Reitaku University International Exchange Center Reitaku University International Exchange Center

Experience Note

留学体験記

HOME 留学体験記

閉じる

トビタテ!留学JAPAN

トビタテ!留学JAPAN(5期生)体験報告
櫻井 翔太
国際交流・国際協力専攻2年
2016年9月~2017年8月

1)活動概要と成果

① フィリピン(イロイロ市) 受入団体 NGO LOOB 活動期間 2016/09/20~2017/09/05
  NGO LOOBというコミュニティ開発を行っている団体に現地長期インターンという形で所属し、日本人参加者向けのプログラムの運営、企画、通訳などを主に行っていました。そこに所属しながら、独自で災害調査を4か所ほど周り、「防災・災害対応リーダーシップトレーニングプログラム」という高校生に防災や災害対応のアクティビティを行い、災害が起きた際に中心となって動ける防災リーダーを高校生から輩出するというプログラムを2017年の1月から7月まで毎月、基礎的なものから専門的なものまで計10回のアクティビティを行いました。その際には、プログラムの持続可能性を考え、校長先生や学校の先生、防災オフィスの方々など約40名の協力者を1人1人交渉し、集めました。参加者は20名を選抜して行い、最後のプログラムではその20名から3名を選抜して、レイテ島のタクロバンに連れていき、そこで現地の高校生とディスカッションをしたり、社会学者の協力を仰ぎ、より専門的な学びを得られたり、モニュメントや被災跡の家などを周り、この留学のメインでもある、ディザスターツーリズムから得られる災害に対しての危機感を防災に繋げるプログラムを行いました。今でも、その高校生と協力者の方々が率先してコミュニティの防災活動に尽力しており、僕が思い描いたプロジェクトが理想通りになったので、成功を実感しました。

② インドネシア(ジャカルタ、バンダアチェ、パダン、バンドン、ボゴール)  活動期間 2017/05/28~2017/06/28
  インドネシアではスマトラ島沖地震とそれに伴う津波の影響を受けたバンダアチェを中心に4つの地域を周り、ディザスターツーリズムを学びました。現地では、実際に被害にあった建物が未だにかなりの数が残っていて、それらを改装した展示施設や津波博物館などもあり、ディザスターツーリズムが盛んな地域でした。また、防災を研究している教授や学生ともディスカッションを行い、とても学びが多かったです。

2)日本発信プロジェクト:日本語レッスン
 <内容>
・防災のアクティビティを行う度に毎回、アイスブレークのような位置づけで30分日本語のレッスンをしていました。10回アクティビティを行ったので、日本語レッスンも毎月レベルアップさせて最後は会話が少しできるくらいになってくれました。
・インドネシアは世界で2番目に日本語を学ぶ学生が多い国ということもあり、日本語を教えているクラスや施設に招待されて、そこで即席日本語レッスンを多数行いました。
・日本語だけでなく、日本文化を伝えるアクティビティも何回かしました。
<成果・気づいたこと>
・教えた学生が日本語を使ってコミュニケーションを取ってくれることが嬉しく、彼らも日本に対してとても尊敬や羨望に似た感情を抱いていて、学ぶ姿勢がとてもあり、教えている方もやりがいを感じながらできました。また、教えたことを使って話してくれたり、手紙を書いてくれたりしてくれて、嬉しく思いました。
・単に言葉を教えるということだけだったはずなのに、文化もいつの間にか伝えていて、それを通してもっと仲良くなったり、信頼関係を築くこともできました。そのようなツールにもなるんだと思った時から、もし日本の事を詳しくなかったらこういうこともできなかったので、自国について知ってることの重要性も気づきました。

3)留学中および帰国後の活動を通じて最も成長した経験とそこから学んだこと
  防災のアクティビティを行う下準備はうまくいき、その第1回目の活動が終わった後に「内容はおもしろいけど、何言っているかよくわからない」という事が生徒の声にあり、アクティビティの評価も30‐50%が目立ち、反省が残る回になりました。その時には、自分の英語力の問題なのか、それとも内容が悪かったのか、何がいけないのかよく分からず、とても落ち込みました。その後、NGOのプログラムでワークキャンプの担当をしました。そこでは準備時間がなく、通訳したりアクティビティがフィリピン人の子ども達に効果的か否かを判断してアドバイスをするなど、柔軟に対応しなくてはいけない上に、ワークキャンプ全体の運営などもしないといけません。そんな経験をしてから2回目の防災のアクティビティに臨みました。すると全員から100%の評価を得ました。よく考えてみると1回目はスクリプトを読んでアクティビティを進めていたのですが、2回目はスクリプトを一切使わず、自分の言葉で進めました。そのことから、どんなに準備をしてどんなに良い内容でも、相手の目を見て、自分の言葉で伝え、自信を持ち、熱を持って話さないと伝わるものも伝わらないということに気づくことができました。その後の活動も全て生徒からの評価は100%を越えるものでした。

4)留学の価値
  留学とは単に語学を学ぶだけの機会ではないです。もし、特定の語学を学びたいという強い意志があるのであれば、それはそれで良いと思いますが、ただ良い点数が欲しいから、英語を話せるようになりたいという理由だけでいくと、その後に繋がりにくいです。だからこそ、留学は自分のやりたいと思えることを他の言語で存分に挑戦できる場であり、自分の軸を作り、変化できるチャンスだと思います。留学に行ったとしても目標もなく、やりたいことが見つかってないのでは、はっきり言って何の意味もありません。自分が逃げたいと思えば逃げられるし、ずっと遊ぶこともできます。でも、その機会を生かすことができたら、その人の人生の大きな転換点になるほど大きな変化を与えてくれるうえに、その経験が自らの分野を豊穣させて、その人の理想を実現させるものにだってなり得るくらいの価値があると思います。

閉じる

閉じる

ラングポーツ語学学校

オーストラリア短期留学
金村 元気
英語・英米文化専攻2年
2017年8月~9月

  オーストラリアでの1ヶ月間は本当に夢のような日々でした。最初の数日間は初めての土地、初めての人々に対する興味と不安で変な気分でした。特に私にとって今回の短期留学が初めての海外経験だったので不安は大きかったです。しかし、日を重ねる事に土地勘や色々なものの使い勝手がわかってくるようになってからは、毎日が本当に楽しくなりました。私を助けてくれたのはやはり学校でできた友達でした。私は友達作りがそれほど得意ではなく、初めは大体1人で行動していました。しかし、せっかくの海外でたくさんの人がいるのだからこの機会を利用して多くの友達を作らなくてはいけないと思い勇気を振り絞って声をかけました。初めての友達は日本人でしたがそこから外国人の友達もできました。
  オーストラリアでの日々はなにをするにも緊張しました。お店に入って料理を注文するのにもどうしたらいいのかわからず、とにかく大変でした。しかし、注文ができると達成感で自信がつくようになりました。そこからは何事もトライアンドエラーだと考えることで色々なことに挑戦することができました。
  しばらくしてずっと仲良くしていた友達が卒業する日がやってきました。そこで私は卒業パーティーのバーベキューを企画しました。仲のいい数人で行ったパーティーでしたが、とても思い出に残っています。ゴールドコーストの公園やビーチ沿いには公共のバーベキューセットがあり、誰でも使えるようになっていました。
  私たちの通っていた学校はサーファーズパラダイスというところにあって、そこはその名の通りサーファーたちの聖地と呼ばれる場所でした。そこで私は友達と一緒にサーフィンをすることにしました。サーファーズパラダイスには多くのサーフショップがあり、ボードやその他の商品をレンタルしていたのでレンタルのボードとウェットスーツを借りました。一緒に行った友達は以前に1度サーフィンをしたことがあるとのことだったのでインストラクターは付けずに、自分たちの力だけでサーフィンをしました。映像で見るサーフィンはみんなすごく簡単そうに波に乗っていますが、実際のところはものすごく難しいです。泳いで沖に出るだけですごく体力を使います。しかも、いくら泳いでも周りの風景が変わらないので前に進んでいる気持ちにならず、余計疲れがたまります。波が来ても立ち上がるタイミングを見誤ると海に投げ出されて次々と押し寄せる波に攫われます。そしてなんと言っても寒さが体力を奪います。オーストラリアは南半球にあるので日本と季節が真逆です。したがって私たちが滞在していた8月9月は冬から春の季節です。冬といっても赤道が近いので日本の冬とは違い凍えるような寒さではありませんが、やはり海に入ると寒いです。結局寒さと体力の限界で3時間程度しかできませんでしたが、とても楽しかったです。波に乗る感覚が忘れられないのでまたやりたいと思いました。
  サーファーズパラダイスにはその他にもたくさんの観光施設があります。学校の近くにはQ1スカイスポットという展望台があり、学校帰りにそこに登りました。展望台からはゴールドコーストが一望でき、海岸沿いのどこまでも続くビーチはとても美しかったです。Q1に登るためのチケットはエントランスでも買えるのですが、学校で買うと少し割引きして買うことができます。他にも学校では様々な割引き特典を受けることができました。その中にカランビンワイルドライフサンクチュアリの割引があったのでそれを利用して動物園に行きました。オーストラリアといえばコアラとカンガルーのイメージですが、そのイメージ通り、コアラとカンガルーがたくさんいました。普通の動物園だとそのコアラの1スペースだけにコアラがいるというものですが、カランビンワイルドライフサンクチュアリではコアラのブースが園内にいくつもありたくさんのコアラがいました。中にはオオコオモリの檻の中にコアラがいるという不思議なブースもありました。さらにコアラを抱っこして写真を撮ったり、カンガルーと触れ合ったり日本では到底できない体験をすることができました。初めて触れたコアラは意外と重かったです。
  オーストラリアはたくさんの自然と都市が共存していてとても住みやすい国でした。1年のうち300日が晴れで天気はほぼ常に快晴、気温もちょうどよく湿度も高くなくて、夜には満天の星空を見ることができました。ホームステイというかたちではあったものの実際に現地で生活することで英語だけでなく文化や生き方を学ぶことができました。1ヶ月という短い期間でしたが、この1ヶ月は私の人生の中でとても思い出に残る経験でした。

