釜山外国語大学校

Reitaku University International Exchange Center Reitaku University International Exchange Center

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釜山外国語大学校

大韓民国 釜山広域市金井区金セム路485-65, A棟202号

http://www.bufs.ac.kr/html/00_main/

プログラム概要

英語 韓国語
沿  革 釜山外国語大学校は1981年、キリスト教精神と民主主義理念に基づいて、国際社会に必要な人材を育成するために設立された外国語中心の私立総合大学。開校当時は各種外国語と経営など10学科であったが、年々新たな外国語や国際通商専門知識、情報技術に関する学科が新設され、1988年には大学院 ( 英語文学科・法学科 ) が設置された。1991年10月に大学校に昇格した。2014年には新しいキャンパスが南山洞に完成し移転した。国際的専門家養成のための特性化大学としてさらなる発展が期待されている。また世界各国の言語と文化、伝統などを経験できる 「世界文化センター」 が韓国で初めて設立された。略称はBUFS。
特  色 ◆英語・韓国語クロス:英語学部で英語による正規授業を履修し、韓国語文化学部において韓国語を履修する。韓国人学生とペアになって学ぶ科目も履修する。
◆韓国語プログラム:日本語創意融合学部で韓国語科目(留学生向け)、および日本語関係の専門科目を履修する。また教養としての英語科目(英語ネイティブ教員による)や韓国人学生とペアになって学ぶ科目も履修する。
宿  泊 学生寮2人部屋(各自の勉強机、鍵付きのロッカー、下駄箱など。各部屋にシャワー、トイレ、洗面台、有線LANなどの設備がある)。申請は学期ごとなので、申請期間は厳守。
到着後1学期分の寮費(+保証金)と食費(110食分)を支払う (現金で持参し入寮後、指定の銀行に振込む) *保証金は当該年度(3月~翌年2月)有効。退寮時、部屋の状態によって払い戻される。全員校内にある釜山銀行で口座を開設する。
生  活 気候は日本と変わらず、治安も抜群に良い。釜山広域市は半島の東南端に位置している大韓民国第一の港湾、海洋観光、国際会議の中心都市。釜山港は1876年に国際貿易港として開港以来、輸出コンテナ物流量は世界の第5位。釜山国際映画祭、釜山国際ロックフェスティバル、釜山世界花火祝祭などが開催される。地下鉄オレンジ・ライン南山Namsan駅が最寄り。駅からはキャンパスバスが運行している。
条  件 ◆英韓クロス:留学時点で韓国語I~Ⅲを履修済みの者。英語2専攻の学生は2年生で留学する場合、TOEIC400点以上、累計GPA1.5以上であること。3年生で留学をする場合、TOEIC450点以上、累計GPA1.5以上であること。(申込時) * GPA2.0以上が望ましい。
◆韓国語プログラム:韓国語ⅢまたはⅣを修了していること。または同等の実力を有すること。GPA2.0以上が望ましい。
 ※日本語・国際コミュニケーション専攻の場合、留学できる年次の条件など詳細については、専攻に確認すること。
留学時期 英語専攻・IEC専攻:2年次2学期から4年次1学期までいずれかの2学期間(2学期間が望ましいが1学期間でもよい)。
JIC専攻:2年次2学期から3年次1学期までの1学期間、または2学期間。
担当教員 森 勇俊(韓国語プログラム)/森 秀夫(英韓クロス)

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一足先に留学を経験した麗澤大学の先輩たちが、留学先でのさまざまな体験談を語ってくれた「留学体験記」

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憧れの韓国留学
浅利瞳
ドイツ語・ドイツ文化専攻3年
2019年9月~2020年4月

