Experience Note
留学体験記

留学体験記
留学体験記
一足先に留学を経験した麗澤大学の先輩たちが、留学先でのさまざまな体験談を語ってくれた「留学体験記」。
先輩の生の声を、是非参考にしてみてください。

私は2025年8月から12月までの約4か月間、タイ北部チェンマイにあるパヤップ大学へ留学した。パヤップ大学は、主にタイ人学生が在籍する「タイサイド」と、留学生が多く所属する「インターナショナルサイド」に分かれており、私はインターナショナルサイドのEnglish Communication専攻で学んだ。
インターナショナルサイドには、ミャンマー、中国、アメリカ、タイ、インド、マレーシア、韓国、台湾など、さまざまな国・地域から学生が集まっている。授業は1コマ90分だが、実際には早めに終わることも多く、日本の大学に比べてどこかゆったりとした雰囲気があった。昼食は半屋外の食堂やカフェでとり、空き時間には図書館で過ごすなど、日本と共通する点もある。一方で、冷房は年間を通してかなり強く、常に羽織りものが手放せない。
履修した「Presentation and Communication Skill」の授業では、スピーチアウトラインの作成に加え、3分間の即興スピーチにも取り組んだ。準備する時間がほとんどない中で話すことに最初は戸惑ったが、回数を重ねるうちに、英語力だけでなくその場で考える力も鍛えられていったように思う。英語を母語とする学生は多くなく、互いに補い合いながら発表を聞く雰囲気があったため、安心して取り組むことができた。
生活面では、寮の3人部屋を1人で利用させてもらい、エアコンと扇風機が備え付けられていた。寮内にキッチンはないため、炊飯器や電気ケトルで簡単な自炊をするか、ナイトマーケットや食堂を利用することが多い。寮に併設されたミニマート(売店)で軽食や弁当を買えるのも便利だった。共用設備としては電子レンジや冷蔵庫、シャワー・トイレ、自習スペースなどがあり、生活に大きな不便はなかった。
渡航前、私は「タイの友達をたくさん作ること」や「「タイ語をマスターして帰国すること」を目標にしていた。しかし実際にクラスが始まると、クラスメイトの多くはタイ人ではなくミャンマー人だった。母国の紛争を背景に家族で移住してきた学生や、単身で国外に出て学んでいる学生もいる。自分の将来が不安定な状況にありながらも、彼らは明るく、そしてとても親切に接してくれた。留学生活の小さな不便に戸惑っていた自分が、いかに恵まれた環境にいるのかを実感させられた出来事だった。終わりの見えない不安を抱えながらも笑顔を絶やさない彼らの姿は、今でも強く印象に残っている。
文化の違いに戸惑うことも少なくなかった。日本では「5分前行動」が当たり前だが、タイでは時間に対する感覚がかなりおおらかだと言われている。実際、友人に「10時から11時の間に迎えに行く」と言われ、私は10時前から準備して待っていたが、到着したのは11時45分だった。最初は驚き、正直なところ少し疲れてしまった。しかし生活に慣れるにつ
れて、相手の行動ペースを想像しながら自分の準備を始めるようになり、結果的にストレスは大きく減った。時間に対する価値観の違いを無理に正すのではなく、合わせ方を見つけることの大切さを学んだ。
学問面では、卒業論文で石に関する研究をしたいと考えていたこともあり、タイにおける信仰対象にも関心を持っていた。タイも仏教国であるため、日本と同様に石や石造物への信仰があるのではないかと考えていたが、実際には「木」を神聖視する文化がより根付いていた。トレッキング中、木に袈裟のような布が巻かれている光景を目にし、ガイドに尋ねたところ、それが信仰の対象であることを知った。同世代の学生に石について尋ねた際、「石?」と笑われたことも印象的だった。日本では岩や石に神が宿るという感覚があるが、それは決して普遍的なものではない。同じ仏教圏であっても、自然観や信仰の対象は大きく異なるのだと実感した。
また、死者に対する考え方の違いも印象に残っている。日本では四十九日やお盆など、特定の時期や日数に基づいて死者を弔うが、現地の学生の話では、死者を思う気持ちはあっても、日本ほど日数にこだわる習慣は一般的ではないという。遺骨についても、墓地に納めるだけでなく川へ流す場合があると知り、死者との向き合い方の違いを感じた。
日本文化の影響力にも驚かされた。特にアニメは非常に人気が高く、挨拶代わりにセリフを投げかけられることもあった。しかし私はアニメに詳しくなかったため、話題を広げられなかったことが少し悔しかった。海外に出て初めて、日本文化を自分の言葉で説明できることの重要性を実感した。アニメは単なる娯楽ではなく、コミュニケーションのきっかけにもなり得る存在だと感じた。
休日にはタイ国内を一人で旅行し、さまざまな土地を訪れた。チェンマイにとどまらず、バンコクや南部にも足を運び、その土地で出会った人々との会話を楽しんだ。南の地域プーケットでは、ホテルで出会った地元の人がバイクで街を案内してくれたり、チェンマイの隣県パーイでは屋台で知り合ったスイス人の女性と意気投合し、翌朝一緒にサンライズを見に行ったりと、ここには書ききれない経験がいくつもある。見知らぬ土地で知らない人に話しかけるのは勇気が必要だったが、その分、得られるものも大きかった。
タイでの生活を通して、日本という国を外から見つめ直す機会にもなった。タイの人々はおおらかで、あたたかく声をかけてくれる。またタイの日常生活に実際に触れてみて、良くも悪くもルールにあまり囚われていないと感じた。一方、日本はインフラが整備され、清潔で安全な環境が保たれている。日々の暮らしの中では意識しにくいが、日本の快適さは多くのルールや規律によって支えられている。そのことに時に窮屈さを感じつつも、同時にそのありがたさにも気づかされた。
四か月という時間は決して長くはないが、人との出会いや異文化との関わりを通して、自分の視野や物の捉え方は大きく広がったように感じる。この経験は、単なる語学習得にとどまらず、自分のこれからの生き方を考えるきっかけになった。今後も異なる価値観に触れながら、視野を広げ続けていくと同時に、今回の経験やそこから得られた感動を他の人に伝えていきたい。

私は2025年9月1日から12月19日までの約4カ月間、台湾に留学しました。
大学に入学した当初は、将来の夢がはっきりと決まっていたわけではありませんが、在学中にできるだけたくさんの新しい経験をしたいと考えていました。そのような中、実際に台湾に留学した麗澤大学の先輩や、別の大学ですが台湾に留学経験がある私と同じ高校だった先輩から、台湾の学習や生活環境の様子、文化の違い、台湾人の温かさについての話を聞きました。その話を通して、次第に台湾留学に強い興味を持ちました。これまで私は海外へ行った経験もなく、語学力を向上させたい気持ちもありますが、一方で、初めての海外生活に対する不安もありました。
私の留学前の語学力は、特に聞き取りが十分にできず、受け答えの際に文法を正しく使うことが苦手で、自分の考えを相手に伝えることが難しいレベルでした。また、台湾に対する印象も親日的である程度の知識しかなく、台湾の文化や生活習慣について深く理解していたわけではありませんでした。
私が住んでいた屛東大学の学生寮は三階建てで、一部屋を四人で使用してトイレとシャワー室は共用でした。私は中学、高校時代に寮生活を経験していたので、ある程度の寮生活には慣れていましたが、日本の寮との違いに驚くことがいくつかありました。例えば、台湾の寮では靴を脱がずに生活することが普通であることやトイレにトイレットペーパーが備えつられていないことです。私は最初、靴を脱がずに生活することは特に不便に感じていました。しかし、生活習慣の違いを実際に体験できたことは、台湾と日本の文化の違いを知る貴重な経験になったと感じています。
台湾では、午前中営業し、お昼ごろに一度閉まり、夜から再び営業を始めるお店が多く見られました。チェーン店よりも個人営業の店が圧倒的に多く、比較的手頃な価格で食べることができました。初めは料理名や注文方法が日本とは異なるため、戸惑うこともありました。初めて注文した際には、ほとんどのお店が料理を受け取る前に代金を支払う先払いの仕組みに驚きました。また、自分では発音しているつもりでも、店員さんにうまく伝わらず、聞き返されてしまうこともありましたが、それでも、お店の方がゆっくりと対応してくださるため、台湾人の親切さをとても感じました。
また、公共交通機関ではバイクや自転車がとても多く利用されている印象でした。寮や大学周辺にも無料で利用できる自転車があり、移動がとても便利でした。さらに、電車賃が日本と比べてとても安く、気軽に遊びに行くことができる点は台湾での魅力の一つだと感じました。
台湾での学習面では、実践的に生徒が発言することを重視した授業がとても多く、レポートよりもプレゼンテーションに機会が多いと感じました。自分の考えをその場で言葉にして伝える授業が多く、留学生向けの授業でも発言や発表を求められる場面が多くありました。また、教科書で学ぶ言葉と実際に現地で使われる表現の違いについても教えてもらうことができ、より中国語の実践的な使い方を理解することができました。教科書では習わない表現を知ることは、日常会話や授業の発言に役立ち、留学経験の大きな学びとなりました。バディの方と一緒に遊びに行く中で、最初のころは会話ができなくて分からないことはすぐに翻訳アプリに頼ることが多かったのですが、留学後半では、翻訳アプリを使わなくても会話をすることができる場面が増えたことに気づきました。また、お店での注文も留学初期よりもスムーズにできるようになり、同じ場所で感じ方が変わったことから、自分自身の変化を強く意識するようになりました。この経験を通して、自分の語学力が少しずつ向上していることが実感でき、日常生活でも自信を持って中国語を使えるようになったと感じています。
四ヶ月間の留学生活を無事に終えることができたのは、屏東大学で出会った多くの方々の支えがあったからです。授業を担当してくださった先生方は、私たち留学生の中国語の理解度に配慮しながら、わかりやすく丁寧に指導してくださいました。発言する際も、間違いを否定することなく最後まで話を聞いてくださり、さらに、バディの方は履修登録やビザの申請といった手続きだけではなく、日常生活の細かい部分まで助けていただきました。バディの方は、屏東や高雄の夜市に一緒に行ってくださり、日常の中でおすすめの食べ物を分けてくださることもありました。遊びでかけるだけの関係ではなく、生活面の細かい部分まで支えていただいたことで、初めての海外生活の中で不安を感じることなく、最後まで留学生活を送ることができました。言葉が十分に通じない中でも、最後まで温かく接してくださった台湾の方々には、心から感謝しています。この留学を通して得た出会いや支えへの感謝の気持ちを忘れず、今後の大学生活や将来に活かしていきたいと考えています。
今回の留学を通して、語学力の向上だけではなく、自分自身の考え方や行動にも大きな変化がありました。留学前の自分は、中国語に全く自信が無く、間違えることに恥ずかしさがあり、発言することはありませんでした。しかし、屏東大学の授業で、完璧でなくても自分の言葉で話してみる姿勢が大切であることを学びました。また、台湾での留学生活を通して、日本との異なる文化や価値観を学びました。生活習慣や授業の雰囲気、時間の感覚など、実際に体験することでその国の文化を自分の視点で理解することができました。
こうした貴重な経験を得られたのは、授業で支えてくださった先生方、日常生活で助けてくださったバディの皆さんのおかげです。この留学で学んだこと、そして支えてくださった方々への感謝を忘れずに、今後の大学生活では新しいことへ挑戦していきたいと考えています。四カ月の留学は私の将来にとって、大きな意味を持つものになりました。

