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ドイツ

ハレ=ヴィッテンベルク・マルチン・ルター大学

メフィラスの食卓

ドイツ・ドイツ文化専攻2年 戸田駿太郎
2019/01/31 New
  誰かと食事をして楽しいと感じることができれば、それまでは地球はあんたのもんだ。そんな言葉を聞いた宇宙人、メフィラス星人(メフィストフェレス)はその意味を探るべく、日本を制圧し、この世捨て人からもらった食卓の上で、様々な人と会食を設けていく。これはご存知の通り、『ウルトラゾーン』と呼ばれる番組のオムニバス形式で行われた創作ドラマの傑作のうちの一つ『メフィラスの食卓』におけるやり取りです。創作です。従いましてこの物語は虚構に他ならないのですが、実際のところ、世の中を深くえぐっているとも言えます。詳しくは作品をご覧になられることをお勧めするのですが、国民を守ると言いながら美辞麗句を並べ、しかし、一介のホームレスには目もくれず『下賤のもの』と吐き捨てる政治家や、自分だけしか見ていない若者が登場します。〈かつ面白いのはドイツ語の格言 „Jedem das Sein“ 各人に各人のものをとばかりにこうした者たちに、ディケーとして罰を執行するメフィストフェレスにあるといえます。なんとなく、この脚本を書いた人はこのメフィラス星人の大本たるファウスト博士を誘惑したメフィストフェレスに、正義を実行させています。なかなかの皮肉に飛んでいるではありませんか〉。
  さて、このように前置きが長くなりましたが、このビデオはむろんのことながら、ハレ大学の友人が所有するもので、彼はこのビデオをいわば趣味の一環として(このビデオの流通なきドイツでどこから手に入れたのかは聞かないとしましょう)なぜか字幕付きで持っているのでありました。いわば哲学学部に属し、それでいて日本に対する興味を持つこの友人はアニメオタクであり、かつ哲学大好きというなかなかの面白い人です。彼とはしばしこうしたアニメを二週間に一回見るのですが、なかなか前述の深い特撮、アニメを好む傾向にあります。そんなわけで、その日の夜、私は手製の味玉と握り飯を持参してつまみつつこの風変わりな特撮を二人で見ていたのでした。
  彼にいわく、このビデオはいわば真理を表しているとのことでした。つまりは、食卓で一緒に食事をするということがあまりにも少なくなっていたと。しかし、と私は意見をしました。しかし、ドイツ人はクリスマスには食事をするために戻って家族と過ごすではないのか?それは日本と違っていて素晴らしいドイツのシステムではないのかと。それに対して、彼は“確かに、君の意見はドイツにおける本当のことだ。しかし、もし可能ならば言わせてもらってもいいだろうか?(お言葉ですがね)”と。そこから先はどうも、レコーダーを回しても理解しにくいのですが、こう続きます。“ドイツ人は確かにテーブルを囲んでいる。これは確かに誇っていいことだし、実際にいい点だと思っている。けれど、それがない人々も増えてきている。例えば、友人は家族と仲が悪いので帰ってもスマホをいじってばかりだし、僕の家族も似たようなもので、あってもあまり言葉を交わせない”そして、彼はこうも続けます。“これはいいことなのだろうか。一緒に食事を囲んでもおいしいとは言えない。これは実に面白いことに”クリティシズム“に他ならない。と。
さて、ここにぴったりの言葉があります。bedenklich 〈形容詞〉憂慮すべきこと。そう、これは確かに憂慮すべきことなのかもしれません。現代社会に対する偉大なる風刺。孤食だの、社会を見ようとしない大人たちなど。本来ならコメディーとして楽しむべきです。しかし、しかしです。どうも、このビデオを見ていると、どうも私のことを指さしているようで笑えない。私自身が、そもそも、誰かと食事をとるということすら希薄になっている気がしますし、私が何よりも、漠然と感じたのは留学というこのいわば非日常的であり、しかし日常という矛盾をはらんだこの状況下においてますます、孤食であり、しばし、食品を無駄にしますし。もっと笑えないのはどうも、自分勝手になっているような気がしてなりません。つまりは前述の若者のように。というわけでありますので、時間だけはあるこの留学の中においてどうも激しい内省に追われてもいるのです。誰かと食事をすべきでもあるし、交流すべきだ。私は果たしてそれを自然のうちにできるのであろうか、と。おそらく相当難しいでしょう。
  『メフィラスの食卓』の最後、ついにこの言葉の意味を知ることになるメフィラス星人は地球を返還することにします。そして、世捨て人のもとを訪れ食卓を返還します。その際に、世捨て人はメフィラス星人を通してある事実を知り、愕然とするのです。なんと彼はまだやり直せる。変えるべき家が彼のもとへと戻ってくる。そして彼は涙を流し、それをメフィラス星人はまるで、神様のようにして見守るのでありました。
  このようにして、余韻のあるどことなく星新一風味のある物語は終幕となります。しかし、このビデオを見終わった私は何とも複雑です。前述のこともございますし、どうもこの物語は我々に対する根幹的な質問(Grundfrage)となっているとしか言いようがありません。