   私は釜山外国語大学校に2019年9月から2020年4月まで、交換留学生として留学していた (当初は6月末までの予定であった) 。ここに留学することは3週間の短期を含め2回目だった。ここで過ごした約半年間は私にとって、かけがえのない特別な時間となった。    釜山外国語大学校のキャンパスは繁華街から少し離れた閑静な高地に位置しており、敷地が広く自然豊かである。釜山は日本からとても近く、気候も似ているため他の留学先と比べれば、馴染みやすい環境と言える。ただどんなに近くとも自宅ではないため、ホームシックにならないことはなかった。渡航して1週間は様々な書類や銀行の手続きや、生活用品の買い出しなどで忙しくしていて感じなかったが、授業が始まると急に寂しさを感じるようになった。特に夜や、部屋で一人でいるときに考え込んだり、悪いことを想像することが多かった。そのときに留学前の説明会で、ストレスに対抗するための話があったことを思いだした。なぜ、部屋に一人でいるとネガティブに陥るかというと、自分の力ではどうしようもできないことをやけに考え込んだり、過去を思い返したりなどしてしまうからだ。そのため、特別な道具の必要のない趣味をすることがいいとその話にあり実践していた。例えば音楽を聴いたり、電話をしたり、映画を観たりすることだ。特に電話をすることがいい方法だと考える。なぜなら、その他の方法では自分が一方的に受けとるだけであり、それだけでは物足りなくなってしまうからだ。一方電話は相手の話を聞き自分も話し、言葉のキャッチボールができるため飽きない。戦争体験者がその経験を語らうことで、心の癒しになるように自分の些細な日常の話であれど話すことが精神的にいい影響を与える。また、たまには節約を忘れ好きなものを好きなだけ食べることもいい気晴らしとなった。これらは、ホームシック対策だけでなく、二週間の隔離期間でも応用することができた。今現在外出が厳しい状況だが、ずっと我慢するのではなくできる範囲内で楽しむ、気晴らしをするというスキルが必要なのではないかと思う。    上記にある二週間の隔離期間というものは、感染しているかどうか不明なため入寮する留学生全員が寮で一人一部屋隔離生活をおくるという期間のことだ。この期間の間、寮の部屋から一歩も外へは出られなかった。食事は1日3回ドアの横に置かれ、お弁当を拾うときとそのゴミを出すときのみドアを開けることができた。毎日毎食同量の食事が出るため、しばしば食欲がわかない日があった。     前学期ではPDFにまとめられた科目一覧から履修したい科目をExcelに記入し、釜山外大の日本担当者の方に送り履修登録をしてもらうという流れであった。今学期では履修登録を学校のサイトから自分で行った。麗澤大学での履修登録というと早い者勝ちではなく、人気で抽選のある授業でもひとまず履修登録をすることができる。だが釜山外大では早い者勝ち方式であり、私はゆったりと履修登録をしたため希望する科目がすぐに定員オーバーになってしまい焦った。