Experience Note
留学体験記

留学体験記
留学体験記
一足先に留学を経験した麗澤大学の先輩たちが、留学先でのさまざまな体験談を語ってくれた「留学体験記」。
先輩の生の声を、是非参考にしてみてください。

私は3年次の夏休みに大学の留学プログラムを利用し、オーストラリアへ5週間の留学に行きました。このプログラムでは月曜日から金曜日までは語学学校に通い、土日は各自好きなことができるというものでした。5週間と非常に短い期間ではあったものの、今までの私の人生では味わったことのないことであふれていました。
その一つが、伝えたいことが伝えられないことや、相手の話していることを理解する難しさです。20年間ずっと日本で暮らし、日本語を使ってきた私にとってすべてを英語で伝えることは容易ではなかったです。留学に行く前、大学でも英語を専門とし、自分でも多少得意であると自負していたため心配をしていませんでしたが、実際に外国の人と会話をするのは容易ではありませんでした。例えば出身国の違いからくるアクセントの違いは難しいと思う反面、興味深いなとも思いました。その中で一番私が衝撃を受けたのは、大学内にいる外国の先生と会話することと、現地の英語話者と会話することは別物なのだということです。
先ほど述べたとおり、大学の授業内等で外国の先生と英語でコミュニケーションを取ることや、英語を話すこと自体に不安を感じたり、苦手だと感じたりはしていなかったため、実際にオーストラリアに行っても大きな心配にはならないだろうと考えていました。しかし現実は違いました。私を英語学習者として扱ってくれた大学の先生とは違い、ホームステイ先の人やほかの国から来た人たちは話すスピードが速かったり、お互いのアクセントの違いに苦労したりと一筋縄ではいかないことが多々ありました。はじめは困るたびに諦めたり、翻訳に頼ってしまうことが多かったですが、次第に慣れてきた感覚があり、伝わらなかった単語は書いて相手に見せたりするなど、工夫して解決する方法を見つけました。これは海外で過ごしたからこその悩みであり、それに気づけたことは英語力を伸ばしたい私にとってとても大切なことだと思います。
二つ目は海外そのものについてです。生活スタイルや都市の雰囲気、人の性格まで初めての海外だった私にとってはすべてが新鮮でした。朝、学校まで歩いている途中に話しかけてくれたおばあさんや電車の中で笑顔で話していた全然知らない人同士を見て「今自分は海外にいるのだな」と思ったことを強く覚えています。平屋の庭が大きい家がたくさんある通学路も、ホームステイ先から歩いて10分のところにビーチがあることも観光地と住宅地が融合したゴールドコーストという場所もすべてが私にとって魅力的で、「海外感」というものにワクワクしました。冬なのに中心街に行けば必ずサーフボードをもった人がいて、ビーチでは驚くほどきれいな海が見られました。冬だけど昼間は半袖で過ごせるほど暑くなり、夜も比較的暖かく、湿気もなく晴れた日に木陰でのんびりぼーっとするのが日課になっていました。
3つ目は異文化を理解することです。私のホームステイ先の方は二人ともインドネシア出身でした。その方たちは宗教上の理由で豚肉を提供できないと最初に伝えられました。そのこと自体に不満はありませんでしたが日本にはあまりなじみのない宗教というものに初めて触れることとなりました。オーストラリアだけではなく多くの国では宗教というものは日常的なもので、逆に日本が特殊なのかなと考えたりもしました。
また性格的な面でほかの国の人と比べると日本人は消極的であることはもともと知っていましたが、それをしっかりと実感することができました。しかしそれは日本人のよさとして輝くときもありました。消極的だとネガティブに捉えず日本人として持っている一つの強みだと思うことが他国の人々を理解するうえで重要なことだと思いました。
このような心の中に新しい学びとして得た経験がたくさんありましたが、このような経験とは別に毎週土曜日と日曜日にいろいろなところに行って忘れられない思い出を作ることができました。2週目の週末はカランビンにある有名な動物園に行きました。オーストラリアで有名なカンガルーとゼロ距離で写真を撮ったりコアラを抱っこする体験もあってとても面白かったです。3週目の週末はゴールドコーストから2時間ほどで行けるブリスベンの中心街に行きました。観光地色が強いゴールドコーストと違い東京のような高層ビルが立ち並ぶ街なのに、東京とは違った建物の雰囲気があり、日本のお祭りとクラブが融合したようなナイトマーケットはとても刺激的でした。
4週目には金曜日に周年フェスティバルに、日曜日にムービーワールドに行きました。運よくゴールドコーストの周年フェスティバルのある月に来られたため大規模なお祭りに参加できました。ムービーワールドとはワーナーブラザースのキャラクターたちのテーマパークで、ディズニーランドやUSJとは違った良さがありました。土曜日は夕日がきれいで有名なバーリーヘッズで軽い散策をしたあと、木陰で夕日が沈むのを待っていました。
思い出としても経験としても、今回の留学は私の人生に大きく残るものだと思います。留学をすることで得られる楽しさや学びが、ここまで大きく素晴らしいものだとは考えてもいませんでした。この経験を得たからこそ、さらに留学をしてみたいと思うようになりました。もし再度留学に挑戦できる機会があれば、この経験を生かして人生をより良いものにしていきたいです。

私は2025年8月、約1か月間セブ島のITパークにあるQQEnglishに滞在し、語学留学を経験しました。今回の留学での私の最も大きな目標は、「とにかく英語で話せるようになる」ことでした。漠然とした目標で、初めは何をすればよいのか、留学先の授業もどんな内容なのかわからず不安でした。フィリピン留学といえば「安い」「マンツーマンレッスンが多い」というイメージしかありませんでしたが、実際に生活してみると、それ以上に学びや刺激が多く、単なる語学習得の枠を超えた体験となりました。
セブ・マクタン空港に到着した瞬間、まずはその湿度と熱気に驚きました。日本の暑さから逃げてきたのに変わらないなと思ったことを覚えています。空港からITパークまでは車で約30分。渋滞に巻き込まれながら学校の寮へ向かいました。寮はルームシェアのカプセル型でしたが、他の学生と交流できる環境でもあり、同室の学生は日本人でしたが、初日から友達ができました。また、ITパーク周辺は外資系企業のオフィスやカフェ、レストランが立ち並ぶ比較的治安の良いエリアで、初めての海外生活でも安心して過ごせました。スターバックスや韓国系レストラン、24時間営業のコンビニまであり、品揃えは異なるものの日本での生活と大きく変わらない便利さを感じました。
平日の授業は午前9時から午後4時まで、1コマ50分。マンツーマン授業と少人数のグループ授業が組み合わされており、会話力を徹底的に鍛えられるのが特徴です。特にマンツーマン授業では、先生が私の弱点や趣味や嗜好に合わせて教材や話題を変えてくれるため、日本でスピーキングを独学するよりも何倍も効率的でした。グループレッスンも同じレベルの仲間と与えられたお題についてディスカッションをすることで英語力とコミュニケーション力が鍛えられました。文法の授業では大部分を理解することができましたが、簡単な単語や文法でも英語で説明しようとすると難しかったです。最初の1週間は自分の拙い英語に落ち込みましたが、先生たちもクラスメイトも常に笑顔で「間違えてもいいから話そう」と励ましてくれました。そのおかげで次第に積極的に発言できるようになり、2週目には日常会話のスピードにも慣れてきました。
食事は学校のカフェテリアで提供され、日本料理から韓国料理、フィリピン料理も提供されました。日本人経営ということもあり、料理も美味しかったです。脂っこいメニューも多いのですが、野菜やフルーツが豊富で、意外と健康的に過ごせました。日本食レストランも徒歩圏内にあったので日本人だけでなく、海外の友達とも日本食を紹介しながら食事を楽しむことができました。
生活面で驚いたのは、水道水が飲めないことと、シャワーの水圧が弱いこと、何よりトイレにトイレットペーパーが流せないことでした。慣れるまでは少し不便でしたが、コンビニで安価にミネラルウォーターが買え、寮にはウォーターサーバーもあったため大きな問題にはなりませんでした。ほかにも交通ルールがかなり異なっており、信号がない道や電線むき出しの道は最初こそ驚きましたが滞在中には見慣れた光景になりました。
平日は勉強漬けでしたが、週末は友達と一緒に観光へ出かけました。最大のハイライトは「オスロブのジンベエザメツアー」です。早朝5時に出発し、海に入ると、目の前に体長数メートルのジンベエザメが現れました。恐怖よりも感動が勝り、自然の雄大さを肌で感じることができました。他にもマクタン等でのパラセーリング、シュノーケリング、教会見学など、勉強だけでは得られない体験が盛りだくさんでした。また、現地の料理がとても魅力的でした。海鮮やフルーツはもちろんお肉料理もとても美味しかったです。特に印象的だったのは「buwa」という豚の脳みそを使った料理です。脳みそと聞くとゲテモノ料理のようですが味付けはしょうゆとニンニクなのでとても食べやすく、お米がすすむ美味しさでした。そんな観光を通じて仲間との絆も深まり、同じ目標を持つ世界中に友人ができたことは大きな財産です。
セブ島留学を通じて感じたのは「英語力以上の成長」でした。授業での会話練習はもちろんですが、レストランで注文したり、タクシーで交渉したりと、生活そのものが実践の場です。自分の言葉で意思を伝えられたときの達成感は、机上の勉強だけでは味わえません。文法は二の次で何よりも「伝わる英語」というものの大切さに気付くことができました。また、多国籍の仲間との交流は視野を大きく広げてくれました。中国、台湾、サウジアラビア、ロシアなどから来た学生と「なぜ英語を学ぶのか」を語り合い、各国の文化や価値観を知ることができました。イングリッシュネームが浸透している台湾や中国は興味深く、私自身も考えてみたり、先生につけていただいたり、楽しかったです。そしてなにより、これまでの自分がどれだけ狭い世界にいたのかを実感しました。
さらに、自分は言語や文化を学ぶことが好きなのだなということも改めて実感しました。フィリピンには170を超える言語が存在し、セブ島では母国語であるタガログ語ではなくビサヤ語が使われていました。私自身日本語を海外の方が使ってくれると嬉しくなるし、私が相手の母語を話すと相手はみんな笑顔になります。言語の持つ力は素晴らしいなと感じるとともに英語はその両者の架け橋となるのだなと思いました。「ありがとう」と挨拶くらいはさまざまな言語で言えるようになりたいです。
1か月という短期間でしたが、帰国後にはリスニング力が飛躍的に伸び、英語で話すことへの抵抗がほとんどなくなりました。ふと発言しようとしたときに英語が出てくるので留学の成果を実感できました。それ以上に、英語を「勉強する対象」から「使うためのツール」と捉えられるようになったのが最大の収穫です。
セブ島での生活を通して、自分の可能性を広げる手段として英語を捉え直すことができました。英語を教えながらバックパッカーをしている人や、小規模ながらもボランティアを自分で立ち上げている人。生き方もさまざまあるのだと考えさせられました。
セブ島留学は、単なる語学研修ではなく、異文化交流・自己成長・仲間との出会いが詰まった濃密な時間でした。費用も欧米留学に比べて抑えられるため、海外生活を経験したい人には最適だと感じます。また、その学び以上に、自分の世界を広げる大きなきっかけになったセブ島留学。この経験は今後の人生の糧になり続けると思います。この経験を活かし、視野を広げるとともに世界で活躍できる人材になりたいです。