私は9月から12月までの間台湾の静宜大学に留学していました。
これから、台湾での生活や授業、寮での様子など、実際に現地で過ごした経験について書いていこうと思います。
今回の留学は、私自身にとって初めての海外経験であり、出発前は楽しみな気持ちと同時に大きな不安もありました。言葉や文化、生活環境の違いにちゃんと適応できるのか心配でしたが、新しいことに挑戦したいという思いも強く、思い切って留学に挑戦しました。
まず空港に着いたら静宜大学の方が迎えに来てくださっており、そのままバスに乗って大学まで移動しました。大学に到着してからは、寮の手続きを行いました。
授業が始まったのは、台湾に到着してから5日後でした。最初の1週間はお試し期間となっており、この期間中は自分のレベルに合ったクラスへ変更することができました。中国語の授業では、多国籍の留学生と一緒に学びました。クラスにはさまざまな国籍の学生がいて、多国籍の学生と一緒に授業を受けることで、語学だけでなく異文化理解も深めることができ、毎回の授業がとても楽しかったです。
授業内容としては、中間はテストが2回あり、期末には中国語でのプレゼンテーションがありました。プレゼンテーションのお題は特に指定されておらず、各自が自由にテーマを決めて発表しました。中国語で人前に立って発表するのはとても緊張しましたが、自分の中国語力の成長を実感できる良い機会となりました。中国語の授業は午前と午後に分かれており、私は午前中に中国語の授業を受けていました。中国語以外にも英語の授業を2科目履修していました。一つは静宜大学の正規生と一緒に受ける英語の授業で、台湾の学生と直接交流できる貴重な機会でした。もう一つは、ほとんどが交換留学生の授業で、各国の文化について英語を通して学ぶ内容でした。基本的に授業は午前中までで終わることが多かったため、午後は自由時間として、友達と遊んだり、図書館で勉強したりして過ごしていました。
寮生活についてですが、寮は基本的に4人部屋でした。私のルームメイトは台湾人が3人で、最初は言葉の壁に不安を感じていましたが、皆とても優しく、親切に接してくれてとても嬉しかったです。トイレとシャワーは同じ階の人たちと共有で使用しており、日本とは違いトイレットペーパーが設置されていないため、自分でティッシュを購入して持参する必要がありました。各階には共有スペースがあり、そこでルームメイトや他の学生と集まって話したり、交流したりすることができました。洗濯機も共有で使用するため、混雑を避けるために人が少ない時間帯で選択するのがおすすめです。特に休日の朝は利用者が少く、スムーズに洗濯ができていました。寮に住んでいる台湾人学生の多くは、休日になると帰省したり外出したりするため、その時間帯は比較的空いています。寮では平日の夜22時ぐらいから点呼がありました。また、寮内では自炊ができないため、基本的には外食か学食で食べることが、多かったです。学内には多くの学食があり、どれも美味しく、価格も安かったので頻繁に利用していました。種類も豊富で、毎日違うメニューを楽しむことができました。また、大学から少し歩いた場所には飲食店も多く、夜になると友達と一緒に外食に行くこともありました。多くのお店は17時頃から営業していたので、夜に外食することが多かったです。学校の近くには飲み物屋さんもたくさんあり、どれも安くて美味しかったです。
移動手段は主にバスを利用していました。申請をすれば10km以内であれば無料でバスを利用できるので、とても便利でした。バス停は大学の前や学内にもあり、どこへ行くにもアクセスが良かったです。校内はとても広く、建物も多かったですが、主に利用するのは授業で使う校舎と、国際課がある一番上の建物でした。
台中の気候は全体的に暑かったです。9月や10月は特に気温が高く11月でも夏のように暑い日があり、長袖だと暑く感じることもありました。12月になると比較的寒い日も増えましたが、昼間は暖かい日も多かったです。また、雨が降る日は少なく、晴れの日が多かった印象です。
静宜大学ではイベントが多く開催されており、学内には屋台がたくさん出ていました。食べ物や洋服、小物などが販売されており、見て回るだけでも楽しかったです。クリスマスの時期にはクリスマスマーケットが開かれておりとても楽しかったです。
台中で特に驚いたことは、バイクを利用する人が非常に多いことです。歩道にも多くのバイクが停められており、日本との違いを強く感じました。台北にも行く機会がありましたが、台中の方が特にバイクの多さが目立っていました。また、台湾に来て驚いたことの一つが、お店に入ると日本語で話しかけてくれる人が多かったことです。日本語を話せる人が想像以上に多く、とても驚きました。台湾の人たちはとても親切で、困っていると声をかけてくれたり、丁寧に対応してくれたりしたため、とても過ごしやすかったです。中国語がうまく聞き取れないときでも、ゆっくり話してくれたり、最後までしっかり話を聞いてくれたりするので、安心して会話をすることができました。
生活面では、日本の商品は少し高いと感じましたが、台湾の商品は安いものが多いため、シャンプーや日用品は現地で購入するのがおすすめです。学校の近くにはスーパーやドラッグストアがあり、生活に困ることはありませんでした。一方で、困ったこととしては、トイレにトイレットペーパーが置いていないお店があったので外出する際にはティッシュを常に持ち歩く必要がありました。この点は日本との大きな違いだと感じました。
今回の留学は、私にとって非常に貴重な経験となりました。海外に初めてということもありはじめは緊張してなかなか勇気が出ませんでしたが、台湾の方たちはみんな親切な方ばかりなので環境的にもとても過ごしやすいです。この留学で得た経験や学びを、今後の学生生活や将来の人生にしっかりと生かしていきたいと思います。

私は、9月から約4ヶ月間台中市にある静宜大学に留学しました。
私にとって今回は2回目の台湾渡航でしたが、新たな場所で長期滞在となると更に多くの経験を得ることができました。生活しているうちに感じたメリットやデメリットを項目ごとに紹介したいと思います。
まずは気候についてです。日本にいるときから異常な暑さに体力を奪われる日々が続いていましたが、台湾はより暑く湿度も高く、慣れるまでは外に出ることが億劫でした。その暑さがなかなか消えないので、10月いっぱいまでは基本半袖で過ごしていました。ただ、台湾は屋内の冷房がとても強いため、羽織れるものが必須になります。12月になると昼夜の気温差が広がって過ごしやすい時間もありますが、最高気温が25度近く日差しが強い日が多いので暑いと感じることもありました。ダウンを着ることは無かったです。日本の冬と比べると、かなり過ごしやすいと感じました。
次に食事についてです。私が住んでいた希嘉學苑内では料理が禁止で、ドリンクやお菓子、カップ麺等の自販機しかないので外に出て買いに行く必要があります。また、学校の敷地内に食堂が3つほどあるので、そこを利用する人が多いです。お店の種類がさまざまなので飽きることはありませんでした。学外でも少し歩けば食事できる場所がある通りに出るので便利です。学校からバスで都心へ近づくと、日本にもあるようなチェーン店が各地に見えてきます。一蘭やくら寿司、丸亀製麺など日本食が恋しくなってもすぐに食べられる環境です。そして個人的にですが、油を使った料理がとても多く、日本とは違うスパイスが使われているように思います。私は胃腸が強くないので慣れず苦労しました。
次に学校生活についてです。静宜大学の授業形態は50分授業をしたら必ず10分休憩があるため、かなり気楽です。私は留学生必修の中国語の授業と、英語の授業2つを取りました。
中国語の授業は平日9時から12時までです。特にクラス分けテストは受けていないのですが、細かいレベル分けがあります。また、クラスと先生によって授業内容と形式が大きく変わります。私のクラスは生徒数が約20人、教科書中心の授業でした。別のクラスの友人は生徒数が約10人、発表中心の授業だったそうです。授業が始まって最初の1週間はクラス変更ができるので他のクラスを体験してみることをおすすめします。テストは教科書範囲から出題される筆記試験が2回と、期末テストとして質疑応答含む30分前後のプレゼンがありました。テーマは自由で、テストらしい雰囲気も無くラフな形態でした。それぞれ自国の文化や歴史を紹介する人が多かったです。今まで中国語でプレゼンをしたことが無かったので、とても良い経験になりました。
また、私が選んだコースは中国語の授業を週に15時間受けるシステムだったため、それ以外の授業が6単位分しか選べませんでした。文化体験の授業や、レベルの高い中国語の授業など、たくさんの選択肢があったので英語しか取れなかったことが残念でした。ただ、留学生担当の方が柔軟に対応してくれるうえ、授業によっては聴講として受けて入れてもらえる場合もあるため、相談次第では更に授業を取れるかもしれません。
次に寮生活についてです。基本4人部屋で国籍も不確定です。ですが、階ごとに留学生が多い、正規生が多いなどの差はあります。私の部屋の近くは会計専攻の1年生がほとんどだったので、友人同士、部屋を行き来し賑やかでした。また、22時から6時が消灯時間で点呼もありますが、実際に消灯するか、静かにするかどうかはルームメイト次第です。そして土日には、多くの台湾人が実家へ帰るため、寮に人が少なく、休日はリラックスして過ごすことができます。洗濯機も各階に4台のみで、平日は混雑しているため、土日に利用することが多いです。また、時期関係なく理由さえ伝えれば、いつでも部屋を変えることができます。私も一度部屋を変更しましたが、寮のスタッフの方が親身に手伝ってくれました。
また、静宜大学は台中市の中心からはやや離れた場所に位置しているため、土日に外出となるとバスで1時間ほど移動する必要があります。移動した先には、新光三越などショッピングモールやいくつかの観光地があります。私が在籍していた学期は三連休が毎週のようにあったので、週末に台北へ遊びに行く人がとても多かったです。高鐵で1時間程で、チケット価格も高すぎないため、毎週のように遊びに行く人もいました。
今回の約4ヶ月間の静宜大学への留学は、私にとって中国語学習以上の大きな財産になりました。2度目の台湾渡航ではありましたが、前回とは違い観光中心ではなく生活という視点で現地に身を置くことで、台湾の気候や食文化、そして人々の温かさをより肌で感じることができました。
食事の面で体調管理に苦労したり、慣れない中国語での日常生活に苦労したりと、困難に直面することもありました。しかし、それを乗り越えていく過程で、環境に適応する柔軟性と、自分の意思を伝える積極性が養われたと感じています。特に、留学生担当の方や寮のスタッフ、そして同じ環境に置かれている留学生の友人たちと関わる中でまずは行動してみることの大切さを学びました。静宜大学の柔軟な学習環境やサポート体制は、挑戦したい学生を後押ししてくれる心強いものでした。
これから留学を考えている皆さんには、ぜひ自分から周囲に働きかけて、限られた時間の中で多くの選択肢を試してほしいと思います。慣れない環境での生活は心身ともに忍耐力が求められますが、その先には日本にいるだけでは得られない新しい視点と出会いが待っていると思います。少しでも留学しようか迷っている人がいるのなら、短期からでも挑戦することを勧めたいです。この留学で得た経験を糧に、今後も台湾との繋がりを大切にしながら、自分自身のさらなる成長に繋げていきたいです。

