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2021.03.12|最終更新日:2022.06.14|

【前編】人々の幸せのために、AIやテクノロジーを使える人材を育てたい

【前編】人々の幸せのために、AIやテクノロジーを使える人材を育てたい
清水 千弘
麗澤大学 特任教授
麗澤大学AI・ビジネス研究センター / 都市不動産科学研究センター センター長
岐阜県大垣市出身。研究テーマは、ビッグデータを用いて見えない価値を測定する「経済測定」。東京大学空間情報科学研究センター特任教授、日本大学スポーツ科学部スポーツデータ解析研究室教授、マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員。その他、リクルート、ドバイ政府など国内外の企業・組織のAI関連部門のアドバイザー、国土審議会・社会資本整備審議会の専門委員、内閣府統計委員会専門委員なども務める。
プライベートではおいしいコーヒーの淹れ方を研究中。海外旅行が好きで、世界各国にいる友人たちを訪ねるのが楽しみ。
目次

    「夢は叶う」。自分の人生のキャリアを長く見る選択が必要です

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    • 「夢は叶う」。そんな言葉が大好きです。中学、高校は、テニスをはじめいろいろなスポーツに向き合いました。テニス、陸上、空手などなど。部活ではテニスをしていて、中学生の時も全国レベルの大会に出ていたので、漠然とインターハイ(全国高等学校総合体育大会)や国体に行くことが「夢」になった。地元のインターハイ常連校の工業高校からも誘いがあり、そこへの進学を考えました。しかし、両親と中学の先生から反対にあい、高校は地元の進学校に行きました。インターハイなど無縁の弱小チームです。

    そこでテニス初心者も入れてチームを作り、素晴らしい恩師やコーチとの出会いもあり、3年生の時にダブルスで素人だった子とペアを組んでインターハイに出場、後輩たちは団体戦でも出場を果たした。無から有を生み出し、夢を叶えた瞬間でした。大学でもテニスを続けたのですが、もともと抱えていた肘の問題で、大学2年生の時に、アスリートとしての道が閉ざされてしまった。その時は、本当に人生が終わったと思いましたね。

    • そのような時に、生涯の師となる教授と出会うことがありました。その教授は、日本で初めて「計量経済学」という学問を教えた方で、その後のビッグデータ解析などの基礎となる知識を与えてくださった。今思うと、高校進学時に両親や恩師が普通高校への進学を進めてくれたことが、研究者へと転換する機会を残してくれていたと思います。父が言っていたのは、人生は長い。テニスだけが人生ではない。チャンスが多い普通高校に行くことが大切だと言ってくれたことです。その結果、大学にも進学し、テニスがなくなっても、新しい熱中できる道を見つけることができたと思っています。そして、アスリートの時も、研究者になる時も、良い「師」の存在は欠かせないものでした。

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    一番難しいものに挑戦する。人々の幸せを左右する「環境」。本当の豊かさとは何か、見えない価値を測りたい!

    私は「経済測定」という分野の研究をしています。経済社会では、様々な統計を見ながら政策や経営を考えますが、その統計が歪んでいては、正しい判断ができません。その中でも、測定すらできない分野があると、社会は正しい方向に舵をきることができなくなってしまうのです。「経済測定」の分野において、最も測定が困難な対象と言われてきたのが、「環境」であり「不動産」の価値測定でした。私が大学生、大学院生の頃、日本はバブル真っ只中。巨額の富を築く人もいたけれど、その一方では貧しい人もいるし、長時間の通勤や通勤ラッシュで大変な思いをしている人たちもいる。環境の問題だってある。

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    • そんな世の中を見ていて、本当の豊かさ、人の幸せって何だろうと考えた時、大事なのは「環境」なのではないかと思ったんです。また、多くの方を「バブル」に狂わせていた不動産って何だろうと漠然と考えたのです。 実は、その二つのことが密接に関係するという理論を、恩師によって教えられたのです。 たとえば緑が多くて、公園や医療介護・子育て支援施設が充実するA町と、それらが少ないB町を比べたら、A町のほうの人気が上がります。土地の供給量は一定ですから、その人気分だけ、不動産価格も高くなる。その価格差が、A町の環境の価値です。このようなメカニズムを説明するのが、「ヘドニック理論」というものです。

