大学で出会い、「いつか起業したい」と夢を語り合った4人の学生。卒業後はそれぞれの道で経験を積み、約7年の時を経て再び集結しました。日本、インドネシア、ドイツにルーツを持つ4人が、2023年12月に立ち上げたのが「合同会社HiveMinds」です。麗澤大学での出会いや学び、それぞれのキャリアを経て起業に至った道のり、そして現在描いている未来について伺いました。
URL:https://www.hiveminds.co.jp/ja
小さなキャンパスでつながった4人
―皆さんは、麗澤大学経済学部の同期だと伺いました。どのように出会い、親しくなったのでしょうか?
拓さん:スルヤとは、新入生オリエンテーションのクラスが同じでした。当時の私は「友達の輪を広げたい」と色々な人に声をかけていて、その中でスルヤと出会いました。拡と私は双子ですが、偶然、同じ麗澤大学の経済学部に進学しました。
マルテさん:私は、留学生と日本人学生が交流できる学内のスペース「iFloor」で、スルヤとよく一緒に過ごしていました。また、拡とは学内の駐車場誘導のアルバイトで何度も顔を合わせるうちに仲良くなりました。4人とも同じ授業を受けていたわけではありませんが、麗澤大学は小さなキャンパスだからこそ、何度も顔を合わせます。「さっきも会ったよね」と言葉を交わすうちに、自然と4人がつながっていきました。最初は双子の2人を見分けられず、私とスルヤは混乱していましたね(笑)。
起業への原点と、今につながる麗澤大学での学び
―学生時代から、将来は起業したいという夢があったと伺いました。皆さんはなぜ、起業という道に惹かれたのでしょうか?
-

-
拡さん:私には、明確に「27歳までに起業する」という計画がありました。祖父が事業を営んでおり、その背中を見て育ったことから、昔から「こういう働き方は面白そうだ」と感じていたのです。大学で会計学を学び、経済やお金の動きを論理的に理解する中で、独立への思いが確信に変わっていきました。
拓さん:私は拡のように計画的だったわけではなく、最初は「社長ってかっこいいな」という単純な憧れや、双子として比べられる中での反骨心が原点でした。ただ、大学で経営学や組織論を学ぶうちに、いつか自分も経営に挑戦したいという思いが強くなっていきました。
スルヤさん:インドネシアの地元では、「生きるために自分で商売をする」ことが身近でした。私も子どもの頃から、両親が経営するホテルの受付やデザインを手伝い、お小遣いをもらっていました。まず自分で動いて稼ぐという感覚が生活の中にあったため、私にとって経営は、憧れというより自然な選択でした。
マルテさん:私の祖父母も、戦後の何もない時代に、農業や電化製品を扱う店を自分たちの手で始めました。自由に生きる家族の姿を見てきたことに加え、麗澤大学の緑豊かなキャンパスで「自分は何がしたいのか」をじっくり考えられたことが、今につながっています。
―麗澤大学での学びの中で、現在の仕事に生きていることを教えてください。
スルヤさん: 私にとっては、課外活動の「模擬国連」です。毎週のようにリサーチを行い、自分の意見をまとめて英語で発表しました。お客さまを探すと時も提案書をつくる時も、まず徹底的に調べ、どう伝えるかを考える。その基礎体力は、学生時代に鍛えられました。
-
マルテさん: 大きな影響を受けたのは、当時麗澤大学の教授だったピーター・A・ラフ先生の専門ゼミナールです。先生は「自分で考えること」を大切にされていました。本や世間の意見をそのまま受け入れず、「なぜそうなのか」「自分はどう考えるのか」を問い続ける。その姿勢は今のIT開発にもつながっています。お客さまから依頼されたものをそのままつくるのではなく、本当に必要な機能は何か、社会に良い影響を与えられるかを考えるからです。
-

