先生たちはその様子をしっかり見て、一人ひとりを評価してくれていると知ることができます。
  プログラム終了後には総評のフィードバックも渡されます。そこには僕が英語に対してどんな気持ちを持っているか、先生たちが詳しく書いているのでとても嬉しかったです。留学とは生活も文化も勉強も違って当たり前の世界です。新しいことを面白いと思えることは、留学生活においてなにかを学ぶ原動力になります。
  たとえば僕はリーズ大学から徒歩数分というアクセスのいい、Montague Burtonという学生寮に住んでいましたが、殆ど不便なことはありませんでした。学校の近くにはスーパーもレストランもあるので、基本は自炊、時々学生たちと外食するという生活でした。大学にはバーや食堂も入っています。特に学生バーでは安くお酒が飲めて、現地学生との交流もできます。時々現地の友達とドライブがてら映画館やバーで遊ぶこともありました。また学校のクラブ活動で外食やディスカッション、プレゼンテーションをする課外活動もあるのでぜひ参加することをお勧めします。
  それでは旅の話を。先ほど言ったようにリーズはアクセスが充実しているので、電車やバスでイギリスの名所へ簡単に行けます。リヴァプールでは憧れのAlbert DockでBeatles Storyや博物館を訪れ、お酒を飲んで休憩しつつ、大聖堂へ向かったこともあります。ショッピングモールもあるので、買い物もいいかもしれません。マンチェスターでは国立サッカー博物館、天才数学者アラン・チューリング記念碑、Hard Rock Caféと無我夢中で行きたい場所に出向いては現地の雰囲気とその時間の大切さを改めて感じます。
  何にも代えられない思い出は単身で行った、ロンドン旅行かもしれません。ビクトリア駅から始まり、映画「ハリー・ポッター」のスタジオツアー、ベイカー街、ノッティングヒル、アビー・ロード、そしてウェストミンスター、と地下鉄やバスで簡単に回れるのがロンドンの強みと言えます。ロンドンはとても広く、地下鉄も複雑ですが人に道を尋ねながら慣れていくのはそんなに難しいことではありません。僕はロンドンに友人たちと一回、単身で一回訪れましたが、いずれも一泊はしないと殆ど回れずリーズに戻ることになります。ホテルもシェアリング・エコノミーで簡単に予約できる時代なので宿泊先は幅が広くて安心です。
 イギリスは建築や人物まで、実に興味深く、伝統的な国であると実感ができます。現地に出向くことでわかる人との交流、フィールドワークはより一層留学の質を高めることができます。以前ハワイでの体験記でも述べたように、「授業に出ていること」だけが英語力の向上には結びつきません。長期留学であっても、短期の語学研修であっても、リスクを背負って自分の出来なかったことを思う存分発揮する機会を逃さなければ、それは充実したものになります。
  You’ll never walk aloneは僕が好きなイギリスのイディオムで、「1人ではない」という意味があります。誰かと協力して、誰かと交流して、楽しい時間を過ごして欲しいです。もし今後リーズ大学に留学をしようと考えている人は、きっともっとイギリスが好きになれると信じています。最後に僕のほんの小さなきっかけで始まったイギリス留学を、ハワイ長期留学に続いて行かせたくれた両親にとても感謝しています。僕が帰国して3、4日後にロンドンの地下鉄で爆弾テロが起こりました。海外に行くことはたくさんの人に心配をかけることもあります。無事に学校に通えることも、無事に出国・帰国ができることも感謝しなければいけない事であると気づくことができます。イギリス留学を考えている学生の皆さん、たった一度の機会を逃さずに頑張ってください!

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フォンティス応用科学大学

オランダでの一年
後藤 沙樹
経営学科3年
2016年8月~2017年6月

  一年間のオランダでの留学生活が終わりました。本当にあっという間の、そしてとても充実した毎日でした。ずっと夢見ていたヨーロッパでの生活はとてもいい経験になりました。
  まず最初に授業についてです。一年を通して私はELECというコースを履修しました。このコースはEuropean Language and European Cultureというコースで、英語、カルチャー、マーケティング、ダッチを学びました。英語を学ぶコースという事で、ヨーロッパの生徒も何人かいましたが、アジア圏の生徒がたくさんいました。一学期はビギナークラスだったので日常生活で使う英語を学びました。オフィシャルなメールの書き方や電話のかけ方など実践的な英語を学びました。全く英語での会話ができなかった私はこのクラスでたくさんのことを学びました。カルャーではオランダ歴史や文化について学びました。授業でマッシュルーム工場に行ったり、フェンロにある博物館にも行きました。また、ヨーロッパについて国同士を比較するための要素を学び、それを使って最後の試験は6人1グループで2カ国を比較したプレゼンテーションを作り、質疑応答を受けました。そのプレゼンテーションもペチャクチャプレゼンテーションという少し変わったルールがあり、大変でしたが面白いものを作れました。ミーティングプレゼンテーションでは前半にビシネスミーティングの方法、後半はプレゼンテーションの方法を学びました。授業は他のコースの生徒もとれるという事もあり、他の授業より多くの生徒と一緒でとても刺激を受けました。テストは4人1グループで会社の新商品を決めるというテーマの会議を行い、一人ずつ推薦する製品についてプレゼンするという試験でした。本当のビジネス会議のように学んだ用語を使ったり、質問をしなければならなかったのでとても緊張しました。ダッチはオランダ語での挨拶や簡単な自己紹介を学びました。オランダの慣習やイベントを学んだり、童謡などを歌ったりしてとても楽しい授業でした。
  2学期の英語のケンブリッジクラスではビジネス英語を学びました。授業もとても難しく、宿題の量も多かったのでとても大変でした。基礎的なビジネスについて、またテレコンフィレンスや会議の進め方など学びました。また英語だけでなくビジネスについてのテーマだったので、マネージャーに必要な要素、従業員のパフォーマンスを上げるにはなど具体的な例を基にして勉強しました。マーケティングではマーケティングの基礎を学びました。授業の内容もヨーロッパの例が沢山出てきたので日本との違いを学べました。また、4psなど一年生の時に少し学んだことのより詳しいことを学べてよかったです。授業外でも英語の先生主催のGrammar lessonがあったので参加し、少人数で基礎的な英語を学びました。日常会話からビジネス英語までためになるものを学べてよかったです。
  次に留学生活についてです。留学中は新しいことの連続で、毎日カルチャーショックにあいました。ほとんど全てのお店が5時には閉店してしまったり、学校の始業終業は完璧に時間通りなのに、電車が予定通りに来なかったり、急に行くはずだった駅まで行かなかったり、急に工事が始まったりと驚きやハプニングもありました。そういった中で日本のいいところ、外国とは違うところ、また外国の素晴らしいところなどを学びました。日常生活では私たちは留学生用のアパートに住んでいましたが、カフェテリアがなかったため毎日自炊をしました。そのためほぼ毎日近くのシティーセンターにみんなで買い物に行ったり、一緒にご飯を作って食べたりしました。この授業外でも外国の友達と会話する機会が多かったことは英語力の向上のためになりました。作った料理を持ち寄って何気ないお話をしたり映画を観たり、日本語を教えたり、外国語を教えてもらったり、時には文化や歴史など真剣な話をしたりして外国のことを学びました。また、寮だけではなく、小さい町でしたがレストランや映画館もあったので、みんなで時々行ったりもしました。学校のお昼休みも一緒にカンティーンでお昼を食べながらいろんなお話をしました。英語が母国語ではない国の友達同士の会話なので気負うことなく、分からないときはお互い携帯で単語を調べながら毎日いろんな単語の使い方も学びました。定期的に学校主催のstudent tripもあり、留学生が交流できるようなイベントも沢山ありました。留学中でなければできない体験をたくさんできたので本当に良かったと思います。
  次に旅行についてです。授業はもちろん一番大切ですが、旅行をしてヨーロッパの国を見られたこともとてもいい経験になりました。私は一年かけてオランダを含め14カ国を旅行しました。隣り合ったヨーロッパの国でもそれぞれ違った特徴があり、実際に行ってそれを感じられたのはとてもよかったと思います。今まで個人的に旅行をしたことがなかったので、自分で予算や行先を決めて、行き方・滞在先・移動方法を考えて計画を立てるということの大変さも実感しました。しかし行く前に調べた建造物や景色を自分の目で見られたときの感動はとても大きかったです。どの国も歴史的な建築物や旧市街の景観などをそのまま受け継いでいて、時々今は本当に2000年代なのかと思ってしまうくらいの歴史を感じることのできた場所もありました。特にイタリアは2000年前に建てられた神殿や舗装された道路が残っていて、観光客がいなければ古代にタイムスリップしたかと思ってしまうような素晴らしさでした。また、旅先で迷っていたり困っていると現地の人が声をかけてくれたり、おいしい伝統料理が食べられる地元のレストランの情報を教えてもらったりと助けてもらったことが印象に残っています。それぞれの国で食べた伝統料理も有名なものから変わったものまで色々食べることができました。ずっと憧れだったヨーロッパの国々を旅行できたことは本当にいい思い出です。そして外国の歴史や建築についてもっと勉強し、まだ行ったことのない場所に行きたいと思いました。
  最後に一年オランダに留学して、勉強だけでなく本当に色々なことを学び・体験できました。もちろんつらいことや、ハプニングがあったりして大変なこともありましたが、それ以上に楽しい思い出がたくさんできました。先生や友達にも恵まれ、勉強と遊びとを両立していろんなことに挑戦し、自分の目標を達成できた留学生活だったと思います。また、約一年間滞在したことによって、たくさんのイベントに参加でき、ヨーロッパの文化を見ることができました。オランダはどこでも英語が通じて本当に住みやすく、留学する前よりもっとヨーロッパを好きになりました。しかし英語力は上がりましたが、まだまだ足りないところが沢山あります。そのため学んだことを生かし、より成長するためにこれからも一生懸命勉強に取り組みたいと思います。