私は、2025年9月から12月までの3ヶ月半、韓国の釜山にある釜山外国語大学に留学をしました。
私は中学生の時からk-popアイドルや音楽が好きで、さらに韓国ドラマも好きで韓国ドラマを見続けているうちに、韓国の文化や生活などに興味を持つようになりました。大学1年生のときに、第二言語の授業で韓国語の勉強を始めたことで、より韓国への興味が深くなり韓国に行ってみたいと思うようになりました。私は大学生のうちに一度は留学を経験したいとずっと思っていたので、今回の留学を決意しました。しかし私は、幼いころに家族と1回しか海外に行ったことがなく、さらに1人で海外に行ったこともなかったので、あきらめようと思ったこともありました。それでもこの留学をあきらめてしまったら、次はもう留学に行けるチャンスがないと思い、留学に行くことに決めました。留学が終わると、留学に行ったことで言語能力はもちろん、人としても一回り成長することができました。そのため、留学に行くことをあきらめなくて良かったと思っています。
釜山は日本と気候が似ていて、とても過ごしやすく、時差もなく生活しやすい環境でした。また私は釜山外国語大学の敷地内にある、寮に住んでいました。寮での生活は、基本的に一人で何でもしなくてはいけなかったので、とても大変でした。掃除や洗濯を全部一人でやり、さらに勉強や課題、学校などがある中ですべてを自分で、やらなくてはいけなかったのでとても大変でした。いつも家の家事をやってくれている両親の苦労がとてもわかり、両親に対しての有難みや、感謝の気持ちでいっぱいになりました。また、私は留学初日に一緒に留学に行った友達と、生活用品を買いに行きました。私たちは大きな物干し竿を買って、バスに乗ってそれを寮まで持って帰りました。そのとき自立して、生活する大変さを初めて知ることができました。また、お店などで上手く韓国語が伝えられずに困ったことがありました。しかし、より勉強を頑張ろうと思うきっかけにもなりました。
私は釜山外国語大学では、5つの授業を受けていました。韓国語の授業は、「大学韓国語」「大学韓国語文法演習」「留学生のための韓国語演習」という3つの授業を受けていました。私が受けていた韓国語の授業は留学生向けの韓国語の授業で中国人、ベトナム人、イタリア人、ロシア人など多くの国の人と一緒に授業を受けていました。韓国語の授業では、グループワークやペアワークが多く、グループの相手やペアの相手は違う国の人たちと組みました。そのため、思っていることを上手く伝えることが、できないことが多くありました。しかし韓国語でどのように伝えれば、上手く伝えられるか考える場面が多くあり、単語力や表現力を伸ばすことができました。また、他の2つの授業はタンデム学習の授業を受けていました。1つ目のタンデム学習の授業は「日本語韓国語タンデム学習」という、個人タンデムの授業で日本人の学生と韓国人の学生2人が、ペアになり1対1で会話をする授業です。この授業では1時間日本語で話して、その後に1時間韓国語で話す授業です。日本のアニメについて、韓国のk-popについてなど、たくさんのテーマについて話しました。私は最初、韓国語で話したり聞いたりすることに、自信がありませんでした。しかし、韓国人の学生のペアの相手がゆっくりと話を聞いてくれて、わからない韓国語があったら優しく教えてくれました。また、2つ目のタンデム学習の授業は「タンデムで学ぶ韓日文化」という、グループタンデムを受けていました。この授業は韓国人の学生2人と日本人の学生2人でグループを組んで日本語と韓国語を学ぶ授業です。この個人タンデムの授業とグループタンデムの授業では、体験学習というものがあり、釜山の色々なところに出かけました。この課外活動を通してお互いのことをより知ることができたり、釜山の色々なところに出かけることができたりして楽しかったです。韓国語の授業やタンデムの授業は、課題や中間テストと期末テストもありました。プレゼンテーションや筆記テストなどがありました。テスト前には、図書館で韓国人の友達や日本人の友達と夜遅くまで勉強をしていました。この大学の図書館は24時間営業でテスト期間になると、多くの学生が図書館で勉強をしていました。また寮は門限がありますが、テスト期間には門限がなくなり夜から朝まで図書館で勉強をすることができるようになります。
私は「のびのび」という、日韓交流サークルに入りました。このサークルは夜景を見に行ったり、ボードゲームカフェに行ったりして楽しかったです。このサークルでたくさん友達を作ることができて、休みの日に一緒に遊びに行ったりしました。また、このサークルにはスタディという、タンデム学習のようなものもあり、毎週木曜日に参加していました。
休日に、韓国人や日本人の友人と一緒に遊んでいました。休日には海雲台や広安里という、釜山外国語大学から少し遠くにある海に遊びに行ったり、放課後には釜山大学や西面に、韓国人の友人とご飯を食べに行ったりしました。釜山以外にも慶州というところにも、ルームメイトと一緒に行きました。慶州では新羅韓服を着て、慶州の街や歴史的建造物を見て歩きました。さらに大田というところにも、韓国人の友人に会いに行きました。大田にいる韓国人の友人は私が、2年生の春セメスターで履修していた、韓国語ハイパークラスのオンラインタンデム学習でペアになった人で、実際に会うことができてうれしかったです。
私はこの留学を通じて、3ヶ月半と短い期間でしたが、言語力も人としての成長もでき、自立する大変さも知ることができて良い経験となりました。留学中に支えてくれた家族や友人、学校の先生などにとても感謝しています。この経験は一生忘れずに、色々なところこの経験を活かしていきたいです。

経済学部は単位の認定がなく、就活時期とも被ることから、周囲に留学へ行く人がほとんどおらず、ほぼ全てを自力で準備しなければならない留学でした。地理学が好きで、所属が観光専攻であることもあり、世界各地の地形や気候、世界遺産などの観光地に興味がありました。建築物や文化など昔から憧れを抱いていたヨーロッパの歴史を、長期間の滞在を通して直接体感したいと考え、長期留学の制度を利用しました。
私は「英語を勉強すること」だけではなく、「長期」「ヨーロッパ」「英語圏」「語学学校ではなく大学」「TOEICスコア不要」という条件にこだわりがあり、これらすべてに一致した唯一の大学がリーズ大学でした。条件・希望・将来性の点で最も合致していたため、ここを選択しました。
日本を離れる前は、特にこれといった準備は何もしていませんでした。英語の勉強も将来就きたい職種の目安も全て明確な計画を持たないまま、「行けば何かしらの学びがあるだろう」と半ば勢いで出国しました。
いざイギリスに到着し授業に出席してみると、驚いたことに9割が日本人の学生でした。授業中のグループディスカッションの時間や休憩時間は日本語が飛び交い、イギリス在住の生徒も1人もいなかった為、残念ながら授業を受けるだけで自分の語学力・経験値を著しく向上させるには限界があるなと感じていました。
留学先でやりたい事・達成したい事などの細かいビジョンを持っていなかった為、何をしたらいいのかわからないまま時間だけが過ぎていき、焦る毎日でした。
そんな中で、私がやって良かったと思うことを3つ紹介します。
① キッチン・リビングなどをフラットメイトとシェアするタイプの寮を選ぶ。
② 毎週日曜の朝、キリスト教の教会へ行く。キリスト教関連のイベントに参加する。
③ 飲み友を見つける。
①私はホームステイではなく寮を選びました。8人1フラットで、全員国籍はバラバラでした。各々が違う第一言語を使うため、コミュニケーション法は英語しかありません。普段の挨拶やフラットでのルール決めなど、常にコミュニケーションを取ることは必要不可欠で、英語を使わざるを得ない環境でした。幸い私はフラットメイトに恵まれ、ハロウィンやクリスマス、誕生日などのイベントごとや、課題に取り組む勉強時間など、多くの時間を一緒に過ごしました。留学期間の最初から最後まで毎日会う友達なので、自分の英語の癖や会話力が成長したかどうかを初期と比較して客観的に教えてくれ、自分自身の伸びを感じることができました。初雪の日、夜中の3時に飛び起きて、みんなで雪合戦をしたのは一生の思い出です。
②イギリスではキリスト教(プロテスタント)を信仰する人が多くいます。毎週日曜日の礼拝では、地元の人が教会に集まり賛美歌を歌ったり聖書の朗読を聞いたりします。儀式というよりも心を整える時間に近い雰囲気で、クッキーと紅茶を囲みながらアットホームな雰囲気で初対面の人とも気兼ねなく交流することができました。礼拝後は地元の家族の家に招いてもらって、イギリスの家庭料理をごちそうになりました。街にイギリス料理を扱うレストランはほぼありません。イギリス料理を食べられる機会は少ないので、それも含めていい経験でした。
また、毎週水曜日の夜には学生向けのキリスト教に関するイベントがあります。毎週違う国の料理が振る舞われ、食べた後は各週のテーマに沿ったいくつかのお題について、約10分ずつ聖書を読みながらテーブルリーダーを中心にディスカッションをします。「なぜイエスは復活したのか?」「神とは何か?」など今まで触れたことのなかった内容についてネイティブの学生に優しく解説してもらいながらディスカッションを進めることができます。最終的に、みんなの仲が非常に深まり、私がイギリスを去る最後の週には全員が集まってお別れ会を開いてくれました。
宗教と聞いて初めは不安な印象を持っていましたが、どちらも全くそんなことはなく、地域コミュニティの中心として、すごく暖かい雰囲気の中でたくさんの人と交流できました。キリスト教徒ではない私をも快く歓迎してくれました。
③イギリスにはパブの文化があります。街にはたくさんのパブがあり、夜遅くまでオープンしています。リーズは学生の街で、夜中1人で歩いていても治安を心配に思うことはあまりありませんでした。私はクラスメイトの韓国人達と定期的にパブに集まり、たわいもない会話を楽しみました。異国の地で気の許せる友達とお酒を飲みながら談笑する時間はすごく支えになりました。注意点として、100%年齢確認されます。パスポート必携です。
3ヶ月間の留学期間を経て、リーズ大学ではもちろん、そこ以外にも日本ではできないことをたくさん経験できました。気候の違いや物価の高さなどに非常に苦労しましたが、どうにか策を探して勢いでも行って良かったと思いました。語学力の向上だけでなく、自分が何に興味を持ち、将来どのような道に進みたいのかを考えるきっかけにもなり、多くの発見と成長を得ることができました。

私は9月4日から12月14日までの約3ヶ月半の留学を終えました。成田空港で家族と別れ、トロントで乗り継ぎ、約20時間かけてプリンスエドワード島(PEI)に着きました。夜中に島に着いたため、初日はホストファミリーとあまり話すこともなく、すぐに眠りました。ルームメイトは私と同じ歳の日本人の女の子で留学の期間も私と同じでした。日本人と同じ家で留学生活を共にするのはとても心強く、彼女に何度も助けられました。
私のホストファミリーはマザー、ファザー、犬2匹に猫3匹でした。マザー、ファザーは仕事やホッケーの試合観戦などで家にいることが少なく、猫3匹と過ごすことが多かったです。ホストファミリーと話す機会はサパーの時間しかなく、毎日その時間にいかに習った英語を生かしていくか1人で勝負していました。家で過ごすルールは全く厳しくなく、干渉されない分、比較的自由に過ごしていました。1番苦労したのは食事面です。ホストファミリーは夕食しか用意してくれなかったので、朝は冷蔵庫から自分で食べ物を探してマフィンやリンゴを食べていました。学校のある日はお昼に毎回同じ具材のサンドイッチを自分で作って持っていくのですが、土日は食べるものがなく、よくルームメイトと外で自分のお金を使って食べることが多かったです。
PEIに着いて3日後から授業が始まりました。麗澤の日本人と同時期に関西外国語大学から日本人が約15人来ており、事前のTOEICやTOEFLのテストの結果でクラスがlevel5とlevel6に分けられていていました。私はlevel6に所属していました。Level5は日本人だけのクラスでしたが、level6は日本人数人に加えて中国人、ベトナム人、ブラジル人など様々な国籍の生徒と授業を受けるクラスでクラスの人数は約20人の少人数クラスでした。私のクラスの授業は全部で3つあり、月曜日から木曜日まではそれぞれ2つ、金曜日だけ1つ授業がありました。また週に1度アクティビティが日本人の留学生に用意されており、これも成績に入っていました。アクティビティではクリスマーケットに行ったり、PEIの観光地に行ったりと、PEIを知るための活動がほとんどで、自由行動が多かったので楽しかったです。
次に、私の学校がある日のルーティーンを紹介しようと思います。平日は7時15分に起き、朝ごはんを自分で用意して食べ、同時に昼ごはんも用意します。8時20分のバスに乗り、9時くらいに学校に着きます。バスは無料で乗れるので遊びに行く日などたくさんバスを使いました。しかし、バスの運転が少し荒いので車酔いのしやすい人は酔い止めなどを持っていくことをお勧めします。そして、9時半から1つ目の授業が始まり、11時15分に授業が終わります。次の授業は14時半から始まるので約3時間の空きがありました。私はその時間毎日1人で勉強していました。授業でわからなかった単語の復習やYouTubeを使ってListeningを鍛えていました。1人で過ごすのが好きだったのでこの空き時間は英語も伸ばせ全く苦ではなかったです。そして14時半になるとまた授業が始まり、16時半に2つ目の授業が終わり、バスを使って家に帰ります。家に着いたら少し休憩していつも18時頃にホストファミリーからサパーが用意できた連絡が入り、一緒にご飯を食べます。食べ終わったら19時から21時までの間にシャワーを浴び、その後また勉強して1日が終わります。毎日このような日を繰り返していました。
私が留学中に苦労したことは現地の友達を作ることです。3時間の空きコマに作ろうと毎日意気込んでいたのですが、声をかける勇気がなかなか出なく、とても苦労しました。しかし、ある日女の子が私に話しかけてきてくれて、勇気を出してインスタグラムを交換し、友達になることができました。彼女とはレストランに行ってご飯を食べたり、カフェに行ったりして今も連絡をとり続けています。友達を作ることは英語を伸ばすためにとても大切なことだと思いました。実際私は彼女からたくさんの英語を学びました。友達を作ると留学生活が一気に楽しくなるので少し勇気を出して声をかけ、友達を作ることをお勧めします。
9月は新しい環境に慣れるのに必死で1日がとても早く感じました。9月にテストはなく授業に慣れていくという感じでした。アクティビティでは赤毛のアンの家に行くなどPEIの観光地を主に巡りました。
10月の前半にテストやプレゼンテーションがあり、準備や勉強で忙しかったです。テスト後にはMidterm Breakという9日間の休みがあり、私はルームメイトとニューヨークに3泊4日で旅行に行きました。ニューヨークはPEIと全く雰囲気が違い、とてもいい経験になりました。帰りの飛行機を逃してしまったのですが、その時CAさんと翻訳機なしで状況の説明や次の便の手続きをすることができ、状況的には最悪でしたが、自分の英語力の成長を感じることができました。
11月にはまたテストとプレゼンテーションがあり、習ったユニットの復習テストやSustainabilityといった難しいテーマのプレゼンテーションを行いました。
11月の後半から12月の前半にかけて学期まとめテストが行われ、授業の内容だけではなくWritingのテストも行いました。Level5のクラスは12月10日まで授業がありましたが、私のクラスは12月5日までしか授業がありませんでした。帰りの飛行機が13日だったので約1週間暇な期間がありました。その期間にお土産を買ったり、最後の観光をしたり楽しく過ごしました。
PEIはとても小さい島でショッピングモールが1つしかありませんでした。しかし、自然がとても多く、10月頃には綺麗な紅葉が楽しめます。また大学内にはリスがいて自然が好きな人にはお勧めできる場所です。11月後半には雪が降り始め気温もマイナスが当たり前になるなどとても寒くなりますが、島全体が雪で白くなり、綺麗な雪景色を楽しむことができます。雨が多いので防水の靴や服を持っていくと外で歩きやすくなると思います。雨の日でも傘をささない人がたくさんいるのでフード付きの服もとても役に立ちました。
約3ヶ月半という短い期間で全てが私にとって初めての経験でした。不安なこともたくさんありましたが、とても効果的で有意義な素晴らしい経験をすることができました。この留学で得た知識や英語力を忘れずに次に活かし、もっともっと自分の英語スキルを高めていきたいと思います。