拓さん: 近藤明人先生の専門ゼミナールで、地域活性化について研究しました。地域の事業者や住民の方々と交流し、現場のリアルな声を聞く経験を重ねました。現在、HiveMindsでは地方の中小企業を中心に支援しています。現場に足を運び、課題に向き合う姿勢は、麗澤大学の「現場で学ぶ」環境の中で身についたのだと思います。
拡さん: 会計学や経営学を通じて、事業におけるお金の流れや組織の理論を体系的に学べたことが、経営の土台になっています。一方、理論を学んだからこそ、机上の理論と現場の実務は違うことにも気づきました。「今の自分には実務経験が足りない」とわかったことが、卒業後すぐに起業せず、まず就職して経験を積むという決断につながりました。
起業から逆算して選んだ、それぞれのキャリア
―卒業後は、それぞれ異なる道に進まれました。最初のキャリアは、どのような考えで選んだのでしょうか?
拡さん: 経営の根幹を学ぶため、金融とコンサルティング業界に絞って就職活動をしました。選んだのは、会計や財務の知識を使って経営全体を支援する財務コンサルティング会社です。そこで4年弱働く中で、財務という「守り」だけを強くしても、営業力やブランド力という「攻め」がなければ会社は成長しないと痛感しました。そこで、2社目にはブランディングを支援する会社を選びました。起業に必要な経験を逆算し、足りない部分を補うように環境を選んできました。
-

-
拓さん:1社目は大手クレジット会社に就職しました。様々な部署を経験し、大企業の仕組みや仕事の進め方を学ぶためです。ただ、数年働くうちに「自分の人生をもっと自分で決めたい。心からワクワクすることに向き合いたい」という思いが強くなり、大学時代から研究していた地域活性化のコンサルティング会社へ転職しました。現場では地元の事業者から厳しい言葉をいただくこともありましたが、地域の現実に向き合った経験が、今の仕事に生きています。
スルヤさん: マルテの紹介でイベント会社に入社しましたが、2020年のコロナ禍でインバウンドの仕事がなくなり、会社の売上が大幅に減少しました。会社が休業状態となり、給料も減る中で「もう自分でやるしかない」と腹をくくりました。2021年に退職し、個人事業主としてWebサイト制作などを請け負いながら経験を積みました。
マルテさん: 私は、いわゆる一般的な就職はしていません。大学卒業後は大学院に進学し、在学中から柏市内の会社の社長と一緒に店舗を立ち上げました。コンセプトづくりから店舗運営までを実地で学び、その後はフリーランスとして制作案件に取り組むなど、自分なりの道でビジネスの力を磨いてきました。
7年ぶりの再集結――4つの経験がひとつの会社になるまで
―それぞれの場所で経験を積んだ4人が、再び集まったきっかけを教えてください。
拡さん: 前職で海外向けの案件を担当し、翻訳者やインタビュアーを探していたところ、偶然、候補者のリストにマルテの名前を見つけました。声をかけて一緒に仕事をしたことが、再会のきっかけです。
-
スルヤさん: 私は、まず拡と再会しました。個人事業主として独立した頃、拡も個人で仕事をしていると聞き、会うことになったのです。話をするうちに、「これから一緒にやろうか」と会話が熱を帯びていきました。
拓さん: 私もちょうどその頃、人生の岐路に立っていました。様々な会社で厳しい現実を見てきたからこそ、「これからは自分が心からワクワクすることに向き合おう」と決めたタイミングでした。そこで拡から声がかかり、卒業から約7年ぶりに4人がそろいました。
-

マルテさん: 久しぶりに集まって話す中で、「それぞれが別の場所で得た経験や価値観をひとつに集めれば、もっと大きな価値を生み出せるのではないか」という結論に至りました。そして、2023年12月に合同会社HiveMindsを設立しました。社名には、ハチの巣のような「集合的知性」という意味があります。4人の異なる思考や強みを結集し、大きな価値としてお客さまに届けたいという思いを込めています。
現場に寄り添い、日本とアジアをつなぐ
―現在、HiveMindsではどのような事業を展開しているのでしょうか?
-