その後なんとか履修登録確認期間に希望する科目を登録できたが、こんなにも競争率が高いのだと驚いた。指定席のキャンセル待ちをしているような、売り切れの商品のページを何度も更新して入荷を待つような気持ちになった。もし次からこちらの大学で履修登録をする方は、登録開始時間よりも前からログインして待機することをお勧めする。また事前に別に希望する科目をカートに入れて保存できる期間があるため、それも利用し希望の科目をスムーズにとれるようにすると安心だ。    私は4月5日に帰国したが、そこまでの流れをまとめておく。4月1日夕方に国際交流センターの担当者さんから、韓国の危機レベルが3に上がったため留学中止のメールが届く。だいたい一週間以内に帰国すること。航空券の予約をするために調べるが、金海国際空港から成田空港までの直行便が5日の1便しかない。(金海国際空港-金浦国際空港から乗り継いで仁川国際空港-成田空港というソウル経由のものなら毎日出ていた)2日に釜山外大の日本担当者の方と会う。寮費返金の手続き、学食返金の手続き、受講中の科目の今後の対応等の話を聞く。本来であれば退寮時(満期退寮の場合)残り日数分の宿泊費から手数料を引いた7割が銀行口座に返金されるが、今回は9割返金となった。学食はまだ運営しておず、一食も食べていないため全額返金。受講中の科目の講師に対しての連絡は不要。帰国便と検査結果が出るまでの期間どこで過ごすかの連絡をする。金海国際空港にてマスクを預け荷物に入れられないと告げられる。品薄のため外国人のマスク持ち出しは一人30枚までと決められているため、日本から持ってきたなけなしの20枚と釜山で買った10枚を機内持ち込み荷物にいれる。釜山にて50枚セットを買ったため、残りは泣く泣く友人に渡す。    成田空港に到着し機内でしばらく待ち、移動先で検査への同意書の記入、検査を受ける。ホテル宿泊者は別に集められ、同意書を記入。バスでホテルまで輸送。私は検査結果が出るまでを成田の東横インで過ごした。(二泊三日)二日目の朝に内線にて結果連絡を聞いたのち両親の車で帰宅。私は帰国日が早かったためホテルにまだ余裕があり宿泊することができた。数日後に成田に到着した方が、手荷物を受けとる場所(ターンテーブル)で簡易な仕切りとベッドで検査結果を待っているという写真を見て、こんなにも早く受け入れ体制が変わっているのだと知った。    現在の状況により私は留学の中止を余儀なくされてしまった。なによりも自分の命が大切であることには代わりないが、私は大切な機会を失ってしまった。もう私の人生のなかで留学する時間は残されていないからだ。そのため、もし留学をするかどうか悩んでいる方がいるのならば、せっかくのチャンスを生かしてほしいと願う。機会や時間、体力が全て揃っている時期はとても短い。    最後に留学期間の間相談にのってくださった職員の方々、留学を許可してくださったこと、環境を整えてくださったこと、ありがとうございました。