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南イリノイ大学

アメリカでの留学生活を終えて
村田 登祈
英語・英米文化専攻3年
2017年3月~2017年8月

  私は2017年の3月中旬から8月までの5か月間アメリカのイリノイ州にある南イリノイ大学でCESLというプログラムを受けていました。私は高校二年生の時に約3週間オーストラリアでの留学を経験しており、今回の留学は私の人生の中で2回目にあたるものでした。以前とは違い留学期間が5か月と長く初めてのアメリカ留学ということで出発前は緊張と共に楽しみもありました。実際に現地では多くの外国人の方々と英語を使って交流することができ、そして沢山の貴重な経験や新しい発見、外国人の友達を作ることができこのアメリカでの留学生活を送れたことにとても嬉しく思います。また、この留学生活を通じて自分自身を見直すことができ、それは私を大きく成長させてくれました。そんな今回の留学体験について「勉強面」、「生活面」の二つに分けて話していきたいと思います。
  まず初めに勉強面について話していきます。この体験記の初めにも書きましたが私はCESLという英語を外国語として学ぶ人たちのためのプログラムを受け勉強していました。CESLでは日本人だけでなく中国人、サウジアラビア人などといった方々も同じクラスで一緒に授業を受けます。クラスはレベル毎に編成され私はその中のレベル3から授業を受け始めました。レベル3ではCore、Grammar、Listening and Speakingの三つの授業があり主に英語の短文読解、文法基礎、発音などといった英語を勉強する上で最も基礎となるものを学びました。授業を受け始めた時は同じクラスのサウジアラビア人の方々がわからないことや些細なことでも授業中や休憩時間の合間に先生に何回も質問しに行くなどとても積極的に取り組んでいてとても驚きました。私は彼らのような授業参加の姿勢を持っておらず、また彼らは先生方が何を話しているのか理解しているのに対し私は最初ほとんど理解できずこの先授業についていけるのか不安や劣等感がありました。しかし、私も彼らのように授業に積極的に参加するのに加えクラスに馴染むため自分から同じクラスの人達に話に行くなど努力していく内に授業にも慣れていきました。また、CESLの先生方が私たち生徒とちゃんと向き合ってくれ何か授業で困っていることや質問に対して喜んで助けてくれました。授業外では生徒たちのことを知るため先生方のほうからコミュニケーションをとってくれるなど私たちが過ごしやすい良い環境を作ってくれました。次第にスピーキング力やリスニング力も伸び学校に行くのが楽しくなり不安もなくなっていきました。
  私はレベル3のクラスをパスすることができレベル4へと上がることができました。レベル4の授業はレベル3と同じ三つの科目で構成され、授業内容もあまり変わっていませんでした。またクラスのメンバーも変わらず以前と同じ環境で授業に臨めました。しかしレベルアップしたことで少し難易度が上がったことを実感させられました。課題ではエッセイを書く機会などが多く夜遅くまでそれを終わらせるのに時間を費やしたりしました。テストも同様に難しくなり点数が下がっていくなどこのタームで悩まされたことが多々ありました。しかし、学ばされたことも多くありました。それはクラスの友達との意見の共有やどんな小さな気になったことでも質問をして理解する大切さです。留学する前の私だったら人にあまり頼らず一人で考え込み自分で解決しようとしました。しかし、時には他人のアドバイスを聞くことも視野を広げるための一つの手段だと気づかされました。そのようなことを授業で学びたくさん活かしていき、レベル4のクラスも無事突破しすべてのタームを終わらせることができました。
  次に生活面についてです。私は南イリノイ大学の近くにあるAmbassador Hallという寮に約5か月間住んでいました。日本では私は実家暮らしをしており寮で過ごすのは今回が初めての経験でした。生活するのに必要なものを買いに行き、食事や洗濯など全ての家事を自分でやらないといけなかったので慣れるまではとても苦労をしました。また、日本でどれだけ親が大変な思いをして家事をこなし私のことを支えてきたのか改めてそのありがたみを知りました。同じ寮の住人たちは私たちが寮に初めて訪れた時、夜遅くにもかかわらず入口のところで手でアーチを作り笑顔で迎えてくれたりするなどとても優しく親切な人たちばかりでした。彼らは内気な私に対しても声をかけてくれ、英語を話すのが苦手で片言な発言しかできなくてもちゃんと耳を傾けてくれました。また、何か困ったときには相談に乗ってくれ助けてくれるなど家族のように接してくれました。そのおかげもあり寮の生活にも早く馴染み、コミュニケーションをとる楽しさを知りいつの間にか自分から話に行くようになっていました。
  寮では皆で協力して料理を作り誰かの誕生日を祝い、寮外の人たちも呼んで大掛かりのパーティーを開くなど日本で余り経験したことのないことを体験しました。パーティーでは様々な国籍の人たちが集まり、多くの料理が並べられました。その料理の中には日本で食べたことのないものがいくつかあり、実際に食べ食文化の違いに触れることや様々な人種の方々との交流の中で宗教や考え方の違いなど多くのことを知ることができとても勉強になりました。また、私もそのようなイベントで料理を作りました。私は料理が趣味でよく日本で家族に振る舞ったりしていましたが友達に作ったのはこの留学で初めてでした。外国人はどのような味が好みなのか、また宗教の関係で食べられない物がある人たちのことも考えながら作りました。いろんなことを考えながら作るのは大変でしたが私の料理に対して褒めてくれたり、「また作って」と言われたりとてもやりがいを感じました。また、料理を通じて私のことを皆に知ってもらうことができ料理をしてきて本当によかったです。寮の住人たちとも仲良くできましたがクラスの友達とも交流を図ることもできました。一緒に友達の車でレストランに行き食事をしたり、ジムで運動したり多くの良き友達に恵まれた環境で留学生活を充実して過ごせました。
  アメリカで過ごしたこの5ヶ月間、長いようであっという間に感じましたがここで生活を送ることができて本当に良かったです。留学をしていなければ知れなかったことや気づけなかったことが沢山あり、またここで学んだ多くの事や経験は英語力の上達だけでなく私自身を大きく成長させてくれました。私にとってここで過ごした時間はとても大切な思い出です。留学は終わってしまいましたが決してここで学んだことを忘れず今後の学校生活や就職活動に活かしていくと共に自分の目標に向かってがんばっていきたい。また、カーボンデールでできた友達たちとの関係もこれからも大切にしていきたいです。最後に私を支えてくれた家族、友人、麗澤大学の先生方およびカーボンデールで出会ったたくさんの素晴らしい方々に深く感謝いたします。