-
拡さん: 主な事業は、ITシステムやAIの開発です。「新しい事業を始めたい」「業務をシステム化したい」といった相談をいただいており、お客さまの90%以上を中小企業が占めています。
マルテさん: 私たちが大切にしているのは、依頼されたものをそのままつくるのではなく、お客さまと一緒につくる「共同開発」です。最初から完成形を決め切らず、開発の途中でも何度も確認していただき、現場の意見を取り入れながら改善します。そうして、本当に使えるものをお客さまと一緒につくっていきます。
拡さん: もうひとつのこだわりは、「必ず現場に行く」ことです。静岡県の農家の方から相談をいただいた際も、車で現地へ向かいました。農業などの一次産業には、まだシステム化が進んでいない領域があります。それでも、「自分が先駆者となって業界を変えたい」という熱意を持つ方がいる。その思いを、私たちは形にしたいのです。
拓さん: 現場の空気やお客さまの熱量を直接感じなければ、誰がどのような環境でシステムを使うのかは分かりません。必要であれば、全国各地どこへでも足を運びます。
―実際に、企業の課題解決につながった事例を教えてください。
拡さん:東京都にある中小建設会社の事例があります。同社では、保守管理などのアフターサービスに関するお問い合わせを、主に担当者が電話で受け付けていました。
拓さん:建設業界では夜間に工事を行うこともあり、遅い時間に電話が入る場合もあります。担当するスタッフの負担が大きく、今後も対応を続けていくことに課題を感じていらっしゃいました。
マルテさん:そこで、業務上のやり取りを効率化し、スタッフの負担を軽減するためのシステムを共同開発しました。単に業務をIT化するのではなく、現場の声を取り入れながら、会社が長く事業を続けていくための仕組みを一緒につくることを目指しました。
スルヤさん:今後は、この事例で得た知見を、同じような課題を抱えるほかの企業や業界にも生かしていきたいと考えています。一社の課題解決が、業界全体を変えるきっかけになる。そこに大きなやりがいを感じています。
―日本と海外をつなぐ事業にも取り組んでいるそうですね。今後、どのような展開を考えていますか?
拡さん: 私たちの大きな目標は、「日本で一番、アジアのソリューションを活用できる存在になること」です。IT開発に加え、日本から東南アジアへ進出したい企業の初期相談や市場調査、現地ネットワークとの接続なども支援しています。
-
スルヤさん: インドネシアには、直接雇用しているエンジニアのチームがあります。私とマルテが英語やインドネシア語で現地のメンバーと直接やり取りしながら、開発を進めています。
マルテさん: 日本のお客さまとは日本語で丁寧にやり取りし、開発では海外チームと連携する。その両方ができることが、お客さまの安心感につながっていると思います。
-

拓さん: インドネシア第2の都市であるスラバヤなど、優秀な人材や機関が集まる地域とも連携しています。現地のネットワークやパートナーの力を生かし、日本の中小企業とアジアをつなぐハブとなって、新しいビジネスチャンスを生み出していきたいです。
「失敗していい」「逃げてもいい」「直感を信じろ」
―最後に、進路や将来に悩む高校生へ、ご自身の経験を踏まえたメッセージをお願いします。
スルヤさん: 私からは、「きっかけなんて、何だっていい」と伝えたいです。やりたいことがあるなら、まずはやってみてください。私は学生時代、「食べられるスプーン」をインドから輸入し、日本で販売しようとしたことがあります。結果は大失敗でしたが、学生だからこそできた挑戦でした。今の自分があるのは、あの失敗があったからです。きっかけは小さくても構いません。興味を持ったことに、まず一歩踏み出してみてください。
-

-
拓さん: 私は、「逃げてもいい」と伝えたいです。自分に合わない環境から離れることは、決して悪いことではありません。私も最初の会社から転職しました。大切なのは、逃げた先で、自分がワクワクできるものを見つけられるかです。誰かを責めるためではなく、自分が情熱を注げる場所を探すための「前向きな逃げ」であれば、それも大切な選択です。恐れず、自分の居場所を探し続けてください。
マルテさん: 社会が求めるレールではなく、「自分は何を求めているのか」を大切にしてほしいです。会社をつくれば、すべてがうまくいくわけではありません。成功の裏には多くの失敗があります。ビジネスでも人生でも大切なのは、諦めずに立ち上がり続けることです。ひとつの道が終わっても、また別の道が始まります。焦らず、あなた自身の冒険を見つけてください。
拡さん: 私は、「決断する時は直感を信じてほしい」と伝えたいです。進学や就職で迷う時、偏差値や就職率など、様々な情報を集めると思います。しかし、それらは判断材料のひとつです。最後は、自分の経験から湧き上がる「これでいける」という感覚を信じてもよいのではないでしょうか。
以前、上司から「行った先で、自分がどう動くかが一番重要だ」と教わりました。どの道を選んでも、その選択を正解にするのは自分自身です。私たちも、10年後、20年後に「麗澤大学からこういう会社が生まれた」と言っていただけるよう、母校に恩返しをしていきたいと思っています。皆さんも自分の直感を信じ、まずは一歩を踏み出してみてください。その一歩が、きっと自分の人生をつくっていくはずです。
麗澤大学の最新情報をお届けします。