閉じる

閉じる

ラングポーツ語学学校

ラングポーツ体験記
平野 杏
英語コミュニケーション専攻3年
2017年8月~9月

  私は夏休みの間の5週間、オーストラリアのゴールドコーストで語学研修に参加しました。違う国の学校に通うことも、長く海外に滞在することも、ホームステイも初めてだらけだったので不安もありましたが、どんなことを吸収できるのだろうとワクワクもありました。
  オーストラリアに着くと、とっても寒くて想像以上の気候の違いに驚きました。日本とは違って日差しは強いけど湿気が全くなく快適に過ごせましたが、朝夜が寒くて温度差が激しいなと思いました。事前にもらっていたホームステイ先の写真付きの情報では、厳しい家庭なのかなと緊張していましたが、とても可愛らしい優しい方でした。私のホストファミリーは娘さんや息子さんは働いていて他の所に住んでいるため、ホストマザーと二人生活でした。家庭によってルールや食事が様々で、私のところは健康志向で想像していたがっつりなお肉は出ず、野菜中心の食事でした。毎回デザートも作ってくれて、食後にはすぐに食器洗いをして、食器を拭くのを手伝いました。そのあとはリビングでテレビを見ながらティータイムというのがルーティーンでした。シャワーは4分程であがるのと、洗濯は週末に1回ホストマザーがしてくれて、週末には自分の部屋に掃除機をかけるのと、バスルームを掃除することがハウスルールでした。みんなとは家がとても離れていて、15分歩き・15分バスに乗り・10分路面電車に乗り、計40分かかる上にバスが30分に1本だったので、毎日早起きをしていました。門限はなかったのですが、夕方5:30になると外が暗くなり、帰りが少し遅い日でも人気のいない道は少し怖かったです。私のめちゃくちゃな英語を親身に聞いてくれたり、今度ここに行くんだ~というとそこまでの行き方などを調べてくれたり、とにかくいつも優しくサポートしてくれて感謝でいっぱいです。
  私が通った学校は語学学校のため、さまざまな国から英語を学びに来るのでお互い英語があやふやで、私が知っている単語でも相手は知らなかったり、逆に私が分からないときは一生懸命説明してくれたりと、そこが一番大変な部分でした。クラスは2週目から自分のレベルに合わせて選べたり、先生によって教え方が違い折角慣れたのに次の授業では先生が変わっていたり、常に固定されている先生ではなかったので少し戸惑いましたが、ユーモアのある先生ばかりで楽しく英語を学ぶことが出来ました。授業内ではペアやクラスの子と話す機会が多く、朝と午後のクラスの間にあるクラスが毎日違うので、そこで友達ができたりしました。他の日本人の友達も言っていましたが、日本人は文法をしっかりと考えてから適格に伝えようとするため、自分の言いたいことを頭の中で考えているうちに違う話題へと変わってしまい、あなたはどう思う?と聞かれた時に発言ができないということが多々あったのですが、他の国の人は文法が違っていてもとにかく発言をしていました。その積極性に圧倒され、的確に伝えようとするのではなく、積極的に授業に参加する姿勢と発言する力を学びました。授業では日本人同士で隣にならないように座り、そうすることで分からないことがあっても英語でお互い説明し合い英語を使う機会を少しでも増やそうと努力しました。
  学校内に卓球台が二つあり、スイス人と一緒に卓球をしたのが休み時間の思い出です。(笑)何を買うにも物価が高いので、お昼ご飯には安く済ませようとサンドウィッチの具材を買い、いつもホストマザーが作って持たせてくれました。スーパーは水曜日から次の週の火曜日まで値段が下がっている物があるので、毎週チェックして買い物をしていました。だんだん慣れてくると、セール時にスーパーで買うカップラーメンを持っていくなどしていましたが、もっとお昼ご飯を工夫したら良かったなと思いました。なかなかの頻度で行く場所に日本食のお店があり、話したブラジル人やスイス人もみんな日本食が好きと言っていて、海外での日本食の浸透に驚きました。
ホストマザーや先生が話しているのを聞いている時に、オーストラリア特有のなまりがあって戸惑いつつも、日本語に直訳して理解していた単語がこういうシチュエーションで使われているのかなどの発見することが出来ました。休日はブリスベンで毎年8月に行われるお祭りに行き、ドリームワールドというテーマパークやショッピングモール、運が良いことに自力では困難な自然のある場所に車で連れて行ってくれたり、ホエールウォッチングに参加したり、行きたいところを調べて友達と出かけたり、バーベキューをして休日を過ごしました。
  日本人がとても多かったのでどうしても日本人と居がちで日本語を使う機会を自分で増やしてしまいました。もっと積極的に自信持って英語を使いコミュニケーションを取っていれば友達も増え、もっともっと楽しかったのだろうなと思います。日本人の中でも地方から来ていて、学校を卒業した後はワーキングホリデーやほかの国にいってまた学校に行くなど色々な考えを持っている人と話せて良い刺激になりました。ブラジルなんて日本の反対側にあるし人生で出会えるか出会えないかの人と友達になれて、地元の人たちが通う学校ではなく語学学校に通ったためスイスや韓国などあちこちに友達ができて仲良くなれたのは嬉しかったです。せっかく仲良くなれた友達と5週間一緒に過ごしたホストマザーとの別れはとてもつらかったです。私にとってこの5週間は本当にあっという間で毎日が楽しくて夢のようでした。学校の友達やホストマザーのおかげでホームシックになることは全くなく、むしろ帰る頃には帰りたくない一心でした。短期間でしたが、日本では絶対にできないすべてが新鮮で貴重なこのオーストラリアでの経験はかけがえのない思い出になり、そして自分がもっと成長しようと思える刺激になりました。

閉じる

閉じる

ランガラ・カレッジ

カナダで過ごした半年間
山口 夏実
英語コミュニケーション専攻3年
2017年2月~8月

  私は、カナダのバンクーバーへ2月の下旬から8月の下旬の半年間、ランガラ・カレッジで語学留学をしました。海外で長期間暮らすというのは初めてのことだったので、出発前は楽しみという気持ちよりも、英語を十分に話せない自分が英語だらけの環境で本当にうまくやっていけるのかと不安の気持ちのほうが圧倒的に大きかったのを覚えています。バンクーバーに着いて1週間後、まずはクラス分けのための学力テストのようなものを受けました。テスト内容はReading, Writing, Listening, Speakingの4つで、Speakingのテストでは新入生がランダムで4人一組になってお題についてフリートークをするのですが、英語を話す練習をしてこなかった私は自分の意見をなかなか英語に表せず、授業前にかかわらずかなりショックを受けました。クラスメイトはアジア圏の生徒が多く、なかでも中国とベトナムから来た生徒が大半を占めていました。ほかにも韓国、サウジアラビア、ブラジルなどから来た生徒もたくさんいました。日本人の割合は1クラスに2~3人とそこまで多いわけでもないように感じます。授業初日に私は韓国人の女の子の隣に座りそれからずっとクラス替えまでその子と一緒に授業を受けました。今では私の一番の友達です。
  授業時間は8:30から12:20か、12:30から16:20の約4時間で、授業時間は長くはないかもしれませんが、その分宿題がたくさん出るので、放課後はお昼を食べた後はほぼ毎日友達と図書館で宿題をしていました。授業のやり方は日本の講義型の授業とは違っていて「話す、ディスカッション」というのが中心でした。間違うことを恥ずかしいと思わずに発言をたくさんするというのが、私はなかなかできなかったので最初はとても圧倒されました。7週間の授業が終わると期末テストがあります。期末テストは今まで習ったことからは出題されないので対策のしようがなく、自分を信じるしかありませんでした。3回のセッションを通して私が一番躓いたのは、エッセイ(Writingの一種)でした。全体の70%を超えることがパスする条件なのですが、エッセイのスコアがどうしても70%に届かず、自分はWritingには自信があるつもりでしたが、アカデミックなほうでは全然ダメなんだなと思って少しへこみました。とても悔しかったので放課後はほぼ毎日先生に質問に行ってアドバイスをもらいに行きました。
  次にホームステイについてです。私は途中でホームステイ先を一度変更しました。決してホストファミリーの人柄に問題があったわけではありません。初めのホストファミリーはインド人の4人家族でした。彼らの食事はスパイスが強めで、それが体に合わなかったのか数回体調を崩してしまったからというのと、もう一つはルームメイトにスイス出身の男の人がいたのですが、トイレやお風呂を二人で共用で使わなければならず、どうしても生活スタイルが受け入れられなかったからという理由でした。この経験を踏まえて私が感じたのは、少しでもホームステイ先で過ごしにくいと感じたら、代理店の人に相談するかホストファミリーに直接伝えるかして、すぐに行動することが大切だと感じました。我慢し続けることが一番よくないことだと痛感しました。新しいホームステイはリッチモンドという場所で学校からはバスと電車で40~50分と少し遠かったのですが、ホストマザーはとても優しく、話をするのが大好きな人で夕飯のときは学校のこと、友達の話、たまに相談にまで乗ってくれました。ホストマザーがフィリピン出身というのもあり、食事はアジア人になじみのある味付けのものばかりでした。何回か日本のカレーを夕飯に用意してくれた時はとてもうれしかったです。
  次に、私のカナダでの生活についてです。私はこの語学留学を通して、たくさんのかけがえのない友達に出会えました。クラスや放課後はもちろん、週末はだいたい学校でできた友達と遊びに出かけていました。ランチやディナーに行ったり、ハイキングに挑戦したり、小旅行に行ったり、ほかにもたくさんのことをしました。特に中国人3人、韓国人2人、日本人2人で成るグループでとても仲良かったのですが、彼らとは特に何かすると決めていない日でさえも、友達の家に集まってわいわいするのが日常でした。母語が違うことや、まだ完璧ではない英語でもこんなに仲良くなれるなんて、友達になるのに国は関係ないのだなと思いました。私が帰国する前に何人かの友達が母国に帰ってしまったときは悲しくて涙が止まりませんでした。友達との思い出を思い返したらキリがありませんが、私が一番感動したのは、帰国前日が私の誕生日だったのですが、私のために仲の良いグループの子たちが誕生日パーティーを開いてくれたことです。他に私が仲良かった子たちも招待してくれたり、ケーキやプレゼントを用意してくれたり、サプライズでビデオメッセージまで作ってくれました。本当に嬉しくて楽しくて、今でもそのビデオを見返すと懐かしく思う反面、みんなに会いたくてたまらくなり少し切なくなります。
  最後に、私はバンクーバーに留学して本当に良かったです。学校やホームステイでは英語だけの環境で英語漬けになれて毎日たくさんのことを学べて、放課後や週末は大好きな友達と過ごせました。かけがえのない友達にたくさん出会えたことが一番大きいです。国境を越えてはいるけど彼らとの友情は一生のものであってほしいです。帰国から1か月経ってもたまにバンクーバーでの生活が恋しくもなりますが、これらの体験をモチベーションにして日本でも勉強を続けたいと思います。