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釜山外国語大学校

私の異文化体験
雨宮 杏奈
日本語・国際コミュニケーション専攻3年
2016年8月~2017年6月

  私は韓国語プログラムで約十か月間、釜山外国語大学校に留学をしていました。中学の頃から韓国には興味があり、旅行に行く機会も何度かあったため、韓国留学に対する不安はほとんどありませんでした。しかし実際に異国の地で生活するとなると、日本にいては考えもしないような問題やハプニング続きで、旅行と留学の違いを思い知らされました。
  留学初日は、学生寮に到着し自分の部屋を伝えられると、そこからは説明などが何もなく自由時間だったため、かなり困惑していた記憶があります。幸いに前学期から留学に来ていた麗大の先輩方が助けてくださり、スーパーで必要なものを買いに行ったりと、なんとか一日を終えたという感覚でした。最初の三日間はワイファイの接続にも苦労し、ネット環境が整うまで誰とも連絡がとれない状態でした。かなりのホームシックで食べ物ものどを通らず、夜も寝られない日がありました。日本にいる友人とやっと電話ができた時は、話もできないくらいひたすら泣いていたことを覚えています。日本では大学まで実家通いで、家族に頼っていた部分もあったため、韓国に来てから生活スタイルの変化や韓国語の環境に慣れるまで不安も多くありました。私は麗澤で第二外国語として韓国語を履修していて成績も良い方でしたが、授業で習う基本的な文法や単語が分かっていても留学に来ると分からないことは山ほどあり、言語の壁を痛感しました。寮内の放送や掲示板、点呼のお姉さんが話していることなど、最初はほとんど聞き取れずコミュニケーションが思うようにとれず苦労しました。履修登録をするときも、科目名をひとつひとつ辞書で調べながらどんな授業なのか理解しなければいけない状態でした。
  また、交換留学生は在学生よりも登録期間が遅く、韓国語以外の科目(英語や日本語科目など)は残りの空いているところを探していかなければならず、思うように履修が組めず、時間割を確定するまでかなり時間がかかりました。JIC専攻の私の場合、韓国語科目以外に英語と日本語の科目も履修しなければいけなかったのですが、前期は韓国語科目が中心で、後期に英語や日本語科目を多めに取り、韓国語科目は基本的な科目のみを取るという組み方になりました。韓国語科目の場合は基本的に、事前に受けたテストの点数でクラスを決めるのですが、レベルが合わずに何度もクラスを移動したりと、最初の一か月間は授業がなかなか始まらない状況でした。
  色々な国から来た留学生と共に授業を行いますが、前期は日本人の学生はほとんどいなく、クラスで日本人一人だけという授業が多くありました。そのため、中国人やベトナム人など他国の留学生と交流する機会が増え友達もたくさんできました。中国人の友達と釜山の花火大会に行ったことも良い思い出です。日本人同士でいると日本語で会話をしてしまいますが、外国人同士でいると韓国語で話す時間も自然に多くなりました。また、韓国語の勉強になるだけではなく、他国の学生と交流していると、国民性の違いを実感することもありました。日本人の学生は授業中も発言することがほとんどないのに対し、他国の学生は積極的に発言する人がほとんどでした。言語習得において、間違いを恐れないことは大事な心得であるということを改めて感じました。内向的な性格の私にとって簡単なことではありませんが、留学に来て積極的に話す姿勢をとることを心がけるようになりました。
  また、日本語科目の授業を通して韓国人の学生と交流する機会もありました。二人ペアになってお互いの言語を教え合う日韓タンデムという授業では、韓国語で会話する時間と日本語で会話する時間と分けて授業を行いました。釜山外大の日本語学科は優秀な学生が多く、日本語が上手な人がほとんどでした。日本語が通じると分かるとなかなか韓国語が出てこなくなり、韓国語で会話する時間にも日本語になってしまう私がいました。先生が話す韓国語と学生が話す韓国語では単語も文法のレベルもかなりの差があり、聞き取ることさえ難しい時もありました。それでも、韓国人の学生にレベルを合わせてもらい、少しずつですが韓国語での口数も増えていくようになりました。授業の一環として体験学習で脱出ゲームに行く機会もありました。日本人同士では経験できないことでもあり、韓国人学生との距離を縮めるきっかけにもなりました。また、JIC専攻ということもあり、間違った日本語を訂正して正しい日本語を教えたりする時間も楽しかったです。日本語を外国語として説明することの難しさも改めて感じましたが、分かりやすいと納得してもらえるとこんな私でも助けになれるのだと、毎週の学習日誌の訂正が楽しみになっていました。その学生とは今でも連絡を取り合い、文章の訂正を手伝ったり授業に関係のないことでもお互いに言語を教え合ったりしています。後期は韓国語で日本語を学ぶ授業も受け、韓国人の先生から日本語の敬語やマナーを教わるという今までにない体験をし、とても新鮮でした。
  また、日本語科目の授業を通して大切な韓国人の友達もできました。韓国人のお姉さんたちは皆面倒見がよく、長期休暇の間もお姉さんたちのおかげで楽しく過ごすことができました。約一週間の間、お姉さんのご家族の家に泊まりに行き、ホームステイのような体験もさせてくれました。その他にもコンサートのチケットを譲ってくれて一緒に参加したり、家族ぐるみで地方に出かけたり、冬休みには一緒に福岡に旅行に行ったりと、留学前には考えてもいなかったことまで経験することができ、本当に感謝しています。今でもお互いの近況を話したりして連絡を取り合っています。国籍に関係なく、一生失いたくない友人ができました。
  後期になると日本から新しい学生も留学に来て、充実した生活を送ることができました。ルームメイトも元々仲の良い同じ学科の友人と一緒になることができたことはとても嬉しかったです。また、同じ麗澤の学生でも韓国で初めて知り合う人もいて、留学をきっかけに仲良くなることができました。前学期から留学中の麗澤生が私ひとりであったこともあり、新しく来た日本人の学生には寮の設備や決まりなどを教えてあげたり、ハンガーやワイファイ機器を譲ったりして、最初の不安な気持ちを少しでも軽くしてあげられるよう心がけました。外国では、分からないことがあれば自分で解決しようとする姿勢も大事ですが、日本人学生同士で協力し合い、国際交流センターにもどんどん頼って良いと私は思います。   
  はじめにも書いたように、長期の留学は想像していたよりも大変なことで、韓国語の実力のなさに諦めかけたこともありました。しかし、この様々な壁を乗り切ったからこそ得られるものは、自分自身の成長に大きく繋がっていると思います。語学の面だけではなく精神的な面でもかなり鍛えられたと感じています。また、十か月の留学を終えて、これからの課題も見つかりました。留学を終えたからそこで終了ではなく、これがひとつのステップであり、今後の自分の生き方に繋げていきたいです。人生の中で貴重な時間をくださった方々、留学先で出会った先生方や友人、皆様に感謝します。ありがとうございました。