留学に行くことは、私の夢でした。私は、幼稚園のときに姉と兄の影響で、英語教室に通い始め、自己紹介や簡単な日常会話を学ぶうちに、いつしか「いつか海外に留学したい」と強く思うようになっていました。高校生のとき、2週間のニュージーランド研修が予定されていたのですが、新型コロナウイルスの影響で中止となり、その夢は叶いませんでした。だからこそ、今回のセブ留学は私にとって初めての留学であり、念願がかなう機会でした。
私がセブを留学先に選んだ理由は、とある先輩の言葉がきっかけでした。以前、ご飯を食べに行ったとき、先輩のセブ留学経験の話を聞く機会がありました。当時、留学先を真剣に検討していた私にとって、授業や休日の過ごし方、セブでの生活について詳しく教えてもらったことは、非常に有益でした。また、別の留学先を経験した友人の話まで含めて教えてくれたことで、私自身の性格や学びたいことに最も適した環境がセブにあると感じたのです。
留学に行く前は、「楽しみ」という気持ちしかありませんでした。しかし、実際にセブに到着した瞬間、私は想像をはるかに超える「リアルな現状」を突きつけられました。まず驚いたのは、その交通事情です。セブでは信号や車線が十分に整備されていない場所もあり、クラクションを鳴らしながら車やバイクが入り乱れる光景は、まさに混沌としていました。また、道路にはごちゃごちゃに絡み合った電線が張り巡らされ、ストリートチルドレンや野良犬を目にすることも少なくありませんでした。さらに、生活面では水道水が飲めないため、水を買うのが日常となりました。これらの光景は、日本での当たり前が全く通用しないことを痛感させると同時に、私の心に深く刻まれました。ニュースや本で知るだけでは決して得られない、世界の現実を肌で感じた瞬間でした。この経験は、安全や豊かさがどれほど貴重なものかを再認識するきっかけとなりました。
授業は1日6コマで、そのうち4コマがマンツーマンレッスン、残りの2コマが7人程度のグループレッスンでした。授業を初めて受けたとき、私は自分の英語力のなさを痛感し、悔しい気持ちでいっぱいになりました。先生が言ったことが聞き取れなかったり、聞き取れたとしても、適切な単語が見つからず、自分の言いたいことをうまく伝えられなかったりしたからです。しかし、先生方は皆とても優しく、フレンドリーでした。私が言葉に詰まっても根気強く待ってくれ、文法がぐちゃぐちゃでも言いたいことを汲み取ってくれました。「こんな表現もあるよ」と丁寧にアドバイスをくれるので、失敗を恐れず、自分の思っていることを「伝えたい」という一心で積極的に話せるようになりました。また、先生方は年齢が近く、大学や恋愛、家族の話などプライベートなことまで何でも話してくれるので、楽しく自然な形で英会話に慣れることができました。日を重ねるうちに、私は少しずつスラスラと話せるようになり、先生はもちろん、グループレッスンでは海外の友人とも自然に英語で会話できるようになり、自信をつけることができました。
休日は自分の行動次第でどこまでも有意義に過ごせることが分かりました。寮で勉強するのも良いし、買い物に出かけるのも良い。しかし、私はアクティビティやツアーに参加し、日本ではできない体験をすることが海外の醍醐味だと感じました。中でも特に印象に残っているのは、オスロブツアーに参加してジンベイザメを間近で見たことです。寮からオスロブまでは車で約4時間。朝5時に出発したにもかかわらず、道はでこぼこで、車がものすごい速度で走るので、まるでアトラクションに乗っているようでした。オスロブに着いたときにはすでに体の疲れを感じていましたが、水族館でしか見たことのないジンベイザメが目の前を優雅に泳ぐ姿は圧巻で、疲れを吹き飛ばすほどでした。現地スタッフの方が専属カメラマンとして素敵な写真や動画を撮ってくれ、一生の思い出を形に残すことができました。
私は様々な観光地を訪れ、アクティビティに参加したことで、素敵な出会いに恵まれました。セブの人々はとにかくフレンドリーで、ナイトマーケットやビーチなど、どこに行っても「Hello!」と話しかけてくれ、たくさんの人と知り合うことができました。特に心に残っているのは、ビーチに行ったときに現地の子供たちに話しかけてもらい、一緒に遊んだことです。最初に5歳の女の子が話しかけてきて、次に11歳の男の子と仲良くなりました。そのとき、私は19歳で、小さな子供たちの方がよほど流暢に英語を話していることにショックを受けました。私が理解できていないことに気づくと、言葉を変えたり、ジェスチャーを加えたりして、一生懸命伝えようとする姿がとても愛おしく、同時に自分の未熟さを痛感しました。
この1か月という短い期間で、私は多くのことを学び、経験しました。特に貴重だったのは、現地の人はもちろん、様々な国の留学生と英語で話す時間です。お互いに英語を母語としないため、完璧な文法や発音よりも、「相手に伝えたい」という気持ちや、柔軟に表現を工夫する力が重要であることを学びました。自分の言いたいことがうまく伝わらないときは、別の単語を使ったり、言い換えたりと、とにかく伝える努力をしなければなりませんでした。その結果、最も大きな成長を感じたのは、スピーキング力です。留学当初に知り合った台湾人の友人に、帰国直前に「スラスラ話せるようになったね」と言ってもらえたときは、本当に嬉しかったです。最初は言い直したり、言い換えたりして苦労していましたが、次第に自分の言いたいことを、より速く正確に伝えられるようになりました。
この留学で得た最大の財産は、異文化を受け入れ、様々な人と心を通わせる中で育まれた「コミュニケーション能力」と「自信」です。また、日本での当たり前が、現地ではそうではないという現実を肌で感じたことで、物事を多角的に見る視点も身につきました。
今回のセブ留学で得た学びと経験は、私の人生においてかけがえのない財産となりました。初めて見る光景、新しい人との出会い、体験したことすべてが刺激的で、言葉では表せないものがたくさんありました。実際に現地に足を運んでこそ得られる良さに気づくことができました。今後は、留学で培った英語力を無駄にしないよう、これからも学習に励み、将来のキャリアにも活かしていきたいと考えています。この貴重な経験は、家族や友人、そして現地で出会ったすべての人々の支えがあったからこそ実現できたものです。心から感謝しています。今回の留学は、私にとって大きな自信となり、次なる一歩を踏み出す勇気を与えてくれました。この経験を胸に、私はこれからも好奇心と探求心を忘れずに、新たな挑戦を続けていきたいと思います。

SIU(南イリノイ大学)での5か月間を終えて2週間ほど経ち、バイトや買い物、友達とのお盆旅行を通してようやく生活リズムが戻ってきました。部屋に飾ったアメリカの国旗を見ると、今でもSIUでの生活とCESLで共に学んだ仲間たち、現地の友達たちが恋しく感じます。私の留学体験記では主に「SIUでの生活、持っていってよかった物」について書こうと思います。
<SIUでの生活について>
まずは寮での生活について。麗澤生が住むAH(Ambassador Housing)にはいろいろな国の、幅広い年齢の学生が住んでいます。日頃からそういった学生とコミュニケーションをとる機会があり異文化への理解を深めることができます。AHに住んでいる学生は基本的に一人一部屋で、トイレ、シャワー、洗面台を共有するルームメイトがいます。留学前、自分のルームメイトはどこの国のどんな人なのかと、少し不安に感じながらもワクワクしていました。結局、一緒に来た日本人だったんですけどね(笑)。一応月々追加料金を払うことで完全な一人部屋を用意してもらうこともできます。私はルームメイトとは何も問題なく暮らしていましたが、お金を払ってでも一人部屋がよいという方には、それも一つの方法です。また、AHでは毎週木曜日にGame Nightがあります。Game Nightは英語を話せる良い機会なので暇な夜があれば積極的に参加することをおすすめします。そこでできた友達がどこかに連れて行ってくれるかも…。
さらにSIUにはConversation Partnershipがあります。これが一番の現地の友達を作る機会だと思います。Conversation Partnershipでは学生一人につき現地の学生一人がパートナーとして週1回会って会話したり、パートナーによってはどこかに連れて行ったりしてくれます。私はこれを通して現地の友達を作り、その友達からさらに友達ができていきました。CESLで共に英語を学ぶ他の国の友達と遊ぶのも楽しかったですが、やっぱりアメリカに来て、アメリカの生活を感じるにはアメリカ人の友達を作るのが一番です。ただし、SIUのほとんどの学生は5月あたりから夏休みに入ってしまうので連絡を取り合わないとそこで関係が終わってしまうと思います。アメリカでは日本とは違ってLINEはもちろん、Instagramをやっていない人も割といます。私の友達が主に使っていたSNSはSnapchatか電話番号を使ったチャットアプリでした。Snapchatならアメリカの電話番号がなくても連絡が取れるという利点があるので、アメリカ人の友達を作りたい人はSnapchatを入れておいても良いかもしれません。
そして、SIUがあるCarbondaleについて。Carbondaleは一言で言えば田舎です。日本でいうコンビニなんてものは寮の近くにはありません。一番近くのスーパーマーケットはSchnucksという場所で、歩いて20分ほどのところにあります。私は基本的な日用品や食材はSchnucksで買っていました。ここが一番時間を使わずに帰ってこられると思います。Schnucksには置いていないものが欲しいときももちろんありました。そんな時はバスを使います。SIUの学生はCarbondale市内をまわるバスを無料で使うことができます。近くのバス停はStudent Centerの前にあって寮から徒歩15分くらいのところにあります。バスを使えばWalmart、マクドナルド、映画館、1ドルショップ(100円ショップみたいなもの)などなどいろんなお店を回れます。違うルートのバスではIG(International Grocery)というお店に行くことができて、そこではWalmartやSchnucksには売ってない日本の食材を買うことができます。バスの良いところは物をたくさん買いたいときや重い物を買いたいときに座っていればStudent Centerまで行けるのでSchnucksでの買い物ほど歩かなくて済みます。私は自分で持ってきたスーツケースがあまりにもボロボロだったので、Walmartで大きなスーツケースを買って、バスで楽に帰れました。個人的なバスの良くないところは50分に1本しか走っていないことと、往復でかなり時間がかかることです。ちゃんとバスの時間を確認せずに寮を出て、長時間待つことになってしまったり、逆にバス停まで走って行くことも時々ありました。また、バスは19時ごろが最後のバスになるのでそのバスで目的地に向かってしまうと、その日はもうバスは来ません。私はその時にUberでタクシーを探しましたが、今思うと車を持っている友達に連絡してみても面白かったかもしれないです(笑)。
<持って行ってよかった物>
一つ目は日本のお菓子です。特に持って行ってよかったと思うものは、さきいかとわさびのり太郎です。イカもわさびも特定の外国人にはなじみがないものなのでみんなの反応が面白かったです。コアラのマーチやポッキーなど普通にWalmartに売っているものもあるので注意です。おつまみや駄菓子は基本的に売っていなかったと思います。二つ目は水筒です。アメリカには至る所に給水機があり、どこでも無料で水筒に給水できます。例えば、日本の空港では手荷物検査を抜けた後は高い水を自動販売機から買わないと水を得られませんが、アメリカの空港では水筒を持っていれば手荷物検査の後も無料で水をくめます。AHにも給水機があり、最初は水を買っていましたが、アメリカの水は高い上に持ち帰るのに重いので買わなくなりました。三つ目は履き慣れた運動靴です。SIUにはRec Centerという大きな運動施設があり、そこではいろいろなスポーツができたり筋トレ器具が数多くあるので運動靴があった方が良いです。アメリカなので外用の靴でも大丈夫です。Rec Centerの使用料も授業料に含まれているので使わないともったいないですし、割と暇な時間もあったのでよく通っていました。
最後に、私がこの留学生活を通して痛感したことは主体性の大切さです。私は以前にも留学経験があったので「大きく価値観が変わった」みたいな感じはなかったのですが、どこの国に行ってもこれは感じます。特に、日本人は自分の英語力への不安であったり、そもそも自分からコミュニケーションをとりに行くことが苦手であったりと新しい環境で苦労する人が多いと私は思っています。そんな時、私は「相手は英語ネイティブなんだから俺の下手くそな英語を理解しろ」くらいのマインドで話しています。結局、相手も人間なので自分が思っていることはきちんと発言しないと伝わらないし、英語が下手だからといって仲間外れにされたりはしません。むしろ話さない方が相手に「あまり一緒にいたくないのかな?」と思われて遊びに誘われなくなってしまったり、せっかくの友達との楽しい時間、英語を学ぶ機会を無駄にしてしまいます。自分の気分が乗らない日はただ誘いを断ればいいし、遊びたい日は誘えばいい、自分の考えは自分の言葉で伝えるしかない。自分から行動できるようになってしまえば単純なことだと思います。留学はただ外国で授業を受けに行く場ではなく、自分の価値観や考え方を見つめ直すきっかけになります。私は他の留学生や、アメリカ人の友達と時間を過ごしていて、自分は周りを気にしすぎているのかな〜って感じました。留学を通してもっと自分を主体で生きていこうと考えるようになりました。今回の留学で学んだことや、出会った友達、先生方、これらすべてがこの先自分の大きな力になると思える素晴らしい経験ができました。これからもこの経験を糧にして自分のやりたいことに全力で取り組んでいきたいと思います。

