卒業生の活躍
2023.09.07

【前編】自分の枠にとらわれずに、すべての可能性に対してオープンでありたい〜JALのパイロットとして世界の空を羽ばたく卒業生~

【前編】自分の枠にとらわれずに、すべての可能性に対してオープンでありたい〜JALのパイロットとして世界の空を羽ばたく卒業生~

日本航空(JAL)のパイロットとして、多くのお客様に安心・安全な空の旅を提供している、卒業生の長谷川千春さん。幼い頃から身近にあった「飛行機」に関わる仕事にあこがれを持ち、最初は客室乗務員を目指していましたが、大学4年次にパイロットになることを決意しました。前編では、長谷川さんの子ども時代、大学時代のエピソードについて伺いました!

長谷川 千春
日本航空株式会社 ボーイング777型機 機長
【外国語学部 英語学科(現在の外国語学部 外国語学科)1995年3月卒業】
福岡県出身。麗澤大学卒業後、航空大学校へ入学し、1998年に日本航空株式会社(JAL)に入社。2021年には、ボーイング777型機の機長に昇格し、日本航空で女性初の大型機機長となる。3児の母で、趣味は乗馬とガーデニング。
目次

    外国語を真剣に学ぶ環境を探し、福岡から麗澤大学へ

    • 私の出身地は福岡県で、実家が空港のすぐそばにあり、小さい頃から飛行機は見慣れていました。私はいわゆる「躾に厳しい」家庭に育ち、教師だった父は絵に描いたような九州男児でした。中学・高校は私立の厳しい女子校に通い、部活のバレーボールには打ち込みましたが、学校の校風にはなかなか馴染むことができませんでした。大学選びの際は絶対に県外へ出て自立した生活を送りたいと思っていました。

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    麗澤大学との出会いは、母親とディズニーランドに遊びに行った際に、同じ県内に語学に力を入れている麗澤大学があることを知り、立ち寄ったことがきっかけでした。高校生の頃から留学したいという夢があり、自然豊かなキャンパスで外国語を学べる環境がとても魅力的に感じられました。

    受験生になった私は、外国語をしっかりと学べる大学をリストアップし、複数の首都圏の大学に合格することができましたが、最終的には麗澤大学を選びました。というのも、現在の麗澤大学のキャッチフレーズ「国際性にこだわる。」のとおり、当時、学生の約5人に1人が外国人留学生で、多様性で溢れていたからです。留学制度も当時から他大学よりしっかりと体制が整えられており、語学力アップのための勉強ができると思いました。また、少人数制で先生との距離も近いため、「取りこぼしなく、学べるのではないか」と感じられたことが、目標が定まっていた私にとって、大きな魅力でした。

    あなたが履きたいと思う靴を履きなさい

    入学後、印象に残っている授業はディベートのクラスで、すごく楽しかったことを今でも覚えています。その他には、同時通訳をご専門としている教授や、元新聞記者で世界に行ったことのない国はないほど色々な国に行かれた教授など、多方面で活躍されていた先生方のお話を教室で聞けたことが、とても良い経験でした。少人数制だからこそ、ふらっと先生の研究室を訪れて、お話しすることもできました。

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    • 2年次の時には、麗澤大学の留学制度を活用して、アメリカのワシントン州にあるセント・マーチンズ大学に約1年間留学しました。寮に入って同年代のアメリカ人学生と共同生活をしたり、勉強や課外活動、週末のパーティーへの参加を通して、新たな価値観や文化、多様性に直接触れることができたのは、その後の人生設計をするうえで大切な経験になったと思っています。

    印象深かったのが、セント・マーチンズ大学での留学を終えて日本へ帰国する際に、ただ普通に帰るのはもったいないと思い、ニューヨークに立ち寄った時のことです。ニューヨークの靴屋で、サンダルか何かを買おうと思い、店員さんに「ニューヨーカーが履くような靴が欲しいのですが」と聞いたら、なんと「ニューヨーカーが履くような靴はない。あなたが履きたいと思う靴を履きなさい」と言われたのです。それが強烈に印象に残っていて、やっぱりここはアメリカだなと思いました。誰々らしいとか、何々らしいではなくて、自分らしいものを選ぶべきで、自分らしいものを履くべきだ、ということを店員さんから教えてもらいました。あらためて、アメリカに来てよかったなと感じましたし、人生そのものの大事なメッセージをもらったような気がしました。

    いいんじゃない? 千春ならできるよ

    パイロットになろうと思ったのは、大学4年次の時です。小さい頃から飛行機に乗るのが大好きで、祖父母の家に行く時は、客室乗務員やグランドスタッフが保護者の付き添いなしで出発から到着までアテンドしてくれるキッズサービスを利用して、1人で飛行機に乗ったりもしていました。最初は、飛行機に乗れる職業として、客室乗務員を目指していましたが、私たちの就職活動の時期に客室乗務員の募集がなかったこともあり、「パイロットになろう」と心に決めました。

    • まずは、情報を集めるために大学の就職課(現在のキャリアセンター)に話を聞きに行ったのですが、当時、麗澤大学の学生でパイロットを志す人は過去に1名程度しかおらず、しかも私が女性であるということで、就職課の職員の方にはとてもびっくりされました。しかし、先生や友人は皆とても応援してくれました。「前例がないのに無謀だよ」「さすがに、無理な挑戦では?」というようなネガティブな言葉を発した人は周りにおらず、「いいんじゃない? 千春ならできるよ」と背中を押してくれたので、決心することができました。大学で出会えた、互いを尊重し応援しあえる友人との絆は、人生の一番の宝です。今でも大学時代の友人とは交流があり、「麗澤大学に入ってよかった! 」と卒業して何年経っても思います。

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    ―後編では、いよいよ、長谷川さんがパイロットになるまでの道のり、そして、大型機機長となったお話を伺います!

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