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南イリノイ大学

悔いのなかった留学生活
山本 大地
英語・英米文化専攻3年
2017年3月~8月

  私は3月から8月まで、南イリノイ大学で留学していました。以前にも高校生の頃にアメリカへ行ったことはありましたが、半年ほどの留学は初めてだったのではじめはとても不安でした。しかし、Ambassador Hallという、大学のすぐそばにある寮に住んでいる人たちはとても暖かく、私たちを歓迎してくれました。ここから半年間、自分の留学生活が始まるのだな、と寮について再認識しました。
  南イリノイ大学では、レベル1からレベル6のクラスがあり、6に行くほど何度も上がっていきます。私は二学期分のみでしたのでレベル3と4のみの学習でしたが、もし1年通うことができたら、レベル6で勉強できたと思います。京都から南イリノイ大学へ留学しに来た大学生の生徒の1名がレベル6に所属して勉強していたので、授業内容などを聞くことができました。その話を聞いて、今自分がレベル4の中でせめて一番になること。誰にもクラス内では負けたくない。そういう気持ちで各授業を一生懸命に取り組みました。麗澤大学内とは違う環境、クラスメートの意見、授業、プレゼンテーションを聞いて新たな角度から物事を見られるようになり、より一層、自分の意見を強く持たないといけない。そして、それを英語で伝えなければならない。と改めて感じるようになりました。気になったことがあれば臆せず質問すること、そして、相手の反論、意見を尊重しつつも、自分の意見を貫き通す、こういったスキルを身に付けられた事が南イリノイ大学の授業内で得られた大きな成果だと思います。
  そして、生活面ですが、学校の授業以外にも、大学が企画している様々なイベントに積極的に参加し、そこでさらに異国の生徒たちと触れ合う機会を得ることができました。遊園地に行ったり、花見をしたりなど、ほかにも屋外活動や食事など、非常に充実したアクティビティーに参加することができました。その中でも、一番自分にとって力がついたなと思ったことが、シカゴ、フロリダのディズニーワールドや、ユニバーサルスタジオに旅行をしようという話があったので、自分で近くのリゾート地の格安ホテルを調べ手配をする、ホテルで足りないアメニティがあったら申請する、往復の送迎の手配など、と言った、報告・連絡・相談を行う機会をその旅行内では沢山あったので旅行者みんなに安全に楽しめるように、無事に帰れるようにプランを立てた事です。それは留学終了後のニューヨーク観光でもこの経験が力になったと思います。
  留学が終わり、海外保険が切れるギリギリまで、アメリカでまだ訪れてないニューヨークを観光したいと思ったので、便を手配して約一週間観光をしました。高校生の頃の級友がニューヨークに住んでいるので、その部屋を手配してくれました。その家をベースにして、地下鉄を使い、観光しました。その中で自分が行った観光プランは、自分が行きたい所をまず一か所決めて、そこを観光します。観光が終わったら、その周りにいる人々に、近くのおすすめのレストランや、観光名所はありますか?と聞くことです。最初の行き場所しか決めず、現地の人におすすめの場所を次々に聞いてその場所をめぐるという、弾丸ツアーを一週間行いました。これを行ったことで英語をより話せることにもつながったと思います。
  半年の留学生活で得たものは、失敗を恐れずにまずは何事も挑戦すること、毎日必ず外に出て、新たな出会いや発見をし、その出来事を忘れずに感謝する、そして異国の人の意見、プレゼンテーションを聞くことができました。これらの行動・意欲を起こすなかで、自分が描いていた世界は、こんなにも小さかったのだな。と感じました。アメリカに着いた頃より確実に英語のスキルは勿論の事ですが、世界観、先入観を大きく変化させてくれたこの留学には、まったく後悔のないかけがえのないものになりました。

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釜山外国語大学校

釜山での10ヵ月間
佐藤 愛梨香
英語コミュニケーション専攻3年
2016年2月~12月

  2016年2月末から12月末までの10か月間韓国の釜山にある釜山外国語大学に留学してきました。外国語大学というだけあって韓国人だけでなく台湾や中国、ロシア、カザフスタン、ウクライナなどの様々な国の学生がたくさん在学していました。韓国に行くのは初めてではなかったので行く前、不安というより期待、楽しみという感情の方が大きかったです。行ってみてつらいこともありましたが、確実に楽しいことの方が多くて行けてよかったという気持ちで帰国できました。
  韓国の大学は日本とは違い1コマ50分の授業でした。朝9時から始まり遅くて夜10時に終わります。なので授業数は韓国の方が多いですが1コマ50分なので苦痛という気持ちはあまりなくあっという間に終わりました。私は前期に英語の授業4つ、韓国語の授業5つを履修しました。後期は英語の授業が4つ韓国語の授業が4つでした。授業では語学だけではなく積極性も学びました。日本での授業は静かで主に先生だけが説明する授業が多かったですが、韓国での授業は生徒も積極的に参加するという授業でした。外国人はいいも悪いもすべて発言していたので、時々先生と討論になり教室の空気が悪くなる時もありましたが、誰も発言しなく授業がストップするようなことはなく、先生も授業をやっていてイキイキしているように見えました。また、たくさん発言する生徒はすぐに先生に名前を覚えてもらっているような感じでした。前期の授業はほとんどの授業を後ろの方で聞いていたため、校内であって挨拶をしても先生が驚いたような顔で挨拶を返してきたり成績もあまりよくなかったので、後期からは前の方で聞くようにしたらすぐ名前を覚えてくれるだけでなく、成績も上がりました。
  留学中何より私を支えてくれたのは友達でした。日本人の友達はもちろん、特に感謝しているのは中国人の友達です。前期の私はあまり韓国語になれていなく、自ら韓国語を積極的に発言することはなかったのですが、ある中国人の友達に会って変わりました。出会った当時、唯一私が不安や緊張なしに韓国語を使い会話できた子です。その子とは後期に会いました。知り合いのルームメイトで、同じ授業があるというわけでもないのですが、喋れば喋るほど気が合う部分がいくつもありすぐ仲良くなりました。その子の韓国語は正直言って上手ではありません。単語はたくさんしってはいるのですが発音があまりよくないです。ですが一緒に出掛けた際、発音が悪く現地の方が聞き取れない場面に遭遇した時、めげずに単語を何回も繰り返し伝えていました。また中国語が喋れる韓国人にも韓国語で話しかけていて、韓国語を喋ることに怖いという感情がないように思えました。私はこの子に会う前まで、間違ったらどうしようや、伝わらなかったらどうしよう、発音悪くて話したくないと思われたらどうしようという不安ばかりで韓国語から避け、日本語に頼っていました。しかし、その子の韓国にいれる時間には限りがあるから使えるうちにたくさん使わないと、という考えを聞いたとき時、私は変われました。その日から今まで日本語しか使ってこなかった友達や現地の方に積極的に韓国語を使えるようになりました。その子のおかげでたくさんの人から韓国語が上手になったという言葉をいただくことができました。またその子は同じ留学生ということもあって、お互い悩みを相談して共感したり、アドバイスをしたりと、心から仲良くなれました。二人で、釜山はもちろん2泊3日のソウル旅行まで行き、その子の帰国日には二人で寮のロビーで大泣きして別れをしました。
  いろいろな場所に旅行も行きました。留学に行く前、韓国には何度か訪ずれたことがあったのですが、ほとんどがソウルでした。私は韓国に行く前、10カ月の間で韓国1周すると決めていました。惜しくもその目標は達成できなかったですが様々なところに旅行に行きました。釜山の隣の広域市、蔚山(ウルサン)や、慶州(キョンジュ)、大邱(テグ)、浦項(ポハン)、光州(クァンジュ)などに旅行に行きました。韓国はすべての地域に電車が通っているわけではないので、タクシーでの移動やバスでの移動だったので正直疲れましたが、歴史を味わえたり、釜山とは違う光景を見ることが出来たりと、とても楽しかったです。また韓国は土地の70パーセントが山なのでたくさんの自然も感じられました。学校が山を開拓したところにあるため、周りが山なのですが、一度友達と学校の裏の山を登りに行きました。途中とても疲れ何度もバスに乗ろうとしたのですが、上った後はとても空気がよく気持ちよかったです。
  韓国での10か月間、毎日が新鮮でした。日々新しいことを体験し、学び、私にとって今までにない充実した日々でした。たくさんの人に会い、たくさん助けてもらい、たくさん感謝しました。韓国で経験したことをもとにこれからも一生懸命いき、いつかお世話になった人に恩返ししたいです。また日韓関係が早く良くなれるよう、日韓両国の良さを発信できる人になりたいと思いました。

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エアフルト大学

挑戦から得た学びと夢
東海林 鮎香
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2016年9月~2017年8月