閉じる

閉じる

ランガラ・カレッジ

カナダで学んだこと
松村 澪
英語コミュニケーション専攻3年
2017年2月~8月

  私はカナダにあるランガラ・カレッジに半年間留学していました。今まで一度も海外に長期間滞在したことがなかったので、最初はとても不安でしたが、何とか半年間カナダで留学生活を終えることができました。今思うと短い時間でしたが、かけがえのない時間を過ごすことができました。
  私はカナダに留学する前は外国人の友達は一人もいなかったし、日常生活で英語を話す機会もほとんどありませんでした。だから、最初のころは自分の言いたいことをうまく伝えることができず、とても苦労しました。理由は、知っている単語はあるけど、どう使ったらいいかが全く分からなかったからだと思います。文法も同じように使い方がわかっていませんでした。なので、友達がどんなふうに使っているかをよく聞いたりして、その使い方を真似しました。私の友達がアジア人だったからかもしれませんが、みんな使う文法や単語はほとんど似ていました。分からない単語があったら聞いたり、調べたり、それを繰り返すうちにだんだんと自分で言いたいことが言えるようになってきました。それを日々実感できたことがうれしかったです。
  一番ラッキーだったことは、授業のクラス分けのテストの際に友達ができたことです。見た目があまりにも日本人に似ていたため、思わず日本語で話してしまいましたが、台湾人でした。その子は私よりもはるかに英語を流暢に話すことができるのに、いつも私の話しを理解しようとしてくれました。話す英語のレベルが違いすぎて、最初はお互いのことを理解できていなかったと思います。しかし、最後のほうになってやっとまともな会話ができるようになったと思える瞬間がありました。そこでやっと自分の英語力が追い付いてきたなと感じました。その友達も、最初よりも上達したねと言ってくれました。当たり前のことですが、友達になったり、コミュニケーションをとる上で、語学力は大切だと感じました。自分が上達すれば、周りの友達が変わります。話は大きくなりますが、問題は相手ではなく、自分にあったことに気づきました。
  カナダでは、寮ではなく、ホームステイという形で滞在しました。私は、理由があってホームステイ先を一度変更しました。何か異変を感じたら友達に相談したり、ホームステイの手配をしてくださっている会社の方に相談して早期解決に向けて行動したほうがいいと思います。次に滞在した家族はとても優しく、自由に生活することができました。ホストマザーとは学校であったことを話したり、カナダで生活していて疑問に感じたことを質問したりしました。印象に残ったことは、将来が不安だという話をしたときに、深く考えすぎるな、まだ若いのだからやりたいことがあったらまた学校に戻って勉強すればいいのよ、と言われたことです。今までそのような風に言われたことがなかったので、驚きました。気分がずっと楽になりました。ホストマザーは良い意味で私に新しい考えを与えてくれる存在でした。この出会いに感謝したいです。
  学校では、leapという英語を第二言語とし、北米の大学に進学したい人向けのためのプログラムでした。クラスの友達はみんなやる気があって、将来はカナダに住みたいという人も多数見かけました。様々な国の人と話すうちに、友達の国について興味を持ちました。私も日本について聞かれたときはできる限り伝えましたが、知らないことが多かったので必死に調べました。また、今まで常識だと思っていたことが、ことごとく覆されることが多かったです。常識を疑うという、今までできなかったことをやらざるを得ない状況になり、毎日わくわくしながら生活していました。今までよりもずっと視野が広がったように感じます。
  日本にいるときは、誰かと意見をぶつけることを避けて行動してきましたが、カナダでは友達になったことのないような人と友達になることができました。意見をぶつけることは勇気のいることですが、言ってみると案外仲良くなるための手段でもあることに気づきました。仲良くなった友達を思い返すと最初に自分の考えを思いっきりぶつけた人が多い気がします。友達は、たとえほかの人と考え方が違っても、自分の意見は保ち続けるべきだと言ってくれました。
  最後になりましたが、留学を支援してくださった麗澤大学の先生がた、国際交流センターのみなさん、そして両親に心から感謝したいと思います。また、カナダで仲良くしてくれた日本人の友達にも本当に感謝しています。このような貴重な経験を今後に生かせるよう、日々精進していきたいと思います。

閉じる

閉じる

ランガラ・カレッジ

バンクーバー留学
渡部 優香
英語コミュニケーション専攻3年
2017年2月~8月

  私はカナダのランガラ・カレッジで約半年間留学をしていました。日本に帰国後、一週間前も日本にいたのでは?というような奇妙な感じを感じ、それほどあっという間で楽しい留学だったのだと思います。
  二月の後半からバンクーバーで過ごし始めましたが、今年は現地の人々が言うように雨季が長く、さらに私は学校まで徒歩で行っていたので毎回雨の日は少しうんざりしながら歩いていたのを覚えています。しかしバンクーバーは本当に生活しやすく、交通機関も分かりやすくコンパスカードというSuicaのようなカードを作ればとても楽に行動できるようになります。カナダは移民の国と言われるだけあり、街を歩いていると多くの人種・言語に出会え、まるで様々な国に行ったような気持ちになれます。私のホームステイ先はバンクーバーにあり、家から学校まで歩いて30分という好立地です。ホストマザーは中国人でとても優しく料理上手な方で、ご両親も途中から一緒に住み本格的な中華を毎回食べることが出来ました。その中でもホームメイドで作った餃子が最高に美味しかったです。夕飯では毎日学校であったこと気になることなどをホストマザーと話し合い英語力を上げつつ多くの事を学ぶことが出来ました。
  ランガラ・カレッジについて書きたいと思います。授業は7週間でワンセッションとなっており、初めにテストを受け0から8のレベルにクラス分けされます。自分に合ったレベルから学んでいけるので大変良かったです。また4~8までは午前授業となっており私は月~金の五日間8時30分から12時30分までの四時間、授業を受けてきました。クラスメイトは15人前後でほとんどがアジア人です。毎回日本人は私含めて2人でしたが、中国、ベトナムからの生徒が大体を占めていました。授業中は英語のみの会話が義務づけられているので皆英語を使って話します。私が受けたどのクラスもクラスメイトと先生の中が大変よく毎日和気藹々としていました。授業では毎週違うトピックに沿ってリスニング、リーディング、ライティングの勉強をし、その分毎日宿題がでます。LEAP4まではすぐに終わるような宿題の量でしたが、5、6とレベルが上がっていくごとに宿題の内容も量も難しく、また多くなっていきました。
  またこの三つのセクションで様々なプレゼンテーションを行いました。一つ目のプレゼンではカナダの有名な人物をグループに分かれてプレゼンするというものでした。私たちのグループはカナダで初めての女性宇宙飛行士を担当し、配られた多くの資料を読み込みパワーポイントにまとめ上げる発表しました。LEAP5ではローマについてグループでポスターを作り発表しました。学校の図書館の教材データから必要な資料を探さなければならず、自分が探している資料を見つけること、また読み込むのが大変でした。そしてLEAP6ではリサーチプレゼンテーションを行いました。トピックは「代替医療」でそこからインドの伝統的な医療方法に絞り、図書館の教材データとインターネットから資料を探しました。今回が一番大変だったと思った理由として、このプレゼンテーションでは科学的な証明やデータをプレゼンに組み込まなければならず、その資料を探すのに大変苦労しました。準備時間も短く、またちょうどエッセイの作成とかぶり、クラスメイト皆必死になり一日・二日前にやっと完成、グループで練習、発表という感じで天手古舞でした。
  LEAP6は難しかったですが、このレベルのおかげで行ったことのないような事を多く経験でき、さらに成長できたと思います。さらにこのレベルでは3回様々なトピックに沿ってランガラの教授が授業をしてくれるのでカナダの大学生の気分を味わえ、尚且つ今の自分にとってその授業が難しいかどうかなどが分かるとてもいい機会でした。毎セッションの最後日にはFinal Examというリーデング・リスニング・ライティングの試験を受けます。全体の成績を含め70%取らないと次のレベルに進めないので毎回とても緊張しました。LEAPの成績には大体授業中行うリーデング・リスニング・ライティングの小テストやプレゼンテーションの点数が含まれますが、LEAP6からは中間試験(リスニング・リーディングテスト)の日が二回設けられどちらのテストも70%を超えないと最終の成績にひびくシステムへと変わりました。またこのレベルでは最終試験の結果で受かるか落ちるか決まるので試験が終わった後も自分が受かったのかどうか全く予想することが出来なかったです。
  LEAP6での最終試験のトピックが「バイオミミクリー」という聞いたことのないようなトピックで、用紙をもらった瞬間クラスがざわめきだったのを覚えていますし、これは落ちたなと自分でもテストを受けてる時に思いました。LEAP6以外当日に結果が出るため、結果が出るまでクラスのみんなでお昼を食べにいったりして結果を待ちました。結果的に受けた3セッション全て無事にパスすることが出来ました。特に最後のセッションをパスすることが出来たのが本当に嬉しかったです。
  休みの日や放課後などには友達とご飯を食べに行ったり遊んだりなど、とても充実した六か月間を過ごすことが出来ました。この留学で自分の英語力を向上できたこと、また様々な国の素敵な友達を作れたこと、本当に今回留学してよかったなと心から思いました。この経験を活かし何か次に繋げられたらと思います。

閉じる

閉じる

クラーゲンフルト大学

留学を通して
安久 真子
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2016年9月〜2017年6月