4か月間の台湾淡江大学での留学生活は、人生において最も濃密で印象深い時期の一つとなりました。この期間、私は台湾の自然や文化、街並みの魅力だけでなく、食文化の多様性や、初めての共同生活体験にも心を惹かれました。
まず感じたのは、台湾の気候の特殊性です。1日の気温差が激しく、雨は突然降り出し、傘を持たずに外に出ると、あっという間に濡れてしまうことも少なくありません。雲が急にかかり、激しい雨が降り注ぐ光景を何度も目撃しました。また、台湾の街並みや人々の優しさも印象深かったです。街はとても活気があり、商店街やマーケットでは、にぎわいがあふれています。人々はとても親切で、道を尋ねると、丁寧に教えてくれました。このような温かさを感じながら、台湾での生活を満喫することができました。
淡江大学のキャンパス生活も、大変充実したものでした。授業では、異なる国や地域から来た友達と交流し、多様な考え方や価値観を知ることができました。一緒に旅行したり、食事をしたり、楽しい時間を過ごしました。それぞれの国の文化を勉強し、お互いの違いを尊重しながら、深い友情を育むことができました。また、キャンパス内には様々な施設があり、スポーツや読書、音楽など、自分の好きなことを楽しむことができ、図書館は広くて静かで、レポートを書いたり、本を読んだりするのに最適な環境でした。
私は学校が企画する交流活動に参加し、台北近郊の烏来に足を運びました。烏来は台湾の原住民泰雅族が暮らす地域で、豊かな自然と独自の文化が融合した魅力的な場所です。到着すると、原住民の伝統的な木造建築や、色彩豊かな刺繍や彫刻に出会いました。泰雅族は狩猟や農耕を営み、自然と共生してきた民族であり、彼らの生活には自然への畏敬の念が込められていることがわかりました。また、彼らが着る独特な民族衣装も、幾重にも重ねられた刺繍や宝石で飾られており、職人の技術の素晴らしさに感嘆しました。
今回の留学で、私は初めて他の人と同じ部屋で暮らす生活を体験しました。幸運にも、私のルームメイトは二人とも日本人でした。初めは、お互いが知り合ったばかりで少し緊張しましたが、日本から来たという共通点が、すぐに打ち解けるきっかけになりました。共に暮らす中で、台湾での生活についてもたくさん話し合いました。台湾での買い物や交通手段、グルメ探しなど、様々な情報を共有しました。一緒にイベントに参加したり、台北の夜市で台湾のグルメを楽しんだりしました。
台湾のグルメは、本当に魅力的で、特に夜市には、様々な屋台が並び、たくさんの美味しい料理を試すことができました。小籠包、ラーメン、焼き鳥、フルーツなど、どれも絶品で、食べ過ぎてしまうことも少なくありません。特に、台湾のドリンクはどれも美味しくて、毎日飲みたくなるほどでした。様々なメニューがあって、それぞれ独特の風味があり、帰国した今でも飲みたいと思うほど、懐かしく感じています。
休日の時間を利用し、私は様々な場所を訪れ、台湾の魅力を体感しました。その中でも、一番印象深かったのは台湾最南端の墾丁です。墾丁へ行くために、電車やバスを乗り継ぎ、長い旅をしましたが、その疲れも見事な景色に吹き飛びました。目の前に広がった青い海は、まるで宝石のように輝いていました。白い砂浜と青い海が交わる景色は、言葉では表せないほどの美しさでした。
墾丁に到着した1日目には、私は初めてのシュノーケリングを体験し、海中の世界を堪能しました。水の透明度が非常に高く、色とりどりの魚たちがサンゴ礁の間を泳ぐ姿を間近で見ることができました。シュノーケリングを終えた後、夕陽が沈み始め、太陽が海の向こう側に沈む様子を見ていると、時間が止まったような感覚に浸れました。空が赤く染まり、海もそれに映えて幻想的な雰囲気に包まれました。砂浜を抜けると、墾丁の夜市があり、そこで食べ物を買い、民宿に帰りました。
翌日にはレンタル店で電動スクーターを借りて、台湾最南端への旅に出ました。海岸線沿いの道を走り、青い空と海が広がる景色の中、風が髪をなでる感覚がとても爽快でした。道の両側には、熱帯植物が茂り、私は途中でさまざまなスポットに立ち寄って、写真を撮ったり、海辺で砂浜を歩いたりしました。ついに台湾最南端に到着したとき、真っ青な海と空が果てしなく続き、目の前には「台湾最南端」を示す石碑が立っていて、ここまでたどり着けたことに達成感が溢れました。
また、阿里山へ旅行した際は、夜に台北駅から夜行バスに乗り、数時間後、阿里山に到着しました。夏なのに空気は冷たく澄んでいました。阿里山では、日の出を見るため、朝4時ごろから「阿里山森林鉄道」の祝山線に乗車し、山頂に向かいました。観測所で待ち続けると、東の空が少しずつ明るくなり、やがて赤い丸い太陽が雲海の上から顔をのぞかせました。雲海が金色に染まり、山々がゆっくりと明るくなっていく様子は、圧倒的な美しさでした。その後、山を下ると、道の両側には数千年もの年月を生き続ける巨大な檜の木が、森の中で静かにそびえ立っていました。木の幹は数人で囲っても足りないほど太く、樹皮の皺には時の流れが刻まれているように見えました。
北投博物館への訪問も、大変興味深い体験でした。北投は温泉で有名な地域で、博物館は歴史を感じさせる建物で、独特の雰囲気が漂っていました。博物館内には、北投の歴史や温泉文化に関する展示が数多くあり、さまざまなことを学べました。台湾の温泉がいつから利用され始めたのか、どのようにして温泉文化が育まれたのかなど、たくさんの知識を得ることができました。展示物には、温泉を利用した昔の生活用具や、温泉地を描いた絵画などもあり、当時の人々の生活の様子を垣間見ることができました。
4か月間の留学は、とても短い期間でしたが、私にとって大切な財産となりました。、台湾の美しい自然や文化、美味しいグルメ、そして出会った人々との交流が、私の人生を豊かにしてくれました。この経験を通じて、新しい視点で世界を見ることができるようになりました。今後も、この留学で得た思い出と学びを大切にしながら、新しい挑戦に向かって頑張っていきたいと思います。

私は台湾の淡江大学に約半年間留学していました。この留学中は多くのことを経験して、人間的に成長できた半年間だったと思います。まず、台湾に着いて最初の1週間はホームシックになってしまい、日本に帰りたくてたまりませんでした。それまでとは全く違う環境に身を置き、体も心も慣れていなくて、言葉の壁もあり、疲れることが多かったです。寮生活を経験するのもこの留学が初めてで、ルームメイトたちとうまくやっていけるのかという不安もありました。しかし、留学を終えた今では、ルームメイトたちがいなかったら乗り越えられなかった壁がたくさんあったことに気付きました。今は寮生活が終わってしまったことが寂しいです。今までは帰る場所も寝る場所も同じで、その日あった嬉しかったことや辛かったことをお互いに話していたり、夜中の3時や4時ぐらいまで哲学の話をして笑い合ったりなど、本当に寮生活が楽しくて幸せでした。ルームメイトたちが留学生活を楽しくしてくれました。
また、私はこの留学中に国内外を問わず多くの友人を作ることができ、とても恵まれた環境で語学力を伸ばしながら生活することができました。台湾は美味しい食べ物も多く、きれいな風景もたくさんあるので、友人たちと自転車で海沿いを走ったことや基隆、十分、映画「千と千尋の神隠し」の世界を思わせる九份に行ったことなど多くの思い出を作ることができました。どれも日本では見られない景色で、台湾らしさを感じることができました。台湾に来たときは日本との文化の違いに驚くことが多く、戸惑うことも多かったのですが、台湾で生活していくうちにだんだんと台湾の文化や習慣にも適応していき、今では帰国後の逆カルチャーショックのような状態に陥っています。台湾は本当に交通費が安くて、移動が便利でした。しかし、バスの速度がとても速く、運転も少し荒めなので、バスに乗り込んだ直後からどこかにつかまっていないと車内で転倒する可能性があります。これから台湾に行く方は気を付けていただきたいです。また、台湾では手を挙げないとバスが停まってくれないため、日本のようにただバス停にいればいいわけではありません。、そこも気を付けるべきポイントです。電車は比較的日本と同じですが、優先席が少しわかりにくいかもしれません。台湾の優先席はバスも電車も色で分けられています。バス(客運)の優先席は赤色、電車(捷運)の優先席は濃い青色となっています。そこにはなるべく座らないように気を付けていました。また台湾はバイクが多く、歩行者専用の道路が無い場所も多いので、歩行者とスレスレでバイクやバスが走行して行くので、すごく怖かったです。気を付けていないと本当に危ないので、車両の音が聞こえるように、イヤホンをせずに歩いた方が良いです。台湾は比較的治安が良いですが、事件が全く起こらないというわけでもないので、外出する際は治安の面でも周囲の状況に注意を払うようにしてください。
淡江大学がある淡水区は雨が降りやすく、さっきまで晴れていたのにいきなり豪雨なんていうこともよくあるので折り畳み傘は必須です。真夏は日差しも強いので日傘としても使える晴雨兼用の折り畳み傘があるとすごく便利です!5月には30度を超えるので、水分や塩分をよく摂ることを意識して、熱中症にならないように気を付けていました。2月から半年間の留学に行かれる方は半袖を多めに持って行くことをおすすめします。長袖はそこまで持って行かなくても大丈夫かなと思います。ただ、2月から3月ぐらいまでは寒い日もあるのでダウンジャケットを1枚持って行くと安心です。台湾は暖房機能の備わっていない建物が多く、寮も冷房機能しか備わっていなかったので、寒かった日はダウンジャケットを着て寝ていました。しかし、冬でも湿度が高いので、あまり肌が乾燥することはありませんでしたが、夏になるとそれが仇となり、ムシムシしてベタつくので少しでも暑かったらエアコンをつけて寝た方が良いかなと思います。
留学前は台湾は日本との距離も近く、似ている面も多いかなと思っていたのですが、案外似ている面は少なく、日本とは違った文化もあって楽しいです。また台湾の方々は本当に親切な方も多く、こちらが日本人だとわかるとサービスしてくれたりする店員さんもいらっしゃいましたが、ぼったくられる可能性もゼロとは言い切れないので、海外である以上、油断せずに生活することが重要だと思いました。帰国するときは寮から空港までタクシーを利用したのですが、タクシーの運転手さんがすごく優しい方で重い荷物を持つのを手伝ってくれたり、搭乗ターミナルがどこか確認してくれたり、何時に離陸するのか聞かれて、答えると「疲れるだろうから飛行機ではよく休みなね。」と声をかけていただいてすごく心が温まりました。
私はこの留学中、人との縁の大切さに気付くことが多かったです。1人では絶対に得られなかったものを確実に得られた気がします。留学を通して考え方や価値観も変わり、留学に行って良かったと心から思うと同時に、留学へ行くという選択を応援してくれた家族や友人、先生に心から感謝しています。