  このドイツでの1年間は私にとって本当に貴重な時間でした。なぜなら事前研修を含めた3つの町それぞれでの生活で、様々な挑戦をしてそれによってたくさんのことを学ぶことができたからです。その中でも各町で体験した3つの挑戦は忘れがたく、それによって自分自身を成長させることができました。
  事前研修のザールラント大学夏季講座の際に最初の挑戦をしました。それは夏季講座参加者ほぼ全員、先生方、そしてチューターの方々の前で一人きりでプレゼンテーションをしたことです。この夏季講座にはテーマ別のプロジェクトの授業があり、このプレゼンテーションは全プロジェクトの発表の場でした。私のクラスでは「ドイツ語で書きたいものを書く」というテーマのもと毎回日記や手紙、漫画などの個人製作に取り組んできました。私はほぼ毎日参加していた授業後のイベントについて絵日記を書いていました。それを書けば書くほどイベントの企画・運営に携わるチューターの方々への感謝が募る一方でした。
  発表が近くなったころクラスでは誰の作品を発表するかを決めることになりました。私以外の全員が2つか3つのグループに分かれ、このまま必ずどこかのグループに属さないといけないのかと焦りました。グループの方が楽だけどせっかくの場なのに無駄にしていいのか、自分の本当に伝えたい思いを届けなくていいのかとしばらく悩み続けました。しかしどうしても毎日充実した素敵なイベントを用意してくれたチューターの方々に自分の言葉で感謝を伝えたかったため、思い切って一人で発表することを決意しました。
  当日たくさんの視線が自分に集中する中、多少緊張しながらも伝えたいことをすべて伝えることができました。全員が私の話を真剣に聞いてくれて最後にたくさんの拍手をしてもらいました。先生方からは「プレゼンテーションとてもよかった」とお褒めの言葉をいただきました。そしてチューターの方々に「嬉しかった!本当にありがとう」と言われたときには、改めて思い切ってやってみてよかったと思いました。この挑戦から勇気をもって何かをやってみることの大切さ、そして本当にやりたいことがあるときにはあきらめないことを学びました。
  冬学期を過ごしたイェーナでの挑戦は、「エアフルト大学での勉強の準備」でした。というのもエアフルト大学への留学は前例がなかったため、とにかく3月までにドイツ語の能力を少しでもあげておきたく長期期間での挑戦にこの「準備」を掲げていました。具体的には、まず普段の授業をしっかりこなして、毎週のスタムティッシュに率先していき、そしてSprachenzentrumのドイツ語の授業を受講することでした。このドイツ語の授業では日本人は私を含めて2人だけで、クラスにはさまざまな国からの留学生が参加しているという特別委託授業とは全く異なった状況でした。毎回の授業では必ず違う人との会話の練習がありました。最初のころはこの会話の練習の際に、相手に流れをつくられてしまいがちでした。しかし「先週よりもっと話す」を心がけているうちに、冬学期の中盤あたりから、今までよりは会話が途切れないようになりました。最後の二人一組の口頭試験では意見の主張と質問をうまくできたので地道な努力が実ったと思いました。そして何より実際エアフルト大学での授業が始まった際に、イェーナで半年積み重ねてきた知識や経験を生かす場面が多くありました。例えば、エアフルトでの授業ではクラスに日本人は2人もしくは自分だけという状況が当たり前でした。またイェーナの授業で学んだ文法が授業に出てきた際に、他の学生がその文法の理解に苦しんでいるときがありました。イェーナの授業のときに習ったその文法のポイントを教えるとだんだんその学生が理解していき、最終的に完全に理解してくれたときには私も嬉しくなりました。このことからも冬学期にしっかり準備しておいてよかったと思いました。
  3つ目の町エアフルトではまさにこれまでの総まとめでした。その中で「自分から行動すること」や「小さい積み重ねによる語学力の向上」の2つを生かした挑戦がありました。それは「手続き」です。イェーナのときとは違い、お世話をしてくださる担当の先生はいません。わからないことがあったらInternationales Büro に自分から聞くことが当たり前でした。ときには住民課や健康保険のオフィスに直接聞きにいくこともありました。それらを乗り越えることができたのはやはり今までの積み重ねで得てきたことのおかげだと思います。一人ではどうしてもできない、あるいは何回聞いてもわからないことはチューターの学生が手伝ってくれたので本当に助かりました。
  ところで、エアフルト大学には日本語を学んでいる学生たちがいます。ほとんど毎日彼らと一緒に何かをしながらドイツ語で会話することができたのは大変恵まれた環境でした。くだらないことから深いことまで様々なことを話し、ときどき勉強を教えあい、一緒にイベントに参加するなど、まるで家族のように暖かいグループでした。その学生たちのおかげでエアフルトでの生活が充実したといっても過言ではありません。授業でうまく発言できなかったり、何かしら失敗したりしたときなど、彼らと会うとどんなに辛いことでもすぐにポジティブに考えることができました。毎日の生活を支えてくれた彼らに本当に感謝の気持ちでいっぱいです。エアフルトでの大小様々な挑戦から得たのは「感謝」です。誰かしら支えてくれる人がいるから何かに挑戦できると実感しました。
 事前研修を含めて3か所でたくさんの挑戦をすることができたのは本当に充実していたと改めて思います。もちろん学期間の引っ越しやそれに伴う手続きは人一倍かかりましたが、住む町を移るごとに新しい出会い、新しい挑戦、新しい学びがあり、数えきれないほどの幸せを得ることができました。2年前の突如の進路変更で思い描いた進路にならなくなって嘆いてた頃の自分には想像もつかないほど、とても大きな幸せと挑戦で得た多くの学びが今の私にはあります。
  最後にこの留学は私に一つ夢を与えてくれました。それはこの先もずっとドイツ語に携わっていきたいということです。留学を通じて、大好きだったドイツ語が更に大好きになり、ドイツ語という言語そのものに対する興味がますます強くなりました。だからこそもう一度現地で、次こそはGermanistikの授業で学び、もっとドイツ語のことを深く知りたいと考えています。そのためにはさらなるステップアップが必要ですが、今回の留学で体験したように、あきらめず、小さいことでもしっかりと積み上げて、周りに感謝することを忘れずに挑戦していきたいと思います。