  10ヶ月の留学を終え、改めてこの約1年の留学を振り返ると本当に様々なことを経験することができた留学だったと思います。
  今年度の留学先の中で唯一提携校ではないクラーゲンフルト大学はチューターが存在しないため、無犯罪証明書やアポスティーユの取得、寮の申し込み、料金の振込など留学先決定から出発までの現地到着以前にも様々な手続きを自分達自身で行う必要がありました。国際送金、外務省や県警への訪問など日本にいる間から初めてで勝手がわからない経験が多く、現地に行ってからもまだ手続きがあると聞かされてからは学習面も含め、留学がとても不安でした。しかし、現地に到着してからは街ののどかさ、人々の優しさに触れ不安よりも期待
が高まりました。現地レポートにも書かせて頂いたのですが、現地での手続きは案の定難航し期限ギリギリで完了しました。しかし苦難も多かった分、先生や知人、家族に助けられながらも友人らと共に海外の役所で自ら手続きができたことにとても達成感を感じました。
  前述しましたが、わたしの留学先であるクラーゲンフルトはオーストリアの南に位置している田舎町でとてものどかで自然に溢れた街でした。観光地がいくつかあるのですが、中でもWoerterseeという湖が圧巻で、わたしが滞在していた寮から歩いて15分程の距離だったので夏も冬も留学している間は何度もその湖を訪れました。湖や山が近くにあるこんなにも自然に囲まれた環境で生活が送れる機会はなかなかありません。そういった環境に身を置けたこともわたしにとっては大変貴重な留学経験でした。
  手続きと並行して、9月からインテンシブコースの授業がありました。このコースは毎日の少人数のクラスでグループワークやゲームなどで、ドイツ語の基礎を順を追ってみんなで確認していくような授業内容でした。授業内容が日本にいる間の授業で習っていた部分も多く、これならついていけそうだと安心していたのも束の間、10月から始まったセメスターコースで心砕かれることとなりました。週に2回のセメスターコースではレベルがインテンシブコースと比べ一気に上がり、クラス内には実際に現地で働いている人達もいたので生徒と先生間の会話がとても早く、最初の頃は聞き取ることもままなりませんでした。また、日本では習っていなかった部分も教わり始め授業内容が全く理解できずに挫折しそうになったときもありました。しかしドイツ語クラスの先生は本当に優しい方で、テスト前には授業外で会ってくださり、わからない部分を全てひとつひとつ丁寧に教えてくださりました。クラスメイトも優しい人達ばかりで、わからないところがあると教えてくれたり励ましてくれたりしました。大変ではありましたが様々な年齢層、国籍の人達と共にドイツ語を学習できたことはとてもいい経験でしたし、多くの面で成長することができたように思います。
  また同時期からメスターコースを受ける傍ら、午前中は講義を履修していました。これらの授業はドイツ語学習者向けの授業ではなくネイティブ向けの授業だったため、先生の話すスピードも授業展開もとても早く、また専門的な内容だったためパワーポイントを板書を写しているだけであっという間に授業が終わってしまいました。
寮生活については、3人部屋のユニットで多国籍の人達と共に生活しました。私のユニットはなかなか人が入らず、一時期わたし1人しかいないこともありましたが全体を通して3ヶ国の人達と生活することができました。途中から入寮してきた中国人の女の子とは特にとても仲良くなり、授業後に一緒にご飯に出かけたりしました。学習している分野は違いましたが、文化も近しいものがあり、とても話しやすくわたしにとってはお姉ちゃんのような存在でした。この寮での生活は異国の文化を直接感じることのできる大変いい機会でした。
  後期からは日本語教室という、日本語を学習している外国人に向けて先生として授業をすると機会を得ました。そもそも”教わる”ではなく”教える”ということが初めてでしたし、且つ母語ではなく外国語を使って母語について説明するということは思っていたよりも大変なことでした。私たちの授業にお金が払われているというプレッシャーで、思うように授業ができなかったときには落ち込みもしましたが、共に先生をしていた友人に支えられ、優しい受講生達に助けられ、最後まで楽しんで取り組むことができました。
  それからわたしはその日本語教室で知り合った女の子2人と仲良くなり、アイスクリームを食べに出かけたり、ドイツ語を教えてもらったり、互いの文化についてはなしたりしました。また彼女達にはクラーゲンフルトで開催された日本フェスにも連れて行ってもらいました。このクラーゲンフルトで日本フェスが開催されていることにも驚きましたし、なによりこんなにたくさんの人が日本に興味があることに驚きました。フェスではイントロクイズ大会が開催されており、知っているアニメの曲も流れてきたのですがそのほとんどが知らない曲で、こんなにもたくさんのアニメが海外に流通していることをそこで初めて知りました。日本語授業、友人らに連れていってもらったフェスを通して他国の人々の日本への興味や関心を知り、日本人から見た日本ではなく、他国から見た日本を感じられたように思います。
  それから、最後にわたしが個人的に驚いたことについて書かせていただきたいのがオーストリアの公共交通機関の時間の正確さと公共施設の綺麗さです。わたしは”日本は電車が分単位で正確に出発、到着するのが当たり前だが、そのようなことは海外ではあり得ないことだ。”という認識が強く、このことが多くの日本人の”我が国の誇れるポイント”だと思っていたのですが、オーストリアの電車は日本と全く同じレベルで時間に正確で、遅れているところを1度も見たことがありませんでした。それどころかバスの時間は日本より正確で、さすがに日本でもバスは数分遅れることは普通ですが、クラーゲンフルトで乗ったバスはこれまた1度も遅れることなく正確に時間通りに出発、到着していました。わたしは留学にくる前、ドイツ語圏であるドイツとオーストリアでは隣接国が多い分人の出入りが多いイメージがあったので、ドイツの方が公共交通機関は優れていると思っていました。わたしは一昨年に短期留学でドイツに行ったのですが、そのときのドイツの電車は信じられないくらい遅延していたので公共交通機関のイメージは悪く、勝手なイメージでオーストリアはそれよりもひどく不便な電車を想像していました。なので正確なオーストリアの公共交通機関を見たときには本当に感動しました。
  公共施設についても日本が特化して綺麗なイメージがありましたが、オーストリアのウィーンのトイレなどは日本でも見ない程綺麗で衛生的でした。というのも日本にも便座を拭くための消毒液は用意されていますがそれは任意のもので、特に毎度拭くことを義務づけられているものではありません。しかしウィーンのトイレは便座カバーが電動で回転し一人が使うごとに自動で消毒される仕組みになっており、わざわざ便座を拭かなくても衛生的に次の人が使えるようになっていました。ここまでオーストリアの技術が進んでいるとは想像していなかったのでこれらを体験したときは本当にとても感動したことを覚えています。
  長々と書きましたが、この留学を通して言語学習についてはもちろん、文化や現地の現状など、日本での座学だけでは知り得ないことをたくさん学ぶことができました。ときには挫折し、ホームシックになるときもありましたが友人や兄弟の支え、励ましのおかげで最後まで精一杯やり遂げることができましたし、この留学を通し色々なことを感じ吸収することができました。なによりこのような貴重な時間を過ごす機会を与えてくれた両親にとても感謝しています。ここで得たこと感じたことを忘れず今後も精進していきたいと思います。

閉じる

閉じる

クラーゲンフルト大学

夢だった留学生活
齊藤 拓己
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2016年9月〜2017年7月