私はアメリカのマサチューセッツ州にある、フィッチバーグ州立大学に2025年9月から2026年の5月まで交換留学生として学びに行ってきました。正直なところ、想像以上に苦労したというのが本音です。その理由も含めこのレポートにまとめていきたいと考えています!
まず私がなぜフィッチバーグ州立大学(以降 FUS)に決めたのかについてお話しします。答えは簡単でした「交換留学って英語を学ぶんじゃなくて、 “英語で”学ぶんでしょ?カッコよくね!?」でした。軽いですよね(笑)。でもそのくらいで良いと思います。結局挑戦するのも苦労するのも自分自身です。完全アウェイの状態で生活することこそ留学の醍醐味だと思っているので、もし悩むんだったら迷わずGooooooですね。
今回のレポートは先ほど記載した通り、きつかったところからの成り上がりについてまとめたいと思います。夢ばかりじゃないからこそ留学の本当の価値があると感じました。このレポートが、これから留学に行く方、留学を迷っている方、そして今まさに現地で壁にぶつかっている方の力になれば嬉しいです。
まずは、私の当時の英語力についてお話しします。振り返ってみると英語が出来なさすぎてよくやったなというのが正直な感想です。9月中旬から授業がはじまり、初めての授業では8割の授業内容を理解できませんでした。これが最初の大きな壁でした。聞き取れず聞き直したとしても聞き取れないからわかったふりをする。そういった日々が1ヶ月ほど続きました。何をすれば良いのかも分からず、人に相談してもその説明すら十分に理解できない。そんな負の連鎖が続いていました。このような日々想像できますか?今の僕にはできませんね(笑)。1ヶ月経ってから授業の流れがわかったので最低限ついていけましたが、それでも英語が出来たというより、慣れたという感覚に近かったです。必死に食らいつき続けた結果最終的には前期セメスターで満足のいく成績を収めることができ、自分なりに責任を果たせたのではないかと思っています。
二つ目の大きな壁は、「英語の成長を実感できないこと」でした。
留学前から、「半年ほど現地で生活すると英語が聞き取れるようになり、一気に上達する」という話をよく耳にしていました。しかし、6か月が経った頃の私は、そのような成長を実感できていませんでした。
その現実に直面したとき、初めて大きな挫折を味わいました。
英語ができないことは分かっている。でも何を勉強すれば良いのか分からない。単語なのか、文法なのか、それとも会話での瞬発力なのか。やるべきことが多すぎて優先順位も分からず、精神的にかなり落ち込んだ時期がありました。
実際、麗澤大学から留学していた友人4人に「英語どう?俺、全然伸びてなくてしんどい!」と相談してしまうほどでした。
そんな時に支えてくれたのが、FSUで出会った友人でした。その友人には本当に感謝しています。
発音の例を挙げると、「Vanilla」です(笑)。意外と難しいんですよ。
その友人は、私の発音が正しくなるまで何度も指摘してくれました。当時は正直かなり大変でしたが、今振り返ると、その時間こそが最も成長につながった時間だったと思います。
私は留学前、「英語は伝わればそれで良い」と考えていました。しかし実際には、簡単な単語であっても発音が少し違うだけで全く別の単語として認識されてしまいます。
発音の重要性を理解すること、そしてそれを日々意識して実践し続けること。この壁を乗り越えることこそ、私にとって最も難しく、そして最も価値のある経験だったと感じています。
留学生活は苦しいことばかりではありませんでした。ここでは、私が留学の魅力を強く感じた出来事を一つご紹介したいと思います。
みなさんは、アメリカのクリスマスにどのようなイメージをお持ちでしょうか。
日本では恋人と過ごしたり、友人と集まったりするイメージがありますが、私がアメリカで出会った人たちの多くは、クリスマスを家族と過ごしていました。
私自身も冬休みの間、ホストファミリーと一緒に過ごさせていただきました。
正直なところ、私は途中から加わった留学生ですし、クリスマスプレゼントをいただけるとは全く思っていませんでした。
しかし迎えたクリスマス当日、ホストマザーは「あなたにもプレゼントをたくさん開ける喜びを味わってほしい」と言ってくださり、たくさんのプレゼントを用意してくれていました。その言葉を聞いた瞬間、本当に驚きました。同時に、自分が家族の一員として受け入れてもらえているような気持ちになり、とても嬉しかったことを覚えています。
ホストファミリーは私を本当の家族のように接してくださり、異国の地で家族の温かさを感じることができました。この経験は、私にとって留学生活の中でも特に忘れられない思い出の一つです。
最後に、私がどのように英語と向き合うようになったのかについてお話ししたいと思います。私が本格的に英語学習に向き合うようになったのは、冬休みが終わってからでした。正直、2か月目から冬休みまでは精神的にかなり落ち込んでいた時期だったと思います。
FSUには「Tutoring」という制度があります。授業についていくのが難しい学生に対して、先輩学生がサポートをしてくれる素晴らしい仕組みです。
私は当初、英語学習のために利用していましたが、実際には少し成り行きで始まりました。友人がTutoringのサポート側をしており、私の英語学習への意欲を見て、「毎週金曜日に英語を教えてあげるよ」と声をかけてくれたのです。
しかし最初は正直、行きたくありませんでした。英語が話せない、聞き取れないという不安や恐怖が強く、その時間がとても苦しく感じていました。
それでも続けていくうちに少しずつ変化が生まれました。2か月ほど経つ頃には、自分から積極的に参加するようになり、英語への苦手意識も徐々に薄れていきました。
最終的にはその友人と一緒にショッピングへ出かけたり、なぜか韓国料理をご馳走してもらったりするほど仲良くなりました。英語力が急激に向上したわけではありませんが、英語への恐怖心や人との間に感じていた壁は確実になくなっていたと思います。
現在も流暢に話せるわけではありません。しかし留学を通して、自分に足りないものや今後取り組むべき課題が明確になりました。日本に帰国した今も、留学で学んだことを忘れず、一歩ずつ成長していきたいと思っています。
では最後に、皆さんにお伝えしたいことが二つあります。一つ目は英語学習についてです。
私は留学前、「英語は結局言語だから伝われば良い」と考えていました。今でもその考え自体は間違っていないと思っています。しかし留学を通して気付いたのは、その言葉には大きな前提があるということです。それは、発音が相手に伝わるレベルで正確であることです。
実際、私自身も簡単な単語だと思っていた "Vanilla" がなかなか通じず苦労しました。単語や文法の知識ももちろん大切ですが、発音が少し違うだけで全く別の単語として認識されてしまうことがあります。特にアメリカ東部では、日本人が少ない地域も多く、日本語訛りに慣れていない人も少なくありません。そのため、これから留学を考えている方には、発音練習にも力を入れることをおすすめします。
二つ目は留学そのものについてです。これはあくまで私個人の考えですが、留学は挑戦する価値のある経験だと思います。もちろん費用や将来への不安など、簡単に決断できるものではありません。しかし、学生という立場だからこそ得られる経験や出会いがあります。
私自身、この留学で英語力だけでなく、自分の弱さと向き合うこと、苦しい状況でも諦めずに続けること、そして人に頼ることの大切さを学びました。正直、留学生活は楽しいことばかりではありま
せんでした。むしろ苦しい時間の方が長かったかもしれません。それでも振り返ってみると、あの苦しい時間があったからこそ今の自分があると感じています。
もし今、留学に行くか迷っている人がいるのであれば、ぜひ一歩踏み出してみてください。きっと想像以上に大変です。でも、それ以上に得られるものも大きいと思います。
最後までレポートを読んでいただき、ありがとうございました。皆様の今後のさらなるご活躍を心よりお祈り申し上げます。