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南イリノイ大学

アメリカでの生活を終えて
小林 万友
英語コミュニケーション専攻3年
2017年3月~8月

  私は2017年3月から8月までアメリカ合衆国の南イリノイ大学の中にあるCESLという所で5ヶ月間英語を勉強しました。初めて目にする広大な土地と空と建物と人々と文化、5ヶ月間常にその興奮が途切れることなく刺激的な毎日を過ごしました。
 私はとても臆病で何か新しいことに踏み出すことが得意ではありません。授業では皆が手を挙げて発表する中、自分はずっと黙り込み積極的にクラスメイトに話しかけることもせず、寮では皆たくさんの友達ができているのに私は関わることができず、自分はなんでこんな人間なのだろう、といつも悩んでいました。しかしそんな私に何故かたくさんの友達ができ、遊ぶ機会もたくさんありました。それは周りの人達がとても優しく私を受け入れてくれて私が積極的でなくても一緒に楽しい時間を共有させてくれたからです。
  アメリカには様々な宗教を持つ人々や人種がたくさんいます。そのような複雑な中で皆と共存するということがどうして可能なのだろうと考えていました。5ヶ月間の中で気づいたことは、アメリカにはどのような人にでも同じだけの愛情と理解を示す姿勢を持った人々がたくさんいるということです。授業では、先生が一人一人の意見を聞いて、これは間違っているなど、そのように押し付けることはなく、不正解からどのように正解に導いていくか、という指導の仕方でとても説得力のある授業ばかりでした。友人関係では、宗教により食べられる物と食べられない物があるため、そのグループの中に一人でも宗教の違う人がいればその人の為に、同じ味で違う材料を使った料理を作ったりするなど、意見や考え方、生き方、文化が違っても、互いが互いを尊重し合い生きるということ、とても素晴らしいと思いました。
  たくさんの人の優しさと文化に触れ、自分も彼らと同じように人と接しようという考え方になり、いつの間にか、言語の壁があっても、英語が上手くできなくても、自分の意見を伝えて相手の意見も理解できる自分に変わっていました。皆が楽しめるイベントを催したり、違った文化に積極的に興味を示すようになったり、自分の姿勢が変わったことで、留学生活がとても素晴らしいものになりました。
  私がいた大学には特にサウジアラビアと中国から来た学生が多く、サウジアラビアの友達とサウジアラビア料理を一緒に作り、伝統的なゲームをしました。中国の友達とは寿司パーティーや日本食パーティー、中国料理パーティーなどをしました。彼らとはよくご飯を食べに行ったりし、たくさん遊びました。アメリカの友達にはホームパーティーに呼んでもらったり、アメリカ料理を作ったり、イベントに連れて行ってもらったり、イリノイ州には湖や綺麗な景色が見えるスポットがたくさんあるのですが、そのような場所に連れて行ってもらったり、湖でカヤックをしたり、こんなに楽しんでいいのだろうかと思うくらいたくさんの友達にたくさんの経験をさせてもらいました。大学には何人かの日本人がいるのですが、日本人の人達には、やはり何かあった時に一番に助けてもらいました。また一緒に留学に行った日本人の友達とは生活面で助けてもらい、学校でもたくさん助けてもらいました。多くの時間を過ごしたのは日本人の友達なので彼らにはとても感謝しています。反面、彼らと一緒にいるとどうしても日本語で話してしまうことがありましたが、なるべく英語を使うように心がけていました。
  英語力に関しては、やはり環境もそうですが自分の努力の足りなさが多く、伸びたとは思えません。伸びたというよりは今までの自分の英語力を活かせたのではないかと思います。英語力を伸ばせなかったことに対する後悔は今でも大きいので、これから日本に帰ってそれを克服できる程伸ばせるようにしたいと考えています。
  5ヶ月の留学生活で、考え方が大きく変わりました。そして嫌いだった自分と向き合い、変えていくことができました。それは周りの友達や文化の影響だと思います。また語学だけではなく、たくさんの文化や人を知ることができました。そして一番身をもって実感したことはやはり、自分らしく生きるということです。人は皆能力や特技、様々なことを身に着けていますが一番の核は自分を持っているということだと思います。自分が自分らしくいられずに自分に身に着けるものを探していても意味がない、ということです。この留学で得たものを大切に、今後将来に向けて励んでいきたいと思います。

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南イリノイ大学

5ヶ月間の留学を終えて
安藤 百代
国際交流・国際協力専攻3年
2017年3月~7月

  アメリカ、イリノイ大学から帰国しました、国際交流・国際協力専攻の安藤百代です。5ヶ月という短い期間での留学を決める前に、自分の中で大きな決意と目標を持って留学に臨みましたが、それが半分は達成でき、残り半分は後悔が残る留学に終わりました。
  私が留学した学期は、同じ時期に留学に臨んだ麗澤の同級生が多く、またイリノイ大学では日本の麗澤大学以外にも留学生の受け入れがあるので、合計すると日本人13人もの同級生がいました。やはりその中で、日本人のグループといったmajorityに悩む人も多くいましたが、得たこともたくさんあります。勉強面などで悩んだ時には相談に乗ってくれ、話を聞き、互いに助け合い、仲間と強調する大切さを感じることができました。私たちが住んでいた寮には大学の生徒や講師もいるので、友達の誕生日となると、みんな一斉となってケーキや得意料理を作り、パーティーをします。また、映画鑑賞、ハイキング、Carbondaleである大きなお祭り、BBQ、などといったイベントもたくさんあったので、外国人の友達と関わる機会がありました。また、同じクラスの留学生はとてもfriendlyで男女関係なく仲良くすることができました。わからないところを休み時間や授業後に教え合い、テスト前などは一緒に勉強したりレポートを書いたりしました。もちろんその時も英語を使って教え合うので、日常会話とはまた違う話し方や単語を使わなければなりません。また同じクラスとはいっても、人によってspeaking能力が異なり、持っている語彙数も異なるので、いかに自分の伝えたいことをより簡単に、相手にもわかるような単語を使うかという問題に苦戦しました。やはり最初の方はうまく伝わらないことが多くありましたが、時が経つにつれ互いに慣れてきてよりスムーズに、短い時間で教え合うことが出来ました。私はCESLの学生ではなく大学の留学生と一緒に遊ぶ機会が多く、そこでは授業で習った単語や文法、話し方を意識して使い、すぐに習ったことを自分のものにすることができました。時々部屋のトイレの水が流れなくなったり、なんらかの理由でシャワーが使えなくなったりもしましたが、寮の人が迅速に対応してくれるので、不備を感じることはなく、リラックスして生活することができました。
  授業面では、日本ではあまり学習してこなかったlistening やspeakingの授業に苦戦することがありました。日本人を含むアジア人とは対照的に、他のクラスメイトはこの二つを得意とする学生のほうが多くいたので、そのギャップに苦しむことがありましたが、そのことが向上心に繋がっていました。Grammarやcoreの授業では、すでに自分の知っていることが多くありました。基礎能力の徹底につながりましたが、他のクラスではレポートの数もプレゼンテーションの数も多くあったので、少し物足りなさを感じました。そうした環境の中で、自分で勉強したり、先生に資料をもらい勉強したり、学部の授業を受けたりしたことが自分の力になったと感じます。テストは1学期に2〜3回ほどあります。テスト前などは先生が復習をしてくれるので、きちんとテスト準備が出来ると思います。しかし本テストに比べ、どの教科も小テストが多く感じました。授業のペースも自分が大学で勉強していた速さとは異なりとても速く、どのテストも成績に関係するので、決して手を抜けません。それぞれの教科の小テストと本テストが重なったりして、時間に追われる日もありましたが、終わってみれば達成感のあるものでした。先ほども書きましたが、授業のペースがとても速いため、私は授業が終わった後、課題と一緒に復習をしていました。授業をこなすだけでは、ただの流れ作業になってしまい、自分のものとすることはできないと感じました。
  この留学を通して、異文化に触れる楽しさ、新鮮さを感じることができました。自分の知らなかった文化を、留学を通して目にすることで、どんなに自分の価値観や視野が広がるかということを、身を持って体験することができました。また、自分の英語力が身につくことの喜びを実感しました。やはり最初は、自分が想像していた留学生活とのギャップを感じ、落ち込む日が多々ありましたが、そんな自分と真正面から向き合うことができました。留学してなにより、これからの生活が大事になってくると思います。向こうでの友達もたくさんでき、この関係を大切にしていかなくてはと感じます。帰ってきたと言って気を抜かず、友達とのコミュニケーションが今まで以上にスムーズにとれるよう、これからも勉強に励んでいきたいです。自分だけでは成し得なかったこの留学生活、陰で支えてくれた先生・親・仲間には本当に感謝しています。

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クラーゲンフルト大学

異国の地で得られた経験
竹浦 康平
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2016年9月~2017年7月