  2017年6月30日、高校生の時からしてみたかった夢の留学生活が終了してしまった日。
  まず私が留学をしようと決意したのは高校三年生の時です。両親と色々話し合った結果、留学するために制度が整っているこの麗澤大学に入学しました。初めて触れるドイツ語という言語は私にとって非常に興味深く、入学当初は不安よりも好奇心が勝っていました。
  そしてあっという間に2年という月日が過ぎ、夢だった留学生活が2016年9月上旬からスタートしました。今回私の留学先はオーストリア、クラーゲンフルト大学というところです。大学生活1年目の夏、私は既に短期留学としてここクラーゲンフルト大学に約1ヶ月滞在した経験もあり、もう一度行ってみたいという気持ちから高校三年生の時に行きたかったドイツ、イェーナ大学の選択肢を捨て留学することにしました。私自身、非常に短期留学に思い入れがありものすごく嬉しかったのを来た当初に感じることができました。
  そして留学生活初日に思いがけなかったサプライズがありました。それは一昨年私の担当してくれていた先生に再会できたことです。ドイツ語を勉強し始めて間もない頃より会話もある程度支障なく話せることもできて、再会できた感動を噛み締めることができました。それから数日後に語学研修のクラス分けテストを受けました。結果は思っていたより現状は甘くなく、とても苦い経験をしました。自信があったのでとても悔しかったことを今でも鮮明に覚えています。でも不幸中の幸いで、先日再会した先生がまた私のクラスを受け持つことを知り、同時にモチベーションが上がるきっかけになりました。
  いよいよ私のしたかった留学生活がスタートしました。顔見知りの先生ということもあり、恥じることなく質問でき、自分が間違えた点について細かく聞くことができました。約1ヶ月後、週5日の語学研修を無事に終え、10月から始まるセメスターのドイツ語クラスは一つ上のレベルに昇進できました。レベルが上がることに対して浮かれていた私に待っていたのは、前クラスで出来ていたことが出来なくなっていた現実でした。つまりクラスのレベルが高くて質問するどころか、授業についていくのでやっとでした。なぜならクラスの大半の生徒はドイツ語圏内で働くことができるレベルで、尚私たち日本人学生と比べるとドイツ語に触れている年数も長いので、理解に苦しんでいる私たちとはレベルがかけ離れていました。ですから授業中に分からなかったところは学生寮に戻ってから調べ直しの繰り返しで、肝心の授業中は自分の変なプライドのせいで間違えることに対して恥じらいがあり、分かったふりをしてはいけないと分かっていながらしていました。日本の授業で学んだことを何でもっと活かせなかったのだろう、と今考えるととても情けなかったことを感じています。そしてセメスターのドイツ語クラスだけでは単位が足りないので昼間に行われている講義に聴講生として5つほど参加していましたが、全くと言っていいほど理解することができませんでした。講義中は教授のパワーポイントをただ見ていただけでした。つまり週2回のドイツ語授業以外充実していませんでした。自分の語学スキルのせいでもありますが、現地の学生が受けている講義にたかが2年学んだ語学スキルでは歯が立ちませんでした。これが自分の待ち望んでいた留学だと自覚し、そして少しばかり後悔しました。楽しいだけが留学ではないと。
  それから2ヶ月経ったクリスマス前に、ドイツ語クラスの先生含め生徒たちとクリスマスマーケットに行った時の話です。当時、まだ質問など積極にできていないことに悩んでいた時期で先生に悩みを告白しようと考えていたので、私にとってこの機会は絶対に逃してはいけないと思いました。そして有名なグリューワインを飲みながら会話をたくさんしました。その中でも鮮明に覚えている話題なのですが、手短に言うと、先生が授業中に感じていることで、この生徒は理解していないのに分かったふりをしている時の顔の表情と言葉の表現を真似すると言うものでした。もちろん私の仕草もよく見ていて、当然のように例に挙げられました(笑)。そのおかげもあり2ヶ月間悩んでいたのが嘘みたいに吹っ切れたのを覚えています。そして1月末には5時間に及ぶドイツ語のテストを受けました。Schreiben, Hören, lesen, Sprechen のテストです。書きのテストは自信があったのですが字数制限と3つの題を立て続けに受けたので頭を休めることなく1時間半ほど書き続けて疲れのせいか集中力も失われてしまいました。結果も下から数えた方が早いというものでした。そのテストが終わってから、半年間何をしていたのだろうかと考え始め、そして留学中に一番辛かったである時期を経験しました。それはドイツ語を学ぶことから逃げたくなったことです。今まで好きだったドイツ語をそういう風に思う時が来るとは思いませんでした。正直自分でも何に悩んでいたのか未だに分かりませんが、語学の上達を実感できなかったことがいつしかプレッシャーに変わってしまっていたのかもしれません。
  セメスターが終わってから約1週間後には、インテンシブコースという9月に受けた語学研修が待っていました。期間は3週間、週5日でドイツ語を学びます。授業が始まってしばらくしてもモチベーションは上がりませんでした。このままでは後半の留学が楽しめないと思った私は気持ちを切り替えるのと授業に対して意欲的に参加してみようと心掛けました。すると新しい担当の先生からも多く質問され、前回よりも授業内容の意味を理解することができました。そこから沈んでいた気持ちも自然と回復していきました。語学を学ぶ上でのストレスと上手く付き合っていくことも留学にとってとても大切なことなので、私と感じたものとは違いますが留学する後輩にはこの壁をどうやって乗り越えるかが重要だと思いました。話が逸れましたが、2月のインテンシブコースもあっという間に終わり次のセメスターでのクラスについて先生と話し合いました。先生曰く、「今の成績だと一つ上のレベルにも挑戦できるがかなりレベルが上がるので大変だと思うよ。」「それと今のクラスの繰り上げで私と一緒にセメスターのコースも受けることができるよ」とのこと。留学前に挑戦したかったレベルがすぐそこにありました。悩んだ末、日本人ただ一人でレベルが上がったクラスに挑戦してみることにしました。「ついていけないと思ったらまた私と勉強しようね。幸運を。」とこのような先生の助言のおかげもあり安心して次のレベルに挑戦できると強く思いました。
  そして、セメスターが始まる1週間前に同じドイツ語圏に留学している女子2人が何とドイツ・イェーナからクラーゲンフルトまで遊びに来てくれました。ようやくスランプから抜け出した時期であったので、お互い落ち込んでいる時の話などで盛り上がっていました。その子たちのおかげもあり良い息抜きになりました。はるばるオーストリアに来てくれたので、「Hallstatt」世界一綺麗な湖畔に連れて行くことにしました。2000m級のアルプス山脈に囲まれている湖に、色とりどりの街並みは自分らの悩みを一瞬で解かしてくれました。この時期に訪れて大正解の観光スポットでした。そして楽しい時間は束の間で、あっという間に一週間が過ぎてしまい、その女子にお別れを告げてすっかりリフレッシュできた私は次のセメスターで絶対にいい成績を修めてみせると自分に誓いました。
  そして後期から始まる日本語教室は私の留学の中で最も印象に残るものになりました。日本語をドイツ語で教える。これほど私に嬉しい授業は他にありませんでした。今までは話す内容もヨーロッパの事ばかりで、着いていけない事も多々ありましたが、今回ばかりは母国とそこで話されている言語についてなのであらかじめ質問されるであろう物を調べておきすぐに回答できるように準備もできました。それでも自分でも知らない事を生徒に聞かれたりすると、その都度Googleなどウェブサイトを駆使してドイツ語で何とか例を挙げたりして意思疎通していましたが、とにかく納得するまで説明するのはとても難しかったです。ましてや相手は日本語に関しては初心者であり、一生徒として勉強をしに来ていたのでより良い教材を提供したいと思い同じく別のクラスを担当してくれている日本人と一緒に毎回自分たちのアイディアを振り絞った授業内容を手作りで提供することになりました。それには他に理由もあって、予め支給される日本語の文法書が私たち日本人にも難しく、一回で理解するには時間がかかったからです。生徒の中でも2つのレベル別になっており、その中の日本語に触れたことがない初心者を一人で担当することになった私は色々と工夫もしていました。自分の中で目標を定めました。それは受け持っている生徒皆に日本語を好きになってほしいというものです。したがって文法などにはほぼ触れず、日本語の文の上にはローマ字などを振り五十音もわからない生徒たちにはこのローマ字が必要でした。そんな授業から始まり全部で15回ほど一緒に勉強をしました。中でも印象的な授業が「早口言葉」です。もちろん日本語もですが、生徒達から「あなたもオーストリアでは生徒だから、この早口言葉言ってみて!」とのこと。ドイツ語の早口言葉を見るのは初めてではありませんでしたが、真剣にスペルを見て発音してみようと思ったのは初めてでした。特に直された発音が「L」と「R」の違いです。日本語には元々この発音がないので日本人の私にとっては永遠の課題ですが、発音を意識し始めたのもこの時からでした。
  これを機にもう一度自信を取り戻すことができました。その授業が今の自分にも活きているので、学べた環境に感謝しています。そしてクラーゲンフルト大学の授業は当時の自分の言語能力では太刀打ちできない授業もありましたが、人の温もりに溢れていてとても面倒見のいい大学でした。これが私の留学生活です。

閉じる

閉じる

セイラム州立大学

To be only one
神立 しおり
英語コミュニケーション専攻3年
2016年8月~2017年5月

  麗澤からセイラム大学には例年5,6人くらいが留学をしているみたいですが、今年は何故か私1人でした。とにかく「日本人のいないところ」を求めて、比較的日本人の少ないというセイラム大学を選んだ私には、逆に好都合だと思いました。しかし、最初にあった留学生用のオリエンテーションでは、英語を聞き取れず、聞き取れてもみんなの前で自分の乏しい英語を話すのが恥ずかしく、つらい思いをしましたが、留学生はみんな優しく、ゆっくり話してくれ、必死に私の英語を聞き取ろうとしてくれました。毎日「今日は話せた」「今日は話せなかった」という感情の上下激しく過ごしましたが、自分のスキルアップを感じることができました。1週間経った頃には、自分の中での考えや、夜にみた夢まで英語になっていて、ふとそのことに気が付いた時はとても驚きました。
  Spring Semesterでは授業を5つ取りました。Fall Semesterでは4つ取った授業のうち2つが留学生のみのクラスでしたが、5つすべての授業がアメリカ人との授業で、留学生さえ1人もいませんでした。全くひいきにされず大変でしたが、これが学部留学の醍醐味であり、とてもやりがいを感じた後期でした。またクラスでグループ活動が増え、たくさんのアメリカ人の友達ができました。大きく英語力の伸びを感じた後期です。前期は、英語を学んでいるという印象がありましたが、後期にはただのお喋りの手段となり、とても気楽に普段から英語を使えるようになりました。
  Fall Semesterの最後、Finalの忙しい時期に、時間をとってご飯に連れて行ってくれ、さよならパーティを開いてくれる友達ができたことが本当に嬉しかったです。私はアメリカでベストフレンドを得ることができました。常日頃たくさんの話をし、私のことをよく理解してくれていて、帰国した今でも電話で近況を報告し合っています。またセイラムでできたアメリカ人の友達が、私に会いに、日本に帰国して2週間後にホームステイしに来てくれました。アメリカでできたたくさんの友達と関わりを続けるためにも英語をずっと学び続けようと思います。
  私は最初、失敗することを恐れて発言が少ないことが最大の問題でした。しかしたくさんのアメリカ人を見ているうちに、アメリカには本当に色々な人がいて、みんなその個性を受け入れてくれる国だな、と気がつきました。少しくらい発音が変だって、少しくらい文法が変だって、どこのアメリカ人がそんなことを気にするのだろう、そう思えてから毎日の生活が変わりました。またアメリカ人の友達がよく私に、「しおりは日本人だけどアメリカ人でもある。だれとも被らないジャパニーズアメリカンだ!」と言ってくれていました。「日本人」でいるべきか、それとも「アメリカ人」らしくいてアメリカに紛れ込むべきか、そう迷っていた時期もありましたが、友達がかけてくれたこの言葉で、だれでも受け入れてくれるこの国ではこのままでいいんだ、と自信を持つことができました。「ちょっと変わってるこの発音が私らしくてキュートでしょ」くらいの気持ちで、アメリカでは恐れずにありのままの自分でいることが、オンリーワンな存在になることが大切だと学びました。たくさん悩んだ期間もありましたが、最終的にこんなに充実感・達成感を感じたのは、うまくいかず悩み落ち込み、それから努力し、最終的にはモノにする、そんな経験があったからだと思います。   
  最後にこの留学の機会を与えてくれた両親、お世話になった麗澤の国際交流センターの方々と先生方、そしてたくさん支えてくれた日本の友達、アメリカでの友達に感謝します。そしてやりきった自分にも。最高な9ヵ月をありがとう!

閉じる

閉じる

アメリカ・ワークトラベル体験談
松林 賢也
英語・英米文化専攻4年
2017年8月11日~9月18日(6週間)

■実習地:アメリカ:モンタナ州 グレーシャー国立公園  
■参加の動機および準備について
  以前、ボストンに留学していてそのときは勉強が目的だったので、次はアメリカで働いてみたいという気持ちがあり機会を探していたところ、大学のキャンパス内でINTRAXさんの広告を見つけたことで興味を持ちました。電話をしてそのまま面接をしてもらい9月ごろには行くことを決め、早い段階で準備を始めました。実際にアメリカ人の方たちとの面接(4月)に向けてスカイプでネイティブスピーカーの方と面接の練習をする機会がありました。その時に自分の長所、どのポジションで働きたいのかなどを話し合い面接に向けて用意しました。

■どのような仕事を担当していましたか
  私はGrocery Storeで働いていました。担当は、レジ、品出し、DELIでした。基本的に4,5人体制で働いていたのでローテーションでポジションを交代して働いていました。レジは店の入り口の前に位置しているので、お客さんに質問されることが多かったです。人によってはフレンドリーな方もいて短い会話ですがただの店員というより1人の人として見てくれて会話してくれる人がたくさんいて嬉しかったです。同僚やマネージャーの方たちとは働いてる間ラフでいれて、頭を下げたり敬語を使うなど、気を遣わずに済んだので働いていて気がとても楽でした。シーズンの終わりと、山火事が重なりお客さんが少なくなってしまった時にハウスキーピングを1日限定でやりました。

■休日の過ごしについて
 基本的に友達と過ごすか、シャトルを使い1時間かけて街に出て日用品を買ったり、ディスカウントショップに行ったりしてました。土地柄上、ハイキングスポットがたくさんあったので友達の車で一度行きました。川や森は簡単に行けるので、気晴らしにランニングやサイクリングをしました。休日に関わらず夜はほぼ毎日バーに行きいろんな人と話しました。時にはレクルームを使いパーティーをしたり映画を見たりもしました。働く土地柄上によって過ごし方が異なると思います。

