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留学体験記

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イェーナ・フリードリヒ・シラー大学

私の留学体験記
前田琉奈
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2019年10月~2020年3月

   私は2019年の10月から今年の3月末までドイツのイェーナ大学に留学をしていました。本来は7月までの予定でしたが、この度の新型コロナウイルスの影響により、国からの緊急帰国要請と「引き続き現地で学習するのは困難である。」という決定を受けて、少し残念ではありましたが留学を切り上げました。高校生の頃からの夢だった長期留学(半年でも長期に該当するかもしれませんが…)だったので初めは本当にショックが大きかったのを覚えています。しかし、元々呼吸器が弱く、そのあたりの不安を抱えながら留学をしていたということもあり、比較的早い段階で気持ちを切り替えることはできたのかなと感じます。確かにとても残念なことではあったのですが、だからこそ経験できたこともあると思います。例えば普段マスクをつけていなかった(そもそも売っていなかった)ドイツの人がマスクを着用するようになったこと、レストランやカフェなどの全面休業、トラムやICEの極端な減便などは中々貴重な経験ではないでしょうか。なので、私はこれらの経験をこれからの学びに活かせたら良いと思っています。
   少し暗い話になってしまいましたが、勿論半年間は留学できたので新しくできるようになったことや学んだことも沢山ありました。イェーナ大学には麗澤大学の特別授業プランのようなものがあるので普段の授業は主に同じ麗澤大学生の子たちと受けているのですが、日本で前期だけ受講していたフィンランド語が2020年度には麗澤の第二言語選択から消えてしまうと知らされて「私のフィンランド語学習は中途半端なまま終わってしまうのだな。」と残念に思っていたのですが、別枠で他言語を選択できることを知り受講を決めました。しかし、当然説明や解説は全てドイツ語で行われますから私は毎週頭がパンクしそうでした。何しろ分からない所を質問したら返ってくるドイツ語が分からないといった具合でしたから何度も挫けそうになりました。でも先生は何度も根気強く言葉を言い換えてくれたり、授業がない日でもメールで「分からない所があったら何時でも聞いてくれ。」と決して置いていかないでくれました。クラスメイトだったドイツ人の子たちもペアワークの時には一緒にやろうよと声をかけてくれて、お互いに分からない所を教えあったり一緒にクリスマスマーケットに行ったりしました。
   クリスマスマーケットにはちみつのお店を出していたフィンランド人の店員さんにフィンランド語で話しかけてみた際に「発音が上手ね。」と言われたときは本当に嬉しかったです。普段日本にいるときには人見知りをしてしまって中々自分から喋ることが出来ないのですが、ドイツ語やフィンランド語に自信がないからこそ自分から発信しようという気持ちが勝り一歩踏み出せたのではないかと思います。もちろん文法のミスやたどたどしさはありましたが自分から話しかけるという姿勢を持とうと考えられるようになりました。これは留学中に私が少し成長できたなと感じたことの1つ目です。
2つ目は自分の生活を自分で作るということです。日本での私は実家で家族と暮らしているので普段洗濯や料理、日用品の買い出しといった家事をあまり積極的にしてきませんでした。ところが留学中にはそんなわけにもいきません。お腹が空いても自分でご飯を作り、買い物に行き、洗濯も全部自分の面倒は自分でみなければいけません。例えばドイツのお店事情は日本とは異なるので日曜日にスーパーが開いていないことを忘れて食べるものがないといったようなミスを度々したり、洗濯が水ではなくお湯で行われることを知らずに服が縮んでしまうということがありました。また、見たことのない食材が売られていたり、ごみの分別が厳しかったりと日本の様式とは異なった生活なのだなとしみじみ感じました。そのため思っていた以上に初めはできないことが多くて疲労がたまりましたが、後半の方はスムーズに家事をこなせていたと思います。思っていた以上に私は母親に頼った生活をしていたのだなということとやはり生活様式が異なった場所で一から自分の生活を快適なものに変えていくのは大変だということを学びました。
   共同生活をする中でユニットの人たちと少しコミュニケーションが足りず、すれ違いが起きてしまったりもしていたので、そこは大きな反省点だったなと思います。私のユニットは日本人だけしかいなかったのですが、だからこそ言わなくても通じているだろうとコミュニケーションをおろそかにしてしまったために買い出しの順番が分からなくなってしまったり、役割分担のうえで誰かの負担が大きくなってしまうなどの問題が起きてしまいました。よくよく考えれば同じ日本人であっても違う人なのだから「言わなくても大丈夫」とか「日本の常識だろう」というのはおかしいのだということをついつい忘れがちな気がしたので、今後共同生活をするときにはこの反省を心に留めておきたいです。
   他にも学んだことや気づいたことはいくつかあるのですが、反対に私がもう少しやっておけばよかったと思うこともあります。まずは語彙を増やすことです。先生やタンデムパートナーとの会話で出てきた単語には知らなかったものもあったのですが、実際使ったことがあったのにもかかわらず忘れてしまっていたものも多くありました。使える語彙の数が多いだけでも実際会話の中では随分と有利になるなと感じることも多かったので、もう少しきちんと頭に入れておけばよかったなと思いました。
   次にある程度自分の出身地や日本の今起きている問題やニュースについて自分なりの考えを持っておくことです。初対面の人と話をしたときに出身を聞かれ、そこでは何が有名なのか、どんな人たちが住んでいてどのくらいの規模なのかというようなことをよく聞かれました。また少し仲が深まると、今日本ではどんなことが話題になっていてそれについてあなたはどのように考えているの?といった質問をされることがあったので専門的ではなくてよいのですが、ある程度知識や自分の考えをもっておいた方が良いと思いました。
   この留学を通して私は語学力の向上だけではなくいろいろな面で一歩成長できたのではないかと感じています。ただ単純に学びを深めるというよりも日本にいたころには感じられなかった、気づくことが出来なかったことを出来るようになることが海外留学の醍醐味の1つであると思っているので、この経験はきっと無駄にならないでしょう。
   日本に帰ってきてはいますが今学期はイェーナ大学のオンライン授業を受けることが出来るようなので私達の学びはまだしばらく続きます。いくつか達成できていない目標もあります、がそれはまたいずれかのタイミングで達成出来たら良いと思っています。まだまだ未熟ではありますがそんな私を信じて送り出し、こんな貴重な経験をさせてくれた先生方や両親に対する感謝の気持ちを、これからに繋げていきたいです。

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イェーナ・フリードリヒ・シラー大学

ドイツに留学してみて
若林宙
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2019年10月~2020年4月

   私は2019年10月~2020年4月までイェーナ大学に留学をしていました。本来は1年間留学するはずでしたがコロナの影響で半年になってしまいましたがそれでも得られることはとても多かったので良い経験になった留学でした。
   ではまずなぜ留学をしようと思ったかというと、ただドイツ語を日本で学ぶだけでなく本場のドイツ語を聞き、会話することによってレベルアップしたいと思ったからです。そして日本にいるだけでは絶対に体験できないドイツの文化を知りたいと思ったからです。ドイツ文化というのはお城や街並みが代表的だと思いますが、私はドイツ人の生活や考え方を学びたいなと思いました。
   私が留学していたイェーナという町は学生が多い町だと感じました。幼稚園、小学校、中学校、高校、大学すべてあったと思います。大きい公園には子供が遊んでおり、散歩やランニングコースとしても愛されています。イェーナにはブンデスリーガ3部のサッカークラブもあり、大きいスタジアムもあります。私は友達と2,3回見に行きました。三部のサッカークラブなのに日本ではありえないくらい盛り上がっていてすごく楽しかったです。私も毎週末地元のサッカーチームに交じってプレイしていました。ドイツでサッカーをするというのは一つの夢だったのでとてもうれしかったです。イェーナで生活していて困ったことは一度もなかったです。スーパーマーケットは沢山ありますし、アジアンショップもあったので、日本食も作れ自炊で困ることはありませんでした。さらに洋服や雑貨を売っている場所がたくさんあり良かったです。ファーストフードやレストランもすごく充実していました。ピザやケバブなどのファーストフードはよく学校の昼休みに食べていました。その中でも一番たべていて、感動したのが大学の近くにあったポテトです。そりゃあとてもカリカリで少し大きく食べ応えがあり、10種類以上のソースから自由に選べます。わたしのお気に入りのソースはトリュフマヨネーズソースです。とてもおいしかったので週一回は食べていました。
   私は学生寮でインド人とシェアハウスをしていました。入った時から仲良くしてくれていて一緒にカレーなどご飯を作ったり、部屋の掃除をしたりしていました。部屋の使い方を最初にお互い決めていなくていざこざがありましたが、その後決めてからはとても仲良く一緒に住んでいました。彼は日本のドラゴンボールが大好きで一緒に日本のアニメを見たり、アニメを熱く語ったりしてとても楽しかったです、なので最後にお別れしないといけない時はとても悲しかったです。
   イェーナ大学の授業は月~金曜で1限から5限です。始まる時間は8時で終わる時間が18時です。一コマの時間は90分で休憩は10分です。1限から5限まであるときは正直きつかったです。授業はドイツ語の授業と英語の授業と日本人の先生による翻訳の授業がありました。イェーナの授業はすべて同じ麗澤大学の留学生と受けます。なので宿題の相談ができます。しかし、まわりがすべて日本人なのでそれに甘えてしまい、本場の授業が受けれないのでずっとドイツの環境にいたい人はイェーナ大学の授業は向いていないかもしれません。
   留学生にはそれぞれタンデムパートナーがつきます。タンデムパートナーとは課題を一緒にやってアドバイスを出してもらったり、逆に日本のことを教えてあげたりする人です。それぞれひとりずつ紹介されます。最初は私のタンデムパートナーは一人だったのですがドイツ人の友達が増え追加で二人とタンデムをしていました。なので私は大体週3で勉強をタンデムパートナーとしていました。クリスマス会というのがあって留学生と先生方とタンデムパートナーが集まってパーティーをしました。それぞれご飯やおかしを作ってきてみんなで食べプレゼント交換をしました。とても楽しかったです。
   ドイツのクリスマスマーケットもたくさん行きました。クリスマスマーケットは一言でいうとめちゃめちゃきれいです。初めて見たときはそのキラキラの感じと屋台の盛り上がってる感じとすてきな音楽で驚きと感動がすごかったです。好きな屋台のごはんはカリーブルストと揚げドーナッツみたいなやつです。その時期は食べすぎて体重計に乗るのが嫌でした。暖かいワインも人気で一緒にその年限定のマグカップがついてくるので記念として集めていました。
   私は同じ留学生そしてタンデムパートナーと一緒にベルリンに一泊二日の旅行に行きました。タンデムパートナーが車をだしてくれてイェーナからベルリンまで3時間ぐらいでした。みんなで靴や洋服を見に行きました。ベルリンは古着屋が多くてとてもうれしかったです。いっぱい服を買ってしまいました。アディダスなどの専門店も多く友達は二足もスニーカーを買っていました。ベルリンという町はとても大きくたくさんの人がいました。日本でいう東京という感じでした。私は人が多いのが好きではないのでイェーナぐらいがちょうどいいと思いました。
   私がドイツ留学に行って学んだことは本場のドイツ語を体験することによってドイツ語を取得したことです。学校で習うドイツ語だけでなく友達とおしゃべりをすることによって学べる単語やフレーズがたくさんありました。そして慣れない地で過ごすことによってコミュニケーション能力があがりました。これは今後絶対に役に立つ能力なので留学のおかげで身に着けることが出来てよかったです。そしてドイツでたくさんの友達ができました。サッカークラブのチームメイトやタンデムパートナーです。よく泊まりに行っていたのでお互いにご飯作ったり、ゲームをしたりしました。また日本に遊びに来てくれるらしいので楽しみです。