  私は2016年9月から2017年7月まで、オーストリアのクラーゲンフルト大学へ留学してきました。私がこの大学への留学を希望した理由としては同じ日本の大学から留学する人がなるべく少ない大学へ行き環境を今までと大きく変えることで、さらなる語学学習への意欲向上や留学先での様々な経験が得られやすくなる事を期待したからです。 元々、私はイェーナ大学へ留学する事となっていましたが、クラーゲンフルト大学へ留学予定だった人と代わってもらい私はクラーゲンフルト大学へ留学させてもらう事になりました。
  留学が始まり、私たちの留学先の大学はチューターさんなどが存在せず、留学先でビザの発行、保険の契約など、全て個人でやらなければなりません。私たちは同じ大学の留学仲間同士や他大学の日本から留学してきていた人たちと、協力して助けてもらい、無事手続きを済ませました。手続きを進めながらも大学での最初の授業が始まります。私たちは最初に大学でドイツ語の技能能力テストを受け、その後面接によりクラスのレベルが振り分けられます。基礎を今一度しっかりと固めるため、耳にドイツ語を慣れさせるため、私はオーストリアの地でドイツ語の学習を心機一転開始しました。
  こうして始まった留学生活、日々の生活の中での異文化交流、様々な経験、目に見えるもの全てが目新しく新鮮で、私は短い留学期間のうち、少しでも多くのものを吸収していきたいと思いやる気に満ち溢れていました。出席出来る授業にはなるべく多く出席し、受けられるドイツ語の授業があれば必ず参加し、現地の人に日本語を教える日本語クラスの先生として参加し大学の掲示板から情報を集め、ネットや掲示板を用いドイツ語のタンデムパートナーを募集し、タンデムとは一緒に食事をしたりスカイプをつないでドイツ語と日本語の勉強をして、週に一度の個人のドイツ語の授業も申し込み受講しました。留学前からもやれるだけのことはやってきた、留学が始まってからもやるだけやった。しかし、現地の人とドイツ語で会話してみると相手が喋るドイツ語を理解する事はおろか聞き取って単語を認識する事も出来ず、自分が喋っても短く簡単な文でしかとっさに頭に出てきません。オーストリアの現地に行った事で自分の力量を知り、ドイツ語話者へのまだ遠い道のりを認識することができたことはとても有益でした。ドイツ語を肌に触れ自分の力量を知った事で私はドイツ語話者になるという本当の意味での覚悟がついたような気がします。
夏と冬のセメスターの授業では興味のある講義や学ぶべき授業を受け、授業中に黒板に書かれたわからない単語や、先生たちが話す講義の中での大切な単語も、メモに書き写し授業後に質問したり、辞書やネットを用いて学習しました。大学の授業では英語でプレゼンテーションをしたり、ドイツ語でちょっとした詩を作り準備には現地の友達に助けて貰いました。日本語教室の時も、ドイツ語を用い先生として日本語を教える立場ということでまだ完璧ではないドイツ語でも分かりやすいよう何度も表現を変えて説明し、順序立てて授業を進めていくなど工夫をしました。
  留学中は授業内容のほかにも目にする街の看板、掲示板に張られたプリント、スーパーで目にした商品の名前、全ての文という文がドイツ語学習に役立つ教材であり、とにかく周り全ての物が学習対象でした。道ゆく人の歩き方も、街に張られる広告も、現地の気温も天候も、口にする飲み物や食べ物も、すべてが新しい経験であり学習です。多く物事に触れヨーロッパに馴染みを持てるようになることで海外の問題やニュースを身近に感じることが出来るようになることを目指し少しでも多くの物を吸収し学習しようと心がけました、留学という限られた時間において少しでも多くの物を勉強しようと貪欲に行動できたことは良かったと評価しています。
  私は留学中旅行に精力的に行きよく出歩きました。ドイツ語学習の一つの息抜きとして、何よりヨーロッパの街並みを歩き、人とすれ違い、人と会話する事でヨーロッパの人たちの感覚を少しでも身につけるために積極的に出歩く事を徹底しました。交通費を節約するという名目もありながら、常に自分の足で移動する事を意識して街を 人を観察しました。中心街から町外れにかけて歩き回り、人の流れを見て場の空気を感じ、様々な人々と交流しました。多くの人や物に触れ、交流する事によって多くの経験や知見を得られることが出来、自分の成長の糧にすることが出来たのではないかと振り返ってみて思います。
  海外の地へ赴き実際にその地へ身を置いてみると今まで気づく事のなかった多くのことに気づくことが出来ました。私は日本に生まれ周りに日本人と日本語に囲まれた環境を過ごし成長してきました、今まで会話や文字の読解には自身の身体と脳の発達に伴い学校や家族友達との交流によって何不自由なく無意識的に学習し自分の気持ちや考えを発信出来るようになりました。視界の端にあり目で注目していなかった小さな文字や情報でさえも日本にいる日本語母語話者でなら無意識的に認識することが出来、多くの情報や経験に基づく取るべき行動も自然と頭の中から生まれる状態です。ですが、留学を経験させてもらいオーストリアやヨーロッパで過ごし、母語がほとんど存在しない場に身を置いてみると、今まで無意識的に認識していたような情報も外国語であるため無意識的に認識することが出来ないことはもちろんのこと、意識的に注目し認識しようと頭を働かせてみてもその文字から、その物から、得られる情報は母語話者、母国の人と比べると圧倒的に少なく経験に基づく行動も日本で得られた経験がすべて外国においては通用するとは限らず頭でもう一度自分のとる行動を考える必要があり、こういった環境を経験することが出来るということは大変貴重でこの場を経験させてもらえた私は自分を少しでも成長させることが出来たのではないかと思います。
留学を終え様々な経験を積み学んだ今、留学全体を振り返ってみると、もっと上手く情報や物を活用しまだまだ上手く効率よく学習することが出来たのではないかと反省をし、この反省をこれからの生活や学習に活かしていきたいです。
  最後にこのような貴重な体験をさせて頂けたのはすべて、多くの方による手助けと家族、友達、大学の先生の協力なしでは、叶わなかったものであるということをよくよく認識し、その方たちへの多大なる感謝の気持ちをいつまでも忘れずこれからも一層頑張っていきたいと思います。

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ロストック大学

留学で私が体験したこと
野口 沙也花
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2016年9月~2017年7月