    このように環境価値を測定していくためには、不動産の価値を測定・分解していかなければなりません。なぜなら、不動産は品質が均一ではなく、最寄り駅からの距離や、たとえ同じ土地でも、建物の築年数や構造などによって価値が変わってしまうからです。しかし、不動産の価値を測定しないことには、環境の価値も測れません。もっとも測定が困難な対象だと言われていても、挑戦する価値があると思いました。これが私の研究者としての人生を始めるきっかけとなりました。今振り返ると、一番難しいと言われているからやめておくというのではなく、「高い志」が何よりも大切だと、改めて思っています。 その価値を測定するためには、AIを勉強しないといけない。その研究を通してAIと出会ったのは1995年のことでした。

    縁の下の力持ちが大切。日本における不動産価格指数の運用システムを作ったのは、麗澤大学の卒業生!

    不動産価値の測定は、ビッグデータを解析して行いますが、既存の技術では限界があり、AI(人工知能)の力が必要でした。と言っても、1995年当時はビッグデータやAIという言葉もなかったし、AIの性能も低かった。今、注目されているディープラーニングの基礎となる理論が誕生したのは、2006年のことです。その頃はデータをAIで解析できる形にする作業だけでも、膨大な時間と労力がかかり「ビッグデータの研究は作業で、研究ではない」という批判もありました。しかし、すべての研究がそうですが、データを作るといった縁の下の力持ちがいなければ、何も始まらないのです。

    • そもそも経済測定といった統計を作る仕事というのは、すべての研究者の公共財になる基盤を作る仕事であり、縁の下の力持ちのような研究なのです。ですから、私は、データを整備していくという仕事に誇りを持っていました。私の研究が注目していただく転機となったのは、2008年のリーマン・ショック。経験したことのない世界規模の金融危機が発生したのは、政策当局が不動産市場の動きを把握できていなかったことが原因とされました。その反省から、IMF(国際通貨基金)が2009年にG20の国々に対し、不動産市場の動向を把握できる「不動産価格指数」を作成し、公表するよう勧告しました。

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    統計というものは勝手に作ってはいけません。国際機関が指針を作成します。この時、不動産価格指数を作るための世界共通指針を作成するプロジェクトに、私が専門家として招聘され、OECD、国際通貨基金(IMF)、国連、世界銀行が共同で公表したガイドラインに、私が考案した不動産価格の測定法が推奨されたのです。

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    • ちなみに、日本における不動産価格指数の運用システムを作ったのは、麗澤大学の卒業生で、私のゼミナールの教え子。すごいでしょ?(笑)。その後、不動産価値測定に対する注目が世界的に高まったことと、AIの進化とAIの不動産業界への広がりが重なって、私たちが開発する技術は企業や政府、国際機関で活用されるようになっていきました。さらに、不動産価値測定の技術は不動産以外の分野にも応用され、各分野の専門家と協力することで、経済における様々な見えない価値を可視化できるようになっていったのです。

    テクノロジーの力を借りて社会課題を解決すること、それが研究者としてのやりがいです

    見えないものを見えるようにすると、便利になることはたくさんあります。たとえばコロナ禍での行動制限が経済にどれだけ影響を及ぼすのか。皆さん、知りたいと思いませんか?その影響は、人の流れと消費のデータを解析することで予測でき、政府が政策決定する上で重要な指標となります。見えないものを可視化することは、人々がより正しい意思決定をすることに役立ち、それが今、テクノロジーの力によって可能になってきているのです。

    • このように、テクノロジーの力を借りて社会課題を解決すること。それが今、私の研究者としてのやりがいとなっています。AIは今もどんどん進化し、激しいテクノロジー競走が続いています。テクノロジーが進化するのは、もちろん良いことですが、それ以上に重要なのは、テクノロジーを何のためにどう使うのか。私がこれまでに数多くのAI開発に関わってきたのは、人々の暮らしをより豊かに、便利にするためであり、テクノロジーの進化のためではありません。麗澤大学の学生には、テクノロジーを人々の幸せのために使うことのできる人材に育ってほしい。そう願っています。

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