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釜山外国語大学校

半年間の成長と経験
岩瀬結衣
日本語・国際コミュニケーション専攻3年
2019年9月~2020年3月

   私は、2年生後期の夏から3年生前期まで釜山外国語大学校にいる予定でしたが、新型コロナウイルスのため強制帰国となり4月に日本に帰ってきました。正直帰ることがすごく辛くて、せめてあと2ヶ月間居させて欲しかったなと思う気持ちがとても強かったです。
   韓国ではコロナの影響で隔離生活2週間を寮の中で過ごし、部屋の外に一歩も出れない状態で2週間分の水、トイレットペーパーなどが部屋の中に用意されました。毎食ごとにお弁当なども廊下に置いてくれました。その中でも一番辛かったことが、隔離されていたので、3月に強制帰国となった友達になんの言葉も顔を合わさずお別れしたことです。こんな形で友達とお別れするということが一番の心残りでした。また、韓国でも3月からオンライン授業のため会う機会が減って、残っている日本の友達に最後のお別れの手紙を渡すようにお願いした形で帰国しました。
   前期の頃は、毎日の様に親しいサークルのメンバーで遊びに行ったり、勉強したりたくさんの経験と友達づくりができました。今回のことで、当たり前に明日が来ること、普通の生活というのが何一つないんだなと強く思いました。韓国にいる間は一日一日があっという間で、今までにないとても貴重な体験をしていました。
   成人式のため、一度日本に帰国したのですがすぐに韓国に戻りたいという気持ちがとても大きく、自分の中でも留学生活がとても恵まれた環境、そして大切な友達がいたからこそそう思えたんだなと感じました。また、2週間ほど日本に戻った時に、留学中一緒にいた日本の友達や韓国人が遊びにきてくれたので東京に遊びに行き、なかなか会える距離じゃないので楽しい思い出も作れ、とても大切な時間を過ごせました。韓国に戻った際は、寮食はやっていなかったのでコンビニで買ったり、宅配(배달)などを取っていたことが多く偏った食生活をしていたのでしんどい日が多くありました。日本で久々にちゃんとした食事を取った時は、日々の食事を用意してくれている母親に対して感謝の気持ちとバランスの大切さを改めて感じました。
   前期は、日本人担当の人が自分の取りたい授業の時間割を構成してくれていました。後期は自分で取ることになったのですが、韓国ではパソコンで履修登録期間になるとほとんどの人がPC방と言われる日本で言う「ネットカフェ」で時間になったら自分の取りたい授業の申請をするのですが、早いもの順(競争)で取れる教科が決まります。韓国人はパソコンに慣れてる人が多いので、ボタンを押すことに慣れているのですが、取りたい教科が取れないことがあるので私たち日本人にとってはとても大変でしたが、韓国人の友達が付いていてくれたので良かったです。自分の専攻の授業で交換できるものを前もって考えてから取る方が日本に帰ってからも楽にできます。また、韓国では1教科に対して三単位なのですが、日本に帰って単位互換することを考えた方がいいです。また、最初に取れる単位数が19単位と決まっているのでよく考えて申請してください。また、今まで一度も受けたことなかったtopikを韓国で受けようとしていたのですが、それもコロナの影響で受けられなかったので、大学に在学中は卒業するまでに一度は挑戦したいです。
    留学中に日本村のお手伝いとして、日韓ハーフの子どもたちに国語を教える経験をしました。内容は、出席も確認から始まり日付や曜日、歌や音読、神経衰弱のゲームなど様々なことをしました。1ヶ月に一回の活動でしたが、貴重な経験をさせてもらいました。また、日本村の韓国の友達と記念写真を撮りに西面にあるスタジオに行きました。韓国では写真スタジオが多く、よく「인생네컷」という人生4カットというところで撮ることも多くあります。一人日本に帰国する人がいたので、その前にみんな思い出作りができ、今ではその写真が私の宝物のひとつです。韓国では、夜遅くまでお店がやっていることが多いのと、お店がたくさんあるので、授業が終わった後はカフェに行ったり、カラオケに行った、ご飯を食べにいったりした日々が多く、韓国のことをたくさん学べたのではないかと思います。
   約半年間の留学を経て、自分で判断する気持ちがより大きくなりました。また、家族といる時間が長かった分、離れてみると少しは寂しい気持ちはありましたが、自分が成長しているなと感じることができて留学に行けて良かったなと思いました。語学の面では、読み・書き・リスニングが留学前と比べて少し伸びていることを実感しています。日本では、韓国語を使う機会がなかなかないので少しずつ勉強をして、忘れないように一日に必ず韓国語に触れる様な時間を取っています。素敵な友達に出会えたことが留学の中で一番の宝物です。留学中の先輩方と話す機会があって、やっぱり留学に来てからはあっという間だったから楽しんだ方がいいよと言われていたので韓国でたくさんの経験をしておいて良かったなと改めて思いました。また、留学中には韓国人以外のたくさんの国の人と話す機会があったりしたので、文化や価値観の違いをたくさん学ぶことができました。
   釜山は海も多く、路線がソウルほど混雑していないことや近いことがメリットだと思います。学校自体も自然に囲まれているので空気もすごくよく、毎日の様に学校の大きさにびっくりしていたのを思い出します。今では、釜山が自分にとっての第二の故郷の様に感じられます。コロナが収まったら、友達に会いに行きたいです。今回コロナの影響で帰国になり、帰国した友達とまた会おうと約束して後期にまた行こうとしていたのですが、後期も行くことができなくなったのでとても残念です。それでも、学生のうちに留学ができて、たくさんの思い出ができて学生の中での一番の思い出になりました。貴重な留学をさせてくれた両親にとても感謝しています。

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ハレ=ヴィッテンベルク・マルチン・ルター大学

何が起こるかわからない留学
武田麻里
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2019年9月~2020年3月

   ドイツに留学して痛感したことは当たり前のようにも思えますが、同じ日が来ることはないということです。ハレで過ごした半年間は振り返ってみればあっという間でした。9月末にハレに到着し、バディと一緒に銀行口座を開いたり寮の契約や住民登録をしたり生活用品を揃えているうちにあっという間に10日ほどたっていて、すぐに大学のオリエンテーションが始まりました。初めて入る大きな講堂やたくさんの学生に囲まれていよいよ始まる学生生活に不安と期待でいっぱいでした。しかしその日にハレで銃撃事件が起こりました。この事件が起こったことに信じられない気持ちと命の危機感を覚えました。海外に興味のある自分にとって犯人が排外思想を持っている人物だったことにも大きなショックを受け、また危機管理意識を高めるようにもなりました。
   オリエンテーションがあった日から2週間ほど授業選択期間があり10月末には授業が始まりました。専門的な講義は単語の意味が全く分からずパワーポイントを見ても授業の内容をつかめないこともあったので授業の内容を理解するより、まずは耳を澄まして自分の聞き取れる単語を探すことに集中しました。教授の話し方や声のトーンなども含めてなるべく聞きやすい教授の講義に出ていました。講義を受けて全体的に自分には語彙力が乏しいことに気づき、バディとタンデムをするときも語彙を増やすように意識しました。週に2コマあるドイツ語の授業はほかの国から来た留学生と一緒に学ぶことができ自分に合ったレベルを選べるのでついていきやすかったです。また必ず一対一で話す時間があるので仲良くなることができました。会話の中で必ずどこから来たのかという話からお互いの国の文化について話すのですが、相手の国についての知識がないと会話もうまく続かずもっと知識があればよかったと後悔しました。しかし食文化や料理の話はあまり知識がなくても話しやすく盛り上がった記憶があります。
   留学をして食事に人をつなげる力があることに気が付きました。寮にある共有のキッチンで定期的にルームメイトとお互いの国の料理を作ったり、別の棟に住んでいる日本人の人たちと日本食を作ったりバディやドイツ人の友達とボードゲームしながら夕飯を食べたりしました。一人で食べる時よりも誰かと食べる時の方がおなかも心も満たされたと思います。ルームメイトと一緒に箸を使いながら唐揚げを揚げて何時間も話せたことはとても大切な思い出です。ルームメイトには生活面でも学校生活の面でもとても助けられました。私を含めて3人でのルームシェアでしたが2人ともやさしくてとても生活しやすかったです。家族以外と共同生活したことは今までなかったので友達なのか家族なのかしっくりくる呼び方がいまだに思いつかず不思議な感覚ですが2人のおかげで深刻なホームシックにはなりませんでした。
   ルームメイトだけではなくバディにも大変お世話になりました。諸々の手続きはもちろんですが全然友達のいない私たちに日本語学んでいる友人を紹介してくれたり、ハウスパーティーに呼んでくれたりと交友関係を広げてくれました。日本に来て困っている外国人がいたらバディのように助けになりたいと強く思わせてくれました。ハレ大学には1年前まで日本語学科があったためか日本語を話せる学生、または日本に興味を持っている学生が多くいたように思います。そのような学生ともっとコミュニケーションをとれれば良かったと後悔しています。
   今回の留学中の自分の中での目標は友達を作ることでした。そのため学生が運営しているESN Halle Saaleという非営利団体を活用することにしました。ESNでは留学生の交流を目的としたパーティーやバーベキューなど気軽に参加できるものから、2泊3日で旅行に行くというプランまで自由に参加できます。私はバーベキューと2泊3日でドレスデンに旅行するプランに参加しました。どちらのプランも留学生が多く参加していたため共通言語は主に英語かフランス語でした。旅行のプランでは少人数の班ごとに観光したので、フランス語はもちろん英語も危うい私にとってゆっくり英語を話せるいい機会になったと思います。自分の話しやすい環境を自分で作ることは言語を習得するためにとても重要なことの1つだと学びました。
   留学中、長期休みを利用しドイツだけでなくフランスやロンドン、チェコにも旅行しました。旅行前に携帯をなくしたり、自分たちのVISAが有効なのか分からなかったり危うくロストバゲージしそうになったりとおぼつかない旅ばかりで楽しみよりも不安の気持ちが大きかったです。思い返してみると留学中はドイツにいるうれしさと不安と焦りが心の中で渦巻いていた気がします。海外に暮らし友達にであえるうれしさと自分の生活に対する不安と焦りを抱えたまま日本に帰ってきてしまいましたが、もともと自分と人を比べがちな私でしたがいままでで一番広い世界を体感していちいちくらべてしまうのはばかげていると感じることができるようになりました。
   このように留学を通して精神面で学んだことは多くあります。タイトルにもあるように毎日何が起こるかわかりません。本来であればいま私はまだハレの寮にいて夏学期がはじまった大学に通っていたと思います。春休みには旅行をしたり、ボランティアに参加しようと計画を立てたりしたのですが急遽帰国することになりました。いつなにが起こるかわからないことを実感したのでやりたいことはなるべく早くやり遂げようと思います。自分は生き急いでいると言っていた友人がいるのですが、もしかしたら彼女はこんなことを考えて生き急いでいたのか気になってきました。様々な学びの場を与えてくれた家族や親身になって相談に乗っていただいた先生方に感謝の気持ちを忘れず、これからの生活にドイツで学んできたことを生かしていきたいと思います。