私は5週間、オーストラリアのゴールドコーストという場所にある、ラングポーツ語学学校へ留学に行きました。今回の留学は私にとって初めてのもので、ホームステイを通してオーストラリアのライフスタイルを学ぶことができました。大学入学前から、留学に行きたいという思いがあり、積極的に説明会に参加し、経験者である先輩や友達から話を聞き、オーストラリアへ留学することを決意しました。海外には何度か旅行で訪れたことがありましたが、5週間という長期間、異国の地で、見ず知らずの人と生活することには少し不安もありました。しかし、私はとてもフレンドリーなホストファミリーに恵まれ、快適な生活を送ることができました。この留学を通して得た様々な体験を紹介します。
私がオーストラリアに到着してすぐ感じたことは、「暑い!」ということでした。日本は真冬で、私は長袖を着て飛行機に乗っていたため、到着後はすぐ半袖に着替えたくなりました。日本は湿気が多くじめじめしていますが、オーストラリアの気候は乾燥しており、比較的過ごしやすく感じました。空気もカラッとしていて気持ちよく、気温の割には快適な日が多かったです。到着後1週間は良い天気が続いていましたが、その後、なんと50年ぶりに、サイクロンがゴールドコーストを直撃しました。強風と豪雨に見舞われ、学校は休校、バスやトラムは計画運休となりました。
特に驚いたのは、私のホームステイ先で停電が発生し、1週間も電気のない生活を送ることになったことです。電気が使えないため、ろうそくや懐中電灯の明かりを頼りに過ごし、シャワーもお湯が出ず、冷水のみでした。家がガスコンロだったため、なんとか料理はできましたが、インターネットも使えず、不便な日々が続きました。日本では長期間の停電を経験したことがなかったので、この復旧の遅さには驚きました。バスやトラムも数日間運休していたため、徒歩で1時間以上かけて学校へ行くこともありました。サイクロンの影響で砂浜が削られ、海にはしばらく入ることもできませんでした。学校では、休校になった授業を午後に振替で行ってくれました。この期間は辛かったものの、とても貴重な経験になりました。自然災害の中でも冷静に行動し、生活する力が身についたと思います。
一週間後の週末には、友達と一緒に1泊2日でシドニー旅行に出かけました。念願だったオペラハウスやハーバーブリッジ、ロックスのマーケット、シドニー湾のディナークルーズを楽しみました。クルーズでは夕焼けをバックにオペラハウスやブリッジの写真を撮ることができ、素敵な思い出になりました。海から見るシドニーの街並みはとても美しく、日常では味わえない特別な時間でした。翌日は、早朝にホテルのプールで泳ぎ、その後は、有名なボンダイビーチで海水浴やショッピングを楽しみました。短い滞在でしたが、計画的に動いたおかげで、大満足の旅行となりました。
ホームステイでは、お父さん、お母さん、娘さん、娘さんの彼氏、犬、猫、そしてブラジル人の女の子と一緒に暮らしました。特に厳しいルールはなく、快適でした。朝食は自分で準備し、昼食は持参したり、日本から持ってきたカップヌードルを食べたりして、節約しました。夕食は毎晩手料理をいただき、とても美味しかったです。家の鍵も渡されていたので、帰宅時間も自由でした。ホストファミリーはとても親切で、困ったことがあればすぐに助けてくれたので、安心して毎日を過ごすことができました。同居していたブラジル人の女の子とはとても仲良くなり、学校の初日には彼女が校内を案内してくれました。毎朝一緒に登校し、夜には「TimTam Time」と称してお菓子を食べながら、恋バナや映画の話をしたのも楽しい思い出です。彼女とは今でも連絡を取り合っており、またいつか会いたいと思っています。その後、ニューカレドニア人の男の子や、帰国前日にやってきたスイス人の女の子とも出会い、計3人のホームメイトと交流することができました。異なる文化や価値観に触れながら生活する中で、自分の視野も大きく広がりました。英語でのコミュニケーションが自然にできるようになり、語学力の向上も実感できました。
ラングポーツ語学学校は、バスで約20分の場所にありました。最寄りのバス停は1時間に1本と少し不便でしたが、徒歩で通学することも可能でした。初日に行われたレベル分けテストにより、自分の英語力に合ったクラスで学ぶことができ、ついていけないという不安はありませんでした。私はボキャブラリーの授業を選択し、カンバセーションクラスも受講しました。毎週月曜日にはテストがあり、8割以上の得点でクラスが昇級する仕組みです。金曜日には卒業式があり、盛大に盛り上がります。私は人と話すのが好きなので、積極的にクラスメイトと交流し、多くの友達を作ることができました。授業の雰囲気は和やかで、先生も優しく、分からないところは丁寧に教えてくれました。
学校では無料・有料含めさまざまなアクティビティが用意されており、私はコアラを抱っこして写真を撮ったり、カンガルーやクロコダイルを見られるCurrumbin Wildlife Sanctuary、水族館兼テーマパークのSea Worldでショーやアトラクションを楽しんだり、サーフレッスンにも参加しました。クラスメイトたちとBBQをしたり、友達の家のプールで遊んだり、Pubやナイトクラブに出かけたりと、充実した週末を過ごしました。また、小学校のころからの友達ともゴールドコーストで再会し、ブリスベンへは一人旅にも出かけました。二宮和也主演のドラマ『ブラックペアン』の撮影地である、クイーンズランド州内のロケ地も訪れ、ファンとしてとても嬉しい体験でした。自由時間も多く、自分で計画して行動することが多かったため、自主性や判断力も身についたと思います。
最初は不安だった留学生活も、5週間はあっという間に過ぎてしまい、もっとオーストラリアにいたいという気持ちが強く残りました。同時に、自分の語学力がまだまだであると痛感し、今後さらに英語の勉強に励みたいという意欲も湧きました。必ずまたオーストラリアに行きたいと思います。この5週間で得た経験や出会いは、私の人生においてかけがえのない財産です。これからもこの留学経験を大切にし、さまざまな場面で活かしていきたいです。

本当に行って良かったし、この決断をしたことが正解だったと胸を張って言えます。人生で1番の経験、景色、出会い、思い出がそこには信じられないくらい沢山ありました。自信を持ってこの留学プログラムを全ての人にオススメしたいし、もう一度この留学プログラムが今後あるのなら、また挑戦したいという気持ちにさせてくれる、そんな留学でした。
この留学を知ったのは、麗澤大学の留学フェアに友人が誘ってくれたからです。元々留学に興味はあったものの、高いお金がかかるし、色々な面での怖さもあり、行動には移せていなかったので、話だけでもと思い、参加しました。そこで、このセブ島留学プログラムを知り、他の留学プログラムよりも挑戦しやすい価格であるということ、マンツーマンのレッスンが主流であるということ、そして期間が1ヶ月であること、特にその3点が決め手となり、この留学に行くことを決めました。初めての海外、初めての留学ということもあり、自分で行きたいとは言っていたものの、楽しみより不安な気持ちや怖さが圧倒的に大きかったです。この留学では、自分自身の『結局口だけ立派な部分』だったり、『言うだけ言ってちゃんと行動に移せない意思の弱さ』を本気で変えたくて、自立したくて、分からないことは100%理解できるまで担当の方に聞いて、留学へ行く前からしっかりと準備をしてきました。ちゃんと意味のある留学にしたかったので、留学へ行く理由、留学へ行って学びたいこと、留学中の目標などをしっかり決めてノートに書き、留学に備えました。
ついに出発日、空港に着いて、同じ麗澤生たちの顔を見て、楽しみな気持ちと、ちゃんと意味のあるものに出来るか不安な気持ちが混ざっていたような感情でした。セブについて初日、正直に言うと「帰りたい。」この気持ちがほとんどを占めていました。新しい環境が慣れなかったり、ご飯や匂いが体に合わないと感じることが多かったりと、やはり日本との生活の差を感じてしまっていたからです。他にも、現地の方や先生が何を言っているのか聞き取れないことが多く、それがとても悔しかったです。でもそんなマイナスな気持ちで、ただただ「どうしよう、やだ帰りたい。」などと思っても何も意味が無いと思ったので、私は改めて“なぜこの留学に来たのか”をノートに書いていた自分の考えを見て考え直し、留学中のルーティンをいくつか考えました。それは、毎日何にいくら使ったのかをレシートを貼ってまとめること、1日の授業でやったことを毎日30分以上は絶対に復習をすること、毎日英語と日本語で日記を書くことなど、とにかく自分をこの留学で成長させるために出来ることを自分自身で考え、沢山行いました。そうしてフィリピンでの生活をしていく日が多くなるにつれ、フィリピンの方たちの温かさ、日本には無いフィリピンの良さなどに気づくようになりました。例えば、近くのサムギョプサル屋さんにはスタッフの数が日本と比べ物にならないほど多くいたので、記念に写真を撮りたいと思い、会計の際そのことを伝えました。すると、誰1人躊躇することなく、写真1枚のために皆が盛り上がってくれました。日本では、まず周りの上司やお客さんの目を気にして、すぐにそんな対応はできないと思います。その丁寧さが日本のいい所かもしれませんが、逆にこのフレンドリーであたたかいところがフィリピンの良さだと感じました。
次にQQEnglishの良さについてお話します。まず、先生が面白くて優しく、授業が全て充実していて、楽しかったです。マンツーマンの授業では、分からないことがあった時に質問すると、絶対分かるようになるまで細かく教えてくれます。また、自分の学びたいことが何かを伝えると、それに沿った授業をしてくれます。私はコミュニケーションスキルを上げたかったので、それを伝えたところ、フリートークなどを踏まえた授業にしてくださいました。グループレッスンでは、私の担当だった先生はどちらも明るい先生で、どのトピックでも毎回とても楽しい授業でした。私のグループは、同じ大学ではない方とも一緒だったのですが、先生がフレンドリーで明るかったおかげで、同じ大学でない子とも仲良くなり、楽しく授業を行うことが出来ました。
授業以外の面に関して、カフェテリアのご飯は日本食に似たものがほとんどを占めていて、とても美味しかったです。特に月曜日の朝ごはんのラザニアとパンケーキがとてもおいしいので、毎週月曜日の楽しみでした。オススメです。お風呂のシャワーもあたたかく、カプセルでの生活もとても快適でした。14階にあるコモンスペースでは、勉強をするだけでなく、色々な方との出会いの場所でした。同じ日本人でも出身地が違っていて、話が盛りあがったり、違う国籍の方と話したり、コモンスペースがあったからこその出会いが多くあったので、感謝しています。そしてQQEnglishでは、多くのイベントがあって、それも新しい出会いや経験の1つで、とても楽しかったです。1ヶ月のみの留学でしたが、卒業式では、お世話になった先生からのメッセージ、楽しいゲームなどがあり、皆が盛り上げてくれてとても感動したし、改めてQQEnglishに来てよかったなと実感しました。
この留学へ行く前、学校の説明会での話や私の両親、インターネットには、「フィリピンは危ない」「スリに気をつけて」などの言葉がありました。ですが、1ヶ月フィリピンに行って私が実際に感じた、実際に自分の目で見た感じた経験や景色は、全然そんなことは無かったです。街の方が気軽にすれ違う度に話しかけてくれる、SNSや周りの人が言っていた話とは全然違って、優しく迎え入れてくれるような、本当に温かい国でした。そこで学んだのは、SNSや周りの人の言葉を信じるよりも、やはり実際に自分の目で見て、体で心で感じた自分自身の考えや経験を信じるべきだということです。それは、他の人の話を聞かない、信じないということではなく、自分の強い意志を持っておくことが大切だということです。それをこの留学で学ぶことが出来ました。この留学で、ロシア・ベトナム・ウクライナ・韓国・台湾・アルゼンチン・香港などの色々な国籍の方との出会いを通し、もっと色々な国々に興味を持つようになりました。この留学に来ていなかったら、見られなかった景色、出会えていなかった人たち、感じることの出来なかった感情が沢山ありました。新しい出会いがあるのが、初めましての人と話すのが、ただ道を歩いてるだけなのに「Japanese?」から始まるあのコミュニケーションが好きで、たった1ヶ月だけかもしれないけれど、その全てが私を大きく変えてくれました。飛行機でたった5時間飛んだだけで、こんな新しい世界があるということをとても興味深く思ったし、もっと色々な世界をこの目で見て、実際にもっと色々感じたいと思いました。
この留学を経て、たった1ヶ月だったかもしれないけれど、本当に世の中には沢山の人がいて、色々な人がいて、それぞれに個性があり、個々の考えを持っているということに改めて気づくことが出来ました。留学に行かせてくれて、日本からずっとサポートしてくれていた両親への感謝の気持ちや、留学したからこそ学べたこと、他の全てのこともしっかりと胸に刻んで、今のこの熱い気持ちを忘れずに、この先生活していきます。この留学は、間違いなく私の人生で一番濃くて、迫力があって楽しくて、沢山の出会いが嬉しくて、別れがすごく悲しくて、素敵な経験ができた1ヶ月になりました。素敵なきっかけをくれた全ての人に感謝をしたいです。ありがとうございます。またいつかどこかで、皆に出会えますように。

