『お前、タヌキにならねーか？』

奈川トモ 著　／　一迅社, 講談社（発売）

　「人間やめるなら、タヌキにならねーか」。ブラック企業勤めで、うつ病を悪化させ、電車の来かかった踏切に入っていこうとした野々原さんに、すれ違いざまに声をかけた若い男。実は、近くの山に住むタヌキの化けた姿で、名前は「こがね丸」。彼は、「山のタヌキは、みんな人間になりたがり、里におりてしまう。だから人間をタヌキにスカウトしている」という。野々原さんは、こがね丸に術をかけられ、タヌキとして山のなかへ。

　青々とした木々、澄んだ小川、降り注ぐ木漏れ日...。自然と接していくうち、「死ぬのは怖い」「水がおいしい」という素直な気持ちを思い出し、術がとけて人間にもどっていく。人生の諸問題をかかえて暗い気持ちに落ちていった人々が、タヌキと交流するうちに、我を取り戻していく心温まる物語です。

　思いつめて、そこしか見えなくなったときに、他の場所もあるのだと思える。

　気晴らしとはよく言ったものです。「気晴らし」の大切さが判るものがたり。

　野々原さん以外にも、家族関係を拗らせたお父さん、性格に癖のあるホスト、親子関係に悩む女子高生、いろいろなひとが、悩ましい人間関係をタヌキになって見つめ直す、よじれた糸をほぐすようなストーリーです。アクションものや、コメディもの、スポーツものなどもいいですが、たまには、こうしたハートウォーミングな作品もいかがでしょうか。

　こがね丸の人間スカウトが見ものです。よろしければ、ぜひご一読を。学生相談室が隣りで運営するこころの休憩室にもあります。

学生相談室受付　寺本敬子