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リーズ大学

リーズ留学体験記
吉田来実
英語コミュニケーション専攻3年
2020年2月~3月

   私は2月から6月にイギリスに留学の予定でしたが、コロナウイルスの影響で残念ながら約一か月半での帰国となってしまいました。この一か月半の生活の中で、様々なことを経験しました。まず、人生で初めて人種差別にあいました。コロナウイルスの影響でアジア系に対する風当たりは強く、クラスの友達と街を歩くと「コロナ」と言われ、駅の椅子に座ろうとすると女性二人がこちらをずっと見て、明らかに口を抑えながら席を変えるという事もありました。自分は何も悪いことをしていないから堂々とするべきと頭では分かっていてもやはり傷つくこともありました。留学中はロンドンで香港の留学生が差別により暴行を受けたり、バスに乗っていた日本人女性が差別的な発言をされたことによってバスから降りることを余儀なくされた、などとても心を傷めるニュースが多かったです。本来差別的な発言をすることさえ許されることではないのに、私は暴行などの被害にはあってないからまだましな方かと思ってしまうこともありました。日本人の私が日本の中だけで生活していても差別や偏見について深く考えることは一切ありませんでしたが、実際自分が経験して、言葉の暴力はその言葉を発している本人が思っている以上に相手を傷つけ苦しませることを、身をもって知りました。多様性が求められている現代の世の中でお互いを尊重しながら生きていくことは非常に大切で、誰かが知らない誰かによって無条件に傷つけられることはあってはならないし、差別されることの悲しみを知っている私が注意できる人間でありたいと強く思いました。
   また、この留学中はたくさんのイレギュラーな出来事があり、自分自身で判断・行動しなければならない場面がその分たくさんありました。特に感染症による留学の中断は苦渋の決断であり、何度も悩み、今でも思い出すと悔しくてたまりません。やはり留学するということは今まで勉強してきたなかでずっと自分のモチベーションであり、何か月も前から準備を進めてきてやっとの思いで実現した留学でした。さらに、リーズ大学でterm2の授業が終わり二週間の春休みになったので様々なイベントに参加したり、ランゲージパートナーになった現地の友達とお出かけしようとまさに考えていたタイミングでした。世界各国で感染者数や死亡者数がどんどん増えていき、日本での感染も次々と確認され、日が経つにつれて自分の心の中のまだイギリスに残りたいという気持ちと、現状を受け入れなければならないという葛藤で何度も心が押しつぶされそうになりました。ただ、自分で世界中の様々なニュースを見て、客観的に世界の状況を考えた時に逆に自分はこのままイギリスに残っていて大丈夫だろうか、残ったとしてもリーズ大学でのオンライン授業が確定していて外出も禁止とされている状況のなかで、今の自分になにが出来るだろうか、と考えるようになりました。私は留学では、現地で新しく出来た友達と英語でコミュニケーションをとれるようになることが目標であると同時に一番楽しみにしていたことであり、机に向かった日本でもできる勉強はイギリスでは一切やりたくなかったので、行動が制限されている今の状況で私が本来やりたかったことは一切できないということを強く感じました。だんだん帰国するという考えに傾いていく中でも、やはり少しでも残りたいという気持ちがあるのは当然です。しかし、自分のやりたいことと向き合う気持ちはもちろん大切だけど、それと同じように世界の状況を冷静にみて自分がどうするべきなのか判断する力も同じぐらい大切だという事に気が付きました。いくら頭ではこうしたいと思っていても、思い通りにならないことも多いんだ、と自分自身に言い聞かせ、それからはすぐに帰国という判断をしました。留学に行く前はとにかく自分の意見を言ったりするのは苦手で相手に任せたり、行動する時も他人についていくばかりで自主性など皆無で人に頼ってばかりでした。しかし、今回は誰かの意見を聞いてからではなく自分で帰国を決め、帰国便の変更や書類の手続きなどもリーズ大学側、麗澤側両方にメールを何度も自分で送ったりととても成長したと感じます。帰りの飛行機も一人で海外の飛行機に乗るのは初めてだったので、前日の夜からとても緊張し2時間程しか眠れませんでしたが、一人で無事に帰ることが出来ました。
   ここまで書いた内容はマイナスな面が多く感じられるかもしれませんが、もちろん楽しいこともたくさんありました。約一か月半でもイギリスに行けたという事、クラスの友達とイギリスの映画を観に行ったり、クラスのみんなでパブに行ってご飯を食べたり、イギリスの友達とランゲージパートナーになったりと、とても貴重な経験ができました。また、私の過ごしていた寮からショッピングモールは歩いて15分ぐらいだったので、洋服を見たり、現地の店や食材をぷらぷら見れたのでとても楽しかったです。イギリスでは、お菓子やジュースが破れて中身が出ている状態のものが棚に並んでいたり、カビが生えたグレープを八百屋のおじさんが気にせずに売っていたり、日本よりも断然キャッシュレスが進んでいてどこの店もほぼ無人のレジだったりと自分にとって今まで当たり前だったことが全く当たり前ではなく、その違いを発見するのがとても面白かったです。また、英語を何年間も学んできた割に全く会話が続けられなかったり、相手に自分が思っていることをうまく伝えられなかったりして何度も悔しく、またそんな自分が情けなくなりました。今まで私は文法や語彙が合っているか不安で麗澤の必修の授業でも他の人が発言しているのをただ聞くということが多かったのですが、自分なりに伝えようとする姿勢を大切にし、力まずにどんどん発言しようと思えました。留学を途中で断念するのはとても悲しいことでしたが、逆にこの大変な中でいろいろなことを経験できたのはこれからの長い人生の中でとてもいい糧になるなと感じます。ただ授業を受けているだけでは学べなかったことをたくさん経験させてもらえて、両親には感謝しています。

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ランガラ・カレッジ

バンクーバーでの貴重な時間
伊藤彩楓
英語・リベラルアーツ専攻3年
2020年2月~4月

   私は2月から8月の半年間カナダのバンクーバーの留学の予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で強制帰国となり2月下旬から4月上旬までの留学となりました。約1か月半の期間でしたが、ホストファミリーや学校生活の事など様々な面をカナダで吸収してくることができたと思います。
   最初にホストファミリーについてお話します。初日空港に着くと現地の日本人の運転手の方が迎えに来てくれており、皆で小型バスに乗り順番にホストファミリーの家に降ろされていきました。私のホストファミリーはフィリピン人の家族でホストマザー、ホストファザー、12歳と8歳の男の子2人とホストグランドマザーでした。家族は5人だけでしたが、その家の下にホストファミリーの親の兄弟家族が住んでいて時々上に上がってきたり、親戚の人が来たりしていたので賑やかという印象の時もありました。私は留学に行く前ホストファミリーとの関係が不安でしたが、思っていたよりもやっていくことができました。しかしその家のルールや生活スタイルの違いが最初は窮屈に感じました。例えば、入浴の時間が20分と決まっているというようなことです。その窮屈さも最初の頃だけで数週間過ごしていくうちに慣れてきます。食事に面では朝はパンやシリアルを自分で用意し、お昼はサンドイッチやお米そして夜はパスタや魚を用意してもらうなど海外独特という感じの食事でも無かった為、苦ではありませんでした。ホストファミリーとの関係の面では、学校がある間は夕飯の時など学校の様子を聞いてくれたり、ホストブラザーが日本のことに興味を持っており漢字を教えてあげたりしました。コロナの影響で外出ができないときには夜、家で一緒に映画鑑賞に誘ってくれるなど、比較的交流はありました。しかしあまり交流がないという時も多々ありました。ホストファミリーは家によってルールや生活スタイルが違ったり、交流の仕方が違ったりしますが、私が体験して感じたことは積極的に自分から交流しに行く事だと思います。私はもっとコミュニケーションをとっておけば良かったと少し後悔しています。
   次に学校生活についてです。一日目はテストがあり、その結果によってクラスが決まります。私のクラスは中国人の生徒が多かったです。他にもベトナム、イランそして日本人の学生がおり、年齢も様々でした。授業では毎回必ずペアワークがあるのですが、最初はクラスメイトの子とコミュニケーションをとることが難しかったです。なぜなら、皆第一言語が違う為英語の発音が独特である為聞き取ることが困難で、逆に聞き取ってもらうことも難しかったです。ですが、授業を重ねていくと困難ではなく楽しいと思えるようになりました。それはクラスの子達と仲良くなることができたからだと思います。クラスの子達はとても優しく、クラスの雰囲気もとても良かったです。その為、クラスの子達と休み時間やほかの場面で話す事が多くなり、仲良くなりました。そして授業でもクラスの子達とペアワークなどで会話する際に楽しいと思えるようになりました。更にクラスのほとんどの子はバンクーバーに住んでおりその子達から英語独特の言い回しなどを学ぶこともできました。授業の内容に関しては基礎的な英語の学習という感じでした。クラスによって授業の内容は変わってくるのですが私のクラスではListening ,Writing ,Speaking, Readingの全ての分野の基礎の細かいところを学習したという感じでした。最初は基礎過ぎて少し驚いたのですが、意外と自分は分かって無かったという発見がありとても授業内容が身になったと思います。そしてとても細かく教えてもらえるのでとても分かりやすかったです。私はランガラの授業を通して自分の分かってない所や勘違いしている部分を見つけることができたと思っています。
   授業の時間割は12時半から16時20分の約4時間で担当の先生は2人でした。クラスの開始時間はクラスによって変わります。他にも授業内でアクティビティがあったりとても楽しかったです。課題も毎日のようにあるので放課後友達と課題をやってから帰るという日もありました。学校生活では色んな国の人と触れ合うことができたくさんの文化に触れることができます。クラスの子達と仲良くなるとよりそれが学べるので合う、合わないはあると思いますがどんどんコミュニケーションをとって仲良くなることは良いと思います。私は仲良くなれて良かったと思っています。授業もとても為になることばかりだと思います。
   バンクーバーの街の雰囲気を少しお話したいと思います。バンクーバーは移民の方が多いので外を歩いているとたくさんの国の人達を見かけました。もちろん日本人の人も多く見かけました。バンクーバーにはEnglish bayというきれいな海など観光スポットもあるのでおすすめです。私は留学に行く前とても不安でした。授業についていけるかホストファミリーとはコミュニケーションをとれるかカナダの生活の全てが不安で直前になると自分で選んだ留学なのに行きたくないという思いもありました。しかし不安なのは留学にいく人達皆同じだと先生も言ってくださり、同じ留学先に行くメンバーの子たちも現地で様々な情報を共有してくれたりしていたので不安は生活していく中で無くなっていきました。更に学校が始まるとクラスの子達とも仲良くなりSNSなどを交換したりしていくと学校生活も楽しくなりました。ホストファミリーとの関係も悪くなく過ごせたので良かったと思っています。
   私は留学に行くことをおすすめします。行く前は色々不安があると思いますし、現地に着いてからの数日は大変なこともありますが、慣れてくると授業も含めて楽しいと思います。そして、不安な時は同じ留学先にいる麗澤生と情報共有したり先生に相談したりするといいと思います。行く前は不安だった私もコロナの影響で当初より早い帰国になってしまったということもあるかもしれませんが帰国することになってしまった時には帰りたくないという思いが強く、帰国した今でもコロナが落ち着いたらバンクーバーに戻ろうと考えています。留学前に不安だと思っている人がほとんどだと思いますが、不安以上に楽しくて意義のある留学になると思うので行くと決めた方は後悔の無いように留学生活を送ってください。