私は淡江大学での留学生活を通して様々なことを学び、自身の語学力の面でも、人間性の部分でもたくさん成長できたと感じています。まず、四か月間台湾で過ごしてみて、台湾はとても親切で気にかけてくれる人が多く、困ったことがあったらみんなすぐに助けてくれる国です。初めは話し方が強く感じられて戸惑ったり、日本に比べてルールや礼儀が緩いと感じ、逆に違和感があったりすることも多くありました。しかし、実際に暮らしてみると、道に迷っているのを見かけると声をかけてくれたり、どのバスに乗ればいいか分からなくて困っているときには教えてくれたり、言葉が聞き取れずわからなかったときもジェスチャーや翻訳機まで使って教えてくれる方もいました。またバスではお年寄りや子供が乗ってきたらすぐに「哈囉」と声をかけて席を譲っている方もいていつも温かい気持ちでいることができました。その中でも台湾生活の中で思い出に残っていることや気づいたことについて三つ紹介したいと思います。
一つ目は海外の人に興味を持ってくれる方が多かったことです。淡江大学では、外国語の専攻だけでも多くの言語があり外国語に興味を持ち、勉強したいという学生と交流できる場所があったり、興味があれば他学科の授業も履修できる制度があるため気軽に現地の学生と交流する機会が多くありました。私は中国文学を専攻していましたが、その授業には日本語専攻の学生も参加していたため話しかけてくれて、課題を通じて交流を深めることができました。また飲食店やアパレル店、タクシーを利用した際には、すぐに外国人だと気づいて話しかけてきてくれたり、お菓子を持たせてくれたりということもありました。また話が盛り上がって連絡先を交換してくれた人もいました。日本の感覚だと少し警戒してしまいますが、台湾の人にとっては初対面でも積極的に交流することがよくあるようで、友達の友達を呼んで急に一緒に遊ぶことになったり、ポップコーンの工場に観光しに行ったときにはそこのお姉さんと仲良くなりごはんに行ったりしたこともありました。彼女はたどたどしい中国語を話す私の話も一生懸命聞いてくれ台湾の観光地やおいしい豆花のお店に連れて行ってくれました。伝わらないことも多くて初めは苦戦しましたが慣れてくると会話のテンポもよくなりとてもうれしかったのを覚えています。こうした不思議な縁も台湾の気さくな雰囲気ならではのものだと思うのでとてもよい経験でした。
二つ目は台湾の食文化です。台湾は夜市が有名ですが、それ以外のごはん屋さんも日本とは全然違うように感じました。漢方や薬味のようなものが使われた料理が非常に多い印象で、有名な滷肉飯や臭豆腐、豬血糕、コンビニで売られている茶葉蛋など日本にはない独特の味や特徴的な見た目のものがあり、初めは苦手意識を持っていました。しかし一度食べてみるとその味がなんとなく癖になり、留学が終わった今ではとても恋しく思い、もっと早く挑戦すればよかったと感じているので偏見を持たず何事もチャレンジすることでさらに楽しい留学生活になると思います。また友達からその土地の有名な食べ物やおすすめのお店などを紹介してもらうのもとても楽しかったです。台中に観光に行ったときには、地元の友人に市場に連れて行ってもらって生のライチを食べたり豚の耳や、皮付きのまま煮込まれたスープに挑戦しました。初めは躊躇しましたが日本ではなかなかできない食体験で新鮮でした。それ以外に飲み物屋さんではたくさんの種類のミルクティーやフルーツ系の飲み物から選ぶことができたり、スーパーでもマンゴーやライチを買って自分でカットして食べたりメニューが読めないときも漢字の雰囲気で選んでみて食べたりと、何事も楽しみながら二度とできないかもしれない体験だと思いながらたくさんの台湾の食文化に触れることができました。
三つ目は自分に対する考え方が変わったことです。今までの私は正直、学校の課題はきちんとやっているし授業でも投げ出したくなるほど難しいことはないからと周りと比べて判断したり目の前の事だけを見て自分の実力を判断してしまっていました。しかし、実際に留学してみると言葉が全く出てこずそれ以前に相手が何を言っているのかそもそも聞き取ることができないことにとても落ち込みました。自分は日常会話程度ならできるだろうと甘く考えていたからです。
また、私は留学前から中国の伝統楽器である二胡という楽器にとても興味がありぜひサークルに入って触れてみたいと意気込んでいましたが、無事参加できたものの説明してくれる先輩の中国語に全く追いつけずたまたま一緒に参加していた日本人の先輩に助けてもらっていました。せっかく楽しい練習なのに夜には聞き取れなかったことを思い出して落ち込んで全力で楽しめないという少しもったいない日々をしばらく過ごしていました。しかしルームメイトから周りと比べて考えるのをやめて自分のできたところを探してみようと勧められたことで、せっかく来たのにこのままではいけないと奮闘するようになりました。自分がどうしたいのかを考えまずはリスニングを伸ばそうと思いました。例えば進んで台湾人の友人をごはんに誘ってたくさん話してみたり、目で見たものを中国語にする練習をしたり、リスニングの動画を使って何回も聞いたりして自分にできると思ったことから始めました。初めの一、二か月はとにかく焦りが抜けずがむしゃらに試すという方法でしたがそれに疲れてきたころ、自分に合ったやり方で無理なくやることが大事だと思うようになりました。練習しなきゃと思うほど友達との会話は進まなくなるし、サークルは楽器を使うため専門用語を多く使っているのに関係ない単語のリスニングをしてもサークル中には生かすことができず焦るばかりだと気づいたからです。そこからは自分でもリラックスして会話を楽しむことを大事にしました。せっかく留学に来ているのだから楽しみながら会話や楽器の練習、観光をして過ごそうと決めてからだんだんと聞き取れることが増えてきました。また自分からサークルの先輩に話しかけてみたり、友達には自分が話すばかりではなく、会話を楽しむことを意識してわからなかったことを聞くことで理解を深めながら、中国語を聞くのが楽しいと思うようになりました。正直来たばかりの頃は留学に来て意味があったかなと悩んでいましたが最後には自身の成長を実感することができ本当に来てよかったと思えるようになりました。留学はどうしても孤独を感じてしまって周りの人がうらやましくなったり、自暴自棄になることがあるかと思います。しかしそんな時は一度立ち止まってゆっくり自分に向き合ってみることも大切だと学ぶことができました。
近年は留学に行かなくても語学は習得できるという言葉も耳にします。実際に習得するだけならそれも可能かもしれません。しかし、今回実際に台湾に行って文化の違いを肌で感じ、その環境に身を置くことで台湾の人々の考え方やその背景などをなんとなく感じ取ることができ自身の語学に対する意識や能力が変化しただけでなく自分を見つめるとてもいい機会になったと感じています。また今までよく知らなかった台湾の魅力について知り台湾人のやさしさに触れたことで自分も日本のことをさらに知って魅力を伝えたり、交流をしたいと思えるようになれたことが大きな変化だと感じています。この変化をいつまでも忘れないように今後も中国語を学んでいきたいです。

私は2025年2月から7月までの約半年間、中国の西安市に留学しました。もともと中国文化に強い興味があり、大学でも中国語専攻を選びました。中国語を学ぶうちに「実際に中国に行ってみたい」「本場の中国語に触れたい」という気持ちが強くなり、いつか中国に留学したいとずっと思っていました。今回、同じ専攻からは私を含め4人の学生が中国へ留学することとなりました。出発前にはさまざまな不安もありました。自分の中国語が現地で本当に通じるのか、また、反日感情を持った人がいると聞いていたため、差別などを受けるのではないかという心配も少なからずありました。
現地に到着したのは夜で、そのまま学校の寮に案内されて初日はあっという間に過ぎました。翌日からは授業が始まるまでに現地の電話番号の取得や銀行口座の開設など、生活に必要なさまざまな手続きを行いました。慣れない環境の中、戸惑うことも多くありましたが、銀行の方々や学校の先生たちの丁寧なサポートもあり、無事に手続きを済ませることができました。中国への留学を考えている方々に気を付けてほしいことは、出国前に中国で使用可能なSIMカードを準備しておくと安心だということです。現地に着いた直後にスマホが使えないというのは何かと不便なので、事前に対策しておくことをおすすめします。また、銀行口座の開設の際にマイナンバーの情報が必要だったため、事前に確認・記録しておくとスムーズです。
私が住んでいた学生寮は、1部屋に2人が住むスタイルで、私は同じ大学からの友達と同室でした。同じ大学からの友人ではありますが、生活リズムの違いもあり、最初は部屋の中での過ごし方について意見が合わないことも少なくありませんでした。ですが、互いに歩み寄ることで次第に良い関係が築け、帰国する頃にはより仲良くなれました。日常生活においては、最初こそ文化の違いや生活の仕方に戸惑いましたが、徐々に慣れていきました。
食事は主に隣の大学にある食堂や、近くの飲食店を利用していました。中国の学食はとても安く、量も多いので留学生にはありがたいです。朝は包子や酸奶を、昼や夜にはさまざまな中国料理を楽しみました。中でも西安は麺料理が有名で、日本とは違いますがとても美味しかったです。味は濃いものも薄いものもあり、油に香辛料の香りが移っていて、香り豊かな料理が多かったです。最初は驚きましたが、次第にその味にも慣れ、帰国後は少し恋しくなるほどでした。
買い物は主にWeChat PayやAlipayを使い、スマホ一つで生活のほとんどが済んでしまうことに驚きました。現金を使う機会はほとんどなく、屋台ですらQRコードで支払いができる便利さには感動しました。また、公共交通機関もとても発達していて、市内の移動には主に地下鉄やタクシーを利用していました。料金も安く、路線も分かりやすいので、すぐに使いこなせるようになりました。
数日間の手続きを終えると、ようやく授業がスタートしました。初日はとても緊張していましたが、他国から来た留学生や、他の日本の大学から来た学生たちとすぐに打ち解けることができ、不安は徐々に和らいでいきました。意外だったのは、私たち留学生は主に留学生用のキャンパスで生活・学習することになっているため、中国人の学生と関わる機会があまりなかったことです。中国人の学生との交流を期待していた面もあったので、少し残念ではありましたが、その代わりに多国籍の留学生たちと深く交流できたのは貴重な経験と思い出になりました。
授業は主に精读、口语(スピーキング)、听力(リスニング)の3科目で構成されており、毎日8時20分から12時まで授業を受けるというスケジュールでした。どの授業も発言の機会が多く、単語を使って即興で文を作って発言したり、グループワークを通じて実際に会話をしたりする場面が多くありました。最初の頃は思うように言葉が出てこず、うまく伝えられないことに悔しい思いをすることもありましたが、授業を通じて少しずつスピーキング力が向上し、留学生同士での会話もどんどんスムーズになり、伝えたいことをうまく言語化していけるようになりました。
クラスは全部で6段階あり、私は中級レベルの第4クラスで授業を受けていました。毎回新しい単語や文法がたくさん登場し、分からないことも多かったのですが、自分のために頑張ろうという気持ちで予習・復習に取り組み、積極的に授業に参加するようにしました。クラスメートは主にヨーロッパ圏から来た学生たちが多く、他にもブラジル、韓国、中央アジアなどの国から来ている学生もいました。彼らと交流を深める中で各国の文化や価値観を学ぶこともでき、語学だけでなく国際的な視野を広げる経験になりました。学期中には中間テストと期末テストがあり、試験前には友人たちと夜遅くまで、時には徹夜で勉強することもありました。大変ではありましたが、これも一つの楽しい思い出でした。
授業が終わった午後や週末は自由時間となるため、友人たちと観光に出かけることもよくありました。西安には兵馬俑、大雁塔、回民街など、歴史と文化にあふれる観光地が数多くあり、すべてを堪能するにはかなり時間がかかるほどでした。特に兵馬俑のたくさんの兵馬俑の迫力は圧巻で、とても印象に残っています。回民街ではさまざまな地元グルメを味わうことができ、どれも本格的でおいしく、個人的には羊肉串がお気に入りの料理でした。また、一週間の休暇を利用して北京にも旅行に行き、天安門広場や頤和園、そして万里の長城などを訪れました。万里の長城の壮大な景色に感動し、行ってよかったなと思っています。
期末テストが終わると、それぞれの学生が帰国の準備を始めます。私も帰国のことを友人たちに伝えると、なんとサプライズでプレゼントを用意してくれていて、とても感動しました。この留学で出会えた仲間たちは、私にとってかけがえのないものであり、一生の友人です。今でも連絡を取り合っていて、来年には日本で再会する予定も立てています。
この約半年間の中国留学は、私の人生に大きな影響を与えました。語学力の向上だけでなく、異文化への理解、人との出会い、挑戦することの大切さを学ぶことができました。自分の価値観や視野を広げる良い機会になり、留学を通して自分の就きたい職業も見つけることができました。よく、海外に行って価値観が変わったという話を耳にすることがありますが、私も例外ではなく自分の価値観が大きく変わる経験となりました。この経験を活かして、これからの人生も前向きに、アクティブに生きていきたいと思います。