【初めに】
私がセブ留学に参加することを決めたのは、募集が延長されたときでした。元々興味はあったものの、締切が迫っていて一人で行く勇気がありませんでした。しかし、応募期間が延びたことを知り、友達を誘ったところ、彼女も行きたいと言ってくれました。これは英語を伸ばす絶好のチャンスだと思い、友達と一緒に応募することにしました。
【渡航前準備】
渡航までの準備は思ったより大変でした。まずは必要な書類を揃えることから始まりました。航空券の支払い、海外保険の加入、レベルチェック、パスポートの取得、eTravel登録など、やることは山ほどありました。特に今回が初めての海外渡航だったので、しっかりとお金を支払えているか、必要なものが欠けていないか、とても不安でした。また、留学前に大学で受けたTOEICの結果は、点数は前回より上がっていましたが、他の学部の子と比べるとかなり低いものでした。このままだとまずいと思い、少しでも留学先で話せるよう、出発前に英語の復習をしました。特に英単語の学習に力を入れました。
【到着と初日】
初日の集合時間が始発で間に合わない時間だったため、前日の夜に友達と合流し、そのまま朝一緒に成田空港へ向かいました。フライトは約4時間半で、音楽を聴いたり、友達とおしゃべりしたりしているうちにあっという間に到着しました。空港ではガイドの方が迎えに来てくれていたので、初めての土地での不安が少し和らぎました。空港から寮までのバス移動中、周りの風景に目を奪われました。見慣れない住宅や野良犬、ヤギ、牛などの動物、そして現地の人々の姿があり、とてもわくわくしました。
QQEnglishに着くと、早速飲み物を買いにカフェへ行きました。初めは英語での注文の仕方がわからず、指差しで注文しましたが、店員さんが優しく教えてくれたおかげで、無事に購入できました。お金もペソだったので、何度か店員さんに助けてもらいました。
1日目の夜には、同じ大学の女子で顧問ルームに集まり、顔合わせをしました。一人一人自己紹介をしながら交流を深めました。初対面の人がたくさんいて、とても緊張したのですが、話しかけてくれる人や面白い話をしてくれる人がいて、すぐに和むことができました。皆さんとても温かく明るい方ばかりで、これからの生活がとても楽しみになりました。
【授業内容】
2日目から授業が始まりました。授業は1対1の形式とグループワークがあり、すべて英会で行われました。QQEnglishでは、多様なカリキュラムが用意されており、ビジネス英語、日常会話、基礎英語などが選べます。私は基礎英語を学びました。授業は非常に充実していて、先生方は熱心で親しみやすい方ばかりでした。彼らの指導のもと、日々の学びが楽しく、あっという間に時間が過ぎていく感覚がありました。特にマンツーマンのレッスンでは、自分のペースで学ぶことができ、疑問点をその場で解消できるのがとても良かったです。講師はとてもフレンドリーで、私の緊張を和らげるために話しやすい雰囲気を作ってくれました。自己紹介の後、趣味や仕事について話すことで、英語でのコミュニケーションに自信を持つことができました。授業を重ねるうちに、授業に関係ない会話が増え、会話の重要性や海外の人に自分の英語が伝わる嬉しさを実感しました。その結果、授業がますます楽しくなりました。グループワークでは、同じ大学の人たちと英語で会話したり、身体を使って表現したりすることで、交流を深めることができました。
【友人との交流】
QQEnglishでの生活を通じて、多くの友達ができました。他大学の学生やタイ人、台湾人、ベトナム人、中国人、韓国人など、普段交流できない人たちとたくさんお話することができ、貴重な体験をさせていただきました。みんなで韓国料理を食べに行ったり、TOPsというとても綺麗な場所に行ったり、みんなでTikTokを撮るなど、今までにない国際交流を楽しむことができました。特に、アンジョワールド、シラオガーデン、カワサン、そしてジンベイザメツアーは、セブ留学の中で素敵な思い出として心に残っています。ジンベイザメツアーでは、朝の2時に寮を出発し、バスでオスロブまで向かいました。初めて生で見るジンベイザメの迫力に圧倒され、一緒に海を泳ぐという新鮮な体験に心が躍りました。海から上がった後は、車でカワサンフォールズへ移動しました。カワサンでの思い出は、まさに冒険に満ちた素晴らしい体験でした。まずはジップラインを楽しみながら下山し、その後は川を歩いたり、崖からジャンプしたり、みんなで仰向けになって連なり、川に流されるという普段では味わえないアクティビティに挑戦しました。崖のジャンプは4メートル、7メートル、10メートルと段階的に高くなり、最終的に10メートルから飛び降りた瞬間には「もう何でもできる!」という自信が湧いてきました。自分の成長を実感できた瞬間でもありました。また、地元の人々とも触れ合い、彼らの温かいおもてなしを感じることができたのも、良い思い出の一つです。
【自己成長】
4週間の受講を経て、私の英語力は向上しました。たった1ヶ月間で、スピーキングは会話が成り立つ程度になり、特に毎日英語を聞いていたことでリスニング力も以前より向上しました。また、授業中の先生との英会話を最大限に活かし、短時間で効率的に学ぶことができたと感じています。この研修を通じて、言語スキルの向上だけでなく、自己成長も実感しました。最初は不安や緊張が強かったですが、積極的に行動することで少しずつ自信を持てるようになりました。特に、グループワークでの英語でのディスカッションを通じて、自分の意見をしっかり伝える力が身についたと感じています。また、ある1人の先生から英語の本をいただきました。その本のタイトルは「The Strength In Our Scars」で、自己の経験や感情を通して、傷や困難が私たちの人生にどのような意味を持つのかが書かれた一冊です。私は、先生がこの本を私に贈ってくださった理由をしっかり理解し、英語の勉強も兼ねてこの本を大切に読もうと思います。
【最後に】
QQEnglishでの体験は、私にとって非常に有意義なものでした。英語力の向上だけでなく、異文化理解や自己学習の大切さを学ぶことができました。異なるバックグラウンドを持つ人々とコミュニケーションを取ることで、柔軟な思考が育まれました。また、多国間交流を通じて、交流を続けていきたい友達や貴重な思い出をたくさん作ることができました。これからも英語学習を続けていく中で、QQEnglishでの経験を活かし、さらなる成長を目指していきたいと思います。セブ島での短期語学研修の経験は、私にとってかけがえのない宝物です。麗澤大学18名、このメンバーで行けて本当に良かったです。ありがとうございました。

私は2025年3月、台湾の国立屏東大学で日本語の教育実習に参加しました。今回は麗澤大学からの実習生が私1人だけでした。1か月間も海外で生活することは初めてのことだったので、不安な気持ちもありましたが、現地の学生とたくさん交流できるチャンスだと思いました。実際に行ってみると、現地の先生や学生たちがとても温かく接してくれました。
授業外の時間も日本語学科の学生たちと関わることが多く、台湾に到着してすぐに学生が夜ご飯に誘ってくれました。空港に迎えに来てくれたバディと私以外に1人だけいる別のキャンパスの日本人留学生とみんなで行きました。初日から声をかけてもらえて安心したし、日本人の留学生とも仲良くなれて、その後も一緒にご飯を食べに行くようになりました。日本語学科の学生はとても親切で、初めて行く教室に案内してくれたり、食事に誘ってくれたりしました。私が1人で火車に乗る時、電車の乗り方を教えてもらったこともありました。大学の外で会った時も「西村さん、こんにちは。」と声をかけてくれる学生が多く、とても嬉しかったです。別の学科向けの授業に行った時も1人でいると声をかけてくれ、その授業について教えてくれる学生もいました。
授業の内容は日本語の説明が多く、私でも理解しやすかったです。ほとんどの授業を学生の席で一緒に受けて、グループワークや会話練習をしたり、テストを解いてみたりしました。日本人の実習生として、みんなの前に出て教科書を読んだり、学生の発表に対してフィードバックしたりすることもありました。元々は日本語の授業の内容や教え方を学びに行くものだと思っていましたが、日本語の授業というだけでなく、台湾の学生とのコミュニケーションの取り方にも関心を持ちました。日本語を教えるということは、多くの場合日本人ではない人を相手にするので、日本人の感覚で授業やグループワークをすると、スムーズに進まない可能性があると感じました。後半になると教壇実習が2回あり、自分で教案を考えて、先生として1コマ分授業をしました。2回とも1年生の授業で、内容は文法でした。国際学科の授業でもよくプレゼンはしますが、いつもグループで準備して話す時間も数分なのに対して、1回で50分以上の授業を作らなくてはいけないので、スライドもたくさんのページ数を用意しました。当日はとても緊張しましたが、学生たちはみんな協力的で、私が問いかけると積極的に答えてくれたので、安堵しました。実習の前には先生に相談する時間を取っていただいて、授業の流れや重要なポイントを教えていただきました。教壇実習以外にも、困った時は先生方にたくさん相談に乗っていただきました。
教育実習の内容は屏東大学の授業だけでなく、先生に現地の幼稚園や高校にも連れて行っていただき、授業を見学するだけでなく、発表を聞く機会もありました。訪問した幼稚園は日本語や英語の教育がされていて、園児たちは中国語を使わずに先生や友達とコミュニケーションを取っていました。また、みんな日本語と英語の名前があり、先生に呼ばれるときもその呼び方だったので驚きました。幼稚園生たちの授業を一通り見学した後、男子校の学生との交流がありました。少人数のグループに分かれて自由に会話をしました。私たちのグループでは、お互いに日本語と中国語・台湾語を教え合いました。高校生たちは英語もとても上手に話していて、全体的にコミュニケーションを取りやすかったです。別の日には、高雄にある高校で、日本語学科の学生のプレゼンを聞きました。とても長い日本語の台本を覚えていて、質疑応答もしていたことに感心しました。
滞在していた場所は4人部屋の寮で、私以外の3人はみんな台湾人の学生でした。3人ともとても優しくて、寮生活で必要なことについて教えてくれたり、生活に必要な物を貸してくれたりしました。彼女たちは日本語学科の学生ではなく、日本語を話さないので、会話する時はまず中国語で話して、お互いに上手く伝わらないと英語にしてみたり、翻訳機を使ったりしました。しかし、私は中国語を勉強していて、せっかくの機会なので、頑張ってできるだけ中国語で話すようにしました。私は中国語専攻ではなく、中国語の授業は週に何時間かしか受けていませんが、自分の持っている知識でなんとか考えつく言葉を使い、言いたいことが伝わった時や相手の言ったことがわかった時は、毎回嬉しかったです。私は普段、麗澤大学には実家から通っているので、寮で生活することも初めてでした。慣れない環境で、授業を受けながら自分のことは自分でやらなくてはいけないし、洗濯やシャワーは使える時間が決まっているので、その時間に合わせて行動することが私にとっては大変でした。ごみ捨て場にはたくさんのごみ箱があり、分別のルールが決まっていました。また、洗濯機・乾燥機は、どちらも1回10元かかり、両替機がないので、いつも洗濯用の10元硬貨を確保することに必死になっていました。どうしても用意できなかった時、寮の入り口の自動販売機で何か買ってお釣りを使おうと考えて行ってみると、自動販売機も小銭しか入らず困っていましたが、受付の職員の方に両替してもらって洗濯機を回すことができました。受付の方たちもとても親切で、寮の中を案内してもらったり、タクシーを呼んでもらったりしました。
スケジュールは授業でびっしりと埋まっているわけではなく、1日1コマの日や全休の日もありました。授業が忙しすぎないおかげで、部屋でゆっくり休んだり、屏東大学でできた友達と出かけたりしやすかったです。土日休みは、日本語学科やバディの学生に案内してもらい、遊びに行くこともありました。屏東ではたばこ工場跡地の博物館や勝利星村という観光地に連れて行ってもらいました。私の行きたいところやみんなのおすすめのお店などたくさんの場所に行くことができました。先生にも食事に連れて行っていただいたりおすすめの場所を教えていただいたりしました。屏東だけでなく、高雄や台南の観光をした日もありました。普段は利用しない火車に乗って移動しました。目的地に到着すると、屏東とは違う雰囲気で、観光地らしさがありました。高雄では日本語を話す観光客を見かけることも多く、お互いに写真を撮り合ったりしました。屏東ではほとんど日本人と接する機会がないので、少し安心感がありました。高雄出身の友だちとお店で買い物をしたり、人気の飲食店を巡ったりしました。記念にプリクラも撮りました。台南までは1人で行きましたが、北部に住んでいる台湾人の親戚と合流して、色々な場所を案内してもらいました。有名な建築物を見たり、おしゃれなカフェでスイーツを食べたりして、普段会えないお互いの家族の話もしました。台湾の親戚たちは遠くに住んでいて中々会えないので、休日を合わせて会うことができて嬉しかったです。
私は今回の教育実習で、いつもより多くの日本語の授業を受け、日本語教育について考え、今まで以上に日本語教育に関心を持つようになりました。将来、日本語を教える職業に就くことも視野に入れて、今後の大学生活ではもっと日本語の授業を取ってみようと思いました。1か月間台湾で過ごしてみて、絶対にまた台湾に行こうと思いました。