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半年間の成長と経験
岩瀬結衣
日本語・国際コミュニケーション専攻3年
2019年9月~2020年3月

   私は、2年生後期の夏から3年生前期まで釜山外国語大学校にいる予定でしたが、新型コロナウイルスのため強制帰国となり4月に日本に帰ってきました。正直帰ることがすごく辛くて、せめてあと2ヶ月間居させて欲しかったなと思う気持ちがとても強かったです。    韓国ではコロナの影響で隔離生活2週間を寮の中で過ごし、部屋の外に一歩も出れない状態で2週間分の水、トイレットペーパーなどが部屋の中に用意されました。毎食ごとにお弁当なども廊下に置いてくれました。その中でも一番辛かったことが、隔離されていたので、3月に強制帰国となった友達になんの言葉も顔を合わさずお別れしたことです。こんな形で友達とお別れするということが一番の心残りでした。また、韓国でも3月からオンライン授業のため会う機会が減って、残っている日本の友達に最後のお別れの手紙を渡すようにお願いした形で帰国しました。    前期の頃は、毎日の様に親しいサークルのメンバーで遊びに行ったり、勉強したりたくさんの経験と友達づくりができました。今回のことで、当たり前に明日が来ること、普通の生活というのが何一つないんだなと強く思いました。韓国にいる間は一日一日があっという間で、今までにないとても貴重な体験をしていました。    成人式のため、一度日本に帰国したのですがすぐに韓国に戻りたいという気持ちがとても大きく、自分の中でも留学生活がとても恵まれた環境、そして大切な友達がいたからこそそう思えたんだなと感じました。また、2週間ほど日本に戻った時に、留学中一緒にいた日本の友達や韓国人が遊びにきてくれたので東京に遊びに行き、なかなか会える距離じゃないので楽しい思い出も作れ、とても大切な時間を過ごせました。韓国に戻った際は、寮食はやっていなかったのでコンビニで買ったり、宅配(배달)などを取っていたことが多く偏った食生活をしていたのでしんどい日が多くありました。日本で久々にちゃんとした食事を取った時は、日々の食事を用意してくれている母親に対して感謝の気持ちとバランスの大切さを改めて感じました。    前期は、日本人担当の人が自分の取りたい授業の時間割を構成してくれていました。後期は自分で取ることになったのですが、韓国ではパソコンで履修登録期間になるとほとんどの人がPC방と言われる日本で言う「ネットカフェ」で時間になったら自分の取りたい授業の申請をするのですが、早いもの順(競争)で取れる教科が決まります。韓国人はパソコンに慣れてる人が多いので、ボタンを押すことに慣れているのですが、取りたい教科が取れないことがあるので私たち日本人にとってはとても大変でしたが、韓国人の友達が付いていてくれたので良かったです。自分の専攻の授業で交換できるものを前もって考えてから取る方が日本に帰ってからも楽にできます。また、韓国では1教科に対して三単位なのですが、日本に帰って単位互換することを考えた方がいいです。また、最初に取れる単位数が19単位と決まっているのでよく考えて申請してください。また、今まで一度も受けたことなかったtopikを韓国で受けようとしていたのですが、それもコロナの影響で受けられなかったので、大学に在学中は卒業するまでに一度は挑戦したいです。     留学中に日本村のお手伝いとして、日韓ハーフの子どもたちに国語を教える経験をしました。内容は、出席も確認から始まり日付や曜日、歌や音読、神経衰弱のゲームなど様々なことをしました。1ヶ月に一回の活動でしたが、貴重な経験をさせてもらいました。また、日本村の韓国の友達と記念写真を撮りに西面にあるスタジオに行きました。韓国では写真スタジオが多く、よく「인생네컷」という人生4カットというところで撮ることも多くあります。一人日本に帰国する人がいたので、その前にみんな思い出作りができ、今ではその写真が私の宝物のひとつです。韓国では、夜遅くまでお店がやっていることが多いのと、お店がたくさんあるので、授業が終わった後はカフェに行ったり、カラオケに行った、ご飯を食べにいったりした日々が多く、韓国のことをたくさん学べたのではないかと思います。    約半年間の留学を経て、自分で判断する気持ちがより大きくなりました。また、家族といる時間が長かった分、離れてみると少しは寂しい気持ちはありましたが、自分が成長しているなと感じることができて留学に行けて良かったなと思いました。語学の面では、読み・書き・リスニングが留学前と比べて少し伸びていることを実感しています。日本では、韓国語を使う機会がなかなかないので少しずつ勉強をして、忘れないように一日に必ず韓国語に触れる様な時間を取っています。素敵な友達に出会えたことが留学の中で一番の宝物です。留学中の先輩方と話す機会があって、やっぱり留学に来てからはあっという間だったから楽しんだ方がいいよと言われていたので韓国でたくさんの経験をしておいて良かったなと改めて思いました。また、留学中には韓国人以外のたくさんの国の人と話す機会があったりしたので、文化や価値観の違いをたくさん学ぶことができました。    釜山は海も多く、路線がソウルほど混雑していないことや近いことがメリットだと思います。学校自体も自然に囲まれているので空気もすごくよく、毎日の様に学校の大きさにびっくりしていたのを思い出します。今では、釜山が自分にとっての第二の故郷の様に感じられます。コロナが収まったら、友達に会いに行きたいです。今回コロナの影響で帰国になり、帰国した友達とまた会おうと約束して後期にまた行こうとしていたのですが、後期も行くことができなくなったのでとても残念です。それでも、学生のうちに留学ができて、たくさんの思い出ができて学生の中での一番の思い出になりました。貴重な留学をさせてくれた両親にとても感謝しています。

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釜山外大1年留学を終えて
志田観行
英語・リベラルアーツ専攻3年
2019年3月~12月