私は大学3年生の時、半年間の中国留学プログラムに参加し、西安外国語大学で学ぶ機会を得ました。この体験は、私の人生観、価値観、そして将来の進路に大きな影響を与えるものとなりました。
西安は中国の歴史的な古都として知られており、かつての長安でもあります。兵馬俑や大雁塔など歴史的建築物が多く残っており、歴史と現代が融合した独特の雰囲気を持つ都市です。西安にはおいしい料理がたくさんあります。特に私が好きな西安の料理は麺と肉夹馍です。西安の麺は中国でも有名です。西安にはたくさんの麺の店がありますが、そのほとんどが麺を一から手作りしています。西安の人々の麺に対する愛情はすごいものです。
西安外国語大学は、その中でも外国語教育に力を入れている名門校であり、多くの外国人留学生が集まっています。特にロシア人留学生が多く、ロシアの多くの大学と提携しています。
実際に現地で生活を始めると、教科書で学んだ言葉と現実の会話の違いに戸惑いました。西安の方言や話すスピードの速さ、そして文化的背景を前提とした会話のニュアンスなど、現地でなければ学べない生きた中国語がそこにはありました。特に最初の2か月は、買い物一つとっても苦労の連続でした。発音の些細な違いで意味が通じなかったり、相手の返答が理解できなかったりすることがよくあり、自分の無力さを痛感じました。もう一つ印象的だったのは、現地の人々の率直さです。日本人同士では遠慮がちな場面でも、中国の友人たちは自分の意見をはっきりと述べてきました。時には「あなたの中国語はちょっと変」と言われて落ち込むこともありました。中国での生活には、想像以上のカルチャーショックもありました。例えば時間に対する感覚の違いです。日本では時間厳守が当たり前とされていますが、中国では少し遅れることがあまり問題視されません。待ち合わせの時間に友人が平然と15分以上遅れてくることもあり、最初のうちは戸惑いました。
しかし、西安外国語大学の授業は非常に実践的で、教師陣も親切でした。授業は基本的に中国語で行われ、会話、聴き取り、精読とバランスよくカリキュラムが組まれていました。特に印象的だったのは口語課で、教師が学生一人ひとりに積極的に話す機会を与えてくれたことです。
また、現地の学生との交流も貴重な経験でした。さまざまな国の友達ができました。彼らはとても親切で、中国文化についてもいろいろ教えてくれました。一緒に海底捞火鍋を食べに行ったり、春節や中秋節などの伝統行事を体験したりすることで、教室では学べない文化の深さを知ることができました。さらに西安外国語大学には日本の他の大学から来た留学生もいて、その人たちとも仲良くなれたことが良い思い出になりました。西安外国語大学には日本人の本科生がいて、毎日その人たちと一緒に遊んでいたことが私の一番の思い出になりました。
生活面では、最初は寮生活に不安もありましたが、同じ寮に住む他国の留学生と仲良くなることができ、毎日が刺激的でした。国籍や宗教、文化が違っても、中国語を学びたいという共通の目的があったため、すぐに打ち解けることができました。夜遅くまで一緒に宿題をしたり、悩みを相談し合ったり、寮での生活はまさに第二の家のようでした。さらに寮の管理人の方も優しく、わからないことがあればすぐに対応してくれる親切な管理人に恵まれました。
一方で、困難も少なくありませんでした。特に夏の暑さには苦労しました。西安の夏は最高気温40度を超えます。熱中症に気を付けながら生活していました。また、食生活にも最初は慣れるのに時間がかかりました。辛い料理が多く、日本食が恋しくなることもありました。しかし、それも含めて異文化を体験することの大切さを実感する機会となりました。
留学生活の終盤には、自分でも驚くほど積極的に行動できるようになっていました。大学内で開かれる文化祭で、日本文化を紹介するブースを出したり、中国語でスピーチコンテストに出場したりと、留学前の自分では考えられなかったような挑戦をすることができました。失敗を恐れずに一歩を踏み出す力、それは西安で過ごした日々の中で自然と身についた財産です。留学を終えて帰国する頃には、中国語力が向上したと思います。しかし、それ以上に得たものは、異なる文化や価値観を尊重する姿勢と自分の可能性を信じる心だったように思います。現地での失敗や恥ずかしい経験もすべてが今では宝物です。
私にとって西安での一番の思い出は、仲間と一緒に西安城壁を自転車で走った夜です。留学生活も終盤に差し掛かった頃、私たちは何か特別な思い出を作りたいと思い立ち、ある晩、城壁を自転車で一周することにしました。西安の城壁は、明の時代に建てられた全長13キロメートル以上にも及ぶ巨大な建造物で、今でも街を囲むようにしっかりと残っています。私たちは城壁の南門でレンタル自転車を借り、夕暮れとともにスタートしました。日が沈むにつれ、城壁は美しくライトアップされ、街の喧騒から離れた静かな空間に包まれていきました。走り出してすぐ、異国で出会った仲間たちと笑い合いながら風を切って進むその時間が、何よりも贅沢に感じられました。風が頬をなで、歴史の重みを感じる石畳をタイヤがゴトゴトと転がる音が耳に心地よく響きます。途中で休憩しながら写真を撮ったり、お互いの留学生活について語り合ったり、まるで時間がゆっくりと流れているようでした。ふと見上げると、遠くに大雁塔や鐘楼の灯りが見え、千年の歴史を持つ都市に自分がいることの不思議さと幸せを強く実感しました。その瞬間、言葉にできない感動と感謝の気持ちがこみ上げてきました。中国という異国の地で、言葉も文化も異なる中で、自分がどれほど成長し、多くの出会いに恵まれてきたのかを改めて感じたのです。あの夜、城壁の上から見た景色と、仲間の笑顔は、今でも鮮明に思い出せます。西安という都市の魅力だけでなく、人とのつながりや、日々の小さな出来事の尊さを実感した、私にとってかけがえのない思い出です。
西安外国語大学での留学生活は、私にとって人生のターニングポイントでした。言語だけでなく、人との出会い、文化との出会いを通じて、自分自身を見つめ直すことができました。この経験を通じて、私は将来、国際的な仕事に携わり、言葉を通じて人と人をつなげる架け橋になりたいという目標を持つようになりました。
帰国後、多くの人に「中国はどんな国だった?」と聞かれることがあります。そのたびに私はこう答えます。「一言では言い表せないけれど、行って本当によかった」と。ニュースや本だけではわからない中国の素顔、人の温かさ、そして自分自身の変化。すべてが、自分の中に確かに残っていると実感しています。
留学を考えている皆さんに伝えたいのは、完璧を目指すのではなく、失敗を恐れずに挑戦することが何より大切だということです。知らない世界に飛び込む勇気があれば、その先には必ず成長があります。