■帰国後にワークトラベルの経験をどう活かしますか
 今回、アメリカで働くという貴重な体験ができ、自分の自身にも繋がったので来年また海外で働き、日本に帰国してからも英語に携わる仕事したいと思います。ただ住んで働くというより全てのことについて自分からアクションを起こす、そして言いたいことはしっかり言い自己表現する大切さを改めて学びました。  

閉じる

閉じる

淡江大学

台湾留学
吉原 美来
中国語専攻1年
2017年8月

  三週間の淡江大学の夏季研修に参加してきました。このプログラムには様々な年代の人が参加していました。中学生もいて非常に驚きました。私は中国語を習って4か月間しか経っていないのでいろんな面で不安ばかりでした。
  淡江大学に行きパソコンで選択肢を選ぶテストとスピーキングのテストがありました。スピーキングはまず聞き取ることで精いっぱいで上手に受け答えすることができませんでした。その後クラス分けを行いました。私はクラス分けされたクラスで上手くやっていけるか不安でした。でも1クラス10人ということもあり非常にやりやすかったです。少人数ということもあり積極的に授業に参加することができました。午前中は教科書で中国語の生詞や文法を勉強しました。授業の最後に今日学んだ生詞を3つ言わないと座れないというゲームがあり、このゲームで多くの生詞を楽しく覚えることができました。午後の授業は主にゲームをしながら学びました。非常に楽しく授業を行うことができました。先生がいつもゲームの方式を変えてくれたので毎回の授業が楽しかったです。たくさん質問しても誰でもわかりそうな単語を使ってくれたので非常にわかりやすかったです。
  火曜日と木曜日は文化の授業もありました。中国のこまや切り絵、消しゴムハンコをやりました。一週間ごとに変わりました。こまは日本のものとは違いました。紐と1つのボールを半分に切ってXのようにくっつけたものを使いました。見た目以上に難しくてびっくりしました。なかなか真っ直ぐ回すことができなくて大変でした。切り絵は赤い台湾の布に行いました。複雑な柄の干支を切りました。すごく難しかったのですが楽しかったです。消しゴムハンコは中学の時にやったことがありましたがやり方は全く一緒でした。消しゴムハンコの先生が非常に面白くて楽しく授業を行うことができました。
  毎週フィールドトリップもあり、台湾の名所を訪れました。フィールドトリップを通して、ほかの大学の人とも仲良くなることができました。私が1番印象に残ったのは九份に行った時でした。元々千と千尋の神隠しの舞台となった場所と知っていたので非常に興味がありました。九份は千と千尋の神隠しのグッズがたくさん売ってました。湯婆婆といろんなところに書いてあり本当に舞台となった場所なんだなと感じることができました。他にも、平渓に行ったときにみんなで天燈に願いを書き空に飛ばしました。線路の上でやり、そこには列車が通ったりしていたので少し驚きました。そして上に電線や木があったりするので必ずしもきれいに上の飛ばせることができるわけではありませんでした。私が願いを書いた天燈は綺麗に上に飛ばすことができて非常にうれしかったです。他の人が飛ばしている天燈が電線や木に引っかかってしまっていて少し危ないと思いました。
  私が淡江大学に行き驚いたことは私たち留学生をお世話してくれる台湾人のカウンセラーがいたことです。私はカウンセラーがいるということを聞いていなかったので驚きました。そしてお出迎えのパーティーやダンスを踊ってくれて非常にうれしかったです。1クラス1人カウンセラーがつき、そのカウンセラーと非常に仲良くなれてうれしかったです。カウンセラーと話していると中国語の使い方がなんとなくわかってきて、書いて勉強するだけではわからないこともあるのだとわかりました。カウンセラーは本当にいい人たちだらけで最後に離れるのがさみしかったです。
  土曜日と日曜日は学校も何もなかったので、麗澤大学の友達とお出かけに行きました。台湾にはたくさんの夜市があり、いつもお祭りみたいで楽しかったです。初めて台湾の電車に乗って驚いたのはどの駅も自殺防止の対策が行われていることに驚きました。日本では大きな駅だけがそのような対策を取られているので驚きました。そして日本も電車よりも中が広かったです。私はこの三週間の留学で台湾の電車をマスターすることができたと思います。買い物もたくさんしました。台湾でたくさん買い物をしたので数字をすぐに聞き取ることができるようになりました。そして値段交渉を中国語で出来るようになりました。その際に店員さんが言っている言葉も理解することができてうれしかったです。台湾の服屋さんに行ったときに驚いたことがありました。それは日本の一昔前のような服がたくさん売っていたからです。そして最先端のような服は非常に値段が高く買えませんでした。そして韓国の服が多く売っていました。夜市に訪れた際に臭豆腐の匂いをかいでみたいと思っていました。そして実際嗅いだら初めて嗅いだような匂いでした。台湾の人になぜ食べるのか聞いたところ「面白いからだ。」と言っていました。私はあまり食べたくないと思ってしまいました。夜市の料理は安くて美味しいです。その場で作ってくれるので見ていて楽しかったです。しかし私は台湾の八角という香辛料が苦手だったので入ってないか見分けるのが大変でした。そして大抵のものには入っていたので食べることができるものが限られていました。私は台湾に行く前食事で困ることなど一度も考えてなかったのでいい経験になったと思います。
  台湾に行き文化の違いや食事の違いなど多くの異文化体験をすることができました。もし留学に行っていなかったらこのような体験はできなかったと思うし、今後役に立つと思います。そしてやはり台湾の人はあまり中国のことをよく思っていない人が多いということがわかったのでシビアな問題なのだと改めて理解することができました。私はこのプログラムに参加していろんな人に感謝しなければならないということを感じました。カウンセラーの方が非常に前から何を行うのか考えていてくれてうれしかったです。私はこの台湾留学に行き中国語も進歩することができ、若者が使う単語なども知ることができたので良かったと思いました。私は長期留学も行きたいと考えているので、この短期留学はいい経験となりました。

閉じる

閉じる

淡江大学

淡江大学短期留学を終えて
阿部 江里加
日本語・国際コミュニケーション専攻2年
2017年8月

  私は、8月6日から26日までの3週間、台湾の淡江大学に短期留学をしました。そこでは、学校で勉強することとは違う貴重な体験をすることができました。
 この短期留学は淡江大学が主催している「Intensive Chinese Language Program」というプログラムです。このプログラムは、麗澤大学の学生だけではなく他の大学や高校生などが参加していました。慣れない土地で大変なことや不安なこともありましたがとてもいい経験になり参加してよかったと思っています。私は、このプログラムの授業面と生活面について、私が心がけていたこと、今度このプログラムに参加しようとしている人へおすすめしたいことを説明します。
  まず、授業面です。台湾に着いて2日目にクラス分けのテストをしました。テストの内容はパソコンで単語や文法の選択問題、プリントの絵を見て文章作成、先生と1対1で対話プリントを読むことの3つでした。この3つのテストを受けてからクラス分けされます。A1、A2、B1、B2、C1、C2、D1、D2まで細かく分けられているので、自分のレベルにあったクラスで授業を受けることができました。私は、D1のクラスでした。クラスでの授業の内容は、単語、文法、文章読解、練習問題でした。もちろん授業のすべてが中国語で行われる中で、単語の説明などはパワーポイントの画像などを見ながら覚えました。また、教科書に英語の説明も少し書かれていたのでそれを調べながら勉強しました。単語の覚え方はいろいろあり、ケータイを使ってビンゴ形式で覚えるので学校で行うクラスの授業よりも楽しかったです。ユニットが終わるごとに小テストがありました。そして最後にまとめのテストがありました。台湾に行くまで、どんな授業をするのかとても心配でしたが、自分のレベルにあった授業を受けることができました。さらに、同じクラスになった人たちも楽しくて、人見知りな性格の私でもすぐに仲良くなることができました。台湾での授業がすべて中国語で行われるのがとても新鮮で、毎日の授業が楽しかったです。
  また、授業とは別に毎週金曜日にいろいろな場所を回るツアーがありました。1週目のツアーは、北投と淡水を回るツアーでした。観光スポットを回ることができたのでとてもいい思い出になりました。しかし、台湾はこの時期本当に暑いのでとても辛かったです。2週目のツアーは、台北MRTのツアーでした。台湾の中心部である台北は、とても賑わっていました。台北はディンタイフォンという有名な小籠包屋さんがあり、それを食べることができました。3週目のツアーは九份に行きました。九份は、ジブリ映画の「千と千尋の神隠し」の舞台になっていることで有名な場所で駅から遠いところにあるので、ツアーで行けてうれしかったです。毎週金曜日のツアーは、毎週楽しみにしていてほとんどクラスで行動していたのでクラスメイトと仲良くなくきっかけにもなりました。私自身、そんなに積極的に外に出る人ではなく台湾にも初めて行ったので、たくさんの観光地に連れて行ってもらえたので良かったです。
  次に、生活面です。このプログラムの中での生活は、ルールが厳しかったです。私が知る限り、高校1年生から大学4年生が参加し東京や神奈川の関東だけではなく大阪や京都、兵庫から参加している人たちもいました。初めは、台湾に来たのに日本人ばかりで少し残念な気持ちになりましたが、終わってみると全国に友達ができたのでうれしいです。私の部屋は、同じ大学の1人と京都の大学の子が2人の4人部屋でした。初めのうちはみんな緊張していましたが、すぐに仲良くなり週末には4人で買い物に出かけたりしました。同じ部屋の友達とお別れをするのが本当につらかったです。また会うことを約束しました。また、様々な理由で台湾に来る人がいて話を聞くのが面白かったです。ほとんどの人が中国語を勉強するためにですが目的がさまざまで、台湾に何度も来たことがあって中国語を勉強したい人や台湾の大学に進学するために学校見学を兼ねて中国語を勉強しに来た人などがいました。その人たちの話を聞くことで私もこうなりたい、こうしたいというモチベーションが上がりました。台湾人と話すことだけが勉強になるのではなく、日本人の話も聞くことが大切だと思いました。
  私は、台湾に行って心がけていたことがありました。それは、現地の人になるべく話しかけてコミュニケーションをとることでした。なぜなら、日本ではできない貴重な経験になると思ったからです。初めは、とても勇気がいることでしたが、台湾の人たちはみんな優しく、私の片言の中国語を聞いてくれました。初めは、私たちの面倒を見てくれていたカウンセラーや授業の先生、それからは、古着屋さんの店員さん、電車の駅員さん、餃子屋さんの店員さんなどたくさんの人とおしゃべりすることができました。わからないことがあったらジェスチャーや携帯で調べながら伝えてくれました。私は長期での留学をする予定がなかったのですが、これをきっかけにもっと中国語を学びたいと思うようになり留学を考えるようになりました。
  最後に、今度この台湾の短期留学プログラムに参加しようとしている人におすすめしたいことがあります。それはケータイについてです。学校の寮には、Wi-Fiがあると思っていて持っていきませんでした。しかし、学校構内にはありましたが、寮にはなかったので不便な思いをしました。しかし、ルームメイトがケータイを使っている時間に勉強をしたり、カウンセラーの人たちと話をしたりすることができるので時間を作りやすかったです。また、1人で電車に乗ってどこかに行くことが多かったのですがWi-Fiがないため、調べることができませんでした。そのため、ガイドブックなどを持って出かけて道がわからなかったら、現地の人に聞くようにしていました。もちろん、自分で見つけることも大切ですが、現地の人とコミュニケーションを取ることができさらに質問することができるか自分の今の能力を知ることができます。リスニングの勉強にもなりました。とてもいい経験ができたと思っています。なので、ぜひおすすめしたいです。何よりも、留学に行くか迷っている人がいたら、絶対に行くべきだと伝えたいです。