2025年3月9日から22日の2週間で開催された淡江大学春期中国語研修に参加しました。きっかけは専攻の先生から紹介で、同じ専攻の友人も行くと聞いたので参加を決めました。今回の留学について、私は2年次の目標である台湾長期留学に向けての前勉強程度の気持ちで臨んでいました。説明会の時点でも、旅行に毛が生えたくらいと聞いていたので、かなり軽い気持ちで参加しましたが、想像以上の経験を得ることができました。そんな2週間で私が体験したこと、感じたことについて書いていこうと思います。
まず留学までのおおまかな流れとして、12月頭に留学の申し込みと航空券の予約をし、2回の説明会に参加、クラス分けのオンラインテスト、そして出発日の数日前から生活や気候など予想のつかない中、パッキングを始めました。幸い、麗澤大学からは1年生7人での参加だったので、お互い協力しながら準備をすることができました。当日は朝早い便だったので、前日から羽田空港で待機し、そして特に問題なく、4時間ほどで台北松山空港に到着しました。到着後は空港内のカウンターで寮に支払うお金と、自分たちで使うお金を両替しました。両替後、私たちは自分たちで空港から寮まで行く必要がありました。そのため、地下鉄で寮の最寄り駅まで向かいました。地下鉄のシステムにおいては、日本と大きな差はなかったので分かりやすかったです。寮は駅から歩いて10分ほどで到着して、すぐ入寮等の手続きをしました。手続きの担当は、この留学中に私たちを支えてくれる4人のカウンセラーさんだったのですが、全員日本語を話すことができたので、個人的にとても心強かったです。また、駅や街中の看板に日本語が書いてあったりするので、日本人にとって台湾はとても有り難い環境であると感じました。そのおかげもあって、到着してから中国語を一切話さずとも入寮の手続きまで終えることができました。
次に授業についてです。到着した翌日の午前中、クラス分けテストとして、淡江大学の先生と中国語で5分程の口頭試問を行いました。口頭試問とはいってもフランクな雰囲気で、ほとんど雑談のような印象でした。この口頭試問と出発前に受けたオンラインでのテストでクラス分けがされたのだと思います。その後、お昼を挟んでから早速クラスごとに分かれて、顔合わせと自己紹介がありました。クラスは参加者50人を4つのクラスに分けていて、それぞれのクラスに先生とカウンセラーさんがつきます。そして本格的に授業が始まったのは次の日からで、平日は毎日9時から17時まで中国語の授業を受けます。日によって午後の授業内容は文化授業になったり、台北観光だったりと変化はあるのですが、基本的に座学の授業があればずっと中国語漬けでした。そして個人的な意見として、私が入ったクラスのレベルはかなり高く、先生は補足以外で日本語は話さないうえ、既に基本的な会話はできるという人が多く、正直なところプレッシャーが大きかったです。今まで大学に入ってから1年間、自分なりに勉強してきたつもりでしたが、実際に話すとなるとさまざまな問題点が見えてきて、勉強の足りなさを実感しました。ただ、先生もクラスメイトも誰かが困っていたら、解決するまで寄り添ってサポートしてくれるので、このような不安に思う点は日が経つごとに減っていって、修了式の日には、このクラスに入ることができて良かったと思えるようになりました。また、授業の細かい内容として、話す力を試すことが多かったです。台湾での経験談やこれからやりたいこと、自分の将来についてなどを書き出して、みんなの前で説明するという内容は毎日取り組んでいました。その他には、先生から台湾で有名な音楽などを教えてもらったり、Kahootを使って遊んだりと授業において堅い雰囲気になることは一度も無かったです。そして、前に少し書きましたが、午後の授業は曜日によって内容が決められていて、火曜日と木曜日は文化授業が行われます。台湾伝統の提灯や京劇の面、ちまき香包などを作りました。水曜日は、カウンセラーさんたちが考えてくれたプランで台北巡りをします。私たちは博物館や科学館、夜市などに連れて行ってもらって観光を楽しみました。
最後に食事についてです。今回の留学では、学食のようなシステムは無く、朝ご飯から夜ご飯まで全て自分たちで探すことになっていたので、たくさんの場所で台湾特有の食文化を楽しむことができました。台湾の食文化について、私が思う日本と大きく違う点は2つありました。1つは朝ご飯についてです。台湾は朝早くから開いているご飯屋さんが多く、朝ご飯専用のお店も多くありました。クラスメイトも朝ご飯を買ってきて、授業前に食べている人が多かったです。私たちのクラスでは蛋餅というお餅のような料理が一番人気で、クラスの半分の人が買ってきた日もありました。蛋餅以外にもいろいろな種類があって、日本では体験できない朝ご飯文化を、台湾に来たときはぜひ体験してみて欲しいです。もう1つはテイクアウト文化です。紹介した朝ご飯に限らず、飲み物から夜ご飯まで、多くのお店でテイクアウトが盛んに行われています。特に夜市に行ったときが印象的で、どのお店もテイクアウトができて、イートインの無いところも多くありました。このような文化の影響か、私も友だちと一緒にご飯や飲み物を持ち歩くことが多く、日本でいう食べ歩きをすることが頻繁にありました。食事について、台湾に行く前段階では、香辛料を使った料理が多く、お腹を壊すかもと聞くことが多かったので注意していましたが、実際はそんなこともなく、留学期間中めいっぱい満喫することができました。
この2週間を振り返ってみて、不安や後悔などの辛いことは少なからずありましたが、それ以上に思い出に残る貴重な経験を得られたと思います。現地に行かなければ分からないことや行ってやっと気づけたことが本当にたくさんあって、外国語を学ぶにあたって、留学は短期だとしても大きな成長になると思います。もし今、留学に行こうか迷っているという人がいるのであれば、ぜひ挑戦してみて欲しいです。

私は2025年3月、淡江大学の短期中国語研修に参加しました。私にとって初めての海外、初めての中国語研修ということもあり、現地での生活や授業などに対する様々な不安と、新しいことにチャレンジできるワクワク感を抱えながら台湾へ渡航しました。最初は不安もありながら参加した研修でしたが、現地で様々な人と出会い、楽しく貴重な時間を過ごし、忘れられないくらい大切な思い出になりました。この体験記では、感想を交えながら、台湾での生活、授業、今後の目標についてまとめていきます。
現地での交通手段として利用したのはMRTとバスです。MRTを使う際には、悠遊カードという、日本のSuicaのようなものにチャージをするか、トークンというコイン型の切符を購入します。悠遊カードはバスに乗車する時だけでなく、買い物の支払いでも利用可能で、とても便利でした。コンビニ等で購入でき、様々なデザインのものがあるため、自分のお気に入りを探すのが楽しかったです。全体的に、運賃は日本に比べて安いと感じました。改札を通りホームに行くと、電光掲示板に次の便の到着までの時間が表示されていて、乗り換えも改札を出ずにできるため、とても利用しやすかったです。また、週末に外出した際には、バスも利用しました。バスにはそれぞれ番号があり、指定のバス停で待つ仕組みです。主要な観光地では観光客向けに日本語のアナウンスもありました。
今回私たちが宿泊したのは、師大会館という施設で、私も含めた麗澤大学生3人と、個人で参加されていた大学生1人の4人部屋でした。初対面で緊張していたのですが、気さくでとても親切な方だったため、すぐに仲良くなることができました。二段ベッドと机、椅子があり、冷蔵庫も利用可能でした。トイレとシャワーは一緒で、バスタブもなかったため、最初はかなり驚きました。
近くには夜市があり、そこで買ったドリンクがとても美味しく、何度も通いました。初めは、中国語で注文してもうまく伝わらず、結局英語で注文してしまっていたのですが、何度もチャレンジし、初めてサイズや氷・砂糖の量まで全て中国語で注文することができた時は、とても嬉しかったです。他にも服やアクセサリーを販売しているお店もたくさんあり、面白かったです。お昼休みには、キャンパス周辺の永康街というグルメ街で食事をしました。餃子や小籠包、蛋餅、牛肉麺など、さまざまな美味しいものを楽しめました。現地の大学生であるカウンセラーの方々が、おすすめのお店をまとめて教えてくださり、お店選びにとても役立ちました。同じプログラムに参加していた初対面の人たちとも一緒に食事をし、いろいろな話をして仲を深めることができました。
週末は授業がなく、自由に観光ができたため、土曜日は九份に観光に行きました。あいにくの雨だったのですが、かなりの観光客で賑わっていました。日曜日には龍山寺と迪化街に出かけました。龍山寺で、おみくじのシステムがわからずに混乱していたら、参拝に来ていた現地の方が詳しく教えてくださり、無事にお参りすることができました。困っている時に助けてくれる人や、気さくに声をかけてくれる人が多く、台湾の人々の優しさや親しみやすさに触れることができ、不安も自然と薄れていきました。
授業は4つのクラスに分かれ、それぞれのレベルに合った授業を受けることになります。到着の翌日午前中にスピーキングテストがあり、その結果をもとにクラスが分けられました。私は、1年間第二外国語の授業で中国語を学びましたが、繁体字は勉強していない上に、まだ知っている単語、文法がかなり少なく、クラス分けのテストでも答えられなかった質問があり、最初はとても不安でした。しかし、実際に授業を受けてみると、先生のジェスチャーを使った文法や単語の解説がとてもわかりやすく、すぐに不安はなくなりました。教わった知識を用いてゲームやアクティビティを行うという形式で、実践して身につけるというのが自分に合っていて覚えやすかったです。また、クラスメイトと協力しながら取り組むものが多かったため、すぐに仲良くなることができ、楽しかったです。授業最終日には、再度テストがあり、私のクラスは、先生と1対1のスピーキングテストと、リスニング・ライティングの筆記テストがありました。最初に受けたテストではわからない問題が多かったのですが、最終日のテストでは、ほとんどの問題に自信を持って答えることができ、高得点を取ることができました。
通常の授業のほかに、最終日のクラスごとの発表に向けた練習の時間もありました。私たちは歌とダンスで、中国語で歌を歌うのは初めてだったし、覚えるのが大変だったけれど、クラスの一体感がさらに増し、楽しく取り組むことができました。週2回ある文化授業は2クラス合同で、台湾の伝統について学び、それに関わるものを作りました。伝統文化の説明も中国語だったのですが、画像や動画を活用して説明してくれるため、理解することができました。日本との違いなども知ることができ、台湾特有の文化が興味深かったです。提灯や香包を作ったり、紐を編んだりしたのですが、京劇に関連したお面の色付けは、それぞれの個性が出ていて、特に面白かったです。
この中国語研修での経験を通して、中国語をもっと学びたいと強く思うようになりました。期間が2週間と短かったため、正直、新しい知識をたくさん身につけることができたと言えるほどではないかもしれませんが、同じく中国語を勉強しているたくさんの仲間と出会い、一緒に授業を受け、現地の人と交流して嬉しい思いや悔しい思いをし、様々な経験ができました。それらが今後の学習への大きなモチベーションになりました。2年生になっても引き続き中国語の授業を受ける予定なので、このプログラムで得た意欲を大切にしながら、学んだ知識を活かし、学習を続けていきたいです。