   私は10ヶ月間、韓国にある釜山外国語大学校に留学していました。最初は、ただ韓国に興味があり、韓国語と文化の両方を現地で学びたいという思いで留学に行くことを決めました。韓国に着くと、学校が山の方にあるからか思っていたより寒かった印象があります。    初めての寮生活が始まり、わたしはタンデムでのルームメイトを希望していたのでどんな子と一緒になるのかドキドキでした。そして一つ歳上の台湾人の子とルームメイトになりました。ルームメイトは韓国語と日本語が少し話せました。会った時から、元気で誰にでも話しかけることのできる活発な子だったので、人見知りの私は少し緊張しました。一緒に部屋に着くと、ルームメイトは急に土足で部屋に入りました。私は驚いたのですが、相手も靴を脱いだ私に驚いていて日本語でなんとか説明を聞くと納得することができました。その日から一緒に住むと他にも文化の違いが出てきて、驚くことが多かったです。でもこれが文化の違いなのだと知ることができ、理解しようという気持ちになりました。それからは新しい発見が多く、お互いの国や言語について質問し合ったりしてとても仲良くなりました。日本語を教えてあげる際には、日本語の難しさと相手に分かりやすく伝える難しさを感じ、意思疎通ができた時はお互い嬉しい気持ちになりました。    授業が始まってからは、わたしはクロス留学なので英語と韓国語の両方を履修しました。英語の授業では韓国人、中国人が多く、とても積極的に授業に参加する姿が印象的でした。授業によってはレベルが高いうえに先生に質問されることが多く、自分のレベルの低さを痛感しました。韓国語の授業では自分に合ったレベルのクラスに入れたので安心しましたが、それでも最初の頃は先生が何を言っているのか分からなく友達にたくさん助けてもらい、英語も韓国語も、授業についていくために予習復習をしっかりするようになりました。韓国語の授業では、タンデム学習があったため韓国人のパートナーと時間を合わせて一緒に勉強する機会がありとてもためになりました。分からないことがあったらその場ですぐ聞くことができ、ネットで調べても出てこないような自然なネイティブの表現をたくさん教えてもらえました。    後期の途中ではTOPIKという韓国語能力試験を受けました。釜山外大も試験会場になっているので釜山外大で受験するのが良いですが、早い者勝ちなので申請時間になったら受験者が一斉に申請して、席がなくなるのがとても早いうえに、ネットが混雑して申請するのも一苦労です。ネットカフェに行くか、韓国人の友達に頼んでみるのをおすすめします。加えて履修登録の際も早い者勝ちなので授業をとるのに必死でした。TOPIKの勉強を1ヶ月前には始めようと思っていたところ、目の病気になり急遽手術を受けることになったため実際に始めたのは試験日の一週間前でした。もう一週間しか残ってない、今更やっても変わらないかな、と諦め半分で勉強を始めました。ネットに過去問が載っていたので解きながら分からない単語があれば書き出すようにし、最初は自分のペースで解いて、だんだん時間を決めて早く解くよう心がけました。おそらく今までで1番勉強した一週間でした。そのおかげで思ったよりも良い結果を出すことができ最後まで諦めないでやるべきだと実感しました。今まであやふやだった勉強法も自分のやり方を見つけることができました。    韓国という国に留学してよかったと思う点がいくつかあります。