私は2025年4月から2025年9月までの約4か月半、イギリスのウェスト・ヨークシャー州にあるリーズ大学へ留学しました。現地で感じたことや印象に残ったことについて書いていきます。
まず、大学があるリーズという町はイングランドの中でも比較的規模が大きく、日本でいうところの名古屋くらいの規模だそうです。町はもちろん発展していますが、少し歩くと自然が豊富でさまざまな動植物を見ることができます。実際、大学の敷地内で野生のウサギやリスなどを何度も目にしました。リーズはどちらかというと観光よりも住むのに向いた都市だという印象を受けましたが、いくつか観光名所と言える場所がありました。例えば、駅の南側に「王立武具博物館」という博物館があり、世界各国の剣や鎧などの武具が展示されています。とても興味を引かれる展示が多く、ここを目的に観光に来てもよいなと感じました。(ちなみに、イギリス国内には入場無料の博物館が多く、気軽に展示を楽しんだり、歴史を学んだりできます。) また、歴史的な建造物も残っており、”Whitelock's”というパブを訪れた際はタイムスリップしたような気持ちになりました。
町についてはここまでとして、次に大学での授業について書いていきます。授業は1クラスあたり15~20人ほどの学生で構成されており、他の国や地域の人と一緒に英語を学んでいきます。私が留学した際は最後の2~3週間、日本人が大半を占めた期間を除き、主に韓国からの学生と一緒に英語を学びました。授業は英語の4技能を使う機会が多く、特にライティングとスピーキングは2週間に一度の課題で特によく使いました。課題と聞いて大変なイメージを持つと思いますが、それまでの授業で学んだことをもとに自分たちで自由に取り組めたので比較的楽しいという印象がありました。特にポスター作りは非常に楽しく、オリジナルのフェスティバルを企画してそれを発表するという課題で、どのような内容にするか楽しく考えることができました。また、授業では教室内での講義だけでなく、リーズ市内の歴史的な建造物を巡ったり、周辺の町を散策する日もありました。例えば、リーズの北部にあるリポンという町を巡ったり、西部にあるソルテアというモデル村に行き、普段の授業では得られない経験やさまざまなことを学ぶ機会を得ることができました。その中ではリバプールに行く機会もあり、昔からある歴史的な建造物やビートルズゆかりの地を巡ることができ、再び訪れてみたいと思いました。
次に私が滞在していた寮について話そうと思います。私はSt Mark's Residencesという寮に滞在していました。そこは完全個室で、シャワーも個室内にあり、基本的に一人で過ごせました。キッチンや洗濯機などは同じ階の住人6人で共有していました。私はよく隣の建物に滞在していた友人のもとへ行き、一緒に夕飯を食べていましたが、どちらのキッチンも設備は整っており、あまり問題はありませんでした。寮の立地は非常によく、部屋を出てから歩いて10分ほどで授業を行う教室までたどり着くことができるほどでした。またその道中にはパブもあり、そこでよく放課後にクラフトビールを飲んでいました。
パブと言えばリーズ市内にはさまざまなパブが点在しています。次はそのことについて話します。リーズ市内のパブではビールはもちろん、カクテルやショットなどのアルコール、それに合わせた食事を楽しむことができます。私はよくカクテルやクラフトビールがとても安くなる木曜日に近所のパブへ行き、楽しんでいました。イギリスの文化を学ぶことができる絶好の場所なので、ぜひ訪れてみてください。
次に留学中、授業以外で何をしていたかについて話します。7月と8月は夏休みの期間だったので営業していませんでしたが、金曜日の夜は大学が運営しているナイトクラブに行きました。私自身、こういった場所に行くのは初めてだったので少し不安でしたが、ビールを飲みながら知っている曲で踊ったりしてよい思い出になりました。
また6月中の休みの期間ではアイルランド、フランス、ドイツ、イタリアの4か国に行きました。円安という状況下でも友人と工夫をして満足のいく旅行ができたと思います。基本的にはホステルに滞在したり、移動費も極力安くしたりとさまざまな経験をしてきました。どの国も私にとっては初めてでしたが、特に印象に残っているのはアイルランドです。アイルランドはイギリスから飛行機で1時間ほどで行けるくらい近いところにあり、治安も良く食事もおいしいのでイギリス滞在中に海外旅行を気軽に楽しみたい人におすすめです。お酒が好きであればギネスビールもおすすめですが、アイリッシュコーヒーを飲むことを強くお勧めします。私は首都ダブリンのアイリッシュパブで初めて飲みましたが、とても気に入り日本でも扱っている店を探すほどです。
その2週間後くらいにフランス、ドイツ、イタリアの3か国へ行きましたが、イタリアは日本と同様、非常に暑かったのを覚えています。この旅行は楽しくもあり、いろいろと教訓を得られるものだったと思います。そう思える理由の一つはドイツでの帰りの空港までの鉄道です。ドイツの鉄道は日本やフランス、イタリア、イギリスなどとは違い改札がなく、駅のホームにある券売機で切符を購入する必要があるのですが、この時私も友人も疲れていてうっかり切符を買い忘れてしまいました。そしてもうすぐ空港に着くというタイミングで乗務員による検札を受け、日本円で1万円ほど罰金を支払いました。この苦い経験はある意味忘れられない思い出となりましたが、今後のためにも若いうちに経験できて良かったと思います。
今回の留学中、私はイギリスではイングランド内でしか行動していませんが、そんな中でも個人的に楽しむことができました。もちろんロンドンにも行き、よい思い出になりましたが個人的に良かったなと思うのは世界最古の駅に行ったことです。
リーズから列車で2時間ほどの場所にHeighingtonという駅があり、そこが世界初の鉄道駅と言われています。私はそこに8月の終わり、帰国の1週間前に行ったのですが、近くの村も含めて世界最古であることを大々的にアピールする感じもなく、かなり謙虚な雰囲気があり、その点が気に入りました(駅には説明の看板がありました)。このようにイギリスには古くから存在する建造物であったり「世界初」といわれる歴史的遺産が多く存在するので興味がある方はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
このような形で私はリーズに行くことで英語により身近に接し、学校の内外でさまざまな学びを得ることができました。異文化交流というのは普段、日本にいるだけではなかなか経験できないことなので今回それができてよかったです。今後、困難なことがあっても対処できるという自信や、自分の力で遠くまで旅行できるという自信を持てたのが何よりも嬉しいことです。

私は2025年4月から9月まで、イギリスのリーズ大学の語学学校に留学しました。授業は2週間ごとにトピックが変わり、移民や映画など幅広いテーマを扱いました。授業はペアワークやディスカッションが中心で、日本の大学とは異なり「とにかく自分の意見を言う」ことが求められました。最初は英語で発言することが難しく、黙ってしまうことも多かったです。また、イギリスのアクセントが聞き取りにくく、リスニング力には自信がありましたが、聞き取れず、自信をなくしてしまいました。しかし、クラスメイトが励ましてくれたり助けてくれたりしたおかげで、少しずつ発言に挑戦できるようになりました。前期は韓国人が多く、日本人が少なかったため英語を使う環境に恵まれましたが、8月以降は日本人が増え、モチベーションの差に悩むこともありました。
現地ではホームステイをしていました。大学までは徒歩20分とバスで15分かかり、交通費が毎月1万7千円ほどかかり、経済的に大変でした。また、プライバシーが確保しにくく、食事も自分に合わず、正直に言うと精神的に苦労しました。特に4か月以上の滞在では、我慢するよりも環境を変える勇気を持つべきだったと今では思います。一方で驚いたのは、料理を担当していたのがホストファザーだったことです。日本では母親が食事を作る家庭が多いため、この文化の違いは印象的でした。
留学生活の中で特に心に残っているのは、教会の活動です。そこではさまざまな国籍の人と交流し、無料の食事を配るボランティア活動にも参加しました。参加者が気さくに声をかけてくれたことで、自然に英語を使う機会になりました。また、Japanese Societyというクラブに所属し、現地の学生と交流する中で教科書では学べない自然な表現を知ることができました。さらに、留学中にできた友人とスペインやポルトガル、リバプールへ旅行に行きました。自分たちで計画を立て、移動や観光地での会話をすべて英語で行ったことは大きな挑戦であり、一番の思い出です。
この留学を通して一番うれしかったのは、英語をうまく話せなかった自分でも、国籍を超えて友達を作れたことです。最初は自信がなかったのに、気づけば一緒に笑い合い、旅行までできる仲間が世界中にできました。それは英語力の向上以上に大切な宝物です。そして私は、語学力だけでなく、文化や価値観の違いを受け入れる柔軟さ、困難な状況でも自分で決断する力、人とのつながりのありがたさを学びました。失敗や後悔も含めて、留学は私を大きく成長させてくれました。
もし留学に迷っている人がいるなら、ぜひ挑戦してほしいです。語学の勉強だけでなく、自分自身を見つめ直し、世界の広さを実感できる貴重な経験になると心から思います。

私は2025年2月から同年8月までの6か月間、カナダのバンクーバーにあるランガラ・カレッジというところに留学してきました。ここでは大学生活や私生活など、6か月を通して感じたことなどを書いていきたいと思います。
まず初めにカナダは空気がとてもきれいだと感じました。実際にスマートフォンの天気予報で空気の質を見ることができるのですが、日本と比べてカナダは空気の質が非常によく、インドア派の私も外に出て何かしたくなるような非常に良い環境で過ごすことができました。冬場は日本よりも少し寒いくらいで、夏場はエアコンが必要ないくらいの温度で快適な日常を過ごせました。環境のことでいうと、3月終わりくらいまで晴れの日がほぼないことがつらいくらいで、他は完璧と言っていいほどでした。加えて、景色が綺麗な場所が多く、あまり写真を撮らない私でも、写真を撮りたくなるような場所が多くありました。カナダは移民が多くいる国で、道を歩いているだけでロシア語や中国語、韓国語など英語以外の様々な言語が聞こえてきます。そのせいか、アジア人差別などを受けたことは一度もなく、レストランや服屋で英語での会話が詰まってしまったときも、優しく対応してくれた人が多かった気がします。初めての海外だったのですが、怖い経験をすることがなかったため、留学でカナダに行くことを考えている方にはぜひおすすめしたいです。
私はホームステイをしていたのですが、フィリピン出身のホストマザーと韓国出身の留学生とともに過ごしていました。どちらの方も非常に人柄がよく、この方々のおかげで今回の留学を楽しめたといっても過言ではないと思います。ほぼ毎晩一緒に夕飯を食べており、そこでの会話でも英語力を向上させることができたと感じます。価値観が違うと思ったことが何度かありましたが、それも含めていい経験になったと感じています。
大学生活に関しては、はっきり言うと課題が多く、大変だと感じました。1セッションが7週間ほどあるのですが、忙しかったからか、一瞬で過ぎ去ったように感じました。私は3セッション受講して、1セッション目は午後授業だったため、12時から16時まで授業をした後、家に帰ってシャワーやご飯を済ませてから課題をしていたため、遊ぶ時間があまりなかったように感じます。2、3セッション目は午前授業だったため朝8時からお昼の12時まで授業をして、それから課題をしたり、友達と遊んだりすることができました。課題は平均で3~4時間くらいかかったように感じますが、多いときは5時間くらい課題をしているときもありました。これらは非常に大変でしたが、このおかげで自分の英語力が向上したと考えています。英語の語彙が増えたり、スムーズに話すことができるようになったりなどを自分で実感できるほど英語が上達したと感じました。留学して初めの2か月ほどは英語を話すことに自信がなかったけれど、時間がたつにつれて自分の英語力に自信が持てるようになり、最終的には英語での会話を楽しめるようになったため、こういった成長を感じることができていい経験になったと感じています。
授業の内容に関して、LEAPは主に英語圏の大学での授業を受けることができるようになるということを目標にしているため、扱う内容が専門的なものであったり、出てくる単語が難しかったりなど、難易度は大学の授業に比べると少し難しいと感じました。しかし一週間ごとに扱うテーマが変わるため、色々なことに関して勉強できたことが楽しく、飽き性の私には非常に合っていると感じました。また、各セッション1~2回ほど、授業で渡されるテーマに関して、図書館で調べたもののプレゼンやエッセイを書く必要がありました。私はどちらも苦手意識を持っていたのですが、インストラクターの方々がやりやすいやり方を教えてくれていたこともあり、私の苦手意識は少し薄れたと感じます。こういったプレゼンやエッセイは難しいのですが、自分が実際に扱うことのできる英語が増えたのは、これらのおかげであると感じます。それに加えて、プレゼン能力はこれからも使えるものだと考えているため、ここで苦手意識を少し克服することができたことをうれしく思います。
生活面に関して言うと、学校終わりに友達とダウンタウンに行って遊んだり、休日やセッションの合間にある一週間の休みにバーベキューをしたりしました。友達も日本人ではないことが多かったので、こういった学校外での遊びなどが、英語力の向上につながったと感じます。私はあまりアクティブな人間ではないのですが、友達が誘ってくれたことが多くあり、様々なアクティビティに参加することができました。また、カナダは移民の国であるため、様々な国のお祭りが開催されていました。シク教やフィリピン人コミュニティ、日系カナダ人コミュニティのお祭りなど、毎月必ずどこかでお祭りをしているのではないかと感じるほどでした。どれも非常に盛り上がっており、特にシク教のお祭りは、道が人で埋まるほどの人気があったように感じました。また7月1日にはカナダの建国記念日のようなものもあり、ダウンタウンが人であふれていて、その雰囲気を感じることができました。
このように私の留学生活は様々な人に支えられてきました。初めての海外で最初は不安にあふれていたけれど、環境が非常に良く、いい経験になったと感じます。英語力に関しても、英語での会話を楽しめることができるようになることができました。さらに、様々なバックグラウンドを持つ人々と生活することができたことは、私の価値観を大きく変えました。そのためホストファミリーや現地の友達をはじめとする、関わってくれた多くの人には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。本当に充実した6か月を送れたことをうれしく思います。私はこの経験を活かして、今後の就活や将来に役立てていきたいと考えます。