閉じる

閉じる

南イリノイ大学

盛りだくさんの5ヶ月間
竹内 萌々香
日本語・国際コミュニケーション専攻3年
2017年3月~8月

  高校時代から漠然と留学に憧れ、大学に入学し留学に行くという目標を掲げていた私でしたが、遂にその目標を南イリノイ大学で実現することができました。私にとってこの5ヶ月は楽しいだけの留学ではありませんでした。さまざまな面で悩み、苦労したことがたくさんありましたが、その分今まで見ることができなかったこと、感じることができなかったことを知ることができた5ヶ月でした。
  私は今回麗澤大学から南イリノイ大学に留学した学生の中で留学先のクラスが一番下でした。クラス分けだけが留学ではないことは十分承知していたが、はじめは1人だけクラスが違うということに劣等感と孤独感を抱く毎日で正直辛かったです。自分の英語力のなさや何も出来ない自分に苛立ちを覚え、自分を責めることもたくさんあり、精神的に参ることもしばしば。そんなときに救ってくれたのはCESLに勤務し、私のクラスを持って頂いた日本人の先生でした。勉強のことはもちろん、モチベーションのことなど様々な面からアドバイスをもらったおかげで、それ以降の英語学習がスムーズになりストレスもなくできたのではないかと思っています。この先生のアドバイスによって今まで以上に洋画や海外ドラマにも興味を持つようになり、趣味を増やすきっかけにもなり英語学習が楽しいものであることを改めて気付かされました。そして1ターム目終了の時には、日本人1人という恵まれた環境が居心地の良いものになって私にしか経験できないことであるとポジティブに考えられるまでになりました。
  また私のルームメイトも私の英語学習を助けてくれた人の一人です。彼女は自分と同じ時期から留学していた麗澤大学の学生でとても行動力があり活発な人であったため、数多くのアクティビティに参加し、それらのアクティビティに参加する度に私を誘ってくれました。そのおかげもあり、外国人と話すことへの恐怖も徐々に減らすことができ、さらにそれをきっかけに自分のスピーキング力・リスニング力も授業外で強化できました。また多くの外国人と知り合うことができました。さらにルームメイトとは簡単な日常会話は英語で行う習慣があったので、それも互いのスピーキング力を高め合うことができました。ルームメイトには感謝しかありません。
  夏の特別クラスでは3つのクラスを履修し、スラングや会話のコツを学び、よりリアルな会話に触れることができる良い機会でした。このクラスを履修したことによって、日本語を学習する留学生の立場に立って日本語について考えることができる機会を持つことができました。私が特別クラスの中で特に収穫となったクラスが、” American culture though of News ”という、ニュースと通してアメリカ文化や社会を見るという授業でした。取り上げられるニュースはシンプルなようで難しいものばかり、更に新出される単語も難しいものが多く、私にとってタフな授業でした。特にimmigration についてのディベートはとても苦労しました。日本ではあまり馴染みがない移民について考えることですら大変で、更にそれらを英語で意見交換を行うということがどれだけ難しいものか思い知る機会であり、とても良いトレーニングになったと今では思います。このディベートを通して、どの言語においてもシンプルに且つ分かりやすく自分たちの意見を伝えることの重要さを改めて学ぶことができました。またニュースだけではなく音楽を通してアメリカの実態や現地で生活する人々のリアルな意見を見る授業も興味深く、現代・過去のアメリカを深く理解できたように思います。
  2ターム目では、1ターム同様のクラスメイトと新たなクラスメイトが4人ほど加わってとても新鮮で、更にクラスには私以外にもう一人日本人学生がいたため、1ターム目とは違った雰囲気の中で楽しんで授業に臨むことができました。2ターム目の授業は、文法に関する内容が大きく占めていて、日本で学習してきたものをより深く学習したような印象が強かったです。また1ターム目ではやらなかったグループでのプレゼンテーションも行いました。国籍が違う学生とグループを組んだため、内容決め、割り振りなどの話し合いもすべて英語で行うことになりました。そのため、意思疎通が非常に大変ではありましたが、日本では決してできないことだということもありこのグループプレゼンテーションは私にとって貴重であり大きな収穫でした。この5ヵ月で学んだことはCESL内だけでも非常に多くのものを得ることができたと実感しています。
  しかし学んだことはそれだけではありません。今回の留学で、私は自分が所属する専攻やゼミの特色を生かして、語学だけではなく生活様式から宗教など文化的な面での学習に力を入れると決め、現地で生活を送ってきたつもりです。身近なものから日本と比較し理解を深めようと努め、たくさんの新たな発見に出会うことができました。日本のいただきますとアメリカで食事の前にお祈りすることの違いや宗教の考え方行動の違いなど、些細なことから大きなものまで何をとっても異文化であり、毎日がとても新鮮でした。これらは自ら意識し行動しなければ得られないものだったと感じているので、精神的な部分でも鍛えることができたと思っています。単独行動を恐れ、まわりに流されていては発見できないものに出会えた気がします。1人で教会を訪れ、日本の外ではどのような人々がどのような気持ちをもって神を信仰し、何を願っているかをこの目で見て感じることができた機会は私にとって大変貴重で、他の留学していた学生にはない体験だったのではないでしょうか。また異文化同士の人間関係はもちろん、同じ文化同士での人間関係についても考えさせられました。
  今回の南イリノイ大学への留学は日本人学生が寮に10人以上いたこともあり、日本人同士でうまくいかなかったこともありました。5ヶ月間と限られた時間の中で深く関わり、正しく相手を理解することは容易なようで難しいものであること、世の中にはあらゆる考え方、価値観の人間がいるということを改めて強く思い知りました。異文化というものが国を跨いで発生するものだけを指すわけではないということを実際に感じることができ、私にとってとても大きな経験でした。そして自分の性格を見直し改善していく必要がある部分を明確にすることができ、内面的な成長をするためのカギを発見することができました。また海外にいたからこそ日本人独特の思いやる温かい和を大切にする人柄を痛感し実感することができました。
  この留学で上記のような語学学習・文化的学習、更には社会勉強を通して精神面が強化された気がします。どのような面でも自分らしさを大切にしながら物事に取り組むこと、些細なことでへこたれない力強さが生きていく上で非常に大切であることをアメリカで学ぶことができました。そして改めて日本が大好きであることを再確認しました。ここで学んだことはこれからの人生で大きな糧になり、今後の成長に繋がるものだと思います。アメリカで過ごした5ヶ月間を無駄にしないよう生活して生きていきたいです。
最後にこの留学生活が何事もなく無事に終わることができたのは、両親や留学準備から帰国するまでお世話になった国際交流センターをはじめとする各部署の方々、現地で関わり助けてくれた友人や仲間がいたからです。この感謝は決して忘れません。ありがとうございました。

閉じる

閉じる

南イリノイ大学

5か月間のアメリカ留学
関根 冴子
英語・英米文化専攻3年
2017年3月~8月

  私はアメリカのイリノイ州にある、南イリノイ大学に5か月間留学しました。その大学内にある、CESLという英語を第二言語として学ぶためのプログラムを受けました。また、その忙しい学校生活の中で様々なことを体験することができたので、それらについて書いていきたいと思います。
   CESLにはレベル別でクラス分けがされるため、最初の学力テスト後、それぞれのクラスで違った授業を受けることになりました。私が最初に受けたクラスは、自分のレベルよりも少し上のレベルに感じ、必死でしたが、そのおかげで精一杯頑張ることが出来ました。CESLには日本人のほかに、サウジアラビア、中国、韓国、コロンビア、フィリピンなどのほかの国々からの生徒も多く在籍していました。国それぞれで性格も宗教も違う中、グループワークや学校の行事を通して仲良くなることが出来ました。日本とは違った考え方をもとにグループワークをすることもあったため、楽なトピックだけではありませんでした。クラス内ではそんな多様な文化を感じながら学ぶことができ、日本では難しい、貴重な経験になったと思います。先生とは友達のように接することができ、質問などがあれば気軽に聞くことができました。また、生徒たちへの気遣いも厚く、あの環境で学ぶことができてとても嬉しく思います。
  平日は課題や授業の予習のため、自分のための時間や外へ遊びに行く時間をうまく作れませんでしたが、週末にはアクティビティやイベントが催されており、毎週末を楽しみに授業や課題を頑張ることが出来ました。南イリノイ大学やCESLが開催するパーティやイベントが多く、大学に通うアメリカ人と知り合える機会もありました。現地で仲良くなった友人とご飯を食べに行ったり、バーベキューをするなど、リフレッシュできる環境も整っていたように感じます。そういったイベントなどに自分から積極的に参加することで、自分にとって留学がさらに充実したものになったように思います。私にとって、アメリカの文化や人々の生活も体験できるとても大切な機会となりました。
  私たちの泊まっていた寮には、麗澤生のほかにも南イリノイ大学の学部生が泊っており、共同のキッチンやラウンジでは会話しながら料理を作り、食事をすることも多くありました。勉強はもちろん、みんなでテレビや映画を観賞するためのスペースや、大きくはないですがグラウンドもあり、リラックスできる環境だったと思います。寮内で仲良くなった友人たちとパーティをしたり、他の友人に食事をふるまうために招待したりと、私にとっては思い出がたくさん詰まった場所になりました。
  最後に、留学中の旅行についてです。私は同じ寮で暮らしていた日本人と、5月にシカゴとフロリダ、7月にはニューヨークへ行きました。飛行機や電車のチケットなども自分たちで購入し、旅の予定、行く場所の下調べなども、自分たちでしなければなりませんでした。完璧に英語が使いこなせるわけではないのと、携帯をどこでも使えるわけではなかったので、全てが不安でいっぱいでした。旅行中、飛行機や電車の遅延によってトラブルもありましたが、友人の手助けもあり、無事に楽しむことが出来ました。旅行中は、自分たちだけで何かをしなくてはならない、という場面に最も多く直面した機関だったように感じます。英語以外にもこれからの自分にとって学ぶことが多かった旅行となりました。
  私がこの南イリノイ大学で、アメリカで過ごした5か月間は、私の人生においてとても大きな経験となりました。多くの文化や違った生活、習慣に触れながら、自分の英語を上達させることができたと思います。違った考え方や視点で同じ物事を考えることによって、価値観や視野を広く持てるようになり、その分自分の考えは強く持ち、それを相手に伝えることがどれだけ大切かを痛感しました。さらに、それらを通して、コミュニケーションをとることの難しさと、それを超える楽しさや嬉しさを感じ、自分が将来何をしたいかなど、さらに現実的に考えられるようになりました。この長いようで短い期間に得た経験を、将来の自分のために活かすことができるよう、残りの大学生活を悔いのないものにしたいと改めて思いました。また、この充実した留学を無駄することなく、授業だけでなく日々の自らの行動にも反映できるよう頑張っていきたいです。