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リーズ大学

イギリス留学生活を終えて
矢口直樹
英語・リベラルアーツ専攻3年
2020年2月~3月

   私は2月7日から約2か月間イギリス・リーズ大学への留学をしてきました。私にとってイギリスは大学入学当時から、留学を望んでいた国でした。このレポートでは、イギリスの知らなかった実態、新型ウイルスによる影響から、BREXITについて感じたことを報告しようと思います。
   まず私がなぜ留学にイギリスを選んだのかを簡単に説明すると、元々は単純な理由で海外サッカーを現地で見たい、というだけでした。その中でサッカーの歴史に興味を持ち、少しずつ調べていくとイギリスそのものの歴史、文化の魅力に吸い込まれていきました。イギリスにはたくさんの王族の存在や、伝説が語り継がれているので、好奇心と知識を持ってイギリスに行くと、留学や観光が百倍楽しくなるのでお勧めです。
   では留学の中身について書いていこうと思います。まず羽田空港を出発し、イギリス・ヒースロー空港で乗り継ぎ、約13時間かけてリーズ・ブラッドフォード空港に到着します。ここで特に注意しなければならないことは、入国時のビザ申請です。ビザの申請はヒースロー空港で済ませなくてはなりません。飛行機を降りてArrival Gateに到着すると、黒人の空港スタッフの方が優しい口調と笑顔で、「入国者用のeゲートはこっちだよ~」と教えてくれますがそこは聞き流して、ビザ申請ができる有人のゲートまで一目散に歩きます。間違えてeゲートを抜けてしまった場合、一度国を出なければならなくなってしまうので注意が必要です。実際、私たちは再入国のためにドイツを観光することになりました(とても満喫しました)。
   リーズ空港から寮まで私たちは大型のタクシーを利用しました。リーズ大学はなかなか大きい大学なので、寮は幾つかあります。寮かホームステイを選べますが、私はホームステイのほうが断然良いと感じました。寮は1つのフラットに5つの部屋が入っているのですが、その5つの部屋全員が日本人だったので、寮で英語を話す機会はほぼ皆無でした。もし同じフラットのほかの部屋が外国人だった場合、親睦を深める機会は多いと思います。しかし、寮の希望調査がそのまま通ることはまず難しいと思います。せっかく留学に来ているのだからより確実にコミュニケーションをとれるホームステイを私は推奨します。私の寮の中にはコインランドリー、コンビニエンスストア、ビリヤードがありました。特にビリヤードは、部屋をのぞくと毎回誰かしらいることが多く、洗濯機を回してる間の暇つぶしには最適でした。アルコールを片手に友達と夜中まで球をついていたこともあります(次の日は土曜日)。
   また、イギリスで生活してみて気になったことは日本とのファッションの違いです。私は留学生活用の荷造りの際、着る服に困らないように、向こうで洋服を買う必要がないようにと気合を入れて、洋服用のキャリーケースと日用品のキャリーケースの2つに分けて持っていきました。しかし、いざイギリスで普段大学に行く時のような格好で街を歩くと、心なしか浮いているように感じました。もちろんアジア人の顔や身長なども関係あるかもしれませんが、服装の違いは特に感じました。イギリス人は(おそらくアメリカ人も)トレーナーなど動きやすいトップスに、ジーンズやトラックパンツなど、スポーティーな服装が多いです。また向こうで買える服は日本では見られないデザインのものも多いので、日本から持っていく服は最小限に、現地で調達してみることをおすすめします。
   物価は確かに高いですが、食料においては自炊をするなら日本よりも安いです。理由は食品の量が違うからです。パンなどの主食は1斤0.5ペンス(70円くらい)で買えます。あとお肉がおいしいです。しいて高いと感じたものと言えば外食と電車賃ぐらいです。寮を選ぶとほぼ自炊になると思うので、好きなものを食べられますが、あえてホームステイを選び郷土料理に触れてみるのも面白い選択なのではないでしょうか。
   次に、大学生活についてです。大学の授業に関しては、麗澤大学のEFCの授業の様に1つのトピックについて学び、その中で文法や使えるフレーズをネイティブの先生が教えてくれます。先生方は愉快な方が多く、英語を話しやすい雰囲気づくりをしてくださいました。実践的でアクティブな内容もあり、科学博物館の見学ツアーや、リーズ市街地の探索、学内でのネイティブへのインタビューなど様々です。私はこれらの授業を受ける中で、劣等感をしばしば覚えることがありました。その理由として、同じアジア人である中国人や韓国人は相手の英語に対して瞬時に返答が出来るのに、なぜ自分はそれが出来ないのだろうと感じたからです。特に韓国人はそれが出来ます。授業の内容がある程度難しくなってくると、発言するまでにある程度考えてしまいます。周りには中国人、韓国人、アラブ系の人など、英語をLearning Language としている人と授業を受けており、みなスタート位置は同じかと思いきや、彼らはとにかく発言することが出来るのです。
   私は仲良くなった韓国人になぜそこまで英語を使えるのかと聞いてみました。すると彼らは小学生から英語が授業のカリキュラムとして取り入れられ、小中高と学ぶそうです。日本の英語教育においても小学校からのELTによる英語の授業は導入されていますが、彼らとの違いは“アウトプットの量”です。学力や学歴がモノをいわす日本において、高校生までの英語は机上の能力であり、資格や大学入試の為に学んでいるのが事実なのです。しかし韓国はより学歴社会で、加えて外資系の企業が韓国には多く、海外を相手に仕事をする人がほとんどだそうです。つまり企業に入るまでのインプット100%の日本の英語教育に対して、企業に入ってからを考えている、より実務的なアウトプット120%の韓国の英語教育を比べてしまったら日本人は海外に出たとき勝ち目はないのだと感じました。積み上げてきた時間が違います。彼らの存在は英語教育システムの違いというどうしようもない壁に気づかせてくれ、私を感化してくれたと思います。
   そこで私はLanguage Exchangeというリーズ大学のサイトを使いました。Language Exchangeはお互い違う言語を母国語とする2人がお互い学んでいる言語の練習相手になるというものです。私は3月から利用を始めたため1人としか会って話すことが出来ませんでしたが、お互いの国の文化について話すなど、学校の授業とは全く違った会話は新鮮でした。留学中は学校以外にも、ショッピングやジム、クラブやパブなど生きた英語に慣れる環境しかありません。海外に行くことはすべてが学びになると思います。
   私はサッカーが昔から好きで、特にイングランドのプレミアリーグはいつか生で見ることを熱望していました。その念願がこの留学で叶ったときは、スタジアムについた瞬間から興奮し、すべてに驚嘆していたほどです。留学中でも暇ができると友達と近くの公園に行き、よくサッカーをしました。そこで出会った現地のイギリス人に誘われ、何回か試合をしたり、SNSを交換したりと国際交流を楽しんでいました。私たちは割と本気で勝ちにいこうと毎回息を切り、身体が明らかな体調不良を感じ取るぐらいには全力でやっていたことを覚えています。しかしある日、私たちがイギリス人の彼らと試合をしていると、遠くで叫びながら明らかに移民出身の人たちが私たちに乱入してきたことがありました。私たちはとりあえずイギリス人の友達の様子をうかがっていましたが、彼らは委縮してしまっていました。私は勝手なイメージで白人のほうに権力があるのかと思っていましたがその様なことはなく、イギリス人達は意外と肩身の狭い思いをしているのだなと感じました。EUに加盟していることによって移民を寛容に受け入れてきたことが、イギリスのネイティブにとっては疎ましく感じているだろうと思いました。なぜBREXITが起こったのか、実際に現場を見て少し理解したような気がしました。
   私が少しずつイギリスでの生活に順応していく中、世界が新型ウイルスによって大きく変わってしまいました。世界の人々のウイルスへの非難は中国へと向けられました。私は日本人だから大丈夫だろうと思っていましたが、アジア人=中国人と認識され、とても生きづらい思いをしました。自宅から持ってきたサッカー日本代表のユニフォームを着て街に出かけてやろうかと思いました。3月上旬に行ったドイツでは一緒にいた友達が「国に帰れよコロナ!」と言われて、私もすごく不愉快な思いをしたことを覚えています。また、ヨーロッパ人たちはマスクをつけるのは病人だけと考えていて、日本のように感染予防のためにマスクという考えはありません。そのため私もマスクはつけず生活していましたが、歩道で私の前から歩いてきた人が口を手で覆い、私の横を静かに通り過ぎていったこともあり、本当にショックでした。大きく成長できると待ち望んでいたイギリス留学なのに、アジア人がイギリスに来ているだけなのに、まるでイギリス中に迷惑をかけているような気がしてなりませんでした。
   ボリス・ジョンソン首相の決断力と国民からの信頼にはとても感服しました。私が帰国後にジョンソン首相自身がウイルスに感染してしまいイギリスのBBCニュースの報道を見ていましたがその時のアナウンサーは涙を流しながら報道していました。首相の人望の厚さがうかがえました。一度は“集団免疫”をめぐってひと悶着ありましたが、首相は効果がないとわかるとすぐに規制を厳しくし、ロックダウンを宣言しました。海外にいるとどうしても日本と比べることが多く、「自粛、規制は専門家会議を通して…」だとか「布マスクを全世帯に2枚…」など、日本はなにがしたいんだと本当に疑問に思うときがありました。私はイギリスが人々の生活を規制したことから少しでも良いほうへ向かっていくのではないか、まだ留学を終わらせなくて済むのではないかと根も葉もない淡い期待を抱きながら収束することを願っていたのですが、そんなはずもなく非常事態宣言の2週間後の3月の終わりに帰国する運びとなりました。しかし、今となっては帰国してこられて良かったなと思っています。私たちと同じような状況を味わう人は今後なかなかいないとは思いますが、このような状況の時、自分の命のリスクとそれによって得られるものを天秤にかけてみることが海外では特に大事だと思いました。  
   BREXITや新型ウイルスなど私の留学にはハプニングの連続でしたが、逆に言えば、普段じゃ見られない世界は自分にとって貴重な体験だったと、前向きに捉えていこうと思います。今回の経験を通して、世界情勢や政治など色々と考えさせられることの多いイギリス留学でした。

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イェーナ・フリードリヒ・シラー大学

ドイツで過ごした時間
池田佳菜子
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2019年10月~2020年3月

   私は2019年の後期から半年間、ドイツのテューリンゲン州にあるイェーナ大学に留学しました。当初の予定より半年短い期間でしたが、もちろん多くのことを経験したり学んだりすることができ、成長した部分が多かったと思います。また、イェーナ大学に留学する前にミュンスターの春期講習に参加していたため、緊張や不安が少ない状態で臨みました。その点では、長期で滞在する前に事前に現地の雰囲気を把握していたのは良かったと思います。もし慣れない環境が苦手であれば、事前研修に行っておくとだいぶ違うと思います。
   イェーナは自然に囲まれた場所で、特に私が住んでいた寮は大学がある中心街からトラムで20分ほど離れたところにあったのですが、近くにザーレ川が流れていて、公園があったため晴れた日に散歩に行くととても心地よかったです。スーパーも近くに大小2件以上あり、生活用品はすぐに揃いました。到着してから授業が始まるまで数日間あったので、大学の行き方も事前に理解しておくこともできました。しかし、行き方はわかっても大学自体は本当に広くて校舎が点在しているので、覚えるまで大変でした。例えば、ドイツ語の授業の後に英語の授業があったのですが、教室移動するだけで15分もかかりました。ドイツは信号が赤は長く青はとても短いので、いつも移動時間がない中で信号を慌てて渡っていました。半年経った後もあまり覚えていないところもありました…
   授業については、ドイツ語、英語の授業は全て麗大生だけの授業でした。知り合いが多かったためあまり緊張せずに受けることができていたと思います。私は麗澤で第二外国語としてイタリア語を受けていたのと、知り合いが誰もいない状態で自分がどれぐらいできるのか知りたかったということもあって、イェーナ大学の語学センターで開講されているイタリア語のコースに個人的に参加しました。周りはイェーナ大学の学生や現地の社会人の方しかおらず、初回の授業は今までで一位二位を争うぐらい緊張していました。自己紹介も緊張しすぎてたくさん噛んでしまったのですが、先生や一緒に授業を受けていた人たちは授業前に話しかけてくれたり、必死にメモをとっていた私を気にかけてくれたり、授業で理解できなかったところを質問しに行くとわかるまで教えてくれたりと、とても親身になってくれて凄く嬉しかったのはいい思い出です。もちろん説明や教科書も全てドイツ語で、まだまだ初心者のイタリア語の授業だったためまず問題文のドイツ語を理解することから始まりました。通常のドイツ語の授業に加えて、予習や復習、宿題をしっかりこなしていくのは本当に大変で辛かったのですが、ドイツ語もイタリア語も同時に学べた一番の経験だと思っています。私が受けていたコースは週2コマを40€で受けられたので、日本人がいない環境でも勉強したい場合は、ドイツ語のコースもあるのでこういった授業に自主的に参加することをお勧めします!
   長期休暇の期間は旅行にも行きました。クリスマスの期間は各地のクリスマスマーケットに赴いたり、周辺の国々にも訪れたりしました。クリスマスマーケットは日本で事前に調べていましたが、実際に行くと現地の迫力が体感できてとてもよかったです!屋台にあるグリューワインを注文すると地域やその店オリジナルのカップに入って渡されます。デザインは毎年違うものであり、カップはデポジット制のため持ち帰ることもできます。私は集めたカップを帰った後も記念として飾っています。
   また、目標だった一人旅も実行することができました。最初は日帰りでドイツ国内を、帰国前にはデンマークまで行ってきました。ドイツ語だけでなく英語も使いながら一人だけで行動するのは不安もありましたが、自力でひとつひとつをこなしていくことで問題解決力を身につけられたと思います。現地の方とお話する機会もあり、とても充実した時間だったので機会があればまたトライしたいと考えています。
   年明け前に行ったベルリンでは、友人に誘われてベルリンフィルハーモニーを聴きました。日本ではとても高い金額のチケットが、ベルリンフィルの専用ホールで行われるコンサートのチケットを二千円ほどで買うことができ、かなり貴重な体験ができました。元々音楽が大好きで、日本でもたまにオーケストラ等のコンサートを聴きにいくのですが、世界三大オーケストラの演奏を現地で聴けるのは人生の中でもそう多くないことだと思います。
   イェーナでは日本語を学ぶイェーナの学生と一緒に勉強などをするタンデムやスタムティッシュがありました。私は前に述べたイタリア語の授業が被ってしまっていたため数回しか参加できなかったのですが、参加したスタムティッシュではドイツ語でたくさん会話することができました。質問に対して自分でも思った以上に返すことができたので、会話に少し自信がついた出来事でもありました。タンデムではドイツ人の学生と一緒に毎週会ってお互いに教え合いながら宿題や試験勉強をしました。タンデムをやってまず感じたのは、日本語を教える難しさです。母国語であれば教えるのはそう難しくはないと思いきや、毎回普段は考えないような「なぜそうなるのか」を考えさせられました。同時にドイツ語の翻訳の課題をやっている時は難しい意味の単語や複雑な文法を教えてもらって理解するのもかなり大変で、根気よく続けていくことが大切でした。口語もたくさん教えてもらったり、お互い覚えた口語を聞いてみたりするのは覚えるモチベーションも上がりとても楽しかったです。また、早口言葉の動画を見せてもらい、発音の練習もしました。Rやウムラウトの発音が苦手だったのですが、何回も教えてもらい今では以前よりだいぶ良くなりました。こうして一緒にお互い教え合いながら勉強していくことでやる気をアップさせることができたので、自分にとってとても有意義な時間でした。今でもタンデムパートナーとは連絡を取り合っているので、良い関係を築けるシステムだったなあと思います。
   半年の間、体調を崩したり、うまくいかないことが多かったり、もちろん辛い場面もありましたが、学ぶことばかりで色んな面が成長したと実感しています。今後はこの経験を通して自分が感じたことや学んだこと、気づいたことを生かしながら学びを続けていきたいと思っています!

