工学部
2023.12.19

【前編】モバイルビッグデータが秘める可能性。政策や支援の効果が、それを必要とする人に届く社会を実現したい

【前編】モバイルビッグデータが秘める可能性。政策や支援の効果が、それを必要とする人に届く社会を実現したい

世界人口の90%以上をカバーする携帯電話ネットワークのデータを活用して、より詳細な最新の統計データを各国が作成できるように支援を行っている新井亜弓先生。モバイルビッグデータが使えるようになることで、パンデミックや災害時の支援、交通計画において、実態に即した判断や計画が可能になると言います。2024年度に新設される麗澤大学の工学部で講師を務められる新井先生に、前編では、学生時代のエピソードから専門分野に入ったきっかけまでを伺いました。

新井 亜弓
工学部 情報システム工学専攻 講師
建築や都市開発に関する仕事を経て、アジアやアフリカで開発プロジェクトの調査・研究業務に携わる中で、モバイルビッグデータに出会う。その後、東京大学空間情報科学研究センターにて、Spatial Data Commonsとして、モバイルビッグデータを活用した開発途上国の意思決定支援プロジェクトに10年以上従事。現在は、国連統計局の専門家委員会(公的統計のためのビッグデータ利活用委員)のメンバーを務めながら、タンザニア、ガンビアにてモバイルビッグデータプロジェクトを実施中。2023年度より麗澤大学に着任。専門は人口地理、空間情報科学。建設工学修士(早稲田大学)、国際開発学修士(政策研究大学院大学)、環境学博士(東京大学)。
目次

    建築を通じてデザインのプロセスを経験した大学時代

    高校時代は部活動に打ち込み、バスケットボールに熱中していました。一年間の浪人期間を経て、早稲田大学理工学部建築学科に進学し、そのまま大学院まで進みました。

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      ▲当時訪れたヘルシンキにある建築家の自宅兼スタジオ
    • 大学時代は建築やデザインが大好きで、夏休みや春休みを利用してクラスメートとバックパックを背負ってヨーロッパ中の建築を見てまわりました。デザインと聞くと芸術分野に近いものをイメージされることもありますが、建築デザインに関する授業では、あるお題が与えられてその課題解決をするためにどのような機能やデザインが必要であるのかを考え、最終的にそのアイディアを建築物に落とし込み、プレゼンテーションをするということを行っていました。建築の中でも、私は特に住宅建築が好きで、お題で与えられた多種多様な趣味や人生観がある人や、特殊な家族のための暮らしを想像しながら課題に向き合い、一から設計するのがとても刺激的でした。

    大学時代の忘れられない思い出は、夏休みの100枚スケッチの課題です。その課題は各々が好きな建築を実際に訪れて、建物やそのディテールなど自分の好きなところについてスケッチを描くというもので、私は仲の良い友人とフィンランドやスウェーデンなどの北欧諸国を1ヵ月かけて回りました。スケッチブックが北欧の都市から日本に郵便で届く日数を逆算して、「この日にこの都市から発送すれば課題の提出締切に間に合う」と、都市や町を回りスケッチしながら旅をしました。課題のノルマに追われつつも、実際に建築を見て、細部に触れることができることで、設計者の意図やそこに生活を送った人が建物をどのように使っているのか見ることは、とても貴重な機会でした。これがきっかけで、いまでも北欧デザインが大好きです。

    建築からデータ分析の道へ

    • 建築に没頭した生活を続ける中で最初の転機が訪れたのは、仕事で東南アジアの都市開発プロジェクトに関わっていた時のことでした。当時私はそのプロジェクトの報告書作成に携わっており、プロジェクトのインパクトや効果を説明するにはどのような報告書のまとめ方をしたらよいのかを真剣に考えていました。その中で、プロジェクトの意義を説明することと同じぐらい、具体的にどのようなインパクトをどのくらいもたらしたのか、ということを客観的に説明する大切さに気付かされました。これをきっかけに、物事を説明するために必要なデータについて「もっと知りたい」、「それを分析して説明できるようになりたい」と考えるようになりました。これが、データに関わるの世界に足を踏み入れるきっかけとなりました。