まず、韓国はやはり日本と街並みや交通が似ていて住みやすいと感じました。韓国語が分からなくてもなんとなくで過ごせると思います。もしわからない時は空港や駅、カフェに行けばWi-Fiがあるのですぐ調べることも可能です。Wi-Fiに関しては本当に便利だと感じました。外にでれば至る所にWi-Fiが飛んでいて、そのおかげで私は前期と後期の途中までsimを作らないで生活していました。外出する際は、事前に調べておくか、駅のWi-Fiを利用して調べていました。寮、学校にもWi-Fiが飛んでいるのであまり外出をしない人は余裕で生活できます。しかし、部屋を出てエレベーターに乗る際や寮から学校に向かう途中など、少しの時間ですがそういった時にさっと連絡が取りたい時には不便でした。Wi-Fiがあるところに着いてWi-Fiが繋がるのを待ってから、やっと連絡をすることができます。Wi-Fiがないと自分が連絡できないだけでなく、友達からの急な連絡にも気づくことができませんでした。また、学校では多くの人がWi-Fiを使うのでちょっと調べものをしたいけど、うまく接続ができない、なんて時も多々ありました。simがあるに越したことはないですが、無くても生活ができるということは、とてもWi-Fi環境が整っている国だと思いました。    外に出ると、電車とバスの乗り換えの際に割引されたり、電車で20分先の場所に行くのと1時間先の場所に行くので電車代に大差ないことから近いところはもちろん遠いところにも遊びに行きやすいです。どこへ行っても、安くて可愛い服やアクセサリーがたくさんあり、私も帰りの荷物の量を考えずついつい買ってしまう程でした。食べ物は想像通り基本的に辛いものが主です。私は辛いものを食べて一度お腹をこわしてから毎回こわすようになってしまい普通の辛くない味の方を頼むようになったのですが、それでも辛いものが出てきたときはびっくりしました。韓国人はどれだけ辛いものを食べているのか、辛いもの好きの文化に圧倒されました。それからは辛くないものを見つけるのに逆に苦労しました。私自身辛いものはもともと好きなので早く克服してもっといろんな韓国料理を食べたいです。その中でも辛くないのが屋台のおでんです。西面や南浦洞に行くと屋台がたくさん並んでいて、おでんもたくさん出ています。おでんの具は熱々で大きくて、寒い冬には身体が温まってとても美味しいです。他にも屋台に行くとホットクやチヂミなどの人気の韓国料理が気軽に食べられるので韓国人はもちろん観光客もたくさん訪れていました。    今政治間で様々な問題があり、韓国に良いイメージを持たない人も多いと思います。私も行く前は少し怖い気持ちもありましたが、実際に行ってみて、政治間と一般市民は別だと感じました。隣国ということもあり日本人観光客も多く日本語を話せる韓国人も多いです。日本人だからといって失礼な対応をされた経験はなく、むしろ頑張って韓国語で会話しようとする私に対して親切に対応してくださる方たちがたくさんいました。もう日本に帰ってしまうからと店員さんがサービスをしてくれたり、日本語で話している私達を見て日本語で話しかけてくれたり、その時は日韓の壁が少しなくなったように感じて嬉しい気持ちになったのと同時に、もっと多くの人とその気持ちを共有していきたいという考えを持ちました。今もこれからも一番距離の近い韓国と、心もより近くなれるよう自分にできることは進んでやっていきたいです。