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リーズ大学

イギリスでの留学生活を終えて
宮添朋也
国際交流・国際協力専攻3年
2020年2月~3月

   私は2月から3月までの約2か月間、イギリスにあるリーズ大学に留学をしていました。当初留学期間は6月までの予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で急遽帰国してきました。このような形で留学を終えましたがこの2か月間は私にとって貴重な経験となりました。 
   今回留学したリーズ大学はイングランド、ウェストヨークシャー州にある国立大学です。私がこの大学を選んだ理由は、イギリス英語を学べる事とヨーロッパに興味があったからです。また高校時代から留学をしたいと思っており、イギリス留学を決意しました。今回リーズ大学に留学した麗澤生は合計9人で例年より少し多い人数でした。同じ大学から、留学する仲間が沢山いたので留学に対する不安は特にありませんでした。
   留学当日、日本からロンドンに着き入国審査を終えて、リーズ行きの便を待っているとき私たちはビザを貰い忘れていることに気が付きました。入国の際、無人ゲートに案内されてしまいビザが貰えなかったのです。このことから私たちは1か月以内に一度外国に出なければいけませんでした。先が思いやられるスタートでしたが、休日になんとかベルリンに行きビザを申請することができました。
   やっとの思いでリーズに着き、空港を出ると凍えるほど寒くて驚きました。リーズの2月の平均気温は5度くらいで、ほぼ毎日雨が降ります。ですが、外を歩いているほとんどの人は傘をさしておらず、平然としていることに文化の違いを感じました。
   リーズ大学があるリーズ市は活気があふれ学生に優しい街で、ショッピングモールや映画館、博物館、美術館、パブなど楽しめるものがたくさんあります。また、冬には期間限定でスケート場や遊園地などが設立されます。大学内にもスーパーやレストラン、パブなどがあり、大学を出なくても楽しむことができます。自然も非常に豊かで大学までの行き道に野生のウサギやリスなどを見ることができます。
   寮のルームメイトは全員私より年上で、国籍も人種も様々でした。最初は仲良くなれるか不安でしたが、留学3日目には彼らと一緒にサッカーを見るほど仲良くなれました。またルームメイトの一人は私の生活に必要な物を買い物するために、わざわざ車を出してくれました。一緒にご飯を作ったり、お酒を飲んだり、課題を手伝ってもらったり楽しい国際交流ができました。
   リーズ大学の授業は少人数のクラスで行われ、大体が午前の3時間と午後の2時間です。午前は英語を中心とした授業が行われ、二週間で一つのテーマを学習します。毎回最終日には大きな課題があるので大変でした。麗澤大学よりもプレゼンテーションやspeaking、writingが多い印象を受けました。午後は専門科目の授業で私はDramaを専攻しました。Dramaはほかの専門科目に比べて難しく、日本人は私一人しかいませんでした。しかし、先生は私が理解できるまで熱心に教えてくれて、何とか単位をもらうことができました。また2月の後半からは、イギリスのほとんどの大学で教員がストライキを起こしました。私と同じ寮のルームメイトもその影響に巻き込まれていました。しかし幸いな事に、私の授業にはほとんど影響が出ず1日ほど休みになっただけでした。大学の前では教員たちがデモ活動をしており、日本とイギリスの文化の違いを感じました。また授業が午前中だけで終わるときは、放課後に友達と課題をしたり、近くの公園でイギリス人たちとサッカーをしていました。
   休日はよく友達とサッカーの試合を観戦するために、リーズから電車で1時間ほどで着くマンチェスターに行きました。イギリスはサッカーの発祥の国だけあって、スタジアムが満員で迫力が違いました。またリーズを本拠地とするリーズユナイテッドは今季昇格圏内に位置しており街全体が活気であふれていました。他にも私は大学にあるスポーツジムに通っていました。寮の契約に大学のスポーツジムの契約が含まれているので、無料でジムを使用することができます。スポーツジム施設の中には、ランニングマシンや筋トレ器具やフットサルコートなど、様々な物があります。
   私が参加した留学プログラムでは、3月14~29日までの間春休みでした。当初この期間にヨーロッパを観光しようと思っていたのですが、ドイツやイタリアで新型コロナウイルスが感染拡大しており、航空券をキャンセルしました。春休み前半にはイギリスはまだ感染拡大していなかったので、友達とロンドンやエディンバラ、ヨークなどを観光しました。リーズ市は、イギリスのちょうど真ん中あたりにあるので、観光地に短時間で行けます。なかでもヨークにあるヨーク城壁は中世のイギリスがそのまま残っており感動しました。春休み後半には、イギリスも新型コロナウイルスの影響によりロックダウンされました。ロックダウン中のイギリスはスーパーしか営業しておらず、ほとんどの商品が品切れ状態でした。また街は驚くほど人が少なく閑散としていました。この頃、リーズ大学から来期はオンライン授業になることが知らされ、私が住んでいた寮のほとんどの人が帰国や実家に帰ってしまいました。ルームメイトも全員帰ってしまい、寮には数名しか残っておらずいつ閉鎖されるか不安でした。このような状況で普通の生活もできず、病気と隣り合わせで海外にいるのは不安だと判断し帰国を決意しました。帰国当日は、リーズからロンドンまでの飛行機が急にキャンセルされたので電車でロンドンまで行きました。所々、警察に外出理由を聞かれたりするほどこの頃のイギリスはピリピリしていました。なんとか日本に到着した時すごく安心したのを覚えています。
   たった2か月間の留学でしたが、毎日がすごく濃く充実した留学生活でした。英語の学力も上がり留学して本当に良かったです。この経験を踏まえ、残りの大学生活を頑張ろうと思います。最後に、新型コロナウイルスが感染拡大する中、留学を支えてくれた教職員の皆様、友人、家族本当にありがとうございました。

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ヴッパータール大学

Wuppertal留学体験記
矢野満太郎
ドイツ語・ドイツ文化専攻2年
2019年10月~2020年2月

   今回、私はドイツ西部、Wuppertalという地に半年間の留学をしている。そしてこれが私の初めての留学である。また、私はこれまでに家族で二ヶ国へ行ったことがあるのだが、一人で海外へ赴くのも初である。そのようなこともあり、最初は不安でしかなかったが、一ヶ月、二ヶ月と過ぎていく間に、だんだんと自分が順応していることに気が付いた。また、初めの頃は同じ日本人同士で集まろうとしていたが、同性の日本人が他に居ないこと、ルームメイトが日本人ではないことも相まって、より現地に順応するのを手伝ったのではないだろうか。 
   現地に入り、一ヶ月が過ぎたころ、私は、よく耳にする「日本人はシャイで、自分の意見を言わない」というイメージを払拭したくて、同じドイツ以外の国からの留学生と積極的にコミュニケーションをとったり、授業内で発表するように努めていった。その結果、トルコ人やシリア人といった海外留学生たちとも仲良くなることができ、一緒にWuppertalからほど近い、Düsseldorfと呼ばれる、ヨーロッパの中でも、とりわけ日本人の多い町まで、授業終わりに昼食を摂りに行ったり、プエルトリコ出身の留学生とMensa(ドイツの学生食堂のこと)に行ったりするようになった。
   Düsseldorfには日本食を取り扱っているスーパーマーケットやレストランが多数存在している。私は、早くも1ヶ月程度でドイツの食品に飽きていたので、Düsseldorfのスーパーマーケットで大量の日本食や日本米を購入し、毎月Düsseldorfまで買い出しに行くような生活を今日(十月上旬~二月下旬)まで続けてきた。なのでこのWuppertalに滞在していれば、値段の方はかなり高額なのだが、まず間違いなく日本食に困ることはないだろう。とは言え、地図を見てみれば明らかなのだが、ドイツは日本のように海に囲まれた国ではない。従って、魚介類などはそうそうスーパーマーケットでは見かけないのである。Düsseldorfまで、足を延ばせば、寿司や刺身などの生の魚も食べられなくはないが、とてつもない金額になってしまうことは明らかだろう。その代わりに、日本に比べ圧倒的に肉の値段は安い。ドイツでは日本の魚と肉の値段をひっくり返したようなイメージである。しかしながら、日本のように肉の薄切りがあるわけではなく、ブロック状の肉が多いので、鍋やすき焼きなどの日本料理を自炊したい場合には一工夫必要である。
   日本に居た時には、いつも誰かが様子を察して助けてくれていたことを、ドイツでは助けが欲しいのであれば、自分から助けてほしいと言わなければならないので、日本にいた時よりも、明らかに自立できていることに気づいた。ドイツ語の語学能力においても日本にいたころとは、比較にならないほど伸びたということも実感している。例えは、日本にいたころなどは、わからない単語があれば、日本語ですぐに話して、理解していたところを、ドイツでは例を何度か出してもらって、ようやく理解できるなど、ちょっとしたことでも、かなり多くのドイツ語とふれあうことになるのだ。また、スーパーマーケットでの買い物などにおいても、ほぼすべての商品がドイツ語表記なので、必然的に自分の知っている単語のボキャブラリーが増えていくのである。さらに、全員ではないのだが、親切な人も多く、こちらから尋ねていけば、快く教えてくれたり、日本人よりも良くも悪くも、感情を素直に表に出すので、所謂、腹の探り合いなるものがなく、私は日本に住んでいた時よりも、人間関係の面で気楽に感じた。
   一方でやはり不便に感じることも、もちろんあった。その一つが日曜日になるとほとんどの店が閉まってしまい、買い物などが、ほとんど一切、できなくなるという点である。また自動販売機や24時間営業のコンビニなども見当たらなかったので、うっかり日曜日に飲み物や食べ物を切らしてしまえば、Wuppertalでいえば中央駅周辺の日曜日でも営業しているような店まで買い出しに行く必要性が出てくるのである。次に、このWuppertalという街はTal(谷の意味)に囲まれているせいか、非常に雨が多い。体感的には七~八割は雨といった感じである。そのため乾燥機を使わなければ洗濯物は、まずきれいには乾かないだろう。
   上記で述べたように、Wuppertalはドイツの西部に位置するので、私はフランスしか行かなかったのだが、フランスやオランダ、ベルギーといった周辺諸国まで旅行のために足を延ばすのにも最適であるといえる。また、Wuppertalはかの有名なケルン大聖堂まで電車で30分弱程度なので観光にも優れている場所である。そして、ほかの州に遠出しようと思えば、先ほど述べたDüsseldorfにも空港があるので、楽である。私の場合は、1月下旬に家族がドイツのMünchenを訪れる機会があったので、その際に、このDüsseldorf空港を利用した。その際には、Münchenのほかにかの有名なノイシュバンシュタイン城や、リンダ―ホーフ城、他にも、鞭うたれたキリスト像が涙を流したという伝説で知られているヴィース協会などにも立ち寄った。
   さらに、観光といえば、私が留学した期間が十月から三月中旬という、およそ半年という期間ということで、ドイツのクリスマスマーケットなども体験することができた。クリスマスマーケットはドイツで行われるイベントで十一月下旬からクリスマスのおよそ一か月間の間、開催される野外型のマーケットである。私はこれほど長期間、開催されるイベントには参加したことがなかったので、驚きを覚えることとなった。この他にも、タンデムで仲良くなったドイツ人の友達にSoestという街で毎年、開催される祭りにも参加させてもらう形となった。このイベントでは普段はごく普通の通りが祭りの期間になると大掛かりなジェットコースターのような絶叫系のアトラクションが多く設置され屋台なども多く出店するという祭りだった。このようなことから、ドイツ人は祭りなどのイベントを好む傾向があるということが分かった。
   最後に、私はこの半年間の留学を経て、自分を大きく成長させることができたと自信をもって言うことができる。自立出来ず、思い悩んでいる人や、自分を大きく成長させたいと思っている人が身近にいれば、留学を進めたいと思う。

