卒業生の活躍
2023.09.07

【後編】自分の枠にとらわれずに、すべての可能性に対してオープンでありたい〜JALのパイロットとして世界の空を羽ばたく卒業生~

【後編】自分の枠にとらわれずに、すべての可能性に対してオープンでありたい〜JALのパイロットとして世界の空を羽ばたく卒業生~

日本航空(JAL)のパイロットとして、多くのお客様に安心・安全な空の旅を提供している、卒業生の長谷川千春さん。幼い頃から身近にあった「飛行機」に関わる仕事にあこがれを持ち、最初は客室乗務員を目指していましたが、大学4年次にパイロットになることを決意しました。後編では、長谷川さんがパイロットになるまでの道のり、そして、大型機機長となったお話を伺います!

長谷川 千春
日本航空株式会社 ボーイング777型機 機長
【外国語学部 英語学科(現在の外国語学部 外国語学科)1995年3月卒業】
福岡県出身。麗澤大学卒業後、航空大学校へ入学し、1998年に日本航空株式会社(JAL)に入社。2021年には、ボーイング777型機の機長に昇格し、日本航空で女性初の大型機機長となる。3児の母で、趣味は乗馬とガーデニング。
目次

    楽しかったカリフォルニア州・ナパでの訓練

    パイロットになるには、2つの方法があります。1つ目は、航空会社の自社養成パイロットとして入社試験を受けて採用される道。2つ目は、航空大学校や私立大学のパイロット養成コース、フライトスクール等でライセンスを取得後、航空会社に入る道です。私は、麗澤大学を卒業後、1年の準備期間を経て航空大学校に入学しました。当時航空大学校の女子生徒の割合は2%くらいでした。幸いなことに航空大学校在学中にJALに内定をいただき、入社しました。

    • jal_pilot_hasegawasama5.jpg
    • 入社後半年は、地上研修を受けます。パイロット以外の部署に行って、色々な仕事の流れを学び、その後、カリフォルニア州にあるナパの訓練所で、約半年間飛行訓練を行いました。その訓練がとても楽しく、充実した日々を過ごしたことを覚えています。今から20年ぐらい前の話にはなりますが、アメリカやヨーロッパには当時から当たり前のように女性パイロットがいて、女性機長も珍しくはありませんでした。例えるなら、近所のお姉さんがふらりとセスナ(軽飛行機)に乗っているような感覚でしょうか。管制官も含めて、女性が活躍されていました。女性だからといって特別視されることがなく、とても楽しく飛行の訓練ができました。

    ただ、日本での訓練が始まった時に、"女性"パイロットとして注目されることがあり、激しくギャップを感じました。2001年に、当時世界最大の機体だったボーイング747-400型機の副操縦士に昇格しましたが、フライトごとに、全く知らないキャプテンと初めて会って、フライトに行くというパターンが基本でした。はじめは、「女性パイロットがどこまでできるのか?」といったような無言のプレッシャーを感じる時もあり、なかなか苦労もしました。JALは大所帯で2000人近くパイロットがいるので、20年以上フライトをしていますが、未だにフライト当日に初めての顔合わせとなることも少なくないのです。

    副操縦士を7年、出産・育児を経て、念願の機長へ

    機長に昇格する前に、副操縦士として7年間飛び、出産や育児で6年間休職した後、2015年に復帰しました。この6年間のブランクを取り戻すのが、とても大変でした。まず、復職時に命じられたのは新しい機種のライセンス取得でした。休職中に、私が乗っていたボーイング747-400型機が引退しており、新しい大型機ボーイング777型機が登場していました。パイロットは飛行機ごとにライセンスが必要で、私は777型機の免許を取るための移行訓練と、復帰訓練を同時期に受ける必要がありました。試験に落ちてしまうと、私には乗れる飛行機がなくなってしまうので、退路を断たれた思いで必死に取り組みました。

    • 休職していた間に、同期はすでに777型機に移行して、機長昇格訓練にも入っていました。私も復職した際に、上司から「機長昇格訓練まで何年ぐらいで考える?」と聞かれていましたが、子どもがまだ小さく、かつ、自分のレベルがどのくらいに達すれば機長昇格訓練に入れるのか、全く想像がつかない状態だったので、まずは3年を目安にしました。3年が経つと、母子ともにだんだんと生活が落ち着いてきて、最終的には復職してから4年で機長昇格訓練に手を挙げることができました。訓練はコロナ禍の真っただ中に行われ、飛行機が減便したり、途中何ヵ月も訓練が中断したりするなどして長引きましたが、2年前の2021年に、念願叶って機長に昇格することができました。

    • jal_pilot_hasegawasama6.jpg

    現在のパイロットとしての私の勤務体系をお話しすると、主に「4日連続で働き、3日連続で休む」のがルーティンです。深夜にフライトが決まって呼び出されたり、夜中にご飯を食べたりするなど、不規則な生活は当たり前です。特に、機長になってからは重いプレッシャーがのしかかる瞬間もありますので、体の健康はもちろんのこと、メンタルの健康状態を維持させることを心がけています。自宅では、庭の草むしりをして無心になる時間を作ってリフレッシュしたり、近所の乗馬クラブで、乗馬をしたりしています。馬と一緒にいると心が落ち着きます。家に帰ると、子どもの話を聞くのも大事な仕事です(笑)。子ども3人が一斉に話しかけてきて、大変賑やかですが、この時間を大切にしています。

    「明日は明日の風が吹く」

    • jal_pilot_hasegawasama8.jpg
    • 皆さんの中には、すでに自分がやりたいことをしっかり決めている人がいるかもしれませんが、まだ高校生だからこそ決められていない人も多いと思います。麗澤大学は、多様性を認めてくれる文化がある大学だと思っていて、皆さんにもお互いを認められる友達ができると思います。先生も素敵な方がたくさんいらっしゃるので、麗澤大学に入ると、様々な価値観に触れ、新しい経験を積むことで、将来の選択肢を広げられるはずです。

    私の座右の銘は「明日は明日の風が吹く」です。飛行機に乗っていて、文字通り「今日と同じ風は明日は吹かない」ことを実感しています。厳しさが求められる今の仕事に就いてから、今日の自分を精一杯頑張って、明日のことは明日考えるという心の習慣がつきました。皆さんも本当にやりたいことが決まったら、必要以上に思い悩まず、流れに任せて目の前のことを丁寧に頑張っていれば、きっと夢を叶えることができますよ。

    SNSでこの記事をシェア