私がプリンス・エドワード島大学への留学を決めたのは、大学に入学する前のことでした。私は小学生の頃、『赤毛のアン』の翻訳者である村岡花子の生涯を題材にしたドラマが好きで、よく観ていました。高校生の時、小説の『赤毛のアン』シリーズに夢中になり、プリンス・エドワード島に行ってみたいと思いました。また、留学に行く前の不安は、これまでアジアとオセアニアにしか行ったことがなく、時差もあまりない国ばかりでしたので、プリンス・エドワード島は日本と12時間の時差があることが不安でした。また、あまり動物と触れ合ってこなかったので、ホームステイ先にペットがいることに少し不安がありました。そして、私は英語に対して強い苦手意識を持っていました。大学で英語を専攻しているものの、TOEICのスコアは伸び悩み、どこか「英語を好きにならなきゃ」という焦りばかりが先に立っていたように思います。そんな中、ビザ申請や生活準備にも追われました。特に印象に残っているのは、eTAという電子渡航認証の申請と、eSIM対応のスマートフォンの手配です。私のスマホはeSIMに非対応で、中古のスマホを急いで注文したところ、渡航直前にギリギリ届くという綱渡りの準備でした。家族は留学に賛成してくれましたが、カナダという遠方であることから費用面ではやや不安を感じていたようです。それでも、出発前は憧れ続けた地に行くことができるということもあり、どのような困難があろうと前を向きたいと思っていました。
トロント行きの飛行機に搭乗するため、搭乗口で待っていた時、初対面のカナダ人同士で仲が良さそうに話しているのを見て、驚きました。トロントの空港でも、同じように飛行機を待っている時に初対面だと思われるカナダ人同士が話しているのを何組か見て、とてもフレンドリーな人々だと思いました。また、空が暗くなるのが、21時頃であることに気付いたり、英語と同じ大きさでフランス語が書かれている標識や広告を見たりして不思議な気持ちになりました。
授業は月曜日から木曜日は9時から始まり、金曜日は8時半から始まりました。月曜日から木曜日の午前中はライティングの授業で文法やエッセイの書き方を学びました。この授業は課題がほぼ毎回出され、量が多かったり、自分でアイデアを出して書かねばならないものだったりして、苦労しました。しかし、何度もエッセイを書いたり、文法の復習をしたりすることで、ライティングの力が付いたと思います。午後の授業はディスカッションやプレゼンテーションをする機会が多い授業でした。成功と外見の関係や、食品の安全性について学びました。金曜日の授業と最後の三週間の授業はカナダと日本を様々な面で比較する授業でした。その授業ではカナダについて様々なことを知り、都市の違いや文化や習慣の違いを学びました。私はカナダの地域の違いについて、調べる機会がありました。カナダは広大な国土を有し、東部、西部、北部で違いがあることを知って、面白いと思いました。
カナダでの生活では、多くの発見がありました。中でも、イギリス国王が国家元首であると知ったことは興味深い驚きでした。カナダの祝日が元イギリス女王の誕生日だったり、紙幣のデザインにイギリス人が描かれていたりして、驚きました。カナダは隣国のアメリカと関係が深いというイメージがありましたが、イギリスとの関係の方が深いことを知りました。また、私の留学先は車社会で多くの車が走っていたのですが、日本車が目立つことに驚きました。観察している中で、日本車が約半数を占めていることに気づきました。また、日本企業の名前が書かれた重機や製品をいたるところで見ることができ、日本企業は世界で活躍しているのだと知りました。
カナダでの生活は素晴らしい季節の中で過ごすことができました。タンポポ、チューリップ、バラ、シャクヤク、アサガオなどが咲いていました。カエデの木が多くあり、カエデの種子はこのような形なのかと知ったり、日本ではあまり見ないような鳥やリスなどがいたりして、楽しかったです。
私は『アンの夢の家』に登場する灯台が特に印象に残っていて、留学中にプリンス・エドワード島の灯台を訪れてみたいと思っていました。幸運にも、スチューデントアシスタントと一緒に参加したアクティビティの中で灯台に行く機会がありました。出発時は曇り空でしたが、到着する頃には晴れ間が広がり、波の音と海風が心地よい、静かな昼下がりとなりました。
アクティビティの中でも特に印象に残っているのは、『赤毛のアン』シリーズを題材にしたミュージカルの鑑賞です。私は英語劇グループに所属しており、プロの英語劇を観るのはこれが初めてで、大変感動しました。最初は第一巻の内容が中心かと思いましたが、実際は第二巻から第三巻を基にした物語でした。シリーズ全体は第八巻まで続く長編ですが、観光地やお土産では主に第一巻に焦点が当たることが多く、後続巻の魅力があまり紹介されないことを、以前から少し残念に思っていました。だからこそ、今回のミュージカルで第二巻・第三巻のエピソードが丁寧に描かれていたことは、愛読者として本当に嬉しく思いました。さらに、演技や発音、表現の細やかさにも多くを学び、今後の自分の活動にも大いに活かしたいと思いました。
現地での生活では、ホストファザーとの関係がとても温かく、心に残っています。毎日の夕食を用意してくれたり、暑い日にはアイスを差し入れてくれたりと、さりげない気遣いが嬉しかったです。プライベートの空間や時間をしっかり尊重してくれたことも、安心して過ごせた理由のひとつでした。また、大学のスチューデントアシスタントの方々と出かけたハイキングの思い出も印象的です。30人ほどで山を登ったのですが、私は最後尾の数人の一人になり、前のグループとはぐれてしまいました。そのとき、ケベック州から来た学生と自然な会話が生まれ、思いがけない交流の時間となりました。
過去に寮生活を経験していた私は、生活面で大きな困難はありませんでした。しかし、課題やプレゼンテーションの準備に追われる日々は決して楽ではなく、特に締め切り前になると焦りや不安が募りました。こだわりすぎてなかなか終わらない自分の癖に気づき、時間内で仕上げる意識を持つように努めました。
今回の留学を通して、カナダという国に対する理解が深まっただけでなく、日本のことを改めて見つめ直す機会にもなりました。もともとはアジア地域への関心が強かったのですが、他の地域にも目を向けることで、より広い視野で学びを楽しめるようになりました。特に印象に残っているのは、時間感覚の違いです。日本では1分遅れるだけでも連絡を入れるのが礼儀とされますが、カナダでは15分程度の遅れは「遅刻」とはみなされないこともあると知り、時間に対する感覚や許容の幅が文化によって異なるのだと感じました。こうした違いを知ることで、相手の背景に配慮した考え方ができるようになった気がします。この留学で感じた「日本の良さ」と「日本での生きづらさ」、そして世界の広さは、これからの人生に大きな影響を与えてくれると思います。そして、私の留学を支えてくださった多くの人に心から感謝します。

私は7月25日から8月8日まで韓国の大田にある国立ハンバッ大学校で過ごしました。2週間ハンバッ大学校の寮で過ごし休みの日には市内に行きました。
大学の寮はとても綺麗で部屋の中に収納スペースも多く整理しやすかったです。冷蔵庫、トイレ、シャワーも部屋の中にあったので快適に過ごすことができました。部屋を出たところにはウォーターサーバーもあるため、ペットボトルを毎日買わなくても冷たい水を飲むことができました。また、寮の部屋で一番驚いたものは部屋のベランダが1部屋のようになっていたことです。まず、ベランダに出るときのドアは二重になっておりその先に洗濯物を干すスペースがありました。窓も上下2個あり通気性がとてもよく、網戸にもできるので虫が入ってくる心配もありませんでした。韓国の学生に聞いたところこのような構造になっているアパートが多いとのことでした。食事に関しては基本的に大学内の食堂を使っていました。利用する初日にカードで支払いをする予定でしたが、開始日が日曜日だったため管理責任者がおらず紙に名前を書いて利用しました。この時、もしかしたら今日は利用できないかもしれないと焦ったのを覚えています。次の日管理責任者にお会いしましたが、結局食事の支払いはわからないとのことでまた紙に名前をかいて利用しました。自分たちだけではどこに連絡を取ればいいのかわからなかったので食堂の方や、管理責任者がいろんなところに連絡をとり解決しようとしてくれていたのがとてもありがたく感じました。寮のご飯は韓国らしいものが多く、基本的に毎食キムチがありました。辛い味付けのものが多く、キムチは日本で食べるキムチに比べて酸味が強かった印象があります。ハンバッ大でお世話になったキム先生が予約して連れて行って下さったご飯屋さんは小鉢の数がとても多くどれも美味しかったです。日本ではなかなか食べられないユッケやサーモンなどの生モノもとても新鮮で美味しかったです。キム先生に小鉢に入っているキムチの辛さは韓国の人にとってどの程度の辛さに感じるのか聞いてみたところ「全然辛いと思わないけど、辛いものを食べる機会がない海外に行き、韓国に帰ってきて辛いものを食べるとお腹が少し痛くなることがある」と教えてくれました。韓国人にとってキムチや食堂のご飯は辛いという認識がなかったのかということに驚きました。また、自分は辛いものはそれなりに得意だと思っていたのですが、辛いと感じている時点でまだまだだと思いました。
休日は寮から1時間程度の距離にあるテジョン市内に行きました。ハンバッ大学校の周りは自然が多く落ち着いた印象でしたが、テジョン市内は休日なこともありとても賑わっていました。最初に学生から教えてもらったカフェに行きその後市場に行きました。韓国にはたくさんのかわいいカフェがあり韓国の学生たちもカフェにはよく行くと言っていました。市場にはごま油を求めて行ったのですが、とても広く迷子になってしまい近くにいた人に道を聞いたら市場の中にある小売店のようなところに案内されたため、そこでも道を尋ねました。すると、そこのお母さんが連れて行ってあげると言って道案内をしてごま油屋さんのお店の人にも説明をしてくれました。そのごま油屋さんは近所の方も来ていて美味しいごま油屋さんなんだろうと、とても心躍りました。そこのお店の方はとても親切で、ごま油の作り方を教えてくれました。お店の中に大きな機械がありその近くには搾りたてのごま油が入った一升缶がありました。一升缶から新鮮なごま油を瓶に入れて渡してくれました。そのごま油は前日にできたものだったそうで、ごま油をすくった時にごまの香りが部屋中に広がりとても良い香りでした。ごま油を瓶に入れている時に日本に持って帰るなら割れないようにペットボトルの方がいいだろうと入れ替えてくれました。その上、漏れないようにビニールと輪ゴムできつく蓋を閉めてくれました。瓶にはそのごま油の情報が書いてあるシールが貼られていたのでそれもペットボトルに貼ってもらえば良かったと少し後悔しました。日本に帰ってから家族とごま油を食べた時にいつも使っているものよりも香りがよく家族みんな絶賛していました。ごま油屋さんの後にはテジョンのマスコットキャラクターのお店であるクムドリハウスに行きました。市場の目の前にあったのでとても行きやすかったです。お店には観光客が多くフォトスポットで写真を撮ることができました。また、テジョン駅から少し歩いたところには若者がたくさんいるスポットがあり、流行りの雑貨やゲームセンターがありました。ゲームセンターは日本以上にたくさんあり、大きいゲームセンターがあるというより、小さめから中くらいのゲームセンターが数多くある印象でした。ゲームセンターでは基本的にカード決済が可能だったので、日本のゲームセンターと違い、使いすぎないように注意しました。帰りに地下街に寄った際にはスクイーズのおもちゃがたくさん売っていて夢中になりました。以前から欲しいと思っていたので何店舗か行ってスクイーズを三つ買いました。地下街はふるいイメージでしたが、韓国の地下街には可愛い服や雑貨がたくさんあり夢中になり過ぎてしまい出るはずの出口を通り過ぎてしまいましたが、とても楽しかったです。
私は、今回初めて韓国に行きました。いつか行ってみたいと思っていた国でしたが、実際に行ってみるとまたすぐに行きたくなる国でした。日本から近く、行きやすいこともありますが、大学の機材が日本に比べて進んでいたり、カフェ文化やコーヒー文化、食文化といった細かな違いを感じることができました。また、可愛いものもタイプが日本とは少し異なり、落ち着いた可愛い雑貨や食器、服がたくさんあるため外に出るたびに色々と買い物をしてしまいました。日本から3時間かからずに行けるので、また近いうちに行きたいと思います。