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リーズ大学

イギリス・リーズ体験記
伊藤武洋
英語・リベラルアーツ専攻3年
2020年2月~3月

   リーズに着いて空港からタクシーを呼びリーズ大学の寮に行く。道中の景色はすべて新鮮で、羊のいる田舎な風景から10分も車を走らせると煉瓦で建てられた建物が建つ町中に行ける。寮で自分たちの部屋を案内してもらい、その寮に住む麗澤大学の生徒はみんな同じ部屋に住むこととなっていて、少しがっかりそうにしている奴も外国人がいなくて安堵している者もいた。長い時間をかけてイギリスにつき、みなが浮かれていた。
   土日を挟みついに大学に登校する日がやってきた。遅く歩いて30分かかる距離にある大学に、はじめは寮に泊まっている留学生全員で登校した。朝の街並みを見ながらみんなで話し合ったりした。初日が終わりそのあとはすぐに授業が始まった。それぞれが留学前に受けたテストを結果にグループを与えられそれぞれで同じ内容の授業を受けた。授業の人数は15人程度で麗澤大学に近い少人数制の授業であった。感じたことといえば、イギリス英語が聞き取りづらかったということだ。今まで触れてきた英語はほとんどがアメリカ英語で、慣れないイギリスの発音に四苦八苦したのを覚えている。クラスメイトのほとんどが日本人でその次に多いのは韓国人の生徒だった。韓国人の生徒はやはり積極的で良い刺激になったと思う。キャンパスはすごく大きく建物には歴史を感じさせられた。
   土日はパブに行ってお酒を飲むか、スーパーでお酒を買って家で飲むかの二択であった。あるときホームステイをしている子も誘い男衆で夜街に繰り出しみんなで地元で有名なパブに行くこととなった。いろいろなパブを見比べ一番空いていそうなパブに入った。カウンターでお酒を注文したらパスポートが必要だと言われ学生証では証明にはならないと言われ帰る羽目になった。帰るときドアを開けてくれた英国紳士に「Thank you」というと「早くおうちに帰りな」と笑われた。がっかりした。自分たちはそんなにも幼いのかと思う気持ちと馬鹿にされたという苛立つ気持ちが込み上げてきた。萎縮したくなかったから近くのパブにパスポートを携えて再挑戦した。殴り込みの気持ちでそのパブに入り、ビールを注文したが、年齢確認はされなかった。リベンジに失敗した不完全燃焼な気持ちがあったが、ここで何かを学べた気がした。
   三島由紀夫が東大全共闘の一人に向かって言った言葉を思い出した。「英語をしゃべっていると自分は日本人じゃないような気がするんですよ、英語が多少うまくなると。そして道を歩いていてショーウィンドウに姿が映ると、胴長で鼻もそう高くないし『あ、日本人が歩いている誰だろう』と思うと、てめえなんだな」ここにおけるショーウィンドウは私にとってイギリス人だった。西洋人に対しての僕の承認欲求は、向こうからしたら全くもって気にもしないどうでもいいことだったのかと思ったとき、何だか情けない気分になった。
   私たちはいろいろなところに行くことができた。ヨーク、ロンドン、グラスゴー、イギリス国外はベルリンにいった。ヨークは昔ながらの街並みが残っていて、歩いているだけで楽しかった。ロンドンは正直あまり好きではなかった。物乞いが多くたばこを二、三本と小銭をたくさんあげた思い出しかない。一人にあげると周りの物乞いももらいに来るので困った。二度と上げないと決めた。グラスゴーは僕の好きな映画の撮影地だったためたくさんの写真を撮った。ふざけてホテルまで歩いて2時間近く歩いたのは今となっては良い思い出だが、おすすめはしない。ベルリンにはもともと行く予定はなかったが我々がビザを取り忘れたが故に行かなければいけないことになった。望んでいなかったとはいえ、ベルリンには安くいけたし、お酒はおいしかったし、何より初めての観光地でたくさんの有名な建物を観られたのが良かった。が、ベルリンで一番記憶に残っているのはブランデンブルグ門の前で「コロナ」といわれたことだった。「車椅子で生活をしている人々に寄付金を」と言う胡散臭い看板を持った明らかに移民の女が寄付を断った僕に沢山の観光客の前で去り際に言ったのだ。海外にきて初めて言われた。そのあと国会議事堂の前で寄ってきたたかり女三人組に僕は「寄付はしないよ、僕はコロナを持っているからね」とニヤ付きながら言った。先ほどの一件で私は自暴自棄になっていた。彼女たちは近寄ってきたときの優しそうな顔を変え、水を得た魚のように笑い飛びながら私を指さして「コロナ!コロナ!」と叫んだ。もちろん私はコロナ感染者ではないし、彼女らも僕がコロナに本当にかかっているとは思っていなかっただろうが、なぜかすごく悲しい気持ちになって泣き出しそうになってしまった。いじめにあっている気分を思い出した。
   イギリスに帰り、少しするとコロナの脅威はイギリスでも甚大なものになっていった。街を歩いていると私たちに向かって笑いながら咳やくしゃみの真似をしてきたり、ロンドンでは地下鉄に乗っているとき席に座ると周りの人たちが違う車両に移ったり、こっちを凝視しながら布で口を押えはじめる人もいた。町中で「ニーハオ」と言われたとき「僕は日本人だ」といったが、きっと彼らにはどうでもいいことだったと思う。ショーウィンドウに映った胴長で鼻もそんなに高くない人間を、僕たちは日本人だと分かるが、西洋人からしたらそれはただのアジア人でしかない。中国や韓国や日本なんてことはどうでもいいのだ。「Samurai」だとか、「Ninja」とかいう我々が思っている外国人の好きな「Cool Japan」なんてものは日本にしかなく、当の外国では「なにそれ?」といった感じであった。日本人が外国に気に入られていると勘違いして糠喜びしている文化というものは向こうではオタクしか知らない文化だった。
   今回の留学を経て、僕はもっと自分の国について知りたくなった。昔は日本か嫌いで海外の華やかな街並みや、格好いい文化に夢を見ていたが、マンネリ化して何にも感じなくなった日本文化やこの街並みに今では興味と愛着を持っている。決して海外で差別に遭い海外が嫌いになったわけではない(一生懸命否定しようとすると嘘のように聞こえるが本当だ)。日本にしかいないのに「日本が一番だ」と言っている奴らとも違う。海外に行き改めて日本という国が好きになった。そして今回は書いていないがイギリスにもいい文化やいい人たちがたくさんいた。実際はイギリス留学の八割がいい思い出だ。ただ、今回のこの留学でそれぞれの国のいいところ、悪いところに気が付けた。英語だけではなくたくさんのことが勉強となった留学であった。

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リーズ大学

リーズ留学体験記
吉村光基
英語・リベラルアーツ専攻3年
2020年2月~3月

   私はリーズ留学へ2月から 6 月の半ばまで体験する予定でしたがコロナの影響により 2ヶ月で帰ってきました。この留学体験はイレギュラー要素が多く、前途多難だったからこそ得るものは大きかったと思います。まず、私たちは 7 人ヒースロー空港経由でリーズへ向かうのですが半日近くのフライトはかなり堪えました。私は PC のゲームや映画、間食、マッサージをしつつ過ごしていました。ヒースローへ着くと早くも問題発生、現地の先導員に誘導されていたら気づくと E ゲートを通ってしまいました。それ故に Short term study Visa という留学に必須のビザを貰わずにイギリスに入国してしまい結果的にイギリス国外へ一度出てまた入り直さなければいけなくなってしまいました。
   リーズに就くと Uber taxi で寮へ、私たちは The Tannery(寮)とSentinel Tower(寮)、 Homestay に分かれていてそれぞれ寮は隣の建物だったのでミーティングも通学も楽でした。着いたその日は寮でゆっくりし、次の日から週末で買い出し、キッチン用具や調味料、食材、ドライヤーなどを調達し散策しました。1£屋さんが最初のうちは重宝しました。(後半は Morisons というスーパーに一番通い、品揃えも値段も良かったです。)自炊にはパスタやタイ米でチャーハン、ひき肉でハンバーガーのパティやハンバーグを作り鶏肉でから揚げやステーキ、アジアンショップで日本食や中華の材料をよく買い作っていました。イギリスの料理はおいしくないとよく言いますがフィッシュアンドチップスは個人的に苦手でした。マヨネーズも味が薄くおいしくもなくまずくもなく、全体的に味がうすいのでしょっぱいのが好きな日本人の舌には合わないのかもと思いました。
   リーズの街並みは歴史的情緒を感じられ、とても美しかったです。夜には寮についているビリヤードをしていました。授業が始まると忙しくなると思いきや案外忙しくなく大体は午前か午後で終わりました。先生方は陽気でユーモア溢れる方達でした。ブリティッシュジョークや独特の言い回しを知れて憧れを抱きましたがマイペースなところも多く、ストライキの参加で授業がドタキャンなんてこともありました。教え方やテーマは麗澤の先生方と似ているところもあり、ついていきやすかったと思います。
   街の散策や現地の人との交流、無料化されたジムへ行ったりもできました。特に現地の人との交流は公園でサッカーしていたら毎回違う人達がすぐに誘ってきてくれてとても快かったです。イギリスの人たちは私が思っているよりも優しく、安心しました。一般的にホームレスの方にも寛容な人が多く、よくハンバーガーやコーヒーを渡してあげているところを見ました。リーズの散策は全く飽きず、市民ホールでは大きなパイプオルガン、市場や大きなデパートもありました。イギリスでは日本のカツカレーが流行っているようで食べてみたのですがとてもおいしかったです。しばらくすると予定していた Short Term Study Visa を取るためのドイツ旅行があり、多くの観光地を巡ることができ充実しました。少し遅ければコロナの影響でいけないところだったのでいいタイミングだったと思います。ドイツではコロナによる差別があると聞いていましたが特に差別は感じませんでした。ただし募金の収集は半ば強引なので注意が必要だと思いました。無事帰りに Short Term Study Visa が取れて一安心。リーズに帰り、授業も学期末でプレゼンやレポートが増えてきました。内容はイギリスの歴史や映画の要約、レビュー等でした。校内インタビューもありアクティビティーが割と楽しく語学力向上につながったと思います。
   この頃にはコロナが少し話題に出る程度だったので長期休みに向けて旅行のプラン、予約を決めていました。電車の予約を取るときにおすすめされた Rail card というアプリを入れることで年齢ごとに交通費が大幅に削減されるのでお得でした。長期休みへと入るとロンドンへ行きますが丁度 London Lock Down が始まり、大英博物館をはじめ観光地やお土産屋さんは丁度その日からしまっていました。ホテルの朝食のイングリッシュ ブレックファーストはおしゃれで優雅な気分になりました。観光地を見て雰囲気を楽しみ、地下鉄に乗り、古着を買い充実して楽しんでいました。イギリスの人たちは基本マスクをしませんでしたが徐々にマスクをする人が増えてきて全身防護服の人もいました。ロンドン旅行から帰ってきて 3 日後にはエディンバラへも行きましたがとてもいいところで、特にエディンバラ城やアーサー王の玉座といわれる丘は夜景を含めとても神秘的で綺麗でした。ハリーポッターのような世界観でどこを歩いていてもファンタジーのような街並みで面白かったです。
   旅行から帰ってくると既にコロナの影響で町はゴーストタウンのよう、ボリス・ジョンソン首相が自宅待機しろとの声明をだしてからはどこのお店もしまっており空いているのはスーパーのみ、食料を大量に買いだめし寮に籠ります。みんなで勉強したりビリヤードをしたり凝った料理をしたりで、皆がいたのでそれなりに充実した日々を送れていましたが事態はさらに悪化し空港閉鎖の話も出てきたので本格的にミーティングの機会が増えました。感染者数の推移は収まりそうになかったので空港閉鎖も時間の問題だろうと踏んで帰ることを決意し、 3 月 31 日に帰りました。羽田空港での検査はサーモグラフィーで体温チェックと問診のみでそれから 2 週間自宅待機かアパホテルなどで 2 週間待機か選べましたがホテル代自費はさすがに厳しかったので自宅待機へと決めました。
   このようになかなか前途多難な留学でしたが、それ以上に仲間との結束や現地での楽しい思い出、勿論英語もよく使う機会が多かったのでこの 2ヶ月良い経験が凝縮されていたかなと思っています。麗澤大学からも先生からもたくさんのサポートをして頂いたおかげです。イギリスは留学に行く上でベストな環境でした。国民性も穏やかで思いやりのある人が多かったことがとても印象的です。