  人はパンのみにて生きるものにあらずとは有名な聖書の一節でありましょう。ご存知の通り、人は物質的なもののみでは生きることができないのです。話あるいは誰かと交流することによって人は人たる存在になることができる。そんな意味のこの文章はこの特撮のテーマそのものといえます。というのもですが、冒頭に登場する食べ物を粗末にした無職の青年は人などなくても生きていけるとのたまい、その身勝手さがメフィラス星人の怒りを買い異空間に飛ばされますし、自分の地位に固執して、美辞麗句を並べる総理大臣は寿司の米(民衆を意味すると思われます)を口にくっつけたまま(つまり気が付かないまま)巨大化されるといった展開に相成っています。
  “パン”を通してその人のつながりを示す。そんな物語を見ていると自分のことを冷静に客観視していくきっかけにもなっていきます。果たして私は本当に食物に感謝して食べているのだろうか?そして、本当の意味で味わっているのだろうかと。さて、実際のところ、あまり感謝しておらずむしろ食事とは一種の作業のようになっている気がしています。お腹がすけば埋め合わせるために食べる。そこに果たして本当の意味での感謝があるのか、あるいはそこに楽しみがあるのかと。このビデオは自省を促す良い機会となっているというわけです。食卓とは何か。それは何なのか。といったようにです。
  閑話休題
  どうも、この風変わりな特撮はかなりの皮肉に飛んでおり、皮肉と議論好きの友人、ドイツ人にはしばし引用されます(我々の間だけというのは除外しようではありませんか!)。本当の家族とは何なのかといったことを話すというわけです。
ちなみにドイツにおける生活ですが、英語の授業をとるに際しましてはASQという英語科目があるものと存じます。これは学部の授業をすべて英語で行うというもので極めて難易度が高いのが特徴です。もっとも私は受けたことがないのでわからないのですが。お勧めの英語の授業ですが、レベルがやや高いですが、Kein ASQと呼ばれる科目があり、この英語の授業を受講なさることをお勧めいたします。これは英文法を基礎の基礎から行う授業でありまして基本をもう一度復習なさるうえで重要であるといえます。
  ほかの英語の科目といたしましてはディスカッション、ライティングなどがありますが、これはなかなか濃く、重いので、ハレに置きましては、なにが自分に合っているのかを出席して見学するなどして確かめてみるとよろしいと思われます。
英語とドイツ語を混ぜないように気を付けつつ頑張っていく所存であります。
  なお、その際に置きましてはドイツ語における文法用語
  Adverb 副詞
  Artikel 冠詞
  Adjektiv
  Präposition 前置詞
  der unbestimmte Artikel 不定冠詞
  Satzbau (Struktur) 文構造
  などなど。
  ちなみに、Struktur がSatzbauよりも圧倒的に使われていた思いがあります。英語の時間などによく、Satzstruktur と聞きましたね。
  なお、一つ重要なことをこの場に記して終わりたいと思います。辞書は絶対ではないということです。例えば、辞書で唐辛子を意味するPeperoni を引いたとしましょう。この言葉は実はそれ単体では、パプリカを主に意味する言葉であります。実際はChiliと使っている場合が多いです。さらに、名詞の“性”も必ずの存在ではありません。名詞において、Colaというものがあると思われますが、女性名詞であるのが一般的ですし、Chiliも男性名詞であり、女性名詞でもあり、中性名詞でもあります。なかなかにカオスです。しかし、これは辞書には記述されておりません。さらに、慣用句でも使えないものがあります。
  馬鹿にする。これ、なんというと思います?おそらく、辞書を引くと、アクセス和独の場合、この単語に行きつくことになります。über (Akk.) spotten これはあまりよろしくない意味です。人種差別的な意味とかも(いわゆるFワード)含んでおり、実際は、sich lustig machen が一般的です。そもそも、独和を引くと、spotten はあざける。嘲笑するといったネガティブな意味合いがあり、お情け程度にからかうがあるだけです。Duden Onlineを最悪使ってお調べしてみるとよろしいでしょう。和独はなかなかにまずい単語を含んでいます。国民をVolkとかね(ナチスのおかげもあってあまり使われないのです。もっとも、裁判所などは使いますが、プレゼンの時はBevölkerung(国民としても使えます)がよろしいとのことです)。まず、自分の頭で意味を考え、英語版ドイツ語辞典をお使いになるのがよろしいでありましょう。
  さてさて、これを書いている1月が明けると、次は楽しい試験です。生き残れるかなあ……。ではでは。
写真1:英語のKuras先生と。
写真2:カフェにおける写真。ライプツィヒにて。
写真3、4:ウィーンのサンクトゥス・シュテファン大聖堂。
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