私はオーストラリアのシドニーに、麗澤大学を1年休学して、個人で留学に9ヶ月行っていました。
現地では多国籍の人と共に学び、英語だけでなく世界の事も友人を通して学ぶことができ、とても充実したものとなりました。
更には、カフェでのアルバイトもすることができて常連さんと友達になったり様々な国籍の仕事仲間と働く事がとても刺激的で、多くの素敵な経験を得る事ができました。世界中に友達ができるというのはとても人生が楽しくなりますし、世界で起きていることがより身近に感じるようにもなるので世界をもっと知りたい!という気持ちがもっと強くなると思います。
休学しての個人留学の利点として、就活を同時進行する必要もなく、自分の時間を得られるということです。しかし、休学するというと同い年の子と卒業できなかったり、前例が少なかったりしてすごく悩むと思います。私も休学を決断する前は様々な困難があり、不安でいっぱいでしたが私の4人の友達も休学してそれぞれやりたいことをしていたので勇気を出すことができました。更には、キャリアセンターの先生にも留学のための休学は就活の履歴書に大きく影響しないと言ってもらえたのも安心して休学を選べたことのもう一つの理由です。
私がなぜ休学を選んだのかと言うと、もともとは学部留学でアメリカに行く予定でしたが社会情勢によってビザを取ることができませんでした。様々な問題が発生した際に多くの麗澤大学の先生に助けてもらい、私も必死になって留学エージェントを4社ほど比べて無事に夢を叶えることができました。
その時は大変でも、やりたい事をやるには諦めずに物事を前に進めることがとても大事だと学びました。なので、支えてくださった先生方、諦めなかった自分、そして運命にとても感謝しています。留学前は分からないことばかりでネガティブになりがちかと思いますが、沢山の人を頼って、沢山調べて、あとは行ってしまえばどうにかなります!
私は結果的に休学をしてオーストラリアを選んで本当に良かったと心から思っています!帰国後に1個下の生徒達と授業を受けることにすごく不安を感じていましたが、実際には皆とても面白くていい子達で、何も問題はなかったので安心してくださいね!留学前にアイフロアで先生と仲良くなったりたくさん友達を作っていたおかげで温かくおかえりをしてくれたのもすごく嬉しかったのでアイフロアに通い詰めるのが超おすすめです!
私が行った語学学校ではレベル別にクラスが分かれていて、1ヶ月毎にレベルアップしていく式でした。学校には本当に色んな国、バラバラな年齢の人達ばかりで日本で学ぶよりも人生的にもポジティブなことばかりです。語学学校に行くとその人たちの言語は話せなくても何語を話しているかか分かるようになる特殊能力が身につきます笑
でもこれもとても素敵なことで、色んな国の英語訛りに慣れることは将来英語を使って仕事をする場合に大いに役立つと思います。そして、英語を学ぶだけでなく英語をツールとして様々な分野の授業を受けられる事もとても楽しいです!さらには、グループディスカッションやペアワークをすることが多かったのですが、それも英語で行うため、意見を瞬時にぶつけるいい練習になりましたし、発言に対してより積極性が増したと思います。
オーストラリアはワーホリでとても人気な国ですが私が語学学校を選択した理由は、毎日確実に英語を話す、使う環境を得たかったからです。というのも、仕事探しがとても大変で、何ヶ月も仕事を見つけられなかったり、諦めてしまえば日本食レストランで働くというオチが大半だからです。私もカフェの仕事をゲットするまで何ヶ月も仕事がなく、indeedで応募した数は300件以上です。履歴書を直接お店に渡しに行くことも主流なのですが10件くらい行っても誰も返信はしてくれないです。私は学校に9ヶ月通い、それと同時に4ヶ月カフェでウェイトレスとして働きました。正直9ヶ月語学学校に居るのは長すぎで飽きてしまうのでワーホリビザで4ヶ月語学学校に通ってその後仕事をするという選択肢もとてもありだと思います。それでしたら費用も比較的抑えられると思います。
そして、留学もしくはワーホリに行くのであればある程度英語を話せたほうが友達作りや仕事探しが楽になるので頑張ってください!
皆さんの夢が叶う事を祈っています!

私は2026年3月~7月までドイツのイェーナ大学へ行きました。その後の帰国まで含め約半年間で私は多くの日本では経験できないことや、新しい体験をしました。それらを3つの分野で紹介したいと思います。
1, 入国して早々の怪我
私は3月にドイツに入国し、4月初旬に友人と観光に行ったところ階段から落ちてしまい、右足首をねん挫しました。そこで、TSSという学校で加入した海外保険の24時間サポートに連絡し、病院を紹介してもらいました。また、イェーナには現地ですぐ対応できる通訳がおらず、すぐ対応できるのは電話通訳だったのでそれを利用しました。
ちょうどイースター期間と日曜日であったため、病院は寮から最寄りの大学病院の救急外来を紹介してもらいました。。
大学病院までは元気な足では徒歩13分の距離なのですが、足をねん挫しているためタクシーを頼ろうと思いました。はじめは、TSSにタクシーを依頼できないか尋ねたのですが、TSSではタクシーは紹介できないと断られてしまいました。続いて、アプリの配車サービスを利用しようと試みましたが、いくつもの配車サービスアプリでイェーナはサービス圏外になっており断念しました。次に市内タクシー会社に電話で連絡を試みましたが、まだ現地のドイツ語の話す速さに対して、語彙も少なく、話す速さも遅い、英語は使えない状態での電話は初めてで、なかなか話が進まなかったからか電話を切られてしまいました。最後は諦めて足を引きずり徒歩で行こうと決めました。そこに、入寮時に寮を案内していただいた寮のチューターの人が偶然帰宅したところだったため、説明したところ、病院まで車で送ってもらえました。
病院に着くと、1時間ほど待機後に診察室で通訳を介して診察してもらいました。その後、念のためレントゲンを撮ることになったのですが、なんと6時間待っても呼ばれず、受付の人に聞いても「まだ」としか言われずその後も1時間待ったところで通訳さんから0時になるのでまた明日病院で診てもらった方が良いのではと提案され、通訳さんを通して何とか受付の方にタクシーを呼んでもらい帰宅できました。
翌日は、現地でお世話になっている先生がイェーナに帰ってきたということで、その先生と共にもう一度同じ大学病院へ行きました。今回は現地集合だったので足を引きずって行きました。前日に6時間以上待機したことを伝えたからか、現地のドイツ人同士が対面で話したからか、レントゲンの結果が出るまでが2時間ほどで終わりました。薬も処方してもらい、現地で加入したAOKという保険会社で診察費、薬代はカバーしてもらいました。
その後は先生から松葉杖を借りて生活し、約1か月後には松葉杖が無くとも歩けるまで直りました。
学んだことは、ドイツは主にかかりつけ医が主流で、救急外来は混みやすいということです。また、海外の薬は日本より強いと事前に知っていましたが、一番弱いものでもよく効きます。松葉杖の形は日本と違うので、松葉杖を使ったことがない人は慣れるまで時間がかかると思います。
また、一般のドイツ人は聞き返した際も話す速度が変わらない人が多いので、耳を鍛えるか、緊急の際は頼れる人をまず探した方が良いと思います。私は、耳をあまり鍛えていなかったところへ、パニックも重なりまったく会話ができませんでした。
事前に説明会はありますが、実際に利用してみたTSSの仕組みですが、電話をかけてけがや病気の場合は電話越しに看護師の方と一度話し、その後現地の病院を探してもらう手順です。ほとんどのやり取りをEメールを推奨されるのですが、時間がかかりすぎてしまいました。急を要さない場合は24時間いつでも連絡をできるという感じですので、急を要する場合は現地の人を頼るか、救急通報する方が早いかもしれません。
私の場合は、ルームメイトも授業開始日まで留守だったこともあり、頼れる人が身近におらず心細かったです。
2, 現地での授業や、インターン、その他
まず授業ですが、ドイツ語の発音の授業、文法の授業、ランデスクンデ(地理、歴史から文化まで幅広い分野)の授業、グループワークでテーマについて話し合う授業、そしてそれとは別に追加で授業料を払いドイツ語でドイツ語のA2レベルを学ぶ授業を取りました。
イェーナは校舎が点々と街中にあるためそれぞれの授業を町の景色が違う3つの校舎で学びました。どれもドイツ語の新しい語彙や表現が増える楽しい授業でした。
次にインターンですが、私は1週間イェーナにある幼稚園で4歳~6歳の子供達のクラスで先生たちの補助をしました。
昼寝前の着替えを手伝ったり、朝食、昼食、おやつの準備を手伝ったりしました。子供たちの会話の内容や仕草、遊ぶ内容が日本の保育園とあまり違わず、子供は共通の行動をするのだと思いました。
その他として、日本語を勉強するドイツ人の方々と交流する「ヤパンシュタムティッシュ」という地域の集まりに参加しました。
毎週金曜日にカフェで会話をしたり、ピクニックやBBQをしたりしました。
シュタムティッシュは夜7時から始まるのですが、会話が盛り上がりいつも夜10時ごろ帰宅していました。長いときは1時まで話していることもありました。
イェーナは治安が良いので、1人で帰宅の際など夜遅くまで外にいても安全でした。また、夏は長くて夜10時半まで明るいため、9時ごろまで親子連れが公園で遊んでいるのを見かけ、安全なところと感じました。
寮での生活ですが、私の場合はドイツ人2人がルームメイトでいましたが、1人はほとんど寮におらず、もう1人はほとんど挨拶だけで交流が持てませんでした。
入寮するまで想像していた寮生活とは違いましたが、過ごしやすかったです。
3, 旅行
私は授業後の放課後や土日、夏休みを利用してドイツの様々なところを訪れました。また、近隣の国ではデンマークやチェコ、オランダ、リヒテンシュタインを訪れました。
旅行先では絵葉書やピンバッジ、ビールの王冠を集めました。その他、ドイツっぽい地元のお祭りなどのイベントを調べて訪れるようにしていました。
なかでも、印象的なお祭りはミュンヘン郊外の「中世騎士の馬上槍試合イベント(Kaltenberger Ritterturnier)」です。会場全体が中世の雰囲気になっており、来場者も中世の衣装を着ている人が多かったです。また、メインイベントの槍試合は迫力がありました。
宿泊はホテルの他に、人生で初めてホステルを利用し宿泊の幅が広がりました。
移動は主に、列車とバスを利用しました。ICとICEという新幹線のような高速列車以外は、ドイチュラントチケットの学期券を利用すると毎回チケットを購入せずとも乗れるので多く利用しました。
長距離バスにはFLIXBUSという高速夜行バスを利用し、オランダとチェコに行きました。
また、タクシーを利用した際は料金が日本と同じかそれ以上に高額でした。
私は1人で旅行することが多かったのですが、都会は夜でも人通りが多く、お店も0時近くまで開いており、賑やかでしたが、田舎は大通りでも車通りが少なく、夜9時にはほとんどの店が閉まってしまいとても静かで暗い道が多く、不安になることもありました。
この経験から、ドイツは一人旅でも安心できる地域が多いように感じました。
約半年間でいろいろなことがありました。やってみたいことや行ってみたい所の全ては体験することはできませんでしたが、充実した学びのある、自身の成長を感じられた留学生活を送れました。