初体験のドイツ留学ですが、ドイツへは高校の夏休みを利用して1回行ったことがあります。兄が住んでいるミュンヘンで、1か月間の語学学校に通いました。そして今回、ドイツでの1年間をイェーナ大学でFriedrich Schiller UniversitätのATS(外国人用の留学)プログラムに参加し、ドイツの言語を勉強してきました。イェーナを選択したのは、治安が良く住みやすい場所と色々な方から聞き、安心して勉学に励むことができるだろうとの考えで留学する決心をしました。
イェーナに行く2週間前、私は兄が住んでいるミュンヘンを訪れました。ミュンヘンへは2回目で、前回と変わっておらず、迷子になることはありませんでした。ドイツ生活に慣れる為、事前にスーパーマーケットや散策をしてドイツ語の勉強をしました。
2週間が過ぎ、ドイツのICEという新幹線に乗り、約2時間弱でイェーナに到着しました。イェーナに到着した時にはまだ寮に入れなかったので、麗澤大学生が住んでいる寮に1週間ほど宿泊させてもらいました。この期間に、大学・銀行・保険・入寮・ビザなどの契約・申請を長谷川先生と一緒に終えました。長谷川先生はとてもやさしい方で、本当に有難い存在でした。初めての休日には、イェーナの中では規模が大きい公園を散策してみました。その頃はイースターの時期だったので、公園には沢山のイースターエッグがあり、芝生は青いものの冷たい強風が吹き、春を感じることはできませんでしたが、公園から見える山や丘は春を感じさせる淡い緑色の景色でした。
最初の1週間が過ぎ、私はようやく自分の寮部屋に住めるようになりました。寮はシェアハウスで、ドイツ人が2人、シリア人が1人の計4名で、それぞれの部屋と共同のキッチン、トイレ、洗面所があります。私の部屋は他の麗澤大学生の部屋に比べて一回り小さく、少し物を置くだけで手狭になります。しかし、共同キッチンだけは使い勝手の良い広々とした空間でした。
イェーナにも日本人会というコミュニティがあり、そこに1年間参加することにしました。ここでは、日本が好きなドイツ人やその他の外国人と日本人の集まりで、毎週金曜日の午後7時から夜中まで、日本語とドイツ語が混じった会話で沢山の情報を得ることができました。
2週間目には、ようやく前期の講義が始まりました。私が履修した講義はどれも麗澤大学にはない講義で、例えばGegenwartssprache Deutschは『現代語のドイツ語』という、現代のドイツ人がどのように言語を使っているかという講義で、とても勉強になりました。他の講義でも、ドイツ語の文法、ドイツ語でのプレゼン、ドイツ語での小論文などを最初の学期でやりました。一番苦労したのが、ドイツ語での小論文でした。参考文献もドイツ語で読み、理解した上で、小論文をすべてドイツ語で書かなければなりませんでした。
前期が終わると約3ヶ月の夏休みが始まり、私はさっそくミュンヘンへ行きました。ミュンヘンでは、私の好きな作家のミヒャエル・エンデの博物館があり、そこを訪れました。城のような建物の中に図書館と博物館があり、とても感慨深い場所でした。その他にも友達と一緒にライプツィヒの動物園に行ったり、日本から来た友人とドレスデンを散策したり、ハンブルクに住んでいる旧友に会って、私が生まれた病院と住んでいた町を訪れたりもしました。また、日本で出会ったドイツ人家族と鍾乳洞の観光したり、ベルリンへの1人日帰り旅行をしたりと、忙しく充実した夏休みを送ることができました。
夏休み明けは後期の始まりで、前期で受けた講義より少し難しい講義の履修登録をし、受講科目も増やしました。新しい受講科目は、ドイツ語で発声や表現を勉強し、舞台に立つ講義やドイツ現代文学です。前期よりレベルアップした文法講義を履修しました。全て前期とは比較にならないぐらいの勉強量が必要でした。特に前期では簡単な文法が、後期では知っている文法の知識に応用と活用が入ってきました。私はこの文法を理解していたつもりだったのですが、応用編ではなかなか難しく時間がかかりました。先生によっては理解しているだろうと思われていたので、細かい説明や教えがなく、大変苦労しました。講義の中で好きな科目は、『ドイツ語で舞台に立つ』と『表現力を書く』講義でした。『ドイツ語で舞台に立つ』では体を動かし、ドイツ語での発声練習。台本は「自分が好きなセリフを選び演技をする」という、とても面白い講義でした。『表現力を書く』の講義では、先生が毎回お題を出し、それに沿って自分なりの考えでドイツ語を書きます。例えば物語、エッセイ、ファンタジー、読書感想文など、どれも私にとって将来的に必要な講義であったと思いました。
忙しい時期も終え、冬休みが来ました。私はこの冬休みに各地のクリスマスマーケットを訪れ、そこではグリューワインが入ったマグカップや軽食などを買いました。大晦日は友人と一緒に工夫した年越しそばを食べ、ミュンヘンで買ったはちみつワインなどを飲んで年越しをしました。外では年越し花火をしているドイツ人が見えました。冬休み中に、仲良くなったドイツ人と一緒にケーキ作りもしました。
冬休みが終わり、テスト期間と帰国準備の時期になりました。テスト期間中は、大学で知り合った友人と一緒に、大学のカフェで勉強をしました。テスト後はすぐにミュンヘンに行き、Goethe InstitutB2を受験しました。結果はまだ来ていませんが、よい結果であるよう願っています。帰国時期になると、ドイツで契約したものの解約手続きを長谷川先生と一緒に行いました。帰国2週間前には、寮を出てミュンヘンに行き、帰国日まで色々なお土産を買い、忙しくしていました。
今回の留学での私の成長は、親元を離れ自立し、責任を持って生活が出来たことです。また、日本では習う機会が少ないドイツ語の日常会話、規則や契約など、公の書類を目にし、理解した上でサインするなどの重要な機会を得ることができました。麗澤大学とは違う本場でのドイツ語の履修はかなり身につきました。留学で色々な経験が出来たことを麗澤大学やイェーナ大学の先生やスタッフ、両親に大変感謝しています。これらの経験を活かして、将来に繋げたいと考えています。

私は南イリノイ大学で約7か月間生活し、異文化に触れながらさまざまな経験をしました。留学前は、自分の英語力で生活できるのか、差別を受けることはないのかといった不安が大きかったのですが、実際に過ごしてみると、多くのことを学び、成長できる貴重な機会となりました。異文化の中で生活することは決して簡単ではありませんでしたが、その分、多くの学びがあり、自分自身の価値観を広げる大きなきっかけとなりました。今回は、留学を通して感じたことや学んだことをまとめたいと思います。
アメリカに到着して最初に驚いたのは、生活環境の違いです。アメリカは広大な土地があり、道路や建物がとても大きく、街並みも日本とはまったく異なっていました。大学のキャンパスも非常に広く、ボウリング場やジムがあったり、敷地内に池があったりと、日本の大学とは比べものにならない規模でした。勉強や交流の場としてとても便利で、充実した環境が整っていました。キャンパス内には学生が利用できる施設が数多くあり、図書館やカフェテリアもとても広く快適でした。
カーボンデールは田舎町で、お店の数もそれほど多くありませんでした。電車はなく、大学が運営するバスが1時間に1本出ており、それを利用して買い物に行っていました。交通の便はあまり良いとは言えず、車がない私たちにとっては移動が大変でしたが、街全体の治安は比較的良く、平和で過ごしやすい環境でした。また、人々の性格も日本とは大きく異なっていました。道を歩いていると知らない人に話しかけられたり、困っているとすぐに助けてもらえたりしました。とてもフレンドリーな人が多く、見知らぬ人同士でも日常的に会話が生まれていました。最初は戸惑いましたが、次第にこの温かい文化を心地よく感じるようになりました。
学習面では、授業初日にクラス分けテストを受け、英語力に応じたクラスに編成されました。最初は、すべて英語の授業についていけるか不安でしたが、自分のレベルに合った授業を受けられたため、安心して学ぶことができました。タームを重ねるごとに授業の難易度は上がりましたが、それに伴い理解できる単語や話せる表現が増え、自分の成長を実感しました。特に最後のタームでは、授業内容やテストが難しくなりましたが、以前よりスムーズに英語を話せるようになり、大きな自信につながりました。先生方はとてもフレンドリーで、発言しやすい雰囲気を作ってくれました。また、生徒の理解度に応じて授業を進めてくれたため、安心して学ぶことができました。クラスの人数はタームごとに異なり、大人数のクラスと少人数のクラスの両方を経験しました。さまざまな国から来た学生と学ぶことで異文化に触れる機会が増え、自分の国では当たり前だと思っていたことが、他の国では全く異なる考え方を持っていたり、逆に自分が知らなかったことを学ぶことができたり、新しい価値観を知ることができました。また、積極的に意見を発表する生徒が多く、自分も刺激を受け、発言しようという気持ちになりました。
授業は朝9時ごろに始まり、午後2時ごろには終わりました。課題はほぼ毎日ありましたが、放課後の自由時間が多く、学校のイベントや買い物を楽しむことができました。最初のタームでは、新学期の時期ということもあり、スポーツイベントや野外映画、季節ごとのイベントなどが頻繁に開催され、日本の大学では味わえない貴重な体験ができました。また、アメリカ人の学生とも交流し、友達を作る良い機会になりました。私は、周りの人に恵まれ、イベントなどでできたアメリカ人の友達と車で別の州まで遊びにいったり、キャンプをしたり、友達の実家に遊びにいったりと、すごく楽しい思い出を作ることができました。
私は寮で生活していました。寮には留学生が多く、さまざまな国の人と交流し、それぞれの文化を学ぶことができました。共有スペースにはキッチンやテレビ、卓球台があり、一緒に食事を作ったり、遊んだりすることで自然と英語を話す機会が増えました。また、寮では定期的にイベントも開催され、サンクスギビングには教会で食事をしたり、クリスマスパーティーや年越しのカウントダウンを楽しんだりしました。こうしたイベントを通じて多くの友人ができ、忘れられない思い出がたくさんできました。特に、趣味が合う親しい友人ができたことは、私にとって大きかったです。
最初はうまく英語が話せず、自分の考えを伝えるのが難しかったのですが、少しずつ会話を重ねるうちに自然と英語が口から出るようになりました。友人と深い話をする機会が増えるにつれ、英語を話すことへの抵抗がなくなり、スピーキング力が大きく向上したと感じました。私はもともとシャイな性格で、初対面の人と話すのが苦手でした。最初は日本人と過ごすことが多かったのですが、次第にもっと多くの人と交流し、視野を広げたいと思うようになりました。積極的に質問したり会話をしたりすることで、自然と友達が増え、英語を話す機会も増えました。拙い英語でも勇気を出して話してみると、相手はしっかり汲み取ってくれ、優しくサポートしてくれました。間違いを怖がらずに勇気を出して話してみることが大事だと学びました。
一方で、異文化の人々との共同生活には、難しさもありました。私の住んでいた寮は個室でしたが、バスルームは共同で使用する必要がありました。そのため、バスルームの使い方が汚かったり、長時間使用する人がいて、自分が使いたいときに使えなかったりと、不便を感じることもありました。こうした文化の違いに戸惑うこともありましたが、寮文化の違いを理解し合い、柔軟に対応することで、より良い人間関係を築きながら生活していくことが大事だと感じました。また、自己管理能力や時間管理のスキルも向上しました。留学生活では、学業だけでなく生活全般においても自分で決断し、行動することが求められます。このような経験を通じて、自己管理の重要性を改めて実感しました。
7か月間の留学を通じて、英語力だけでなく、多様な文化への理解や適応力も身につけることができました。留学で得た経験を今後の人生に活かし、さらに成長していきたいと思います。
















