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西安外国語大学
- 西安外国語大学留学体験記
- 片岡 優哉
- 経済学科3年
- 2017年9月~6月
私が最初に留学に行こうと決めた理由は、先生方が留学に行くことを勧めてくれたことと、中国を見てみたい。という好奇心からでした。しかし、私は一度も外国に行ったことがなかったので、いざ中国に来てみて思った事は早く留学期間が終わってほしいということでした。なぜかというと、言葉が通じない、何を言っているのか分からないという恐怖心からでした。最初の2~3か月は本当に大変でした。西安外国語大学の先生方は最初英語で説明してくれるのですが、私は英語もできないので、英語すら聞き取れなく先生方に迷惑をかけてしまっていました。なので、一学期は初歩を学ぶ一番下のクラスで授業を受けていました。しかし初歩を学ぶクラスではあるのですが、やはり言葉が聞き取れなく先生やクラスメイトが何を言っているのかが分からなく辞書を手放せない時期が続きました。
2か月が過ぎたあたりから少しだけ聞き取れるようになり、少しだけ話せるようになり友達が徐徐にできてきました。友達ができると楽しくなり、もっと色々な国の文化を知りたい、もっと色々な国の友達を作りたいと思うようになり、最初帰りたいと思っていたのが嘘みたいに帰りたくないという感情が大きくなってきました。話せるようになり、友達とご飯を食べに行ったり、寮でお酒を飲んだりと友達もすごく優しくとても楽しかった日々が続いていました。友達の中でも私に対して一番優しく接してくれていたのが韓国人の友達たちです。実は一番早くに友達になってくれたのは日本人留学生ではなく、韓国人留学生でした。日本とも似ている韓国なので親近感もわき、留学が終わった今でも仲がすごくいいです。
そして、中国人の友達も少しずつできてきました。私達留学生が勉強しているキャンパスと中国人学生が勉強しているキャンパスは違うので中々中国人の友達ができる機会がなく困っていました。しかし、サッカーを通じて中国人の友達ができ、中国人だけでやっているサッカーのクラブに入れてもらえることになりました。そのチームは日本語専攻のチームなので先生や上級生の方は日本語が話せるので、私は一学期の時はずっと日本語を使って会話をしていました。せっかく中国人だけしかいないのだから中国語を使って会話をしようと試みてみたこともあるのですが、留学生同士で話す中国語と中国人が話す中国語が全くちがい、私は聞き取れないし、私が話す中国語の発音が違うので聞き取ってももらえなかったので、日本語を使うか笑顔でいることしかできなく、コミュニケーションがまともにできませんでした。しかし、みんな私に対してとても親切で中国語を話した方が楽なのに、日本語を使ってくれて、見かけたら声をかけてくれたりと本当に感動し、来学期は必ず中国語を使ってコミュニケーションをとりたいと思いました。
一学期が終わり、友達がつぎつぎ国に帰ってしまって国が違うのでもしかしたらもう一生会うことがないかも知れないと思い悲しくなりました。しかし、仲の良い友達は二学期も中国にいるので、安心感もありました。冬休みになり来学期の目標を立てました。それは、今よりももっと中国をうまくなって中国人の友達とコミュニケーションをとるという目標です。この目標を糧に二学期の生活をおくると決めました。
なので、クラスを二つあげて中級のクラスで二学期は授業をしていました。この時すでに半年弱中国に居たので先生やクラスメイトが言っていることのほとんど聞き取れるようになり、自分の言いたいことも言えるようになり、一学期に比べたら少し成長したなと思いました。
そして目標なのですが、ついに中国語だけで中国人の友達と会話をすることができるようになりました。中国人の友達も「成長したね」といってくれて、嬉しくもっと頑張ろうと決めました。なので、授業が終わったら友達に会いに行き中国語の練習に付き合ってもらったり、日本語専攻の友達以外に友達を作り何が何でも中国を使わなければならない状態にし、中国語を成長させようとしていました。
一学期から入部していたサッカーチームも継続してやっていて、キャプテンと戦術について話したり、サッカー以外にもカラオケに一緒に行ったり、ご飯を食べに行ったりとコミュニケーションをとれるようになりました。しかし、サッカーの話しをするときはサッカー用語が分からない時のほうが多いので、その時は先生に助けてもらっていました。なので、わたしの留学生活で思い出の一つがこのサッカーです。なぜかというと、日本に居たら中国人の友達とサッカーをする機会なんてないし、カラオケに行ったりとこんなに仲良くなれることはないと思うのでとても良い経験をさせてもらいました。
しかしやはり一番心に残っている思い出は韓国人の友達たちと過ごした日々です。韓国人の友達以外にもカザフスタンの友達やロシアの友達などたくさん友達はできたのですが、どのようにしても韓国人の友達たちの思い出が留学生活で一番の思い出だと私は思います。 私に比べて韓国人の友達みんな年齢が上なのですが、陽気に接してくれて、年上感がなく同い年のようで気を使わず本当に楽しかったです。 私の帰国日が決まり、私が帰る前に一緒にご飯を食べに行こうと言ってくれて、帰国日前日に食べに行き私にご馳走してくれました。そして帰り道に「明日泣くね」と先制報告されました。私含めまさか泣くことはないだろうとその時は思っていました。 そして翌日になり、韓国人の友達と日本人の友達と中国人の友達が学校の門まで送ってくれて、お別れをしようとしたら、バス停まで来てくれると言ってくれて、一番初めに友達になってくれた韓国人の友達二人と中国人の友達と一緒にバス停までいき、「前にこんなことあったね。」とバスが来るまでたわいない会話をしていました。その時はみんな笑顔だったのですが、バスが来て私が「もう乗るね」と言った瞬間友達が泣き出してしまい、私も泣くのをずっと我慢していたので、友達の泣く顔を見て我慢できず、泣いてしまいました。しかし、不思議と笑いながら泣いていました。多分頻繁に会えなくなってしまう悲しさとまたいつか会えるという確信があったから、笑いながら泣いていたのでないかと私は思いました。そしてまた会おう。と約束をして私は帰国しました。
私は人生でこんなに良い経験ができると思っていなかったので、留学に行くことを許してくれた両親、留学に行くことを勧めてくてた先生方に本当に感謝しています。
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