  私はロストック大学のStudy in Germanyというコースで約9か月間ドイツ語の授業を受けました。ドイツ語の授業は最初A2レベルから始まりました。クラスには私たちと同じようにドイツに留学しに来ている中国人や台湾人がいました。授業は、教科書に沿って進められ、教科書はセクションごとに単語、読み、書き、聞き取り、スピーキングなどに分かれています。文章に出てくる単語でわからない単語も多く、別のノートに書き写したり、教科書に載っている単語リストを活用したりして勉強していました。また、町の図書館でDVDを1ユーロで借りることができるので、それを借りてドイツ語と英語の両方を見ました。知っている作品であれば内容はわかり、耳も少し慣れ、日本語ではこう言うけどドイツ語や英語ではこう表現するというのもわかり楽しくドイツ語に触れられたと思います。授業の一環として舞台を見たり、町中を散策したり、州議会を見学したりしました。ロストックの町を散策したときは、みんなで手分けしてロストックの教会や役所についてまとめ、ロストックのマップを作りました。
  ドイツ語のほかにSprachenzentrumで中国語の授業も1学期間受けました。中国語のクラスのレベルは初心者レベルで、ドイツ人と一緒に受けました。私は日本でも中国語の授業を受けていましたが、日本とドイツの授業は全く違うものでした。日本では発音重視の授業を受けていて、文章を作るという授業はほとんどありませんでしたが、ドイツでは発音よりもとにかく習った単語を使って話してみるという授業でした。ダイアログを自分たちで考えて発表したり、中国語の質問に答えたり、リスニングをしたりしました。日本人は漢字を使うので文章を見ればなんとなく意味が分かったりしますが、逆にドイツ人はピンインを覚えるので音もわかり、リスニングはドイツ人の方が理解しているようでした。日本人は漢字を使うから中国語を勉強しやすいと聞きますが、日本語読みが邪魔して話したり聞いたりするのは難しいと感じました。漢字を学ぶ前にピンインで中国語を学んだらより中国語が身につきやすいのではないかと思いました。
  ドイツでのビザの取得は大変なのかなと思いましたが、先輩やインターネットで見たり聞いたりしたほどではありませんでした。場所によっては相手にしてくれないということもあるようですが、ロストックではそのようなことはありませんでした。私はビザ申請時に大学の在籍証明が3月末までになっていたため、半年後にビザの更新をしなければなりませんでした。書類をもらい、分からないところは人に聞いたりして記入しました。私は4月半ばのイースター休みにロンドンへ旅行することを計画していたので、更新の手続きをするときに仮ビザを作ってもらうことも頼みました。そして、ロストックを出発する日に仮ビザをもらいにいくと、まだビザないと言われました。私は確かに伝えたし、この日に来てという紙ももらっていたにもかかわらずです。そして、奥の待合室に通され職員の人が呼びに来るのを待っていました。すでに空港までのバスも飛行機もホステルも予約してあったので待っている間不安で仕方がありませんでした。急遽作ってもらえましたが、謝罪の言葉もないうえにカードのビザができたらそれもお金を払わなければならないと言われました。どう考えても相手側の手違いのはずなのに謝罪がないのは納得できませんでしたが、ビザをもらえお金が無駄にならなかったことが救いでした。
  私は留学中に旅行も行きました。旅行の際にはたいていフリックスバスという長距離バスを利用しました。少人数で旅行する際には電車を利用するよりも安く、その上無料でWi-Fiを使うことができます。私はドイツでスマートフォンを買っていなかったので無料のWi-Fiはとても助かりました。電車やバスを利用して訪れたのは、ベルリンやハンブルク、南ドイツ、ウィーンです。私の中で印象的だったのは、ウィーンや南ドイツです。ウィーンで朝早く散歩をしていたら犬の散歩をしている人が挨拶をしてくれて、とてもすがすがしい気持ちになりました。また、ウィーン少年合唱団を聞くためにミサに行ったことで、ミサでどんなことをしているのか、それがどんな意味を持つのか知ることができました。
  南ドイツでは、ミュンヘンやカルテンベルク、ベルヒテスガーデンなどほかにも様々なところへ行きました。カルテンベルクはミュンヘン郊外の小さな町で、Kaltenberger Ritterturnierという馬のお祭りが年に一度開かれます。私は16時から0時ごろまで開かれている日に行きました。Ritterturnier自体は20時からでそれまでは会場を見て回っていました。会場内には、中世の服装をしている人がたくさんいて、お店もたくさん出ていました。その中で私は髪飾りのお店によりました。使い方が分からず、どうやるのだろうと話していたら、お店のおばあちゃんが出てきてくれてやり方を教えてくれました。観光客の私たちを見て、そんなに英語ができないにもかかわらず、英語で話そうとしてくれたのがうれしかったです。ドイツ語でも分かると言ったら、ドイツ語で話してくれて、これからここでRitterturnierの前のパレードも始まるよって教えてくれて、ドイツ語を話せたことで楽しく話しながら買い物ができてよかったです。
  ベルヒテスガーデンでは、ケーニヒス湖と岩塩坑、ラムサウへ行きました。本当はヒトラーの別荘で有名なケールシュタインハウスにも行きたかったのですが、時間がなく行くことができませんでした。ケーニヒス湖では遊覧船に乗りました。ガイドはドイツ語でしたが、日本語のパンフレットも言うと出てきて驚きました。おいてあったパンフレットは英語と中国語だけだったので、日本人はあまり来ないのかなと思いました。ケーニヒス湖はドイツの魔法の湖として有名で、水が透き通りエメラルドグリーンの湖でした。山の絶壁が見えるところで、フリューゲルホルンを吹いてくれ、そのきれいな音色とエコーを聞くことができました。ベルヒテスガーデンはとても自然が多いように思いました。夏には多くのドイツ人が山登りをし、冬にはスキーを楽しむことができます。夏は緑が多く空気が澄んでいる印象でしたが、冬には雪で白銀の世界になるようです。ベルヒテスガーデンでは、ザルツブルクから来たという少年とも話をしました。英語を学び始めたところみたいで英語で話せるところは英語で話そうとしていて、失敗を恐れずに何でもしてみる勇気がすごいと思いました。私もなんでも挑戦してみなければ何も始まらないなと彼を見て感じました。彼だけではなくて、ほかにも一人でツアーに参加したときに何人かで一緒に滑る滑り台があったときに一緒に滑ってくれる人がいたり、記念コインを作る機械を見ていた時に壊れていると教えてくれる子がいたり、いろんな人のやさしさに触れることができました。私もこんな風に人に接することができるような人に成長したいと思いました。

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ランガラ・カレッジ

カナダ留学
西沢 唯
英語・英米文化専攻3年
2017年2月~8月

  私は、カナダのバンクーバーにあるランガラカレッジに約半年間留学をしました。外国に行ったことがまずなかった私は、出発前はわからないことや不安な事ばかりでした。6カ月の海外生活も長くしんどいのではないかと思っていましたが、終わってみるとあっという間で充実していたと感じています。カナダに着いてはじめに向かったのはホームステイ先でした。迎えてくれたのは黒人のお父さんと白人のお母さんとその2人の小学生の子供で、さすが移民の国カナダだなといきなり実感しました。もう何年もホームステイを経験している家族で、聞き取りやすい英語で丁寧に説明をしてくれてとても助かったのを覚えています。到着した2月はとても寒く、今年は異常気象だったらしく雪が降る日もありました。雨はほぼ毎日降っていて、それが5月あたりまで続きました。こんなにも毎日毎日雨に降られるのは体験したことがなかったので少しきつかったですが、これがバンクーバーの当たり前なのだなと感じました。
  学校はそれぞれのレベルに合わせたクラスだったので、いろんな国から来ている同じレベルのクラスメートと勉強をしました。1クラス15~20人の少人数で中国人やベトナム人などが多かったですが、トルコ人やブラジル人などもいて、1クラスに7国籍くらいのクラスメートが集まることもありました。1週ごと授業のトピックが変わっていき、そのトピックについて話し合ったり、リーディング、リスニング、ライティングをしたりして英語を勉強していきました。植物について、買い物について、犯罪について、カナダの有名な人や動物についてなどを学びつつ、それがカナダではどうなのか、また世界各国ではどうなのかをクラスでシェアする時間はとても興味深く知らなかったことが沢山知れる有意義な時間となりました。7週間の授業が終わると上のレベルのクラスに上がるための大きなテストがありましたが、上にいけるかどうかは普段の授業態度や小テストなども重要でした。しかし、毎日出る課題を着々とこなし、授業中も失敗を恐れず意欲的に、黙り込まずにいれば大丈夫でした。このように平日しっかり勉強した分、土日は毎週のように友達とでかけてカナダを楽しみました。
  カナダはとにかく美味しい食べ物が多い!ということで、友達と調べていろんなものを食べに行きました。フードコート一つとっても様々な国のお店が並んでいて楽しめるし、日本食が恋しくなってもラーメンやお寿司が美味しいお店がたくさんあったので、食について困る事はあまりありませんでした。また、クラスメートの韓国人と韓国人おすすめの韓国料理屋に行って食べ方を教わったり、ベトナム人とフォーを食べに行ってパクチーを全部あげたりしたのは、日本ではなかなかできない経験だと思うのでとても楽しかったです。授業が7週間で一区切りすると約1週間の休みがありました。1回目の休みでは、とても仲良くなった韓国人の友達と1泊2日でビクトリアに行きました。ランガラがあるブリティッシュ・コロンビア州の州都であるビクトリアへは、フェリーに乗って約1時間半で行けました。イギリスの影響を受けた古い建物が並び、気候も丁度良く、とても穏やかな街並みを楽しむことができて、とてもいい息抜きとなりました。その友達も私も流暢に英語が話せるわけではありませんでしたが、年が近かったことや韓国と日本で似ていることが多いことから、何の気兼ねなく一緒に過ごせるとても良い友達になることができました。次のクラスは別々になってしまいましたが、その次のクラスでもたくさんの友達を作ることができました。特に仲良くなったのはベトナム人3人組で、その人たちもまた同い年くらいでした。ベトナム人の印象は、とても日本に理解がある!でした。その3人は特に日本のマンガやアニメをよく知っていたり、日本食が好きだったりと、3人を通して別の角度から日本を見ることができたような気がしました。このように、ランガラではいろんな国の友達もできやすく、学校でプレゼンや課題があってもみんなで一緒に頑張ろうというふうになれて、とても良い環境下で勉強ができたなと感じました。
  6カ月はあっという間に過ぎてしまいましたが、そのなかで勉強もたくさんでき、新しい友達と様々なアクティビティや食を楽しみ、かなり充実した留学生活を送ることができました。いろんな人が集まる中で、お互いに尊重しあってなおかつ主張もしていくことや、新しい環境でも心折れずに前に進んでいくことの大切さなど、これから生活していくうえでも大事なことをたくさん学べた留学になりました。日本でもこの経験を生かしていきたいと思います。

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