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ヴッパータール大学

ドイツ留学体験記
古矢磨由実
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2019年10月~2020年3月

   私は2019年10月から3月までの半年をヴッパータールで過ごしました。留学前は行くのを迷うほど不安に思うこともありましたが、とても良い経験ができたと今は思うことができます。勉強面と生活面の2つに分けて書いていきたいと思います。
   勉強面では、学期ごとに目標を立てていました。最初はドイツ語の速さに慣れること、次は話している内容をかみ砕いて理解すること、一歩一歩ゆっくり進めるような目標を作りました。ヴッパータールの授業は10月の後半からスタートだったので、それまでは自分で勉強したりWelcomeweekのイベントに参加したりしました。そこで話した人たちとは、その後も挨拶したり話したりしたので最初のイベントは参加してよかったなと思います。
   ドイツ語のコースはプレースメントテストでクラス分けされて最初のクラスはA2でした。ついていくのに必死でその時は机に向かっていた記憶しかありません。周りとの語彙力の差に圧倒されて話せない時やわからない時はクラスメートや先生が助けてくれていました。「手伝うよ」、「わからなければ言って」と声をかけてくれて何とかついていけていましたが、私がついていけなくなってきてA1のクラスに移ると伝えた時、「このクラスで一緒に勉強しよう」、「大丈夫だよ」といってくれて、ついていけなかった自分がすごく情けないと思ったのを覚えています。A1に移ってからは基礎を固めて、自分に自信を持って勉強ができるようになりました。授業は月曜から金曜の午前中だったので午後はフリーでした。宿題は思っていたよりも少なくて、復習の時間を多くとることができました。また、英語の授業も受けていました。英語は大学の授業で聴講生として参加していました。私たち聴講生はテストやプレゼンテーションをすることはなかったですが、ほかの国のクラスメートのプレゼンから学ぶことがたくさんあったと思います。発音の難しい単語を練習したりグループワークをしたり、日本で受けた授業に似ていると感じました。先生も優しく留学生の私たちを理解してくれていてすごく受けやすい授業でした。授業以外ではタンデムやStammtischに参加して、ゲームをしたり話をしたりして、ドイツ語を使っていました。
   生活面では、最初ゼメスターチケットを発行するのに時間がかかりました。本来なら日本にいる間に受け取れるはずだったのですが、ドイツに着いて1ヵ月ほどは持っていないまま過ごしていました。振り込みがうまくいっていなかったのが原因と分かったので、銀行に行って追加で振り込みに行きました。まだ口座を持っていなかったので窓口で手続きをしなければいけなかったのでうまくできるか不安でしたが、なんとか振り込むことができたので自信がつきました。住民登録はISTという留学生サポート団体の学生が留学生を連れて行って手伝ってくれたのですぐに登録することができました。さまざまな手続きやSIMカードを買ったり口座を作ったり、いろんなことが周りの人の助けがあって何事もなくできました。
   普通に生活する分には何も問題はなかったのですが、わたしは今回骨折をしてしまったので、すこし大変でした。ドイツ人の友達が病院や保険の手続きをしてくれ、麗澤から一緒にきた友達が私の身の回りのことを手伝ってくれました。たくさんの迷惑をかけてしまって申し訳なかったし、感謝の気持ちでいっぱいです。ここですこし入院生活について書きたいと思います。私は夜間の救急病院に行ったのですが、そこにいた医師の方含めみんなが優しく慰めてくれました。医療の言葉はわからなかったけれど、ドイツ語を学んでいると伝えたらドイツ語を教えてくれたり簡単な言葉でコミュニケーションをとってくれたり、ドイツ語を使って話してくれて、家にいるより話していたと思います。隣のベッドにいたおばあさんと話したりもしました。医師や看護師の方が検査や手術、リハビリすべてで説明をしてくれるのですが、たぶんこんなこと言ってるんだろうなくらいしかわからなかったので写真や翻訳アプリなどを使って重要なところを教えてもらいました。痛み止めをもらったりアイスパックを交換してもらったり、最初は頼むのを躊躇していたけれどこれもコミュニケーションだと思って言ってみると少し会話できて嬉しくなりました。病院食はイメージしていたドイツの食事そのままで、朝夜はパンとチーズやくだもの、昼はパスタや重めの食事が運ばれてきました。病院食とは思えないくらい、量が多くて食べきれないこともありました。
   退院してからも整形外科、リハビリに通っていろんな人に助けてもらいました。リハビリのところの受付や担当の方は特にお世話になって、手続きや保険の書類など私にもわかるように説明してくれてこの時には一人でもやり取りができるようになっていました。日本に帰る前に偶然町で会えて挨拶できてよかったなと思います。
   最後に私が今回の留学で学んだことは、何事も後回しにしないということです。1年あると思って考えていたことはほとんどが計画通りにはいかなかったからです。私は骨折したことで2か月半はうまく動けず、さらにはたくさんの人に迷惑をかけました。この間に勉強しほかではできない経験ができ、学んだことはたくさんあります。怪我したこともそうですが、普段の生活からできたことはたくさんあったので、それ以上にやり残したことへの後悔が大きいです。やりたいことはすぐに行動に移す大切さを学びました。また、今回はひとの助けがあってこそできた留学でした。いろんなことをするにも学ぶにもいつでもたくさんのひとの支えがありました。自分が返せたことは本当に少ないからこそ、今日本にいることが悔しいしもっとドイツ語を話せるようになってもう一度ドイツに行きたいなと思います。
   半年の留学はとても短いものでした。一瞬だったけれど体験したことは濃くていろんな感情がたくさん詰まっています。もっとドイツで学んでいたかったけれど留学ができたことだけでありがたいことだし良い経験でした。この気持ちを忘れずにこれからも学んでいこうと思います。

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淡江大学

台湾留学体験記
石垣藍
中国語専攻3年
2019年8月~2020年4月

   私は昨年の8月から今年の4月まで、台湾に留学しました。本当は夏までの予定だったのですが、新型コロナウイルスの影響で留学が中止になってしまいました。急に帰国が決定し悲しかったのですが、短い期間で色々な事を学び、新しい経験できました。
   まず、たくさんの人に出会い、視野が広くなりました。私は将来やりたいことが明確でなかったので、こんな選択肢があるんだと、将来について真剣に考える良いきっかけになりました。留学前は絶対日本で働きたいと思っていましたが、今は海外で働くということに強く憧れています。もし私が日本で生活していたら、このような考えにならなかったと思います。
また、寮生活から、家事とルームメイトとの理解のし合いを学びました。私は今まで実家暮らしで家事をほとんどやってこなかったので、洗濯のやり方すら分かりませんでした。周りの子に教えてもらい、最初の1週間は中国語どころではなく、自分が今まで親に頼りっぱなしだったことを実感しました。留学生活で一番大変だったのはルームメイトとの生活です。個室がないのに3、4人での生活なので、生活リズムが合う部屋は稀で、常にトラブルが発生していました。引っ越しや部屋変更もよく聞きました。例えば私はテスト前は早く寝るのですが、ルームメイトは徹夜で勉強するタイプだったので、一晩中電気がついていて、アイマスクや耳栓は必須アイテムでした。部屋で風邪がうつり、全員が風邪をひいてしまったこともありました。しかし、寮生活になれてルームメイトと仲良くなればほとんどのことが気にならなくなりました。また、一緒にいる時間がとても長かったので、今でも特別な存在です。留学が終わってからも連絡をとっていて、この間も久しぶりに会いました。
   土日は台湾の観光スポットに遊びに行っていました。私は今回の留学で初めて台湾に来たので、メジャーなところからマイナーなところまでまわりました。台北には有名な場所が山ほどあり、何回行っても楽しめました。印象的だったのは台湾のバスと夜市です。台湾のバスは運転が荒く、ちゃんとつかまっていないと立っていられません。私はその事を知らなかったので、初めてバスに乗ったときは30秒でひっくり返りました。それ以降は気をつけるようになり、何にかのアトラクションみたいで乗るのが楽しかったです。夜市は留学生活中毎日のように行く時期もありました。安くて美味しい台湾料理を食べられます。日本ではなかなか見ない料理ばかりなので、台湾に行くときには絶対に行ってみてほしいです。屋台の店員さんもフレンドリーで、たくさん話しかけてくれます。また、台湾観光中道に迷うこともありました。でも台湾の人はとても親切で、私が道を聞く前に迷っているのを察して話しかけてくれました。台湾に入国した日もたくさんの荷物を持っていて、階段を苦戦して登っていると、3人の人が運ぶのを手伝ってくれました。日本より手伝ったり、助けてくれる人が多いです。その中には日本語を話せる人もいてびっくりしました。私は海外に行く時は、日本にいるときより自分の荷物を守らなければならないと思っていました。あまり油断するのは良くないと思いますが、今回の留学で台湾はそれほど気にしなくても大丈夫だと思いました。
   そして今回の留学で一番思ったのは、英語や中国語に自信がなくても、自分から積極的に話しかけるということです。留学中友達を多く作れるのは、語学堪能な人ではなく、自分からよく喋りかけられる子だと感じました。よくネットなどで留学中は机に向かってする勉強はもったいない、外にでてその国の言語に触れ、積極に話すことに留学の意味がある、というのを見かけると思います。実際、机に向かって勉強することなしに、上達することは厳しいと感じました。授業についていくことを考えると不可能で、毎日何時間も座って自主学習することが必須です。ですが会話から学んだことは印象に残りやすく、会話の中から覚えたことはやはり多いです。なので、中国語を話して聞いて吸収することもとても大切だと思いました。私は自分から話しかけることに苦手意識を持っていて、日本にいるときよりは頑張りましたが、あのとき話しかけられれば…という後悔がたくさんあります。
   また、これは留学とは直接関係ないのですが、留学費は全て自分で稼ぐと決めていたので、大学1年生の頃からアルバイトを複数していました。大学の授業や課題も多かったため、毎週細かくスケジュールを組むクセがつきました。時間も限られていたので空きコマやちょっとした時間を大切にするようになり、留学前の学校生活も充実させることができました。このときできた習慣は留学生活にも役に立ち、うれしかったです。
   そして、新型コロナウイルスの影響を大きく受けましたので、そのことについて少し話そうと思います。台湾政府は対応がとても早く、マスクや体温検査が徹底されました。特に留学先の淡江大学は色々な国からの留学生が多かったので、チェックが厳しかったです。1日に体温検査を10回くらいしました。ですがその対応のおかげで、全体生徒数と留学生は多かったのに感染者は一人もでず、通常通り大学で授業を受けられていました。しかし、世界のこの状況の中留学を続けるというのは難しく、途中で中止になってしまいました。ですが台湾政府の対応の速さ、そして国民の意識の高さはすばらしく、見習わなくてはいけないなと思いました。
   最後に、今回の留学は予想外なことも多かったですが、長期留学という経験をできて本当に良かったです。麗澤大学の一緒に留学に行った友達、違う大学の日本人留学生、台湾やその他の国の歳も文化も違う人たちと仲良くなれたので、この先もその出会いを大切にしたいです。もし世界中に友達が欲しいと思っている人や、日本ではできない新しい経験をしたいと思っている人がいたら、ぜひ留学してみてほしいです。

