小学1年生の時に経験した東日本大震災をきっかけに自衛隊を志した出頭さん。高校で国際情勢に関心を広げ、麗澤大学国際学部へ入学。持ち前の探究心を発揮して、模擬国連や民族音楽研究会といった多岐にわたる活動へと広がっていきました。取材当時は中国政治の研究に打ち込みながら、2025年9月から始まる中国への留学を前に、更なる学びを求めていました。前編では、自衛隊への憧れから国際政治へ関心が広がった原点について伺いました。
※本インタビューは、2025年8月に実施しました。
※取材時、4年次生
小学1年生のあの日から、私の探求は始まった
-まず、幼少期のお話からお聞かせいただけますか?
私が何かを深く探求するようになったきっかけは、小学1年生で経験した東日本大震災でした。津波で被災した友人もおり、私自身も命の危機を感じる場面がありました。無事に自宅に戻ってテレビをつけると、そこには自衛隊の方々が命がけで救助活動を行う姿が映っていました。その姿に心を奪われ、「人を助ける仕事」に強い憧れを抱くようになったのです。

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当時は純粋に、彼らの姿がとてもかっこよく見えていました。そこから自衛隊や軍事に興味を持ち、軍歌をカラオケで歌ったりするような、言わば"ミリタリーオタク"の子どもでした。周囲からは「変わっているね」と言われることもありましたが、印象に残ってもらえるという意味では、自分にとって良い経験だったと思います。
自衛隊員から、国際政治を志す道へ
―自衛隊への憧れが、麗澤大学への進学につながったそうですね。
自衛隊に入りたいという気持ちは、高校2年生まで変わりませんでした。自衛隊の広報官の方から過去の試験問題をもらって対策していたほどです。
しかし同じ頃、ニュースで戦争の報道を見るたびに「なぜ戦争が起こるのだろう」と考えるようになりました。自衛隊という存在がなぜ必要なのか、その背景には国際関係や政治が絡んでいることに気づき、最初は物理的な力に惹かれていた関心が、次第にその背後の学問的探求へと移っていきました。
その後、国立大学で政治学を学ぼうとしましたが、受験に失敗してしまいます。そんな時、高校の先生に勧められたのが麗澤大学でした。私は都会のビルに囲まれたキャンパスは好みではなく、満員電車に乗る生活にも息苦しさを感じていたので、自然豊かな環境に惹かれました。実際に大学に訪れると、鳥や虫の声が聞こえる落ち着いた雰囲気で、この4年間、麗澤大学に進学したことを一度も後悔したことはありません。さらに、少人数制で先生方にきめ細かく指導してもらえるという点も、私にはとても合っていました。
先生から得られた「愛のムチ」
―麗澤大学での学びで、特に印象に残っている授業を教えてください。
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最も成長を感じたのは、3年次生からの佐藤裕視先生のゼミナールです。先生は淡々としていて、他の先生方とは違う指導スタイルです。とにかく厳しく、よく「メンタルをボコボコにされる」と冗談で言っていました。
でもその厳しさは、大学院レベルに達していない現状をはっきりと指摘し、より真剣に研究に向き合わせてくれる「愛のムチ」だと感じていました。先生が「それじゃ無理だよ」と厳しく言ってくださるのは、私に期待してくれているからだとわかっていたので、嫌だと思ったことは一度もありません。

授業中は厳しいのですが、普段は世間話もよくします。そのメリハリも魅力でした。私は精神的に弱いところがあるのですが、先生の熱心な指導が、その弱さと向き合うきっかけをくれました。いつまでも探求心を持ち続けて学びたいという思いが強いため、先生の指導は私にとって大きな道しるべになっています。
日本と中国の「ギャップ」を探求する
―中国政治に関心を持つようになった経緯を教えてください。

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中国政治に興味を持ったのは、自衛隊に憧れ始めた時期と重なります。ちょうど習近平政権が発足し、日本と中国の軍事・政治的緊張が高まっていた頃です。文化的にも距離的にも近い国なのに、細かな部分を見ると全く異なる。その「ギャップ」に強い衝撃を受け、「なぜ対立するのか」という疑問を抱きました。
同じ漢字を使い、似たような料理もあるのに、なぜここまで違うのか――。単純な疑問から始まった関心は、やがて「深く掘り下げたい」という強い探求心へと変わっていきました。
そして、この学びを深めるため、2025年9月から2年間、中国へ留学します。留学先は広東省広州市です。温暖な気候のもとで国際色豊かな人々が行き交う環境に魅力を感じ、この地を選びました。中国政府奨学金に個人で申し込むという高い壁もありましたが、この留学が自分をさらに成長させてくれると信じています。



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