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釜山外国語大学校

釜山で学んだこと
岡田真優
英語コミュニケーション3年
2018年9月~2019年6月

   私は釜山外国語大学に1年留学をしました。麗澤大学に入学したら、韓国に留学しようとずっと決めていたので、いけると決まった時はとても喜んだのを覚えています。行く前からわくわくして、早く留学したい!という気持ちでいっぱいでした。私は、普段から韓国のテレビなどを見て、簡単な単語を覚えたり第二言語で韓国語をとっていたのですが、クラスの中でもできるほうだと思っていたので、不安もなく釜山に飛び立ちました。しかし、初めて釜山について寮で説明を受けているとき、寮の人たちはみんな韓国語で早いスピードで話していて、まったく聞き取ることが出来ず、一緒に麗澤から来た先輩に通訳してもらうような状態でした。自分では自信のある言語だったので、その時点で自分はすごくショックを受けて、これからやっているのかすごく不安になりました。釜山についてから三日間ほどは、学校も始まらず友達もいない、ルームメイトは台湾人で韓国語しか通じない、コンビニに行っても全部韓国語で話されて、自分の言語に自信が持てなくて怖くてつらかったのを覚えています。    学校が始まってからも、履修申請がうまくいかなくて、ほとんどの授業を変えたり、聴講の申請を出すのに韓国人の先生に韓国語でそれを伝えなければならなくて、私だけちゃんと授業が決まるのに1週間以上掛かりました。頼れる人がいなかったのでつたないそれも自分で全部やりました。あの時は不安ですごく大変だったけど、それのおかげで何でも一人でできる力がついたと思います。自分の力で頑張ったおかげで、知らない土地で一人で何かすることが怖くなくなりました。    また、初めて韓国語の授業を受けたとき、もちろん先生はすべて韓国語で話すので先生が私に質問をしたとき、私はその言われた単語を初めて聞いて理解できなくて、先生に「これも聞き取れないならあなたはこのクラスじゃやっていけないと思うけど」と言われたり、知り合った日本語学部の韓国人に、韓国語で話す練習をしようと言われてもなかなか言葉が出てこなくて「もっと勉強したほうがいいと思うよ」と言われたのが悔しくてこのままじゃだめだと思い、最初の頃はいろんな方法で勉強しました。授業中先生が話す言葉で知らない単語や言い回しはすぐ調べてメモしたり、生活している中でこう言うときは韓国語では何というのか?と常に考えるようにして、その都度どこにいてもネットで調べてケータイにもメモしました。また、一人でたくさん買い物に出かけて店員さんがよく使う言い回しなどを覚えたり、受け答えも今回はこうやって言ってみよう、今日は店員さんに質問してみようなど目標を立てて話すよう心掛けました。ドラマの中での会話、韓国人が話してるのを聞いて本場で使う会話のための韓国語を覚えいていきました。そのおかげで今では韓国語字幕で映画を見て大体は理解でき、祖母が釜山に遊びに来た際にも案内したり、韓国人と電話もできるようになりました。まったくわからなかった寮の説明もわかるようになり、まだまだ学ぶべきことはたくさんですが目に見えて言語力が伸びました。周りの人にもすごく上手になったよと言われ、自分に自信を持つことが出来ました。そのおかげで韓国人の友達とも徐々に付き合えるようになり、韓国人が日本語を練習するためのお手伝いの活動をしたり、また歌うことが好きだったので歌のサークルに入って、公演で韓国語の曲を歌いました。消極的だった私が活発に活動出来て、このような点が一番留学してよかった点だと思いました。    また、生活面についてですが、全体的に暮らしやすかったと思います。学校の周りには自然があるし、少し行けば都会のような場所もあり、のんびりと生活できた点がすごくよかったです。また、外国人だから差別を受けるのではと思われがちですが、日本人ということを伝えるとむしろみんなとても親切にしてくれて、たくさん話しかけてくれます。食文化に関してもわたしは辛いものも好きだし、おいしいので不自由なく過ごせました。ただ、おいしいものが多すぎて太るところが難点です(笑)。またカフェが好きな方は、釜山にはかわいくておしゃれなカフェがたくさんなのでカフェ巡りをするのも楽しいかと思います。花火大会や、夢だったコンサートなどにも行けてとても充実していたと思います。    生活している中で韓国人の情の厚さや親切さにたびたび感心させられました。例えば、知り合った韓国人が、自分の友達を紹介するために、サークルの集まりに私連れて行ってくれて、そこから輪が広がったり、留学して間もないとき、教室がわからなくて近くを通り過ぎた方に聞いたら、自分もその場所をわからなかったのに、授業がもう始まるぎりぎりの時間まで一緒に探してくれたり、たまたま同じ授業で課題をするグループが一緒になっただけで、ご飯に誘ってくれたり、落ち込んだ時には話を聞いてくれるような仲にまでなれました。積極的に話しかけてくれる人がいっぱいで、深く仲良くなれる友達がたくさんできました。そういった人たちとたくさん触れ合うことで、私は韓国人がもっと好きになれました。    留学は大変なこともありますが、それよりも楽しくて充実した時間が圧倒的に多かったです。日本に帰った今でも、釜山に行きたいという気持ちでいっぱいです。そのくらいわたしにとっては人生を変えた大きな選択だったと思います。わたしは内気な性格や、何も成し遂げられない自分を変えたくて留学を決断して、それを達成することが出来てすごく自信につながりました。。韓国への留学を悩んでいる方も、私の体験記やレポートを読んで留学の助けになったらいいと思います。なにか聞きたいことなどがあれば、いつでも相談に乗ります!みなさんも充実した留学生活を送れるよう応援しています。

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体験者による留学先紹介

釜山外国語大学校への留学経験者が留学先をご紹介します。