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ミドルテネシー州立大学

交換留学の先に見えたもの
宮本駿貴
英語コミュニケーション専攻4年
2019年8月 ~ 2020年3月

   皆さんは、アメリカ留学と言えば、何を思い浮かべますか?アメリカ留学に夢を抱く人は、決して少なくはないと思います。私は、アメリカ合衆国のテネシー州にあるミドルテネシー州立大学という麗澤大学の提携校に、2学期間交換留学生として派遣されていました。私が留学前にアメリカ留学に持っていたイメージは、単純に「愉快なもの」でした。しかし、私がアメリカに対して抱いていたこのイメージは、単なる固定観念にしか過ぎないという事を、テネシー州で実感しました。とは言え、私自身のテネシー州での生活そのものは、非常に思い出深く、正に「愉快なもの」でした。
   ミドルテネシー州立大学には、以前に麗澤大学に短期研修で来ていた現地の友達も少なからず居ました。その為、私がアメリカに着いた日には、現地の友達が隣町から車で迎えに来てくれました。その日から数日が経つと、イングランドやドイツなどのヨーロッパ圏の国々から来た交換留学生との親交が深まり、一つのコミュニティーが、私の周りに出来上がりました。現地の友達も、大学の日本愛好会的なものや、ヨーロッパ圏の交換留学生達と交流しているうちに増えていき、私の生活は思い出深いものとなりました。
   しかし、授業の事となると、その話は別でした。私のミドルテネシー州立大学での留学のプランは、2019年度秋学期から参加して、翌年の2020年度春学期まで、休業期間を挟んで学部授業を履修するというものでしたが、秋学期から、課題の量は私の想像を遥かに上回るものでした。具体的に述べると、一週間に合計50~100ページ程度の教科書に追加して、各クラスで定期的に課されるレポートや、小テストをこなすというものでした。秋学期の間は、労を惜しんでいる暇は無いと感じていましたが、春学期に入り、履修する授業のレベルを現地の3, 4年生向けの授業のみに絞り難易度を上げると、1週間の読むページの量が多い時は200ページにもなり、より骨の折れる経験をしました。
   めげずに授業に真剣に取り組み続けて私が気付いた事は、結局アメリカ人も感情のある人間であるという事でした。結果的に、この二学期間で履修した合計8つの授業の成績は、1つの授業でB+という最高評価のAの1つ手前の評価を取ってしまいましたが、その授業を除けば、全ての授業でAを取得しました。これに対して、教授が日本人交換留学生だから甘くつけてくれたのかもしれないという見解を抱く事も可能ですが、私は、現地の大多数の学部生のクラスメイト達よりもまともに授業に取り組んできた自信がありました。私は、「アメリカの大学生は非常に勤勉だ」という固定観念も持っていた為、相当な覚悟で学部授業に飛び込まなければならないと思っていたのですが、実際には、やはり個人差がありました。教科書を読まずに授業に臨む人も居れば、教科書すら買わずに、学期間の授業を乗り越えようとする輩もそこには存在しました。授業前に、「今日の教科書の予習どんな内容だった?」と隣の席に座っていたアメリカ人の学部生に聞かれ、その内容を話して、何故か感謝されるという事も、何度もしました。
   勿論これは、大多数の話であって、真面目に授業に取り組む学生も沢山居ましたが、私は、この経験を通じて、今まで異文化の人々の事を、固定概念の混ざった他人のレンズを通してしか見ていなかったという事に気付きました。今やインターネットを使用すれば、他国の文化の大まかな情報を知る事は決して難しい事ではありません。しかし、その所謂「メディアが作り上げた情報」というものは、他人のレンズを通して語られている為、必ずやそうであると断定する事は不可能です。それにも関わらず、脳がその情報を得てしまったその瞬間から、「固定観念」というものは形成されてしまいます。私がこの経験から得たものは、この情報を認知した上で、自分の目で真偽を確かめ、理解するという事が何よりも重要であるという事でした。特に、異文化の溝というものは、我々が抱いているイメージよりも遥かに深いものです。だからこそ、自分の目で見て、経験するという事が、非常に重要になってくると思います。そして、留学の価値というものは、そこにあるのではないかと感じました。
   また、少し視野を広げて授業以外の日常生活を見てみると、日本人は日本人同士でコミュニティーを形成しているという現実も見受けられました。異国の地で出来た同じ境遇・国籍の友達というのは、大きな絆がそこに生まれると思います。しかし、生活の中心をそこに置いてしまうと、異国の地でしか出来ない異文化体験の機会を失ってしまう事になります。実際にこの事を心で理解していても、行動に移す事が難しい為、異文化圏で異文化圏の友達を作るという事は覚悟を伴う事になります。ここでは、海外に居るのなら、カルチャーショックにでもホームシックにでもなってやろう、というマインドセットが非常に重要になります。ここで言っている事は、同じ国籍の友達と不和な関係を築くべきという事ではありません。寧ろ、その関係は大切にした方がいいです。しかしながら、その事を踏まえた上で、異文化に飛び込むという事は、非常に興味深く、学んでも学びきれないものであると知ると、留学が実りあるものになり、人生の幅も広がっていくと思います。
   最後に、英語力を鍛える為に交換留学に行くという考えは勿体無い、という事を、将来交換留学を目指している後輩に伝えたいです。交換留学は、語学留学とは違い、英語をツールとして扱えて、初めて成り立つ留学です。それを理解した上で交換留学を敢行すると、自分の人生の幅を広げる為の異文化に対する見識や、同じマインドセットを持った他国籍の人脈などが出来ます。英語力は、単なる付随的なものに過ぎなくなるというのが、交換留学の面白いところです。そして、アメリカの中でも、西海岸の州や、ニューヨークやシカゴなどの大都市とは離れているアメリカ南部のテネシー州には、他の都市には見られない独特な文化が根付いている地でもあります。アメリカの中でも、他とは違う経験がしたいと思う学生の方々には、「アメリカの南部にある大学」という選択は、適したものであるかもしれません。

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リーズ大学

英国紳士を目指して
小林庄太
英語・リベラルアーツ専攻3年
2020年2月~3月

   私は、英語の総合的な力を伸ばす、イギリス英語の発音を習得する、イギリスの文化や社会を体験するという3つの目的を達成するためにイギリスのリーズ大学へ留学することを決意しました。最初は、1年次の時の担任で、リーズ大学担当の花田先生や副担任でゼミナール担当の森先生、必修授業のミッチェル先生やスニース先生がイギリスやリーズ大学にゆかりがあり、イギリスという国に興味を持ちました。教師になりたいという目標の手前、将来出会う生徒たちに留学の経験を通じ、英語圏の文化や社会、英語コミュニケーションの楽しさを伝えたいというのも動機の一つです。今回、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、途中帰国となり、目標の半分も達成できておらず悔しい思いではありますが、リーズ大学でおよそ2か月間、学校生活や寮生活をすることによって得た経験はかけがえのないものでした。いつになるかわかりませんが、次に留学をする皆さんに是非、イギリスやリーズ大学を選んでいただきたいという思いでペンをとりました。今回は、留学前の準備や留学中に行ったことを中心にお伝えしたいと思います。

<留学前の準備>
   イギリスは、北海道よりも高緯度に位置していますが、寒さは冬の関東、あるいは東北地方の南部ほどです。しかし、天気は変わりやすく晴れたかと思えば、その30分後には急にみぞれが降ってくるような日本では考えられないような変化があります。防寒ジャケットやマフラー、ヒートテックなど寒さ対策を行うとともに、折りたたみ傘やフード付きの服を着用することによって雨風をしのぐ対策をすることが大切です。寒さ対策をしても、私は留学の1週間後に軽い風邪にかかってしまったので用心が必要です。
   また、通信環境の不自由さを極力なくすことも大切です。イギリスの通信・ネットワーク環境は日本とほぼ変わらない速さで、ほとんどのお店でWi-fiをつなぐことができます。寮でもつながらなくなることはほとんどありません。しかしネットワーク環境がない場所ではSimカードを入れた携帯やスマートフォンで4G等につなぐのが便利です。自分のスマートフォンのSim解除ができるか早めに携帯会社に確認し、対応していない場合は購入等を検討したほうが良いです。私の場合は、古い機種が対応していなかったので新たな機種に買い替えましたが、契約上購入後100日たたないとSim解除ができないということになり、地元のゲオで10000円ほどの別の機種のスマートフォンを購入しました。Simカードは羽田空港で30日分を購入しましたが、寮や学校からもらったアメニティや資料の中にも入っており、登録をしてカード等で支払いをすれば使うことができたので困ることはありませんでした。
   最後に、リーズ大学へ留学するにあたっての登録や寮の契約を着実に行うとともに、プレイスメントテストを少しずつ受けておくことも大切です。リーズ大学から来る登録や支払い、テストは直前になることもあり、ちょうど麗澤大学の期末試験と重なります。優先順位をつけ、着実にこなすとともに荷詰めも慌てずにできる環境を作ると良いと思います。それから、『地球の歩き方』をざっと読んでおくことをお勧めします。特に入国の仕方は、2019年から緩和され、日本人は問答無用でeゲートに通そうとされます。私たちもそのことに気づかず、ビザの取得ができずとても慌てました。後述しますが、30日以内にイギリス、アイルランド以外の国に行き再入国すれば良いというアドバイスを聞き、ドイツのベルリンへ旅行に行きました。何かトラブルにあってしまったときは麗澤大学の職員さんやリーズ大学のスタッフに思い切って正直に相談し、留学した全員で助け合うことが重要です。

<留学中にしたこと>
   まず、なんといっても授業が留学のカギになってくる部分であると思います。リーズ大学の一日は、月曜日から金曜日までの午前中がGeneral Englishという授業になっており、麗澤大学のEnglish for CommunicationやWriting、Speaking Strategyで使う知識やスキルをフルに活用し、さらなるレベルアップにつなげることが目標になっています。先生方は月曜日と火曜日、水曜日から金曜日で異なり、違う先生2人の指導の下で学びます。学生は、日本、中国、韓国、サウジアラビアなど各国から集まっており、イギリスはもちろんのこと各国の文化や考え方も知ることができます。2週間に1つのテーマを通して行うので、深く学ぶことができました。私たちの最初のテーマはFilm and TVで、映画やテレビの文化を学びながら、自分の好きな映画の概要をまとめるライティング活動やVlog作成によるスピーキング活動によってスキルの向上が実感できました。2つ目のテーマがVictorian Times でヴィクトリア朝の歴史が勉強できました。また、最終プレゼンや創作ライティング活動を通じて調べて書く、調べて発表するというスキルが磨かれたと感じます。また、月曜日の午後は、校外学習や体験学習の時間に充てられており、より深くテーマについての知識や経験が得られると思います。火曜日と木曜日の午後はLinCという授業の時間になっており、様々なテーマの中から自由に選択ができます。例えば、BusinessやLiterature、Sustainability、Globalizationなど多岐にわたっており、私はSustainabilityを選択しました。英語で持続可能性について学ぶのはとても難しかったですが、ディスカッションやレクチャー、ライティング活動、最終プレゼン等を通じ、自分の言葉でまとめていくことで理解が深まっていき、新たなボキャブラリーが得られたので勉強になりました。
   次に、旅行も留学中に行えることの醍醐味であると思います。私の最初の旅行は、先述の通り、ビザを取得するために訪れたドイツ・ベルリンです。日本に住んでいると他国への旅行だけでなく国内旅行も高額で、ある程度貯金をしてから行くことが多いですが、イギリス・ドイツ間の飛行機はLCCを使えば5000円から6000円ほどです。ベルリンでは、ドイツの定番であるソーセージやビールを味わうことができました。また、国会議事堂、ブランデンブルク門、ベルリンの壁などの名所を巡ることでドイツの風土に触れるとともに、イギリスとドイツの相違点、ヨーロッパの文化などを感じられました。また、リーズ大学の学期の区切りがつき、イギリスがロックダウン封鎖になる前のぎりぎりのタイミングで、ロンドンやエディンバラといったイギリスの名所を巡ることができました。ロンドンでは、世界の3本の指に入る大都市の空気を感じるとともに、少しずつお店や鉄道にコロナウイルスの影が及んできているリアルタイムの状況を目の当たりにしました。エディンバラはロンドンとは少し違い、より古い建物が残り歴史を感じられる街であるということを認識するとともに、街中に多く掲げられたEUの旗からブレグジットに反し、スコットランドとしてのアイデンティティを保ちたいという現代社会の問題を生で目撃しました。

<まとめ>
   以上のように、たった2か月という短い間でしたが、非常に内容の濃い留学生活が送れたと思います。麗澤大学のプログラムでイギリスに行けるのは、ここのリーズ大学とロンドン大学東洋アフリカ学院しかありません。リーズはロンドンとエディンバラの間に位置し、どちらへも高速鉄道で、2時間30分から3時間で行けます。アフタヌーンティーの発祥地であるヨークやサッカーチームでも有名なリヴァプールやマンチェスターへは電車でおよそ1時間から1時間30分程度で行くことができ、旅行好きにはたまらないと思います。学内では様々な学友会活動が充実し、世界各国からの学生たちと出会うことができます。授業だけでなく、旅行や課外活動を通じた留学をしたい方にとてもおすすめの留学プログラムです。

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