閉じる

閉じる

ランガラ・カレッジ

ランガラ・カレッジ留学
佐藤 研吾
英語コミュニケーション専攻3年
2017年2月~8月

  2017年の2月下旬から8月下旬の間、私はカナダのバンクーバーにあるランガラ・カレッジで留学していました。英語圏の国へ行くのも長期滞在するのもわたしにとって初めての経験で、この6カ月で経験したことは間違いなく貴重なものとなりました。
 バンクーバーはカナダの南西の都市です。気候は比較的穏やかで、都会ですが緑がとても多く自然も体験できるような居心地の良い街です。移民がとても多く、特にアジア系の人種がとても多かったです。そのため街には韓国料理やベトナム料理などの様々な国のレストランがありました。このようにカナダには様々な国から人々が集まっていて、それに対して差別もあまり無くて皆受け入れているのでとても寛容な国だと感じました。
  学校では初めにクラス分けをリーディング、リスニング、ライティング、スピーキングのテストによって行われ、自分のレベルに合ったクラスに振り分けられました。クラスのレベルは1~8まで分かれていて上に行くほどよりアカデミックに、レベルが高くなっていきます。授業は1つのセッションが7週間で、70%以上の成績を取らなければ上のクラスへ進むことができません。私は全部で3セッション受け、最初3のクラスに入りそこから4、5へと上がり無事全てのセッションを合格することができました。3,4のクラスではカナダの文化や歴史などをトピックに英語のスキル全般を教わり、7週目にカナダの偉人などについてのプレゼンテーションと期末試験を受けました。5のクラスでは授業の内容がよりアカデミックになり、エッセイの書き方やプレゼンテーションのスキルなどを丁寧に教わりました。このセッションでは2,3週間に渡りエッセイを書き、7週目には先住民についてのプレゼンテーションと期末テストを受けました。どのクラスも課題は毎日でるので放課後は部屋で2~4時間かけて課題に取り組んでいました。特にプレゼンやエッセイの提出期限の前は忙しくなり、プレゼンのグループメンバーと一緒に作業したり図書館でエッセイの原稿を作成したりしていました。
  私はフィリピン出身の家族の下でホームステイしていました。家族構成は父と母、それと私と年の近い兄と妹の4人家族でした。家族の方は皆楽観的で、特に縛られることもなく過ごすことができました。留学生活のなかで特に食事面に関して不安でしたが、料理は主食が米で肉と魚料理が中心で、夏になるとホストファザーがベランダにあるグリルでバーベキューをしてくれたり、とてもおいしい料理をいただきました。ホストマザーは休日も仕事でとても忙しそうでしたが、毎日ご飯を作っていただいたのでとてもありがたかったです。家は学校まで徒歩約20分、ダウンタウンまではバスで約30分ととても好立地で買い物や遊びにも気軽に出かけることができました。
  週末は家にこもって課題を終わらせたり、クラスメートと一緒にバンクーバーの観光スポットに行ったりご飯を食べに行ったりしていました。バンクーバーには緑に囲まれている大きな公園がいくつかあり、晴れた日にそこで森林浴をするのがとても気持ちよかったです。セッションの間には10日間の長期休暇があったので、その間に旅行にも行ってきました。私はヴィクトリア島、シアトルに1回、バンフ国立公園に2回行ってきました。ヴィクトリア島には友達と二人で一泊し、洋風な街並みを楽しみました。シアトルでは自分の夢でもあったメジャーリーグの野球観戦をすることができました。日本の野球場とは違いとても大きな外観で、球場も試合も迫力があってとても興奮しました。バンフ国立公園には4月の中旬に1回訪れたのですが、その時はまだそこはまるで冬のようでとても有名で美しいはずの湖もまだ凍っていて雪に覆われ真っ白でした。私はきれいな湖を観るためにそこに行ったので、正直その時はとてもがっかりしました。だから私は湖がきれいに観れる真夏にもう1度訪れることに決めました。そして8月の下旬、帰国前にもう1度そこを訪れると、そこで私は今まで見たことのないようなとても美しいエメラルド色の湖を観ることができました。そこでみた景色はどれも私にとってとても貴重な思い出となりました。
  この留学生活のなかでたくさん楽しいこともあれば辛いこともたくさん経験しました。相手の英語が聞き取れないことや自分の言いたいことをうまく英語で伝えられないことがしょっちゅうでとても辛かったです。しかしその辛さがあったからこそもっと努力しようという気持ちを高めることができ、勉強にも今まで以上に真面目に取り組むことができました。この期間で私は自分を見つめ直したり磨き直すことができ、また一つ成長できたと感じます。これからも留学が終わったからと言って区切りをつけずに、留学で経験したことを生かし英語と関わり続けていきたいと思います。

閉じる

閉じる

ランガラ・カレッジ

ランガラ・カレッジ留学
石川 智博
経営学科3年
2017年2月~8月

  私は2月末から8月中旬までの約半年間、バンクーバーのランガラ・カレッジに留学していました。バンクーバーに到着した空港の入国検査にて不備があり、何が起こったのかよくわからぬままに別室に行くというとても不安な出来事からバンクーバーでの生活は始まりました。ホームステイ先に到着するとホストマザーが出迎えてくれました。おしゃべりが好きでしたがプライバシーはしっかり守ってくれるホストファミリーでした。家での基本的な生活の仕方を説明してもらった後に緊張感や不安感から少し解放されたこと、そして時差ボケがあったため夜ご飯まで爆睡してしまいました。そして初めての夜ご飯でしたがホストファミリーがアジア系だったため出てきた食材を違和感なく食べることができました。カナダの家は各部屋に暖房は無く、一つの設備を使い一括で家の温度を管理するというシステムだったため、冬の間は寒いと感じるときがかなりあり、そこが最初に苦労したことでした。そして学校が始まるまでの1週間、カナダでの生活に体を慣らしつつ新たな学校での生活にそなえていました。
  ランガラ・カレッジではまず最初のクラスを決めるためのテストが行われ、私が特に大変だと感じたのはその場でグループが決められそのメンバーでグループディスカッションをするというものでした。そこで初めて英語で自分の考えを伝える難しさ、そして自分の英会話の実力を理解しました。私が参加したLEAPプログラムではクラスがBASICから8までの9段階があり、私はLEAP2からのスタートとなりました。クラスメイトはアジア人がかなり多く、多くの人が独特のイントネーションを持っているため相手の言いたいことをまずは理解する、というのが第一段階でした。しかし彼らと自分で決定的に違ったのは、彼らは自分が間違うことを恐れずディスカッションや会話にガンガン参加していたということでした。私は文法や発音がめちゃくちゃで相手に考えが伝わらないことを恐れて意見を言えなかった場面がたくさんありました。しかしこのままでは海外に来た意味がないと思い、少しずつではありましたが改善できました。そして7週間の授業を受け、次のレベルへ進むための試験が行われました。この試験の結果に加え、普段の授業の取り組みや課題提出などを総合で評価して70%以上で合格という自分にとって厳しいと感じさせるものでした。しかし結果的にぎりぎりでしたがなんとか合格できました。そして在学中に最終的にLEAP4を合格するところまで行けました。
  カナダにいる間で一番記憶に残っているのがアメリカのシアトルに一人で行ったことです。シアトルはバンクーバーから高速バスで約4時間という日本から行くよりはるかに楽に行けるので、このチャンスは逃せないと思い一人で海外に行くというチャレンジ的な意味合いもこめて行ってきました。ロックミュージックが好きな自分にとってアメリカ、シアトルは特別な土地でした。弾丸ツアーだったため滞在時間はかなり短かったのですが、あこがれていたアメリカの街を一人で歩いているという喜びと充実感から今までに味わったことのない経験を得ることが出来ました。行きたかったスポット全部は行けませんでしたが大満足の小旅行でした。そしてカナダに滞在した半年間でバンクーバーのダウンタウンを歩き回りました。時にはちょっとした裏路地を歩いてきたり海沿いをひたすら進んでみたり規模の大きい散歩をしていました。バンクーバーという町は「自然、伝統、現代」の三要素が違和感なく混ざり合っている街だなと感じました。駅を一つ移動するだけで高層ビル街に出たり、伝統的なレンガ作りの建物が多く立ち並んだり、そしてそれらをつなぐように鮮やかな自然があり、歩くたびに新しい発見が出来ました。日本に比べて娯楽自体は多くないです。しかしその分普段は見落とすようなものにも目を向けることが出来ました。そして私たちが留学した年はカナダが建国して150年という節目の年でした。バンクーバーではとても大きなセレモニーが行われ、移民もネイティブも関係なく建国を祝っていてここに住む人々はみんなカナダが大好きなんだなぁと感じました。留学によって英語力はもちろん向上したのですが、私はそれ以上に自分の精神力の成長を実感しています。
  留学期間中は自分と向き合う時間がとても多く、逆境や壁にぶつかることも多かったのでそれを考え乗り越えること、それに加え様々な人と出会い自分の価値観や思考が変わることによる成長が出来ました。自分は英語が苦手だ、自分には無理だと思っている人にこそ留学は行ってほしいです。そこで出会う多くの「初めて」はきっとたくさんの刺激と経験を与えてくれます。そのチャンスをくれた両親、そして応援してくれた友人や先生方への感謝の念を忘れず、これからの人生に生かしていきたいと思います。

閉じる