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    当時、FASID(一般財団法人国際開発機構)とGRIPS(政策研究大学院大学)が共同で国際開発に関する大学院プログラムを開設しており、開発経済を学ぶ国際開発人材の育成を行っていました。運良く試験に受かり、JICA(独立行政法人国際協力機構)の長期研修員として、再び大学院で勉強をしました。このプログラムは2年間、開発経済や統計を学び、実際にアフリカの農村の家計調査データを使って分析も行いました。また、ワシントンDCでインターンシップをする機会もあり、これらの経験を通じて、データ分析の手法や、それがどのようなどころで必要とされ、どのように使われているのか、ということを学びました。このプログラムがあったからこそ、今の自分は存在すると思えるぐらい、とても貴重な経験をたくさんさせていただき、とても感謝しています。

    アフリカ・ケニアでの運命的な出会い

    その後、JICA研究所(現JICA緒方研究所)で東南アジアやアフリカのプロジェクトに携わりながら、データ収集や分析を主な業務として働きました。ここでは、大学院で学んだ知識を活かして、分析の目的に合った調査設計やデータ収集、プロジェクトの運営などに携わりました。ちょうどプロジェクトの一環でアフリカのケニアに調査に行く機会が何度かあり、その際に、モバイルデータ分野と出会いました。

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      ▲当時ケニアでは、農家を一軒ずつ訪問して質問票による調査をしていました
    • 人が携帯電話を使うと、その時の位置情報や使用した時刻などが基地局に記録されます。そのデータを分析することで、時間帯ごとに異なる人口分布や、人々の移動パターンなどを明らかにすることができます。また、地図に現れない、文書としても記録に残っていない現地の実態を把握するのに、大きな恩恵をもたらします。当時、調査員とともに、質問票を持って各世帯のデータを集めていた私にとって、このようなデータの存在は衝撃でした。人々が携帯電話を使うだけでデータが継続的に蓄積され、データを集めるための調査の時間も費用もかからない、というこれまで自分が知っていた伝統的な調査データとビッグデータの違いを目の当たりにした瞬間でした。

    開発途上国では想像以上に携帯電話が普及しており、携帯電話が普及すればするほど、データからより実態に近い人口分布や流動を分析することができます。これらのデータは災害時などに人口分布の実態に即した的確な計画を立てることに、大いに役立ちます。

    東京大学でモバイルビッグデータの研究へ

    実態をデータを用いて把握し、それを根拠とした事業を計画したり、プロジェクト評価をしたい、と考えて建築を離れた私にとって、携帯電話データのようなビッグデータは、夢のような可能性を秘めたデータでした。そこで、再び仕事を離れて、今度は東京大学でモバイルビッグデータに関する分析をしている柴崎研究室に博士課程の学生として入学しました。東京大学では、ビッグデータの分析や地理空間データの視覚化などを学びました。卒業後も東京大学でモバイルビッグデータに関する研究を続け、主にデータやリソースが不足する開発途上国において、モバイルビッグデータを活用した統計作成と、それを用いた意思決定支援に携わってきました。

    また当時から、国際連合統計部(UNSD)のUNCEBD(UN Committee of Experts on Big Data and Data Science for Official Statistics)という専門家委員として、モバイルビッグデータ利用に関する普及活動にも積極的に取り組んでいます。UNCEBDでは、ビッグデータを使って国勢調査のような公的統計を補完することを促進するため、アウェアネスレイジングのセミナーを実施したり、トレーニングのためのワークショップを実施したりしています。

    ―後編では、先生のご専門である人口統計の魅力や、麗澤大学の学生の印象、新設される工学部のビジョンについて伺いました!

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